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「え?今なんて、言ったの?」
「だから、ついて来いって言ったの。何度も言わせないで」
そう言うと、美里は振り返り、早歩きで来た道を戻って行く。と、歩き出してしまった彼女を慌てて追いかける碧斗。
「ど、どうしたの?伊賀橋君」
「ついて来てって。相原さんが」
「どこに行くんだろう」
沙耶が不思議そうに問いかけ、碧斗が答える。すると樹音も興味深そうに呟いた。
もしかすると王城に連行されるのではないか。という考えもしたが、今の様子から碧斗達を危険に晒すような真似はしないと確信がついていた。なら、一体何処へ向かっているのだろうか。予想の出来ない展開に、緊張で身構える碧斗。
「もう少し」
しばらく歩くと、見慣れた景色になってきていた。そこで、やはり王城に向かっているという事を理解する。
「や、やっぱ王城に連行されるんじゃ」
「い、いや、相原さんがそんな事するはずない、、はず」
沙耶が小声で不安を露わにする。碧斗も同じく不安であったが、美里を信じたい思いが勝っていた。すると
「そんなわけないでしょ。あなた達を連れて行っても私には何もメリット無いし」
「だ、だよね」
美里に言われて押し黙る碧斗だったが、ならば何故王城に向かっているのだろうか。いや、それとも他に場所があるのだろうか。美里が協力してくれるかもしれないという状況に安堵しながらも不安が高まる。
沙耶や、樹音も同じく疑った素振りを見せていたが碧斗と同様に何も言い出せない様子だった。それはそうだ。クラスメイトの碧斗がこれほどまでに怯えているのだ。初対面である2人の不安は計り知れないだろう。
☆
数分後、目的地に着いたのか美里は立ち止まる。
「ここ貸してあげるから」
短くぶっきらぼうにそう吐き捨てると、美里は小さくため息をついた。
「え?ここって、」
案内された場所は、やはり王城。ではなく、その裏を回った先にある小屋だった。だが、国王の所有物である事は変わりなく、王城の倉庫のような場所だ。
「こ、ここも僕達はアウトなんじゃ」
「大丈夫。ここには監視はいないし、もう準備はしてあるから」
「じ、準備?」
いまいち言葉の意味が分からず首を傾げる碧斗。すると、呆れたようにため息を吐きその場から去ろうとする美里。
「あ、ちょっ」
待ってと言いかけた時、沙耶が袖を掴み、引き止める。
「えっ、何!?」
珍しく驚いた様子の美里に、沙耶は畳み掛ける。
「そ、その、待ってください。り、理由とかは、よく、その、分からないですけど。きっと私達がここに居られるように準備、してくれたって事ですよね?」
沙耶の話を聞き、納得したように目を見開く碧斗。おそらくこんなに王城の近くでも大丈夫だと言える理由は、何かを美里がしてくれたという事だろう。そう考えると「準備」の話も辻褄が合う。そう考えた碧斗は沙耶に続いて声をかける。
「そ、そうなの?相原さん。ありがとう、俺たちの為に」
「別に、何もしてないけど」
「あ、あれ?」
美里の素っ気ない態度に当てが外れたのだろうかと間の抜けた声を上げる碧斗。だが、沙耶は何かを理解したように更に話しかける。
「あのっ、その、折角色々してくれたので、その、お返ししたいですっ!」
勢いで言ってしまったものの、何でお返しして良いか分からず、それから無言になってしまう沙耶。お金もなければ物も持っていない。更に料理も出来ないので、ご馳走さえ出来ない。そんな様子で言葉を詰まらしている沙耶に、樹音が割って入る。
「そ、そうですよ!少しゆっくりして行ってください」
「いや、あなた達と一緒に居て私まで共犯だと思われたら敵わないし、失礼します」
拒否する様に手のひらを向けて淡々とそう呟くと、振り向き歩き始める。
「確かに、今一緒に居たら怪しまれちゃうよな」
「そっか、それは仕方ないね」
「で、でも、何かお礼したかった、」
碧斗が静かに呟くと、樹音も頷いた。ただ、沙耶は不満そうに俯く。気持ちは分かる。もし本当に碧斗達を助ける為に、この小屋を用意してくれていたのだとすれば、きちんと謝辞を伝えたかった。だからこそ碧斗は、自分に言い聞かす為にも沙耶に言う。
「今度、また会えるよ。その時一緒にお礼しよう」
柔らかく微笑む碧斗に「うん、そうだね!」と沙耶は笑顔を返した。樹音とマーストも笑って碧斗の意見に同意した。
☆
「な、なんだこれ!?」
碧斗が驚きのあまり大声を上げる。対する沙耶と樹音、マーストは言葉が出ない様子だった。
小屋の中を開けてみると、倉庫であったはずのその場所には、寝袋やバーベキューセットの様な物、食材やタオル、着替えまでもが用意されていた。
「ま、まさか、これ、あ、相原さんが!?」
「や、やっぱりお礼しないと、」
「よ、予想の何十倍も、、こんなに、準備してくれてたんだ」
碧斗と沙耶、樹音が美里への感謝を口にする。
「す、素晴らしい方ですね。まさか1人で行ったのでしょうか?」
「い、いや、流石にこれを1人で調達するなんて」
マーストが驚いた様に言うと、碧斗は冷や汗混じりでそう呟いた。流石に1人は有り得るはずが無い。予想するに、国王や見張り、更に転生者達に見つからないように碧斗達が必要とするであろう物を運んだのだろう。だと考えると、リスクが大きすぎる。何往復もしていたら確実にバレるだろうし、まずここまでする理由が見当たらない。
ーま、まさか。相原さんもこの争いを終わらせたいって、、思ってくれてるのかもしれないー
だとすると、美里の期待に応えなければならない。その気持ちを込めて碧斗は皆に聞こえない小さな声で決意を露わにする。
「絶対にこの戦いを終わらせてやる」
唯一聞き逃す事をしなかったマーストは無言で、小さく微笑むのだった。
☆
「「こ、これは、まさか」」
小屋の外の様子を見に行った碧斗と樹音は声を漏らす。小屋の隣には小さなシャワーヘッドが付いていた。おそらく移動手段として使われている馬(?)を洗う為の場所だろう。王城にも車庫入れの近くに馬専用のシャワーがあるのだが、こちらにも設置している様だ。非常事態のためだろうか。恐竜とドラゴンの様な見た目であるそれは馬かと言われれば微妙だが。
悶々と何かを考えている碧斗に、静かに声をかける樹音。
「あのタオルってまさか」
「あ、ああ。多分、こ、ここで、シャワー浴びろって、事、だよな?」
樹音に話しかけられて我に帰る碧斗。先程は何故タオルが置かれているのかは不明だったのだが、ここで体を洗えという事なら理解できる。いくら危ない状況だからと言って、外でシャワーを浴びるのは避けたい。そう考えた矢先
「水篠ちゃんはどうするんだろう」
「なっ!?」
樹音の言葉に声が裏返る。不覚にも沙耶が外でシャワーを浴びている様子を想像してしまう。周りを意識しながら恥ずかしそうに顔を赤らめ、身体を洗う姿を考えてしまい、慌てて振り払う。
「そ、それは駄目だろ!その、放送コード的に」
「た、確かに。女の子が野外でシャワーはアウトだね」
碧斗と樹音は顔を赤くし、そう言い合った。
その後、小屋にいる沙耶に現状を説明しに向かった。周りが暗くなって、更に王城では夕飯の時間である8時あたりからが目安だと言うこと、碧斗達は部屋から出ないと熱弁したが、みるみる顔を赤らめ、耳まで真っ赤になっていくので悪い事をしている気分になった。
「そ、外で、洗っ」
声にならない声を漏らす。そんな沙耶を目の前にし、またもやその状況を想像してしまう。してはいけない事だと分かっているが、止まらなかった。控えめな胸だが、手や足、顔がとても綺麗である事から、身体もきっとーー
「嫌です!」
沙耶の大声で現実に引き戻される碧斗。
ー危ない、危ない。もう少しでガチの変態になるところだったー
もう手遅れだが。と脳内で訂正を加え、冷静を取り戻す。一方沙耶はというと、不機嫌そうに部屋の奥へと歩いて行ってしまった。
「き、今日は風呂やめとくか」
「う、うん。そうだね」
その様子を見ながら碧斗と樹音は静かに言った。
その後は、用意された食材でバーベキューを行った。倉庫の前では煙でバレてしまう可能性があったため、森の方に運んで始めた。
「だ、大丈夫かな、?魔獣とか」
「正直怖いが、奥まで行かなければ大物に会わないから安心して」
自分の実体験を元に、笑顔を作る碧斗。それでも不安の残った表情の沙耶に、樹音が自信気に言う。
「大丈夫!もし出てきたら僕が倒すから」
それに対し、沙耶は「本当?」と期待の眼差しを向けた。
「任せて!」
それに更に胸を張って答える。そんな樹音の自信の強さを尊敬する碧斗。もし、自分が樹音の立場だったと考えると、あの様に自身のある態度は取れなかっただろう。能力が弱いのもそうだが、それよりもまず、その気持ちの強さが足りないのだと自覚する。
自分と比べると辛いものもあったが、この中で1番強いであろう能力を兼ね備えており、それに比例する精神力を持った彼と、これから共に過ごしていくのだと考えると頼もしい限りだった。
「みんな、本当に強いな」
静かに呟いた碧斗に、樹音は振り返るも、何を言うでもなく小さく笑った。
「よし!じゃあ今日は野宿回避も出来たし、お祝いという事で」
碧斗が仕切り直すためにも声を上げると、マーストと樹音は「おー!」「いいぞ、いいぞー!」と、場を盛り上げた。
おそらくここに美里が居合わせていたらまた危機感の無さを咎められるだろう。
だが、今は今日を生き抜くことが出来た事に幸福を感じたいのだ。小さくとも1つの幸せを噛み締めたいのだ。
そうしないと、今にも崩れてしまいそうな気がしたから。




