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殺し合いの独裁者[ディクタチュール]  作者: 加藤裕也
第1章 : 終わりの第一歩(コマンスマン)
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24.襲撃

「わりぃなあんちゃん。ここは人を(やと)うようなとこじゃなくてね」


「そ、そうですか、」


「1人の従業員雇うならまだしも、流石に4人はちょっとなあ」


「ですよね、すみません」


 愛華(あいか)からのアドバイスを元に、飲食店を回っているが、一向に見つかる気配がない。

 それはそうだ。いくら「転生者」という称号を得ていたとしても、住まわしてもらうのはまた別の話である。マーストは優しさで部屋も食事も用意してくれてはいたが、4人分の食材入手がこの世界ではどれほど困難な事なのだろうか。異世界というとやはり狩りにでも行かなければならないのだろうか。


「見つからないね」


「ああ。仕方ないけどな、無理言ってるのは承知の上だ」


「でも、見つからなかったらどうしよ、今日は大丈夫かもしれないけど、」


「うーん、そうだよね。家に他の人達が来るのも時間の問題だ」


 沙耶(さや)の言葉に苦笑いで答える碧斗(あいと)。その場の4人に不穏な空気が流れる。この空気を変えるために碧斗は笑って提案する。


「よしっ、今は落ち込んでても仕方ない。先に鶴来(つるぎ)さんが言ってた図書館の方に行こう。マースト、場所分かったりする?」


「はい、わたくしが案内します。こちらです碧斗様」


 「分かった」と短く返すと、沙耶と樹音(みきと)に促し、マーストの後をつける。だが、1つ不可解な点があった。図書館の事を知っているのならば何故昨日のうちに話してはくれなかったのか。何故街の人に案内をさせたのか、マーストの方がこの街の地形には詳しいはずなのだが。


ーいや、考えすぎか、ただ忘れてただけだよな、俺の話で思い出したのもあるだろうしー


 奇妙な点をそう考える事により振り払い、歩みを進めるのだった。


           ☆


「こちらです」


 紹介されたその場所は、現代の図書館とは大きく異なり、見た目はまるでハリーポッターの撮影地となったオックスフォード大学のボドリアン図書館の様な味のあるインテリアであった。


「す、凄い、」


「でかいね」


「やべぇ、」


 沙耶と樹音、碧斗が語彙の無い率直な感想を呟く。かなりの大きさがあり、人通りの少ない場所にあるからこそ目立たないものの、大通りにあったら間違いなく人が集まってくるであろう見た目をしている。


「こちらはこの街の唯一の書物保管庫となっています。保管とは言いますが、読む事も出来て、便利な機関として有名です」


「なるほど。これは情報がありそうだ」


 マーストを含めた4人が期待でドキドキしながら入り口に手をかける。


「よし、行くぞ」


「「うん」」


「はい」


 3人に同意を得ると、碧斗はゆっくりとドアを押す。この大きさの施設だ。きっと核心に迫る様な情報が隠されているであろう。玩具屋に入る子供の様にウキウキとしながら足を踏み出す碧斗だった。だが、


「なんだ、こりゃ」


 引きつった顔で呟く碧斗。試しに手前にあった1冊の本を読んでみたが、ある程度の知識がある碧斗でさえ読む事が出来ない文字で書かれていた。


「い、伊賀橋(いがはし)君でも読めない?」


「だ、駄目だ。俺が覚えたのはあくまで日本で言うところの平仮名だけで、"漢字"は覚えてないから読めない」


「うーん、折角こんなに色々あるのに」


 樹音が悔しげに唇を噛み締める。


「マーストさん、読んでくれたりしてくれませんか?」


「すみません。それは出来ません」


「どうしてですか!?」


 樹音の問いにバツが悪そうに返すマースト。その様子につい大きな声を上げてしまい、周りから視線を向けられ、押し黙る樹音。


「す、すいません。な、なんでですか、出来ないって。読めるんですよね?」


「はい。読む事は出来ますが、声に出す事は出来ません」


「ど、どうしてーー」


「そこらへんにしておこう。俺も円城寺(えんじょうじ)君と同じ気持ちだけど、ここまでしてもらってるマーストにこれ以上無理に手を借りるのは止めよう」


「う、ご、ごめん」


 碧斗の意見に圧倒され、俯く樹音。対するマーストはペコペコと頭を下げて申し訳なさそうにしていた。


「大丈夫だ。ただ俺が勉強すれば良い話だからな」


 マーストを庇う様に碧斗は笑って言った。他にも何冊か手に取ってみたのだが、どれも読める文字だけで書かれている物は無かった。日本だと平仮名だけの本と言う事だ。絵本くらいしか思い浮かばない。


「何も無かったね」


「読めないから仕方ない」


 樹音と碧斗が並んで歩く。すると、背後から沙耶が声を上げる。


「わ、私もっ、勉強する」


「え!?いや、俺が読むから大丈夫、だけど」


「私も読めるようになる。一緒に勉強しよ!」


 碧斗は自分1人が読めるようになれれば十分だと感じていたが、一緒に勉強してくれるという言葉に心が軽くなるのを感じた。やはり心の何処かで自分が背負う責任感と、孤独感に恐怖していたのだろう。それに、もう1人読める人が居るというのは心強い。碧斗に何も起こらない保証はないのだから。


「そっか。ありがとう!一緒に頑張ろう」


 自然と口元が(ほころ)ぶのを感じた。沙耶もその碧斗の表情に釣られるかのように笑って返事をする。


「じゃあ、僕も勉強しようかな、」


 恥ずかしそうに呟いた樹音の言葉を聞き逃さなかった碧斗と沙耶は表情を明るくする。やはり、友達というのは良いものだ。こんな最悪な状況下でも、こうして笑う事が出来るのだから。泊まる場所の無い事を忘れるかのように4人は笑い飛ばした。


            ☆


「これからどうしようか」


 素に戻った碧斗はため息を溢した。図書館に行っても調べる事も出来ず、ましてや帰る家すら無い今の状況にまたしても挫折(ざせつ)する。


「マーストさんの家、戻ってみる?」


「いや、家で待ち伏せされてたらまずい。今はやめておいた方がいいと思う」


 樹音の提案に悔しげに呟く。その時


「いやー、よく分かったねぇ。流石伊賀橋君。だったよね?」


「「「「!?」」」」


 上空から突如聞こえた声に驚愕する4人。居酒屋の屋根の上、数週間前に名を聞いたであろうショートボブの女子が立っていた。


「あっ、貴方は確か、清宮(せいみや)さん、だったよね?どうして俺の名前を」


「あれっ!?私、名前言ったっけ?伊賀橋君は、今じゃ有名人だよ。王城の中でだけどね」


 なるほど。殺人犯を庇った沙耶と同行している裏切り者の碧斗も、王城では有名なのだろう。ただ目をつけられているだけでは無かったようだ。


「伊賀橋君、また知り合い?」


 沙耶が碧斗の背後に隠れながら、ポソっと話しかけた。


「いや、(しん)から名前を聞いただけで面識は無いよ」


「なーんだ、どっかで話したかと思った」


 碧斗の回答にどこか安堵した様に笑う奈帆(なほ)。そう言うと、4人に向き返り仕切り直して言う。


「じゃあ、改めまして。私は清宮奈帆。よろしくね、裏切り者諸君」


 嫌味を込めた口調で微笑を浮かべる奈帆。やはり、敵対意識が強い様だ。


「清宮さん、やっぱりこんなの間違ってるよ。みんなで争うなんて、君も殺人犯にさせるわけにはいかない」


 樹音は奈帆のことを真っ正面から見据え、自分の意見を述べる。考えてみれば、争いをやめさせるのが彼の目的であり、修也(しゅうや)の事を調べるのを目的としているわけではないのだ。


「何、命乞い?情け無いねぇ、ここまで(あらが)ってきたのに」


「違う、命乞いじゃなくて僕は転生者同士での殺し合いなんて駄目だって言いたいんだよ!」


 確かに樹音の言っている事は正しい。碧斗も同じ事を言いたいが、タイミングというものがある。向こうからしてみれば、人を殺めた人間に肩入れしている我々の言葉は、正義ではなくただの戯言(ざれごと)に過ぎない。


「へー、じゃあ何。私達には殺しちゃ駄目って言ってるのに修也は守ろうって事?矛盾してない?」


 相手側からするとそう見えるのだろう。修也を庇っているのは事実であるから、言い返す言葉が見つからない。言い出した樹音も唸る。


「まっ、今更君達と仲良くするつもり無いけどね」


「ま、まさか、こんな人通りの多いところで襲って来ようってわけじゃないよね?」


 碧斗が唾を飲み、問う。それに悪戯っぽく笑い、手を背後に回す。


「いやー、流石の私もそんな非常識な事しないよ。他の人に迷惑かけられないし」


 奈帆のその言葉に安堵する4人。だがその言葉に付け加える。


「でも"事故"に見せかけて殺すことは出来るよ」


 最後に呟かれた言葉にその場の4人は驚きに目を見開く。突如居酒屋の周りにあった瓦礫や、隣家(りんか)煉瓦(れんが)に羽が生え、宙を舞う。名前だけで忘れていたが、清宮奈帆の能力は「翼」だったのだ。


「なっ!」


「へっ!?」


「!?」


 樹音と沙耶、マーストが声にならない声を出す。その瓦礫は碧斗達の真上に集まる。


「やばい、みんな避けてっ!」


 碧斗がそう叫ぶと一瞬呆けたような顔をしたが、何かを理解した様に樹音は沙耶とマーストの手を引く。やはり、イケメンが女子を助ける姿は絵になる。

 なんて事を考えている暇はないのだが。


「よ、よく分かったね伊賀橋君。これは、甘く見ちゃ駄目な相手みたいだ」


「はあ、能力を、解除して、物を落とすつもりだったみたいだな。そ、それくらい、分かるぞ」


 将太(しょうた)との戦いのお陰で、戦う知識をある程度身につける事が出来た。つまり、戦闘知識と勉学は同じではないのだ。経験がないと、戦う知識は身につかないものだ。だが、


「でも、残念。1人は必ず消すよ?」


「何っ」


 気がつくと、碧斗の上空にはまたもや瓦礫が集まっていた。


「まさかっ」


 能力が解かれ、急激に落下する。(すんで)の所で飛び出し、それを避ける。直ぐに気がついていなかったら死んでいただろう。


「それ、はあ、誘導、できるのか」


「当たり前じゃん!羽を操ってるのは私なんだから」


 つまり、先程の1人は必ずというのは、4人の中の1人を徹底的に追尾し、確実に殺すという殺害予告だったのだろう。そのターゲットが碧斗になってしまったようだ。


ーでも、他のみんなが助かるならまだマシかー


 そう考えた矢先、またもや真上に物が集まっているのに気がつく。


「くそっ、マジかっ」


 やはり、「確実に」殺すつもりのようだ。と、その時。


「やめてぇぇーーッ!」


 沙耶が碧斗の前に入り込む。


「なっ、水篠(みずしの)さんっ!危ないよ!」


 碧斗の物言いと同時に瓦礫に付いた羽が消える。距離は碧斗のギリギリのところまで迫っており、避ける事が出来ない場所にまで到達していた。反射的に沙耶に覆い被さろうとする。だが


「駄目ぇーー!」


 沙耶が大声を放った瞬間、碧斗達の周りから岩が生え、2人を覆い尽くす様に、かまくらの様に変形する。


「えっ、こ、これ水篠さんの!?」


「へー、これが水篠ちゃんの能力か!」


 碧斗と樹音が驚いた様に感想を述べる。対する沙耶も自分の能力だというのに驚愕の表情を浮かべる。


「あちゃー、失敗しちゃったかー」


 奈帆は残念そうだが、どこか驚いた様に呟いた。だが、直ぐに開き直り笑みを浮かべる。


「まっ、水篠さんだっけ?その子の岩の能力が自在に変形する事が出来るってのがわかったし、今日はこんなもんでいっかな」


 そう言い残すと、笑って「またね」とだけ呟き、空に飛んでいった。平然と人から翼が生える姿に驚く碧斗。こんな状況でなければ、女子に笑って挨拶をされた事に心踊らせていたであろう。


「よく分かったね。って言ってたって事は、家で待ち伏せしてる人がいるって事、だよね?」


「ああ。今は戻らない方が良さそうだな」


 樹音が言ったように、家に集まってきている可能性が高い。が、家に帰らせないためにブラフをかけている可能性もある。


 その情報が確かなものかは不明だが、今は身を隠した方が良いだろう。刻々と時間は過ぎ、そろそろ寝泊りする場所を探さなければならないという焦る気持ちもあるが、それよりも身の安全を優先した方が良さそうだ。


「とりあえずどこかに隠れよう。また誰かが襲ってくるかもしれない」


 碧斗は仕方ないといったように、頭をかいた。彼の案に賛成した3人がついて行く姿を密かに見守る1人の陰が路地裏に薄らと写った。


「こっからどうするつもりなの、あいつ」


 怒った様に、だがどこか心配そうに唇を噛んで呟く美里(みさと)だった。

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