207. 盲点
「とりあえず、終わり。次は合流して、、っ」
愛梨が小さく呟きながら踵を返そうとした。その時。
「ん」
突如煙の中から愛梨に向かって石が飛び出し向かう。それを既のところで避け、手に弓と矢を生成すると、その矢先。
「ジャイアントッ!ロック!」
「...」
その煙を裂く様にして、巨大な人型の岩が現れる。先程中庭で生み出したそれと、同じ物だったそれに、愛梨は僅かに目を見開きながら見上げる。
「...」
大きい。その一言であった。その高さは王城を超え、横幅も王城の一棟と同じ幅はあった。それがガラガラと、僅かに動くたびに零れ落ちる石の破片が、音を立てる。
「はぁっ、はぁ、はぁ」
沙耶はその中で、息を荒げながらも懸命に彼女を見据える。逃すものか、と。
「美里ちゃん達のとこにはっ、行かせない!」
「はぁ、馬鹿、」
そう声を上げる沙耶に、愛梨は息を吐きながら、無情にもそう呟くと、瞬間。彼女に向かって沙耶が。いや、その巨大な岩の拳が向かう。
がしかし。
「っと」
「っ」
自身の真下に向かって愛梨は矢を放ち、それを風の魔石へと変化させると、それによって飛躍し、その拳の上に飛び乗る。
と、その上でバランスを保ちながら、愛梨はその岩から小石を三つ程剥がして手に取り、それを上に投げたのち、矢に変形したそれを弓で放つ。
「うっ!?」
と、それは沙耶の居る頭部めがけて飛び、そこに突き刺さっては爆破を起こす。
「その攻撃は、逆効果」
「うぅっ」
小さく呟く愛梨を振り落とすべく、沙耶は懸命に腕を振るものの、その上で更に風の魔石で空中に飛び上がると、またもや頭部に三本矢を突き刺し爆破を起こす。その後、そのまま着地点に矢を放って風を起こし、ゆっくりと着地する。
「っと、」
「はぁ、はあっ、」
それを目にし、沙耶は冷や汗を流す。現在の沙耶が出せる全力。それが、この巨大な岩を出す技。ジャイアントロックである。がしかし、その攻撃法は、明らかに愛梨とはミスマッチであった。
「私の能力は変換。物を最大五つまで変換させる事が出来る。だから、無駄」
「クッ」
愛梨は余裕げに、能力の説明を口にする。だが、それを知ったからとはいえ、沙耶はどうする事も出来ないのだ。
巨大な岩は、体の一部となっているわけでは無く、あくまで自身の周りを岩で固めているだけの状態。即ち、人型にする事によって扱いやすくはなっているものの、岩を操作する行為と何ら変わりないのだ。それ故に、明らかなロスと、行動の遅さが生まれてしまう。それを狙っての瞬時の行動力。そして、沙耶が居ると把握している頭部だけへの攻撃。この能力を今まで見て来た中で学んでしまっている愛梨には、能力以前に、明らかに分が悪かった。
「...うぅ、」
だが、どうする、と。自身に沙耶は問う。何か彼女に対抗する手立てはないか。そんな事を考えながら拳を振り上げたが、瞬間。
「意味ない」
「っ」
愛梨はまたもや真下に矢を放つと、今度は前方に向かって走り出す。その瞬間、地面に突き刺した矢が時間差で風の魔石へと変化し、彼女の背中を押す形で起動する。
「っと」
それにより普段の二倍の速度で沙耶の真下へと潜り込み、矢を二本ほど土台となる岩に突き刺したのち、スライディングをしながら地面にもう一本の矢を突き刺す。
「爆破」
その小声と同時に沙耶の土台となっていた岩が爆破を起こすと、愛梨の地面に放った矢の方は風を起こして彼女を空へと飛び上がらせる。
「っと、」
「っ!?」
一瞬の事に、気が付かなかった。愛梨は、土台に矢を突き刺しながら移動し、いつの間にか背後へと移っていたのだ。それを、背後で飛び上がったのちに気づいた沙耶は、目を見開くがしかし。
その時にはもう時すでに遅し。
飛び上がった愛梨は、既に三本の矢を有しており、同時に三本をーー
ーー人型の岩の、後頭部に突き刺した。
「ん」
その後、愛梨は落下しながら真横。人型の岩の腹の部分に矢を突き刺すと、瞬時に風を起こして自身を岩から大きく離し、回転をしながら地面にまたもや風の魔石を変換で生み出してはゆっくりと着地した。
と、その瞬間。
「っ!きゃっ!?」
沙耶の岩。ジャイアントロックの後頭部に突き刺した矢が、爆破を起こす。
「くっ、うぅ、」
大きな衝撃に、沙耶はギュッと目の前の岩の壁を掴みしゃがみ込む。
先程から、ゆっくりと頭部を破壊していたのだ。彼女の能力により生み出されたそれは威力が軽減されているがために、なんとか破壊されずに済んでいたものの、それを補う程の矢の数と、上手く破壊するための角度の調整。また、それを実現するための、土台の爆破というカモフラージュ。その全てが、神崎愛梨の戦闘技術であり、能力が使いこなせて、更に戦闘慣れしているからこそ実現出来たものであった。
「う、」
その事実に、沙耶は息を飲む。相手は、ここまで戦闘慣れしているのか、と。彼女の動き、目つき、その全てに、覚悟が見えた。まるで軍人と戦っているかの様な戦力差。これでは、直ぐにやられる。そう思った、瞬間。
「終わり」
「えっ」
愛梨の言葉と同時に、岩の後頭部がまたもや爆破を起こす。そう、彼女は、あの時に気づかれない様に小さな魔石を忍ばせておいたのだ。それの起動時間をズラす事で、隙を作り、その最後の一撃によってーー
「っ!」
頭部が破壊され、沙耶の姿が露わになる。と、その爆破によって意識がそちらに向き、爆破の煙や砕けた岩によって妨げられた視界の、その先から。
一本の矢が、沙耶の眼前に現れた。
「嘘っ!?くぅっ!?」
既のところで。慌てて避けた。故に、目に向かっていた矢は僅かに逸れ、目の横を擦りながら通過した。と、思った瞬間。
「っ!」
それはまたもや爆破の魔石へと変化し、ゼロ距離で爆発する。
「これで、確実」
その様子を確認したのち、愛梨は小さく零して、改めて奈帆と合流するため裏へと歩みを進めたのだった。
☆
「...なるほど。それは、、智也君か?それとも、大将か?」
奈帆の、"残されたもう一人"という発言に、碧斗は畏怖を覚えながらそう問うた。
「ん?あー、そうそう、大将の方」
それに、奈帆は何かを隠す様にしながら気だるげにそう返すと、碧斗はニヤリと。微笑んだ。
「ん?何。どうしたの?」
「...いや、、助かったよ。それだけで、十分だ」
「は、?何なの、いきなり」
奈帆が怪訝な顔をする中、碧斗は少し間を開けたのち、低く呟く。
「智也君は、現在行方不明。違うか?」
「っ、、あんた、」
「図星みたいだな」
やはりか、と。碧斗は奈帆の反応に微笑む。最後に会った際の、智也の様子。恐らく、パニッシュメントへの不満や、疑問を抱いていたに違いない。何が引き金となったのか、何が彼を突き動かしたのかは不明だが、奈帆は確実に、パニッシュメントは後一人しかいないと。そう宣言してくれたのだ。
恐らく、大将が居なくなる事は無いだろう。あったとしても、それはもうパニッシュメントでは無いはずだ。ならば、と。彼女が"パニッシュメントには残り一人"。その事実を言った時点で、確定となったのだ。
「つまり、その残りの一人である大将が相原さんのところに居る。それはつまり、他のパニッシュメントのメンバーが水篠さんと戦う心配はないって事だ」
「やっぱりね」
「どうした。開き直りか?」
同時期に、美里もまた涼太に向かって息を吐いた。
「絶対、あいつらが私を簡単に行かせるなんて事は無いって思ってた。それに、あいつに関しては私に怒りを抱いてるから、私一人を回収してでも戦いに来ると思ってた」
「何が言いたい?」
「つまり、あんた達の狙いは、私達をバラバラにして、一人ずつ捕まえる作戦だった。まず、元々は私だったのかもしれないけど、翼を使って一人を引き剥がす。そこから、音波の力で抑え込みながら、他のみんなを追い詰める。それでも失敗した時は、今回は沙耶ちゃんを一人にさせて、こっちで情報を聞いた一人が沙耶ちゃんのところに戻ったところを、あんたが相手する。そして、一対一に持ち込んだあんた達がそれぞれ勝った後、時間稼ぎをしてた清宮奈帆のところに戻って残りを倒す。それが、作戦だったわけでしょ?」
「なるほど。それを理解した上で、わざと捕まりに来たという事か」
「そう」
美里の解説に、涼太はこちらの意図を把握している事を察し、そう返す。それに、美里は自信げに返すと、涼太は馬鹿が、と。嘲笑う様に笑みを浮かべた。
が。
「でも、あんた達の作戦には穴がある」
「穴?」
「そう。あんた達が、一対一で、私達に勝てると思ってるところ」
「何?」
美里の宣言に、涼太は眉間に皺を寄せる。それに、答え合わせだと。そういう様に、我々の作戦を放った。
「ここにあんたが居る時点で、沙耶ちゃんの方に敵が増える事は無い。私達はーー」
「俺達は、水篠さんが一対一で負ける筈無いと、信じてる」
一方の碧斗もまた、同じく奈帆にそう宣言した。
が、しかし。
対する彼女は、微笑んだ。
「何それ。ただ信じてるだけじゃん。確証の無い事に希望抱くのやめときなよ。希望が失われた時絶望するよ?」
「そん時はそん時だ。俺はずっと、そう生きてきたからな」
「だから利用されるんだよ間抜け」
割って入る大翔に、奈帆は嫌悪を見せるものの、対する彼はフッと。皮肉を込めて笑みを浮かべた。
「色々、まだ整理出来てねぇけどよ。でも、ただ騙されたって時よりも、お前の言った様に頼られた実感あるし、理由が見えた今の方が、なんか俺的には楽なんだ。...まだ分からねぇ事だらけだからよ。さっさと終わらして、俺は話つけてぇんだ」
「はぁ。揃いも揃って馬鹿ばっかだね〜、ほんと。まず、向こうに居るのは愛梨ちゃんだけじゃ無い。王城全体が敵だってこと忘れたの?」
大翔の覚悟と共に立ち上がる姿に、奈帆は呆れた様に息を吐いた。と、そんな中碧斗は、軽く。だが普段よりも低く、そう口にした。
「いや、忘れてなんかないよ。それよりも、清宮さんこそ忘れてない?」
「何が?」
「ここは王城だ。智樹君との戦闘で理解したでしょ?ただ俺達だけを狙う連中ばかりじゃ無いって事」
碧斗は、ニヤリと微笑みそう放つ。そう、ここは王城。他の皆も集まっている。それを、あえて利用して。王城である事をパニッシュメント側は利用するだろうと先読みをしながら、それを逆手に取って作戦を立てた。そう言わんばかりの表情で。
が、しかし。
「ははは」
「「「?」」」
奈帆は、馬鹿にした様子で笑った。
「いやぁ、馬鹿だなぁ、」
「...ハッ、、それは、終わった後に言う事だぞ?」
奈帆の言葉に、碧斗は鋭い目つきで対抗する。と。
「ははは、、なんか、水篠沙耶の方ばっかり気にしてるみたいだけどさ、」
「え、?」「?」「っ」
奈帆の切り出したそれに、樹音が声を漏らし、大翔が首を傾げる。そんな中、碧斗は何かを察する。
問題は沙耶では無い。そう、考えるとーー
「一番やばいの、相原美里だからね?」
「「「!」」」
奈帆は、形勢逆転だと言う様に、空中で腹を抱えて笑った。
「大将には絶対に勝てないよ。どんだけ頑張ってもね」
奈帆は、元から美里を狙っていた。もし、大翔によってその作戦が狂わされたのだとしたら、奈帆が皆を集め、他の人物に美里を捕まえさせる。そう、考えるのでは無いだろうか。確保した美里を、奈帆の手で痛めつけるために。
と、いう事は、最初からパニッシュメントの狙いはーー
「大将と、、相原さんの、一対一の状況を作り上げる事、」
「んふふ〜、せーかい。少しはマシな頭してるみたいね。そうっ!大将は、"周りに人が居ない時"が最強なの。彼の本気を、相原美里にぶつけるための、舞台作りだったわけ」
「っ!クソッ!嘘だろ、、嵌められたっ、!」
冷や汗混じりに。その言葉を耳にしたと同時。碧斗は焦りと共に、崩れ落ち絶望に俯いた。
と、そんな中で。
彼は、俯きながらニヤリと微笑んだ。まるで、それも作戦だという様に。




