204.意志
「はぁっ、はっ、ど、どこまで飛ばされたの!?」
「わ、分からないっ!だけど、王城裏の方に移動したのは確かだっ!」
あの場から抜け出した碧斗達は、大翔が連れて行かれたであろう方向へと足を進めていた。
「で、でもっ、円城寺君の方も、心配だよっ」
美里と碧斗が会話を交わす中、沙耶が息を上げながらもそう切り出す。それに、その通りだと。碧斗は首を捻る。
「樹音君がどうなってるかは分からない。でも、この騒動だ。俺らにフォーカスが向いてる可能性は高い」
「...それでも、」
碧斗の返しに、沙耶は表情を曇らせる。それはそうだ。王城全てを敵に回しているのだ。いくら我々のところに多くの騎士や転生者が集まっていたとしても、樹音の方に一人も向かわなかったという保証はない。
更には、こちらにヘイトを向けてしまったが故に、我々が「向こうの音が聞こえなくなっていた」可能性もあるのだ。
もし樹音の方でも戦闘が行われていた場合、こちらと同様衝撃や音が響いていたはずである。そのため、碧斗は走りながらも悩む。
「...ど、どうするか、、また別れて捜索、、ってわけにもいかなそうだな、」
「せっかく三人は揃ってるのに、それで更に手分けしたら意味無いし、戦力不足になるのは目に見えてる。...円城寺君には悪いけど、場所の特定がしやすい橘君を優先した方が、私はいいと思う、」
美里も、渋っての回答だろう。だが、今はそれしかないのだ。樹音がバレていない事を願いながら、大翔と合流するのが得策だと。碧斗もまた渋々頷いた。
「で、でも、」
それに、沙耶がまたもや不安げに呟いた。
と、その瞬間。
「「「っ!」」」
廊下の目の前にまたもや矢が突き刺さり、今度はそれが爆破する。
「けほっ、けほっ、、う、嘘でしょ、?」
「はぁ、、やっぱり、そう長くは持たないか、」
美里と碧斗が、爆破による煙の中でそうぼやく。と、四棟から見える外。中庭から、こちらへとゆっくり近づく愛梨の姿があった。
「みんなっ!とりあえず逃げてくれっ!ここは俺がっ」
碧斗が叫び、愛梨が歩いている事をいいことに、煙を目の前に出して足止めを行う。が、しかし。
「なっ!?」
「えっ!?」
対する美里と沙耶が、走り出すと同時に声を上げる。それに怪訝に思った碧斗が振り向くと、そこには。
向かう先。廊下を塞ぐ様にして立ち塞がる岩が置かれていた。
「な、何、これ、」
「沙耶ちゃんのじゃないの?」
「ち、、違う、、それに、動かせない、」
「まさか、」
沙耶が冷や汗混じりに呟きながら、必死に能力を使用するものの、その岩はビクともしない。その光景に、碧斗は何かを察して目を細めると、そのまま愛梨に視線を移す。と。
「そう。それは、私が出したもの」
「...そんな事も出来るのかよ、」
「これは、物体変形の魔石」
どうやら予想が当たった様だ。短い返しだったものの、碧斗のその視線によって、彼女も察したのだろう。と、その後愛梨が付け足したそれに首を傾げた碧斗だったが、同時に、沙耶は力を込めた。
それを目の隅で見据えた碧斗は、ほんのりと微笑む。
「早くそこから離れた方がいいと思うぞ」
「ん?」
「強者感出して、ゆっくりジワジワ迫るのはやめておいた方が良かったって話だ」
いまいち理解出来ていない様子の愛梨に、碧斗が付け足してそう告げると、刹那。
「っ」
彼女の真下。地面から大きな岩が生えて、愛梨を包んだのち、一棟方面。いや、その更に先へと、大きく放り投げた。
「え、、お、おお、、なんか、やり過ぎじゃないか、?あれ、死んでるんじゃ、」
「えっ!?い、いやっ、大丈夫だよっ!だって、あんな凄い人だし、きっと今のも上手く着地、、出来てる、」
沙耶の容赦のない攻撃に碧斗が冷や汗混じりに放つと、彼女もまた慌てた様子で返した。と、そんな二人に対し時間がないと言うように、美里が振り返りながら切り出した。
「今のうちにっ!」
「あっ、そ、そうだねっ!とりあえず、せっかく水篠さんが作ってくれた隙だ。この間にっ」
「うん!任せてっ」
皆慌てて振り返る中、沙耶は目つきを変えて愛梨が作り上げた岩の目の前に、先の尖った岩を斜めに生やして威力を高める。
と、その瞬間。
その岩を砕いて切り離し、それによって目の前の岩に向かって勢いよくその岩を放った。
「凄いな、、そんな事も出来るのか」
それ故に道を塞いでいた岩の中央が砕け、皆が通れる道が現れる。その光景に、碧斗は思わず驚愕に声を漏らした。
「確かに、自分の意思で砕く事が出来る以上、これは不可能では無いけど、」
「将太君も、爪を飛ばすっていう、これと似たような方法で攻撃してたっけ、、やっぱり能力適合力が凄いな、、水篠さんは」
美里が顎に手をやり放つと、碧斗もまた前に似たようなものを見たと、小さく呟いた。
「えっ、そ、そうかな、?ありがとうっ」
そんな、驚きと同時に尊敬の言葉を放つ二人に、沙耶が表情を明るくした。
が、その矢先。
「「「っ!」」」
突如、またもや皆の前に矢が現れ突き刺さり、それは今まで同様爆破を起こした。
「なっ、、なんで、」
「や、やっぱり、生きてる、」
美里が冷や汗混じりに口にすると、一方の沙耶は僅かに安堵した様子で息を吐いた。この矢は、愛梨のもので間違い無い。即ち、まだ生きている証明だろう。がしかし。
「な、なんで私達の位置を把握出来たの、?」
そう。先程王城の外側に大きく吹き飛ばしたはずである。そんな距離から、我々の位置を正確に把握し、そこに正確に撃ち込むなんて事が、本当に出来るのだろうか、と。美里は目を細める。
沙耶の放り投げる力はかなり強く、そう簡単にこちらに戻ってこられるものでは無いだろう。彼女の能力を今までの中で察するに、飛躍や瞬間移動なども出来ないだろうし、こちらに戻るためには、少なくとも一棟を経由しなければいけない。それを、こんな直ぐに行えるだろうか。
「...もしかすると、まぐれの可能性もあるし、こちらに向かって当てずっぽうに矢を放ってるだけかもしれないよ」
真剣に考える美里に、碧斗が返すが、その後。
「なっ」「えっ」「っ!」
またもや、目の前に矢が飛んできては突き刺さり、爆破を起こした。
「「「クッ!」」」
いくら火力が小さかろうと。いくら美里の能力で少し軽減出来ていようとも、爆破を受けている事実は変わらない。即ち、碧斗達もゆっくりと体力を消耗しているのだ。
「それが狙いか、」
耐久戦。それが、既に複数の相手との戦闘後である我々を確実に弱らせるための方法。碧斗は彼女がそれを想定しているのだと考えたが、その隣で。
「やっぱり、、私達の事が見えてるみたい、予想で放ってるなら、きっと走り続けている想定で少し先に刺さるようにするはず、」
まぐれにしては出来すぎている。それが、美里の見解であった。だが、それは一理あると。碧斗もまた頷く。
「じ、じゃあ、、一体誰が、、っ!も、もしかしてっ」
そんな二人の会話に、沙耶もまた考え込む。が、その数秒後。沙耶は矢が飛んできた方向。即ち中庭、一棟方面を見渡しながら声を漏らす。
「...そうか、、その手があったか」
沙耶がハッとして向けた視線の先。それによって二人もまた察し、碧斗が目を見開き呟いた。
そう。その、視線を向けていた先はーー
ーー三棟の二階であった。
つまり。
「大井川さんが、、信号を送ってる可能性大だな」
碧斗が鋭い目つきで呟く。こちらに気づかれずに、我々の位置を、遠くにいる愛梨。彼女だけに伝える方法。それは、微調整した音。それが可能な彼女ならば、あるいはと。
「とりあえず、それが本当なら伝達による時差が発生する筈だ。全速力で走り抜いて、一刻も早く裏に向かおう」
碧斗の、二人の考察を経ての結論に、沙耶は賛同する。
と、それ故に走り出した。が、それと同時に。
「っ!待って!」
突如美里はそう声を上げ、中庭へと足を踏み出した。それに首を傾げる一同の中、美里は一つの小石を見つけ出し、それをーー
「っ!」
ーー三棟の二階。即ち、三久が居るであろう方向へと大きく投げた。
「沙耶ちゃん!あれっ、変形させてあいつ閉じ込めて!」
「えっ!?あ、うん!」
美里の叫びに、沙耶は頷き、変形させて三棟を塞ぐ。
「ご、ごめんっ、大井川さんがどこに居るのか分からないから、、全部塞いじゃったけど、」
「ううん、ありがとう。寧ろその方が好都合」
そんな感謝を告げると、美里は皆を促してまたもや裏へと走り出す。その様子に、碧斗はそうか、と。内心で呟く。
我々の行動を見ている以上、数回の攻撃で当たらない事を悟った三久は、その先の行動を促すだろう。即ち、愛梨に先回りするよう促すという事だ。美里はそれを阻止するべく、彼女を岩で覆ったのだ。
彼女が出しているのは音波に過ぎない。即ち、岩で防がれては既に伝達の策は無いという事だ。今までの様に音波で岩を砕く事も可能だが、それを行うがために耳を澄ましているであろう愛梨はダメージを受ける。それを配慮する事を想定すると、この行動は得策だと思える。
が、しかし。
「これなら行けそうだっ、、なっ!?」
皆が四棟の出口の方へと歩みを進め、裏へと続くドアを視界に収めた。その先で、碧斗は思わず声を上げた。
そこには。
夥しい数の矢が、既に突き刺さっていた。
「...嘘、」
「な、何、、これ、」
「既に想定済みって事か、」
恐らく、元々美里を奈帆が裏に移動させる予定だったのだろう。あの場で仕留め損なった際、必ず裏に駆けつけるだろうと想定していたがために、先に矢を用意しておいたという事だ。
「つまり、、時限式爆弾って事だな、」
「でも、あっちがこちらの様子が分からない以上、爆破の可能性はかなり低いんじゃない?」
碧斗の呟きに、美里もまた目を細め呟く。そう、彼女は自らの意思で爆破させていると思われる。と、いうよりも、矢から爆破の魔石に変形しているといった方が正しいだろうか。ならば、こちらの様子が分からない今、美里の言う様に爆破の可能性は低い。
と、思われたが。
「っ!危ないっ!」
「えっ!?」「なっ!?」
突如背後から何かが飛び込んで来たものの、それを既のところで沙耶が岩を生やし、防ぐ。と、その直後、それは大きく爆破し、沙耶の岩は粉々に砕け散った。
「ま、まさか、」
「どういう事、?」
碧斗と美里が爆風の中呟く。この爆破。これは間違いない。
「...な、なんで、」
絶望に呟く沙耶の視線の先。一棟の更に奥。王城の庭の方から、巨大な樹木が生えており、そこの頂上に一人。人が立っていた。間違いない。そこから矢を放ったのだろう。
あれは、愛梨だ。
「みつけた」
「クソッ、バレてたかっ」
「...あいつの応答が無くなった瞬間、私達が仕掛けてきたのを予想したってわけね、」
「裏に来るのを想定して矢を仕掛けてある以上、この選択は妥当ってわけか、」
美里の考察に、碧斗もまた頷く。
あそこから我々が見えるのだろうか。愛梨は聴覚が優れているだけで視覚は他の人と大差ないだろう。だが、恐らく四棟の裏口を使う事を予想していたのだ。そこに動くもの。つまり人が三人見えた時点で、我々だと確信したのだろう。
「で、でも、こっちは三人で、向こうは一人だよね、?流石に、分が悪いんじゃ、」
「いや、、それでも尚攻撃を仕掛けてくる理由。...それしかないでしょ」
「...クッ、、そういう事になるね、」
美里の返しに、碧斗もまた唸る。そう、これはただの時間稼ぎ。我々との耐久戦に持ち込むのであれば有利であり、更には大翔と奈帆の戦闘を先に終わらせるためでもあるだろう。大翔が負けるとは思えない。だが、もし万が一、奈帆だけでなかったとしたらどうだろうか。その場合、こちらで戦ってしまっては愛梨の思う壺だろう。だが、だからといって別行動になるのもまた、彼女達の思惑通りと思える。
どうするべきか。
碧斗は慎重に考える。
この矢の数ならば、あの爆破でも強大なものになるだろう。それを避けるためにはその隣の壁を破壊し、自ら裏へと続く道を作り出す他無いのだが。しかし、それを行っている最中に愛梨に狙われるだろう。それを阻止するために、一人は最低でも彼女の気を引く存在が必要である。
「...適役は俺しかいないか、」
現在の面子を考えれば、妥当な判断だろう。いや、元々囮に適役なのは碧斗だけだと。そう考えていたのだが。
「え、、伊賀橋君、何やってるの、?」
「...俺が神崎さんの気を引く。だからその間に壁を突き破って、ここから出てくれ」
「「駄目っ」」
美里と沙耶は二人して否定を口にした。
「な、なんで、?この壁を壊すには水篠さんの力が必要だし、囮になるのは一人がいい。そこで相原さんを抜擢した方が問題だ。ここは俺がーー」
「駄目。伊賀橋君一人で、なんとか出来るの?」
「...それは、」
美里の指摘に、碧斗は一度口を噤む。煙の能力は、数メートル先が限度である。愛梨が遠距離である以上、分が悪いのはこちら側だろうし、囮が時間稼ぎが出来ないのならば意味はない。それを伝えながら、美里が足を踏み出した。
が、その瞬間。
「「っ!?」」
突如、矢が突き刺さっていないところの壁を沙耶が岩で破壊し、こちらに向き直って足を踏み出した。
「私が時間稼ぐからっ!早く行って!」
「...水篠さん、?」「沙耶ちゃん、?」
碧斗と美里は、沙耶のその言葉に目を丸くする。確かに沙耶もまた、今まで囮になろうと考える性格だったものの、今のそれは違う。
その表情は、愛梨を止めてみせるという、覚悟の表情だった。
「ここは王城内だからっ!また他の人達も駆けつけてきちゃうかもしれないでしょ?」
「...」
沙耶の切り出しに、碧斗と美里は無言で悩む。確かに、沙耶の能力は大勢を相手した時に発揮される。それが美里であれば、一度に皆を相手しながら愛梨を止める事は不可能だろう。ならば、どうするか。碧斗はそこまで考えたのち、目を深く瞑って俯く。
こうして考えていても仕方がない。この間に、大翔はピンチに陥っている可能性があるのだ。更には目の前の愛梨は、中庭に樹木を生やして伸ばし、自身の足場として段々とこちらに迫って来る。
それ故に、美里の「それでもっ」という言葉を遮って、碧斗はそう伝えた。
「分かった!直ぐ大翔君を見つけて、直ぐ戻ってくる!その後のことは、合流してからだ!」
「っ!うん!」
「えっ!?嘘!?あんた、沙耶ちゃんを見捨てる気!?」
沙耶の笑顔と共に放たれた返事に、碧斗もまた一度微笑んで美里の方へと向き直る。それに、驚愕した様に。どこか憤りを見せている様に声を上げる美里だったがしかし。
「大丈夫だ」
「何が!?」
「...水篠さんのあの表情は、、体を張って囮となり、彼女を止める。そんなものじゃ無かった」
「え、?」
それは、碧斗とよく似た性格だからこそ分かる。そして、前から見ていたから分かる変化。その、以前までの沙耶が、今回の様な時に見せなかった変化を、碧斗は不安げに見つめる美里に微笑んで放った。
「絶対に勝つ。そんな自信に満ち溢れてたんだ。...水篠さんを、、信じよう」
☆
「...逃がさない」
奥へと。穴の開いた壁から抜け出す二人を見据え、愛梨は樹木の上で構える。が、その瞬間。
「っ!」
目の前に突如、尖った石が向かい、慌ててそれに矢を放ち破壊する。
「...水篠沙耶」
愛梨はその攻撃を見て、誰によるものかを察し口にする。がしかし。その当人は視界には映っていない。
「...中庭には、、いない、?」
おかしい。明らかに中庭方面から放たれた筈である。それを思った、刹那。
「っ!」
愛梨の目の前に。中庭から、彼女と同じ樹木の如く岩を生やしてそれを伸ばしーー
ーー眼前に、岩に乗った沙耶が現れた。
「二人が見えない。どいて」
「絶対にどかない!絶対行かせないから!」
「行かなくてもここからなら殺れたのに、、まあいいや。先に、水篠沙耶。貴方を殺す」
淡々と話す。それ故に、沙耶は本当に放っているであろうそれに冷や汗を流したものの、その覚悟は、変わらなかった。




