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殺し合いの独裁者[ディクタチュール]  作者: 加藤裕也
第7章 : 関わり合いと処罰する者(パニッシュメント)
254/300

254.逃亡

「っ、碧斗(あいと)!おいっ、碧斗!」


 何が起こったのだろう。一瞬の出来事故に理解が追いつかない。そして、気づいた時には既に。


「な、んだよ、、ここ、、これ、グラムの、家か、?」


「そう、、言ったでしょ、?この魔法陣は転移用の。つまり、他の場所に瞬時に移動出来るものなの。それが、この場所に設定されてたって事」


「え、、だとしたら、碧斗君はっ!?」


 樹音(みきと)はゆっくりと起き上がり、振り返る。それに、美里(みさと)は目を逸らすと、樹音は険しい表情を浮かべる。


「嘘、だよね、?」


「おい相原(あいはら)っ!だったらなんで置いて来た!?碧斗一人で、なんとかなるわけねぇだろ!?俺たち全員でも、あんなだったのによ!」


「じゃあだったら何!?私達があのままあそこに居て、何か変わった!?」


「「っ」」


 美里に責め寄る大翔に、それを返すくらい大きく放つ。それに、樹音もまた目を剥くと、歯嚙みして目を逸らした。


伊賀橋(いがはし)君が、本気で覚悟を決めて起こした行動なの。それに、あの魔法陣は使用が一度きり。一方通行、なの」


「だったら、、尚更、」


「もし、伊賀橋君もこっちに来たとして。そしたらあいつ、一人になるでしょ」


「...あ、?ああ、あの拓篤(たくま)って奴の事か、?んだよ、あんな奴の事、」


「うん、確かに私もあいつは許せない。多くの人を巻き込んで、罪の無い人を痛めつけて、心を壊して。伊賀橋君も、、あんな風にした、」


「だったら、」


「でも、伊賀橋君にとってはたった一人の兄だから」


「っ」


 美里の言葉に、大翔は目を見開き、樹音は表情を曇らせた。


「あの人だって、私達がどうこう言えないくらい、色々あったんだと思う。伊賀橋君が責められるほどの、何かがあったんだと思う。まあ、だからってあいつのした事は絶対に許せない。だからこそ、その全てを収めるために、伊賀橋君は覚悟を決めたんだと思う。彼の、家族として。その覚悟を、無碍には出来ないよ」


「でもよ、」


「あのままだったら、伊賀橋君がこっちに来てあの人はあそこで亡くなるしか無いでしょ、?あの謎の膜、内側からは出られないんだから、、そしたら、何も救われない。私達は、争いを終わらせるために動いてるんでしょ、?なら、最後まで見捨てずに受け止めようとする伊賀橋君のそれは、間違ってないと思う」


 美里の真っ直ぐな言葉に、大翔は一度目を丸くしたものの、しかし、と。拳を握りしめる。


「でもよ、、それで碧斗が危険な目に遭ったら、そんなの意味ねぇじゃねーかよ、」


 大翔は、悔しげに放った。その様子に、美里は一度小さく微笑んだのち、大丈夫だと。力強く放つ。


「なら、私達が直ぐ回復して戻ればいいだけでしょ?」


「っ」


「そう、、そうだね、、そうとっ、決まったら、直ぐ、回復しなきゃ」


 樹音はそう頷き、回復の魔石を取りに向かう。美里はそれを手伝う様に足を進める中、大翔は頷いた。


「そうだな、、ああ、これで、間違って無かったって、そう、言える様に、」


 大翔もまたそう覚悟を決めると、回復するため奥へと向かった。


           ☆


「っと!」


「っ」


 目の前にまで迫った拓篤を、先程の魔法陣を回収したのち、既のところで避けた碧斗は。僅かに距離を取り、その先で。


「ん!」


「っ」


 碧斗は、手に持ったその紙。即ち魔法陣を、破り捨てた。


「お前、正気か?」


「ああ。だから言っただろ、?向き合うって」


 体は震えていた。それはそうだ。本当は覚悟なんて決められていないのだから。それでも、逃げるという選択肢を破壊し、碧斗はそれを伝えた。そうしないと、また逃げてしまう気がしたから。


「向き合う、ねぇ。今更、どうするつもりだよ」


「兄ちゃん、、ごめん。俺、何も知らなかった、、いや、知ろうとしなかった、、思い出そうとも、しなかった、」


「ああ、そうだ。お前はお前を大切にしてくれた母さんを忘れた。全てを捨てた。そして新たな環境で楽しくやってるんだろ?その事実は変わらない。お前がどれだけ向き合うって言ったとしても、忘れていた事に変わりはない。そんな奴が、今更変えられるものなんてねぇんだよ」


「それでも、俺は感謝してる」


「は、?」


 碧斗は、真剣な目つきで拓篤を見据えた。


「俺に、"あの時"を思い出させてくれて。これが無かったら、俺はきっともう振り返る事は無かっただろうし、ここで兄ちゃんに出会えていた事も分からずに終わってた。だから、俺にそれを知るチャンスをくれて、本当に有り難いと思ってる」


「心にもない事言うなよ。どうせ、辛い事からは逃げるくせに。忘却という方法でな」


「ああ、だからこそ、ここで兄ちゃんに殺されるわけにはいかないんだ」


 碧斗は構える。彼に、聞かなくてはいけない事が沢山ある。そして、それを抱えて生きていかなきゃいけない使命がある。彼が今まで一人で背負って来たものの大きさは、分からない。少し思い出しただけで吐き気が襲っていた。それを、ずっと向き合って、碧斗から遠ざけてくれていたのだ。そんな兄を、今度こそ救わなくてはならない。


「あーあ、、ほんと、お前に絶望を見せるつもりだったんだけどな。あいつら全員皆殺しにして、お前に焼き付けたまま、お前は孤独に死んでいく。だが、それが出来なくなったわけだ、、なら、」


 拓篤は構える碧斗に返す様に、挑発的に。だが、どこか余裕がない様子で放った。


「お前をギリギリまで痛めつけて俺は死ぬ」


「させない。兄ちゃんこそ、逃がさない。ここで、分かち合おう、、その、重荷を」


「随分と簡単に言ってくれるなこのクズがっ!」


 拓篤はそう憤りを見せながら足を踏み込む。すると、対する碧斗もまた強く足を踏み出し、煙を使って瞬時に彼の元へ向かう。だが。

 拓篤の周りが崩れ、地面が孤立したのち、その周りからマグマが飛び出す。


「っ」


 それに驚愕した碧斗は、その勢いのまま空中へと飛び出し、それを避けながら拓篤の元へと速度を上げる。


「お前も体が限界に近いんだろ?もうこの周辺は終わりなんだ。ここから出られない俺たちは、どちらも死ぬ以外、道はないんだよっ」


 拓篤は声を上げながら手を前に出すと、それに合わせてマグマが飛び出し、空中の碧斗を追いかける。


「クッ、それでもっ、もう、逃げたく無いからっ!」


「ハッ、適当な事言って」


 碧斗は向かってくるマグマ。そして地面からのマグマを避けながら少しずつ拓篤に近づいていく。が、しかし。


「今更もう遅い。絶望を忘れたお前に、本当の絶望は理解出来ない」


「っ」


 拓篤が呟くと、その瞬間。飛び出したマグマが、爆散した様な形で、碧斗に飛び散る。


「がぁっ!?」


 ほんの僅か。一滴と呼んで良いかも不明な程僅かなマグマが、碧斗の腕を擦る。がしかし、碧斗には全身が痺れる程の大きな激痛が襲った。


「ぐがっ」


 思わずバランスを崩す。


「痛いだろ?熱いんじゃ無い。その衝撃に、体が耐え切れないんだ」


 そんな碧斗を追う様に、更にマグマを向かわせる拓篤。


「そんなもんじゃねーよ。俺の痛みはっ、全部、味わえっ!」


「クッ、うっ!」


 碧斗は既のところで煙で軌道修正をすると、またもや空中を飛び回りマグマを避ける。


「痩せ我慢もいつまで続くか、見ものだな」


 そう呟くと共に、拓篤はまたもや向かわせたマグマを破裂させ碧斗に向かわせる。だが、それを一瞬で見極めた碧斗は、空中に煙を出して、それを膨張。その圧力で自分の体を吹き飛ばし避けると、その先でまたもや軌道修正し拓篤に向かう。


「そうか。まだ向かうか、ならっ、来てみろ。俺のところにっ!」


 拓篤はそう声を上げると、自身の立っている地面の下からーー


 ーーマグマを、噴き出させた。


「っ!」


「さぁ!来てみろっ!」


 拓篤は、マグマに押し出されて上空に浮き上がる地面の上、手を広げた。それに、臨むところだと。碧斗は更に速度を上げた。

 ものの。


「上に向かうと、下が疎かになるぞ」


「っ」


 拓篤はニヤリと微笑みそう告げる。と、同時に。


「がっ!?」


 下から噴き上がったマグマが碧斗を掠る。


「があぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ」


 喉が枯れる程に声を荒げる。腕は幸い溶けてはいなかった。いや、わざとだろう。碧斗に、苦痛を与えるために。


「さぁ、どうした?受け止めるんじゃ無かったのか?俺の元に追いつくってのはなぁ。こういう事なんだよっ!」


 拓篤はそう告げると、全方向からマグマを向かわせる。それに冷や汗混じりに碧斗は目つきを変えると、更に煙を集中させて飛び上がる。


「ぜ、絶対にっ、諦めないっ!」


「お前の道を塞ぐのはマグマだけだと思うなよ」


「っ!」


 拓篤が見下しながらそうぼやくと、碧斗の右側から物凄い速度で岩が向かい。


「がはっ!?」


 体に直撃する。


「降り積もる噴石は溶ければマグマへと戻る。マグマが冷やされれば岩石へと変化する。マグマはマントルが溶けたものに過ぎない。つまり、元がマントルなら、マグマの状態変化も、能力の一部となる。俺が使えるのは、お前が認識してるマントルだけだと思うなよ」


「クッ、うっ、うおおおぉぉぉぉっ」


 碧斗は気合いのみで空中で起き上がり、そのまま拓篤へと向かう。


「チッ、めんどくせぇ」


 拓篤は舌打ちを零しながら、マグマや噴石を向かわせる。碧斗はこの量相手は厳しいと判断したのか、体に大きな被害が出るマグマのみを避け、噴石を受け止める。


「ごはっ!」


「さぁっ、落ちろっ!」


「ぐふっ!?」


「なんだ!?まだやんのかよ!」


「がはっ!」


「馬鹿がっ」


 碧斗は全身から血を流しながらも、尚も速度を落とさない。噴石にぶつかる度に落下していたため、大して進んではいない。がしかし。


「クッ」


 拓篤が見え始めていた。その事実に、彼は歯嚙みすると、それと共に。


「こんなもんじゃねぇ!俺のっ、苦しみはっ!」


 拓篤は更にマグマを噴き出させ、自身の足場を大きく浮き上げた。それを追う様に碧斗もまたスピードを上げるものの、彼の攻撃もまた勢力を増した。マグマと噴石のみならず、残っていた地面を噴き上がらせ、碧斗に直撃させては吹き飛ばした。


「はぁっ、はっ!はぁ!」


 それでも尚、碧斗は向かった。


「チッ、、どうしてだ、、お前は、苦しかったらすぐ逃げる。そんな奴だろ、?」


「はぁ、はぁ!ああ、そうだ、、でも、そんな奴でも、心では、頑張りたいって、思ってるもんだぞ、」


 碧斗は掠れた声で返すと、またもや飛び上がる。その飛躍に拓篤は拳を握りしめると、またもや自身の足場を上げようとする。が、しかし。


「なっ」


 頭に何かが当たる。見えない何かが。そう、即ち。


「これがっ、限界なのかっ!?」


 第三者が噴火を抑えるために生み出した見えない膜。それに、到達したのだ。


「チッ、あいつぁ、」


 それ故にもう上には行けないと悟った拓篤は、ならばと。碧斗に向き直る。


「ここでっ、味わえっ!本当の地獄をっ!」


「っ!」


 瞬間、地上の地面が噴き上がり、そこに碧斗を乗せるとーー


 ーーその周りに、地上から噴き出したマグマの柱が現れ、周りを囲む。


「かっ!?」


 思わず碧斗は崩れ落ちる。マグマに包まれているのだ。普通に立っている事も困難である。息をすれば喉が焼かれ、足を着けば足が溶けて地面と一体化する。そんな、殺人的な空間である。


「クッ、うっ」


 碧斗は煙を僅かに噴射し、空気中に留まりながら思考を巡らせる。マグマに包まれているこの状況。拓篤の元に向かうにはその中を一瞬でも通る事となる。がしかし、これはマグマである。火とは比べ物にならない。一瞬であろうとも溶けてしまうだろう。碧斗は歯嚙みする。と、その瞬間。


「がっ!?」


 突如地面が更に浮き上がり、碧斗はそれに叩きつけられる。


「クッ、がっ!」


 慌てて煙を使ってそれと距離を取る。一瞬故に激痛は僅かであったものの、それが触れた上半身の服は溶けた。


「はぁっ、はっ、はぁ!」


 息をすれば死ぬ。かといってしなければ死ぬ。碧斗はその地獄の様な空間で、迫り来る地面から一定の距離をとりながら悩んだ。このままでは、上限に達してしまう、と。


「...」


 碧斗は目を細める。と、そんな中、ふと気づく。先程から数十秒この空間に居ると言うのに、碧斗の体は無事である。本来マグマは千度以上。耐え切れるはずがない。だが、その空間の中で耐え切れている。それは即ち。


ーやっぱ、、あの時の言葉は、本当なのか、ー


 碧斗は拳を握りしめる。そう。碧斗を痛めつけて自分が死ぬ。即ち、碧斗を痛めつけはするものの、殺すつもりはないのだ。

 故に、裏を返せば"耐え切れる"ものしか放ってこないという事だ。ならば、と。碧斗は震えながらも、仕方がないと。覚悟を決める。


「っ」


 と、瞬間。碧斗は手を前に出し、足から煙を出し空中で回転すると、その矢先。


「くおらっ!」


 空中に大量の煙を出して空気を膨張させる。マグマを噴き出させるのには大きな威力が必要である。それはそうだ。普段は地面の中で大きな圧力により留められているのだから。ならば、それが噴き上がった一点集中の威力に、別方向の圧力を与えたら。と、碧斗は噴き上がるマグマを横からの圧力で吹き飛ばす。それと同時に、碧斗の背後にもまた煙による圧力が生まれ、彼はそのまま前へと押し出される。それによって。

 横からの圧力で僅かに軌道がズレ分散したマグマに、圧力を受けて速度が上がった碧斗が突撃しーー


「とあぁぁぁっ!」


 ーーその中から抜け出す。


「なっ」


 思わず、拓篤は目を見開く。予想外であった。


「嘘だろ、お前、」


 拓篤の立つ地面に碧斗は着地し、息を荒げる。まるで今まで吸えなかった空気を一気に取り込むかの如く。


「お前は、、あの地獄からも、逃げたのか、?」


 拓篤は、碧斗は恐怖から逃げる人間だと理解していた。それ故に、マグマに閉じ込められた彼は、抜け出す事は不可能だと確信していた。そこから出るには、今の様にマグマを通り抜けなくてはならない。逃げる方法は他にない。即ち、その一瞬でも命に関わる行動故に、碧斗は逃げるだろうと。確信していたのだ。だが、彼は。

 そこで待機している事の方から、逃げたのだ。


「あ、、ああ、、俺は、逃げてばかりだ、」


「...」


「だがな、、逃げるべき道は、理解してるつもりだ、」


 碧斗はそう告げると、ボロボロの体を必死に起き上がらせて、ニッと。笑みを浮かべた。


「やっと、同じ目線に立てたな、兄ちゃん」

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