202.特徴
「大人しく、捕まって」
目の前から近づくその女子に、頭痛に耐える碧斗達は座り込みながらもゆっくりと後退りした。
必死に思考を巡らせながら浮かび上がったその策。碧斗はその可能性に賭けながら、辺りを見渡す。恐怖を見せながら冷や汗を流す沙耶と、碧斗のそれに勘づく美里。それぞれの表情から、碧斗もまた微笑む。
美里に、"それ"を伝えるかの如く。
「...はぁ、、まだ逃げる事考えてる?それ、意味ない」
「は、はぁっ、やって、みないと、分からないだろ、?」
碧斗は頭痛に耐えながら無理矢理笑みを作ってみせる。こちらが優先であると、相手に思わせるために。
が、しかし。
「強がり。もっと素直に自分の弱さを自覚してれば、ここまでする必要無かったんだけどね」
三久は息を吐いてそう呟き、音波を強める。
「「「クッ!?」」」
それにより、もう既に逃げられない。そう思わずにはいられない状態に陥る。これが、彼女の策略だろう。相手に作戦を考える知能を与えない。考える事自体を、苦痛に変えるのだ。
だが、甘い。
碧斗はフッと。一度微笑んで彼もまた三久の顔周りに煙を放出した。
「っ!?クッ、、うっ」
来ると予想していたのだろう。三久は煙が現れる音と共に呼吸を止め、目つきを変えた。だが、そう長くはもたない。またもや耐久戦かと。双方は覚悟を決めた。
が、刹那。
「「「っ」」」
それに援護する様に、皆の目の前に、矢が通り抜けた。
と、瞬間。それはまたもや我々の前に到達したと同時に魔石へと変化した。白寄りの黄色。それは、間違いなく、光の魔石であった。それを目視した、一瞬で。
碧斗はニヤリと微笑みそれを手で取った。
「「っ!」」
隣の美里、沙耶はそれぞれが目を見開く。まるで、ここに矢が飛ばされ変化する事を予期していたかの様な動きに。
「なっ」
そんな碧斗の行動に驚いていたのは、何も美里達だけではない。
三久もまた、目を開いた。
と、その表情を碧斗は見据え、彼女もまたそれに微笑む彼の表情を見据えた。
するとその矢先。
碧斗はその魔石を、思いっきり三久の方へと投げた。
「くらっ、、えっ!」
「っ!」
そう、碧斗は確信したのだ。「二つの事」を。
一つ目は、愛梨が必ず援護に入るという事。先程の攻撃もそうだが、三久もまた碧斗達との戦闘は二度目であり、そろそろ決着をつけたい様子であった。そのため、耐久戦を覚悟したと同時に、確実に音波のみならず、そこに愛梨というもう一つの弊害を与えてくるだろう、と。
そして二つ目は、愛梨は高確率で、また"光の魔石を使う"という事である。
先程、愛梨には見えるはずも無いが、美里と交わした視線での合図。それを、三久が見据え、それを「音」として彼女に送っていたと推測するならどうだろうか。
三久と愛梨。奈帆が元々居たものの、珍しい面子である。だが、愛梨を遠距離にして、そこに誰もフォローが居ないのは不自然である。もしかすると奈帆が愛梨の方へ移動する可能性もあったが、美里を狙っていた時点で、元々別行動をするつもりだっただろう。
即ち、この二人の"共通点"。音が関係しているとするならば、と。
愛梨は我々に聞こえない程遠くの音まで把握する事が出来る。更に、三久は音波を自在にコントロール出来る。なら、愛梨の聞き取れる音の周波数を把握していたとするならば、遠距離で、我々に悟られぬ様指示を送るのも可能である。
つまり、美里と碧斗の二人が何やら視線を送り合っている。それを三久に見せ、以前美里によって爆破の火力を調整し、威力を変化させられた事を目の前で目撃した愛梨に送らせる。その行為によって、高確率で爆破の選択肢は消えるだろう。ならば、一番手っ取り早いのは先程使った光の魔石だろう。そう考えたのだ。
後は光の耐性のない三久にそれを投げつければ、我々と同じ境遇になる。その隙に逃走は可能だと。そう考えたのだ。
一か八かだったが、碧斗はその一瞬でその魔石が光である事を察知出来た。これで、いける。碧斗はそう確信し、微笑むと共に踵を返し皆に促しながら廊下を戻る。が。
「フッ」
「!?」
彼女は。三久は、笑っていた。
「な、何が、おか、ぐあっ!?」
「な、何!?この、音っ!?」
突如、普段は聞いたことのない様な音が響いた。今までで聞いた事の無い音。音波である。だが、今までの様に大きく害のあるものには思えない。なんだか、むず痒い感覚だ。それを耳にしながら走る碧斗達だったが、そんな一同にーー
ーー三久に向けて放ったであろう大量の光が、碧斗達を襲った。
「ぐあっ!?」「うっ!?」「へっ!?」
閃光。三久に投げたならば、ここまで目が眩む事はないだろう。以前の爆破と同様、愛梨の生み出す魔石は、普通のものと比べると僅かに性能が劣っているためだ。
がしかし、これは、直接受けた時と同じ感覚。それ故に碧斗達は油断もありバランスを崩してはその場に倒れ込む。
「な、、何、これ、」
沙耶が零す中、碧斗が僅かに察していたそれを、美里が目を細めて放った。
「...光を、、跳ね返した、わけ、?」
そう。にわかには信じ難いが、三久の放った音波によって、その魔石の光が跳ね返されたのだ。不可能、とは言えないだろう。実際にハイパーサウンドと呼ばれる光を超えた音波が実在する。それによって跳ね返した光によって、音として我々が認識出来るという話もある。即ち、先程の聞いたことのない音はそれが関係しているのだろうか。
理系の美里には少しは原理が理解出来るのかもしれないが、碧斗は細かいところにまで頭が回らなかった。ただ、言えることは。
「クソッ、」
我々は詰んだ、ということだ。
光がゆっくりと薄れ、碧斗達は僅かに直接受けてしまった光の残滓を振り払おうと頭を押さえながら立ち上がる。まだ、可能性はある。このまま、走り抜ければ。
そう考えた矢先。
「っ!」
「ああっ!あいつらあんなところにっ」
遠くから近づく足音。これは、騎士達のものだろう。それと同時に、向かいの二棟。その一階から顔を出す転生者達が、今の戦闘によって我々を認知する。
このままではマズい。碧斗が冷や汗混じりに、諦めるわけにはいかないと廊下を走り抜けようとしたがしかし。
「ぐあっ!?」「「!?」」
またもや、人体には有害な音波が我々を襲う。
「クソォッ!」
碧斗は、がむしゃらに、またもや有害な煙を、対抗する様にして放つ。がしかし。
「っ!?クッ、けほっ!がっ、あっ!?」
「ぐはっ!?へっ、、ひっ、、なんっ、でっ」
その煙は三久の周りだけで無く、いつも以上の威力を出したためか、碧斗から放出されてしまっていた。
即ち、三久の音波と同じ、碧斗を中心として範囲攻撃をしてしまったのだ。
「がっ、かはっ!クッ」
それに苦しそうにしながらも、三久は微笑んだ。範囲攻撃。それは即ち、敵味方関係無く苦しめてしまうということの意。
だがしかし、やはりいつも以上の煙故に、三久は今まで以上に直ぐに酸欠状態となる。このまま押し切れば、と。
隣で苦しむ皆にドクンと。早まる鼓動がどんどんと大きく。締め付けられるかの様に苦しくなる中、そこに。
「っ」
またもや、愛梨の矢が目の前に突き刺さった。
マズい。
負が重なってしまった。
逃げ場はない。
だが。
それのおかげで。
揃ってしまった。
碧斗の、望んだものが。
「フッ」
その光景に、思わず碧斗が口角を上げた。
刹那。
「ここだっ!」
「っ!?」
碧斗はそう叫ぶと同時、先程まで有害なものだったその煙をーー
ーーいつもの、目眩しに使っている煙へと、変化させる。
それに目を剥き、三久は焦りを見せる。それと共に、先程目の前に現れた愛梨の矢。それの場所を把握していた碧斗は、煙の中で矢を掴むと。
「おらっ!」
それがまたもや魔石に変化すると共に。それを、先読みしていたが故に、投げる。
今度は三久。では無く、"愛梨"の方へ。
「えっ、くっ!?」
窓の外。向かいの棟の屋上に居た愛梨目掛けて投げたそれは、空中で魔石に変化し彼女の目の前に現れる。
そう、これが狙いだったのだ。
「うっ」
目の前で光の魔石の効果を発動したそれによって、愛梨は思わず声を漏らし、腕で顔の前を隠しながら強く目を瞑る。
ーマズいっ、まさか、狙いは神崎愛梨ー
その、愛梨の僅かな声を音の振動として把握した三久は、煙の中の碧斗達に向き直る。このままではマズい、と。そう冷や汗を流した、瞬間。
「逃げるぞっ!みんなっ」
碧斗が一同に促した声が響き、三久は目つきを変える。
「逃がさない」
いつにも増して言葉を強く放ち、それと同じく音波もまた強大なものを、広範囲に広げる。
が、それによって。
「うっ!?くぅっ!?うぅっ」
「!?」
愛梨の呻き声が、小さく耳に入る。それに気づいた三久はしまったと。顔色を悪くしながら察する。
そうか、これが狙いだったのか、と。
「フッ」
それと同時に、碧斗の僅かに微笑む息遣いが、聞こえる。
碧斗の作戦。それは、先程の「失敗」から始まっていたのだ。
愛梨が確実に光の魔石を使ってくるか。そして、その石はどのくらいの力で投げればどこまで届くのか。それを三久に投げる事によって計りながら、三久に攻撃をしようとしていると。三久自身に植え付けさせたのだ。
更には、そののちの逃げる方向。先程の失敗の際、碧斗達は"あえて"廊下の奥へ引き戻し、その場を離れようとした。それもまた、三久に「固定概念」を植え付けさせるための方法の一つ。
だとしたら、即ち。
「クッ!」
三久は煙の中、窓側に目をやる。
三久の性格は、冷静で淡々としている、愛梨タイプ。と、思いきや、案外考え込んでしまう性格で、焦りを感じている一面も存在する。即ち、三久はただそれを見た目から判断しにくいというだけで、感情に左右されやすいのかもしれない。
会ってから大した会話もしていない。数日の関わりだったが故に、一か八かの賭けであったものの、それが当たった様だ。
その予想が正しければ、煙に戸惑うはずである。今まで、三久の前では大して濃く無い煙で、有害なものを与えているのみであった。そのため、今回でここまで濃い目眩し用の煙を見るのは初めてだろう。
光の魔石だけでは愛梨のサポートは止められなかった。彼女には聴力という武器があるため、視界を一時的に奪っただけでは、碧斗達の足音を聞きつけてしまうだろう。
だからこそ、それを逆に利用したのだ。視界を奪われた愛梨は必ず聴力へと意識を集中させる。遠くの足音。更には我々特定のものを聞きつけようとしているのだから。だが、そこに先程の三久の思考を逆手に取ったらどうなるだろうか。
初めから有害な煙を全体に放出していた事により、一瞬で、この場に濃い煙を充満させる事が出来た。それには三久もまた焦りを見せただろう。我々が廊下の奥へ逃げると言う固定概念がある今、逃すまいと音波の範囲を広め、威力を高める選択をとる筈だ。だが、それは現在聴力に集中している愛梨には猛毒でしか無い。
ただ、そんな一瞬で良かった。
愛梨がこちらへの集中を解いて、三久が我々の作戦を理解する。その、一瞬。
その一瞬の隙が、碧斗は欲しかったのだ。そして、その僅かな隙でーー
「おらっ!」「きゃっ!?」「うっ!?」
ーー碧斗達は皆、窓辺から飛び出した。
「待てっ」
それを追おうと、碧斗の作戦を把握した三久が同じく窓辺から飛び出す。が、もう遅い。まるでそう告げる様に碧斗は微笑んだのち、笑みを浮かべそう叫ぶ。
「あとは頼んだっ!思いっきりやってくれ!水篠さんっ!」
「うん!任せてっ!」
碧斗と沙耶。それぞれがそう叫んだと同時、飛び出した先である中庭の地面から沙耶の能力で巨大な岩が生え、それがあの時と同じく腰から上の巨人の様な形に変化し、それが落下する碧斗達を取り込むと。
それは拳を大きく振り上げ、三久に殴りを入れた。
「っ!させっ」
それに反応し、三久は慌てて音波を放つ。以前同様、岩をも砕くそれでだ。が、しかし。
「ごぶっ!?」
その岩はヒビが入り砕け、粉々になりながらも「形を保ったまま」三久を殴り抜けた。
「がはっ」
それによって王城内に吹き飛び叩きつけられた三久は口から空気を吐き出すと、続いてその岩の巨人は手を広げ大きく反対の棟へ。廊下内を通り抜ける様にして手を突っ込み横に流す。
それ故に、王城内では悲鳴やら叫び声が上がり、場が混乱する。そう、そこには先程目視した転生者達が存在していたのだ。
こればかりは流石にやり過ぎなのでは、そう考えた碧斗だったがしかし、これこそが今の彼女なのだ。優しい心の持ち主であり、謙虚で可愛らしい。だが、我々に危害を加える、"敵"と判断した時、沙耶の思考は。
まるで別人格の様に変化する。
「す、凄いな、」
だが、これが必要だったのだ。これこそ、皆が恐れた、どんなに大勢に囲まれ不利になったとしても逆転出来る一手。水篠沙耶と岩という能力。その二つが重なっていたが故に、今起こせた事だ。
と、それを碧斗が思ったのち、その岩は変形し、中に居た碧斗達を下に降ろすと、瞬間。
その巨大な岩は、破裂した。
「っ!」
「美里ちゃんっ!お願いっ!」
「えっ、あ、うん。任せて」
それと共に沙耶が美里に振り返り放つと、その破裂し砕けた岩一つ一つに、炎を纏わせる。人工的に、隕石を作り上げたのだ。
「これで、なんとかこの場は切り抜けられそうね」
「うん!この間に、行こっ」
美里と沙耶がそれぞれ碧斗に促す中、この光景に苦笑を浮かべる。と、それに何かを察したのか、美里は一度首を傾げたのち、ああ、と。言葉を漏らして付け足す。
「大丈夫。炎もそんな大きなものじゃ無いし、沙耶ちゃんの石も、人に大きな被害を出さない様に速度を調整してるから」
「な、なるほど、」
それにしても、大胆だ。そう内心で思いながらも、まずは大翔と樹音が先だ、と。碧斗もまた頷き、この騒動を利用して中庭から四棟へ。裏に行くため足を踏み出した。
と、そんな中。
「...はぁ、、ほんと、なんでもあり」
彼らの能力や作戦に、息を零しながら愛梨は起き上がった。




