196.天才
「お前、」
「ん?ああ。遅かったね。君の大事な仲間はもう手遅れだ」
「っ!」
悠介の言葉を耳にし、碧斗は嘘だろ、と。そのまま足を進め転落したであろう、破壊された壁から外に身を乗り出し下を見下ろす。
「っ!?あ、あぁっ!?あああっ!?」
倒れる樹音。そこに広がる赤黒い液体。それを見て、思わず弱々しい声を漏らす。何故こんな事になった。どうしてだ。自分の不注意だろうか。
このままだとみんなやられる。それぞれがバラバラになったこのタイミングを、悠介は作り出したんだ。
それを理解した碧斗は、絶望に膝から崩れ落ちる。そんな絶望に満ちた背中に、悠介は更に近づいて「その機会」を狙う。
が、刹那。
「はぁっ!はぁっ、、ご、ごめんっ!やっぱり、、心配だからっ、、来ちゃった、、って、、え、?伊賀橋君、?何で、、円城寺君は、?」
「はぁ、、はぁっ、み、水篠、さん、?」
そこに割って入る形で、沙耶が奥から現れた。彼女は無事だ、助かったと。そんな絶望の中に僅かな希望を感じた碧斗。だったが。
「樹音君は、、」
「え、、どうしたの、?そんな、、顔して、」
沙耶の問いに絶望を見せたまま、碧斗は口にした。それに、沙耶は何か嫌な予感を感じながら、碧斗の方へと近づく。と、それと同時に。
「っ!」
碧斗はその異変に気づく。
おかしい。
先程までここに居た悠介の姿が、どこにもないのだ。
「...水篠さん、?悠介君は、?」
「一ノ瀬君を、、円城寺君は追いかけて行ったんだけど、、こっちで会わなかった?」
「っ!」
沙耶の反応から察する。即ち、彼女が来た時には既に悠介は居なかったのだ。
どこだ。
どこから狙ってる。
碧斗は冷や汗混じりに、必死に辺りを見渡し彼を探す。と、その最中に沙耶は碧斗の隣にまで到達し、その壁の向こうを覗こうとする。
が、その直後。
「どうしたの?二人とも」
「「!」」
瞬間、沙耶の背後から悠介が現れ、何事も無かったかの様に口にする。
その姿に碧斗は憤りを感じ、思わず立ち上がり詰め寄る。
「お前がっ!お前が樹音君を突き落としたんだろ!?」
「えっ、、何のこと、?」
「とぼけるな!お前がっ、樹音君を殺しーー」
「え、、円城寺君、、が、?ど、どうし、、たの、?」
碧斗と悠介が言い合いをする中、それを耳にした沙耶は真っ青な顔でそう割って入る。その様子に、碧斗がハッと振り返る。
と、それと共に、悠介もまた驚愕の表情を浮かべる。
「円城寺君が、?突き落とされた、?殺されたの、?」
「っ!お前がっ、お前がやったんだろ!?」
碧斗がそう叫ぶと、対する悠介は真顔になり、声を低くしてそう呟いた。
「え?僕、今ここに来たんだよ?もしかして、伊賀橋君、、君が、彼を突き落としたんじゃ無いの?」
「っ!」
そういう作戦かと。碧斗は目を細める。
元々、皆をバラバラにさせて一人ずつ消していく予定だったのかもしれない。大翔を大勢の転生者の前で放置させるのも、彼の作戦の内だったのだろう。沙耶を置いて一人行動をした樹音も、大翔を置いてこちらに向かった碧斗も。互いに、悠介の手の平の上で踊らされていたのだ。
だが、ここで予想外にも沙耶が現れた。
それによって、作戦を変更せざるを得ない状況となったのだ。だが、それが逆に功を奏し、こうしてまたもや我々の関係を壊すイベントの一環となってしまった様だ。どちらにせよ、彼の想定内ということだろう。だが、と。
碧斗は目つきを鋭くし悠介に吐き捨てる。
「ふざけるな。いくら何でも、俺が樹音君を殺すなんてあり得るはず無いだろ?」
作戦が甘いと。遠回しに碧斗は悠介にそう告げた。その一言に、ハッとしていた沙耶もまた、視線を逸らし頷いた。
「そう、だよ。伊賀橋君のわけない、、それにっ、円城寺君だって、、まだ、決まったわけじゃ、」
沙耶を見つめそこまでを聞き入れると、「な?」と言うように碧斗は悠介の方へ視線を戻す。それに、悠介は一度息を吐くと、真剣な顔で口を開く。
「ごめん。今のは冗談だよ」
「笑えないぞ」
「ごめんごめん。...でも、じゃあ他に僕らを狙っている人が、近くに居るのかもしれないね、」
顎に手をやり、真剣に悩む様子を見せる。その発言に、碧斗もまた視線を逸らす。
ーなるほど、、無理に俺を悪者にするつもりは無かったのか、、とりあえず自分が白である事を遠回しに伝えながら、我々を狙う人が近くにいると伝え注意力を分散させる作戦ってわけだなー
碧斗は冷や汗混じりにそう考察する。恐らく、ここでまた怒りに任せて声を荒げると、更に厄介なことになるだろう。寧ろ、それこそ彼の思う壺である。
故にどちらに転んでも、悠介が黒である証拠がない以上碧斗が怪しまれる結果となるならば、何も言わない方が安全だろうと。碧斗は切り替えて沙耶に向き直る。
「...そうだ。水篠さんの言う通り。樹音君はそう簡単に死ぬ人じゃない。大丈夫。俺達で信じよう」
「...っ、、うっ、うんっ」
今にも泣きそうな顔で、沙耶は頷いた。どうやら彼女は破壊された壁の向こうは見ていないらしい。きっと、それを見てしまったらそれが確定してしまうという恐怖があったのだろう。それに僅かに安堵しながらも、碧斗は改めて悠介に詰め寄った。
「お、おお、、どうしたの?もしかして、また僕の所為だって言いたいの、?」
「いや、違う」
これを待っていたと言わんばかりにほんのりと笑う悠介に、碧斗は見下ろす様な形で彼に目をやる。
「謝りたいと、思って」
「え?」
心の底から溢れた言葉だった様な気がする。それはそうである。悠介からすれば、碧斗のこの反応は予想外である筈だからだ。
その反応からそれを察した碧斗は、続けて放った。
「ごめん。君を、疑ったりして、、それは否定しない。ずっと疑ってたし、俺達を狙ってると思ってた」
碧斗はそこまで告げると、真剣な表情で。未だ理解出来ない様子の悠介に手を差し出しそう付け足した。
「...だから。これからはそれも無しだ。...その、良ければでいいけど、俺達と一緒に、、いや、俺達を、助けてくれないかな?」
あえて、沙耶を含めた王城に大きく響くよう告げたそれに、悠介は目を丸くした。
と、その矢先。
「クッソ!碧斗っ!悪いっ、流石に一人じゃ押さえきれなかった」
歯嚙みした大翔が、遠くから飛ばされた様子で勢いよく現れ、足で着地する。
その瞬間、碧斗は微笑み頷く。
「いや、逆に助かった、ありがとう」
「...あ、?それってどういう」
「ざんね〜んっ!あんたみたいな脳筋一人で私達止められると思った?」
「伊賀橋碧斗と水篠沙耶も揃ってる。ここでみんな、捕えられる」
碧斗の小声に、大翔は怪訝な表情をしたものの、直ぐに彼が飛んできた方向から奈帆と愛梨が現れる。恐らく、逃げた碧斗を追うために、大翔と戦いながらも移動するよう仕向けたのだろう。
「...ど、どうしよ、、伊賀橋君、」
それにより、我々にピンチが訪れた。大翔は拳を握りしめ、沙耶は不安げに口を開いた。
だが。
それは碧斗の作戦である。
「とりあえず、大翔君と水篠さんは先に相原さんを捜しに行って欲しい。ここは、俺と、、悠介君。君に、お願いしたい」
真剣な表情で。だがどこか申し訳無さげに放つ碧斗に、悠介はそれを察して眉間に皺を寄せる。
このためのシナリオだったのか、と。
それに、碧斗もまた悠介の微表情からそれを察し、そうだと。そんな双眸を彼に向けた。
そう。大翔を大勢の転生者に相手させたのはこのためである。悠介は沙耶の前では我々に対して友好的で、協力をしてくれている人物を装いながら我々を狙っていた。即ち、それを一度やってしまった以上、突き通すしか無く、ここで突然断るわけにもいかなくなるのだ。だが、対する他の転生者達には、先程の反応。我々を連れてきたと言っていたが故に、この事は話が通っていないと予想出来る。
即ち、ここでどちらの選択を取っても、この先どちらかから不審がられるという事だ。
我々に協力すると答えたのならば転生者から狙われ、転生者の味方をした場合、一概に沙耶から不審がられる事は無いかもしれないが、どちらにせよもう今までの様に碧斗達を敵にして仲違いさせる事は不可能となる。
そんな究極な選択を、悠介の作戦の更に先を読み解き、碧斗は彼に迫ったのだ。その事実に、悠介はやはり彼は頭が切れると。目を逸らしたものの、その次の瞬間。
「「「「「っ!?」」」」」
その場一帯を、閃光が包んだ。
と、それが薄れた時には既に、悠介は距離を取っていた。距離を取るだけで逃げ出さなかったのは、恐らく不審がられない様にするためだろう。だが、それが誤りだと。碧斗は微笑む。
その道理を理解しているからこそ、この場に居続けてしまった。それを既に察していた碧斗は、続けて放つ。
「悠介君、どうして今能力を使ったの?俺らに、、協力は出来ないって、、意味、かな?」
碧斗はあえて、何も分からないフリをして放つ。それに続けて奈帆が口にする。
「協力なんてする訳ないでしょ。あんたらの方に寝返るわけないじゃん」
完全に自分達側であると理解しているその反応に、碧斗はニヤリと微笑む。がしかし、対する悠介は何も喋らないまま、無言の時間が流れる。と、そこから数十秒後。何かを考え込んでいたのか、言葉がまとまった様子で口を開く。
「ごめんごめんっ、今のは清宮さん達から攻撃が来たから、それから逃げるために反射的にやっちゃったんだ」
悠介にしては苦しい言い訳だと。碧斗は嘲笑を浮かべる。
が、しかし。
「あーっ、ごめんっ!そいつ狙おうとしたら、ゆうくんに当たりそうになっちゃったかも!」
ーえ?ー
「いやいや、、いいよ。それよりも、ここは話し合いで解決しない?やっぱり争いは駄目だと思うんだ」
「ん〜、、めんどくさいけど、ゆうくんの頼みなら、ちょっとは言い分聞いてあげなくはないかなぁ」
ーどういう事だ?ー
その悠介と奈帆の掛け合いに碧斗は目を剥き硬直する。いや、おかしい。悠介が本当に我々に肩入れをして、この争いを終わらそうとしているみたいでは無いか。
苦しい言い訳も、見え透いた嘘も、奈帆の反応により本当の事のように話が進んでいる。おかしい。先程までは明らかに話が通っていない様子であった。その、筈だった。
だが、今はどうだろう。
一瞬にして、奈帆は悠介とまるで打ち合わせをしたかのように、突然話を合わせ始めたのだ。
一体何をした?
いつからだ。
「っ!」
それを考えた瞬間、碧斗はそれを察する。
先程の悠介が何も発さなかった数十秒の時間。それからである。
恐らく、彼はまたもや能力を使って姿を眩まし、移動していたのだ。
幻覚の彼を、そこに配置したまま。
我々が見ていた俯く彼は幻覚だったのだろう。本当の彼は、姿を消したまま奈帆達の背後に移動し、何かを耳打ちしたのだ。それ以外考えられないと。碧斗は悠介を睨む。と、どうやらこちらの意図が伝わった様子で、まるでその通りだと言わんばかりにニヤリと微笑む。
が、しかし。碧斗が一番知りたいのはそこではない。
もし、仮にそれによって奈帆が話を合わせたのだとすれば、大きな不明点が一つある。
一体何を言って、奈帆は協力をしたのか、だ。
基本、彼女は作戦に乗るようなタイプではない。我々を前にした彼女は、恐らく自分の手で捕まえるのを優先する筈である。ならば、一体どんな手を使って、彼女を作戦に乗らせたのか。
「...」
碧斗は無言のまま、悠介を睨みつける。
声には出さなかったものの、まるで、どんな手口を使ったんだと言わんばかりの鋭い目つきであった。
それにイタズラっぽく微笑むと、奈帆に向き直り悠介が放つ。
「ありがとう」
すると、その瞬間であった。
「はぁっ!はぁ!待って、、みんな、その人達を襲うのはやめて!」
「「「!」」」
先程大翔や奈帆が現れた廊下の奥から、更に拓矢が現れ口を開いた。恐らく超人の肉体を持つ彼や、飛行が出来る彼女を追いかけるのに精一杯だったのだろう。彼の息は絶え絶えで、膝に手をついて嗚咽の様な声を漏らした。
「岩倉君、、君も、そう思うんだね、」
「うん、、この人達は悪くない。ただ平和を願ってる人達だよ。争いの無い世界にしたいっていう樹音君の偽善に、騙されてるだけなんだ」
「っ」
「そうだよね、、僕も、そう思うんだ。やっぱり、こんなの間違ってるよ、、清宮さんも、神崎さんも、」
拓矢の言葉に便乗する形で悠介は先程から放っていたそれを告げる。その光景に、沙耶は目を僅かに見開き、どこか輝かせている様に見えた。だが、しかし。
対する碧斗と大翔は歯嚙みし目を細めた。そうか、そういう事かと。
碧斗は思わず冷や汗を流し拳を握りしめる。碧斗が先を読んで更に追い討ちをかける作戦を立てた。そう、思われていたがしかし。逆にそれを見越していたのは、悠介の方だったのだ。
碧斗が、大翔を使って転生者を集め、それを連れて来させる。そのタイミングで仲間になるかどうかを問い、究極の選択を迫る。その一連の作戦が、全て読まれていたのだ。
そして、それを察した悠介は、あえてそれをーー
ーー自分を完全に争いをやめたいと考える人間であると、そう思わせる舞台に利用したのだ。
「クッ」
それを理解すると同時に、碧斗は歯嚙みし納得した。
元々、碧斗は悠介が樹音を突き落とす事に違和感を覚えていた。彼なら直接殺せる筈だろうし、突き落としても樹音ならば簡単に回避してしまうだろうと。そう考察するのは一般的である。
ーー実際、碧斗がその壁の外に顔を出すと、彼は壁に剣を突き刺した様で、落下による怪我は無さそうであった。ただ、彼を騙すためか、樹音は自身の剣で軽く腹を斬り、まるで本当に落下死した様に観測させていた始末である。
ならば何故、そんな方法を選択したのだろうか。それが、樹音を殺す目的では無く、"一時的に別の場所に追いやる事"が目的なのであれば、話が繋がるのだ。
即ち、碧斗が転生者を呼び寄せた時に拓矢が現れた瞬間、悠介は彼を利用しようと既に考えていたのだ。それが現在のこの状況である。
拓矢が争いを止めたい人間である事を知っていたが故に、彼と共に便乗して自分もまたそちら側であると証明しようと考えたのだろう。だからこそ、拓矢が憎む樹音の存在は邪魔だったのだ。沙耶の目には、悠介が樹音を含めた我々皆を擁護する様に映っている。だが、ここで樹音も共に擁護してしまっては、今度は拓矢との関係がめんどくさい事になってしまうのだ。
そう、それを全て配慮した上で、彼の目的を果たす。悠介が碧斗の考えよりも先に進んだ事で成し得た作戦であった。
「クソッ」
思わず愚痴が零れる。これではもう悠介への攻撃は全員を敵に回す様な状況となってしまった。だが、能力を使用して見えないところから悠介は我々に攻撃をし続けるだろう。そんな事を続けていては時期に、我々の方が先に力尽きてしまうと。
そう考えた碧斗は逃げる選択肢を取る。が、しかし。
「ここはとりあえず一回引こう。このままだとーー」
「え、、なんで、?」
「「!」」
碧斗が大翔に耳打ちをし、互いに意見が一致しかけた。その瞬間だった。
ふと、沙耶が割って入り、二人は驚愕に止まる。
「な、、なんで、逃げちゃうの、?やっと、みんなで争わない状況に出来そうって時に、」
「...そ、それは、」
沙耶にはそう映っているのだ。これがチャンスと言わずして、何と言うのだろう。そういう現状である。
故に、碧斗達もまた意見は言いづらく、口を噤んでしまう。恐らく、同じく沙耶の立場であれば、我々も同じ事を言っていただろう。そのため、碧斗は無理に逃げる選択肢を取るのもまた不自然になってしまうと察し、改めて理由を放つ。
「ごめん、、でも、今は相原さんが優先じゃないかな、?それに、マーストだってどうなってるか分からない。ここで交渉するのもありだけど、その間にも二人は辛い目に遭ってる可能性もあるわけだし、まずは捜しにーー」
「そうだよ!相原さんはっ、みんなっ!相原さんが何処に行ったか知らない?僕達今捜してて、」
「「クッ」」
碧斗の発言を遮って放つ悠介に、二人は歯嚙みする。あくまでも、我々に協力する姿勢を貫くつもりだろう。更に皆に協力を依頼する事で、敵である皆と行動しなくてはならない状況を作り上げている。
これはマズい。このままでは本当に彼の手の平の上では無いかと。碧斗は冷や汗をかく。
と、その瞬間。
「あ、そうそう!相原さんなら、さっき会って話してたよ」
「「「「「「!?」」」」」」
碧斗と大翔、沙耶は勿論。悠介や奈帆、愛梨までもが、全員目を剥く。それを放ったのは他でも無い、拓矢であった。
「会って話したって、、どういう、?」
「みんな相原さんを狙ってたから、僕が匿ったんだ。僕もみんなと同じ、争い反対派だし、彼女はきっと碧斗君達の様に巻き込まれているだけだと思ったから、思わずそうしたんだ」
予想外の出来事である。それは、碧斗だけでは無い。先程驚いた全員にとってそうだろう。だが、これもまた"皆がこの争いを終わらせたい、犠牲者を出したく無いと思っている"と。悠介によってそう思わせた事による結果なのだろう。恐らく、その「安心感」が無ければ、そんな事を口走る様な人間では無かっただろう。
「そうだったんだね、、ありがとう。今もまだ匿ってるの?」
「いや、相原さんには断られてね。彼女は窓から脱出してもらったんだ。その方が、足がつかないと思ってね」
「なるほど、、なら、まだそう遠くには行ってないね。伊賀橋君達とも会わせてあげられるよう、とりあえずみんなでその場所、行ってみよっか!」
悠介は前に出て指揮を取る。それに皆は賛成だと声を上げる。その現状に、碧斗は冷や汗を流す。マズい。予想外の出来事が起きた、と。
恐らく、悠介はまたこれを利用するつもりだろう。奈帆や愛梨も、何らかの交渉をされて現在は我々の味方の様な演技をしているものの、彼女らも変わらず美里を狙うだろう。奈帆に関しては尚更だ。故に、我々の仲間だと偽ったまま美里の元へと案内するのは危険である。
「チッ、」
思わず舌打ちが零れる。美里と対面し、皆と合流した時に本性を表し、転生者全員を呼ばれたら敵わないだろう。だからこそ、まだ被害の少ない今、なんとかしようと碧斗は目を細める。
ここで、何とかしなくてはと。
「...分かった、行こう」
「なっ」
「うん!早めに行かないとっ!美里ちゃん、もしかしたら見つかっちゃってるかもしれない!」
碧斗と同じ考えの大翔は声を上げ、対照的な沙耶は歓声を上げた。すると、だが、と。碧斗はそこまで告げたのち、付け足す様にして沙耶と大翔に振り返り放つ。
「二人はマーストの方を頼みたいんだ」
「え、、なんで、?」
沙耶は驚愕の表情を浮かべる。その通りである。
「今は協力してくれる人数が増えた。このタイミングをチャンスにしなきゃいけない。...だから、俺はこのタイミングで人数を分担してそれぞれで行動するべきだと思う」
碧斗は真剣な表情で放つ。
美里を一番に考えていた沙耶には辛い提案だろう。だが、ほんの少しの時間でいい。それだけでも、沙耶と別行動出来るタイミングが必要なのだと。
するとその表情から何かを察したのか、大翔がフォローを入れる様に沙耶の肩に手をやる。
「...碧斗の言う通りかもしれねぇぞ?今は人数が多い。それを利用して、俺たちは俺たちで行動した方がいいんじゃねーか?マーストの方も、気になるだろ?」
「...そ、そう、だけど、」
どうやら、沙耶は腑に落ちない様子であったが、大翔の説得によりどうにかして大翔と沙耶をこの場から離す事に成功した。
と、その後、そんな碧斗は鋭い目つきで悠介に振り返った。
「な、何、?伊賀橋君、、怖いよ、」
「もう演技なんて必要無い」
「え、演技、?」
碧斗の発言に、拓矢が小さく呟く。それに、碧斗が「ああ」と。小さく呟き頭を縦に振る。
「お前はこの瞬間を待ってたのかもしれないが、俺も待ってた。これなら、俺はみんなと思う存分やり合えるからな」
「な、何言ってるの、?僕は別にそんな事考えてないけど、」
慌てながら、悠介は脳内で思う。ここまで想定済みだったかと。
そう、碧斗もまた、こうしてチーム分けが出来るタイミングを見計らっていたのだ。先程悠介に仲間になって欲しいと告げ、碧斗が下手に出て信頼している様子を表に出した事によって、彼一人でこちらのチームに来る事に嫌悪を感じなくさせたのだ。あのままでは、以前と同じく沙耶に怪しまれていた事だろう。
あれはこの時のためかと。悠介もまた碧斗の考えに微笑む。
と、それを見据えながら、碧斗は悠介に一歩近づいた。
拓矢を敵対してしまうのにはリスクが生じる事だろう。だが、今はそんな事は言っていられないのだ。敵対されるのが碧斗だけで収まる事に内心安心をしながら、拳を握りしめる。
「え?何?戦うつもり?ゆうくんに手出すなら許さないけど」
「敵は、排除する」
「ま、待ってよ、みんな、、伊賀橋君、それ、本当じゃないよね、?」
奈帆が翼を生やし、愛梨が弓を出現させると、それに慌てて拓矢が割って入る。そんな、本気で慌てる拓矢に、碧斗は罪悪感から僅かに目を逸らすと、すまないと。
脳内で呟き、煙を放出する。
「あーあっ!やっちゃったね!分が悪いの分からない?なんでわざわざ一人で戦うかなぁ」
その行動に奈帆が首を傾げる。確かにその通りだろう。悠介と一対一になったわけではない。現在、悠介に攻撃するとなると、碧斗の敵が四人となるのだ。明らかに不利だろう。だが。
それは、以前の話である。
有害な煙を出せる様になっている事を知らない奈帆と愛梨の思考を逆手に取り、碧斗は"あえて"分が悪い状態で攻撃を仕掛けた。特に奈帆は、自分に勝機が無ければそれを避けるタイプである。それ故に、と。目つきを変えて、その煙の成分を有害物質へと変換させようと、足を踏み出した。
だが、その瞬間。
「ゆーくーんっ!」
「へっ!?な、何!?誰!?」
「何、だ、?」
煙の中で、一人の女子の声と共に、悠介に何者かが駆け寄る。それに眉間に皺を寄せたのち、ゆっくりとその煙が薄れ、その人物が現れる。
「っ!」
そこに居たのは、赤に近い、明るいセミロングの髪が目立つ女子。
「碓氷、、さん、」
碓氷歩美であった。
「やっほー。久しぶりぃ、いがらし君。久しぶり、だけど、ゆうくんに何かしたら私、怒っちゃうよ?」
冗談めかして笑う彼女が、悠介に近寄りこちらに目を向ける。
この、絶対的不利な状況になってしまった。その現状に、碧斗は驚愕の表情で冷や汗を流したのだった。
こいつは、強運をも持ち合わせているのか、と。




