213.正常攻略
「ばけもの」
愛梨はそう呟きながら矢を四本沙耶に向かって放つがしかし、それをピンポイントで軌道上で潰す様に岩が生え、その間から一瞬で彼女が目の前に現れた。
「っ」
それに愛梨が目を見開いたがしかし、それよりも前に。足元から岩が生え始め。
「クッ!?」
風の魔石で慌てて後退る。その岩は、今までの様な突き上げる様なものではない。先が、人を容易く貫ける程に尖っていた。
その岩に驚いた、その一瞬の隙に。
「っ」
その岩は砕け、沙耶が拳を構えて現れる。と、次の瞬間には既に。
岩が変形し大きさが倍となった拳で殴られ、先程砕けた岩の破片が吹き飛ばされる愛梨を襲う。それを空中で到達する前に矢で一個ずつ破壊する中、彼女に向かって地面から岩が生え、壁の様なものが出来ていく。と、それが愛梨を追い抜かし、彼女の背後に壁が出来ると。
「ぐはっ」
吹き飛ばされていた彼女は激突する。それと同時に、彼女に向かって出来た壁を、沙耶が高速で走り抜け、目の前にまたもや現れる。が、今度はーー
「っ!?」
腕の岩を伸ばし、先を尖らせた、まるで剣の様なもので、勢いよく愛梨を斬りつけた。それを既のところで交わした愛梨の背後。彼女を止めるために生えた岩は、その一回の振りだけで、真っ二つに斬り刻まれる。
「うっそ、」
それに愛梨が珍しく驚愕を見せ冷や汗を流した、その矢先。
「ごはっ」
目の前の沙耶は続け様に愛梨を蹴り、またもや吹き飛ばす。その後、彼女に向かって地面から尖った岩が無数に生えると、腕と脚を貫く。だが、そうなりながらも、その勢いは止まる事無く吹き飛ばされ続ける。それによって、刺された岩はスライドする形で腕や脚を貫き、その後その岩は破裂した様に粉々となり、その破片が追い討ちの如く愛梨に向かう。
「うっ、ぐっ!?」
普段表情が表に出ない愛梨が、顔を大きく歪める。だが、そんな中でも向かう岩に対処するため、石を手にしては矢に変換させその破片を破壊していく。
だが。
「っ!?」
またもや背後に壁が現れそれを止める。いや、それに激突した愛梨を包み込む様に、瞬時に岩が変形して彼女を閉じ込めた。
と、そのまま大きさを小さくしていき、圧縮していく。彼女の能力では、そこから抜け出すのは至難の業だろう。爆破で崩すにしろ、爆破に耐性がないのだ。どんな魔石を用意したとしても、少なくともダメージを受けるのは確実である。
と、思われたが。
「っと、」
その包んだ岩は、突如水となり、中から愛梨が現れる。そう、彼女の能力は変換。触ったものを、変換出来るのだ。即ち、愛梨が触れた、自身を閉じ込めている岩を、水へと変換させたのだ。
それにより、難を逃れた愛梨だったがしかし。
「グッ!?」
その先には沙耶が居り、拳で殴ったのち地面から更に岩を生やして愛梨を吹き飛ばす。と、そののち、沙耶は飛び上がり、石を飛ばして追いかけようとする。が。
「っ」
沙耶の背後から、無数の刃が伸び、背中を突き刺す。
「変換、刃の魔石」
掠れた声で。だが、まだ負けないと。強く告げる様に愛梨は短く口にする。そう、先程変換し水にしたそれは、まだ一回目。地面に滴り落ちた水は、後一回変換が可能だったのだ。それ故に、沙耶は油断した瞬間を狙われた。だが。
「っ!?」
突如、沙耶はその刃を抜き取り、魔石からも取り、それを愛梨に向かって放り投げた。その数三本。
「クッ」
愛梨は矢を放ち、それに当て弾く事に全力を尽くす。よって。
「っ」
そこには隙が出来、周りに浮かせた石を飛びついで沙耶が背後に回って現れる。と、沙耶は突如両手から岩を伸ばし、愛梨の顔を挟む様に、顔周りに岩をやると。
「っ!?!?」
瞬間、岩を爆散させ、その破片を顔にぶつける。がしかし、沙耶の本当の目的はそれでは無く。
「グッあ、、うっ!?」
それによって起こる、音。それが、耳の良い愛梨に、耳元で聴かせる。それは即ち、彼女にとっては地獄でしか無いのだ。故にそれに頭を押さえ、隙が生じる。その瞬間に。
「ん」
「ぐはっ!?」
沙耶は一瞬で愛梨の前に詰め寄ると、右手から岩を伸ばし、剣に変形させ彼女を斬りつけ、そののち回転して蹴り飛ばす。
「う、、うぐっ」
腹から血を流しながらも、懸命に意識を保ち空中で回転すると、落下ダメージだけでもと矢を放ち、風の魔石で落下を防ぐ。だがしかし。
「っ」
それにより浮き上がった先で。またもや岩が周りを浮遊したのち愛梨を閉じ込める。それに、またかと。愛梨は同じく石を変換させ脱出しようとするものの、それよりも前に。
「ぐはっ!?」
岩を爆散させ破片を身体中に突き刺したのち、その上から沙耶が蹴りを入れ、地面に叩きつける。と、その勢いにより浮き上がった愛梨を、続け様に脚の岩を強化して蹴り付ける。
「ごぶあっ!?」
それに吹き飛ばされる愛梨だったが、遠くには行かせないと。数メートル先に岩が生え、彼女を激突させると、そこから更に尖った岩が生え腕を突き刺し貼り付けにする。
「かはっ」
それに、力無く座り込む愛梨は、血を吐き出し、意識を失った。すると。
「っ!」
ふと、それとは対照的に、意識を取り戻した様だ。目を見開いた沙耶は、慌てて目の前の状況を把握する。
「え、、嘘、」
信じられなかった。冷や汗が噴き出した。これを、自分の手で行ったのか、と。いや、そんな事よりも、早く岩を消さなくては。いや、一度刺したものは抜かない方が良い。だっただろうか。沙耶は追いつかない頭で懸命にどうするべきか考えるものの、とりあえずと。岩を小さくし、愛梨を解放する。
が。
「惜し、、かった、」
「えっ、」
その瞬間、意識を失っていた筈の愛梨が声を漏らし、地面に落ちている石を手に取って口にする。と、同時。その石は魔石へと変化する。それは、普段からよく見る魔石。
そう、回復の魔石に、だ。
「っ!?」
効果は半分。だが、周りにある石を無数に回復の魔石へと変化させる事で、回復を循環させて負傷を確実に減らしていく。
沙耶は、何も出来なかった。心の何処かで、回復して欲しいと。そう願っていたからかもしれない。自分を、人殺しにしないでくれ、と。
「...」
そんな中、ゆっくりと愛梨は起き上がり目を細める。
ーなんか、、さっきとは違う。まるで、別人ー
愛梨がばけものと呼んだそれの面影は消え、今目の前に居るのはいつもと同じ沙耶であった。ならば、今しかないのかもしれないと。愛梨は真剣な表情で弓を構える。
「っ」
それに、沙耶はまだやるのか、と。同じく構える。が、目の前の愛梨は、完治はしていないものの先程と比べ傷は大分消え去っており、自身の圧倒的な不利を感じる。
だが、先程よりも穏やかなのは確かである。あのままでは、きっと愛梨を殺してしまっていたかもしれない。何だったのだろうか、先程のは。本当に自分なのだろうか。色々と、感情が溢れそうになるものの、今は目の前の相手に集中しなくては、と。沙耶は悩む。愛梨を、傷つけずに止める方法。誰も失わずに決着をつける方法。
一か八か、賭けるしかない。
沙耶は目つきを変えて周りから岩を生やし行先を防ぐ。そう、美里達の居る方向への道を、完全に防いだのだ。もしその作戦が失敗しても、向こうにだけは行かせないと。そう強い意志を示す様に。
「っ」
その覚悟にか、愛梨は目を剥く。碧斗の様に、頭の良い作戦は思い浮かばない。だが、沙耶の全力で考えた作戦。失敗するわけには、いかない。
「負けないっ!」
「安全策を考えてる時点で、負けてるよ」
沙耶の岩の壁を一瞥して向かってくる彼女に、考えている策を察したのか愛梨が息を吐くと、耳を澄ます。沙耶は高速で岩を乗りつぎ、大きく周りながら愛梨との間合いを詰めていく。それ故に、目で見るよりも、風を切るそれを聞き分ける方が早い、と。
「そこ」
と。三本の矢を放つものの、沙耶はそれを右手の岩を広げた盾で防ぐ。だが、放ったそれは三本。それが魔石に変化し爆破をしたのち、それを裂く様にして最後の一本がガラ空きとなった腹に打ち込まれる。だが。
「ん!」
爆破も耐え、岩を高速で復旧させる事で、瞬時に愛梨の前に現れる。
「っ」
そんな愛梨に沙耶は蹴りを入れると、更に足の岩を伸ばしてその勢いでスピードを上げると。吹き飛ばされた愛梨の背後に岩の壁を作り、直撃した彼女に拳を入れる。
「ぐはっ」
流石にそれには対応出来ずに、愛梨は血を吐き出す。と、続いて壁として生やした岩を変形させて愛梨を取り込むと、沙耶は腕の岩を伸ばして剣とし、包んだ岩を変換で破壊すると同時に斬りつける。だが。
「っ」
愛梨はその中で音を聞きつけたのか既にしゃがんでおり、それによって拾う事の出来た小石を沙耶に投げては魔石に変換し刃を伸ばす。が。
「ん!」
「クッ」
今回は距離が近かったがために爆破をするのを躊躇し、沙耶の外壁を壊す事が出来ずに刃を入れた。それによって、体には到達する事無く、沙耶はそのまま愛梨に蹴りを入れる。
と、またもや吹き飛ばされる愛梨は空中で向きを変え、沙耶に向かって矢を二本放つ。
「っ!?」
それを、同じ様に腕から生やした岩で防ぐと、それは氷の魔石となり、腕を凍らせる。
「嘘っ」
思わず沙耶の口からは声が漏れる。唯一、沙耶の岩のアーマーに欠点があるとすれば、それは全て沙耶の体と接している点である。故に、愛梨の中でもその攻撃が一番手応えがあったのだろう。それ故に、沙耶は腕が凍り、腕自体が動かせなくなる。
恐らく、先程の反省から矢を二本用意し、凍る速度と威力を高めたのだろう。そのため、前の様に岩の変形で凍りを直ぐに破壊する事は出来ずに、ロスが発生する。
と、それに続いて。
「お返し」
愛梨は続けて残りの二本のうち一本を、沙耶の足元に放つと、瞬間。岩の魔石で先の尖った岩を生やし、それに慌てて沙耶は避けるものの。
「あぁっ!?」
右足を貫通する。
「うっ!?クッ」
「ん、、避けられた、」
それに、愛梨は残念そうに呟いたのち、これで終わりだと。即座に足元に矢を放ち、岩の魔石で同じ様に尖った岩を生やす。一度貫通した岩。自分の岩でないがために変形させる事も出来ず、直ぐに抜く事は困難である。そのため、即座に放たれたそれには。
「かはっ!?」
対応出来ずに腹にそれが貫通した。
「ぐぶぉはっ、」
口からは赤黒い液体が溢れ出す。その様子に、愛梨は息を吐く。やれやれ、と。
「危なかったけど、これで終わり」
「はぁ、、はっ、、はぁ、」
ー殺した方が良いとは思うけど、大将を待った方がいいのかなー
身動きの取れない沙耶を前に、愛梨は悩む。と、その瞬間。
「ふふっ」
沙耶は、冷や汗混じりに。辛そうにしながらも、微笑んだ。
と、それと同時に。
「っ!?」
愛梨の周りからは岩が生え、彼女を岩で閉じ込めた。
そう。彼女が物体変換が出来るのは五つまで。そう言っていた。故に、今この岩を変換させてしまったら、最初に変換した氷の魔石が消え去り、沙耶の手が自由となる。既に瀕死の状態なのだから問題ない。そう考える可能性も高い。だが、先程までの「あれ」を、愛梨は見ているのだ。瀕死の状態から、覚醒する可能性がある事も、理解しているだろう。
ならば、彼女も下手に動くよりも、沙耶をここで留まらせる事で皆の元へ行かせない様にする。そう、結論を出す筈。
と、そんな甘い考えを、沙耶は思い作戦を実行した。
だが。
「っ!?嘘っ、」
瞬間、目の前の、愛梨を閉じ込めていた岩がまたもや水となり、中から彼女が現れる。
だが、肝心の沙耶の腕はーー
ーー凍ったままであった。
「えっ、何でっ」
変換出来るのは五つまで。その筈である。いや、それが彼女の嘘で無ければの話だが。まさか、と。全てが嘘だった事を察し冷や汗を流した。
だが、と。
愛梨は微笑んだ。
「残念、変換は五つまで。その考えはいい。でも」
愛梨はそこまで言うと、左手をひらひらと。動かして沙耶に見せた。
「っ!」
そこで、沙耶は理解する。愛梨が五つ変換したもの。それを、よく考えなくては、と。まず、二つの氷の魔石によって、沙耶の腕の自由を奪った。続いて、一つの岩の魔石で片足を固定。そののち、新たな岩の魔石で腹を貫いた。
そう、残り一つ。忘れているでは無いか、と。
愛梨がひらひらとさせる左手。そこにはいつもーー
ーー弓を、持っていた。
「!」
即ち、その石から変換させたであろう弓を、削除対象にした事により、岩の壁を乗り越えたのだ。
瞬間、理解と同時に。目の前には愛梨が現れる。恐らく、ここで殺すつもりだろう。水への変換は、自身を外に出すためだけの変換。直ぐにそれを削除対象にすれば、新たに変換が出来る。故に。
「っ」
「ここで、殺る」
愛梨は沙耶に、変換で作り上げた剣を突き立てた。やはり、生かしておくのは危険だと判断したのだろう。動けない内に、確実に。そう目つきを変えた愛梨。
だったが。
「負けないっ!」
「っ!?」
瞬間、沙耶は腕にずっと移動させ膨張させていた岩を、破裂させる事によって氷ごと愛梨に飛ばす。一度きりの攻撃。一発勝負。だったものの。
狙いは、完璧であった。
「クッ、、って、、何、?」
そう、その氷が飛んだ先。そこは、愛梨の腕と脚であった。
「二個、、魔石を飛ばしてくれて、、ありがとう、」
「っ!?まさかっ」
そう何かを察して目を丸くする愛梨を、刹那、沙耶は岩を地面から生やし閉じ込める。これで、成功だと。
「はぁ、、はぁ、、これで、、もう攻撃出来ないでしょ?」
その岩を、前だけ僅かに破壊して、沙耶と愛梨の、お互いの顔を見合う形を作り上げる。そんな中、沙耶はボロボロの体で、自信げに微笑む。その顔は、冷や汗混じりで引き攣ってはいたが。
「...はぁ、、やられた。氷の魔石、二つは、、間違った、」
そう。沙耶の一発勝負の、一か八かの作戦。それは、氷の魔石で腕を凍らせられた時から、始まっていたのだ。
触れたものを変換出来てしまう愛梨。そんな彼女を、痛めつけずに攻撃不能にさせるのは、無理があった。だが、一つだけ、可能性があったのだ。
そう、彼女を攻撃不能にさせる唯一の方法。それは、既に変換出来ないもので、手足を塞ぐ事。
即ち、沙耶は腕を凍らせた氷の魔石を、愛梨の腕と脚に飛ばし、彼女の手足を、既に二度の変換を経た後の氷の魔石で封じたのだ。沙耶の腕を凍らせ続けなければならない関係上、魔石を腕につけておかなくてはならない。故に、沙耶が岩を、氷の内側から破裂させれば魔石も一緒に飛んでいくという考えだ。
更には、彼女は変換の能力者。つまり、魔石の調整までは出来ない。故に、一度腕や脚についてしまった氷の魔石は、新たにものを変換して、削除しなくてはずっと発動し続ける様に変換されていたのだ。そのため、腕と脚は既に変換を経てしまったもの以外に触れることはできない。つまり、と。沙耶はそう作戦を整理したのち、息を吐く愛梨に目つきを変えて放つ。
「これで、、もう岩から出られないでしょ?」
手で無くても触れれば物を変換出来てしまう都合上、脚も固定せざるを得なかった。
「...はぁ、降参」
と、対する愛梨は呆気なくそう口にすると、岩の中でしゃがみ込む。
「まさか、、貴方、一人に、、負けるなんて」
「私を、、甘く見ない事だねっ、」
沙耶は、荒い息を零しながらも微笑んで見せる。すると。
「なら、、早く殺して、」
「えっ」
「え、?殺さないの?」
「殺さないよ!何のために、、私がここまでっ」
「...でも、殺さないと貴方を貫いた岩は消えないけど」
愛梨の言葉に、沙耶は目を剥きながらも、少しの間ののち浅い息を吐く。
「大丈夫。みんなが、、きっと来てくれるから。待ってる。そこで私に刺さってるこれ抜いてもらって、、回復の魔石で、、回復してもらうから、」
「はぁ、、ただの願望、」
「っ!そ、それでもっ」
「でも、、私も、、ここで負けるのを、、どこかで望んでた、、かも」
「えっ」
沙耶の言葉を無視し、愛梨はしみじみと。岩の中で空を見上げ鼻で息を吐く。
「終わりたかったから、、こんな、世界、」
「な、、何言ってるの、?だから私は貴方の事、殺したりなんか、」
「ううん。死ぬよ」
「え、?」
突如、その場が静寂に包まれ、時間という概念が消え去ったかの様な感覚に陥った。何だ。今、彼女はなんと言った、と。沙耶は冷や汗混じりに声を漏らす。
「貴方が私を、、殺そうと、、そうしなかろうと、、結局、、死ぬ」
「え、」
「もう、、終わりだから。私は」
そんな、意味の分からない言葉を放つ愛梨に、その瞬間。
突如、頰の外側から伸びる様に。広がる様にして、皮膚が鉄色になっていった。




