201.隠蔽
「ああああああああああっ!」
「なるほど、こういう事も、」
「面白い。次はこれを試そう」
「ああああああああっ!やめろっ!?やめてっ、やめてくれっ!お願いだっ、、お願いしますっ!もう、やめてっ」
薄暗い監獄。王城の別棟。周りに備え付けられた僅かな炎の灯火に照らされながら、智樹は悲鳴を上げた。
「おお、これならどうかな?」
「うぎっ!?がぁぁぁぁぁっ!」
どうやら、こちらの声には一切聞く耳を持っていない様子だ。腕枷を付けられた智樹は、周りに集まる騎士達に、なす術もなく身を任せていた。
が、そんな中。
「ん、?なんだ、、なんか寒くなってきたな、」
「これもこいつの能力か?」
「なら面白いんだが、、そうすれば国王様もお喜びになられますね」
「とりあえず、炎の魔石を持ってこよう。凍え死んだらたまったもんじゃ無い」
「能力ならそれもあり得そうだな」
そんな、普段とは全く異なる口調で話す騎士達は、それを交わしたのち、「大人しく待ってろよ」と一言告げ、その場から去った。
その一瞬の隙。今しかないと、智樹はなんとかして抜け出そうと身を動かすがしかし。
その瞬間、突如。
「犯罪者は捕まると大変だな」
隣から声が呟かれた。
「っ!?だ、誰だっ!?」
「そんなビビんなよ、海山智樹、だったな。久しぶりか?...お前、死は救済。その苦痛もおもしろいんじゃないのか?」
「...てめぇ」
薄暗い牢屋の奥から、ゆっくりとその人物は現れた。そこに居たのは、智樹と同じ犯罪者。桐ヶ谷修也だった。
「てめぇも捕まったのか?ダセェな」
「はは、んなわけ無いだろ。さっき侵入したんだよ」
「自ら牢獄に来るとか、物好きだな」
ニヤニヤと微笑む修也に、智樹は皮肉を込めてそう返す。と。
「にしても良かったな。お前、これを望んでたんだろ?」
「どういう意味だ、?」
「この国はなかなか黒いねぇ。処刑の前に拷問するなんてさ。何か情報があるわけでも無いのに。見せしめにもしないなんて勿体ないと思うけど」
修也はそこまで言うと、ふと表情を消し、智樹の前にまで歩みを進め低く呟く。
「君さ、なんでさっき逃げようとした?」
「...は、?」
「だって言ってたじゃん。死ぬ前に、死ぬ事以外のあらゆる苦痛を味わいたいんだって。こんな最高な舞台、そうそう無いと思うんだけど。それで逃げようとしたのはなんで?」
「修也、てめぇ、もしかしてそれを言うためだけにここに来たのか?」
そう放つ修也に、智樹もまた睨みつける様にして低く問う。と、それに浅く鼻で笑うと、修也は首を振った。
「お喋りのためだけに騎士を追い出したりしないよ」
「なら、どういうつもりだ」
「騎士と言えばあいつら突然言葉遣い変わったよな。俺らが犯罪者になった途端あれかよ」
「おい、答えろよ。早くしないと戻って来るぞ」
ガシャンと。ボロボロの体で身を乗り出し、手枷に繋がれた鎖を大きく揺らす。それにふふっと修也は一度微笑むと、ニヤリと続ける。
「お前、本当のお前はどっちだ?」
「...は、?」
「大量虐殺。快楽主義者。猟奇的殺人者。あの時のその顔と、普段の学校に居るお前。今は後者だ。あの日俺に引き立て役みたいに挑戦してきた馬鹿と同じ顔になってるぞ?」
「お前ぇ!?ふざけんなっ!調子乗りやがって!学校でも自由に過ごしてっ、まぐれか知らねーけど、この学校で一番を仕切ってる奴らのうちの一人ボコボコにしたからって調子乗ってんじゃねぇよ!俺はっ、ずっと一人で真面目に過ごしてきたんだ。お前みたいなやつが、生き延びていい筈がない!」
「はは、それが本心か。学校でもそう思って過ごしてたんだな?別に調子乗ってねぇし、つーか、これ何回言わなきゃいけねーんだ?学校のやつらにも腐るほど説明したんだけどな」
智樹は、学校の事を思い返して目の前の殺人者に憤りを見せる。
「イキってんじゃねーよ。俺はずっと弱者だった。お前らみたいな奴から毎日毎日いじめられ、うんざりだった!どこに行っても底辺、世界のゴミみたいな扱いしかされなくて、お前みたいに相手を考えずに力だけでイキってる奴が大っ嫌いだ。この世界で俺は強くなった。あの人のお陰で、俺はっ、もうあの頃の俺じゃ無くなったんだよ!」
「...あの人、、ってのは、Sの事か」
「っ!...なんで、知ってんだ、?お前が」
「楽しくお話ししたからだよ。なるほど、それで智樹君のそれは磨きがかかってたわけだ。元々奥に潜んでいた歪んだ思考回路。一般的にサイコパスと呼ばれる様なズレた感覚。それを、あいつの英才教育で更に発現させたってわけねぇ、でも、今の智樹くんからはそれは一ミリも感じない。あの時の君から何も変わってないなぁ、、もしかして、」
修也はそこまで呟くと、目を細めて小さく付け足した。
「誰かに救われたりした?」
「っ」
修也の一言に、智樹は僅かに目を見開く。と、それを見逃さなかった修也はニッと笑う。
「やっぱ図星か。だから、この仕打ちの辛さも理解し始めちゃったわけだ。...いや、元々こんなの辛いだけなのは分かってた。だけど、それを求めるもう一人の自分を、演じてたって感じかな」
「おい、何が言いたい!?俺の何を知ってんだ!?」
「じゃあ逆に聞くが、そのSはお前と接点があったか?」
「そ、それは、」
智樹は修也にそれを迫られ、言葉を濁した。確かに、Sとはあの時初めて出会った。それと同時に勧誘されたのだ。"勝てる戦い方"を教えてくれると告げられ。
「ほら、大してないだろ?逆に、現世で同じ学校だった俺の方がよっぽど接点あるだろ?なんであいつの言うことは聞いたんだ?」
修也の問いに、智樹は歯嚙みし目を逸らす。
「...強く、なれると思った。お前みたいなやつをぶっ飛ばせる強さが、、それがただ、欲しかった」
「俺なんかをぶっ飛ばして何になる?」
「俺が直々に処罰を与えたかったんだ!この世界は不公平だ。真面目に、静かに頑張ってきた奴ほど、周りのうるせぇ奴らからいじめられる。そして大人になって、真面目になった時に周りから見直されるのは、そのうるせぇ奴らの方だ。ずっと頑張ってきた奴は普段から変わらないから何も言われない。逆に、いじめられた原因で将来が真っ暗になった奴も居るだろう。そうなった時、社会から見てまともなのはいじめてきたけど更生して誠実に仕事をする奴らの方だ。そいつらのせいで引きこもって未来を潰された真面目な奴は、まともじゃ無いって。社会不適合者と言われる。こんな世界、間違ってる」
「...」
智樹が息を荒げながら放つそれに、修也は僅かに視線を逸らして聞き入れる。すると、智樹は目つきを変えて修也を見つめて声を上げた。
「だからっ!だから力が欲しかったんだ。こんなトチ狂った世界変えれるくらいのな!」
「この世界を変えたって何も変わらねぇぞ?お前のそれは現実世界の話だ」
「...本当に言ってるか?」
修也の返しに、智樹は睨みつけながら低く放った。それに「は?」と短く口にする修也に、智樹は続ける。
「この世界だって同じだ。お前も分かるだろ?誰も殺しても無い奴らが、どんな理由で、何故そんな事をしてるのかすら知らずに、聞かずに、殺人者の味方をしてるからって理由で全員から目を付けられている事を。それと現世の何が違う。同じだ。上っ面の情報でそいつを判断して周りにイメージだけを伝え、集団でそいつを狙う。何が違うんだよ、現実と」
修也は、それを碧斗達の事だと結びつけ、唇を噛む。と、その後小さく微笑み、修也が返そうとしたその時。智樹はそれよりも先に微笑んで切り出した。
「でも、苦痛が救済だと思って、それを受ける事が快感である事は変わらない。...それに、現実には極力戻りたく無いんだ。まだ少しこの世界に居たい。だから、お前の言う通りここで生かされている事には感謝してるよ」
智樹が皮肉を込めながらも、ニヤリと微笑んでそう放つ。その表情は、「あの時」の彼が戻ってきた様に見えた。が、しかし。
それを遮る様にして、修也は声を上げ笑った。
「はっはっは!」
「...どうした?何か面白かったか?」
「いや、なら悪いな」
「...は、?」
「お前の最も嫌な未来を、お前に送ろう」
「おいっ、何をする気だ!?まさかっ、やめろ!?それ以上近づくな!?やめっーー」
声を荒げる智樹に、修也はゆっくりと近づくと、彼のズボンに一度触れる。と、その後。
智樹の体は全身が凍結し、息を止めた。
「...お前には、一番の地獄。この世界での死を与えるよ」
それを残してニヤリと微笑むと、背後から近づく騎士達の声を聞きつけ、修也はそそくさとその場から抜け出した。
☆
「...クソッ、、マズいな、」
「橘君、、大丈夫、かな、?」
「私なんか、、クッ、余計なことしてっ」
頭痛が襲う中、碧斗と沙耶、美里はそれぞれ奈帆の相手をしてこの場から立ち去った大翔の安否を心配し小さく口にした。
「向こうの心配もいいけど、自分の心配した方がいい」
と。奥から近づく三久がそう口にすると共に、近づいたが故に一同の頭痛が強まる。
「「「クッ!?」」」
頭を押さえながら、碧斗は目を凝らす。この廊下内に、小石が落ちていないか、と。小さなものでいい。なんなら砂利だって構わない。そう願うものの、生憎その場は綺麗に掃除されていた。
「...残念。石、探してたんでしょ?」
「っ!」
見透かした様な三久の発言に、碧斗は一度目を剥く。それに僅かに微笑んだ彼女は、更に足を進めながら、話もまた進める。
「ここ。王城の廊下は前の騒動でこの有様だから、あの後に清掃が入ったの」
「なっ!?」
「破壊された壁の破片。ガラスや瓦礫。それぞれが散らかってて、危なかった。私達転生者が暮らしているんだから、そんなとこを通って食事やらなんやらに行かなきゃいけない。それは、困るでしょ?」
「...だから、その際に王城は一斉掃除されたって事か、?」
冷や汗を浮かべる碧斗の問いに、三久は頷く。即ち、以前の様に外から入ってきた石は存在しないという事である。更に運の悪い事に、王城の壁はコンクリートで出来ていた。沙耶の能力では操れないものだ。それを分かっての行動だったのだろう。というより、この場所に誘導されたのだとすると、それも作戦の内か。
「...クッ」
そのため、碧斗は目を細め考える。ここは逃げるのが得策だろう。だが、何処へ逃げるか。外からは愛梨の攻撃が向かい、戻りでもしたら騎士の方々と出会してしまう。
そう。既に、我々は包囲されているのだ。
碧斗と美里はそれを理解して歯嚙みするものの、そんな中。ハッとした美里が頭痛に耐えながら碧斗に近づく。
「...ね、ねぇ、、外っ、行けない、?」
「っ」
彼女の一言で、碧斗は目を見開き壁に目をやった。
智樹の一件により既に窓は破壊されている。そこから脱出が可能では無いかと。ここが二階だというのが少し難点だが、その時はその場で対応すればいい。とりあえずはこの頭痛から逃れなくてはと。碧斗は立ち上がり窓辺に向かった。
が。
「っ!」
既のところ。あと僅か一センチとズレていたら目に突き刺さっていたであろう場所に。目の前の、向かいの棟から矢が通り抜けた。
「「えっ!?」」
それに同じく美里と沙耶が声を漏らし、碧斗がその矢を追って視点を背後へ向ける。
と、そこには。
もう既に矢は無く、先程まで矢が突き刺さっていたであろう壁には、魔石が存在していた。
「マズいっ!また爆破だっ!」
「っ!違うっ、これはっ、きゃっ!?」
「んっ!?」
碧斗が声を上げて皆に逃げる様促すと、その瞬間、その場一帯は閃光に包まれた。
「なっ、まさかっ!?今度はっ、光の魔石か、?」
碧斗が驚いた様に放つと、そこに尚も近づく三久が口元を綻ばせた。
「逃げようとしても無駄。あの人の能力は、矢でも爆破でも無い。彼女は、違う種類の魔石も出現させる事が出来る。もう、諦めた方がいい。網膜にダメージを与える光と、体に悪影響を及ぼす私の音波。それぞれによって、もうみんなは正常に思考する事もままならない。大人しく、捕まって」
「...嘘、だろ、」
浅く鼻で息を吐きながら、三久は改めて皆に告げると、そんな絶望と苦痛の中で、碧斗はふと目を細め、何かを察する様な表情を浮かべた。
☆
「ど、どういう事だよ、?それ、」
大翔が、恐る恐る口を開く。どういう意味だろうか。どういう意図だろうか。大翔には何一つとして分からなかった。これが彼を混乱させるための作戦であるならば、成功だったかもしれないが、どうやら奈帆の様子を見るに、本当の事の様だった。
「何も、、何も知らないのはあんたの方。琴葉と、、琴葉とあんなに一緒に居て、あんなにも色々話してくれて、、あんなにっ、ヒントがあったのに、、なんで一つも分からないの?」
「は、?なんの事だよ。さっきから、、何の話してんだよ、?」
「本当に何も分からないんだね」
大翔の返しに、奈帆は心底呆れた様に頭を押さえ息を吐いた。その様子に腹が立って。自分だけが分かっていると自慢している様に見えて。大翔は歯嚙みして思わず地面を蹴って奈帆に向かった。
「おいっ!馬鹿にしてんじゃねぇぞ!」
「事実を言ってるだけだけど」
大翔から逃げる様にふわふわと浮遊しながら後退る奈帆がそう返す。
「何も分かってなかった。ただそれだけのこと。怒る事でも嘆く事でもないよ。ただ、事実なだけ」
「だからっ!それがなんなのか聞いてんだよ!俺が何も知らなかったとして、何を知らなかったんだよ!?それを聞かせてくれねぇと、それが本当でも頷けねぇぞ!」
大翔は尚も殴りを続けながらそう声を上げるものの、ここは屋外である。圧倒的に奈帆が有利なのだ。
大翔には届かない上空を維持しながら、息を吐いて羽根を飛ばした。
「クッ!?んだよっ!話すつもりねぇのか!?」
「だから、言ったでしょ?ここで話しても記憶が無くなるんだから意味ない」
「まるで自分には死しか待ってねぇみたいな言い方だな」
「あんたがだよ。当たり前でしょ」
大翔がその羽根を避け、拳で撃ち落としながら冷や汗混じりにそう返すと、奈帆もまた呆れた様に返した。
「はぁ、、話してても埒があかなそうだな。分かった。話したくねぇなら構わねー。俺だって、外部の人間に俺と琴葉の事は話したくねぇからな。...ただ、お前も俺と同じ、琴葉が好きだった。解釈はそれでいいのか?」
「そんな簡単な事じゃないんだよ!」
大翔がやれやれと。息を吐きながら要約したそれに、奈帆は軽く遇らわれたと感じそう声を荒げる。そんな一言でまとめていいような感情では無い。もっと、もっと大きな感情。友情を超えた、本当の想い。それを強く思いながら、奈帆はギュッと。拳と目を瞑る。
「はぁ、じゃあどういう事なんだよ!?何もかも違う、何も分かってない。色々言うくせに何一つとして教えてくれねぇし、何も話そうともしない!それでキレられてもこっちは意味分かんねぇんだよ!」
逆ギレされた事に、大翔は更に怒りを見せながら羽根を打ち落とす。
その言葉と形相に、奈帆は一度目を見開き彼を見据えると、次の瞬間。
ピタリと、羽根の攻撃が止んだ。
「...あ、?なんだ、ようやく話す気になったのか?」
大翔がニヤリと、冷や汗混じりに皮肉めかして放つと、奈帆は歯嚙みし、強く握りしめ、彼を見下す様にしながら睨み、口を開いた。
「もう分かった。話すつもりは無かった。こんな事話してもどうする事も出来ないし、あんたに話しても何も変わらない。寧ろ、悪い事の方が多いよ。あんたには、苦痛になるかもしれない。でも、もういいわ。あんたしつこいし、面倒。あんたがどうなっても知らないから」
「あ、?どういう事だ?」
その、まるで大翔のためを思って話していなかったかの様な口ぶりに、怪訝に思いながら目を細める。
と、それを前置きしたのち、奈帆は吐き捨てる様にして告げた。
「良く聞いときなよ?あんたがずっと聞きたかった事」
「な、なんだよ、」
ドクンと。胸の奥が波打つ。なんだ、この感覚は。奈帆が何か良くない事を言うと、そう察しているからだろうか。はたまた、勘というやつだろうか。大翔は平然を保ちながらも、引きつった表情と溢れる冷や汗を抑える事は出来なかった。
と、そんな中。
ドクドクと鼓動がうるさい中、奈帆はゆっくりと地に戻り足を着いたのち、真剣な表情と声音で放った。
「琴葉は、ずっと困ってた。助けが必要だったの。だから、あんたに頼んでた。何度も、騙す形だったけど、助けて欲しかったのは本当」
「か、金の話か、?」
「そう。必要だったの。お金が」
「はぁ、?でも、あの話は嘘だったんだろ?入学金が必要ってやつは、」
「そう。だから言ったでしょ?騙す形だったって。でも、違うところでお金が必要だったのは本当」
「ち、違うところってのは、?」
大翔は、ゴクンと生唾を飲み込みながら恐る恐る聞き返す。騙す形を取った。それは、大翔には本当の理由が言えなかったという事だ。一体、琴葉は何を隠しているのか、と。大翔は目つきを変えて身を乗り出す。
と、それに応える様に。
奈帆もまた一歩前に進んでそう続けた。
「あの子には、、琴葉には。...彼氏が居たの」
「あ?ああ、、そうだな。俺がーー」
「あんたじゃ無い、もう一人の。本当の、ね」
「...は、?」




