198.脚本
「はっ、、はははっ!...ね、何言ってるの?そうは言っても、伊賀橋君さっきの行動覚えてる?」
自信げに放った碧斗に、悠介は煽る様に笑って小さく呟く。拓矢に聞こえない声量で。
「さっきの行動?」
「そう。さっき、君は僕を殴ったよね?その後だ」
「っ!」
「気づいた?」
悠介の返しに、碧斗は察して目を剥く。そう、美里をトリガーに、碧斗に向かってくる奈帆と愛梨は居なくなった。だがしかし、その前に碧斗は叫んでしまったがために、既に王城の数人には居場所がバレているだろう。
更には仲裁の立場である拓矢もまた、先程の碧斗の殴りによって、現在は悠介寄りについている筈だ。
即ち。
「そんな胸張ってるところ残念だったね。でも、結局伊賀橋君は僕の手の平の上って事だよ。どう足掻こうが、僕は対抗しない。それが、君にとっては一番都合が悪いだろう?」
「クッ」
碧斗が思わず歯嚙みする。その反応に、悠介は微笑むものの、何か嫌な予感を感じる。
あそこまで考える彼が、この状況を察せずに絶望に声を荒げる筈がないと。そこまでしてこの状況を作り上げたい何かが、あったのだろうかと。悠介は目を細めるがしかし、どうやら碧斗の反応に嘘は無さそうだ。
本当に神頼みをする様に拳を握りしめ、目を深く瞑り、祈っている。
その反応に悠介は拍子抜けした様に目を丸くすると、その次の瞬間。
「っ」
悠介は目を剥く。
そう、碧斗の背後から樹音が現れ、拳を構えていた。
そういう事かと。
碧斗は彼を待っていたのだ。拓矢と対面させる事で、この状況をひっくり返そうと。そう考えたのだろう。だからこそ拓矢のみの状況を作り上げた。
そう、思ったがしかし。
樹音はその構えた拳をーー
ーー碧斗の腹に入れた。
「えっ」
「ごはっ!?」
それに空気を吐き出し、碧斗は思わず座り込む。その光景に、思わず悠介が声を漏らすと、それと同時に拓矢もまた身を乗り出した。
「えっ、どっ、どうしたの!?」
拓矢の反応に、悠介が僅かに怪訝な表情を浮かべた。次の瞬間。
「はぁっ!はぁっ、はっ、伊賀橋君っ!?どうしたのっ!?」
「大丈夫か碧斗!?」
「っ」
恐らく、先程の叫びを聞いたのだろう。沙耶と大翔が奥の曲がり角から、駆け足でそう放つ。
その瞬間を狙い、樹音は素早く大翔の方へと向かい、彼の肩を突然掴んだ。
「うおっ!?な、なんだっ」
「えっ!?」
「いいからっ」
小さく、大翔にしか聞こえない声で樹音はそう呟くと、同じく戸惑う沙耶を置いて、その場を離れた。それに、拓矢が反応し険しい表情で視線を向けた。
その、一瞬の間に。
「クッ!喰らえっ!」
「えっ、なっ、何!?ごはっ!」
突如、碧斗は立ち上がり、悠介の胸ぐらを掴み殴りを入れた。
「なっ、何するのさ!?」
悠介は倒れ込むと共に、碧斗を見上げそう声を上げる。その反応に碧斗は目つきを変えながら、彼に近づく。
「...」
「っ」
何も口にしない碧斗に、悠介もまた眉を顰める。何かがおかしいと。突然、こんな事をする人では無い。一体、この行動の理由は何か、と。無言である事が、怖い。自信げに作戦をペラペラと話す碧斗が、見下す様にしてただ悠介を見つめる。
すると、それを思ったと同時。駆けつけた沙耶が慌てて口を開く。
「いっ、伊賀橋君!?どうしたの!?大丈夫、?」
「あ、、ああ、なんとか、ごめん。...心配かけて、」
碧斗はどこか弱々しく、沙耶に振り返りながら小さく呟く。と、それに続いて拓矢は目を見開き小さく声を漏らす。
「あれ、?そういえばーー」
が、しかし。
「っ」
「ごはっ!?」
「「!」」
突如、先程樹音に連れて行かれた大翔が、沙耶の背後から現れ勢いよく悠介に殴りを入れた。
それに、沙耶と拓矢は険しい表情を向ける。
「がはっ!ごはっ!」
「何やってるの!?」
「ちょっ、ちょっと、どうしたの!?」
それでも尚殴り続ける大翔に、沙耶と拓矢はそれぞれ不安げに声をかけた。それに対し、悠介はその通りだと。弱々しく口を開いた。
「なっ、どうしてっ、なんでっ、こんな事っ!」
「え、、何、言ってるの、?」
その小さなぼやきに、沙耶が怪訝な表情で呟いた。と、その矢先。
「ごはっ!がっ!はぁ、はぁ、、駄目だっ!みんなっ、騙されちゃっ!悠介君はっ!ずっとみんなを騙してたんだ」
「え、」
「それって、、どういうこと、?」
悠介の隣に立つ碧斗が、皆にそう告げた。
「仲間のフリをしてただけだったんだ。悠介君はっ、別に争いを終わらせる事を望んじゃいない。ただ、、みんなにそう思わせて、見えないところでっ、俺らに攻撃してたんだっ!」
碧斗の発言に、二人は信じられないといった表情で大翔を見据える。
そんな突然のカミングアウト。一体何の意味があるのだろうか。言うタイミングは今では無い。更に、言っても誰も信用しないのは分かりきっている事だろう。
悠介はそう内心で思いながらも、震えた声で放つ。
「何っ、言ってるの。僕が騙してる?そんなわけないでしょ!酷いよ、、僕は、何もしてない。本当にっ、争いをやめさせようと。それを、望んだだけなのに、」
お得意の演技で、悠介は感情的に口にすると、沙耶と拓矢に顔を向け、情に訴えかける。
が、しかし。
「嘘、」
「え、?」
「なら、、どうして、伊賀橋君を殴ったの、?」
「え?」
沙耶の呟きに付け足すようにして放った拓矢の言葉に、悠介は声を漏らす。
何かがおかしい。
そうだ。先程から、会話が成立していないのだ。
それは一体何故。
おかしいのはそれだけではない。碧斗の行動や大翔の行動も、今までとは人が違う様に一転している。
その、理由はーー
「っ!」
そこまで考え、よくやく悠介は気づく。重要な。既に取り返しのつかない様な勘違いに。
「フッ、、分かったか?」
「っ!」
と、その反応で察したのか、背後の碧斗がしゃがみ込み、悠介の耳元で呟く。
「悠介君。君は、確かに頭が切れる人だった。だからこそ、危なかったし、俺の作戦も見透かされて、みんなが騙された。...でも、一つ、勘違いしてるな?」
「クッ」
既にそれが何かを理解した様子で、悠介は碧斗を睨む。と、その反応に微笑んだのち、碧斗は答え合わせの様に告げる。
「光の能力を使えるのは、何も悠介君だけじゃない」
ニッと。笑いながら、碧斗はーー
ーーポケットに入っている"魔石"を取り出し付け足した。
「魔石には、光属性も存在する。これがあれば、使い方さえ理解していれば、誰でもその能力が使用出来るってわけだ」
「クッ、、クソッ」
思わず、悠介は声を漏らして自身の体を触る。すると、案の定自分の身にも魔石が忍ばせてあった様で、悠介はその白寄りの黄色に輝く魔石を取り出す。
そう。これが、碧斗の作戦だったのだ。あの不可思議な行動と言動。噛み合わない会話。その真相が全て、碧斗の"脚本"だったのだ。
拓矢と距離を取らせるために、樹音と碧斗を置いて悠介率いる皆が移動する最中。碧斗は小声で、真剣な表情で彼にそう呟いた。
『光の魔石を、取ってきて欲しい』
ここは王城の一棟。以前侵入した際に、魔石が多く保管されている場所は把握済みである。故に、樹音は不安げに目を逸らしながらも、首を縦に振った。
そこからは、その舞台を作り上げるためのセッティングを施した。碧斗はあえて作戦が無いフリをしながら絶望を見せる。その中で声を上げる事によって、そう遠くに行ってはいないであろう沙耶達を反応させて、こちらに誘導したのだ。
その後に悠介が行った美里の幻覚は、正直予想していたものでは無かった。がしかし。結果的に碧斗の作戦を後押しする役割を果たしたのだ。
それのお陰で奈帆と愛梨を移動させる事が出来たのだから。
そこまでセッティングが完了したら、後は待つだけだった。樹音が、魔石を持って現れるのを。
その後、樹音が碧斗を殴ると同時に魔石を服に忍ばせ、託した。碧斗の分を合わせると、二つ分の魔石だ。
そして、これが悠介に「だけ」異変に気づかせなかった変化。それがーー
ーー光を放つ事によって、悠介と同じく、魔石を持ったそれぞれの姿を変化させていたのだ。
最初に碧斗を殴りに現れた樹音もまた、既に皆には見えていなかったのだ。
故に、殴られた瞬間、碧斗には彼がここに来た事の証明となった。という事である。
その後は、それぞれ碧斗もまた透明になり、悠介の胸ぐらを掴んだ間に彼にもまたその瞬間魔石を忍ばせ、彼を碧斗の姿に変化させた。そして、その間樹音が魔石を託すため移動していた相手、大翔は。
自身の姿を、周りには「悠介」の姿に見せていたのだ。
故に、その場の皆からすれば、悠介が碧斗を殴る構図と見えていたのだ。
その変化を自然に沙耶や拓矢に見せるために、あえて二人の"視線"を逸らす様な事を繰り返し、観測者となる二人に変化の瞬間を見せないよう細心の注意を払っていたのだ。
その事実を理解した悠介が目を剥くと、それに付け足すように。碧斗は悠介の敗因であるそれを、ニヤリと微笑み耳元で告げた。
「能力者は、"自分の能力に耐性がある"。悠介君が、光の能力者で助かったよ」
「お前っ」
思わず悠介は歯嚙みし呻き声を上げる。
この、姿を変化させるという作戦の一番の肝は、悠介にだけその変化に気づかせない事にあった。この世界での能力者に与えられるもの。それは、自身の能力への適正。耐性である。それを、碧斗は利用したのだ。
つまり、光の能力者である悠介には、周りにはそれぞれが別人となって見えている現状を、それぞれがそのままの姿に見えていたのだ。
「最初は一か八かの作戦だった。悠介君が、能力以前に光の軌道やらが見えていたとするならば、直ぐにバレると思ったからな。...でも、あの演技を続ける君の姿勢で、俺は確信したよ。もし変化に気づいてたら、俺に罪を擦りつけるため、平然と攻撃してきてただろ?まあ、それすらも演技だったなら、俺はお手上げだったな」
それを信じた。だからこそ碧斗もまた演技を続ける事が出来たと。そう言わんばかりの表情を浮かべて立ち上がる。
即ち、人を散々騙し、苦しめた自分自身の能力で、悠介は同じく騙され敗北したのだ。
「クッ、待てっ!」
立ち去ろうとする碧斗に気づくと同時に、悠介もまた立ち上がり拳を振り上げる。既に手遅れかもしれない。だが、碧斗もまたやられたらやり返す。暴力で解決する様な人間だと植え付けさせる様に、彼の姿である悠介は大翔に殴りを入れようとする。
が、しかし。
「行くぞっ」
「おう」
碧斗が小さく呟くと同時。二人は突如共に走り出し、その場を立ち去った。まるで、作戦を理解した悠介が考える、更なる打開策を恐れる様に。
「あっ、ちょっと!?」
「待ってっ!」
すると、悠介の姿である大翔を逃がさない様にするためか、沙耶は声を上げると共に岩を目の前に出現させる。
「うわっぷっ!や、やべぇぞ碧斗っ」
皆の対抗は予想外だったのか、沙耶に逃亡を阻止された二人は冷や汗混じりに声を漏らす。それに続いて、怒りを見せながら近づく拓矢と沙耶に恐る恐る振り返ると、今しかないと言うように、大翔を置いて碧斗は走り出した。
「お、おいっ、どこにっ」
思わず声を漏らす大翔に、碧斗は視線だけでそれを告げると、悠介の隣で濃い煙を放出する。
「えっ」「何っ!?」「「!」」
声を上げる拓矢と沙耶。そして、その行動の意味を理解した大翔と悠介はそれぞれ目を見開く。
それと同時、大翔はその意味を理解してポケットの魔石を手放し、碧斗もまた悠介から魔石を抜き取る。
すると煙がゆっくりと薄れ、それぞれの姿が露わになる。
そう。煙が消えたその時。その変化した皆の姿は元に戻り、皆で悠介を責める事の出来る状況にしたのだ。同じく拓矢と沙耶に変化のタイミングを見せない様にしながら。
「けほっ、けほっ、、な、どうしたの、?伊賀橋君、、って、あれ、?橘君、なんでここに、」
「い、いつの間に、?」
露わとなった碧斗と大翔の姿に沙耶と拓矢がそれぞれ呟いたのち、周りを見渡し口を揃えた。
「「あれ、?一ノ瀬君は?」」
「「え、」」
沙耶達と同じく、碧斗と大翔もまた口を揃えてそう声を漏らす。マズいと。碧斗はここにきてやっと思い出したのだ。
そう、悠介は元々光の能力の所有者である事に。
「っ!まさかっ!クソッ、大馬鹿だ!やってしまった!」
それに気づいた碧斗はハッとし慌てて振り返り足を踏み出す。光の能力者。それはつまり、魔石を失くしても、彼は自身の能力で継続させる事が出来るという事だ。更に光の耐性があるのは能力者である悠介だけである。魔石を持っていようが、碧斗には光の変化は認知できないのだ。
悠介の立場ならば、ここで誰かになりすましても、大した効果は得られないだろう。故に、導き出される選択はーー
「みんなっ、悠介君をっ、探してくれっ!」
ーー逃げる。というものだろう。
悠介は頭が切れる人物である。故に、これでは終わらないだろう。逃げる、というよりかは一度引くだけ。戦略的撤退であろう。即ち、これでは終わらないのだ。
このままでは更にマズい事になると。そう察した碧斗は叫ぶと同時に、悠介を探すために歩いていた足を更に動かし走り出す。と、皆もまた悠介が逃げた事を察したのか、同じく頷き足を踏み出す。
まだ、そう遠くへは行っていないだろう。更には沙耶の能力で片方の廊下は封じられている。そのため、逃げ道は一本道。今ならまだ間に合うと。碧斗は目を凝らし耳を澄まして彼を捜す。
ークソッ、、逃げる際は奴の能力は厄介だな、、煙を出しながらってのもありだけど、それじゃあ俺の体力が持たないー
ならばどうするかと。そんな事を考えながら足を進めていた矢先。
突如遠くから、数名の足音と声が聞こえる。
「っ!」
ーこれを図られたかっー
碧斗はその足音の意味を理解し歯嚙みする。先程の叫び。それは沙耶達を呼ぶためのものではあったものの、悠介の思惑通り他の転生者にも聞こえていた様だ。こちらから声が聞こえたと。小さく言葉を交わしながらその人物達は近づく。
この展開を予想していたのだろう。悠介は姿を眩ましたまま、人の多い方向へと逃げた可能性が高い。
ークソッ、流石にこっちには行けないなー
現在碧斗と大翔、沙耶の三人の現状。樹音は"居ない事"にした方が、作戦的に都合が良かったため、別行動で魔石を使用して美里を捜してもらっている。
こんな状況で他の転生者に居場所をバラすのは厳しいと。碧斗は悠介の事が気になったものの、仕方がないと逃げる選択肢を取る。
が、それと同時。
「っ」
ハッとする。
美里を捜している樹音が一人行動をするこのタイミング。もし、彼がまだ我々を捕らえる事を諦めていなかったとするならば、あるいは。
「マズいっ」
思わず声を漏らして来た道を急いで戻る。煙が消えた時には既に彼は居なかった。即ち、彼がどう移動したのかの確証はない。つまり、彼はこちらの通路を逃げたわけでは無くーー
「水篠さんっ!岩、戻せる!?」
「えっ、あ、うん!そこの?」
「そうっ!」
沙耶が慌てて指差す先。それは、先程大翔を悠介だと勘違いしたまま廊下を塞いだもの。だがその岩は、完全に廊下を塞いでいるわけでは無く。
その岩は天井には届いていなかったのだ。
「確実に消えた時にみんなは道がある方から逃げたと錯覚する。それを逆手に取るとしたら、岩の上を乗り越えるはずだっ」
沙耶が岩を小石に戻す中、碧斗は冷や汗を流す。あの中で消え続けられる彼は、我々がそこに居る間、ずっと岩を登る事も可能であると。
「ならっ、まだ遠くには行ってないはずだ!」
彼が逃げる事。それ自体にはなんら問題は無い。確かに、ここで対策をしておいた方がいい事には賛同だ。だが、無理にとは思わないだろう。
故に、今碧斗が恐れているのは。
「さっき、俺達は岩の向こう側に向かって歩いていた。それはつまり、向こう側に相原さんが居るって案内されていたって事だ」
「っ!て事は、やつの狙いは相原って事か!?」
「それと、それを密かに聞いていた樹音君が向かったと想定してたのなら、彼を狙ってる可能性も高い」
碧斗と大翔がそう会話を交わす中、沙耶は何を言っているのか分からないといった様子で、ただただ首を傾げた。と、そんな中。
「ど、どうしたの?一ノ瀬君は見つかったの?」
「いや、それよりも、このままだと相原さんがマズいかもしれない」
「えっ、それってどういう事?」
皆の様子を不審に見ていた拓矢が割って入り、碧斗は正直に放ちながら廊下の突き当たりを曲がる。
ー相原さんは、きっと自分を助けるために俺達が向かってる事を察してる筈。それに、水篠さんの行方が分からない中、一人で逃げる筈が無い。そう考えるとー
碧斗はそう考えながら、近くの階段を降りる。
「お、おいっ!碧斗、どこ行くんだよ!?」
「相原さんは確実に一棟に戻って来る。皆の様子を見ながら、静かにだ。そう考えるなら、鉢合わせる可能性があるのは侵入しやすい四棟の一階だ!」
碧斗はそう声を上げると、一階の二棟の廊下を走り四棟を目指す。
が、その途中。
「っ!」
階段の陰で。
「たっ、助けてっ!相原さんっ!」
「えっ」
美里に詰め寄り懇願する、悠介の姿があった。
「伊賀橋君が、、光の魔石でっ、僕を偽装して、陥れようとしてるんだっ!」
「...嘘、だろ、」
それを放ったのちに碧斗に向けた悠介の表情は、あの時と同じく、ニヤリと微笑んで見えた。




