23.偶然
「よし。じゃあ新しい家探しだな」
樹音が加わった4人での初の食事をした次の日。碧斗達は新たな拠点を探すため、再び表通りに出た。正直、国王からの知らせで街の人へも嫌悪感を抱いているのかと不安だったが、街行く人々は皆昨日と同様に元気に挨拶までしてくれていた。
「お、俺外に出て大丈夫だったのかな?」
「はい。おそらく国王様は碧斗様方を問題視していないのでしょう。国民に情報が伝わっていないのが証拠です」
国王が動き、国ごと敵に回ったら勝ち目など無いだろう。国王が優しかった事を幸運に思う碧斗だった。が
「でも、どうなんだろ。王様は僕達を助けるっていうよりは、なんとも思ってないだけな気もするけど」
「う、た、確かに」
樹音に図星を突かれ碧斗は唸る。確かに碧斗達が王城へ裏口から侵入した時に話をして打ち解けているとは言うものの、能力は最弱である転生者数人が減ったくらいで、魔王討伐には何も支障をきたさないのであろう。つまり、対策をしなくとも何も変わらないという事だ。
「で、でも、あの時すぐに捕まえようとしなかったし、、優しい、人。なのかも、」
「まあ、国王側も能力者相手だと何も出来ないからってのはありそうだけど、あの時の面子なら捕まってもおかしくなかったな」
沙耶が碧斗の陰に隠れながら静かに呟くと、自傷気味に笑って碧斗は言った。
「では、新たな拠点探しですが、昨日の案内で何処か候補はありますか?」
仕切り直す為にマーストが碧斗に質問をしたが、昨日の話だけでは泊めてくれそうな物件は無さそうだった。マーストの問いに、バツが悪そうに首を振る碧斗。
「宿とかに行くのは?」
「分かってると思うが、俺達金持ってないぞ」
「あ、そうだった」
案を挙げたが、碧斗の言葉に無一文である事を思い出す樹音。
「でも、突然泊めてくれる人、いる、かな?」
「難しいよな、街の人達とも昨日話しただけだし」
その場にいる4人全員が頭を抱え、唸る。家を失って改めて実家を提供してくれたマーストのありがたみを感じる。表通りを歩きながら悩む4人に、聞いた事のある声が碧斗の名を呼んだ。
「あっ、碧斗じゃん!やっほー」
「え?あ、鶴来さん!?」
「あははっ!何ー、もぉー改まっちゃって。私の事も呼び捨てでいいのにー」
「う、あ、えと、それは難易度マックスというか、なんというか、」
碧斗が声を曇らせて言うと、愛華は「何それー」と笑った。女子を呼び捨てで呼ぶのは碧斗には一生出来ないであろう難関である。さん付けでもまともに話せないというのに。
「い、伊賀橋君、この人って、?」
「あ、ああ。この人は鶴来愛華さん。能力訓練の時に森の中で初めて話した」
「へー、じゃあ僕達と一緒で転生者か」
「よろしくねー」
愛華は、たこ焼きの様な物を手に持ちながら笑って言った。おそらく買い食いをしていた最中だったのだろう。
「鶴来さんはお出かけ?」
「うん!異世界の料理とか気になって来ちゃった」
訓練の時から思ってはいたが、この人は自分のしたい事を1人でこなす事が良くあるようだ。目の前にある物事にしがみつくように生きている今の碧斗には、その姿が羨ましく見えた。
「来ちゃったって、なんだか凄い人だね」
「それには俺も同感だ。色々な意味で」
樹音が小声で碧斗に耳打ちすると、碧斗も笑って呟いた。
「碧斗、そこの方達は?」
「あ、こちらのセミロングの方が水篠沙耶さん。こっちの金髪の人が円城寺樹音君。後ろのスーツの方がマースト」
「え!?マーストって。その人異世界の人?」
「はい。わたくし、碧斗様の使用人をさせていただいています。マーストと申します」
「へー!あっ、じゃあ地元の人のおすすめの観光スポットとかある!?」
「観光スポット、ですか。それでしたら、隣町のフィウーメ・スポルコという場所がおすすめです」
「凄いカッコいい名前!」
ーん?フィウーメスポルコはイタリア語で汚い川という意味だが、大丈夫か?マーストー
「で、そっちの子が、沙耶だっけ?」
「は、はい!」
「そして、そっちは、幹雄だっけ?」
「樹音だよ」
「あっ、ごめんごめん!樹音ね」
この3人一気に紹介した一度きりの自己紹介で、3人全員の名前を覚えていた事に驚く碧斗。名前を呼び捨てで呼ぶことから、名しか覚えていない可能性もあるが、それでも記憶力はある方であろう。
「あっ、鶴来さん。ち、ちょっといいかな?お願いがあるんだけど」
「何ー?もしかしてホテルにでも連れて行くの?」
「ち、違うから!」
冗談めかして放たれた言葉に顔を真っ赤にして否定する碧斗。すると、愛華は「冗談だよ」と笑った。
「で、どうしたの?」
「ちょっと、寝泊りする場所探してて」
「やっぱホテルじゃん!」
「違うって!」
「え、伊賀橋君もしかして、結構肉食?」
「いや、本当に違うから。水篠さんも本気にしないで!」
引いたように呟いた樹音と、無言で顔を赤らめ、驚いた表情をしていた沙耶にツッコミを入れる。
「あはははっ!碧斗ってやっぱ面白いね。みんなと、、やっぱりなんか違う、」
最後の方は小さくてよく聞こえなかったが、褒められている?のだろう。そう考えた碧斗は小さく「ありがとう」とだけ呟いた。
「それで、宿探してるんだっけ?」
「いや、宿はお金がかかるから」
後ろにいた樹音が割って入る。先程は自分が宿の話をしたというのに。
「あ、そっか。しばらく王城で見ないなと思ったらこっちに居たんだね。いいなぁー」
愛華がそこまで言うと、碧斗はずっと気になっていた事を口にする。
「そういえばそれ、買ったの?」
手に持っていた丸い食べ物が5つほど入っている箱を指差しながら碧斗は聞いた。
「あ、うん。そうだけど」
碧斗の問いに、何かを察した樹音は目を見開く。
「何で買ったの?」
「え?」
そうだ。ずっと引っかかっていた事は異世界の料理を1人で持っていた事にある。見た限り周りにお金を出してくれそうな人がいる様には見えない。
「まさか、窃盗!?」
そこまで考えたと同時に樹音が声を上げる。
「違う違う。ちゃんと買ったの!」
「お金、持ってるの?」
「いや、王様の権限で」
「何!?王城にいると奢っても貰えたのか!?」
「へへー、凄いでしょ。でも、宿泊となると大金になっちゃうから、食べ物の奢りとはまた違うよね」
つまり、愛華は通貨自体は持ち合わせていないが、国王に養われているという事になる。少し羨ましい。王城に残っていれば良かっただろうか。少しそう考えた矢先、隣にいた沙耶にジト目を向けられて怯む。心でも読まれたのだろうか。そんな能力ではなかった筈だが。
「ごめん、そうなると分からないなー。あっ、でも飲食店とかなら仕事手伝ってれば、ちょっと住まわせてくれるんじゃない?」
「いや、、なるほど、いいかも」
「いや、そうかな」と言いかけて止める碧斗。案を考えてくれた相手に、なんでもかんでも否定的になるのは快く思わないだろう。正直、この世界の経済についても知らない事から、人を雇うという制度があるのかも不明である。生まれつき兼ね備えた職業をこなす世界である可能性もある。まず、1人ならまだしも、4人を住まわしてはくれないだろうが、これ以上解決策も思い浮かばなかった事により、これに掛けるしかなかった。
「ありがとう、鶴来さん。人手を必要としてそうな店舗を探してみるよ」
「うん、お役に立てたようで良かった!気をつけてねー」
いつもの気さくな様子で手を振る愛華。碧斗が手を振り返し、その場を後にしようと振り返る。すると
「あ、あの、その、鶴来さん、でした、よね?」
意外にも沙耶の方から愛華に話しかける。その様子に、柔らかい声で応じる。
「うん。そうだけど、別に呼び捨てでいいよ!」
「あ、へ!?あ、はいっ。じ、じゃあ、その、鶴来、?」
「うんうん!なぁに?」
「えと、桐ヶ谷君について、何か知ってたら、教えて欲しい、です」
「桐ヶ谷、?あー、修也か!あの能力脳のヤンキーねー。わざわざ私のとこに能力聞きに来たんだよね」
その様子から、やはり修也は転生者全員の能力を把握していたのだろう。あの時の言葉に嘘は無かったようだ。
「ごめんね、修也と一緒にいた訳じゃないから分かんないや」
「そ、そう、ですよね、すみません」
申し訳なさそうに言う愛華に声の調子を落として言う沙耶。
「修也の事について調べてるの?」
「あ、う、うん。あの人、本当は人を殺すような人じゃないんです。だから、何かあるんじゃないかって、すいません、鶴来さ、いや鶴来には関係ないのに、」
「ううん!大丈夫だよー。そうだなぁ、修也の事は知らないけど、少し行った先に図書館があるから、何か見つかるかも」
「ほ、ほんとですか!?」
「何!?」
思いもよらない情報を入手する事ができた。昨日の街案内では紹介されなかった場所である。文字が「一応」読める碧斗にはこの状況を大きく左右するであろう場所である事は明白である。
「ありがとう、鶴来さん!本当に助かったよ!」
「え!?あ、うん!お役に立てた?」
「うん!じゃあ飲食店と、図書館に寄ってみるよ、ありがとう」
碧斗がそう言って大きく手を振ると沙耶は頭を下げ、その場を後にした。
「いやー、人助けした後のご飯は美味しいね!よしっ、次はあそこの食べ物かなー。あ、でも隣のお好み焼きみたいなのもいいなー」
愛華はそう呟くと快晴の下、気分良く鼻歌を歌って、通りの奥へと歩いていった。




