194.掻乱
拓矢の一言に、美里は眉間に皺を寄せた。
覚えて無かった。それは、分かっていた事だった。
もし、その時の事を覚えていたのであれば、樹音に聞いた際にこの話をされていただろう。だが、それが無かった。いや、樹音は拓矢をただのクラスメイトだとしか記憶していなかったのだ。
故に、拓矢の「そこの話」は嘘をついてはいないだろう。だが、と。美里はそこまで考えたのち目の色を変える。
ーもしかすると、本当に彼とは何も無くて、、こいつが最初から全部嘘を言ってる可能性もある、、けど、、もし、こいつが言ってる事が本当ならー
美里はそう考えると、体を震わせた。もし、拓矢が本当の事を言っている。そう考えると、それが意味する事は即ち、樹音の方が嘘をついているという事である。
彼との出来事を隠蔽するために、初めから無かった事にしようと、拓矢本人を含めた全員に、記憶に無いフリをしているという事になるのだ。
ー嘘、、そんなの、円城寺君に限ってそんなー
美里は、表情を曇らせ目の前の拓矢から目を逸らす。
分からない。
何が本当で、何が嘘なのか。
が、拓矢の怒りは本物であった。
だが、対して樹音の、彼を覚えて無かった事に対しての罪悪感も本物に見えた。
ーほんと、、なんなの、?ー
元々、爽やかな人には裏があるなんて決めつけを行ってきた美里だったが、今回は対象者が対象者なだけあり、どちらも嘘であると思いたく無かった。
それを思いながら手を震わせていると、突如拓矢は美里に詰め寄り真剣な表情で口を開いた。
「そ、、そういう事だから。...彼は。円城寺樹音は、いい奴を演じているだけの、本当は自分の保身や相手の不幸を楽しむクソ野郎だ。...だから、、これからはあいつとなんて行動しないで、俺の方に来てくれないかな?その方が、悪名も広まってないし、君が白である事も証明出来るかもしれない」
その長い話をまとめて、美里に伝えたかった提案を口にする。が、美里はそれに目つきを変えて返す。
「...私も、、もう既に顔も覚えられてるし、変に色んな人から敵視されてるの。だから、、今更そんな事しても、証明も何も無いと思うけど」
美里は、挑戦的な表情と声音で返す。もしかすると、美里を拓矢は引き入れるために、わざとその様な嘘の話をしたのでは無いかと。いや、嘘で無くとも、恐らくそれのためであろう。故に、美里は警戒心を見せる。と。
「それなら、俺が主張するよ。君はただ騙されていただけだったって事を、僕を通してみんなに話すんだ。そうすれば、君達の目的である、この争いを止めるって事に、少しは近づくんじゃ無いかな?和解をするためには、まず話をみんなが聞いてくれるという環境を作り上げるところから始めなきゃだし」
そうメリットを説明する拓矢に、疑いの目を向ける。だが、こうして改めて考えてみると、拓矢は美里を引き入れるなんて事をして、何か意味があるだろうか。皆に狙われているから心配でという理由ならば、他にも方法はある筈だ。
そんなことを考え始めたら、美里の脳内は止まらなくなり、思考をし続けた。
何が本当で何が嘘か。何が目的で誰が何を求めているのか。
様々な視点から考える中、答えを待っている様子の拓矢が前に居る事を思い出し、美里は突如ハッと意識を戻すと、唇を噛んでバツが悪そうに目を泳がせた。
「...その、、ごめんなさい。まだ、、何がなんだか分からないと言えばいいのか、、その、まだ、何が真実で、どういう考えでそれをしたのか。それぞれ、皆の意見を聞いておきたいと思ったの。そうしないと、多分この話は不完全なまま。真相の分からない状態で、今ある情報内で結論を出すのは、、少し、私には難しいの。...ごめんなさい」
美里はそこまで放って頭を下げると、寂しげな表情をする拓矢に「だから」と付け足し、真剣に返事を返した。
「少し、、考える時間をくれない、?」
美里は、そのままの気持ちを、そのまま伝えた。
それぞれが嘘をつく様な、小難しい状況下で、あえて美里は、そうはなりたくは無いと告げる様に、純粋に。
その答えに、拓矢は歯嚙みし、目を逸らし、辛い表情をしたものの、その純粋な瞳と返しに、兄の純粋さを感じたのか、拓矢は少し間を開けたのちため息を零してやれやれと。優しく微笑み目を瞑った。
「分かった。確かに、この話だけで信用してもらうのは、厳しかったよね。...でも、彼に聞いても、きっと俺を覚えて無いんだ。答えは同じだと思う、、いや、もしかすると更にややこしい事になるかもしれないけど、、大丈夫?」
確かに、拓矢の言う通りである。
もしどちらかが嘘をついていたのだとしても、今更正直に意見を変える事はまず無いだろう。互いの主張からボロを見つける。とは言えども、その時の事を完全に忘れている人物が居るのだ。矛盾点を見つけるのは難しいだろう。故に、拓矢の言う通り、更に頭を抱える結果となる可能性が高い。
だがそれでもと。美里は一度目を瞑ったのち、覚悟を決めてそう告げた。
「大丈夫。私は、ややこしくなっても、そのままにはしない性格だから」
つまり、それを解決してみせると。この争いと同じく、向き合って蟠りを無くすと。そう、決意を見せる。
それに、拓矢は今の争いを見て結果は分かるはずなのにと、息を吐いたが、彼女の強い双眸に優しい瞳で頷いた。
「分かった。中途半端な答えは出したく無いんだね」
そう返す拓矢に、美里は分かってくれた事に安堵し感謝を口にする。が、しかし。
拓矢は突如微笑みながら美里の元へと歩き、耳元で目つきを変えて呟いた。
「でも、もしそれで君が円城寺樹音の主張を選んだのだとすれば、、その時は君と俺は敵同士だ。覚えておいて」
「っ」
美里は、目を剥き振り返って退く。
「そんなに警戒しなくていいよ。もしもそうなったらの話だから」
周りに居る人にまでレッテルを貼って、同じ様な目を向ける事に反対だった拓矢だが、言っている事は同じではないかと。美里は歯嚙みしたのち、踵を返す。
「貴方こそ覚えておいて、私は、その人との関係とか、その人の過去とか、そんなのは別に気にしないで、その話した情報だけを聞いて公平に決めるから。だから、、あんたが気にする必要ないよ」
「つまり、、たとえ長く行動を共にしてきた仲間である樹音相手でも、対等に考えるって事だね?」
「うん。だからつまり、もしそれであんたが嘘つきだと私が解釈したなら、それは本当に、あんたの話は嘘だと決まったって事だから」
「はは、随分と自己中心的意見だね」
「こんな中、自分だけは、自分を信じ続けなきゃいけないでしょ」
微笑んで返す拓矢に、美里は挑戦的に返す。と、そのまま美里は部屋の窓辺へと向かう。幸い、拓矢の部屋は二棟の一階だった様だ。そのため、窓からの脱出が行えると予想した美里は、ひとまず王城から抜け出すため窓から足を出し、ふと彼に振り返って放った。
「でも、、助けてくれて、ありがとう。これで、あんたを贔屓するつもりは無いけど、、でも、あんたを信じたいとは、思った」
美里は、それだけを残し笑みを浮かべてその場を後にすると、拓矢もまた笑みを浮かべ、小さく。美里にはもう既に聞こえないくらいの声量で、踵を返しながらそう返した。
「きっと、答えは変わらないと思うよ。相原さんには悪いけど、俺は俺で進めさせてもらう」
☆
「な、なんだ、、この騒ぎ、」
「これ、、僕達の事で、?」
一棟に繋がる通路の、階段下の陰で、廊下を走る転生者や王城の者達を見据え碧斗が零すと、続けて樹音が恐る恐る口にした。どうやら、この騒動は、我々が王城に居ることを知っての行動であると言うのだ。
「おいおい、、でもどうすんだ?これじゃあ侵入以前に、相原も無事か分からねぇぞ」
大翔が冷や汗混じりに零すと、それを耳にした沙耶は目を剥き、同じく冷や汗混じりに目を逸らす。その様子に、察した碧斗は浅い息を吐きながら小さくぼやいた。
「俺達が無事だと信じてなくてどうするんだ。...大丈夫。水篠さんが直ぐに伝えに来てくれたんだ。間に合ってるよ」
そう告げると、碧斗は震える沙耶に向かって笑いかける。それに、沙耶は一度不安げな表情をしたものの、直ぐに笑顔を作って頷いた。
が、しかし。
「そうだよ、みんな狙われてるんだ、、あんまり無理しない方がいい。もう少し、騒ぎが落ち着いてから侵入した方が、僕はいいと思うよ?流石にこの人数相手は厳しいと思うし」
突如、皆の会話に悠介が首を傾げ、可愛らしい声音で割って入る。それに、沙耶を除いた一同は睨みつけ拳を握りしめると、碧斗が立ち上がり声を低くした。
「馬鹿言うな。多分、それも俺達を侵入させないためなんだろ?一見助言にも聞こえるが、、立場を考えたらそれはただの時間稼ぎになる」
「ひ、、酷いよ、、僕は、ただ心配して言っただけなのに、」
「伊賀橋君!」
「う、」
碧斗の発言に、分かりやすくも悠介は被害者の様に振る舞う。それに、碧斗は思わず怒りを口にすると、その様子に怒りを見せながら、沙耶は彼に寄り添い碧斗を睨んだ。
と、珍しく鋭い目つきを送る沙耶に、碧斗が怯むと、対する大翔が立ち上がり口を開いた。
「お前、そうやって邪魔するために来たんだな?その分っかりやすい演技を使ってよ!」
「な、なんでみんなしてそんな事言うのさ、、僕はただ心配してるだけなのに、」
「っ!先に手を上げた人達は黙ってて!」
「っ、お、おい、、沙耶、本当にこいつの言う事信じてーー」
「黙っててって言ったでしょ!」
声を上げる大翔に、悠介は本当に分かりやすいかなと、ニヤリと微笑み挑戦的に笑う。
その光景に憤りを感じたものの、沙耶の本気の様子に、大翔は唇を噛んで目を逸らした。
これ程まで共に過ごし、互いを受け止め合って来た我々でも、まだ疑われてしまうのかと。それを思いながらも、大翔は自身を思い返し、それを願う事は傲慢であると視線を落とす。と、そんな重たい空気を打破したのは、それを起こした張本人である、悠介であった。
「ま、まあまあ、味方同士で争うのは良くないよ、、とりあえず、今は相原さんの事を考えないと」
「あ、う、うん、、そう、だよね、、貴方が、それでいいなら、、いい、けど、」
沙耶は、切り替えた悠介に自身も思考を戻し頷く。と、その反応を見た悠介は、その後ろで怒りを抑える一同を他所に、沙耶に笑顔で放った。
「あ、あとそれと、、僕の名前は一ノ瀬悠介っていいます!よろしくね、、ええっと、水篠さんって、呼べばいいかな?」
「あ、う、うんっ!えと、よろしくお願いします!」
どうやら、悠介の見た目もあり、どう反応していいのか分からない様子の沙耶だった。
容姿だけで言えば、明らかに年下の様だが、この世界に転生された人々は高校である事が、碧斗の話せる相手内ではあるが実証されている。故に、沙耶ともまた年齢はそう変わらないのだろう。その様子を外から見ると、明らかに小学校の風景なのだが。
「それじゃあ、その、なるべく侵入はしない方がいいとは思うけど、、相原さんの事を思うと、侵入するしか無い、、感じだよね」
「そりゃそうだろ」
「何か、不都合な事でもあるのか?」
敵対視する様な皆の反応に、沙耶が僅かに頰を膨らませ、対する悠介はいやいやと苦笑を浮かべ手を振る。と、続けて悠介は、まるで普段の碧斗の様に顎に手をやり、作戦を口にした。
「でも、そうだね、、侵入するなら、全員で居るとバレる可能性が高くなるから、それぞれチーム分けをして、それで侵入した方がいいかもね」
「まあ、、それはそうかもな」
「いや、その方が危ない可能性もある。転生者みんなに話が周ってるんだろ?なら、数人の時に大勢の相手が来たら、明らかに負けるのは俺らだ。なるべく大勢での行動の方がいいと思うが」
碧斗は、納得する大翔の隣で、主導権を取られたことに対してからか、僅かに声のトーンを落としてそう返す。が、しかし。
「でも、チームを分けてたからこそ、今回水篠さんは逃げて、こうして相原さんを助けに来られたとも言えるよ。だから、固まって行動するより、こちらが分散し、それに釣られて相手の位置も分散させた方が、相原さんを見つけた後は有利なんじゃ無いかな?今の目的は、あくまでも相原さんの回収なわけで、転生者と戦う事じゃないからね」
悠介に言いくるめられる形で、皆は納得させられる。それに碧斗は腑に落ちない表情をしながらも、言いたい事は理解出来たため渋々頷いた。即ち、今回優先すべきは美里である。故に、無理な戦闘は避けるべきであると。そして、そのためには分散が一番だと。そう悠介は主張したのだ。
それに、樹音と大翔、沙耶がそれぞれ賛同を見せると、悠介は「じゃあ」と前置きし、皆を見渡して続けた。
「僕は疑われてるみたいだから、、三人のチームの方に行く事にするよ。大体、能力値を考えると伊賀橋君と水篠さん。橘君と円城寺君で、そこに僕が入ればいい、かな?」
「あ?おい、さっき俺らに酷い事されたんだろ?だったら、なんで俺らと行動しようとすんだ?」
彼が勝手に決めたチーム分けに、大翔はそう声をかける。それには、碧斗も同感であった。
恐らく、彼は自分にとって都合の良い状況に置こうと、そう考えていると思われる。つまり、彼はただ一棟への侵入を邪魔するだけで無く、あわよくば皆をここで潰しておこうと。そう考えているのだろう。だからこそ、先程の戦闘で自分の能力とは不釣り合いだと感じた碧斗を、わざと別のチームにしたのだ。
それを、碧斗が言うよりも前に大翔が言うと、悠介はニヤッと笑みを浮かべて彼に小さく返した。
「じゃあ、、水篠沙耶さんと一緒に、二人で行ってきてもいいんだね?」
「「「っ!」」」
「だってそうでしょ?僕に暴力を振るった人との行動を避けるなら、君達三人とは行動出来なくなるって事だから」
「ふざけんな!まずなんでお前が一緒に来ようとしてんだよ!」
「橘君!」
大翔が抑えきれずに声を上げ悠介に近づくと、それを遮る様に前に割って入った沙耶が声を上げる。と、それを目にした悠介は、わざとらしくも声のトーンを上げて口にする。
「な、なんでって、、ただ、僕は君達が心配なんだよ、、だから、一瞬に行って、、少しでも力になれたらって、、思ったんだ、」
「っ!一ノ瀬君、、ありがと。私達の事、信じて、、くれるの?」
「うん!もちろんだよ!」
見え透いた嘘を、沙耶は笑顔で受け止めると、悠介もまた純粋とは掛け離れた笑顔で返す。その光景に、一同はまたもや歯嚙みし眉間に皺を寄せると、碧斗が息を吐いて口にした。
「分かった。別に付いて来るのは構わない。...ただ、悠介君は、俺と大翔君のチームと一緒に来てもらう。能力値的には、パワー型の大翔君と水篠さんを分ければ、大差無い。文句もないだろ?」
碧斗は、あえて彼の主張に乗っかり、否定出来ない状態を作り出す。が、それもまた作戦の内だったのか、悠介は顔色一つ変えずに頷いた。
「うん!ありがとう!信用して、、くれたんだねっ!」
その元気な反応に、碧斗達はいまいち腑に落ちない表情をしながらも、こちらの要求に乗ってくれた事に息を吐いた。
すると、そうと決まればと。時間もないが故に、深く考えもせずにメンバーごとに別れて一棟へと足を踏み入れた。
☆
静かな廊下を、壁に沿いながら音を気にして進む碧斗と大翔、そして悠介。そのルートは、悠介が提案したものとは別のルートを選んだ。恐らく、何かしらの罠が用意されていた事だろうと。碧斗は息を吐きながら悠介をジト目で見据える。
「別に、そこには何も無かったのに」
「てめぇ。一体何のつもりだ?いつまでもそうやって、演技が通用するとは思うなよ?」
「あははっ、どうかな?君達と一緒に行動してる水篠さんが僕を信用したんだ。他の人が君達を信用する筈が無いでしょ?」
胸ぐらを掴み低く唸る大翔に、悠介は挑発的に笑う。と、それに怒りを見せて、大翔は殴りにかかった。が。
「てめぇ!舐めやがって!」
「待て」
「あ?なんだよ、碧斗」
碧斗が、その拳が悠介に到達する寸前に声をかけ、それを止めた。
「それも作戦の内って顔してるな?どうせ、わざと今回のは攻撃を喰らって被害者ぶるって魂胆だろ?」
「さあ?どうかな」
碧斗の考察に、悠介はニヤリと笑って誤魔化す。その様子に大翔がまたもや拳を振り上げると、続けて碧斗が放った。
「恐らく、その受けるつもりだった一撃は、大翔君が本気を出してないって分かってるからだ」
「何?」
「さっきみたいに、能力を活用して殴るのとは違った普通の殴り。それが来るって分かってたから、わざと受ける選択をしたんじゃ無いのか?」
「あ?俺は最初から本気のつもりだったけどな」
碧斗の仮説に、大翔がそう短く返すと、悠介は「それがどうしたの?」と言わんばかりの表情を返す。すると、それを読み取った碧斗は、ほんの僅かに口角を上げて告げる。
「なら、今大翔君が掴んでるお前は実体って事だ」
「な、どういう意味だ?」
「つまり、攻撃を受けるつもりだったなら、さっきみたいに光を放って像をズラす必要は無いって事だ。それに、現に触れている。だから、今がチャンスって事だ」
碧斗が分かりやすく結論を告げると、大翔はそういう事かと、拳を振り上げ本気の殴りのため構える。
が、しかし。
「ふふ、考えはいいけど、そんな簡単にいくと思ってるなら心外だな」
「「っ!?」」
悠介はそう微笑み呟くと、目を思わず塞いでしまう程の光を辺りに放つ。
「どう?反射的に離しそうになるでしょ?」
「クッ、、ハッ!こんっ、なんで、手ェ、離すわけねぇだろ!こんなんでっ、離すと思われる方が、心外だ!」
大翔は強く目を瞑りながらも、悠介の胸ぐらを掴んだ手と、構えた拳を解く事はしなかった。だが、それでもと。悠介は笑う。
「はははっ、でもそれじゃあ一生殴れないね!殴れたとしても、本気の殴りなんて出来ないんじゃない?」
「クッ!な、なんだよっ!?これっ」
パチパチと。何度も閃光を放ってはそれを止め、止んだかと思いきやまたもや一帯に閃光を放った。
「クソッ!?目がっ」
「どう?ずっと光を受けるよりも、この方がキツイでしょ?」
「光過敏性発作かっ」
大翔に続いて、碧斗もまた目を強く瞑り声を上げる。
そう。そのチカチカとした光の点滅を、何度も。何度も何度も繰り返した。故に、目を瞑っていても尚、瞼を貫通するそれに大翔は歯嚙みし、拳を握りしめ、ついにその殴りを悠介に打ち込んだ。
が、しかし。
「ごふっ、、ふ、ふふ、、ほらね。前よりも、弱くなってるよ」
「クッ、クソッ!」
「マズいな、」
大翔の殴りは、悠介の予想通り普段ほどの力は出ていない様子であり、彼は倒れたものの微笑み直ぐに立ち上がった。それに、碧斗は冷や汗を流す。
確かに、殴りが弱かった事に対してもそうだが、それよりも。
殴った事により大翔が悠介を離してしまった事が、一番の問題であると。碧斗もまた歯軋りした。
「あーあ、離しちゃったね橘君。伊賀橋君の言う通り、今見て分かると思うけどあれは幻像じゃ無かった。でも、今はどうかな?」
ー僅かな音のズレ、、やはり、既に悠介君のこれは幻覚かー
悠介の挑発に、碧斗は目を細める。
流石に幻像の動きを完璧にする事は不可能。故に、彼の話す口と言葉に僅かにズレが生じるのだ。その変化に気づいた碧斗だったが、それを把握したところで、分かるのはそれが幻覚であるという情報のみ。
「チッ、でも光は止んだみたいだな。体力も限界か?それともその幻覚を見せてる間ってのは光が出せねーのか?どっちでもいいが、目を開けられる分こっちの方がマシだぜ!」
大翔が冷や汗混じりにニヤリと笑って放つと、すかさず幻像に殴りに入る。
彼の表情と言葉。恐らく、それが幻覚である事には気づいているだろう。だが大翔は、あえてそちらを選んだのだ。
そう、その瞬間の異変を、全体を見据える第三者に観測者になってもらうために。
大翔の微笑みに、碧斗はまるで任せろと言う様に笑い返す。もし、隙を見せた大翔に攻撃をするのならば、必ず彼の方へと悠介が寄る筈である。
あまり虚像から離れ過ぎると声によって位置がバレるため、遠くで見据える碧斗に対象をシフトする可能性も低いだろう。
即ち、大翔に攻撃した瞬間がチャンスであると。彼には囮になってもらい、大翔が攻撃を受けた場所を瞬時に把握しその場所に碧斗が向かう。それが、二対一の違いだと。碧斗は作戦を考え、見えない悠介に挑発的に笑う。
だが、しかし。
「はははっ、馬鹿だなぁ」
「は?」「何?」
大翔が悠介の幻覚を殴った瞬間、悠介は笑って声を上げる。
「僕が、ただ君達相手に真っ正面から"一人"で向かうと思った?」
「んだと!?」
「なっ!?」
ニヤリと。見えないが確かに彼がほくそ笑むのが分かった。それと同時に、外から。遠くから嫌な振動が近づいた。
この感覚は知っている。
ついこの間受けたばかりだ。正直、もう二度と受けたく無いと思った攻撃だ。
そう、その正体は。
「状況は把握した。二体二、これなら、きっと。今度こそ、仕留める」
「「!」」
その声と同時にその人物が現れ、それと共に同じくやって来た、脳が割れる程の空気の振動に二人は倒れ込んだ。
そこに現れたのは、大井川三久の姿だった。
「どう?さっきの光の点滅、ただの攻撃だと思った?なんか光過敏性発作とか言ってたけど、狙いは違う」
「んだと、?」
「まさか、、モールス信号か、」
「せーかい!」
掠れた声で、大翔と碧斗が返すと、悠介はよく出来ましたと言う様に笑顔で返す。
「元々、これはシナリオの内だったんだよね。だから、大井川さんは二棟の廊下から一棟を見てもらってたわけ。今この配置にしたのもシナリオ通りだよ。僕以外の君達が、大井川さんの攻撃を均等に受ける様にするためのね」
「クソッ!」
悠介の微笑んで自慢げに話す作戦に、大翔が思わず怒りに任せて地面を強く殴る。
が、対する碧斗は、微笑み返す。
「そうか。...なら、これもシナリオの内か?」
「えっ」
瞬間、碧斗は有害な煙を廊下を埋め尽くす程に放出する。
「大翔君!ごめんっ!少しだけ息止めてっ、踏ん張ってくれ!」
碧斗の声かけに無言で口を押さえながら頷くと、対する悠介と三久は大きく咳き込む。
「ごほっ!がはっ!」
「ぐふあっ!?がはっ!」
が。
「クッ!?うっ、なんだっ!?」
それと同時に、三久の能力の範囲と威力が増す。
以前同様、どちらが先に限界がくるかの勝負になるのだろう。それを察した碧斗は、強く頭を押さえながら煙を更に濃くした。
「ごはっ!ごほっ!」
「ぐはっ!がはっ」
今にも血反吐を吐きそうになりながら、悠介と三久は耐え続ける。現在、煙を濃くし過ぎたせいで二人の姿は見えないものの、どうやら崩れ落ちている様子だ。
これならば耐えきれまいと。碧斗がニヤリと微笑み更に煙を強めた。
と、その矢先。
「っ!」
瞬間、頭痛が突如止んだ。
恐らく、三久が能力を止めたのだろう。流石に耐えきれなくなったのだと。碧斗が少し強引なやり方をした事に罪悪感を覚えながら察し、こちらも能力を解除すると、刹那。
「何やってるの!?伊賀橋君!?」
「えっ」
突如、その場に沙耶の甲高い叫びが、響いた。
「な、何って、ほら、大井川さんが俺たちに襲いかかって来てーー」
「どこにいるの!?」
「っ!?」
碧斗が弁明しようとした直後、沙耶が声を上げた事によりその異変に気づく。煙が薄れたその先に居たのは、苦しそうに咳き込む大翔と悠介のみであった。
「なっ!?」
思わず碧斗は声を漏らす。いや、ありえない。あれは確かに三久であり、実体であった。
能力も使用していたのだ。
間違い無い。
そう考えるのであれば、この状況に陥った理由は一つ。
「逃げた、、のか、?」
「フッ」
力無く、碧斗が項垂れながら零すと、それを伏せながら見据えた悠介が微笑む。その光景に碧斗は目を剥くと、続けて沙耶が放った。
「何言ってるの?とぼけるのはやめて!」
声を上げる沙耶に反応し、碧斗は冷や汗をかきながら振り返る。その光景に、表には出していなかった悠介がほんの僅かに口元を綻ばせる。
その一連の流れを身をもって受け、碧斗は理解する。
悠介は我々を捕らえようとしているわけでも、殺そうとしているわけでもない。
こいつは。
一ノ瀬悠介は。
我々の関係に、ヒビを入れようとしているのだ、と。




