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殺し合いの独裁者[ディクタチュール]  作者: 加藤裕也
第7章 : 関わり合いと処罰する者(パニッシュメント)
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259.拓篤(3)

ーすみません、、って、あれは、駄目って事だよなー


「はぁ、」


 あれから、拓篤(たくま)は何度もあの時の言葉を思い返した。

 優香(ゆうか)の「すみませんっ」という。その声と表情が、未だに鮮明に思い返される。


「はぁ、」


 思い出しては息を吐き、ため息ばかりの日々が続いた。それに対し父はたまに憤りを見せる事はあったものの、深く聞くことは無かった。

 そして、あれから初めての優香とのシフトの日。拓篤は重い足取りでバイト先へと向かった。


「どんな顔して会えばいいんだよ、」


 拓篤は息を吐く。と、そののち。


ーま、待てよっ!?これで一番気まずいのは一条(いちじょう)さんじゃないか、?そしたらー


 拓篤は嫌な予感を覚える。もし彼女がそれを気にして、このバイトを辞めたとしたら、と。冷や汗を流す。彼女は、ここしかないと言っていた。そんな彼女の全てを、こんなくだらない自分勝手な事で奪ってしまった。そうなったとしたら、と。拓篤は自己嫌悪に陥る。


ー駄目だっ、一条さんっ!辞めないでっ!辞めるのはっ、俺の方だからっー


 拓篤はそう思いながら、走ってバイト先へと向かう。


「一条さんっ、はぁ、はぁっ、一条さんっ」


 ただ足を早めた。早めたところで、今更何かが変わるわけではないだろう。それでも、拓篤は走った。体が、無意識にそうさせた。


「はぁっ!はぁ!一条さん!」


 そして、慌ててスタッフルームに駆け込む。と、そこには。


「へっ!?」


 一条優香が、制服に着替えていた。


「はっ、、はぁぁぁぁぁっ、、良かったぁ、」


「どどどっ、どうしたんですか(たつみ)君!?」


 思わず、安堵がどっと押し寄せ、拓篤は崩れ落ちた。そんな彼に、不安げに駆け寄る優香。


「いや、、その、もしかしたら、、気まずいんじゃないかって、、思って、」


「ま、まあ、、ちょっと、、も、もしかして、それで盛大に登場してくれたんですか、?」


「そう、、と言いたいところですけど、そうじゃ、なくて、、もし一条さんが気まずくて辞めたら、どうしようかって、、そう思って、」


「っ!」


「でも、、良かった、、一条さん、ここしか無いって、言ってましたし、、すっごい頑張ってらっしゃるんで、、絶対に、、辞めて欲しく無かったんです、というか、俺が辞めますんで、」


「やっ、辞めないでください!」


「えっ」


「あ、えっと、、辞めちゃ駄目です、、その、えと、巽君も、頑張ってますし、、最近、色々出来る様にも、なって来たと思いますし、凄く、助かってるし、」


「あ、ありがとうございます、?」


「あ、ご、ごめん、、突然、」


「いえ、俺の方こそ、」


 互いに先走ってしまったらしい。二人は恥ずかしさから顔を真っ赤にし、沈黙が流れた。と、そんな中。


「お疲れ様〜、、って、どしたの二人とも」


「あ、いえ、」


 突如、バイトの姉さんがスタッフルームに現れた。彼女は長年ここのバイトをしている先輩である。いわゆる、ベテランというやつだ。


「今日今からシフトだっけ?」


「は、はい」


「大変だねぇ〜、、って、どしたん?なんか気まずいね」


「あ、いやぁ、その、」


「え、えと、じ、じゃあ、私は、戻ります、」


「うん、お疲れ〜、、って、」


 そそくさと撤退する優香に、その先輩は目を細める。それに、拓篤は冷や汗混じりに目を逸らすと、何かを察した様にニヤリと微笑む。


「ま、そういうのは若い時だけだらねぇ」


「何ですかその励まし方、、遠回しに嫌味言ってます、?」


「あ、バレた?」


 ニッと笑う先輩に、拓篤は息を吐く。そういえばこういう人だったと。そんな事を思いながら制服に着替える中、ふと、その先輩は口にする。


「まあ、なんだ。気まずいかもしれないけどさ、告白なんて中々ないよ〜?どう思ってるであれ、そう言ってくれたんだから、喜んでいいんじゃない?」


「え、?ど、どういう意味ですか、?」


「へ?な、え?」


 先輩の一言に、拓篤は目を見開きロッカーを閉め、聞き返す。それに、困惑した様子の先輩は、少しの間ののち答えにたどり着いたのか、冷や汗混じりに放つ。


「あれ、、も、もしかして告白されたんじゃないの、?」


「お、俺が、、ですか、?」


「あ、あっちゃ〜、、ごめんっ!ほんとごめん!今の忘れて〜!」


「わ、忘れられるわけないじゃないですか!?」


「あ〜、、しくったなぁ、、普段仲良いから、てっきりそうだと、」


「いや、俺から告ったんスよ!」


「え、」


 何やら話が噛み合わない。拓篤はそう思いながら、顔を真っ赤にして事実を口にする。と、それに先輩は口を開き、少しの間目を瞬かせた。


「え、そ、それ、、ほんと、?」


「は、はい、、そう、ですけど、」


「あ、て事はもしかして、、付き合いたてで気まずかった的な、?」


「え?ああ、いやいや、見事に断られましたよ」


「はぁぇ!?こ、断られた!?」


「な、なんでそんなに驚くんですか、」


「だだだ、だって、一条さんでしょ!?」


「は、はい、」


「えぇ、一条さん巽君の事好きだった筈なんだけどなぁ」


「え、?」


 小さく呟いたそれに、拓篤は目を剥く。が、しかし、と。首を振り現実を見る。


「多分、、気のせいじゃないですか、?」


「そうなのかなぁ?でも、ちゃんと話した方がいいよ。なんか、言いたげだったし。一条さん」


「ほんとですか、?」


 半信半疑で拓篤は返す。だが、確かにその通りである。このままギクシャクするよりも、ちゃんと話をした方がいい。そんな表向きの理由をつけて、拓篤はあれ以降何度も話しかけ続けた。あの話を切り出すわけでも無く、ただ親密になる事だけを考えた。優香と、話していると全てが忘れられたから。そして、そんな生活をする事半年。ふとバイト後に共に寄った飲食店で、優香が放った。


「私さ、、死のうと思ってたんだよね」


「え、?」


 そう。突如、衝撃的なカミングアウトを受けたのだ。


「そ、それは、、どうして、?」


「色々、、辛かったんです、、家のことで、」


「...」


 拓篤は、その一言で何かを察した。自分と同じ。そんな、都合の良い解釈をするつもりは無かったが、近しい何かを感じたのだ。そして、それは拓篤だけでは無かった。


「...でもね、巽君に出会って、、少し、救われた気がした、」


「っ、、お、俺もだよ、」


「え、?」


「俺も、、救われた、、一条さんと話してると、、全て、忘れられるんだ、、辛い事も、楽しい事に塗り替えられるんだ」


「そう、、なんだ、、一緒、ですね、」


 優香は寂しげに笑う。その笑顔が虚しくて。だが美しくて。拓篤は、心の奥で何かが弾ける様な感覚がした。それを、必死で抑えながら、ふと疑問を投げかける。


「あの、一条さん、、どうして、あの時俺に話しかけてくれたんですか、?」


 そう。あの日、先に話しかけてきたのは意外にも優香の方であった。普通、死のうとしているなんて状況で、他の人に話すだろうか。きっと、どうでもいいに決まってる。それなのに、あの時優香は声をかけてくれた。拓篤は忘れる筈もないあの日を思い返し口にした。すると。


「...うーんと、、ね、、その、ご、ごめんね、」


「え!?な、何で謝るんですか!?」


「いや、、その、言っていい事か分からないんですけど、、その、実はあの時半袖、でしたよね、?だから、少し見えたんです。その、腕に、」


「っ」


 拓篤はハッとする。そう、拓篤は日常的に父から暴力を受けていたため、体に痣があるのだ。それを、恐らく袖口から見えたのだろう。


「それで、、ごめんなさい、ちょっと、親近感というか、、その、ごめん、嫌ですよね、こんなの、」


「も、もしかして、、一条さんも、?」


「うん、、見る、?」


「わわわっ!?そ、そんなっ!いいです!それにっ、見られたくないでしょ!?」


 優香は服を僅かに捲し上げて小さく口にするが、それを慌てて拓篤は止める。自身も、あまり見られていいものではない。きっと、女子なんて更にそうだろう。それを、見るなんて事、軽い気持ちで出来るわけない。そう、拓篤は強く告げた。


「ふふ、、そっか、ごめんね、、じゃあ、見ちゃったの、私だけですね、」


「そ、それよりも、、一条さんもそんな事、されてるんですか、?」


「...うん、、まあ、あんまり、、話しづらいけどね、、父は、そういう人だから、」


「い、一緒ッス、、俺も、父が、」


「そっか、」


 その場には沈黙が訪れる。互いに、言葉を選んでいる様子だ。踏み込んでいいものか、いや、やめておこう。相談したい。だが、それは重荷になる。互いに、歯嚙みした。が。


「はぁ、ほんと、馬鹿だな、俺、」


「え?どうしたんですか、?」


「ん?ん〜、、俺、一条さんの事、、何も知らなかったんだなって、思って、」


「...まあ、全然、私、話しませんしね、、ごめんなさい。なんか、変な雰囲気にしちゃって、」


「いえ、、もっと、、知りたいです。一条さんの事、、話すのは辛いかもしれないですけど、、俺も、近い事されてるんで、、何か、力になれるかもですし、、聞かせて、、くれませんか、?一条さんの事、」


「...そう、ですね、」


 優香はそう唇を噛み放つと、だがしかし、と。優しく改める。


「...ただ、父から色々されてる、、くらいしか、」


「そう、ですか、」


 拓篤は目を逸らす。きっと、話したくない事だろう。恐らく、彼女は拓篤と似た様な事をされているに違いない。

 もし自身が第三者から同じ質問をされたら、きっとそう返すだろう。だからこそ、バツが悪かった。

 すると、珍しく優香の方から切り出した。


「えっと、、巽君、」


「え!?あ、はい!」


 突然呼ばれたがために、声が裏返ってしまった。


「な、なんでしょう、?」


「えっと、、その、どうして、、告白、してくれたんですか、?」


「え、?そ、それは、もちろん、、その、好き、だからで、あって、」


「そ、、そっか、」


 優香は恥ずかしそうに顔を赤らめ俯いた。可愛い。拓篤は思わず目を細め、同じく顔を赤らめそう思う。が、しかし。対する優香は大きく息を吸って吐くと、目の色を変えて口にする。


「...嬉しいです、、でも、やめておいた方が、いいですよ、」


「え、?」


「実は私。...その、、お父さんに無理矢理されてるんです、」


「え、?そ、それは、、パパ活的な、?」


「うふふっ、、うーん、お金貰えたら、、まだマシだったかもですね」


 拓篤は冷や汗を流す。無理矢理されてる。言葉は濁されていたものの、恐らくそういう事だろうと。最悪を察して拳を握りしめる。先程の痣発言もあり、日常的に暴力を振るわれ、性的被害にも遭っているという事だろう。男だからこそ拓篤には無いものの、そういう事もあるのか、と。ドス黒い感情が湧き上がる。


「って感じで、、それ、結構前からなんです、、全部痛くて、、体も、心も、、辛くて、、バイトも、私が頑張って稼がないとで、」


「...」


 拓篤は思わず拳を握りしめて歯軋りする。それを見た優香は、一瞬寂しげな表情をしたものの、直ぐに改め優しく微笑んで告げた。


「だから、、私の事、あんまり考えない方がいいです」


「ほんとッスよね!」


「っ」


「ほんと、、考えない方がいいです」


「...はい、」


 拓篤が思い立った様に声を上げ立ち上がると、優香は寂しげに頷く。と、そののち。拓篤は振り返り、真剣に告げた。


「そんな辛い事、考えない様にした方がいいですね!」


「え、?」


「俺も、、いや、多分、一条さんの方が辛いと思います。俺よりもずっと長い間、耐えて、苦しんで、堪えて。そんな生活を続けてきたんだと思います。...そ、それで、俺、、ずっと考えてた事があるんです」


「か、考えてた事、?」


「はい。実は俺も父に金渡すためにバイト掛け持ちしてるんですけど、、その中から少しずつ貯金してるんです」


「っ」


「その、、もし、、良ければで、、いいですし、、突然ですし、、全然後から変えてもいいんですけど、、その、、俺と一緒に、駆け落ちしませんか、?辛い事、考えないで済む様に」


「あ、、ありがとう、、でも、そんな、」


「直ぐじゃ無いです。ある程度貯まったらでいいです。気が変わったら気が変わったで、それでいいです。でも、こういう自由になれるっていう目標あると、、なんか、ちょっとこう、少し明るくなる気、しません?」


「っ」


 拓篤は優しく微笑む。それに、単純にも目の奥が熱くなったのを感じた。駄目だ。彼と自身は違うのだと。優香は自分で分かっているというのに。

 そんな葛藤をする中、拓篤は改めて、真剣に、今度こそと言わんばかりに告げた。


「一条さん、、すみません、、しつこいと思われるかもしれないですけど、俺と、一緒に、、未来を見ませんか、?」


 拓篤はそう告げ頭を下げる。それと同時、拓篤は顔を真っ赤にする。


ーや、やっべぇ、、なんか、告白ってよりもプロポーズ的なのになってんじゃん!?ああ、、二回目だし、、絶対断られるわー


 拓篤は目をギュッと瞑る。以前、ちゃんと答えを貰わなかった。だがそれでいいとも思っていた。こうして話しているだけで、幸せだから。

 それでも、優香の事情を知ると、居ても立っても居られなかった。そんな拓篤に対し。


「...」


 優香もまた、顔を真っ赤にして、悩んだ。駄目だ。断らなくては。そう思ってはいたものの、それでも。


「...はい、、今だけで、、今だけでもいいから、、連れ出して、ください、」


 優香は今にも泣きそうな顔で。声で。拓篤にそう返していた。優香もまた、どこか救われてしまったのだ。受け入れるべきではない。それは分かっていた。それでも、ずっと、抑えていたそれを、どこかで吐き出して、甘えたかった。そんな自身の甘さが、ここで出てしまったのだ。先の事を考えると自己嫌悪が止まらない。それでも、そんな不安を吹き飛ばす様に。顔を上げて嬉しそうに笑みを浮かべる。


「ほ、ほんとっ!?」


「うん、」


「...そ、そっか、、そっかぁ、!」


 拓篤は微笑み、泣きそうな笑顔を浮かべ実感したのち、真剣に。改めて優香に告げた。


「はい。今だけじゃ無くて、、毎日、連れ出しますよ。ずっと」


「っ」


 ニカッと笑う彼の笑顔。それを前に、優香は抑える事が出来なかった。駄目なのを分かっているのに、自然と涙が溢れ、笑みを浮かべた。


「よろしくお願いしますっ、!」


「っ」


 その一言で、拓篤の世界が変わった。今まで真っ暗な生活をしてきた。それがバイトで優香に出会い色がついた。それに、更に彩りをくれたのだ。そんな最高の瞬間を噛み締めながら、拓篤は優香に釣られるように、涙を流した。


 そしてこれが、拓篤にとって最後の幸せとなった。

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