192.欺騙
「な、、なんだよ、これ」
大翔が、突然現れた男子を前に声を震わす。姿を消していたのか、と。一同が目を細める中、碧斗はその人物を思い出そうと頭を捻る。と。
「っ」
ーそうだ。こいつ、転生されたばかりの頃、チヤホヤされていた男子、、確か名前は、、ゆうくんー
その時の事を思い出したからか、更に鋭い目つきでその人物を見据える。と、対する"ゆうくん"は可愛らしい笑顔で答える。
「僕の能力だよ!それよりも、僕の質問の答え、、聞いてもいい?」
「チッ、なんだ?その可愛こぶった話し方をやめろ。それと、その質問には答えねぇ。お前には関係ないからな」
大翔がぶっきらぼうに対応する最中、その背後で碧斗は顎に手をやり思考を巡らす。"ゆうくん"は人気者のイメージがあった。転生当初だけで無く、少なくとも碧斗が王城に居た間は人気者であった。そのため、朝食に顔を出していなかったらきっと、皆は心配し捜すだろう。
また、彼が以前から朝食を抜け出しているイメージは無かった。故に、それが行われていないと理解し碧斗は察する。
ーまさか、、朝食の時間じゃ無いのか、?ー
碧斗がそう結論づけると同時、ゆうくんは笑みを浮かべた。
「はは、君達争いを終わらせたいんだ。...はははっ、無理だね。どんだけ頑張ってもここは変わらない。そんな単純な事で、争いが終わるはずないじゃん」
「っ!?てめぇ!」
恐らく、碧斗が思考を巡らせている中、大翔は我々の行動を口にしてしまったのだろう。話が分かる相手ならば、極力話し合いで解決したいがために、我々の思想を話した事に怒りはない。が、しかし。
「ざけんなっ!」
「大翔君!?」
抑えきれなくなった大翔が突如"ゆうくん"を殴り、碧斗と樹音は目を見開いた。
「なっ、何やってるのさ!?」
「な、何って、、話が出来そうにもねぇから、戦いでだな、」
「まだ弁解の余地はあったよ!?それに、まだ彼からは何もされてない!」
「く、ふふ、」
「あ?」「えっ」
大翔を止めに入った樹音が声を上げると、それを見つめていた"ゆうくん"が小さく笑い始める。
そんな"ゆうくん"本人は、どうやら無傷の様だった。大翔の殴りで、吹き飛んだり傷も出来ていないところから、彼なりに手加減をしたのだと予想出来るが、しかし。それは先走り過ぎだろうと。怪訝な表情を浮かべる碧斗とは対照的に、"ゆうくん"は微笑んでそれを突きつけた。
「争い無くすとか言ってて、一番最初に手が出るって、どういう事なの?」
「っ」
「ああ!?なんだと!?」
「まっ、まあ!大翔君!」
"ゆうくん"の言葉に声を荒げる大翔と、それを抑える樹音だったが、対する碧斗は言葉を失った。
「その、ごめんなさい。手を出したのは、、本当にごめん。でも、僕達は本当に敵対したいわけじゃ無くて、話し合いたかっただけなんだ。大翔君も、本気で殴ったわけでも、争いたいためにやったわけじゃないから、、その、許してくれると、嬉しいん、だけど、」
恐る恐る謝罪とお願いを口にする樹音に、"ゆうくん"は一度ハッと笑みを浮かべると口を開く。
「え?もしかして許してくれって事?あはは、それって人殺しにも言えるの?たとえ人を殺めてしまって、それが故意じゃ無くて、わざとじゃないよ〜って言って、許してもらえると思ってる?」
「そ、、それは、」
「っ」
「ああ!?んださっきから屁理屈ばっか言いやがって」
その返しに樹音が目を逸らし大翔が歯嚙みすると、碧斗はまたもや表情を曇らし口を噤んだ。
そうだ、我々がやっている事はそれと変わらないのかもしれないと。確かに、進も智樹も智也も、戦った先に話を重ねて理解を深められた。だが、もしそれが通用しない例外が現れたらどうするだろうか。話し合いで解決出来ないが故に争いをし、それでも駄目だったら。
我々はどうするだろうか。
誤って人を殺めてしまうのだろうか。
それでも我々は相手が攻撃してきたと言い、仲間同士で免罪符なるものを言い合うのだろうか。
ーそんなの、、ただの殺人者と同じじゃ無いかー
そうだ。戦闘不能にさせれば話を聞いてくれる。それは、ある意味強制的に押し付けているのでは無いかと。
碧斗は第三者として我々を見た時、その作戦が悪に近づいている事に気づき冷や汗を流す。
"ゆうくん"の言葉を受けて改めた碧斗は、樹音に続いてしっかりと謝罪を口にしようとした。
が、その瞬間。
「でも、僕はその考えに賛成派かも」
「「えっ」」「何?」
"ゆうくん"が微笑みそう付け足した。と、思われた矢先、目の前がーー
「「「ぐあっ!?」」」
ーー失明するのでは無いかと疑う程の閃光に包まれた。
「な、なんだっ、これっ!?」
「ふふふ、これが僕の能力。"光"だよ」
「ひ、光、?」
頭を押さえ、目を強く瞑りながら片目を薄らと開く碧斗が唸ると、"ゆうくん"は改めて後ろで手を組み、我々の目の前でそう放った。
「改めておはよう。僕の名前は一ノ瀬悠介。能力は光!光の様に輝いてるからかなぁ?ねねっ!君達の名前と能力、教えてもらってもいいかな?」
「ハッ、教えてやるよっ!俺は橘大翔っ!能力は、、これだ!」
大翔が叫ぶと、同時に悠介の顔面を先程とは打って変わって本気で殴る。
が。
「へぇ!なるほど、力が強くなる能力?なのかなっ」
「「「っ!?」」」
殴った張本人である大翔だけで無く、それを見ていた一同もまた目を疑う。
そう、確かに殴りを入れたのだ。それなのにも関わらずーー
ーー悠介は、大翔の背後に居た。
「んだおめぇ!?」
「あははっ、反応面白いね!...ん?」
退く大翔を悠介は笑うと、その目の前に刃を突きつけ樹音が割って入る。
「ご丁寧にありがとう。僕は円城寺樹音。君は、どうしてここに居るの?」
「おっかない顔だねぇ、さっきまでの優しい顔はどうしたの?」
悠介の返しに樹音は更に眉間に皺を寄せると、今度は碧斗が間に入る。
「朝食の時間じゃ無かったか?まあ、それ以外の時間でもここを通り過ぎるのは、少しおかしいと思うが。それに、、どうして最初姿を消していた?」
「質問が多いね。でも、その答えは一言で返せるよ」
「何、?」
まるで小悪魔の様な笑みで悠介がそう答えると、怪訝な表情を浮かべる碧斗にそれを告げた。
「僕は、君達裏切り者を取り押さえるように、国王様から言われてるんだ〜」
「「「!」」」
恐らく、三久と同じなのだろう。国王がここまで動き出している事に一同は動揺を隠しきれなかった。もしかすると、もう既に転生者のほとんどに国王様から要請が出ており、パニッシュメントを含めた皆、全員が我々に敵対意識を持っている可能性があると。
それを察した碧斗からは冷や汗が溢れる。
「君達が居る事は聞かされたんだよ。清宮さんと」
そんな一同に笑みを浮かべそう返すと、悠介は突如目つきを変えて声のトーンを落とす。
「国王からね」
「「「!」」」
「だから、みんなそれぞれ捜しに出たんだよ。そしたらびっくり!」
「...え、?」
険しい表情を浮かべる皆に、悠介が手を広げそう語ったのち、ニヤリと笑って呟く。
「なんと近くに、裏切り者の相原さんと水篠さんが居たんだ」
「「「っ!?」」」
その事実に、一同は大きく動揺を見せる。
マズい、こんな事をしている暇はない。みんなを、早く助けに行かなくては。碧斗は目の色を変えて、思考を変えると、そのまま悠介を通り過ぎ廊下の奥。一棟方面へと向かった。
が、しかし。
「ごふぁっ!」
「「!」」
先程通り過ぎた筈の悠介が隣に現れ、碧斗の腹を殴る。
「がっ、がはっ!な、なんっ!?」
「話は終わってないよ!その後ね、みんなで二人を取り囲んだんだけど、その時僕は思ったんだよねっ!」
可愛らしい笑顔でそう爽やかに口を開くと、その笑顔は一転。不気味なものへと変化し碧斗を見下ろす。
「じゃあ他の人達はどこだろうなぁって」
「お、、お前っ」
「つまり、元々僕は君達を捜しに来たわけだよっ!そして、確実にみんなを捕まえるために今ここで君達を一棟には行かせない。僕は通せんぼの役割なんだ!」
元気よくそう放つと、それに歯嚙みする碧斗と同時に。
「てめぇ!ふざけんなっ!」
「っ」
大翔が地面を抉るほどの力で飛び出し悠介を殴りに向かった。それに悠介はハッと。マズいと冷や汗混じりに目を見開いたが、しかし。
「なっ!」
大翔の殴りは、またもや悠介を貫通して、空気を殴った。
「僕はここだよ〜」
「がっ!ごはっ」
するとその後、突如大翔の右隣に現れた悠介が足をかけ、バランスを崩した彼の腹に、膝を打ち込んだ。
「ぐはっ、はっ!クッ」
「おお!凄いね!流石力が強くなる能力。物怖じしないね」
大翔はそれに空気こそ口から吐き出したものの、そのままバランスを立て直し、悠介に向き直って蹴りを入れた。
だが、またもやそれの繰り返し。
「っ!」
大翔の隣に移動していた悠介は、彼の横腹に肘を打ち込んだ。
「がっ」
「はははっ!そうやって闇雲に戦うのはやめた方がいいよ〜」
横腹を押さえ歯を食いしばる大翔に、嘲笑うかの様な笑みを浮かべる悠介。そんな彼に向かって、樹音は剣を構えて口にした。
「僕らを元から狙ってたなら仕方ない。申し訳ないけど、友達のピンチがかかってるんだ。邪魔するなら、僕が相手するよ」
「へぇ!カッコいいなぁ、円城寺君は!」
「ダガーレインッ」
鋭い目つきで放つ樹音に、悠介は目を見開いて歓声を上げると、続けて空中に出現させた大量の剣を前にーー
「でも、情けなく手も足も出ないよ」
ーー悠介は呟くと共に、その場一体にまたもや閃光を放った。
「がっ!?」「なっ!」「クッ!」
一同が皆、そのとてつもない光に目を伏せると、その後。
「っ!」
樹音は気配を感じ背後から近づくそれを剣で防いだ。すると。
「っ」
光が落ち着き、目が通常の光に慣れ始めた直後、目の前には剣を樹音に突きつける悠介の姿があった。
「な、なんでっ、、っ!まさか、あそこから」
「はは、目を閉じずにはいられないでしょ?これが、君達が手も足も出ないと言い切れる理由」
そう、悠介は閃光を放ち目を瞑っていた時間を利用して、樹音が空中で止めていた剣を取り彼自身に突き立てたのだ。その事に気づいた樹音は、驚愕と共に空中に留めていた剣へ視線を移動させると、それを気配という不確かなものだけで防いだ樹音は冷や汗を流す。
「どう?今防げたのはまぐれだったら。次は、死ぬよ?」
「っ」
悠介の、その爽やかな笑顔とは対照的に放たれる物騒な言葉に樹音は眉間に皺を寄せると、瞬間。
「へぇ!そんな人の事言うならっ、まずは自分の周り見てから言えよ!」
「え」
剣を力強く押し込む悠介の背後から、大翔が飛び出し殴りにかかる。
「あの光の中で移動してたのはお前だけじゃないぜ!俺の方が一本上手だったな!」
大翔が自信満々でそう叫んだのち、悠介に殴りを入れるがしかし。
「クッ!何っ!?またかよ!?」
その拳はまたもや貫通し、目の前の悠介が瞬間移動する。と、その直後。
「がぐはっ!?」
「「っ!?」」
突如、目の前の樹音の背中が斬られ、血を吐き出すと共に倒れ込む。
「みっ、樹音!?」「樹音君!?」
その光景に駆け寄る大翔と、声を上げる碧斗は、それぞれその張本人である悠介を捜すため辺りを見渡した。と、その矢先。
「っ!マズいっ!」
突然碧斗が声を上げると、慌てて左に転がるようにして移動する。
「あ、碧斗!?」
それに不思議そうに声をかける大翔だったが、そこにゆっくりと現れた悠介により理解する。そう、先程まで碧斗が居た場所に剣を振り下ろしている、悠介が居たのだ。
「あれぇ?ちょっと強く振って音を出し過ぎたかなぁ?」
「てめぇ!何しやがんだ!?」
悠介が首を傾げる姿に、大翔は怒りを力に走り出すと、殴り込む。だが、またもや瞬間的に悠介は移動し、彼の背後をとって斬りつける。
「がはっ!」
「大翔君!?」「ひ、、大翔、君」
それに碧斗と樹音が名を放つと、悠介は微笑みを浮かべたまま彼らに近づく。その一連の行動を観察しながら、碧斗は顎に手をやる。
これは、一体何か、と。
瞬間移動だろうか。いや、恐らく違うだろう。いくら時間稼ぎであろうが、我々をおちょくっていようが、そんな力があるならばこんな事をせずともとっくに全員を捕まえられる筈だ。更に、先程彼は光の能力と自身で放っており、実際に我々に閃光を浴びせていた。
国王の話によると能力は一つまで。それぞれに適応した能力がつくに違いない。ならば、光の能力を信じるのであれば、それを持っている以上、それ以外のものは持ち合わせていない筈だ。
ーなら一体さっきのはなんだ、?閃光を放った隙に行動するのは分かるが、瞬間移動は説明がつかない。...だが、あの閃光の中で樹音君の裏を取れたんだ。その体格もあって、相当すばしっこいんだな、、今は余裕を見せてるから大丈夫だろうが、、本気を出したら相当速度には悩まされそうな、、ん、?ちょっと待てよ、?ー
そこまで考えたのち、碧斗は目の色を変える。
今の大翔との交戦で瞬間移動の意識になっていたが、元はと言えば彼は目に見えていなかったのだ。そこに碧斗がぶつかった事により彼の存在に気づけた。それは恐らく我々の観察が目的だったからかもしれない。
悠介に聞かなければ確信には至らないが、恐らく我々が一棟の事に気づき戻ろうとしたが故に、悠介は姿を現したのだと予想出来る。
だが、問題はそこではない。
問題は、光の能力である筈なのに透明になれるという能力を使用しているという事。それを胸中で思った瞬間。
「っ!」
碧斗は、その"原理"に気づく。
「そうか、、そういうことか!?」
「何っ!?」
「どう、したの?」
「ん〜?」
気づくと目の前には、ボロボロになった大翔が未だ殴りを続け、背中の切り傷を耐える樹音が距離を取りながらナイフを飛ばしている最中であった。
その中で振り返る一同を見据え、碧斗は真剣な表情でその"原理"を告げた。
「悠介君は、光の能力。ただ単に光を発したり放ったり出来るだけじゃ無くてーー」
碧斗はそう声を上げたのち、皆に一歩近づき、悠介を試すように視線を送る。
「ーー自分から発する事も、現在ここに溢れている光の調整も出来る。...そうだろ?」
「!」「っ!...て、どういう事だ?」
樹音が目を見開くものの、対する大翔は声を上げながら首を傾げる。
そんな彼にも分かるように、碧斗は答え合わせをするべく悠介に迫った。
「光を放ち、周りの光の反射率を調整する事によって、幻覚を見せていたって事だ。...つまり、俺たちが見ている悠介君は、幻って事だ!」
「なっ、おいそれって」
「はははっ、面白い推理するね!...って、言いたいとこだけど、その通り。正解だよ」
碧斗の発言に理解したようで、大翔が口を開くと、それを遮るようにして悠介が微笑む。が、しかし。
「でも、それがなんだって言うの?それが分かっても、僕の位置は誰にも分からない。答えが分かっても、攻略法は分からないままなんだよ」
「がはっ!」
「「大翔君!?」」
皆が怪訝な表情を浮かべる中、悠介がそう放つと同時に大翔を背後から斬りつけ倒れ込んだのを確認したのち戻ろうとする。だが。
「クッ、てめっ!」
それを耐え、大翔は左足を軸にし回転して殴りかかったものの、それもまた幻覚。やはりその拳は貫通し、今度は樹音の居る方向から現れた。
「っ」
それを瞬時に察した樹音は、慌てて彼の振る剣を自身の剣で防ぐと、それを見据えながら大翔は碧斗に寄った。
「つまりどういうことだ?今見えてるのは幻覚なのか?」
「いや、多分今は"どちらとも言える"んだと思う」
「どういうことだよ?」
「彼は、いつ反撃を喰らっても避けられるように、ほんの僅かにズラして見せてるんだ。自分の像をそこに留まらせる様にして」
「もっと意味が分からなくなってきたぞ?」
碧斗の解説に頭を悩ませる大翔の姿に、一度息を漏らすと、現在交戦する樹音に対してもそれを告げる。
「まず、俺達が見ている世界に溢れる色や形は光の反射によって目に飛び込んできてる。可視光と呼ばれる光が、反射する波長によって色の変化となるんだ。つまり、悠介君は現在ここにある光を、物体がない場所で反射させ、それを自身と同じ波長。即ち色で反射させる事で、まるでそこに悠介君が居るように像を作る事に成功したわけだ。対する本体は自分から光を発して、全てを反射させる事で色を消して、まるで透明になったかのように見せてるわけだ。そして、その虚像に攻撃をする時間を利用して、そのすばしっこさを活用して背後を取っているって事だろ?だからこっちからすると一見、瞬間移動している様に見えてるわけだ」
「っ!なるほど、って事はつまり、見えないけど確実に"足を使って移動してる"って事だね!?」
樹音が何度も打ち付ける悠介の剣を防ぎながら顔だけで碧斗に振り向くと、そう頷くと共に声を上げる。が、納得しているのは樹音だけであり、未だ疑問符を浮かべる大翔に、碧斗は微笑み告げる。
「つまり相手は透明人間だ。変わり身の術を使う」
「っ!なるほど!あれは囮か!つまり、透明な本体が隠れてんだな!?」
大翔が納得し要約すると、碧斗がその通りだと微笑み頷く。が。
「だからさぁ、それが分かってどうするのっ!」
「っ!」
悠介が放つと共に、樹音の剣が弾かれ後退る。が、刹那。樹音の背後には悠介が現れ、斬りつけにかかる。
すると、その既のところで大翔が割って入り、彼を殴りつける。と同時に、避けるであろう場所に向かって蹴りを入れる。がしかし。
「残念だね!こっちだよ」
「っ!がはっ!」
現れたのは蹴りを入れた右。の反対である左であった。それにハッと振り返った時には既に遅し。大翔の左腕は斬られていた。だが、反射的に距離を取った事により深傷にはならなかった様だった。
それに碧斗が安堵した直後。大翔を斬りつけた悠介の背後から、樹音が彼の頭にくっつける様にして剣を構えていた。
「...もう逃げ場は無いよ」
「え?同じだよ?こうして話してる僕も、偽物かもしれないんだから」
「そうじゃ無いよ」
樹音は笑う悠介を睨む様にしながら、背後に廊下を埋め尽くす程のナイフを出現させる。まるでこれが、逃げ場を無くす方法だと告げる様に。
「あー、なるほど、、そっか。これじゃ僕の幻覚を見せても、光を放っても、それ打たれたら終わりだね」
息を吐く悠介に、樹音は強く頷く。
「そう。だから、もう降参してーー」
「でも、君はそれが出来ない。違う?」
「「「っ!」」」
ニヤリと呟いたそれに、思わず動揺を見せる一同。故に図星である事を悟られ、歯嚙みする樹音とは対照的に、悠介は笑みを浮かべる。
「だよね?確かに僕は君達を狙ってるし、一棟に行く道を邪魔してる。だけど、裏を返せばそれだけで、別に君達に軽く攻撃してるだけで誰も殺してない。...あれ程の災害を起こした海山智樹君すら殺せなかったんでしょ?そんな君達が、僕を殺せるのかな?」
そこまで放った悠介は、微笑んだまま向けられた剣を指で押して退ける様にしながら樹音に近づく。
「それに、僕、処刑される程の事、した?」
「っ!」
その一言に目を剥く樹音とは対照的に、碧斗と大翔は怒りを露わにし、思わずーー
ーー彼に殴りを入れた。
「おっと、それも幻覚だよ。この攻撃の原理を知っても、透明な僕がどこから向かってくるのかまでは分からない。円城寺樹音君のそれでしか、僕は捉えられないけど、それをしたら僕より君達の方が重罪だね」
ニヤリと。不気味な程に清々しい笑みでそう天秤にかける。それに殴りを入れたものの、通り過ぎ振り返る大翔と、冷や汗を流し留まる樹音は目を逸らす。
が、そんな中。
「おい」
「え?どうしたの?もしかして今更交渉?」
一同の敗北を察した悠介が笑って振り返ると、その先の碧斗は鋭い目つきで。だが、口角は上げた状態で続ける。
「お前、一人忘れてないか?」
「え?」
「俺の能力はっ」
碧斗が歯を見せ微笑んだのち、そう掛け声を上げると共に手を大きく振り上げ、それを降ろすと同時にこの廊下を全て埋め尽くす程の煙を放出した。
「全員に対して適応する全体攻撃だ!」
「「「!」」」
瞬間、樹音と大翔、悠介が目を見開く。すると、その場には煙が溢れ、一同は視界が妨げられる。がしかし、それに耐性のある碧斗だけは分かる。
悠介の、本当の居場所が。
「ここだっ!」
「ごふあっ!?」
どうやら、放った拳が彼の鳩尾に入った様で、悠介はしゃがみ込む。
「はっ!やっと、お返し出来たな!」
その光景に碧斗はニッと笑い見下ろすと、悠介は歯を食い縛り、倒れたまま顔を上げる。
「こ、これは、、避けられない、か、」
「ああ、誤算だったな。悠介君の一番の問題は、俺らの能力を把握していないのにも関わらず強気で攻めたところだ。大翔君の時の発言もあり、俺らの事を知らないのかとは思ったが、本当に、俺の能力すら知らないとはな」
悠介の光の反射は、あくまで人体の視覚に影響を与えるもの。最初に碧斗とぶつかった時を考えると、本体の形はそのままそこに存在する。即ち、煙の能力であれば光とは関係無く、物体の形が浮き彫りとなるのだ。
「これで透明化は無力になったな。恨むなら自分の作戦の浅はかさを恨むんだな」
「...ははは、確かに、透明化は、無駄になったね、、でも、それはあくまでも透明化、だけだよっ!」
「なっ!?」
瞬間、悠介からは目が潰れる程の閃光が放たれる。それを腕で覆い隠しながら、碧斗は歯嚙みする。そうか、彼の能力は透明では無く光。これが、本命の能力使用法かと。
「はははっ、残念だね!確かに君の能力は僕には危険だったけど、その能力を使う君もまた同じ人間だよね!なら、これには耐えられない筈だよ」
その声質から、ニヤリと。いつもの様な小悪魔的笑みを浮かべている様子が容易に察する事が出来た。
それに、悔しさから碧斗は拳を握りしめた。
と、思われたが。
「ハッ!」
「?」
碧斗は、同じく笑い返した。
「確かに、これはピンチだった。この能力は強大で、俺らにはどうする事も出来ない」
「え?どうしたの突然。諦め?」
碧斗の高笑いに、悠介もまた苦笑を浮かべると、その笑いを絶望に変える様に。碧斗はニヤリと笑ったまま、腕で顔を隠したまま悠介の方へ顔を向けた。
「これが、少し前の俺だったらな」
「えっ!?ガッ、ガハッ!?な、何をっ!?」
「俺は既に次の段階へと進んでいる。つまり、この煙を有害なものにする事も可能ってわけだ!」
碧斗が強く放つと、先程悠介の位置を把握するため放った煙の成分を変換させる。それによって咳き込む悠介に、僅かに心が締め付けられながらも、碧斗は詰め寄る。
「さぁ。俺達に手出ししない事を約束しないと解除しないぞ」
そう。この方法ならば、極限状態になった彼は三久の時と同じ様に手を引いてくれるだろうと。殺すという選択肢を排除した状態で導き出した、最も可能性のある方法であった。
が、しかし。
「がっ、がはっ!ごほっ!あ、碧斗、君、」
「ぐほっ、がはっ!」
これには、一つ問題があった。
それは、この攻撃が本当に範囲攻撃で、無差別能力であるという事だ。即ち、樹音と大翔にもまた、有害であるという事だ。
「いいのか!?このままだと死ぬぞ!?」
故に、碧斗は焦りを見せた。悠介を脅す様にして詰め寄るその姿は、早く二人を助けたいがために願っている懇願のものとしか思えなかった。そのため。
「はぁ!はぁっ!約束っ、したところで本当にっ、守るっ、とは、限らないよっ!はぁ、はっ、それに、いいのかはこっちのっ、ごはっ!はぁ、はぁ、台詞だよ。いいの?このままだと、、みんな巻き添えで、、更には僕を君の手でっ、殺める事にっ、なるけどっ」
「っ!」
碧斗は心の奥でつっかえていたそれを引き合いに出された事で思わず能力を解除し目を剥く。そんな碧斗に、大翔は何度か咳をしたのち、「おいっ!何やめてんだ!」と声を荒げ、悠介は呼吸を整えたのちニヤリと笑う。
それはまるで、全て予想通りだと言うように。
「クッ」
あちらの方が一枚上手だった。と、言うべきだろうか。それとも、我々が甘いのか。
だが、この選択は、間違いでは無かったと。
ただ自分だけはそう思いたいと。碧斗が心で思った。
と、その矢先に。
「はぁっ!はっ!いっ、伊賀橋君っ!みんなっ!」
「「「「!」」」」
突如廊下の奥から沙耶の声が響き、皆は目を見開き視線を向ける。すると、その先の彼女は我々の顔を見たことで安心したのか、一度立ち止まり息を整えたのち、口を開こうとする。
が、それよりも前に。
「たっ、助けてっ!」
「えっ!?」
「えっ」「は!?」「何っ!?」
突如、悠介は悲壮感を露わにしながら沙耶に駆け寄った。その光景に、碧斗達一同は驚愕と共に憤りを感じた。すると、続けて悠介は沙耶に近づき震えた声で話す。
「たっ、助けてっ、、僕、別にお話ししようと思っただけなのに、、この人達がっ、この人達がいきなり襲いかかってきて、それでっ、こんな状態にっ」
悠介は、先程碧斗が入れた殴りの痕を見せ、目に涙を浮かべる。それに、大翔は思わず息を吹き返しながら悠介が剣で斬り刻んだ自身の傷を沙耶に見せる。
「おいおい!なら、俺のこれはどう説明すんだ!?お前の方が先にでけぇ攻撃して来てーー」
「何言ってるの橘君!」
「...は、?」
言い返す大翔に、沙耶は眉間に皺を寄せ声を上げた。
「傷なんて無いじゃん!」
「「「え、」」」
彼女の言葉に耳を疑う一同を他所に、こちらを見て微笑む悠介を、沙耶は優しく撫でるのだった。




