20. 廓大
キャラクターファイル5
水篠沙耶
能力:岩
運動能力:2
知能:3
速度:1
パワー:4
成長力:4
「本気で相手してやる」と宣言された碧斗達は、自分達に勝ち目があるのかと不安に押しつぶされそうになる。それとは対照的に、その男子は笑う。その表情には、清々しさすら感じる。
「自己紹介がまだだったな。俺は竹内将太。戦う相手には、名前くらい知っといてもらわねぇとな」
今更ではあったものの、これは碧斗達を認めて、目をつけられていたこの2人への警戒心が少しは薄れたという事なのだろうか。だからと言って、殺そうとしてる事には変わりないのかもしれないが。
竹内将太。能力は「爪」。
その能力がどこまで自由自在な能力なのかはまだ分からないが、このままでは確実にやられる。
「じゃあ、少し時間稼ぎも出来たし、そろそろ相手してやるよ」
「なるほど。さっきの攻撃のダメージが和らぐまでの時間稼ぎって事か」
時間稼ぎなどとは言っているが、先ほどから2、3分しか経っておらず、傷が癒えるほどの時は経過していないはずだ。おそらく今の時間稼ぎは傷を落ち着かせるのではなく、心を落ち着かせる時間稼ぎだったのだろう。緊張して頭が回らなくならないように。
「悪いな。さよならの時間だ」
そう言った矢先、爪を立てて攻撃を仕掛けようとする。
「だめっ!」
それを見た沙耶はすかさず力を振り絞り、大きな岩を将太と碧斗の間に隔てる。が
「ふっ、同じ技は通用しないぜ?水篠!」
そう言うと、手を地面に突っ込んだ将太。その様子を岩の影から確認した碧斗は何かに気づいたのか、冷や汗をかき沙耶に向き返る。
「逃げろ!水篠さん!」
「え!?」
あれはおそらく、地中を伝って「地面」から攻撃を仕掛けるつもりだろう。爪がどこまで伸びるか分からない今、とにかく逃げるしか手はないのだ。
「走るよ!」
「へっ!?あ、え、うん!?」
状況を説明するよりも前に、沙耶に走る事を促す為にも碧斗は走り出す。
「残念!逃げても意味ないよ?」
人間の爪は90センチ前後を超えると曲がり始めるため、ここまで届くとは思えないが、土に潜ったこともあり人の爪とは違うものになっているだろう。そう考えた瞬間、1本の鋭い爪が地面から浮き出る。
「なっ!?」
「伊賀橋君!?」
瞬間的に体勢を崩し、右足を狙ったであろうその爪は、右足の腿を掠っただけで済んだ。
「あっぶね、、死ぬかと思った、」
「だ、大丈夫!?伊賀橋君、」
「駄目だ!走って!」
心配して引き返す沙耶に慌てて叫ぶ。その時、後ろからため息が聞こえる。
「命中はしなかったか、」
その言葉に将太は1本しか爪を伸ばしていない事を碧斗は察し、煙を出す。見えなければ追うことは出来ない。現在将太との距離は30メートルほど。将太のダメージ量を考えると走る事が出来ないほどではなくとも、速度は確実に落ちるだろう。
「今しかない。1回引こう」
「う、うん」
このまま近くにいたら不利であるがゆえに走り出す2人。将太との会話から、あの人は一般人を襲うような人ではない事を理解した碧斗は、身を隠すためにも街に降りるように走り出したのだった。
☆
「はぁ、はぁ、ここまで、来れば大丈夫か、?」
「う、うんっ、たぶ、ん、」
街にまでは行けなかったものの、近くの林に辿り着いた2人は息を荒げながら安否を確認していた。周りは木々に覆われ、身を潜めるのには最適だ。
本気で相手すると言った事から、碧斗達をすぐに逃すとはとても思えない。マーストの家に先回りされる可能性の方が大きいだろう。
そう考えると、街に逃げた方がいい気もするが、マーストが将太と鉢合わせた場合、能力の無いマーストはすぐに捕まってしまうだろう。正々堂々を好みそうな将太は殺しはしないだろうが、「連れて来いって言われてる」と言っていた事から、他の転生者達と繋がっている可能性が高い。
その場合、マーストは碧斗達を誘き寄せる為の「餌」として使われる事だろう。
それ以前に、家を知られてしまった以上何もせず帰すわけにもいかないのだ。樹音の能力を教えてもらっていない今、マーストには彼がいるから大丈夫とは言い切れない。
せめて、マーストと樹音、沙耶は守りたいのだ。たとえ碧斗が犠牲になるとしても。
そこで導き出された答えを碧斗は口にする。
「水篠さんは先に街に向かって逃げて。俺はマーストと円城寺君に状況を伝えに行くから」
「う、うん。分かった」
小さく頷く沙耶。だが、この考えにも穴があった。もし沙耶だけでの行動中に将太に見つかってしまったら、碧斗が駆けつけるまでの間、時間を稼ぐ体力は残っているだろうか。そんな不安が碧斗を襲った。すると、沙耶も不安なのか、気遣わしい表情で碧斗に話しかけた。
「伊賀橋君、、もし、マーストさんの家に先回りされてたらどうするの、?」
「そしたら、、まあ、俺が囮にーー」
「駄目!」
「え?」
体力を使ったせいで普段より更に小声になっていた沙耶がいきなり大声を上げ、驚きに目を見開く碧斗。
「なんで、、いつも、犠牲になろうとするの、?」
俯いて泣きそうに言う沙耶。それに苦笑いで答える碧斗。
「うーん、、他に出来る事がないから、かな?」
「何言ってるの!ずっと、助けてくれてるの伊賀橋君の方でしょ。私の方が全然何もしてあげれてないのに、」
その言葉に疑問を抱く碧斗。
ー助けてあげられているのか、?俺はー
分からなかった。守るとか強気な事を言っておいて、守られているのは碧斗の方だというのに。それなのに何故沙耶は自分を責めるのか。その理由を考えようとした碧斗は、不意に笑みが浮かぶ。何故だかは分からない、だが
「俺達、似てるね」
知らずのうちに碧斗は思った事をそのまま発していた。その言葉に少し恥ずかしそうに沙耶は俯いた。その後、何を考えているかは不明だったが沙耶が無言になり、沈黙が訪れる。えらく長い時間が経った気がしたが、実際は数分しか経っていないのだろう。その沈黙を断ち切る為にも碧斗は小声で沙耶に耳打ちした。
「そろそろ移動しようか、なるべく見つからないように静かにね」
「ふぇ!?あ、う、うん!分かった、」
突然話しかけたのがいけなかったのか、慌てて返事をする。その反応が可愛らしくて無意識にも顔が赤くなる碧斗。こんな状況では無かったら先程の妄想を思い出してドキドキしていたところだ。だが正直、こんな奴に近距離で突然話されたら、驚くのも無理はない。
意を決して森から足を踏み出そうとした時、服の袖を引っ張り碧斗を引き止める沙耶。不審に思い、振り向く。
「どうしたの?どこか痛かったりしてーー」
「家に」
「え?」
最後まで言い終わるよりも前に沙耶の言葉に遮られる。
「家に先回りされてたら、私も戦う。伊賀橋君だけ置いていくのは絶対に、嫌だから!」
目に涙まで浮かべ、顔を真っ赤に染めて声を上げる。失いたくない。これ程までに自分を大切にしてくれた人を、自分を守ってくれた人を。
「そ、そうか、、わかった」
それは碧斗も同じであり、これ以上無理をさせたくないのだ。そんな想いを込めて、よく分からない返事を送る。その後、沙耶の言葉に矛盾を感じ、不思議そうに問いかける。
「家に居たらって言ったが、それはどういう、?」
「私も一緒に家に行く。その後街には向かえば良いよね?」
それではリスクが大きくなってしまう気がしたが、これ以上は聞いてはくれなそうな表情をしていた沙耶を見て、ため息混じりに碧斗は笑った。
「分かった。でも、水篠さんも無理はしないでね」
碧斗のその言葉に沙耶は「伊賀橋君もね?」と返し、森を出た。だが、丁度その時。
「いやー。いい感じだったんじゃないの?」
上から先程まで聴いていた声が放たれ、声のした方向を2人は確認する。
「これで逃げられたと思った?碧斗君」
そこには木にぶら下がる将太の姿があった。
「なっ!?」
「いっ、いつから、、聞いてたの、?」
「え?"いつから居たの?"じゃないの?」
碧斗の隣で、将太に斜め上の質問をした沙耶を、疑問に思う。
「ん?えーと、ずっと助けてくれてるの伊賀橋君の方でしょー!のあたりから」
その言葉に顔を真っ赤にする沙耶。
「その時から居たのか!?」
「ああ。だから本気で相手するって言っただろー。まあ、いい雰囲気だったからちと入るのが遅れたけどなぁ」
「っ!い、いい雰囲気!?」
沙耶に続き、碧斗も顔を赤く染める。沙耶には想いを寄せている相手がいるというのに、なんて事を考えているのだろうか。変な妄想を無理矢理振り払い、将太に向き直る碧斗。
「その3本に丸まって伸びた爪。今度は"ナマケモノ"の爪か」
「ああ。移動しやすいからな」
ナマケモノの爪は体重をかけても耐え切る事の出来る耐久力の強さを兼ね備え、身体に負担が生じていても移動がしやすいのは確かである。
「森に逃げたのは間違いだったか」
冷や汗をかきながら言う碧斗に将太は笑いながら言う。
「もう少し早くに気がつくんだったな!」
すると、爪を太くして飛びかかってくる。
「来るよっ。水篠さん避けて!」
「私も戦うって言ったでしょ!」
碧斗の忠告を遮るようにそう言うと、岩を出現させる。
「くそっ!まだそこまで力が残っていたとは!?」
その気持ちは碧斗も同じだった。もう巨大な岩を出せるほどの体力は残されていない筈なのだが。やはり、無理をさせてしまっているのだろうか。対する将太は、今度は「オオアルマジロ」をモチーフとしたであろう大きな爪を使い、岩を削り取っていく。
「あれで攻撃されたら一撃で殺されるな」
「こっ、怖い事、言わないでよ、」
早く対策を考えなければ本当にそうなってしまう。ふと、何か閃いたのか碧斗は沙耶に向かって声を上げる。
「先の尖った岩って作れる?」
ー伊賀橋君、もしかしてそれで竹内君を倒すのかな?ー
怖い妄想が沙耶を襲う。人を殺すなんて事はしたくないし、大きな怪我を負わせる事も控えたい。そんな考えの沙耶は、返事に躊躇したが、今はそんな事を言っていられないのだ。と、そうしなければ自分が、自分を守ってくれた人が死んでしまうのだと。そう理解した沙耶は、覚悟を決めて頷く。
「よし、じゃあ作ったその岩をそこの木に当ててくれ!」
「え?」
予想とは違った碧斗の言葉に困惑する沙耶。だが、理由を聞くよりも前に先端の尖った岩を指定された木に勢いよくぶつける。
「はっ!外したのか?」
「残念だったな、大当たりだ」
自信に満ちた碧斗の台詞に笑顔が崩れた将太は、岩のぶつかった方向を向く。
「何!?」
尖った岩は、かなりの速度を出していただけあり、太い木を大きく抉った。片方だけを抉られバランスを崩した木は将太に向かって倒れた。だが、
「残念なのはお前の方だ碧斗ぉ!」
巨大に変形した爪を振りかぶり、木が地面につくよりも前に斬り刻む。
「くそっ!」
命中せずとも数分は稼げるかと考えていた碧斗は、驚愕の声を漏らす。やはり、木が倒れるまでに少し時間がかかってしまう様だ。
「はっ、これで終わりかぁ?碧斗」
そう言って近づく将太との距離はおよそ5メートル程。逃げられるだろうか。もう戦える状態ではない碧斗達は逃走を図る事しか出来ない。だとすると、手段は残されていない、と考えた碧斗は最後の足掻きとして煙を放出しようとする。その時
「あっ、いた!伊賀橋君」
「ん?」
「「え?」」
将太と沙耶、碧斗が同時に声を上げる。目線の先には樹音が少し息を切らした様子で手を振っていた。その様子を見る限り碧斗達を探していたのだろう。
「円城寺君、逃げて!」
「え?」
碧斗の忠告に首を傾げる。状況を理解していない様だった。
「ん?お前王城で見たな。そういえば最近王城から出てった、、」
そこまで呟くと、何かに気付いたかの様に将太は不気味な笑みを浮かべる。
「まさか碧斗達に肩入れしてたなんてなぁ。3人連れてけば大手柄じゃねぇか?」
そう言うと、今度は樹音の方に歩を進める。その言葉にとうとう事の深刻さを理解したのか、目つきを変える樹音。
「君、まさか伊賀橋君を殺そうとしてたの?」
「ん?ああ。そうと言ったらどうする?」
「やめろ!そいつの口車に乗るな!」
樹音は碧斗の言葉を聞き流し「ふーん」と静かに言うと、突然手を叩いた。
「あ?なんだいきなり」
碧斗を含め3人が突然の奇行に困惑する。そして、徐々に手を離すと、その間から剣が出現する。その剣を握った樹音は将太の目を見据え、真剣な眼差しを送った。
「何!?」
「け、剣、?」
「す、凄い」
「だったら、僕は君と戦わなきゃいけなくなるよ」
そう言って剣を将太に向けた樹音の姿は正義感に満ち溢れ、まるで"騎士"の様に見えた。




