239.仲介
「ふざけんな」
「おっとと〜、なんだ怖いな。でも、俺もここまでするつもりは無かった。二人がしつこいからさぁ」
「言い訳すんなよ」
「いやいや言い訳ちゃうって、、って、んだよキレてんのか?」
火傷を負って未だ痙攣する体のまま磔にされた二人を背に、智也は軽くそう口にする。だが、彼もまた憤りを感じている様子だった。彼の言っている事は本当だろう。智也がここまでする理由は無いだろうし、最初の話を聞いた限り間違いない。だが、それでもここまでしなくてはならなかった理由は何か。そして、それを自分が止めなくてはならない。二人が、粘ってくれたのだ。我々が向こうを何とかするまで、懸命に。
「クッ」
思わず拳を握りしめる力を強める。あの時と同じだ。沙耶の死に直面した時。その時溢れ出した自分では無い様な、強い怒りの感情。悲しみや辛さを追い越す様に。
今溢れ出すこの感情は、沙耶を失ったからこそ、鮮明に湧き上がるものだった。
もう、誰も死なせない。その思いは昔から変わらないが、やはり心のどこかで我々は大丈夫だという過信があったのだ。それを沙耶の件で壊された碧斗は、必死だった。
「はぁ、、お、おせーよ、、あ、いと、」
「はぁ、、はぁ、馬鹿、、ほんと、かはっ、」
どうやら二人に息はある様子だ。それに、話せている。確かに極限状態であり、雷に打たれた痕跡はあるものの、まだ魔石や魔力の治療などが行えれば間に合いそうな雰囲気だ。碧斗はそれに賭けながら、早く二人を救い出さなければと、足を踏み出す。
「やっと、俺の目的が果たせそうだな。手間かけさせやがって」
「どうした?口が悪くなってるぞ。キレてんのか?」
碧斗は、その電気の膜の周りをゆっくり周りながら智也に言い返す。それに、一度笑ったのち、彼は改める。
「口が悪かったか?悪い悪い、無意識だ」
「それ程余裕が無いんだな。お前も」
互いに、距離を保ち作戦を練る。どうやら、先程空中を飛躍して彼のところに降りなかったのは正解だった様だ。電気の膜の中に入っては、同じ事である。ここからなら、障害物を探す事も可能であり、遠距離で攻撃も可能。更には助けを呼ぶ事も出来る。恐らく、一度入ってしまっては今度は空中を飛ぶ事が出来ると知られてしまった以上、上にも電気を張っているに違いない。慎重にいかなくては、と。
碧斗は遠距離で煙を発動出来る距離感を図りながら周りを回る。と、瞬間。
「甘いな」
「っ」
智也がゆっくりと人差し指を碧斗に向ける。と、その瞬間。
「クッ!?」
電気が放たれる。それをその動きの時点で察した碧斗は、その瞬間走り出したものの、服の一部に掠った様で、僅かに燃え上がる。相手は光の速度である。彼の動きを先読みしなければ、絶対に避ける事は出来ない。障害物が見つけられない碧斗は、先手必勝と、放たれて直撃するより前に煙を遠隔で放つ。
「っ、モク焚かれたか」
それは濃い煙。即ち、目眩しである。碧斗の本来の力。煙のオーソドックスな使い方である。だが、現在はそれが一番有効的だろう。彼からこちらが見えなければ、電気を放たれる心配もない。
ーこっちからも智也君の姿が見えなくなるのはネックだが、、向こうから見えなければ、直撃は免れるはずだー
碧斗はこれで時間稼ぎが出来ると、あえて反対方向に走り出しながら間合いを詰める。が、その瞬間。
「いっ、、伊賀橋っ、君っ、!こいつはっ、地面をっ、つかっ、けほっ!」
「っ」
美里が、掠れた声で叫ぶ。それに、碧斗は察し目を見開く。僅かに放たれた、地面という言葉。まさか、と。碧斗は考えるよりも前に煙を放出して飛躍した。すると。
「流石だな碧斗。あの一瞬だけで分かったのか?」
煙の中から、智也が声を上げる。そう。彼は地面に電気を流す事が可能。それを、美里は知っていたがために、碧斗に伝えようとしたのだ。それを瞬時に理解した碧斗に驚愕する智也だったがしかし、その後。
「フッ」
彼は微笑む。
「っ」
それに碧斗が気づいた時には既に。
「があぁぁぁぁっ!?」
「碧斗っ!?」「伊賀橋っ、君っ!?」
電気が、体を駆け巡った。
「ごはっ!」
それによって体の自由が効かなくなり、碧斗は空中に維持する事もままならないまま、地面に激突した。
「かっ、かはっ、」
僅かに放出の勢いを調整する事で、骨折などはしていなかったものの、電気のせいもありかなりの激痛である。そんな碧斗に、智也はゆっくりと近づく。
「地面に電気を流すのに気づいたのは流石だ。でも、俺がそれだけで終わらすと思ったか?」
「クッ、、上は、、薄かった、、か、」
「そうだねぇ。煙の性質上、段々と薄れる中で、上空は特に薄くなっていく。そんな中、空中に逃げたりなんかしたら、一瞬でバレるよ」
智也は、碧斗が飛躍し逃げる事を見越していたのだろう。その時がチャンスだと、そう考えていたのだ。そこで電気を放ち撃ち落とせば、碧斗もまたダメージを受け下手に動く事が困難となる。
「嘘、」
その光景に、美里が声を漏らす。絶望的な状況。だが、美里が一番驚愕したのはーー
「碧斗、捕まえた」
「っ」
ーー智也が、倒れる碧斗の目の前に立っている事である。
「ま、、まさか、」
それに、嫌な予感を覚える。
「そう。そのまさかだ。君は、もう逃げられない」
「な、う、嘘だろ、」
碧斗もまた、ゆっくりと起き上がり、周りを見渡す。
「信じられないなら、試してみたらいいよ。でも、試したらまた激痛が走るだろうけど」
智也は微笑む。そう、彼の反応。言動。間違いない。
碧斗が空中に居る一瞬の間に、電気の壁を遠ざけた。即ち、落下した碧斗を、彼のテリトリーに入れたのだ。
「リスキルさせてもらったよ。もう逃がさない。二回も同じ手は通用しないよ」
「クソッ」
思わず、愚痴が零れる。碧斗は、またもや電気で囲われた空間の中に閉じ込められたのだ。しかも、今回は上から逃げるなんて事も出来ないだろう。試すにしても、この体でまた電流を浴びたら、ひとたまりもない。
故に。
「お?やる気になったか?」
「ああ。こうするしか無くなったからな」
この中で、決着をつける。それ以外の方法はない。
そう考え、碧斗は智也を前に構える。がしかし。
ークソッ、、ここから、、どうすればー
圧倒的不利な現状に、未だ解決策は浮かばない。煙を出したとしても電気の範囲攻撃を出されたらこの距離では避けようが無い。かといって空中に逃げ出したとしても、恐らく上手くはいかないだろう。碧斗は確かに空中戦が行えるがしかし、奈帆の様に空中で戦うのに適した能力ではない。更にはまだ調整中である。故に煙での飛行は地上よりも速度は遅くなり、不自由な点が多い。電気相手には手も足も出ないだろう。
ならばこのまま行くしか無い。碧斗はとにかく距離を取らなくてはと、瞬時に煙を出して走り出す。
が。
「がっ!?」
やはり、電気が放たれた。だが、耐えなくてはと。崩れ落ちるのを堪えて、無理矢理足を進めるが、瞬間。
「っと」
「ごはっ!?」
智也が横に現れ、腹を蹴り付ける。
「がはっ」
それに碧斗が吹き飛ばされ地面に倒れ込む中、智也は近づく。先程声を上げてしまった点、そして足を僅かに止めてしまった点。それを見越して智也は先回りしてきたのだ。さらに、彼は。
「忘れたか?俺は、鼻が利くんだぜ?」
「はぁ、はぁ」
彼はそう、笑った。そうだ。智也は、あの煙の中でも人の匂いを嗅ぎ分けられる程の嗅覚を持っていた。
「碧斗。もう諦めろ。流石の碧斗も、こんな状況下じゃどうしようもない。大人しくついてこい」
「ついて行って、、どうなるんだよ、」
「俺の作戦のために協力してもらう。少なくとも、碧斗達の思い通りにはならないだろうな」
「そうか、、でも、そんなの、、智也君が恐れている、力のあるものが支配するそれと、同じなんじゃ、ないのか、?」
「そうかもな。だが、少なくとも他の奴よりはマシな作戦だ。もう誰も、死なせるわけにはいかないからな」
智也は、目を逸らしながらもそう告げる。彼も、正反対の方向を向いているというわけではないのだ。向いている方向は碧斗達と同じ。だが、それでも。
「悪いが、、みんなをこんな目に遭わせておいて、ついていくわけにはいかない」
きっと、相入れないだろう。何より、美里を欲しているというその人物。何か、影があると思われる。智也に、ただ協力しているだけとも考えにくい。涼太を黙らせる程の力を持った人物。それこそ、人を操る力を持つ人物だ。そんな人間の元に、美里を差し出すわけにはいかない。
「そうか。なら、少し大人しくさせるか」
「よく分かんねぇけど、やってみろ!」
碧斗は威勢よく走り出すものの、その拳を智也は簡単に避け、腹に入り込み拳を入れる。
「がはっ!」
「っと」
「がっ!」
殴りに続いてそこから拳を上げ顎に入れる。その衝撃にふらつく碧斗に、蹴りを入れ、僅かに退いた彼の手を掴んで引っ張り、腹を殴る。
「がはっ」
「碧斗っ!」「伊賀橋君!」
遠くで、叫ぶ二人の声が聞こえる。
ーああ、、情けないな、、能力すら、、使ってないのに、ー
碧斗はこの土俵では無力である事を、痛い程分からされる。
「おいおい。能力でもボロ負け。拳での戦いすら出来ない。協力する仲間が居ない、使える物も地形もない。そんな中じゃ、碧斗は無力だな」
「かはっ」
その通りだ。碧斗は脳内で思いながら、空気を吐き出し歯嚙みする。が、その瞬間。
「っ!?」
突如、物凄い速度で何かが横切ると、智也の頰に擦り傷が現れ、血が滴る。と、それが放たれた方向。そこから。
「仲間はっ、居るよ!」
樹音の声が響いた。
「樹音、、君、」
「円城寺樹音。そうか、まだ一人居たな。随分とタイミングがいいな、角待ちでもしてたか?」
智也が振り返りそう放つと、対する樹音は真剣な表情で一歩ずつ向かう。
「忘れてもらっちゃ困るよ。僕も居る。仲間がいる。それに、仲間はみんな見てる。碧斗君の事」
「それでも何も出来ないなら、意味ないだろ?」
「それでも、一人じゃないよ」
「っ!」
樹音の力強いそれに、碧斗は目を見開く。そうだ。一人じゃない。どうしてここまで悲観的になっていたのか、と。
「碧斗君!」
「えっ!?」
「今まで何度も最弱の能力だからこそピンチがあった。でも、碧斗君はそんな中でも解決策を見つけて乗り越えてきたじゃん!大丈夫。まだまだ、方法はあるよ!」
「樹音君、」
「その方法は、あるのか?」
智也が樹音の言葉にそう告げながらニヤリと微笑むと、その先で。樹音は周りに多量のナイフを出現させて放った。
「ゼロじゃない」
樹音はその言葉と共に、そのナイフを一斉に飛ばす。
「ハッ、ただの夢物語かっ」
「駄目だっ、樹音君!動かないとっ!智也君は定位置に雷をっ!」
「っ!」
碧斗の叫びに、樹音はハッとし瞬時に移動するものの、それと同時に落雷が起こる。
「くあっ!?」
「樹音君っ!?」
どうやら足先が触れてしまった様で、樹音の体全体に電流が駆け巡る。その威力故、樹音は思わず倒れ込む。
ークッ、マズい、、このままだと、地面に流されるっ!ー
倒れ込んだ樹音を見据え、碧斗が脳内で思う中、先程放った大量のナイフが真っ直ぐ進む。智也に向かっているわけでもなく、ただ、一定に。故に、智也がどう移動しようとも追尾しないがために、ナイフからは逃げられないという事である。
そう。樹音は身を挺して、その覚悟で彼にダメージを与えようとしたのだ。
だが。
「甘いな」
「「っ」」
「クッ!?」
智也は、ふと、美里と大翔が張り付けられたその場に足を運ぶ。その様子に、一同が目を見開く中、樹音は歯嚙みする。これは、あの時。渉との戦闘と同じでは無いか、と。
仲間に危害を及ぼす事は絶対にない。その我々の意識を逆手に取り、二人を盾にする事で回避したのだ。
いつもそうだ、と。碧斗は拳を握りしめる。こちらが絶対にしない部分を、上手く利用されている。どうやら、それを感じているのは碧斗だけでは無い様だ。
「クッ、」
背後で、樹音が歯軋りする音が聞こえる。と、瞬間。
「無駄な足掻きだったな円城寺樹音っ!ヒーロー気取りも終わりだ。確キルもらうぞっ」
智也は二人を盾にしナイフを通過したのち、そう微笑んで声を上げると、地面に手をつく。と、それに、碧斗は目を見開く。
「マズいっ!樹音君っ!逃げてっ!地面に電気を流されるっ!」
「クッ、だっ、駄目っ、だっ!」
「っ!」
樹音の返答に、碧斗は留まる。と。
「分かってても動けないぞ。円城寺樹音には、動けないくらいの電気が入った。少なくとも一分は立ち上がれないだろうな。だが、その一分さえあれば、地面を伝って電気は到達する」
「クソッ!させるかっ!」
碧斗はそう声を上げ樹音に向かうものの、僅かにバチッと。伸ばした手先に電気を感じ後退る。
「なっ」
「もう忘れたか碧斗。お前はもう電気の檻の中なんだよ」
「っ!クッ、クソッ!」
忘れていたと言わんばかりに振り返る。樹音を直接移動させるのは不可能。かと言って地面を伝う電気を止める事もまた不可能であり、この距離から樹音を動かせる能力でもない。それに碧斗は拳を握りしめ、ただ自分だけはと。煙を放出して上空に飛躍し地面の電気を避けた。
「おいおい、そこは一緒に受けた方がいいんじゃないか?一人で回避するなんて、可哀想だろ?」
「二人で受けて何の意味がある。そんな事を、樹音君は望んで無い。どちらか、動ける方が、智也君を止めてくれって。ただそれを望んでいるはずだっ!」
「ハッ、なんだよ傲慢だな。それは碧斗の中での話じゃないのか?」
智也が微笑むと、その瞬間。
「そんな事ないっ!」
「っ」
樹音が、そう声を上げ、刹那。
「ブレードルームッ!」
「ん?」
智也の周りには、巨大な刃がいくつも生え、悠介の時の様な、刃で作られた迷宮が出来上がる。
「これで電気を遮断したつもりか?電気を通さないもので作るならまだしも、刃で作っても意味は、ごはっ!?」
「っ」
「ブレードストライク、」
地面に這いつくばりながら指を上に上げる樹音がそう掠れた声で放つと、智也の血を吐き出す声が聞こえる。刃の壁は上にまで登ってはいなかったため、空中に居る碧斗は彼のそれを見据え目を見開いた。樹音は、智也の真下から刃を生やし、彼の足を貫いたのだ。
「この壁はっ、ただのカモフラージュかっ!?」
「僕を、、ただ攻撃出来ない人だと、、思わない方が、いいっ、ぐあっ!?」
「樹音君っ!?」
瞬間、樹音に電流が到達してしまった様で、彼は声を上げる。それに碧斗が冷や汗混じりに振り返ると、樹音は、ボロボロの体で。立ち上がれないその体を必死に起こしながら、碧斗に視線を送る。
「っ」
それに、碧斗はハッとする。これは、ただ先程の攻撃のためのカモフラージュではない。これは、碧斗に作戦を考えてもらうための時間稼ぎ。そして、この平坦な空間に障害物を生み出すための行為。
「クッ、カハッ」
対する智也は、どうやら突き刺さった刃を引き抜いた様だ。それを空中で見据えながら、目つきを変える。
そうだ、この方法なら、と。
碧斗はこの状況にならないと発見出来なかった策を胸中に、樹音の自身を犠牲にして行ったそれを絶対に無駄にしないと。強い視線で智也に向かった。




