193.二面
「傷なんて、無いじゃん!」
沙耶は、なんと言っただろう。冗談だろう。そう碧斗達は思いたかったが、その表情は至って真剣で、怒りを見せていた。
「なんでそんな言い訳するの!?みんな、言ってたじゃん!この争いを終わらせるために説得しようって!それなのに、、それなのにっ、なんで!?戦って話せる状況にするって言うのは、、元から敵意が無い人に一方的に攻撃して言い聞かせるって事だったの!?」
沙耶は、そんな怒号を皆に放つ。こんな彼女は見たことが無かった。いつも相手の考えを察して親身になってくれる沙耶が、今は怒りの形相で我々に声を荒げている。
これは、沙耶の本当の姿というやつだろうか。いや、恐らく違うだろう。
そう。きっと、沙耶が怒りを見せている理由はーー
「...傷が、、見えてないのか、?」
「「!」」
ありえない。そんな単語を何度脳内で繰り返しただろう。だが、それ以外にはあり得ないのだ。沙耶が我々の言い分を無視し悠介を守る理由。それは、そう考える他無かった。
「これも、、まさか、また光の反射ってやつなの、?」
「分からない。...光の反射によってどれくらいの幻覚が見せられるかなんて、この場の全ての光を操れる超越した能力がなければ理解し得ない事だ。だから、、実験なんてものも出来ないし、我々人間には到底予想出来ない」
耳打ちする樹音に、碧斗はそこまで小さく返すと、「でも」と。鋭い目つきで沙耶に守られながら口角を上げる悠介を見据え付け足す。
「何かしらを使って俺らに与えた傷を消してるのは確かだ。...これ程までの傷、水篠さんが見て、俺らの方を一方的に責めるとは思えない」
碧斗の返しに表情を曇らせる樹音と大翔だったが、とにかく今は沙耶の誤解を解こうと、一歩踏み出す。
「水篠さん、違うんだ。この人も、国王から俺らを捕まえるように言われていて、水篠さんと相原さんを心配して一棟に行こうとしてた時に、止められたんだ」
肝心の能力については、何も言わなかった。その事に樹音と大翔は不満げに碧斗を一瞥したが、これでいいと。目を見開く沙耶を見据え、碧斗は更に一歩踏み出す。
そう。恐らく能力の説明をしたところで実際にそれを経験していない沙耶には理解が出来ないだろう。経験していた大翔でさえ能力を完全に把握出来なかったのだ。ならば、それを引き合いに出して納得してもらうのは得策では無いと。碧斗はそう判断したのだ。
きっとそれを言ったところで、悠介が嘘を話せば、立場上彼の言葉の方を信じてしまうだろう。沙耶にとっては現在の我々は敵意のない相手を一方的に攻撃した悪者なのだから。
と、碧斗は予想し放った言葉だったが、沙耶はそれよりも美里の名に反応し声を上げる。
「そうだっ、みんなっ!美里ちゃんが!美里ちゃんが大変なのっ!」
「「「えっ!?」」」
その言葉に、嫌な予感を覚えていた一同は同時に声を漏らす。
「や、、やっぱり一棟で何かあったの!?」
予想していた最悪が起きてしまったのではないかと。碧斗が恐る恐る声を上げると、沙耶は表情を曇らせ頷く。
「...一棟は、、今みんな私達を狙ってる状態で、全員で襲いかかられたの、」
沙耶の発言に、悠介が言っていたあれは本当だったのかと。それこそ嘘であって欲しかった情報が事実だった事に歯嚙みする。
「それで、、沙耶ちゃんは、大丈夫だったの、?」
碧斗が思う中、樹音が沙耶に向かいそう問うと、彼女は今にも崩れそうな表情で彼を見据える。
「ごめんなさいっ、、私を、私を守るためにっ、美里ちゃんは体を張ってくれたのっ、私がっ、私がもっと頑張ればっ、大丈夫だったのにっ」
「「「っ」」」
掠れた声で呟く沙耶に、一同は目の色を変える。全員が狙っていると言っていたその状況下で、美里は沙耶を守るため一人で向かったのだ。それこそ、無謀だろう。
最悪な結果しか予想出来ない現状に拳を握りしめながらも、碧斗は心からの言葉を、沙耶に寄って呟く。
「大丈夫、水篠さんは悪くないよ。寧ろ、こうして俺達を呼びに来てくれて、ありがとう」
「みんな、、行くの?一棟に」
碧斗の言葉に、沙耶は素直に喜べないといった様子で頷くと、その前に居た悠介が、突如ずっと貫いていた沈黙を破る。
その様子に、碧斗達三人は睨みつけるような表情で見据えたものの、樹音が口を開く。
「行くよ。大切な友人を、放ってはおけない」
真剣に。強く返した樹音の言葉に、悠介はニヤリと微笑み同じく返す。
「カッコいいね、、僕には、どうしてそんなカッコいい人達でいてくれなかったの、?」
優しい樹音は、そんな芝居にも唇を噛んで、少し目つきを細める沙耶の視線を受けながら悩んでいたものの、碧斗はこんな奴の言葉は聞く必要はないと。すれ違い様に促し一棟へと足を踏み出した。
「ふふふ」
その姿に、またもや悠介は微笑んでいるようだった。先程の話が本当であれば一棟は転生者が揃っており、我々を狙っているという、言うなれば一番の敵地である。そこに自ら向かおうとしているのだ。
悠介は笑いが止まらないだろう。既にどう転んでも勝利が確定しているのだから。
だが、それでも尚。いや、だからこそ碧斗は目つきを変え、強く足を進める。絶対に、美里を救い、皆も守る。そんな夢のような結末にしてやると。強い意志と共に、我々についてくる悠介に振り返り、挑戦的な視線を送ったのだった。
☆
「なんで、、こんな事したの、?」
王城の二棟。とある一室で、"美里"は声を低くし問う。
碧斗達と別れた後、沙耶と美里は共に一棟へ向かい、まずは騎士の方々が居るであろうロビーや休憩部屋を探索しに向かった。マーストは約束を忘れる人物では無い事は承知していたが、約束をした日から少し時間が経ってしまったため、ただ単に自身の職務をこなしているか、休憩しているか。それだけの可能性があると予想したからだ。
だが、一棟に着くと、それは予想外の展開。いや、それ以前の問題が美里達を待ち構えていた。
なんだか、王城に居る皆の様子がおかしいのだ。
キッチンの近くを通った際に、既に食事が出来上がっていたため、朝食の時間であった事は察しがついていた。故に、厨房や食堂を避ければ良いと考えルートを調整した美里だったがしかし。
そこに、廊下を走り何かを捜す転生者が次々と現れたのだ。どうやら、我々が侵入していた事がバレてしまった様で、皆は口を揃えて「国王様が言ってたやつらだ」と話していた。
それによって、国王から我々を捕まえるようにと命令されたのだろうと予想出来た。
故に、我々は全力で対抗した。だが、沙耶の能力と性格の覚醒もあり、二人で数人を押し除ける事は出来たものの、全員が能力者であり、王城に居る転生者のほぼ全員が相手である。そんなもの、二人でなんとか出来る筈も無かった。
そこで、美里は仕方がないと。碧斗の作戦を考える思考を思い出し、美里は自身が思いつく最後の作戦に全てを賭けた。
それが、囮となる事。だったのだが。
「...答えて。なんで、私を助けたの?」
美里は皆に捕まるどころか、ある一人の男子によって二棟の一室に匿われたのだ。そして、それを行った張本人。
岩倉拓矢が、美里の目の前には立っていた。
「...答えるまでもないよ。ただ、俺は反対だっただけさ。裏切り者を取り押さえるっていう名目で、それと共に行動してるだけの君を捕まえるなんて」
「だからって、、こんな、」
「...相原さん。少しは純粋に感謝してみたらどう?」
「っ」
美里の、何か歯に挟まる様な物言いに、拓矢は息を吐き告げると、それにハッとし頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。あ、ありがとう。助けてくれて、」
「どういたしまして」
美里の謝辞に笑顔で答えると、改めて拓矢は口を開く。
「俺は元々、君達を捕まえる気は無かった。前に相原さんに会った時もそうだった様にね」
「...あんたは、、その、円城寺君に対して、だけなわけ?」
以前の会話や、この間の智樹との戦闘時の話を思い出し、美里は恐る恐るそれの真偽を確かめるべくそう口にする。と、拓矢は一度頷いたのち、美里に背を向け語る。
「俺は、許せないんだ。あいつが。円城寺樹音が」
「ど、どうして、?って、、聞いても、いい?」
美里はそう小さく問う。
彼は、以前から爽やかで優しいイメージであった。今まではそれ故に信用出来なかったのだが、その中で樹音の話をする際は、そのキャラを忘れていると思ってしまう程に嫌悪の表情が見て取れた。故に、何があったのか。美里はそれが純粋に気になったのだ。
たとえそれが、嘘であったとしても。
「そうだなぁ、、まあでも、一方的に相原さんに気をつけてって言っておいて、何も話さないのも悪いし、、少し、彼の事を話そう」
少し悩む素振りをしながらもそう続けた拓矢に、美里はごくりと。生唾を飲んで目つきを変える。
と、拓矢が振り返り開口一番に放ったそれは、耳を疑う様なものだった。
「...円城寺樹音の姉、円城寺朱音。彼女のせいで、俺の兄さんは死んだんだ」
「え、」
美里は思わずそんな力の抜けた返しを口にしていた。何を言っているんだ。樹音の姉は、人殺しなのか。いや、それでもそれは姉の話であり、彼には関係無い筈である。いや、それ以前に殺しなんて。
そんなごちゃごちゃになった感情を懸命に脳内で再構築する中、拓矢は目を逸らし口を開いた。
「別に、本当に殺されたわけじゃ無いさ」
「えっ、は、?ち、ちょっと、茶化すならやめーー」
「俺の兄さんは、社会的に死んだんだ」
「えっ、」
美里が拓矢の言葉に声を上げようとしたものの、それを遮って彼は真剣にそう告げた。
「円城寺暁音は、SNSで俺の兄さんにあらぬ罪を着せた。何もしてない。そんな純粋無垢な人にだ」
「っ」
それを耳にしたと同時、美里は拓矢が先程自身を助けた理由を思い出し、目を見開く。それを一瞥すると、拓矢は続けた。
「兄さんは、凄く優しくて、みんなに平等で、かっこよかった。...俺の、一番の憧れだった。でも、学校では友人が多い方じゃ無かったらしく、心配する事もあったけど、兄さんは、友人は居るだけで素敵な事だって。数じゃ無いって。そういつも笑ってた。...そんな、最高の兄さんだったのに、」
「...」
「許せない。兄さんが学校で陰にいる様な人物なの知って、上手いこと本当っぽい言葉並べて嘘を拡散したんだ」
「そ、それでもっ、友人は少なからず居たわけでしょ、?なら、そのお兄さんの肩を持つ人も、きっとーー」
「居なかったんだよ」
「っ」
歯嚙みして答える拓矢に、美里は言葉を無くす。
「肩を持つ人が少数派だ。それが意味する事は、、今その立場である君達が一番分かると思うけどね」
「っ!」
「少数派は、所詮どんなに頑張っても少数派で、多数派に押されてしまう存在だ。だからこそ、少数派は時期に多数派に飲まれていく。多数派から同類として蔑まれたくないからね。...そして、結局はみんなが敵になるんだ」
拓矢は、それを告げながら大きく部屋を一周すると、美里の前にまで到達し彼女に目をやる。
「だから、兄さんはどうする事も出来なかった。信用してくれる人も、時期に結局は多数派に行きたがる。そんな、薄っぺらい関係しか、兄さんは、、築けていなかった、、のか、」
拓矢はそこまで告げると、兄のことを思い出し拳を握りしめて震える。そののち、拓矢は話を戻すため目つきを戻して美里に詰め寄る。
「そして、兄さんはそれのせいで引きこもりになって、家の前にはその嘘で踊らされた馬鹿共が集まった。それのせいで兄さんだけじゃ無くて、俺の家族全員が不幸に、バラバラになった。...だからこそ、俺は全てを奪った"円城寺"を許さない」
拓矢の主張を聞き入れた美里は、一度それを飲み込む様に頷き顎に手をやったのち、息を吐いて彼を見据え返した。
「...でも、、それって八つ当たりじゃない、?それをやった円城寺君のお姉さんを恨むのは分かるけど、弟は関係無いんじゃ」
「それだけじゃない」
「っ」
美里がそうため息混じりに放つ中、拓矢はまだ終わってないと強く主張する様にして前に踏み出す。
「その後、俺は円城寺樹音に話に行ったんだ。奇跡的に、俺らは同じクラスになった、からな」
「...そ、それで、どうなったの、?」
「そしたら、彼も驚いて、自分のことの様に苦しんでくれて、真意を確認するって、言ってくれたんだ」
「っ!なら、別に恨む必要はーー」
「でも、その次に会った時には、態度が急変してた」
「えっ」
立て続けに放たれる樹音との知らない関係に、美里は思わず前のめりになりながら冷や汗を流していた。
「それって、、どういう、事、?」
「それは全て俺の兄さんが悪いって、言い始めたんだ」
「嘘、」
「そうなるよね。...俺もそうだった。でも、それは朱音に騙されてるんだって。そう思ったんだ。嘘の言い分を、弟の彼は本気で信じちゃって、それでそんな事を言ってると思った。それなのにっ!」
「っ」
そこまで感情的に声を上げると、拓矢は突如美里の隣にあったテーブルを強く殴り歯嚙みした。
「奴は嘘の合成写真まで作って、朱音と一緒になって兄さんを追い詰めたんだ」
「嘘、、でしょ、」
それは、本当にあの樹音の話なのだろうか。分からない。拓矢の方が嘘を言っている可能性もある。拓矢の兄が本当にそんな事をした可能性だってあり得るし、朱音が嘘を言っている可能性も、樹音にやらせている可能性だってある。
主観的な思考による言葉だけで真実を図るのは得策では無いと。美里はそう理解していたつもりだったのだが、それでも尚体が震える。
あのいつも爽やかで、優しいけどどこか甘くて、相手ばかりを気にする彼。そんな彼が、一人の人間を。いや、一つの家族をバラバラにした二人の内の一人であるなんて事、信じられる筈もなかった。
そんな驚愕に震える美里に、拓矢は追い打ちをかける様に彼女の肩に手をやり、真剣な顔で伝えた。
「そこまででも十分最低だったけど、それ以上に許せないのは転生してからだ」
「...転生してから、?円城寺君が、、何か、したわけ?」
美里はそう聞き返しながら振り返る。
確かに、涼太と繋がっていた時もあったが、それもきちんと事情があったでは無いかと。美里は僅かに拓矢に対して疑問視をしながら聞き返す。
と、対する拓矢は歯嚙みして、鋭い目つきと怒りを強く露わにした形相で、それを告げた。
「したわけじゃ無い。あいつは、、あの事、あの時の事、全部、覚えて無かったんだ」
「...え、?」
確かに、樹音は拓矢について何も覚えていないと言っていた。更には、彼との関係は分からないと、我々には教えてくれなかった。
それを思うと、拓矢の一言を境に、その一室には。物音一つ立たない、真っ黒で重たい沈黙が、訪れた。




