25. 放浪
時刻は2時。この世界は7時前後になるまで日が落ちない事が唯一の救いである。のこり約5時間。制限時間内に新たな拠点を見つけなくてはならないのだが、あまり人目につく場所にも行けない状態であるがゆえに、路地裏から出られずにいた。
「そろそろ探したいんだけど、まだ危ないよな」
「確かに見つかったらヤバいけど、このまま何もしないのもちょっと、」
樹音が、戸惑い気味に言う。それに「そうだよな」と短く返す碧斗。だが、見つかったら終わりなのだ。
先程、攻撃を仕掛けてきた相手が奈帆だったからまだ良かったものの、凶悪な者達が相手となると商店街でもお構い無しに殺しにかかってくる可能性もある。それ以前に、大人数で現れたら確実に負ける。碧斗の中での葛藤の後、腰を上げる。
「仕方ない。このまま夜を待ってても何もない。とりあえず、泊まらしてくれそうな場所か、この際外で寝れそうな場所も探す。水篠さんには本当に申し訳ないけど、最悪の場合は野宿になる事も考えておいて欲しい」
碧斗の提案に強気な表情で頷く沙耶。そんな彼女に「その場合は寝袋くらいは用意しないとね」と言い放った。それと同時に「水篠さんの分くらいは必ず」と呟いた。それを聞き逃さなかったマーストは優しい笑みを浮かべたのだった。
☆
それから数時間が経ち、空がオレンジ色に染まる。何軒もの店を回ったが、どれも不発。突然4人で押しかけて、全員を雇ってくれる様なお店は無かった。
せめて働いて、寝袋を買うお金だけは稼ぎたかったのだが、碧斗達には売るものも無ければ、モンスターを狩っているわけでもないので、お金を稼ぐ方法は働く事しか選択肢が無いのだ。
「ゲームではよく獣狩りをして、お金を稼ぐよね」
「確かにな。でも、魔獣が生息する森に行くには王城の前を横切らなければならない」
「やっぱり、捕まっちゃう、かな、?」
「可能性は高いね。まだ見つかっていない事から、俺たちを探しに来ているのは数人で、のこりは王城で見張りをしてると思う」
沙耶が恐る恐る訊くと、碧斗は表情を曇らせ、淡々と言い放った。
「本当はみんなが王城に集められる夕飯の時が穴場なんだけど、それまで待ってたら日が暮れる」
まあ、もう日は暮れそうなのだが。と、絶望的なツッコミを脳内でする。
その後、どこに向かうでもなく歩き続ける4人。普段運動をしていない碧斗の足は悲鳴を上げていた。それに続くように沙耶も息が荒くなる。
「大丈夫?水篠ちゃん」
表情を変えずに樹音が言う。その余裕のある顔はやはりイケメンと言うにふさわしいだろう。それでも沙耶は「う、うん」と無理に笑顔を作る。
この数日能力を使用した事や、歩き回っていた事により沙耶の体力には限界が近づいている。碧斗も、沙耶ほど能力使用時における体力消耗は無いものの、普段と違う環境で、就寝もソファーでしている事から疲れが溜まっているのを感じた。
「いや、一回休もう。ずっと動きっぱなしは良くないよ」
自分も疲れている事から沙耶の気持ちを理解し、休息を促す碧斗。
ー別に自分が疲れてるからって訳ではないからな!ー
誰に言うでもなく脳内で否定する。だが、皆を心配してか意地を張るように沙耶は首を振る。
「無理してない?」
「うん、大丈夫」
「そっか」
碧斗が心配そうに覗き込むと、更に俯いて、唸るように呟いた。
「本当に大丈夫なのかな?」
沙耶に問いかけた後、樹音が小声で碧斗に耳打ちをする。
「うーん、大丈夫とは言えないかもしれないけど、頑張ってるから」
「そっか、水篠ちゃんの気持ちを尊重するって事だね」
「そんなカッコいい事じゃないけどな、でも危ないからもう少ししたらやっぱり休もう」
碧斗の提案に樹音は頷いた。
「もうこの周辺に聞き込みを行なっていない店舗はございません」
数分後、マーストが碧斗に小声で話す。皆に聞こえないように話してくれたようだ。
「そうか、」
もう希望はないようだ。泊めてくれる場所も無ければ、寝袋も用意できない。寝られそうな段ボールなどがないかゴミ捨て場を漁ってもみたが、それらしき素材も見つけることが出来なかった。
まず、この異世界に段ボールの様な素材が存在するのかも不明である。行く当てがなくなった碧斗達は"あの日"と同じように公園の階段に座り、遠くを眺めていた。
「ご、ごめんね、私のせいでこんな、」
「何言ってるの!自分を責めないで水篠さん!」
「そうだよ!今は後ろ向きになっちゃ駄目だよ」
碧斗と樹音が沙耶に慰めの言葉を送る。すると、またもや泣きそうになってしまう沙耶。
だが、泣きたい気持ちも分かる。もし自分のせいで周りの人をこんな目に遭わせていたらどうしようもない罪悪感や、自分では何も出来ない劣等感に押し潰されている事だろう。そういう点でも、沙耶は強い人なのかもしれない。
「とりあえず、もう時間は無いからこれからは野宿出来る場所を探すのに専念しよう。水篠さんには本当に申し訳ないけど」
「いえいえ!私のせいでこんな事になってしまったんですから、お、お風呂も、我慢できますし、何処でも、寝る準備は出来てます」
「今日だけの辛抱だから」
とは言ったものの、今日だけで終わるだろうか。そんなマイナスな考えが碧斗を襲ったが、慌てて振り払う。沙耶の前でネガティブな姿を見せるわけにはいかないという思いから、無理矢理前向きに振る舞う。
「じゃあ、路地裏かな?」
「でも、見つからないか?それに、この世界にもヤンキーがいるだろ」
「た、確かに。でも、能力あるし」
「いや、寝てる時に身ぐるみ剥がされたらヤバい」
「そ、そっか」
樹音と碧斗が話し合っている様子を静かに見守る沙耶。そこでマーストが詰め寄り、小声で話しかける。
「大丈夫ですか?外で一夜を過ごす事になりますが」
心配そうなマーストに笑って沙耶は答える。
「大丈夫です!だって、みんなが頑張って考えてくれてるから、そのくらいしなきゃ。贅沢言っていられないです」
今度は強がりの笑顔ではなく、心からの笑顔で応じる。その表情を読み取ったのか、マーストも笑顔になる。
「わたくしからすれば、5番目の勇者様、水篠様も頑張っていらっしゃいますよ」
「へっ!?い、いやっ!私なんて、ただの足手纏いで、、その、」
慌てた様子で手を振る沙耶を暖かく見つめながら、マーストは理解する。沙耶が皆にとってどれほど大きい存在なのかを。
「よしっ、じゃあ、現場確認に行くよ!もう時間は、ええと」
「18時でございます。碧斗様」
「6時か、もってもあと1時間程度、か。急がないとな」
「はぁ、ほんと、あんただけでどうにかなる話じゃないって思わなかったの?本当に計画性無いね」
現場確認の為、皆が腰を上げた瞬間、背後から声が発せられる。聞き慣れた声だが、どこか懐かしく感じる。このトゲを感じる声色、だが美しく、可愛らしさも感じる。そうだ、この声はーー
「久しぶり、相原さん」
驚いたせいか、少し声が裏返る碧斗。その様子に呆れた様にため息をつく。
「相変わらずね、まあ私には関係ないけど」
「ど、どうして相原さんがここに?」
美里の話を聞き流し、碧斗は疑問に思った事を口にした。
「どうでもいいでしょ。ただ散歩してただけ」
「そ、そう、なんだ、」
迫力に負けてしまったが、普段王城から出ない美里がわざわざ外に出歩くなんて、ただの散歩とは思えない。
「この人は、?」
「この方は?」
沙耶と樹音が声を揃えて聞く。
「この人は相原美里さん。俺のクラスメイトだよ」
「え!?同じ学校なんだ!」
「やっぱり身近な人もそれぞれ転生されてるんだね」
碧斗を通しての自己紹介に、驚いたように盛り上がる2人。勝手に盛り上がっているが、美里の機嫌は大丈夫だろうか。
「はぁ、ほんと自分達の置かれてる状況理解してる?そんな呑気な事言ってる暇ないと思うけど」
ーお、おっしゃる通りです!ー
貴女は教師か何かですか?と心の中でツッコミを入れる。確かに、これから野宿をしなければならない深刻な状態には見えないだろう。
お叱りを受けた碧斗達は先程の盛り上がりが嘘のように押し黙る。だが、沙耶がこの静寂を破るように声を上げる。
「す、すみませんっ!軽く話してしまって、、わ、私は水篠沙耶です!あの、その、よろしく、お願いします」
沙耶の一生懸命な自己紹介に、皆は一瞬驚いた様に目を向けたが、皆も美里に向き返って自己紹介を始める。
「僕は円城寺樹音。樹木の樹に、音って書いて樹音だよ」
「わたくしは碧斗様のお目付役を務めさせていただいています。マーストと申します」
マーストまでもが自己紹介をすると、美里は決して表情は変えなかったが、どこか驚いた様子だった。
「ど、どうも」
と短く返す美里。その後「私は相原、美里です」と小さく自己紹介したのが聞こえた。すると、今度は碧斗が美里の目を見て話す。
「相原さん。今、王城はどんな感じなの、かな?それだけでも教えてほしい」
正直、ずっと王城に居た美里にこの世界の事が分かるはずもなく、あの性格上人の情報を知っているとは考えにくい。だが、ずっと王城に居たからこそ、今の転生者達の状況をよく知っているに違いない。
「どうもしないよ。ただあんた達が指名手配されてるだけ」
「「「なっ!?」」」
美里の発言に3人は驚愕の声を上げる。マーストも声こそ出していなかったが、驚いている様子だった。何も対策なんてしていない。最弱が減っただけならそう大した影響は出ないと話していたが、やはり連れ戻そうとする動きがとられていたようだ。
「でも、まだ城の中でだけだけどね」
街の人が碧斗達を目撃しても何も声をかけてこない事から、街には広まっていないのは予想済みだが、やはりまだ国民に話は渡っていないようだ。そう考えた碧斗達は安堵する。だが
「何安心してんの?やばい状況なの分かる?能力者全員があんたの事狙ってるの!国民にバラされた方がまだマシだと思わないの!?」
「は、はい。す、すみません」
どうしてここまで熱くなっているのかは分からないが、言っている事は全て正論である。国民100人よりも、王城の転生者1人の方が勝るに決まっている。
それを理解した碧斗を含め4人は冷や汗をかく。寝ている間にも、城から抜け出して探しに来る輩がいるのではないかと。
「そうなったら野宿も出来ねぇじゃねーか!くそっ!」
焦りが碧斗達を襲う。そんな時、美里が少し声の音量を下げて、そう呟く。
「だから、ついて来て。私に」
「え?」
そんな、今までの声量が嘘のように静かに呟かれた声は、碧斗の耳にしか届かなかった。




