253.覚知
「があぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!」
飛び上がった樹音はその僅か一秒と満たない一瞬で、腕が溶かされた。
「馬鹿が」
「がはっ!」
それに声を荒げた樹音に追い討ちをかける様に、そこに拓篤は回し蹴りを入れ吹き飛ばした。
「ごふっ!」
「樹音っ、君!?」「円城寺君っ」
叩きつけられた先は先程の崖。それによって血を吐き出した彼は、そのまま、奈落の底へと落下していった。
「はぁ、はっ、はぁ!」
何が起こったのか分からない。そんな状態の美里と碧斗だった。いや、分かりたくも、無かったのかもしれない。と、その時。
「クッ!うっ、くぅああぁぁぁっ!」
「っ」
落下する樹音を、崖を登っていた大翔がキャッチし、彼の生成した刃に着地する。
「樹音!樹音大丈夫か!?しっかりしろ!」
「があぁぁぁぁぁぁぁっ、うぐっ、ぐっ、うぅっ」
「っ」
その出血量に大翔の顔からは血の気が引いていく。本当に、腕が無くなったのだ。樹音の左腕の肩から下が、跡形も無くなっている。
こんな簡単に。アイスが溶ける様に簡単に。骨まで溶けてしまうなんて。ありえない。こんな光景、信じられない。いや、信じたくはない。
「クッ」
大翔は思わず吐きそうになるものの、必死で堪えて目つきを変える。
「すっ、直ぐに回復しねぇとやべぇぞ!」
「はぁ、はっ、はぁ、そう、言われてもっ!」
大翔が皆に伝える様に声を上げるものの、対する美里は目の前に迫り、固めたマントルを個体とし放つ拓篤に炎で対抗しながら声を上げ返す。
「お前も一緒に終わりだ」
「そうはっ、させないっ!」
「っ」
突如、拓篤が美里に向かって殴りを入れ、そのまま樹音の様に首を絞めようとしたその時。美里は炎の熱エネルギーの調整を行い、地面下のマグマを利用して圧力で地形を変えると、それによって彼との間に壁を隔てた。
「まだこんな事が出来る程、体力が残ってたんだな。それは素直に感心するよ」
「はぁ、はぁっ」
この隙に考えるしかないと、美里は冷や汗を流す。既に美里は能力を多用出来る体ではない。かといって大翔単体では能力的に不利過ぎる。対する樹音は今すぐ治療が必要で、碧斗は戦闘不能。
ー更に言うと、ここは今密閉空間、、何故だかは分からないけど、火山の周りを閉鎖した人が居る、、もしかして、私達を閉じ込めようとしてるってわけ、?ー
そう考えると、王城側の人達が絡んでいる可能性が高いと。美里は悩む。だが、そんな事は今はどうでも良いのだ。とにかく、ここから抜け出す方法を考えなくては、と。
そう必死に考えるがしかし。
「そんな流暢に考えてる暇あると思うか?」
「っ」
突如、背後から拓篤の声が聞こえ、美里は慌てて振り返る。と、次の瞬間。
「かはっ!」
その時には既に蹴られ、そのまま吹き飛ばされたのち、今度は地形が変化して彼女の背に壁が出来る。と。
「どうやらただ落としてもみんななんだかんだで戻って来るみたいだからさ。強制退場してもらうよ」
「っ、嘘っ、」
「じゃあな」
拓篤はニヤリと微笑みそう告げると、次の瞬間。
壁によって止められた美里の寝転ぶその地形ごと、そこだけを分離させ、星の核へと落としていく。その様子に、碧斗は掠れた声で放ちながら足を踏み出した。
「やめろ、、やめてくれ、」
「はははっ、どうだ?お前の大切なものが消えていくのは。思い出すだろ?あの日、何も出来なかった自分を。その悔しさを。そして、母さんの優しさを。いや、それすらも覚えてないか?そりゃそうだよな。お前はっ、母さんを一度も母と呼んだ事はないっ!そうだろ!?ゴミ」
「っ!」
「もう二度と忘れないように染み込ませてやるよ。この絶望を。この無力さを。そして、その罪悪感で一生忘れるなよ。お前の代わりになった母さん。そして」
拓篤はそこまで告げると、少しの間ののち、視線を落とし、声のトーンを低くし告げた。
「俺の事をな」
「っ」
と、同時。突如大きな振動によって拓篤は目を見開く。
「何だ、」
それに何かを察した彼は、先程美里を落とした崖の下を見据える。と、そこには。
「っ」
「はぁ、、はぁ、まだ、終わらせねぇよ!」
樹音の刃の床。そしてその上には大翔が、樹音と、その反対の腕で美里を抱え、上の拓篤を見据えていた。
「お前、まだそんなことが」
「当たりめぇだ。ギリギリでも、死にかけでも、ダチの命を守るのが俺だ」
「はぁ。何も出来ないくせに生意気な」
拓篤は息を吐く。大翔にも驚いたものの、それ以上に樹音が刃を生成する心の余裕があるのか、と。彼はぐったりと、大翔に抱き抱えられながら無言を貫いた。恐らく、刃生成に全ての力を注ぐためだろう。故に、もう長くないと悟った拓篤は、微笑む。
「まあ、そのくらいの意気込みが丁度いいか。碧斗。お前を絶望に突き落とすにはな」
「やめろ、、やめてくれ、」
「碧斗、お前が。これを招いた。そして、お前が無力なせいで、こいつらが死ぬ」
「そんな、、わけないでしょ、」
「「「っ」」」
突如声を零した美里に、大翔と拓篤。そして碧斗が目を見開く。
「あんた、間違ってるよ。別に伊賀橋君が無力な所為でこうなってるんじゃないし、無力じゃない。それにまず、私達は死なない」
「ああ!その通りだな、相原」
「はぁ、そうか。絶望を前にした無理な前向きさ。いや、それを願って望みとして言葉にしている。自身に言い聞かせている。どれにせよ、結局は全てが終わる。お前ら如きで、それは変わらない」
「「「っ」」」
拓篤はそれを告げると同時、ニヤリと微笑み両手を広げる。と、刹那。
「ん、んだよっ!?これっ」
「まさか、」
突如、またもや大きな揺れが一同を襲う。先程、経験したものだ。今までで一番大きい。そう、これはーー
「また、噴火っ!?」
美里が驚愕し振り返る。その視線の先の火山は、またもや噴火していた。
「もう無理なんだよ。諦めろ。ここがお前らの墓場だ。...そして、碧斗。お前だけはそこで見ていろ全ての終わりをな」
「っ」
拓篤はそう告げると、碧斗の周りに地殻変動で地形を動かし壁の様なものを隔てる。まるで、死にたくても死ねない環境を作るかの如く。それを見たのち、拓篤は美里達を見下ろし付け足す。
「お前らの体力はもう限界を超えている。樹音も大翔も。そして勿論、相原もだ」
「っ」
「つまり、どういうことか分かるか?相原の熱エネルギー制御が行えていない状況。そして、碧斗が再起不能。そうなった今、誰も噴火を止めることは出来ない。そして、活発化している時に危険なのは火山周りだけではない」
「なっ!?」「っ!」
拓篤が皆の足元を見て微笑む。そこには、マグマが沸き上がり、一度に向かっていた。
「クソッ!?ど、どうすんだよ!?このままじゃ足場の刃が先に溶けるっ!」
「円城寺君!しっかりしてっ、!お願い、一つでいい。だから、足場をっ!」
美里は慌てて声を上げる。何とかしてこの場から移動しなくてはと。大翔の跳躍力があれば、一本でも剣があるだけで、彼が足場としてそこから跳躍すれば、地上に届かない距離ではない。そう判断したものの、それに追い討ちをかける様に拓篤は告げる。
「助けを媚うか。だが、ここから出られたとしても、どこにも逃げ場はないぞ」
「っ」
見下ろす拓篤に美里は目を見開く。そう。既にこの空間は閉じられているのだ。何者かによって。"内側からは出られない"様になっているのだ。
「マズい、」
「あ!?な、何がマズいんだよ!?」
「確かに、何者かによって噴火による街への被害は抑えられた、、けど、内側から噴火した噴石を外に出ない様にしているこの状況。裏を返せば、"内側に居る私達も外に出れない"って事になる」
「なっ」
大翔もまた理解し目を見開く。
「てことは、、どう頑張っても逃げられねぇのか、?」
「はははっ、気づいたか。ああ。もう逃げる場所はない。上に戻れてもマグマに飲まれる。逃げても噴石が降り注ぐ。それすら避けれても地面が崩れる。碧斗の足場だけを高く上げて、それを高みの見物が出来るようにすれば準備は終了だ」
拓篤はそう微笑むと、手を広げて深呼吸をする。
まるで、覚悟を決めるように。
「さぁ、碧斗。その目に焼き付けろ。全ての、終わりを」
「っ、やめ、ろ、」
碧斗は目を背けようとするものの、地面が動き体がそこに出来たヒビに入り込み身動きが取れなくなる。まるでそれから目を逸らすなと告げているようだ。
「やめろっ、、やめてくれっ」
「最後の見せ場だ!フィナーレを存分に楽しめっ!」
「っ」
拓篤はそう声を上げると、地面を崩し落下させる。それによって美里達の周りにあった崖も消え去り、登ろうとしていた大翔は慌てて刃の上に戻る。が。
「がぁっ!?あっ、、ぐっ、づ!?」
「橘君!?」
「ひろ、、と、く、」
「クソッ」
大翔は思わずその熱さに声を上げる。溶岩が迫り来る中、足場の刃はどんどんと熱せられる。少し下の部分が溶け始めているのが分かる。
「クソッ!」
大翔は、何か足場になりそうなものをと探すものの、見つからない。と、思った瞬間。
「っ」
僅かに一本、上にまたもや大きな刃が現れる。
「み、樹音、、さんきゅな」
大翔はぐったりとする樹音を見据え、それを察してニッと笑うと、そこから力一杯跳躍してその刃の上に乗る。が、しかし。
「絶望を捧げよう、碧斗。我々は、そろそろ帰る時間だ。あの地獄の、現実世界に。そして、ひとりぼっちの地獄へようこそ。碧斗」
「っ!」
「危ないっ!ファイアストライク!」
大翔に向かって飛び降り、急降下する拓篤に、彼は冷や汗混じりに目を剥くと、美里が手を構え炎を放つ。だがしかし、それを避ける。素振りもなく、拓篤はその炎で体を燃やしながら落下する。
「う、嘘っ」
「チッ、死ぬ気かよっ、、てか、このままじゃ俺たちもやばいなっ」
そう。美里が炎を与えたことによって彼の体は燃え上がり、その状態で向かってきているのだ。そして、大翔は反対方向。下を見据えるものの、溶岩もどんどんと迫ってくる。挟み撃ちの状態。樹音は最後の力を振り絞って先程の刃を生成してくれたのだ。そう簡単に次の足場は出来ない。かといって周りに崖がないため大翔は逃げ場がない。
「やめろ、、やめてくれっ」
悶えながら、碧斗は地面の中で皆に声を上げる。
「嫌だ、、やめろっ、やめろっ、!俺にっ、見せないでくれっ、!」
碧斗は強く目を瞑る。こんな光景見たくはない。認めたくないと。
「クッ、うっ、うっ!」
対する美里は発火させるものの、拓篤はそのまま落下する。一方の大翔も拳を構える。
「あ、あんた、、大丈夫なの、?」
「ああ、、何度も腕に炎を纏わせてもらってただろうが」
「そ、そうだけど、あれは、」
美里は言葉を濁す。あれは火加減を調整していたからこそ成し遂げたものである。対する今度の相手は現在進行形でエネルギーを高めている。それを、大翔が受けられるのか、と。
「でもやるっきゃねーだろ!?」
「いやだっ、、駄目だっ、!やめろっ」
それを理解した碧斗は尚も掠れた声で訴え続ける。だが、その願いも虚しく、拓篤は大翔の目の前に到達すると。
「てめぇっ!」
「先に落ちるのはお前だ」
「っ!」
大翔が拳を振り翳そうとしたその時。拓篤は蹴りを入れ一同を崖の底へと突き落とす。
「クッ!?あっ!?」
「っ!うそっ」
大翔と美里は声を零しながらも、なんとかして戻れないかと考える。対する樹音は懸命に刃を生成しようとしているものの、三人の体重を支える大きな刃を生成するのは難しいのか、歯嚙みする。
「やめろ、、やめろっ!」
「はははっ!じゃあな碧斗。独りぼっちで、異世界生活の終わりを見届けろ」
「やめろぉぉぉぉぉぉっ!」
碧斗は目を強く瞑り声を荒げる。
何も出来ない。それを直視する勇気も、無いくせに。と、自己嫌悪に陥った。が、その瞬間。
「っ」
『伊賀橋君は凄いよ!?伊賀橋君が居なかったら、、作戦も無く戦って、私達直ぐにやられて終わってたもん』
ふと、記憶が蘇る。沙耶の言葉だった。
そして、大翔との戦闘。樹音との記憶。美里との、思い出。それを考えると共に、気づく。
駄目だ。
ここで諦めてはいけないんだ。
そうだ、今まで何度も諦めかけただろう。だが、諦めなかったのは何故だ。
死のうと思った。囮になろうとした。皆と共に心中しようとした。
それでも、しなかった。
それは、皆が止めてくれたから。
皆が、居てくれたから。
ー俺を、必要としてくれたから、ー
ならば、期待に応えなくてはいけないだろう。
ー今度は、俺が、みんなを救い出す番だっ!ー
「させるかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
碧斗はそう声を上げると共に、力を強く込めて、次の瞬間。
「くあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
内側から煙の圧力で周りの地面のヒビを大きくすると、そこから抜け出し、勢いよく一同の元に落下していく。
「絶対っ!救い出すっ!」
「何、?」
煙を利用し高速で落下する碧斗を横目に、拓篤は目を見開くと、そののち。
「っ!なっ」
「えっ、伊賀橋君っ!?」
「っ、、あい、と、くん」
「ごめん、遅れてっ」
碧斗はそのまま大翔と美里、樹音を回収して僅かに残った地面の上に乗せたのち、そのまままたもや落下する。
「なっ」
「えっ、何やって、」
その行動に一同は目を見開いたものの、碧斗は迷う事無く拓篤を回収し、皆から離れた地上に乗せる。
「ハッ。碧斗、どういうつもりだ」
「...」
ニヤリと苦笑しながらも放つ拓篤に、碧斗は無言で三人の元に戻ると、しゃがみ込む。
「みんな、大丈夫?」
「あ、ああ、、俺は、大丈夫だ、」
「わ、私も、これくらい、」
「ぼ、僕だって、、刃は難しいけど、剣なら、」
皆、既にボロボロの状態で、尚且つ立ち上がろうと奮闘する。その様子に、碧斗は一度目を細めると、立ち上がる。
「ごめん、、無理、させてしまって」
「そ、そんな、」
「俺、改めて分かったよ。みんなのお陰で、俺は今生きてる。みんなが居てくれたお陰で、死ぬという選択肢を無くすことが出来た」
「伊賀橋君、」
「だから、ありがとう。今度は、俺の番だから」
「お、おい、碧斗、?」
「伊賀橋君、、まさか、」
「ああ、大丈夫。これは、俺の問題だから」
「な、何言ってんだよ!?俺たちに見てろって言いたいのか!?」
「いや、傷も酷い。体力も限界に近い。このままだと、みんな、手遅れになる。だから、一度、戻ってもらうよ」
「は!?お前、戻るっつったって、」
「「「っ」」」
大翔が否定を口にしようとしたその時。碧斗はふと、ポケットにしまっていた、いくつかに折った紙を皆に向かって投げる。
「広げてくれ」
「っ」
その中で、美里のみがそれに気づき、目を剥く。
「こ、これって」
美里は声を漏らしながら、その紙を開き確信する。と、それを覗き込む様にして、大翔が割って入る。
「んだ、?これ、、魔法陣か何かか、?」
「そう、、魔法陣。しかも、転移用のね」
「転移、?」
美里が真剣な表情で告げたのち、碧斗に視線を送る。
「そして、これは俺の問題、、って事は、」
「ああ、、ごめん。だけど、しっかりと向き合いたいんだ」
碧斗は背を向けたまま、皆にそう告げる。
「何馬鹿な事言ってるわけ、?伊賀橋君、、また、死ぬつもり、?」
「言ったでしょ。俺は、みんなのお陰で気づいた。死ぬつもりはないよ。ただ、これは俺への戒めでもあるんだ」
「ハッ、戒め?まさか、俺と向き合おうってんじゃねーだろうな」
「ああ、そのまさかだ」
「おいおい、ずっと見て見ぬフリしてきた弱虫が、今更何イキがってんだよっ!」
碧斗の言葉に声を荒げ、拓篤が足を踏み出す。それに碧斗は目を見開いたのち、一同に振り返る。
「このままだとその魔法陣も破かれるっ!早くっ!時間がない!行って!」
「お、おい!でもっ」
「あんた、、本気、?」
「ああ。だから、みんなは先に戻って、ゆっくり休んでてくれ、」
碧斗はそこまで告げると、それが俺の望みだと告げ、拓篤に向き直り構える。と、その言葉を受けた美里は一度呆れた様に息を吐いたのち、目つきを変え。
魔法陣に触れる。すると。
「おっ、おおっ!相原、何やったんだ!?」
「前に、一度見てるから。少し、クラクラする、、もしかして、力を取られたりしてるのかな、」
「い、いつの間にだよお前、」
「とりあえずみんな、行くよ」
「っ、ま、待って、」
「おい、碧斗はいいのかよ」
「いいからっ!」
声を上げる樹音と大翔を無理矢理魔法陣に入れ込み、美里は碧斗に微笑んだ。
「大丈夫。きっと、乗り越えられる」
「っ、、ああ、ありがとう。直ぐ、戻るよ」
碧斗もまた優しくそう告げたのち、改めて迫り来る拓篤に足を踏み出した。
「さぁ!今度は俺がっ、受け止める番だっ!」




