221.最強
何が起こったのか、見当もつかない。
一瞬。先程の移動と同様、瞬きをする瞬間で、大翔の後ろに渉が現れた。
「あんたっ」
「みんなをっ、傷つけないで!」
蹴りを入れられただけである。人の蹴りだ。大翔の体幹や力の能力があれば、普通ならば耐え切れるだろうし、能力を使用したとしても、彼ならば受け身を取れるはずだ。がしかし、あの僅かな。一瞬の軽い蹴りで、大翔は数百メートル先にまで吹き飛び、無抵抗で地面に叩きつけられた。地面が大きく抉れている点、更に何故か体の肉が抉れている点から、その威力の強さが分かる。だが、原理は分からない。意味が、分からない。
それによって美里は冷や汗をかきながらも手を前に出して炎を出し、沙耶は怒りのまま周りの石を大量に浮かせて渉に勢いよく向かわせる。
が。
「石と炎。王城で見た時より全然強くなってるな」
「「っ!」」
渉はそれを見ながら流暢にそんな事を口にしながら、彼の元に向かった石が、彼に到達するほんの数センチ前で姿を眩まし、彼の背後からまた現れてはそのまま進む。美里の炎もまた、同じくそうであった。
「クッ、なんなのっ」
「クッ、、な、ならっ、僕がっ」
美里がその光景に後退ると、樹音は接近戦ならばと、剣を生成して彼に向かう。そしてそのまま、渉に峰打ちを入れようと飛び上がる。樹音も今までの戦闘を経て、スピードが明らかに上がっていた。相手が戦闘慣れしていなければ対応出来ない程だ。だが、樹音は渉に向かって大きく剣を振ったがしかし。
「え、」
その時には既に、樹音の背後にーー
「っ!」
「円城寺君!後ろっ!」
「嘘っ、、ごはっ!?」
ーー渉が現れ、そのまま同じく蹴り飛ばした。
「ぶぐはぁっ!」
と、蹴りを入れたのち、その一秒後。時差があったのち樹音には更に大きな衝撃が襲い、大きく吹き飛ぶ。
「やめてぇぇぇぇ!」
その姿に、沙耶は冷や汗混じりに石を放ちながら距離を詰める。みんなを傷つけたく無い。その思いから、渉を止めたいと強く願う。がしかし、沙耶が本気を出したその時、またあの時の様に。今度は自分自身でみんなを傷つけてしまうのでは無いか、と。そんな葛藤が、彼女の表情からは見て取れた。
だがしかし。彼女の攻撃も虚しく、先程同様どれ程距離を詰めようとも、石は彼に到達せずに貫通した。
が。
「えっ」
沙耶が渉との距離十メートル近辺に差し掛かったその時。先程まで貫通していた石は渉の背後含めた全方向。数センチの場所で全て止まり、それが集まった。
「何、、これ、」
「な、」
碧斗は眉間に皺を寄せる。変な感覚。気持ちの悪い感覚。物が突如停止するこの光景が、異様でしか無かった。
目の前で起こっている事は確かに異世界ではあるものの現実だ。それなのにも関わらず、そのあり得ない光景に脳が追いつかない。今までもそうだったが、これはそれ以上である。
と、その直後。
「きゃっ!?」
「っ!」
「沙耶ちゃん!」
集まった石は、突如渉を中心に弾ける様にして全方向へと吹き飛び、それが沙耶に激突する。
「かはっ」
距離が近かったのもあり防ぎきれなかった沙耶は、そのまま吹き飛ばされると、それに目つきを変えた美里が手を前に出す。
と。
「あんたっ!どういうつもり!?」
「ん、?」
美里がそう叫びながら、渉の足元から炎を発生させて、彼が気づいた時には既に炎のカーテンを作り閉じ込める。
「私達に手を出すつもりは無いんじゃないの!?なんで、こんな事っ」
「先に喧嘩を売ってきたのはそっちじゃ無いか?」
「「っ!?」」
瞬間。美里の背後から、淡々とした返しが聞こえる。何が起こった。そんな疑問が脳を過る中、美里はそれどころでは無いと。目の前の事に思考を変えようと試みる。が、その時には既に。
「かはっ!?」
彼女もまた、渉に蹴られていた。
「ぐはぁっ!?」
すると、またもや時間差。一秒後、美里は耐えきれない衝撃に大きく空気を吐き出し、吹き飛ばされた。
「相原さん!」
「よぉ!いい気になってんじゃねーぞ!?」
碧斗が美里の名を叫ぶと、対する渉の背後に、大翔が現れ拳を構える。が。
「クッ、てめっ」
またもや背後に移動し、大翔はそれに反応して振り返り、またもや拳を振るう。がしかし、それもまた背後に移動しており、大翔は振り返って拳を振る。と、その瞬間。
「っとぉ!」
背後の渉が突如蹴りを入れると、それを大翔は受け止め微笑む。が。
「がはっ!?」
目の前で足を止めていたはずの渉は消えており、背後に移動して大翔を蹴っていた。
「クッソ!」
「おお」
大翔はその衝撃に耐えながら向きを変えると、拳を大きく振る。がしかし。
「っ!?」
突如、周りから渉は姿を眩まし、大翔はポツンと。一人で空を殴っていた。
「んだよっ!これっ」
そう声を荒げながら周りを見渡した大翔。だったが。
「やはりタフだな。力の能力なだけあるか」
周りを見渡す大翔の背後で。またもや渉の声が聞こえたと思われた瞬間。彼は大翔の目の前に現れ、次の瞬間。
「て、、め、?」
「っ!大翔君!」
大翔が歯嚙みして声を上げようとした時。彼の左腕から肩にかけて、抉り取られた様に。綺麗に吹き飛ばされていた。
「なんんっ!?」
「それとも、元々のフィジカルさか?」
「なっ、ごふっ!?」
それに声を裏返して血を吐き出す大翔に、追い討ちをかける様にして渉は目の前から瞬間的に移動し大翔を蹴り飛ばす。と、彼が吹き飛ばされた。その先に。
「っと」
「がはっ!」
またもや渉が現れ、別方向へと蹴り飛ばす。すると、またもやその先に渉が現れ、彼を同じく蹴り飛ばす。それの、繰り返しであった。何度も続く衝撃と激痛に、大翔は意識を失いかけた。その瞬間。
「っ」
「クッ」
大翔と渉の間に、突如岩が生えて、その瞬間。
「やめてぇぇぇっ!」
沙耶が叫びながら岩を大量に渉に飛ばし、同時に沙耶の真下から岩が生えて巨大な人型の岩を作ると。彼に向けて思いっきり殴りを入れる。
がしかし、またもや軽く手を前に出しただけでその拳は彼の目の前で留まり、渉はその手を閉じると、それに合わせてその拳を始めとした人型の岩がバラバラと。崩れて行く。が、その中から。
「ぐぅっ!」
沙耶が岩を体に装備した状態で現れ、拳を大きくして殴りにかかる。
がしかし、同じく彼に到達する前に止まり、その直後。
「へっ」
彼は背後に現れて軽く沙耶の体に殴りを入れる。軽く。その筈だが、彼女の纏っていた岩は全て砕け、その後。
「かへっ!?!?」
沙耶の小さい身体では抱えきれない程の衝撃が与えられ、人形の如く軽々と吹き飛んだ。
「かはっ」
それ故にその勢いのまま地面に激突した沙耶は、恐らく全身を骨折しているのか、足が通常ではあり得ない方向へと曲がり、腕は一度斬られて岩によって修復していたからか、岩の如く砕けていた。
「沙耶っ、ちゃん!」
それに美里は歯嚙みし、怒りをみせると、ボロボロの体で立ち上がり腕に炎を集中させて手を前に出した。
「絶対っ、許さない!」
今まで以上の形相と声音でそう声を荒げると、渉の周りに熱を放出する。
「凄いな。俺の能力の仕組みが何となく分かったのか?」
「はぁ、はぁっ、私がっ、こんな状況で冷静に分析出来る程頭良いと思ってるわけ、?」
「期待はしてるが」
「そう、なら、残念っ」
美里はそう掛け声の様に放つと、その場一帯を炎で焼き尽くす。以前智樹との戦闘の際、王城へ向かう碧斗達を逃すために生み出した炎の壁の様な大きさで。
だが。
「えっ」
「一対一なら、それは良かったかもしれないな」
その瞬間。美里の目の前には倒れ込む樹音が現れ、その隣にはーー
ーー渉が居た。
「クッ!?」
彼はまたもや蹴りを入れようとするものの、美里はそれを察して後退る。だが。
「っと」
彼は指を立てて横にスライドさせる様に人差し指を動かすと、刹那。
「ぐひっ!?」
美里の腕と体がそれぞれ歪んだ様に左右に伸ばされ、骨を砕かれる。
「かはっ!?がっ、いぃっ、いぃぃぃぃぃぃぃっ!?!?」
美里は、声にならない悲鳴をあげて力無くその場に倒れ込むと、それを見つめながらゆっくりと近づく渉に。
「グッ、うあぁぁぁぁぁっ!」
樹音は、恐怖の表情で剣を振り上げ背後から彼に刀を振るった。がしかし。
「ん」
「グッ、うぉぉぉぉぉぉ!」
渉はいつもの様に移動しながら、彼の剣を躱す。移動しながら、とは言っても、彼はポケットに手を入れたまま、微動だにしない。それなのにも関わらず、その体勢のまま瞬間移動し全てを躱す。
「クソォォッ!」
樹音は叫びながら、空中に剣を生成しては彼に飛ばし、その中で渉に飛ばさずに空中に固定しているものに跳び上がり、足場にして彼の周りを移動する。
樹音は、彼の動きの瞬間。それを見極めるために渉の周りを全方向から見据えながら剣を乗り移って移動する。その中で、樹音は更に剣を生成しながら彼に飛ばし、自分の手に剣を生成しては彼の周りに投げる。
それは全て渉の前では無力。全てが彼に到達する前に留まり、固定される。
が。
「クオォォォォォォォ!」
「...なるほど」
樹音が両手に剣を構え彼に向かうと、その瞬間。渉はまたもや移動して樹音の背後に現れるがしかし。
樹音の予想は的中した様だ。彼が移動したがために、止まっていた剣は再び動き出し、誰もいない方向へと向かう。だが、それを見越して剣を投げていた樹音は、その先で目つきを変える。
金属音が鳴り響きながら、ナイフや剣が互いにぶつかり合い、その反動で向きを変え、軌道を変えたそれらは移動した渉の方向へと向かう。それに続いて、樹音の目の前に上手く飛んできた剣に、体の向きを変えて足で着地すると、それを蹴り上げ背後の渉に向かう。
「こうなることを見越して全て場所を計算して剣を投げてたのか。良い能力だな」
渉はぼやく様にそう口にすると、だが、と。その反射された剣もまた彼の目の前で留まり、そこに向かった樹音はーー
「クッ、、え、え!?」
ーー先程まで目の前に渉がおり、彼に剣を振ろうとしていた筈だというのに。目の前には何も無く。いや、樹音自身が、今度は渉の背後に居たのだ。
「クッ、まさかっ」
最初に沙耶の石が渉を貫通する様にして、彼の目の前で姿を眩まし、彼の背後で現れ通過していたのを思い出す。もし、それの視点だったとしたら。
「こ、こんな感じになるって事、?」
樹音は、誰にも聞こえないくらいの声で零す。だが、このままでは渉に攻撃出来ないと。そう考えながら、自分が遠くに吹き飛ばされている今だからこそ、不意を突けると考えどこかに足を着いて向きを変えようと剣を空中に出現させる。
が。
「ごふっ」
突如。何かに潰された様に。重力が突然大きくなった様にして、樹音は吹き飛ばされている途中で地面に叩きつけられる。
それに、何だったのかと、樹音が思っていると、その目の前には。
「っ!?がはっ!」
渉が存在しており、樹音の腹を蹴り上げる。
「ぐほっ!?」
それに時間差で大きな衝撃が樹音に打ち込まれると、地面に何度も叩きつけられながら遠くへ吹き飛ばされる。
が、その先でまたもや渉が現れては蹴り飛ばされ、その先でまた現れては拳を入れられる。そう、先程の大翔の様にだ。
「かはっ」
もう既に限界を越えていた。もう、考える事すらままならない程、樹音は意識が朦朧とし、体が動かなくなっていた。
だが。
「グゥゥッ!」
樹音は無理矢理目をこじ開け、剣を振るった。当たらなくても良い。もう、どうなっても構わない。だが、まだ意識があるならば、ギリギリまで、目の前の標的を倒そうと、全力を注がなくてはならない。そう、樹音は必死に体を動かして渉に攻撃を続ける。が。
「ぐふぁっ」
無慈悲にも、樹音の首が突如九十度に捻られ、そこに渉は蹴りを入れると、またもや一秒後に吹き飛ぶ。
その様子に。
「な、、なんだよ、、なんなんだよっ、、これっ!」
碧斗は目を疑う。何度も何度も、彼は瞬間移動して相手の背後を取り、確実に殺傷能力を持ったやり方で一人ずつ殺めていく。
というわけでは、無いのだ。
いや、一人ずつ片付けていくやり方はその通りであるがしかし。そこでは無く。
まず、彼は瞬間移動も、相手の背後も、取っていなかったのだ。
その事実を、第三者視点からただ見つめていた碧斗は、理解した。いや、目で見ているだけで、理解はしていないのかもしれない。
そう。先程から。
皆の方が、渉の目の前に、瞬間的に現れていたのだ。
「なんだよ、、これっ!」
「...」
「っ」
そう声を上げる碧斗にふと、渉は振り返る。周りの皆は、再起不能にまで追いやられた。そんな中、お前はどうする。まるで、そう言う様に。
「はぁっ、はぁっ、、はっ、はぁ!」
碧斗の呼吸は荒くなる。一体何だ。彼の能力は、何なんだ。
そう、彼は先程から一歩も動いていなかった。
唯一、美里が周りに炎を放った時にだけ。彼は美里が皆を巻き込むわけにはいかないと、炎を避けたその場所に、瞬時に移動したのだ。
美里は碧斗を始めとした仲間には炎を放たなかった。それを理解していた渉は、樹音の場所へと瞬間移動し、そこに美里も移動させたのだ。恐らく、美里の視点では、突然目の前には渉が現れ、その隣には樹音が現れたと錯覚しただろう。
だが、全て逆なのだ。自分自身が渉の攻撃が届く場所に、瞬間的に移動していたのだ。いや、移動"させられていた"のだ。
「はぁっ、はっ」
じっと。こちらを見つめる渉に、碧斗は退く。能力は分からない。これ程までに観察して、ここまで理解したというのに、能力が何なのか。それに関しては全くと言っていいほど辿り着けなかった。だが、これだけは言える。
どんな方法であろうとも、彼には絶対に勝てないという事だ。
「クッ、クソォォォォォォォッ!」
それでも、やらなくてはいけない。ここまでボロボロになりながら皆を守ろうと、攻撃を続けた皆の頑張りを、無駄にはできない。そう碧斗は目つきを変えると、思いっきり煙を放出した。
「なるほど、能力的には一番厄介か」
「っ!」
「ま、この中での話なら」
「クッ!?」
それに渉が小さく口にしたのち、彼はそう軽く息を吐くと、碧斗の目の前に突然現れ。いや、これもまた碧斗が勝手に移動させられたのかもしれない。
すると、目の前の渉は目にも止まらぬ速度で殴りを入れると、それを認識した瞬間、強大な衝撃が碧斗を襲う。
「ぐはっ!?」
それによって大きく吹き飛ばされた碧斗は、地面に叩きつけられると、血を吐き出した。そんな彼の目の前、またもや瞬間的に渉は現れると、口を開いた。
「悩んでるみたいだな。でも、そんなに考える必要はない。だって俺は」
彼はそう前置きすると、碧斗の腹を今度は蹴ったのち、そう付け足した。
「"時空"の能力者だ」
「は、?げばっ!?」
彼の突然のカミングアウトに、碧斗は思わず声を漏らしたと同時、腹が抉れ飛んだ。




