214.解放
「はぁ〜あ、、忘れるのは、、あんただけで良かったのに、」
空を見上げ、大きく息を吐く奈帆に、目の前の大翔は目を細めた。
「...どういう、、事だよ、」
「そのままの意味だけど?あんたは、、琴葉の事、、受け入れられる?」
「受け入れるって、、んなもん、、わかんねぇよ。...本当に受け入れられてんのかも、、分かんねぇ。まだそれが本当だとも信じきれてねーし、、琴葉は、、騙されたんじゃ無いかとも思う」
「まあ、、騙されたは、、あながち間違いでは無いか」
大翔の言葉に、奈帆は目を逸らし零す。
「それで、、俺が受け入れられないからって、、記憶消そうと思ったって事かよ」
「そう。だって、、もしここで殺さなかったら、あんたはその辛い記憶を持ったまま過ごす事になる。現実世界に記憶を持って戻ったとしたら、、学校も一緒なあんたは耐えきれないでしょ?現世に戻ったら記憶が消えるんだとしても、、少なくともこれからのこの異世界で、悩んで、苦しむ事になる」
「...お前っ、、何なんだよ!?」
「は?」
突如声を荒げる大翔に、奈帆は睨みつける。
「もうなんか分かんねぇよ!いい奴なのか、悪い奴なのかっ、、なんかっ、ごちゃごちゃしてよっ!」
「はぁ、、その二つの分類でしか人を見られない程脳筋なわけ?」
「はぁ!?お前やっぱ腹立つな!」
大翔は純粋に言葉を受け取ろうと努力している様子だった。だが、やはりあの時に陰で笑っていた姿が忘れられない。いや、それを面白がってたのは事実である。だからこそ、大翔は歯嚙みした。
「はぁ、、でも結局私のその考えも無駄になったわけだし、今考えても意味ないからね」
「...奈帆」
「何?気安く呼ばないで」
「...お前は一つ勘違いしてる」
大翔の突如切り出したそれに、奈帆は「は?」と、首を傾げる。すると、大翔はニヤッと。強気な笑みで奈帆を見つめた。
「まず、俺はそんな話だけで病む程柔じゃねぇよ。寧ろ、その真相を知ったんなら、もっと調べて、何があったのか知りたいって思うだろ?」
「あんた、、ほんと脳筋」
「なっ!?ポジティブだと言えよ!」
呆れ気味に返す奈帆に、大翔が声を上げると、改めて彼女は放った。
「でも、それ以上の情報は無いし、、きっと、琴葉はその人を本気で好きなんだと思う。体張って、彼氏に貢いで。...本当はそこまでする子じゃ無かったのに、、周りからも噂されて、、琴葉はどんどんと評判が落ちていった、、それでも、、今でも続けてるんでしょ?なら、、それ程好きって事。私だって、、本当は怪訝に思ってるけど、あの子の愛した人なら、、もうどうしようもないよ」
奈帆は唇を噛んで、そう口にした。その姿からは、本当に彼女を愛しているんだと、見て取れた。だからこそ、大翔はあえて微笑んだ。
「でもよっ、良かったよ。それ、知れて」
「は、?」
「琴葉は、、本当はそこまで悪い奴じゃないんだろ?好きな人のために周りが見えなくなるのは良くある事だ。まだ若いしな」
辺りを見渡しながら、独り言の様に大きく話す大翔に、奈帆は「お前は何歳なんだよ」とぼやきながら見つめる。
「俺は、、琴葉のイメージが全く変わって、、あの時一緒に居て過ごした日々全て否定された気になってたんだ。...だから、良かったよ。あの時の笑顔とか、優しい言葉とか、声音とか、、全部が全部嘘じゃ無かったんだって。そう、分かったからな!」
大翔はそこまで言うと、空を見上げてそれに、と付け足し続けた。
「今、琴葉はその本気で好きな人が居るんだろ?なら、、良かったじゃねーか」
「...嘘つき、」
空を見上げる大翔の声は、どこか震えている様で。その姿を見せまいと、空を見上げている様にしか見えなかった。その姿に、奈帆が小声で呟くと、そののち。大翔は微笑んで視線を戻す。
「それによ。さっきから忘れるのは俺だけとか、、色々言ってるけどよ。俺はお前をここで殺すつもりはねぇよ。確かに腹立つけどよ、、でも、全部悪い奴じゃねーって分かったし、、お前も俺も、琴葉と片思いしてるライバル同士じゃねーか。張り合いがなくなるとあれだ。ここで殺すなんて事はしねぇよ」
「...は、、そういうんじゃ無いんだよ、」
「は、?どういう事だよ」
奈帆は、俯きながら歯嚙みし、そのまま唸る様に放つ。
「別にあんたに殺されるかもって話をしてるわけじゃ無い。...私は、、"私達"は。もう、決まってたの。いつかは、、死ぬって事」
「ん?あ、ああ、、寿命は誰にでもあるけどよ、、そういうんじゃ無くて」
「だから違うって」
「は!?何なんだよさっきから!はっきりし、、っ!?」
大翔は、ゆっくりと顔を上げる奈帆の顔に、言葉を失う。頰には、黒色の線が広がっている。まるで、皮膚の中で植物が成長している様な。皮膚の中で虫が蠢いている様に。
「何だよ、、それ、さっきまで無かっただろ、、それ、」
奈帆はタトゥーなんてものは入れていない。なら、これはなんだ。これも能力だろうか。いや、翼の能力でこんな事が出来るとは思えない。ならば。
そこまで考えたと同時、奈帆は目を細め放った。
「これが、、あの人の能力なんだよ」
☆
「ははっ、、面白いね」
炎を放って王城を燃やし始めた美里に、目の前の涼太は乾いた笑みを浮かべた。
「...どう?これで難しくなったでしょ?」
「難しく?」
「そう。あんた、、あんたの能力は恐らく範囲攻撃。だからこそ、あの時。円城寺君との事があった、屋上で対立した時。私達を殺す事が出来たみたいな雰囲気だったけど、一度それを改めて、あの翼女に促した」
「なるほど、いい観察眼だ」
美里は鋭い目つきでそう告げると、尚も涼太は息を吐きながらも笑みを浮かべる。
「そこから、あんたの能力は範囲攻撃で、しかも無差別攻撃である事が予想出来る。あの時は同じパニッシュメントのメンバーを巻き込むわけにはいかないから控えたと考えられる。それに、あんたは一般人を殺したあいつを許さなかった」
「あ?あの、海山のことか?」
涼太の問いに、美里は無言で頷くと、そこから導き出された結論を告げる。
「それを踏まえて考えた時、あんたは王城の騎士が周りに居る状況で範囲攻撃は行えない」
「ハッ、、あー、なるほど。そういう意味でね」
「何、?その反応」
「いや、それにも色々と穴があると、思ってね」
涼太は呆れた様にしながらゆっくりと美里に近づく。
「来ないで」
「おいおい、俺はお前を罰する側だぞ?それを言う権利はお前にはない」
「...」
美里は目を細める。何か怪しい。まだ何か隠している。いや、能力を把握していない以上、範囲攻撃で確定してしまうのも問題だ。全ての可能性を考えた上での行動をしなくては。
そう、美里は考えたと共に、涼太は外を見る。
「まずね、そんな直ぐ駆けつけられるわけないだろ?他の人達が、準備してるわけじゃ無いんだ。その間にその攻撃をすれば、終わる話だろ」
「でも、、あんたはそれをしなかった」
「何、?」
「普通、それが出来るなら先にするもんでしょ?私にそんな事を長々と話す必要は無い。あんたの性格上、そんな事を私みたいな"悪党"に教えるつもりは無いと思うし」
美里の考察に、フッと。微笑む。
「なるほど、、この間会った時よりも落ち着いてるみたいだな。一対一だからか?」
「さあ、、どうでしょうね」
「なら、少し焦らせてやるよ」
「は、?」
涼太の、突如口にしたそれに、美里は思わず声を漏らすと、瞬間。
「もしこの炎に気づいて他の転生者も一緒に来たら、お前は終わりだ。だが、俺にそうやってあえて挑んでるのも、水篠沙耶の方に援軍を向かわせないための策略。でも良く考えてみろ。向こうにいる"智也"や三久が必ずしもこっちに来ると思うか?」
「!」
ニヤリと、涼太は笑ってみせる。智也の行方を知らない美里に、ブラフをかけるように。
「...なら、、直ぐにでも私が、」
「駆けつける?随分と威勢がいいな。俺を殺さないと駆けつけても意味ないぞ?それはお前が一番分かってるだろ?」
そう呟きながら、涼太はゆっくりと。会話の最中で美里に近づくと、瞬間。
「なぁ、相原美里」
「っ」
彼女の肩に、手を伸ばす。
が。
「っ!?」
瞬間、反射的に手を引いてしまう程の熱が指先から伝わり、思わず涼太は退く。
「お前、」
「やっぱり、、なんかあるんだ」
「...何がだ」
「あんたのその反応。前も、私と沙耶ちゃんを捕らえた時、あの子に触れようとしてたでしょ?その手に、、何かあるんじゃないの?」
「ほう、」
目を細めて放つ美里に、涼太は冷静に息を吐いた。が。
ー何だよこいつっ、、どこまで見てやがるっ!?クソッ、マジでノらねぇ、、あの一瞬で、、そこまで把握したのか、?いや、その時は確信は無かった筈、、だからこそ二回目に会った時は俺の能力に対抗しようとはしてこなかった。いや、、それは俺が居たのが予想外だったからか、?なら、これもただの揺さぶりの可能性もあるか、?クソッ、めんどくせぇな、、もういい、一瞬で終わらせてやるー
涼太は見た目とは裏腹にそう力強く、感情を強く心中で叫んだものの、一度深呼吸をして、笑みを浮かべた。
「そうか、、なるほどな、」
「図星?焦りが見えてるけど」
「...ハッ」
「?」
美里が挑発を込めてそう放つと、涼太は嘲笑する。と。
「なら、お前の敗因は自分に酔っていた事だ」
「はっ、、!?」
瞬間、美里は腕に違和感を覚え、慌てて腕を上げる。と、そこにはーー
「な、、何、、これ、」
ーー死んだ皮膚の如く、鉄色に変色し、それが指先から腕を登って広がってきていた。
「お前、最初に気づいてたのに馬鹿だな」
「は、?」
「言っただろ?俺の能力は範囲攻撃。ああ、その通りさ。それに、その後に言った触れる事でってのも合ってる。...でもな、触れる事に意味がある。それに気を取られすぎたんだ、お前は」
「っ、、さっきのは、、演技って事、?」
いや、あれは演技では無く本当に焦りを見せていたのだが、と。涼太は息を吐くものの、それ故に美里は気づく事が出来なかったのだ。そして、美里はその反応によって、触れられる事への警戒の方が強くなっていた。
即ち、範囲攻撃ならば、触れられる事を防ぐよりも、触れられる程近くにいる事の方が問題なのだ、と。
「これは一度受けたら終わりの能力だ」
「は、?ま、まさか、、あんたの能力って、」
「ああ、その皮膚の色見りゃ分かるだろ?それは、俺の能力の効果だ」
☆
「え、、何、これ、」
目の前の愛梨の異変に、沙耶は思わず声を漏らす。と、愛梨は小さい声で呟く。
「私、もう、死ぬから。...これが、私に与えられた、、大将からの罰。大将の、能力」
☆
冷や汗混じりで、大翔はどんどんと顔色が悪くなる奈帆を見据える。先程まで普通に話していた筈なのに、だんだんと息は上がり、手足は震え、今にも衰弱死しそうだった。
「な、何なんだよ、、これはっ」
「だから、、これが、あの人の能力なの、、あの人の。...大将の能力」
「「「"毒"の、ね」」」
☆
「ど、、毒、?どういう事だよ、、毒って、、どんな能力なんだよ!?」
「そんなデカい声出さないでくれる?私死にそうなんだって、」
「ああ、悪い、、って、そうじゃ無くてよぉ!」
大翔は、その一言に眉間に皺を寄せ、疑問を投げかける。毒の能力。一見シンプルに聞こえるが、目の前のこれは一体どういう状況なのだ、と。大翔は頭を悩ませながら問う。
「だからそのまんまの意味だって、、毒の能力は、、その成分をコントロール出来る。人にとって有害なものも、微量であれば問題ないものもある。それくらい分かる?脳筋ゴリラ馬鹿」
「はぁ!?わ、分かるし!つーか、それがどういう事なんだよ!」
「はぁ、分かってないじゃん、」
奈帆は、大翔の返しに息を吐くと、改めて。簡単に、極力簡潔にまとめて告げる。
「つまり、既に私達の体の中には毒が仕込まれてたって事」
「は、?そ、それって、ずっと、、苦しかったって事か、?」
「だから、、話聞いてた?微量なら大丈夫なんだって。でも、、その量を調整できるんだよ。大将は。ここまで言えば分かる?」
「つまり、、あいつにその毒の量を増やされたら、、死ぬって事か、?」
「まあ、、厳密にはその成分なんだけど、、あんたにしては上出来かな」
「はっ!?てめっ」
呆れたように返す奈帆に、大翔は前のめりになって声を上げる。即ち、涼太が好きな時に殺められるという事である。言うなれば、奈帆達は時限爆弾を付けられている様なもので、その起爆スイッチを彼が持っている。という事である。
「...で、私達があんたらに負けた時、、それか、誰か一般人や罪の無い人を殺した時にそれが発動して、自動的に私達が毒死する様になってる」
「は、?ま、まさか、、だからさっきから自分には後がねぇみたいな言い方してるのか、?そ、それに、一般人を殺しちゃいけねぇなんて、、お前らが、、考えるのか、?」
「あんた達は一応大罪人だからねぇ。...自覚持った方がいいよ。自分の正義に酔うのは分かるけど、、でも、誰が正義かなんて、、そんなの分からない」
「...それ、、自分達にも言えるだろ、」
「両方に言ってたの」
大翔の言葉に、奈帆はぶっきらぼうに答えると、彼もまた「そうか」と小さく呟いた。と、その後。大翔はハッと、改めて目を見開いた。
「つ、、つーことはよ、、お前、今、俺らに負けた判定になってるって事か、?そ、その顔も、、毒のせいなのか、?」
「だから言ってるじゃん、、あの時から、私達の運命は決まってたんだよ」
「あ、、あの時、?」
「そう、パニッシュメントにスカウトされて、、入ったその日の歓迎会。その時"食事"を、、した瞬間から」
奈帆は、歯嚙みして、悔しそうに口にする。
「...面白そうって、、思った、、愛梨ちゃんも、、断れない性格だから、、入って、それで、私も釣られて入って、、そのせいで、」
「お、おい、、話が分からねぇ、、食事って、、どういうことだ?」
「大将が、王城に居る人間を全員誘ったの。それで、集まったのがあの時のメンバー。今は欠けてるけど、五人のメンバーになった。その面子で歓迎会があって、、その時出された料理は、普通に王城で出されてるものと同じだったけど、」
「けど、?」
「それを運んだのは、、大将だった」
「は、運んだのは、?」
「そう。大将が運んだって事は、、その料理に少量の毒を入れる事も出来るって事」
「っ!そ、それで、」
大翔が驚愕する中、もう既に限界が近いのか、奈帆は震えた声と体で彼に詰め寄る。
「っ、お、お前、起き上がるなって、」
「ねぇ、脳筋、、お願いがあるんだけど、」
「な、何だ、?あ、ああ、魔石!魔石があれば、解毒出来るかもしれねぇよな!何かしら方法あんだろ。待ってろ!直ぐに何かーー」
「いいから、、お願い。肘曲げて、拳を上にして、、それを、こっちに差し出して」
「ど、、どういう形だ、?」
「はぁ、、こう、」
奈帆は、自分で作ってみせる。まるで腕相撲をする様な、ガッツポーズのような。そんな形で、腕を前に出した。
「あ、ああ、、分かった、、でも、どうしてだ、?」
「いいから、」
「おぉっ!?おまっ、何考えてっ」
すると、大翔が構えたその拳の上に、ゆっくりと、奈帆は顎を乗っけて彼を見つめた。
「お、俺はこんな趣味ねぇぞ、?そ、それにっ、こんな事やってる暇ねぇって!早く回復をっ」
「ねぇ、脳筋、」
「は、?つーか脳筋脳筋呼ぶなって!」
「私、、何であんたにこんな真剣に毒の事全部話したと思う?」
「はぁ、?ま、またそういうのかよ、」
大翔は塞がっていない左の手で頭を掻くと、奈帆は少し間を開けたのち、俯き気味に目を逸らして告げた。
「愛梨ちゃんは、、守って欲しいの、」
「え、?」
「あの子だけは、、こんな苦しい思いしてほしく無い、、だから、全部話したの」
「っ」
「お願い、、毒から、、あの子を、愛梨ちゃんを、、救っ、ごふあっ!?」
「っ!おい!大丈夫か!?」
「手、、動かさないで、」
「っ」
突如大量に吐血し、胸を押さえる彼女に、大翔が近寄ると、それを止める様にそう放つ。
「うっ!?クッ、、くぅっ!?あぁっ!?」
「っ」
息苦しいのか、悶える様に蹲りながら、左腕を垂らす。その腕は、既に真っ黒に見えて、血が通っているとは到底思えなかった。
「ごぽっ、、ごはぁっ、、がはっ、、ゲホッ、、けほっ、」
「お、おい、」
大翔が身を乗り出す。口だけで無く、鼻や目からも、血が溢れ出し、肌の色が浸食する様にして全てが鉄色となる。と、奈帆はゆらゆらと、構えたままの大翔の拳の上に、同じく顎を乗せる。
「あんたの事、、今も嫌い、」
「なっ、んだよ突然、、俺も、お前の事は好きにはなれねぇよ、」
「そう、、なら良かった。私も、あんたの事は嫌い。ずっと、、前からずっと。琴葉の事好きなの知ってから、」
「んだよ、、ただの嫉妬か?」
「ふふっ、、最初はそうかもね」
「おい、それ今は俺単体で嫌いって意味じゃねーか」
奈帆はそこまで告げると、掠れた声で。弱々しく、そう最後に放つ。
「でも、、でもね、、今は、、あんたが、、琴葉を好きになってくれて良かったと、、思う、」
「っ!?」
「あの子、、やっぱり、、変わったもん。...あんたと、付き合い始めて。...元から、騙してたのは、、事実だし、、あの子の好きな人は、一人だけど」
奈帆は小さく零すと、「でも」と。最後の力を振り絞る様に、優しい表情で付け足す。
「あの人によって変えられちゃった琴葉の性格を、、元々の素直で優しい部分を少しずつ取り戻せたのは、、あんたのお陰だと思うから」
「は、?す、素直で優しい、?」
大翔は、最初に奈帆から話された内容を思い返し、冷や汗を流す。ずっと、辛くて、思い詰めていた。大翔を騙す事を躊躇し、一人で背負っていた。それが、もし、大翔の力でその感情が戻ったのだとすれば。
「...ありがとう」
小さく、奈帆は。大翔に絶対聞こえない様にと、あえて小さく放った。すると、大翔の拳の上で顔を上げ、力強く託した。
「愛梨ちゃんの事、、お願いね」
「はっ!?お前、だからどういうつもりだよ!?まだ間に合うって言ってーー」
「もう駄目。...手遅れだから、、早く、やって」
「やってって、、何を、?」
「内心気づいてるでしょ?この拳を、、本気で。思いっきり、振り上げてよ」
「は、?」
「あんたの能力なら、、私の首くらい、一瞬で飛ばせるでしょ?こんなにもやりやすい位置に居るんだから」
「な、、何考えてんだよ!?そんなのっ」
「早くして、、もう、ガチ苦しいから、、ねぇ、、早くしてよ、、我慢、、限界、だから。お願い、、もう、これ以上、」
奈帆は、苦しそうに息を切らしながらそう大翔にお願いする。本当に耐えきれない様子だ。いや、今にも息を引き取りそうな、そんな感覚だ。苦しませずに殺す。そうしてくれと、そう言っているのだ。
「...」
大翔は思わず拳を握りしめて目を泳がせる。ここで、こんな事をしてしまっていいのだろうか。まだ可能性はあるだろう。回復を待った方が良いのでは無いか。色々と、脳内には感情が溢れた。駄目だ、殺してはいけないと。いや、殺せないと。大翔はそう、脳が身体を食い止めていた。
が、その矢先。
「早くっ!やれよっっ!」
「っ!」
奈帆が、血を吐き出しながら、喉を破壊する様にして大声を出す。それに、大翔は驚愕し、後退ると、その後。
「クッ、、クッッソォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」
大翔は叫びながら強く目を瞑ると、その勢いで。
バチュンッ!
強く拳を振り上げた。
「...あ、、あぁ、」
吹き飛んだそれを、大翔は目で追う様にしながら、天に向けて顔を上げる。力無く、座り込み、手を垂らす。その目の前で。
顔の無くなった、奈帆だったものが、糸が切れた様に倒れた。
「あぁ、、」
掠れた声で小さく、唇を噛みながら声を漏らす大翔は、その後、空から彼女の頭が降って来る中でも、空を見つめていた。
そんな彼にーー
ーー大量の赤黒い雨が降り注ぎ、全身をそれに染めた。
「あ、、あぁ、、ふざけっ、、ふざけんっ、なよっ!」
拳を握りしめ、血溜まりとなったその赤い地面に、強く殴りを入れ、大翔は蹲ったのだった。
清宮奈帆、異世界内での死亡が、確認された。




