225.本当
「い、居ないって、、部屋に、だよね、?」
「なら、どこに、?」
美里の放った衝撃の言葉に、樹音は呟くと、碧斗は眉間に皺を寄せ放つ。がしかし。
「...私ずっとリビングに居たんだよ、?向こうにも沙耶ちゃんは居なかった、」
「そ、そんな事ないよ、」
碧斗と樹音は嘘だと。そう言うように部屋を飛び出し、リビング、台所。洗面所、お風呂場。そして。
「おおっ!アイト!大丈夫じゃったか!」
「あっ、はい!すみません、、また、ご迷惑を、」
「迷惑ではないわい。でも、心配じゃったよ。儂だけじゃない。みんなのぉ」
「そう、、ですよね、、すみません、」
「もう、そんな危ない真似はするんじゃないぞ?」
「はい、」
「まあ、きっと、みんなからもう言われとると思うから、そんなには言わんけどもなぁ」
「そ、それよりもっ!グラムさんの部屋に、水篠ちゃん居ませんでした!?」
碧斗が起きた事に、グラムは安堵しながらも、美里に事情を聞いていたのか、そう諭す様に。叱るように、皆の思いを代弁するようにして告げた。そんな中、樹音はそれどころでは無いと言うように、本題を切り出す。と、グラムははて、と。首を傾げた。
「...ミズシノ、、サヤの事は、、見てないのぉ。ま、まさか、部屋におらんのか、?」
「っ!」
「クソッ、、まさかっ」
「今度は、、沙耶ちゃんなの、?」
碧斗が歯嚙みし、美里が拳を握りしめる。確かに、と。碧斗は思い返す。美里の事や自身の事でいっぱいいっぱいではあったものの、沙耶もまた精神的にギリギリだった様に思える。
愛梨を自身の手で殺し、三久を半殺しにしたのだ。沙耶は自分がやった事に絶望している筈である。そうだ、元々それを恐れていたのでは無いか、と。碧斗は思い出す。沙耶と大翔が地下から居なくなった時、脳を過ったその「可能性」。渉によって忘れてしまっていたものの、一番気にかけなくてはならないのは沙耶では無いか、と。
「クソッ!大馬鹿だっ」
「碧斗君っ!」
碧斗は歯嚙みしながら裏口へと走り出す。それに手を伸ばし、声を上げる樹音だったものの、彼は焦りを見せながら振り返る。
「早く行かないとっ!手遅れになるかもしれない!」
「行くって、、ど、どこに、?」
「...沙耶ちゃんの精神状況なら、、多分、」
樹音が碧斗の言葉にそう呟くと、美里もまた何かを察して呟く。そう、以前導き出した場所と同じ。
「もしかして、、王城前の、広場、?」
樹音が察して声を漏らすと、美里は無言で頷く。彼女は元々、この争いを早く終わらせるために、修也に会いに行っていたのだ。それだというのに、渉によってそれが邪魔されたのだ。ならば、と。
「で、でもっ、あの後に、またあそこに桐ヶ谷君が来るかな、?」
「分からない、、でも、俺達がそれしか思い浮かばないなら、水篠さんもきっとそうに違いない」
同じく裏口へと足を進める樹音がそう聞くと、碧斗は顎に手をやりそうぼやく。と、その時。
「おぉっ、、碧斗、なんか騒がしいと思ったら、目ぇ、覚めたのか」
大翔が奥の部屋から、眠そうな表情で顔を出した。それに碧斗はお陰様でと答えると、樹音がそれどころでは無いと切り出す。
「ん、?どうしたんだ?」
「水篠ちゃんが、、居ないんだ」
「なっ」
樹音の一言に、大翔はそう力無く声を漏らし、同じく"それ"を察した。
☆
「...まだ、、居るんだね、」
「...お前こそ、また来るんだな」
「うん、」
王城近くの開けた広場に佇む修也に、背後から近づいた沙耶が声をかけた。それに修也が短く返すと、僅かに頬を赤らめ沙耶は頷く。まるで、会いたいから。そう言うように。
「なんのつもりだ」
修也は、ただ街の方を見ながら、そう呟く。それに、深呼吸をしたのち、沙耶は真剣な表情で告げる。
「止めに、、来たの」
「またその話か。それは前話したろ。気は変わらない」
「分かってる、、だから、止めに、来たの」
「ハッ、、なるほどな。今度はお話しをしに来たわけじゃねーって事か」
ニヤリと微笑みながら、目つきを変えて修也は振り返る。それに、沙耶は震えながらも一歩踏み出す。
「なぁ、水篠」
「へっ!?あ、うん、、何、?」
突然名を呼ばれた事に動揺しながらも、沙耶は同じく真剣に放つ修也に聞き返す。
「何で、俺を庇ってんだよ」
「え、?」
「ふざけんな。そのせいで迷惑なんだよ、俺は」
「っ」
修也のその一言で、沙耶の額から冷や汗が噴き出す。やはり、修也の目的は、皆を一致団結させる事だったのでは無いか、と。
「...ごめんなさい、」
「謝罪が聞きたいんじゃない。どうして俺なんかを庇ってるんだって、聞いてんだよ」
「そ、、それは、」
沙耶はモジモジとしながら俯くと、修也は息を吐く。理穂からも色々と話を聞いたのだ。心の何処かで、察していたのだろう。修也も、彼女の事を。
「...まあ、いい。それでも、止めに来たって事は、そういうことでいいんだよな?」
「え、?」
「一瞬で終わらす」
「っ!」
修也がそう呟くと瞬間。空中に氷の塊を作り、高速で沙耶に向かわせる。が、それを既のところで地面から岩を生やし防ぐと、そののち。沙耶の足元から氷山の様なものが飛び出し、それもまたギリギリに避け、同じく地面から岩を出して壁を隔てる。
「はぁっ、はぁっ、、ま、待ってよっ!桐ヶ谷君の、、気持ちっ、知りたいだけなのにっ!」
「だから言っただろうがよ。俺はこの世界で、能力で、無双したいだけだ。理由を付けたがる連中にはうんざりなんだよ!」
修也は、そう声を上げると同じく空中に無数の氷の塊を作り、沙耶を追う様にして飛び出す。それもまた同じく岩の壁を作って防ぎながら声を上げる。
「私はっ!知ってる!桐ヶ谷君が、本当は誰よりも相手を考える事が出来る人なの!」
「ハッ!勝手に美化して楽しむなよ!」
「そうかもしれない!でもっ、少なくとも私は救われたの!桐ヶ谷君のお陰でっ!」
「っ」
沙耶が氷を避けながら放つと、修也は一瞬。僅かに攻撃を緩め、目を見開く。が、しかし。
「勝手に救われてろ。俺には関係ない」
修也はそう突き放し、攻撃を更に強める。
「クッ、、私、、だけじゃないよっ!く、悔しいけどっ、暁さんもっ、同じ!」
「そうか、、あいつから話を」
「うん!聞いたよっ!全部!」
「...あいつが救われたって、言ったのか?」
「言ってない。...でも、あの一夜の出来事だけで、、元カノって言うくらいにはっ、強く想いがあったと思う!」
「っ、、ハッ、何小っ恥ずかしい事言ってんだあいつ、」
沙耶の言葉に、修也は恥ずかしがりながらも鋭い目つきで見据える。その反応に、沙耶は僅かな嫉妬心を感じながら、岩を生やし、それを粉々に砕いて彼に向かわせる。
「やる気になったか!?」
その一撃に、修也は微笑みながら声を上げると、彼は沙耶と同じく。氷山を生やしてそれを防いだのち、それを砕いて彼女に向かわせる。ーーが。
「っ」
目の前に、沙耶の姿は無かった。
ーどこにっ!?ー
先程の岩の破片による攻撃は目眩しのためであり、それに対応した修也に隙を作るための策略であった。のだとすると。
「クッ」
修也は背後か、と。瞬時に察して振り返る。
が、その瞬間。
「んっ!」
「っ!?」
突如、修也を、沙耶は背中から抱きしめた。
「何、、やってんだよ」
「...ご、、ごご、、ごめん、ね、、嫌、だよね、、でも、我慢、出来なくて、」
「どういうつもりだ」
「...さっき、何で庇ったのか、、聞いたよね、?」
沙耶の問いに、修也は無言で頷く。
「桐ヶ谷君の事、よく知ってるから。優しくて、相手のことを考えられて、思ったよりも色々考えてる人。それが、桐ヶ谷君」
「思ったよりもって、、お前な、」
「ふふ、、そういうところも、、ね、」
「なんだよ」
「私ね、、それもあったよ。でも、、本当は、わがままだったの。桐ヶ谷君を庇ったの、、自分勝手な理由だったんだ」
やめろ。
脳内で、強く呟かれた。
「あの、、あのね、、実は、」
それを言うな。
それを、言ってはいけない。
修也は、歯嚙みしながら、拳を握りしめた。
「わ、私、、実はっ、あの日、体育倉庫で、助けられた日からっ!私っ!」
駄目だ。言うな。
いや。
それを、言わせるな。
「そんな事言っても、意味はない」
「っ!?」
修也は呟くと、瞬間、手から水滴を飛ばし、それがついた地面から氷柱が生えて沙耶の横腹を擦る。
「っ、、桐ヶ谷、君、?」
「俺の意思は変わらない。お前がどれほどお世辞を言おうがな!」
「っ!違う、、違うよ!なんでっ!何で桐ヶ谷君はっ!そうやって!」
「そうやって!?何だよ。言ってみろ!話を逸らす?大事な話から逃げる?ハッ、そうだよ。水篠が考えてる程、俺はちゃんと考えてる人間なんかじゃねぇんだよ!」
修也は声を荒げると、空中に氷の塊を出し、それを沙耶に向かって放ちながら、空中に水滴を撒き散らす。
「んっ!?」
それを沙耶は岩を生やしながら防ぐと、瞬間。
「終わりだ」
「!?」
空中に浮遊していた水滴が氷結し、それから全方向に尖った氷柱が突き出る。元々、無数に浮遊していた水滴である。そこから更に全方向への氷柱が出たのだ。沙耶は避けられる筈がない。そう、思ったのだが。
「グッ!」
「なっ、、ぐはっ!」
沙耶は、内ポケットに石を入れていたのか、そこから体を覆う様に岩を変形させて防ぐと、腕にまで岩を到達させ、それを伸ばして修也を吹き飛ばす。
「う、、」
だが、対する沙耶も、あの一瞬である。全ての氷柱を回避できたわけでもなく、頰や腕、脚など、ところどころに掠った痕があり、僅かに肉を抉られていた。
「はぁっ、はぁ!おい、逃げんなよ、、変に抗うと、痛い目見るぞ」
「抗ってるのは、私だけじゃない。...伊賀橋君も、美里ちゃんも、円城寺君も、橘君も!そして、、桐ヶ谷君も」
「っ!」
「ね、?本当は、何かに、抗おうと、してるんだよね、?」
「俺はっ、、ただみんなと仲良く魔王を倒しに行く事からっ、逃げてるだけだ!」
修也は声を荒げると、またもや地面から氷柱を伸ばして沙耶に向かわせる。がしかし、沙耶の体には既に岩が装着されており、それを右手を出すと共に手先の岩が広がり、氷柱を受け止めると、それによって砕けた岩の破片が変形しながら彼女の後ろに回り込み。
あの時と同じ。沙耶の髪を一本に束ねるように、まるで髪留めの様に破片が変化した。
「桐ヶ谷君!話せない事なのは、、分かってる、、だけど、私もっ、力になりたいの!」
「何のだよ?だから、俺は無双したいだけだってーー」
「桐ヶ谷君は優しいからっ!私のせいで計画が台無しになった事っ、隠そうとしてるんだよね?」
「だから何の話だ!」
修也は沙耶の周辺にいくつもの氷を出現させては、そこから氷柱の様な尖ったものを突き出し、彼女を追い詰める。がしかし、それには屈しない。そう強い意志を見せるかの如く、沙耶は腕の岩を広げて防いだり、足の岩を突如突き出したりして跳躍をし、避けながら修也の元へ向かう。
だが、彼も本気の様だ。地面から氷柱を出して沙耶の背後から狙う。だが、それを足の岩を尖らせて空中で回し蹴りをする事でその氷柱を破壊し、視線を修也に戻す。が。
「っ」
修也は更に遠くに移動しており、彼はその瞬間。
「もうお遊びは終わりだ」
指を鳴らした。
それに合わせて、恐らく空気を冷却していたのだろう。その場一帯には水蒸気が充満しており、それが一瞬にしてーー
「っ!?」
空中に現れた氷から無数の氷柱が突き出ているかの如く、絶え間無く沙耶に向かって伸びる。だが、それもまた腕の岩で防ぎながら氷柱を伝い、背中から岩を分散させてそれを操作し足場を作ると、そこから跳躍して瞬時に修也の元へ向かう。
「随分と染まったみたいだな。水篠」
「えっ」
修也が僅かに呟いた。その一言に、沙耶は声を漏らした。時が、止まったかの様な感覚であった。修也の方へと降下する。それが、スローモーションの様に感じた。彼はその言葉を放つ時、どこか悔しそうに、辛そうにしていた。それによりその言葉の意味を、沙耶は理解し険しい表情を浮かべる。
と、その矢先。
「なら、こっちもその気でいかせてもらう」
「へっ」
修也は、顔を上げて真剣な表情で放つと共に。手の平を地面に向けると、沙耶の着地点となる修也の両側から氷柱が飛び出し、彼女を掠る。
「うっ!?」
と、沙耶を挟む様にして伸びたその氷柱からーー
「ひぐっ!?」
ーー更に無数の氷柱が突き出る。
それにより、最初の一撃を防いだ腕の岩をも貫通し、沙耶の体にダメージを与える。と、それに血を吐き出す沙耶に追い討ちをかける様に、修也は自身の周りの温度を更に下げると、雪の結晶の様なものが現れ始め、その直後。
「っと」
沙耶と同じく。腕から肩。肩から胴体、下半身、足先にかけて。段々と体が凍っていき、終いには全身が氷で覆われる。
「こっちも同じやり方をさせてもらう」
「っ!」
そう。彼は氷の能力者。自身が凍るのにも、耐性があるのだ。
「クッ」
それを行った瞬間、彼は手先の氷を鋭くさせ、まるで剣の様にすると、氷柱に突き刺さり、身動きの取れない沙耶に襲いかかる。が、しかし。それよりも前に、沙耶は自身を包んでいる岩を膨張させて破裂させ、周りの氷を破壊したのち、地面から岩を生やして自身に直撃させ飛び上がらせる。と、そこから沙耶は両足を修也に向けると、足から岩が伸びて彼を吹き飛ばしながら、自分もまた吹き飛び、距離を取る。
が、しかし。
「無駄だっ」
「っ!?」
修也は着地の瞬間に足の氷を突出させると、勢いをつけて、今度は両手の氷を鋭くさせながら沙耶に向かう。それに慌てて沙耶もまた右手に尖った岩を。左に広げた、盾のような岩を作り出して構える。と、その勢いにより、修也がその剣を大きく振ると、それを防いだ左手の盾が破壊される。と、それにより僅かな隙が出来た。そう思ったがしかし、その反動に僅かに後退る修也は、その背中から、まるで沙耶の真似の如く氷を分散させて放つ。
「んっ!?」
だが、沙耶の方がこの戦闘方法は先輩である。そう言う様に、先程破壊された左手の盾であった岩の破片を操り、飛ばしてきた氷の塊にぶつけて撃ち落とす。それによって氷の破片及び岩の破片が散る中、剣の様に伸ばした氷を沙耶に突き立てるものの、彼女もまた腕にある岩の剣で弾きながら修也に峰打ちを狙う。がしかし、彼もまた戦闘の経験が豊富故に、それに瞬時に対応しながら弾き、互角の張り合いを見せる。
「円城寺樹音に似てるな。あいつのを見て真似てるのか?」
「っ!...そうっ、だよ!私もっ、円城寺君と一緒で、誰も、殺したく無いの!」
「そうか、だが、焦りが見えるな。水篠。お前、それ、ただの願望なんじゃ無いか?」
「っ」
修也の一言に、沙耶はハッと目を見開き動揺を見せる。その一瞬の隙に、修也は彼女の剣を大きく弾くと、反対の手を前に出し、そこから大量の氷柱を放つ。
「っ!?」
弾かれた反動で彼と少し距離が出来ていて幸運だったと言うべきだろう。慌てて地面から岩を生やし、既のところでそれを防ぐ。近かったら、今頃串刺しになっていたところだろう。だが、その岩も長くもつはずもなく、一瞬にしてそれが粉々に砕かれると、それを目眩しに、修也は剣を沙耶の眼前へと突きつける。
がしかし、それもまた既のところで髪留めとなった岩を変化させて顔を覆い、その一撃を防ぎ、砕け散った岩の破片を修也に向かわせて距離を取らせて、顔に突き刺さっていた氷柱を抜き取る。
「ハッ、図星か!?」
先程の隙が出来た様子を見た修也は、そう叫びながら、腕の氷を今度は大木の様に大きな腕に変化させると、沙耶に殴りを入れる。だが、沙耶もまた岩を広げてそれを防ぐと、彼の氷を包み込む様に変化させてまるで氷を噛みちぎる様にして破壊する。そんな事を繰り返しながら、修也は更に言葉で彼女を追い詰める。
「なぁ。誰も殺したく無い。殺さない。本当に、それ思ってんのかよ」
「っ、、ど、どういうこと!?」
「自信が無かったんだよ。あん時のお前は。どうだ?胸張って、堂々と、自分は絶対に人を殺める事はしないって、言い切れるのかよ!」
「っ!」
沙耶が修也の荒げた一言で、体の力が抜けるのを感じた。と、その隙に、修也は足を今度は変形させて沙耶を蹴りつける。
「がはっ!?」
それによって吹き飛ばされたものの、沙耶は綺麗に足で着地し、着地隙を狙った修也の一撃を避けながら彼女もまた攻撃の威力を強める。
「なぁ。本当はどうなんだよ。本当は、殺したくない、、いや、というかもう殺したんだろ?でも、多分それは望んでたんじゃない」
「っ、、そ、そう、だよ、、す、凄いね、、やっぱり、桐ヶ谷君は、」
「でもそれは殺さなくてはならなかった状況だったからって理由でも、、無いよな?」
「えっ、」
「何となく分かんだよ。...お前の中には、抑えきれないもう一人の自分が居るんだろ?何がきっかけかは分からないが、きっと、何処かで人を殺めてしまった。そのもう一つの異常な自分のせいでだ。だろ?だからこそ、終わらせたかった。こんな事にならない様に、もう、誰かを殺めない様に、この争い自体をここで終わらせたかった。違うか?」
「っ!それはっ」
「だからこそ、ここに来たんだろ?焦ってんだろ?分かんだよ。俺に直接会いに来たのは、意地でも争いを終わらせたい強い思いがあるからだ」
「そ、それは、」
「でもな。間違ってんだよそれは」
「えっ」
尚も氷を纏う修也の接近戦に、沙耶もまた変形を繰り返しながら防ぎ、時に攻撃を入れながら、会話を続ける。
「いいか?その、もう一つの異常な自分。それもまた、お前なんだよ」
「っ!」
「分からないか?自分でも矛盾している事に。頭がごちゃごちゃしてないか?守りたい。でも、そのために戦わなきゃいけない。きっと誰か、自分と近しい人が殺されたら、その時お前はそいつを殺す」
「っ」
「なぁ、もういい子ちゃん面すんのやめろよ。認めてやれよ。もう一人の。いや、本当の自分をっ!」
「くぅっ!?」
修也が叫ぶと共に、彼は地面から巨大な氷柱を飛び出し、沙耶の体を掠る様に。至る所に放つ。それによって、沙耶の纏っていた岩が、砕かれる。
と、その瞬間。
「うん、、そっか、、そうだね」
沙耶の中で、何かが途切れた。
何か、必死に押さえつけていた鎖の様なものが、一斉に。
「ああ。ようやく分かったか」
コツコツと。もう一人の自分が近づく音が聞こえる。
『ねぇ、私』
「うん、、分かってるよ」
沙耶は、背後から聞こえたその声に反応して、振り返る。
『やっと、、見てくれたね、、私のこと』
「ごめん、、私、怖かったんだ。貴方を見るのが。直視するのが、、怖かったの。...だって、貴方を認めたら、、きっと私は私じゃなくなっちゃうって、思ったから」
『そんな事無いよ。私の方こそ、本当の私なんだから』
「ううん、、私の中の私は、貴方じゃない。だから、、私の思ってる私は、、私じゃなくなる」
『何だかややこしいね』
「ね、」
沙耶は、目の前の自分に、視線を落としながらもそう返すと、目の前のそれは、沙耶の顔に手を伸ばす。
「へ、?」
『ありがとう。...つまり、、今は認めてくれたってことだよね?』
「...貴方が、私だとは思わない。私の中に、貴方っていう存在が居たのも、、分からない。いつから居たのかも、」
『ずっとだよ。受験前から。...ねぇ、覚えてない?一回、昼休みにひっくり返った虫を見かけた時、つっついたよね?』
「そんなことも、、あったかも、、暇だったのかな、?」
『ねぇ、その時、一瞬でも、思ったでしょ?解体したら、どうなるのかなって。神経はどこにあって、どこを切断したら動かなくなるのかなって』
「...それは、、貴方の話、?」
『ううん、、私でも、貴方でもない』
目の前のそれは、そこまで告げると、沙耶を抱きしめて呟く。
『私と貴方。そう、水篠沙耶の、話』
ああ、そうだ。両方とも、自分なんだ。でも、きっと周りの優しい人達に触れて、心が大きく動いて、自分の醜いところを、必死で隠そうと。乖離していたのだ。自分は本当はこんなではないと。善の部分を誇張して、隠していたのだ。
そうだ。きっと、今までのも嘘では無い。皆と居た時間はどれも素敵なもので、その時に話した事、決めたこと。それは全て、嘘なんかじゃない。だけどーー
ーー"向こうの私"も、嘘なんかじゃない。
「っ!?」
瞬間、地面から今までとは比にならない速度で尖った岩が大量に生えて、修也を突き刺す。
「ぐはっ」
修也は口から血を吐き出しながらも、目つきを変える。氷を纏っていなかったら、今頃命は無かっただろう。そう、確信しながら。
「桐ヶ谷君、、ありがとう。...私の事、そんなに、よく見てくれてたんだね、、嬉しい、、嬉しいなぁ、、その、ごめんね、私、桐ヶ谷君に聞いてばっかりだ」
「...」
突如零したそれに、修也は怪訝な表情をする。その表情を見据えながら、沙耶は微笑んで、ゆっくり顔を上げた。
ありがとう。今までの、私。
もう、休んでいいよ。
「だから、、私、桐ヶ谷君と同じ立場で、、考えてみるね」
そして、よろしく。本当の私。
優しく微笑む沙耶は、その直後。修也に突き刺した岩から、更に無数の尖った岩を生やして彼を突き刺した。




