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殺し合いの独裁者[ディクタチュール]  作者: 加藤裕也
第7章 : 関わり合いと処罰する者(パニッシュメント)
263/300

263.遺恨

 薄らと、浮かび上がる。忘れていた。忘れようとしていたものだ。

 小さい窓から差し込む日差しと、壁にかかっている時計の針は同じで、6時15分を指していた。いつもの部屋だ。この部屋を。この記憶をいつものと言える程に、碧斗(あいと)は思い出す事に抵抗がなくなったのだろう。

 だが、その部屋は一瞬にして。燃え出した。


「っ」


 碧斗は思わず尻餅をつく。激しく燃え盛り、視界が妨げられるほどの煙が出ている。死ぬ。そんな怖さも、熱いなんて恐怖も、無かった。ただ、目の前のそれに。人物に、視線を向けたく無いと。それでも行かなくてはいけないのだと。足を踏み出した。すると。


『ねぇ、碧斗。もし、もしね』


「え、?」


 突如、その女性。いや、母は、そう放った。


『これから辛い事があって、もう消えちゃいたいとか、自分が嫌になる事ってあると思うんだ。だけど、碧斗は凄い子だから。きっと上手くいくよ。辛い思いをして、何も見えなくなっても、先を見たらきっと道は出来上がっていくと思うから』


 そんな事を放ちながら、母は煙の中へと消えていく。駄目だ。嫌だ。ここで、見送ってしまってはいけない。そう思い、懸命に手を伸ばす。


「クッ、うっ、う」


 すると、次の瞬間、突如母は振り返って。


「後、最後に1つだけ。お願い、出来るかな、?」


 そう告げた。刹那。


「な、」


 ふと、我に返った碧斗は、冷や汗混じりに、声を漏らした。と。


「どうした?何か言えよ。お前が聞きたがってた。俺の全てだ」


 グラグラと揺れる世界の中。煙の膨張と美里(みさと)の炎によって抑えられたマントルが地中で悲鳴を上げ、大きく大陸を動かす。対する噴き出したマグマが樹音(みきと)の刃を少しずつ溶かす中、変形した地面によって拘束された、碧斗に向かって拓篤(たくま)は告げた。


「その後は、、死のうと思ってたのに、死なせてくれねぇんだよ。あの本が。お前も分かるだろ?目が離せねーんだ。気づいた時には電車に乗って、ただ、読んでた」


「...」


「そこまで聞けば分かるだろ?転生して来てすぐお前を見ていた理由。そして、そんなお前に殺意を感じてた理由が」


「っ」


 碧斗は息を飲む。あんな地獄を、拓篤は耐えて来たのだ。僅かな希望すら一瞬で無くなり、生きてる意味すらも無い。そんな中、警察に追われ、その中で転生してきたのだ。そんな先で碧斗に出会い、その人が母の事も、全てを覚えていなかったとしたら。自分だったら、どう思うだろうか。碧斗は歯嚙みし拳を握りしめる。


「...悪かった、」


「は?悪かった?謝んなよ。今更っ、おせぇんだよ!」


「ごはっ!」


 瞬間、碧斗の腹の部分のマントルが剥がれ、そこに蹴りを入れられる。


「全部おせぇよ。...なぁ、碧斗。俺、最初は嬉しかったんだよ。お前が、まだ生きていてくれたって事実が」


「っ」


「希望もねぇ。生きる意味もねぇ、こんな、腐った世界だけど、また僅かな光が現れたんだ。同じ境遇の、弟が居る。話したかった。きっと、辛い思いをしてるんだろうなって。それを、共有したかった。この辛すぎる俺の世界を、少しでも共感出来る奴と、共有して、この辛さを軽減させたかった。...それなのに、」


「兄、、ちゃん、」


「お前は何一つとして覚えて無かった。お前をずっと大切にして来た、優しい母さんの事も。俺の事も。辛かった過去も忘れて、新しい家で幸せになって、、舐めてんじゃねぇよ。全て無かった事にして、新しく幸せな生活初めてんじゃねーよ」


「兄ちゃん、それはっ」


「何だ?傲慢だって言いたいのか?」


「う、あ、ああ、そうだよ」


 声を上げる拓篤に、碧斗は小さく告げる。


「俺だって、別に兄ちゃんを、母さんを忘れようとしてたわけじゃない。忘れたかったわけじゃないんだ。確かに、逃げてたのは事実だ。でも、それは母さんに対してでも、兄ちゃんに対してでも無い。俺は、あの頃の出来事に、希望を見出せなかった」


「は、?それは俺だってそうだ。ふざけんな。一人だけ辛いみたいな言い方すんじゃねーよ」


「違う。兄ちゃんだって、辛いのは知ってる。でも、俺もそのくらい記憶にこびり付いて、辛かったんだ、、俺はそれから逃げるために、母さんも兄ちゃんも含めて、あの頃を全て忘れなきゃいけなかった。そうする事でしか、、俺は、こうして生きていられなかったんだ、」


「だから忘れたって、言いたいのか?はぁ、ほんと、自分を正当化してんじゃねーよ」


「正当化してるわけじゃない、、俺は、逃げたんだ。ずっと、逃げる事でしか、自分を保てなかったんだ」


「ほらな。そうやって開き直って、、それを、正当化してるっつってんだろ」


 碧斗が冷や汗混じりに小さく、自虐的に笑う中、拓篤は歯嚙みして放つ。が、それに対して、碧斗は真剣な表情で拓篤に返す。


「それは、兄ちゃんだってそうだろ?」


「は、?」


「俺だって、簡単に忘れられたわけじゃないんだよ。今の母さんと父さんに助けてもらって、何度もカウンセリングにも通って、何度も何度も苦しい思いしながらも、少しずつ今を見て、あの頃を見ないようにしたから、あれを忘れられたんだ。俺は逃げた事を認める。だからこそ、謝りたい。俺は兄ちゃんを忘れていた事を謝りたい。だけど、ただ簡単に逃げたんだって、そう思われたくは無い。俺は、逃げる事からは、ちゃんと逃げなかったんだ」


「なんだと、?」


「兄ちゃんの気持ちも分かる。でも、自分が辛かったからって、人にそれを全部受け止めろなんて、、全てわかって欲しいなんて、そんなの、傲慢でしかない。そんな事言いながら、兄ちゃんだって同じなんだよ、、やっぱ、兄弟って、事だな」


「っ、ふざけんな、、一緒にすんじゃねぇよ!耐えて来た時間が違うくせに!」


「...」


「なぁ、なら逆に聞かせてもらうけどよ。お前、バイト三つした事あるか?同時に」


「...ない、」


「さっさとしないと殴られるって恐怖の中、家事をした事あるか?」


「ない、」


「大切な人を、失って、全部を失った事あるか?」


「っ」


 拓篤の問いに、碧斗は僅かに目を見開き、歯嚙みしたあと目つきを変える。確かに(しん)は目の前で失ったと言えるだろう。沙耶(さや)だってそうだ。だが、そんな時、支えてくれたみんなが居た。そして、それは本当の死ではないのも知っていた。だからこそ、碧斗は違うと、首を振った。


「ない」


「そうだろ?俺は全部消えたんだよ。お前に、その気持ちは分からない。分かるはずない」


「ああ、分からない。だけど、自分の考えに共感してくれなかっただけで何の罪もない人に危害を加えるなんて、悲劇の主人公ぶって、兄ちゃんこそ、正当化してるだけに過ぎないぞ?」


「そうか、、やはり、お前にこの気持ちは分からないみたいだな」


「ああ、、そうだな、分からない、、いや、分かりっこないんだ、」


「なら、今から知ればいい。俺の過去、お前の父親の全て。お前を救ってくれた人達の最期。見届けろ。そして、全てを失った瞬間の絶望を、見せろ」


 拓篤はそう告げると同時に、その場には大きな地震が起きる。


「クッ!?」


「足りねぇよ。碧斗と美里のそんなちっぽけな抗いじゃあ。俺の絶望には届かない」


 拓篤の言葉と共に、抑えつけていたマントルは大きく弾け、またもやマグマが噴き出す。それによって、今まで止めていた刃が溶け始め、街に流れ出す。


「っ!やめろっ!」


「結局、お前は何も守れない。お前は俺と同じだ。結局、一人じゃ大切な者を守れない。側に居たはずなのに、何も出来ない。きっと、方法はあった筈だ。俺を止める方法はな。碧斗、お前は頭がキレる。それは今までのを見てたから知ってる。お前が上手くやれば、救えたんだ。この街の人達を。この世界を。大切な仲間達を」


「兄、、ちゃん、」


「目に焼き付けろ。これは、お前のせいでこうなってるんだ」


「兄ちゃんは、、俺を、絶望、させたいんだな、」


「ああ、そうだ」


 碧斗を閉じ込めた地面を大きく掲げ、全体を見せつける。それに絶望を浮かべる中、拓篤が淡々と告げていると、碧斗は目を細めた。


「兄ちゃんは、この世界を、終わらせたいのか?」


「終わらせたいわけじゃない。それはただの手段でしか無い。お前に、絶望という、孤独を与えるためのな」


「なら、」


「ん?」


 碧斗は、そこまで告げたのち。


「っ」


 煙の圧力で、碧斗の上部にも付いていた地面を吹き飛ばすと、そこから上に居る拓篤を見据え告げた。


「なら、なんで、、そんなに苦しそうな顔してるんだ?」


「っ、、お前っ」


 瞬間、碧斗は煙の圧力で飛躍し、空中で浮遊しながら問う。


「兄ちゃん、、ずっと、苦しそうだぞ」


「うるせぇよ」


 拓篤は鋭い目つきで碧斗を射抜く。だが、それを物ともせずに、碧斗は見つめ返す。先程の発言は恐らく、自分と重ねていたのだろう。碧斗に同じ気持ちを味わわせようとしているのだ。それは当たり前である。だが、彼が放つそこには、明らかな後悔があって。碧斗に対して絶望させるための煽りとは、明らかに違う私情が見て取れた。


「兄ちゃん、、悪かった、そんな中、俺は、能天気な事を、」


「今更おせぇんだよ、、全部、終わったんだ。俺に、残されたものは無い。俺にとって大切なものは、もうどこにも無い。この世界にも現世にも、どこにもな」


 拓篤はそこまで告げると、「だから」と。顔を上げ碧斗に強く告げながら、両手を広げた。


「全部、終わりだっ!この世界を終末に貶め、お前を残し絶望を与える。そして、記憶を残して戻って来い碧斗。俺は向こうで待ってるぞ。消したくても消せない、今度こそ、消えない傷が、残る様をっ!俺に見せろ」


「っ」


 拓篤が言い終わると同時。拓篤の足場を持ち上げていたマグマが更に勢いを増し、更に上空へと持ち上げる。


「クッ、それで良いのか!?ここでこんな事したらっ、兄ちゃんも一緒に死ぬんだぞ!?そしたらっ、兄ちゃんの記憶もっ、この世界の記憶も消えるんだぞ!?」


「ああ、だからこそだ。お前以外誰も覚えてない。そう、それが一番の絶望だ」


「っ」


「この世界で一人にさせたところで、結局はこの世界の話だ。向こうに戻ったら、お前はまたあの時の様に忘れるだろう。いつまでも変わらない。お前はいつも逃げるからな。だからこそ、向こうに戻ってもその絶望が消えない様にしてやる。ずっと、、ずっと苦しめ。この悲劇を。この絶望を、誰も覚えてない中お前一人だけ記憶し続けろ。その重さに、耐える日々を経験しろ」


「まさか、、そのために、」


「ああ。俺はきっと、この世界で死に、記憶が無くなって、そのまま向こうの世界でも死ぬ。それは変わらない。だから、俺の苦しみまで、背負え碧斗!」


 拓篤はそう告げると同時。周りからマグマを噴き出させる。


「なっ!?」


「終わりだ!」


 上手く碧斗を躱し、街の方へと動かそうと、拓篤が手を挙げた。が、その瞬間。


「させっかよぉ!」


「なっ、ごふっ!?」


「っ」


 瞬間。本当に一瞬だった。気づいた時には既にーー


 ーー拓篤の顔面に、大翔(ひろと)の拳が、入っていた。


「おらぁっ!」


「がはっ!」


「ひ、大翔君!?」


「やべっ、顔面やっちまった、大丈夫か、?」


 それにより吹き飛ぶ拓篤。それを見据えながら、大翔が呟くと。


「うおっ、やべっ!?」


 大翔はただ勢いに任せて殴りに入ったのみ。即ち、飛べるわけでは無いがために、落下する。それを。


「っと、、あ、ありがとう、助かった、」


「おおっ、ありがとうはこっちの台詞じゃねぇか?」


「いや、俺の方がだ、、ありがとう。やっぱり、、俺には、みんなが居てくれる、、それだけで、俺は救われるんだ」


 碧斗は改めて実感する。そうだ。確かに、碧斗は拓篤と似ている。自身でもそれを受け入れた。きっと、智也(ともや)の言っていた似ているという発言も、それも含めてのものだったのだろう。だが、一つ大きな違いがあった。それは、一人じゃないという強さ。碧斗は弱い。直ぐに逃げてしまう臆病者だ。それでも、今は誰よりも強くいられると自信が持てる。


「ほんと、ありがとう」


「あ?な、なんだよ突然」


 碧斗はそう微笑みながら大翔を見据え告げると、改めて。大翔は上を見上げ放った。


「それより、あいつ降ってこねぇな、」


「多分、上にまだ地面を浮き上がらせてるんだろうな、」


「だったら、ここでケリつけなきゃだな」


 大翔はニッと。微笑み、碧斗と共に頷くと、そのまま煙の圧力で飛躍し、拓篤の元へと向かう。

 拓篤と碧斗の大きな違い。それは、助けてくれる人が。支えてくれる人が。話を聞いてくれる人が居るか。その点だ。碧斗は、恵まれている。自身でもそう思う。多くの人に助けられた。だからこそ、今度は自分が、拓篤のその存在になる番だ。


 だから、ここで死なせるわけには、絶対にいかない。


 碧斗は、それを思いながら、大翔と共に向かう。上には拓篤が居るであろう小さな地面。動けるスペースは無い。これを、破壊すれば、彼の移動手段が激減される。そう考え、碧斗は手を前に出し、煙の準備をした。

 が。


「インフェルノ」


「「っ!」」


 瞬間、目の前には、その地面から溢れ出たマグマが。

 いや、マグマではなく。


 マントルが、まるで波の様に、押し寄せた。


「地中で世界が終わるまでおねんねしてろ。能天気が」

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