251.密事
「クッ!?」
落下する中、左右の地面が動き始め、碧斗は冷や汗を流す。このままでは潰される。そんな恐怖が襲った。と、その時。真下からマグマが噴き出し、逃げることの出来ない碧斗の目の前に迫る。それに目を剥き、慌てて逃げ出そうとするものの。
その、瞬間。
「なっ」
そのマグマは突如マントルが固まった様な塊へと戻り、碧斗の足場の如くそこで止まった。
「...クソッ」
やはり碧斗を殺す気はない。それは本当の様だった。だが、左右には地面の地層。真下にはマントルの床。逃げ出すことも、Sを追いかけることも出来ない碧斗は拳を握りしめる。煙の圧力を真下に放ってみるものの、相手はマントルである。ビクともしないのは一目瞭然だ。
「クッ」
碧斗は渋々地上へと戻り、息を吐く。そこに来て、突如。
「かはっ!?」
「碧斗っ!」「伊賀橋君っ!」「碧斗君っ!」
碧斗は倒れ込む。気づかなかったのだ。自身の体が、ここまで限界に近づいていた事に。それに碧斗は地面を殴り悔しさを見せる。と、その瞬間。
「碧斗君っ!後ろっ!」
「っ」
樹音の声によって碧斗は気づき、振り返る。と、そこには、地面が裂け、その中からゆっくり上昇し地上に足を着くSの姿があった。
「ハッ、、てめぇ、」
思わず乾いた笑いが漏れる碧斗。そんな彼に、Sは足を踏み出す。
「さあ。どうだ碧斗。俺を止めなくていいのか?」
「はぁ、、はぁ、クソッ、、動けっ!動けよっ!」
「はははっ!やっと気づいたか。もう、限界なんだよお前の体は。そんな大量の煙と、それを操る力。お前の体力だけでは明らかに賄いきれない」
Sは不敵な笑みを浮かべ一歩。また一歩と近づく。そんな中。
「かはっ!?」
「「っ!」」「樹音っ!」
どうやら、彼も限界だった様だ。大量に降り注ぐ噴石を破壊する中、その中の一つに激突し、彼はそのまま落下した。それを目撃した大翔が、慌てて跳躍し回収するものの、その場には噴石が大量に降り注いだ。
「ちくしょっ、このっ!クソッ!」
それに樹音の代わりだと、噴石を拳で砕く大翔。だが、彼の届く範囲には限界がある。故に、碧斗もまた空中の煙の圧力で破壊しようと考えたのだが、しかし。
「クッ、、うっ、、かはっ!」
やはり、既に体力の限界の様だ。それを理解し強く拳を握りしめる。そんな碧斗の目の前で、Sは微笑み見上げる。
「もうおしまいみたいだな。じゃあ、ショータイムの始まりだ。そこで、じっくり見届けろ」
「っ、、やめろっ!」
Sはそう告げると、そのまま跳躍し砕けた地面に乗り移ると、そのまま大翔や樹音、美里の元へと向かう。
「やめ、、ろっ!」
碧斗は手を前に出し、懸命に声を上げ煙を放とうとする。だが、これ以上しては駄目だと。体が拒否反応を起こす。と、その時。
「っ」
突如地面が動き、碧斗を守る様に地面が変形する。
「なっ」
「さあ。その特等席で見学しろ。人を殺めるとは、こういうことだっ」
「やめろっ!」
「ハッ、、大丈夫だ、碧斗。寧ろ、射程距離範囲に入ってくれて、助かったぜっ!」
大翔は冷や汗混じりに笑い、殴りに向かうものの、Sは最も容易く地面ごとそれを避けながら蹴りを入れていく。
「がはっ」
「お前は面倒だな、先にこいつらをやるか」
「させてたまるかよっ!」
Sは息を吐きながら、樹音と美里の方に手を伸ばす。それを阻止しようと大翔は向かうものの、地面がグラつき、彼らの足元にヒビが入り始める。
「クッ」
「お前は所詮殴りでしか対抗出来ない。俺を殺せないのなら、お前に出来ることは何もないぞ大翔」
「てめっ!けほっ、かはっ!」
ニヤつくSに、大翔は殴る速度を早めるものの、ガスによって立っているのもままならなくなっていく。他の二人もまた、次々と空気中に放たれる火山ガスによって、回復が遅くなっていた。その最中、追い討ちをかける様に。樹音と美里の這いつくばる地面が、割れ始める。それに、碧斗と大翔が声を上げた。
その、瞬間。
「っ!きたっ!伊賀橋君っ!今っ!」
「っ!よしっ!任せろっ!」
「何?」
突如、美里が声を上げる。その"合図"に何かを察した碧斗は、先程までとは一転。ニッと。いつもの笑みを浮かべ、這いつくばりながら強く放つ。
と。
「...何を、、やっている、、っ、まさか、」
Sは首を傾げた。碧斗が自信げに放ってから一分ほど。特に何が起こるでもなく時間が進む。その中で、"その違和感"にSは気づき目の色を変えると、火山を凝視する。と。
「っ、、や、やはりか、」
Sは珍しく驚愕する。そう、その、明らかに違う動きをする「それ」に、目を剥いた。
そう、それはーー
「確かにガスは、、どうしようもない。致死率が高いもので無くとも、ガスである以上体に悪影響が及び、実際に俺達の体に大きな影響を与えてる。俺も例外じゃない。勿論、ガスの能力で無い以上、当たり前だ。だが、その根幹は、違う」
碧斗は、自身だけを閉じ込めた小さな陸地の上で、這いつくばったまま微笑み続けた。
「火山から出る気体は、その瞬間は噴煙となって出てくる。その気体が広がり、火山ガスとして皆に影響を与えている。ということは、噴火口から出る前に、押し留めればいいわけだ」
「火山の中の段階。つまり煙の状態で物質変化をしながら、その中で留めてると言いたいのか?」
「ああ。噴火した瞬間から、それを狙ってた。その成分把握と、煙として操ることができる様に調整するのに時間がかかったんだ。それと、火山活動が活発な中だと操るのが困難となる。だからこそ、ずっと、相原さんにはそれをセーブする様に火山内の熱エネルギーを調整して貰ってたんだ」
「美里、、お前倒れているフリして、ずっとそれをしながら狙ってたわけか、」
「あっ、、たり、まえでしょ、、ただぶっ倒れてる程、私に危機感ないわけないから、」
「チッ、図に乗りやがってっ」
「おらよっ!」
「チッ」
Sは怒りのまま美里に向かったものの、それを止める様に、大翔が割って入る。その殴りを避けながら怒りを見せるS。だったが、それだけではないと。碧斗が尚も割って入る。
「それと、、相原さんにお願いしてたのはそれだけじゃない」
「何、?」
と、碧斗が告げたと同時に。
「「「っ」」」
突如、地面が大きく揺れ、それと共にーー
ーー大きく砕け、地面が破壊される。
「何っ」
それにSのみならず樹音と大翔もまた驚愕する。彼らの足場は残っていたものの、Sの足場は粉々に粉砕され、なす術なく落下していった。
「まさか、、これも相原が、?」
落下しながらSは目を細める。その様子を見下ろしながら、地上の美里は小さく微笑む。そう。火山内だけでなく、そこから伝って周辺の地面にも炎を生み出していたのだ。Sが地形変動を頻繁にしていたがために、炎を入れ込むタイミングはいくらか存在していた。そして、それを後押しする様に。先程Sと共に落下した碧斗が、地面のヒビ割れた中で煙を放っており、それと美里のタイミングが合った瞬間、煙を膨張させ、炎の圧力を利用し、地面を破壊したのだ。
そう、地形を操ることが出来るS。ならば、その地面を破壊してしまえば、と。そう考えたのだ。
だがしかし。それを察したSは、落下しながら微笑む。
ーこの程度で、勝ったつもりか、ー
嘲笑う様に。いや、寧ろどこか呆れた様子で鼻で笑うと、Sはマントルを操りまたもや地面を作ろうと手を出した。だが、その瞬間。
「おらっ!」
「なっ!?」
彼の背後から、勢いよく碧斗が落下し、今まで以上の圧力でSを叩き落とす。
「お前っ」
「このまま道連れだ。俺を殺す事はしないんだろ?」
「クッ」
閉じ込められていた碧斗は、煙と炎の圧力による地面破壊によって同じく落下し、その先に居たSに圧力を与えながら彼と共に落下していく。碧斗を殺す事はしない。Sが決めたそれによって、自身の首を絞める結果となったと。碧斗は冷や汗混じりではあるものの微笑む。それに、Sもまた苦笑を浮かべた。
「随分とイカれてんな、碧斗。自分の命が大切じゃねーのか?」
「大切に決まってるだろ。確かに、何度も死のうとした、、でも、やっぱ怖いんだよ」
碧斗は落下しながら震える手をもう片方の手で押さえながらも、強く告げた。
「それでも、みんなが生きていくためなら、俺はいくらでも犠牲になってやるっ」
碧斗は震えた声だったものの、そこには強い意志が見て取れた。その様子に。
Sは歯嚙みした。
「この、偽善者が」
「何、?」
Sのポソリと呟かれた言葉に碧斗が聞き返すと、その瞬間。
「なっ」
地中の底からマントルの塊が迫り、そのまま二人を乗せて、勢いよく地上にまで戻る。
「クッ、これでっ、終わらすかよっ!」
がしかし、この覚悟。これで終わらせるわけにはいかないと碧斗は追撃を行おうとSに拳を放つが、しかし。
「っ」
Sは突如跳躍して後退り、マントルを地面として浮き上がらせてそれに足を着くと、碧斗に向き直る。それに対し、ならば自身が一人で落ちれば良いと、碧斗が身を挺して落下しようとするものの、既のところで目の前にはマントルが浮き上がり壁が出来上がり、他の場所から落ち様にも同様にそれを抑える障害物が出来ていった。
「クッ、お前っ」
碧斗は歯嚙みしてSに向き直る。すると、浮き上がったマントルがゆっくりと下がり、彼の姿が見える。その彼はーー
ーーどこか、強く憤りを感じている様に見えた。
「はぁ、、全く、お前は本当に変わらないな、」
「は、?」
Sは拳を握りしめて、そう唸る。それに、タダならぬ空気を察し、美里と樹音、大翔もまた身構える。すると、突如声を上げた。
「いやぁ、やっぱ気が変わった。別にいいよ、飛び込んでも。何度やろうと同じだ。もし万が一があっても、俺は死んでも構わない」
Sは怒りを噛み殺す様な微笑みで一歩、また一歩と近づき、ひらひらと手を見せる。それに、碧斗は何をするつもりだと目を細めるが、その瞬間。
放つ。
「まあ、その前にさ。俺の名前だけでも、覚えていってくれよ」
「な、名前、?」
「ああ。Sで貫き通すつもりだったけどさ。やっぱお前の顔見たら無理だわ」
「は、?何言って、」
Sの放った予想外の言葉に、その場の皆は同時に目を剥く。
名前。確かに彼は本名を出してはいないものの、それが何か関係あるのかと。そう思う中、尚も続ける。
「やっぱ言っておきたいだろ?死ぬ前に、お前らに少しでも覚えてほしい。俺の名前を、覚えて現世に帰って欲しいんだ」
Sはそう前置きすると、碧斗に近づき、彼の目をまっすぐと見据え、告げた。
「俺の名前はーー」
「っ」
「ーー巽拓篤だ」
ドクンと。
それを聞いたと同時に碧斗の鼓動が早まった。
「た、巽って、、どこかで、」
「そういえば、なんか前からこいつを知ってる的な事言ってたよな!?思い出したのか?」
その背後で美里が顎に手をやり、それに大翔が放つ。と、それを受けた美里は首を振る。
「違う、、この感じはどこか、、もっと、最近、、っ!」
美里は、それを思い出し、目の色を変えた。
「思い出したか!?」
「...巽って、、まさか、」
珍しい苗字だ。
間違える筈ない。
美里は険しい表情でーー
ーー碧斗を見据えた。
「はぁっ、はぁ!はぁっ!はぁ!」
鼓動が壊れたかの様に更に早まる。それに合わせて、人では出来ない程の空気を得ようと呼吸が荒くなる。
苦しい。息が、出来ない。
「はぁ!はぁっ!」
思わず碧斗は崩れ落ちる。ずっと、ボヤがかかっていたそれが、晴れていく様な感覚だった。
いや、見ようとしない。見たくなかったそれを、無理矢理見せられている様な。そんな感覚だった。
「はぁ!はぁっ!はぁはぁはぁはぁっ!」
「...ようやくか。ほんと、お前はずっと、逃げてばっかりだよな、碧斗。そうやって、許されてきたんだろうな。ほんと、吐き気がするよ」
「はぁ!はぁっ!」
倒れ込む碧斗に、S。いや、"拓篤"は近づき、見下す様にして、告げた。
「今更だが、久しぶりだな。"巽"碧斗」
拓篤はそう口にしたのち、しゃがみ込み恨みのこもった表情で付け足した。
「俺の、弟」




