222.時空
「がばばばばばばっ」
碧斗の体が抉れる。そこから流れるドロドロの赤黒い液体と、それと同様に同じく口から溢れ出す赤黒い液体。
倒れ込みながらそれの水溜りを作る中、そんな彼に渉は首を傾げる。
「能力が知りたかったんじゃないのか?さっきから、それを考えてるみたいだったが」
「ひゅー、、ひゅー、」
そんな事、どうだって良い。もう、考えも出来ない。答えることも出来ない。感覚も、薄れていった。
「まあ、能力はみんなに知ってもらっておいて損はないか」
「は、はひっ」
碧斗は空気が抜ける喉で懸命に音を鳴らす。何と言ったか。もう既に意味を理解する事も困難だったが。何かを考えていないと意識が飛びそうであった。いや、もう既に、手遅れかもしれないが。
「はっ、はぁっ、はっ」
そんな境遇の中、碧斗は周りを見渡す。樹音、美里、沙耶、大翔。皆がそれぞれ、見て分かるほどに息を引き取っていた。こんな事が、ありえるのだろうか。こんな簡単に。虫を殺す感覚で。一瞬で、消えていってしまうのだろうか。
死への恐怖も、皆が居なくなる恐怖も、目の前の最強への恐怖も無かった。ただ。
「クッ、クソ、」
悔しかった。ここまで、我々は、何をして来たのだろうか。何一つとして、変えられなかったではないか、と。そう思いながら、碧斗は目をゆっくりと瞑り、氷の上で寝ている様な感覚の体から力を抜き、ただ運命に身を委ねた。
が、その瞬間。
「っと」
渉が、ふと手を叩く。すると。
「「「「「っ!?」」」」」
驚愕。いや、と言うよりかは、唖然。
「な、なんだ、?」
「え?ど、、え、?」
「なん、、なんなの、?」
「へ?い、今のって、?」
「んだったんだ、?」
碧斗と樹音、美里と沙耶、そして大翔がそれぞれ口にする。そんな皆は、先程とは一転。無傷の状態で、渉の目の前に集められた形で移動していた。
「悪いな。びっくりさせて」
「び、びっくりどこじゃねーだろ!?」
「な、なんなの、?これ?」
淡々と謝る渉に、大翔と樹音が声を上げる。と、それに渉は。
「まあ、大きな恐怖や驚愕は、大きければ大きい程記憶に刻まれやすいみたいだし、こんなもんだな」
と、小さくぼやき、改めて口にした。
「改めて、俺の能力は"時空"だ」
「は、?な、なんだよそれ」
「じ、時空、?」
「どういう能力なわけ、?随分と曖昧な表現ね、」
碧斗にしか伝わっていなかったその情報を口にすると、大翔と樹音が冷や汗混じりに聞き返し、美里は目を細めた。その様子に、渉もまた頷く。
「確かに、俺だって最初は時空の能力だって言われて、意味が分からなかったからな、」
「つーか、、まず、それ能力なのかよ」
「何だか、系統が突然変わったよね、」
その通りだと言わんばかりに、美里の言葉に苦笑を浮かべる渉は、大翔と樹音の言葉を聞きつけ振り返った。
「扱いにも苦労したな。まず、試そうにも試して失敗したら、世界が壊れる可能性もあるわけだからな」
「世界を司る、能力、なの、?」
沙耶が恐る恐る口にすると、渉は表情一つ変えずに返す。
「大きな言い方をするとそうかもな」
「でも否定はしないわけね」
「まあ、間違いではない。さっきみんなに与えた攻撃は、全て時空の能力だ。観測者である碧斗には分かるかもしれないが、俺はまず一歩も動いてない」
「は!?一歩もってどういう事だよ!?」
「し、瞬間移動って事、?」
「その通りだが、違う。瞬間移動してたのは君達だ」
大翔と樹音がそう放つと、渉は首を振って返す。そんな中、美里は「そうなの?」と、確認を含めた促しを碧斗に行い、彼は頷く。
「渉君の言う通りだ。彼は一歩も動いてなかった。みんなの方が、吹き飛ばされたと思ったら彼の目の前に戻されて、攻撃を受けた」
「そう。そして、みんなの攻撃を空中で止めたのも同じ原理だ」
「は?同じ原理?」
碧斗に続いて渉が放つと、大翔は頭を掻きながら口にする。すると。
「つまり、時空の能力は、俺らの存在するこの次元の全ての物体の位置を移動させたり止めたり出来る能力だ」
「な、なるほど、、そうすると、僕のナイフが止められたのは、時空の能力で、物体の動きを停止させ、そのまま固定させたから。...そして、それと同じく、僕らも吹き飛ばされた後、僕らという物体を自分の目の前に移動させたって事かな、?」
「あ?は?よ、よくわかんねぇぞ?あの時俺を殴った衝撃波みたいなのも、その原理ってやつなのか?」
「それは違う。あれは殴りを入れた後に空間を歪ませて体に衝撃を与えたんだ。体に穴が空いたりしただろ?あれと同じ原理だ。空間自体を切断したり、穴を開けたりして、そこにあるものを切断したり一部を抜き取ったり出来るわけだ」
「は?もっと分かんなくなったぞ、?」
「あんた、、つまり物体の自由移動の他にも、空間を変化させる事も出来るってわけ、?」
「そうだな。まあ、空間を変化させたりすると、その場の違和感が大きくなるんだけどな」
理解が追いつかない大翔と、それに答える渉の話を要約する美里。そんな中で、碧斗は目を細め冷や汗を流した。
ーそうか、あの時俺を含めみんなが感じたあのとてつもない気迫。あれは空間を歪ませた事による違和感だったのかー
「でも、自由移動といっても、そんな簡単な事でもないんだ。空間を切り取って移動させるには、そこを埋めるための空間が必要だ。だが、その空間にはみんなには見えないかもしれないが確かに量子が存在する。空気中の物質に何らかの変化を与えて失敗でもしたら世界の物質が大きく変化する可能性だってあるわけだ」
「ん?え?あぁぁぁ?」
「へぇぇぇぇ〜、?」
どうやら、大翔と沙耶は、ここでギブアップの様だ。そんな中、美里は目つきを変える。
「なるほどね。物体だけを移動させる事は出来ない。あくまでも時空の能力だから、人を始めとした、物体を移動させるにはその空間ごと移動させなきゃいけないって事ね。でも、その抜き取った空間を埋めなきゃいけないなら、そこを埋めるための空間を持ってくる作業が必要って事?」
「ああ。まあ、簡単に言うと、空間内でパズルをしてる様な感覚だ。空間を取って別のところに移動させ、穴が空いた元あった場所の空間に、上手くピースがハマる空間を探したり作ったりする。それを、戦闘中に一瞬でやらなきゃいけない」
「とんでもない作業量ね、、それ相応の知識と瞬間的に空間把握が出来る頭脳が必要になる、、普通の人がこの能力を得ても使いこなせるかどうか、」
渉と美里は、対等に会話を交わす。碧斗もまた理解は出来ていたものの、それが限界であり、要約は疎か、質問すら思い浮かばない程次元の違う話である。樹音に至っては話を聞き入れるのに精一杯であった。
「一瞬とは言ったが、能力を上手く使えば、一瞬でもないし、下手したら一生考えていられるから、そんな難しい事じゃない」
「い、一生、?」
碧斗が怪訝にそう返す。と。
「そう。それが、三つ目。君達が一度完膚なきまでに殺されたのに生き返ってる理由。それが、時空間を高速で重ねながら移動して過去に戻ったからだ」
「は!?た、タイムリープしたって事か!?」
大翔が、分かりやすい話になったからか、声を上げる。すると、美里は目を細める。
「いや、いくら時空の能力でも過去に戻るのは難しいはず。それに、時空の能力に耐性のない私達が時を超えたのに対して耐えきれたり、記憶があるのはおかしい」
「察しがいいな。なら、どういう事かも分かるか?」
「おおよそ、、私達にその未来を見せてたんでしょ?まるで、本当に起こった事の様に、、いや、そうなる未来が実際に行われてたのかもしれないけど」
「まあ、何となくだが理解してるみたいだな。勿論、その世界線も存在する。ただ、みんなにそれを見せただけだ」
「意味分かんねぇけど、」
「分からないならそれでもいい。ただ、俺の能力はこういうものだと。そう覚えてくれさえすればいい」
大翔が頭を掻きながらそう放つと、渉は息を吐きながらそう零す。それに、碧斗が眉を顰めると、美里もまた放った。
「でも、私が聞きたいのはそれじゃない」
「ん?」
「何で、、その能力を私達に見せびらかしたの?」
そう。碧斗も感じていたその違和感。今まで、能力を出してこなかった彼。渉の言い分を聞くと、恐らく能力使用は大きな影響を出してしまうからしてこなかったのか。はたまた、能力を使用していたものの、今までも今回の様に時空を歪ませて、皆の記憶を消していたのか。だが、どちらにせよ突然能力の話をし始めるのは不自然である。
「普通、能力は黙っておいた方が都合が良いんじゃない?そんな大きな能力なら、尚更。...いや、そんな大きな能力だからこそ、明かしても大した弊害にならないと思ってるのかもしれないけど」
「相原さんの言う通りだ、、どうして今までこんな事をしてなかったのに、能力を見せびらかそうと思ったんだ?」
美里の発言に、碧斗も続く。それに、渉は浅く息を吐くと、そうだな、と。小さく口にしたのち告げた。
「ちょっと予定を変更したんだ。それを考えると、覚えて欲しかった」
「予定を変更、?覚えて欲しかった、?どういう事だ?どうして予定を変更した事によって能力を覚えて欲しいに繋がるんだ、?」
「まあ、可能性の話だ。ただ、能力を覚えてくれてさえすればいい」
「意味分かんねぇぞさっきから!」
「分からなくていい。分かられても、問題なんだ」
渉はそれだけを告げると、踵を返す。
「お、おい、、話ってそれだけなのかよ」
「いや、話してくれないから帰るんだが」
「話してくれないのは、あなたの方だと思うけど」
「...まあ、お互いにそうかもな」
立ち去ろうとする渉に、大翔が声をかけ、続けて樹音も口にする。それに、悩む素振りを見せたのち、渉はそうだ、と。改めてこちらに向き直る。
「なら、一つだけ教えてやる」
「っ!」
近くにいた碧斗に彼は近づくと、上着の内ポケットから何やら文庫サイズの本を取り出して差し出す。少し古い雰囲気だ。
「な、何だ、?これ、」
碧斗がそれに思わず口にする。と。
「初めての転生術の成功話だ。ここに、異世界に転生した者のいくつかのルールが載ってる」
「「「「「!?」」」」」
思わず皆は目を見開く。この話。どこかで聞いた記憶がある。間違いない。恐らく、シェルビが昔見たという本だろう。同一のものかは分からないが、少なくとも、載っている情報は限りなく近いのでは無いだろうか。
「...な、何で、これを?」
碧斗はパラパラとページをめくり、そこにある、転生者が転生者を殺めた場合、それにより亡くなった転生者が元の世界に戻ると記憶がなくなるという、修也の話と同じ情報を目にしながら渉に問う。
「まあ、これくらいなら教えても良いかと思っただけだ。寧ろ、知っておいた方がいい。それなのに、知らない様子だったからな」
「そ、そうなのか、、それも、そうなんだが、俺が聞きたいのは、これを、どこで、?」
「ああ、そっちの意味か。王城の、俺の部屋にあったんだ。紙と一緒にな」
「紙、?」
「やはり、部屋によって置かれてるものは違うみたいだな」
渉はぶつぶつと。またもや何か分からない事を話す中、碧斗もまた小さくぼやいた。
「...修也君も、、これを見たのか、?」
「桐ヶ谷修也の事か?」
「え?ああ。前に、言われたんだ。転生者は転生者に殺された場合、元の世界に戻されるだけでなく、記憶が消されるって」
「...なるほど。あの人の部屋にもあったのか、、いや、みんなのところにあるのか?」
渉はまたもや考え込む。やはり、何か皆とは違うものを考えている様子だ。この争いを終わらせる。その単純な碧斗達の行動とはまた別のもの。いや、修也もその事を知っている可能性もある。きっと、それが争いの根幹の部分である可能性が高い。
「渉君。その、何を悩んでるんだ、?」
「...さっきも言ったが、、悪い、この話はまだ出来ない」
「確信になるまでってやつか」
「ああ」
「なら、質問を変えよう」
「ん?」
「今考えてる、悩んでるそれは、俺達が終わらそうとしているこの争いに、関係ある事なのか?」
碧斗は、何か糸口が掴めるかもしれない。そんな予感を覚えながら、渉の目を見てそう放つ。が。
「もう少し調べる必要がある。俺も、まだ何も分かってない」
「そうか、」
「でも、おおよその見当はついてるんでしょ?それで、その中で必要になりそうなものを、私達に教えてくれた」
渉の答えに、碧斗が目を逸らすと、美里が割って入る。
「その本と、さっきの能力の説明。きっと、これから必要になってくる事なんでしょ?」
「話が早くて助かるな」
「っ、、そう、なのか、?」
美里の言葉に、渉は微笑むと、碧斗が冷や汗混じりに彼を見据える。やはり、能力の説明と本を渡す行為には、何かしらその必要があるからなのだろう。きっと、それはもう一つの点が現れない限り、線にはならないのかもしれないが。
「なら、、もし、それが確信になったら、ちゃんと、話してくれないか、?渉君が話してくれたら、、こっちも話す。それまでに、グラムさんにも、促してみるよ」
「ああ。頼む」
渉は、どこかそんな事にはならないと、そう突き放している感覚がした。いつもと同じ淡々としているものだったため、分かりづらかったが。と、その後。
瞬間。
「「「「「っ!?」」」」」
もう大丈夫だと。何か彼の中で思うところがあったのか、瞬きをしたその一瞬で、彼は目の前から消える。恐らく、またあの能力によってなのだろう。
「な、なんだったんだよ今の、」
「み、美里ちゃん、、分かったの、?さっきの話」
彼が居なくなった瞬間、突然緊張が解れた様子で肩を落とし、息を吐きながら口にする。と、沙耶に聞かれた美里は。
「ぜんっぜん。なんか変に遠回りな言い方してくるせいで何一つとして分からなかった。ほんと、ウザったい」
「そ、そうだったんだ、」
「とてもそうには見えなかったけどよ」
「私の中でまとめた事を言ってただけ。それで合ってればさっきみたいな反応をするし、違えば言い方を変えてくれるかもと思ったの。それでも、分からなかったけど。...というか、あいつも多分まだ何も分かってないのかもね」
美里の導き出した答えに、皆もまた腑に落ちない様子だったものの、頷く。と、対する碧斗が付け足す様に口にする。
「とりあえず、この本も貰えたのは大きいな。これから重要になっていくのは間違いない」
「うん。きっとあいつの中でも大体の予定が出来上がってて、私達の力を借りる未来を想定して、これを託してくれたのかもしれないから。今私達に出来るのは、託してくれたそれを、無駄にしないって事くらいね」
「そ、その、、それよりも、まず、マーストさんはどうなったの、?」
碧斗と美里がそう言いながら本に寄る中、樹音はふと口にする。
「わ、悪い、、マーストさんを探してる時に悠介君と大井川さんに捕まったんだ」
「「「えぇっ!?」」」「はぁ!?」
「そ、それで、?」
「そこで、みんなに囲まれた時に渉君が来て、」
「それで、、ここに飛ばされたって事?」
「ああ」
「よ、良かった〜、、不破さん、伊賀橋君の事、助けてくれたのかもしれないね、」
「その意思は無さそうだけどな」
樹音の返しに碧斗は頷くと、沙耶がホッと胸を撫で下ろす。それに大翔は苦笑を浮かべながら放つと、碧斗は続ける。
「だから、、その、ごめん。マーストの事は、分からずじまいだ、」
「ううん。とりあえず、みんな無事でいられたんだから。それで今回は十分だよ」
樹音は優しくそう言ったものの、碧斗は拳を握りしめる。現段階で、王城への侵入は更に難しくなった。マーストを見つけ出せる方法は、もう無いのではないか、と。
みんな無事。樹音のその言葉に、マーストは分からないだろ、と。口には出さなかったものの、碧斗は自身への嫌悪を感じた。すると。
「とりあえず、一回戻って、今度はこの本から辿ってみるのもありなんじゃない?」
「戻るって、グラムのとこにか?」
「そう」
「だったら丁度いい。グラムに聞いてみるか。さっきの事。何か心当たりないかってな」
「...あんまり、分からない状態でするもんじゃ無いと思うけど」
「あ、?どういう事だ、?」
美里と大翔がそう会話を交わすと、彼女は目を逸らす。
「もしかすると、、グラムさんに言っちゃいけない事かもしれないでしょ、?」
「おい。それは、グラムを疑ってるって事か?」
「違う。巻き込んでいい事かも分からないでしょ」
「でも、グラムが関係あるっぽかっただろ」
「まだ確信じゃないって向こうも言ってたでしょ。その状態で話して、グラムさんがもし変に行動したら、」
「あ?行動されると困るみてぇな言い方だな。やっぱ疑ってるんじゃねーか?」
「だから違うって!」
まあまあと。樹音が仲裁に入る。今争ってる場合じゃないだろ。そう、碧斗は思いながら目を細める。マーストがどうなってるかも分からないのに。そんな流暢な事言っていられるか。
「...」
「い、伊賀橋君、?」
「クソッ、、そんな事やってる場合じゃないだろ、」
「っ」
そのどこか気性が荒くなっている様子の碧斗に気がつき、沙耶が覗き込むと、小さくぼやいたそれを耳にする。それに、沙耶は唇を噛んで目を逸らすと、ふと樹音が放つ。
「とりあえず、その本には何が書いてあるの?グラムさんに言っていい事か分からないっていう話の前に、まずそれを見てからの方がいいんじゃないかな」
「...それも、、そうだな、」
樹音の提案に、碧斗は声を漏らし、皆は頷く。一度ここで読んでおいて、そこで我々がグラムに話していい内容かを判断すればいいのだ、と。
それを思いながら碧斗が本をゆっくりと開くと、周りの皆も集まって顔を覗かせる。と、そこには。
「リミット、、オーバー、?」
目を疑う、我々が見るべきでは無かった知るべき内容が、多く載っていた。




