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殺し合いの独裁者[ディクタチュール]  作者: 加藤裕也
第1章 : 終わりの第一歩(コマンスマン)
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19. 陰伏

碧斗(あいと)君、みーっけ」


 声は男性。今まで聞いたことがない声だという事から、話したことがない相手だろう。その言葉に反射的にそちらに向き返り、後退る。心臓が張り裂けそうなほどにバクバクと脈立つ。先程の高鳴りとは違う緊張感が漂う。


 その目線の先に居たのは、黒髪でスポーツ刈りの男子だった。見た目といい、やはり転生者である事に変わりはないようだ。何かしらの能力を使い、家に入って来た事は確かだが、どのように入って来たかは分からない。その男の様子を観察し、おおよその検討を試みたその時


「どうして入ってこれたんだ?みたいな顔してんな。お前」


 心を見透かされたような物言いに怯みつつも、策を考える。


「しゃあねぇ、教えてやるよ。そんなに聞きたそうにしてるからな。俺の能力は"爪"。お前は煙だったか?」


 この人の能力は「爪」。と聞いたところで、それでどうして入ってこれたのかいまいち分からない。ましてや、どんな事が出来るのかすら分からない。


「ん?今度はどう入ったんだって?はっ、簡単簡単。俺の爪は変幻自在に出来る。つまりだ、ここの鍵の形に変形させる事も出来るってわけだな」


「なっ!?」


 爪を見せながらその男子は笑った。


 なるほど。爪の能力というのは爪を出したりするのではなく、あくまで自分の爪を変化されるというものか。どこまで変形する事が出来るのかは不明だが、厄介な能力である事には変わらないだろう。


「あとは、そこのクローゼットに数分隠れてたってわけだな。窮屈(きゅうくつ)だったが、待った甲斐があるぜ」


 じりじりとこちらに少しづつ近づいてくる。最善策を考えている碧斗に、更に続ける。


「お前らを連れてこいって言われてんだ。まあ、殺してもいいらしいけどなぁ。碧斗くぅーん?」


 自分だけならまだしも、奥に沙耶(さや)が居る事が知られたら捕まるだけでは済まされないだろう。どんな技が繰り出されるのか分からない今、何かをされる前に身を潜めるのが優先的だと判断した碧斗は煙を放出し、沙耶の居る部屋に戻る。


「ごはっ、ごほっ、くそっ何処に逃げようと、」


 煙の濃さに、思わず咳をする男子を横切り、部屋に逃げ込む。


「い、伊賀橋(いがはし)君、凄い音したけど、一体、」


「まずい、この場所がバレた。早く逃げないとマーストと樹音(みきと)が危ない」


「え!?バレたって、、まさか、」


「ああ。何想像してるかは分からないけど、おそらくその通りだ。裏口から逃げるよ」


 震え始めた沙耶が頷くと、急いで裏口に向かう。外は町外れなだけあり、草原が広がり隠れられそうな場所はない。

 ただただ逃げる事しか出来ないが、長距離を移動し過ぎると自分達が帰れなくなる可能性もある。なんとか迷子だけは回避したいが、追いつかれるのも時間の問題である。


 そう考えた矢先、後ろから走ってくる音が聞こえ、頭が真っ白になる碧斗。


「ど、どうしっ、よっ、おいっ、つかれちゃっ、」


「あ、はぁ、ああ、そう、だな、」


 ま、まずい。相手は見た目通りの運動神経の良さを兼ね備えており、華奢(きゃしゃ)な沙耶と、その沙耶よりも体力のない碧斗には、簡単に追いつく事が出来るだろう。これ以上逃げる事は出来ないと悟った碧斗は沙耶を逃す為、立ち止まり振り返る。


「えっ!?」


 沙耶が驚いたように声を上げる。振り向く沙耶に背を向けながら大声で叫ぶ。


「先に逃げろ!俺がギリギリまで引きつける」


「やだ!伊賀橋君だけ置いてけるわけないでしょ!」


 いつも静かな沙耶が大声で言う。その言葉に驚き、振り返る碧斗。その言葉がなんだか嬉しくて、だからこそ生きていて欲しい。そう思った。


「駄目だ!早く逃げて!」


「ううん!私も戦う。全部私のせいなのに、そんなのやだ!」


 自分のわがままのせいで事が悪化し、他人を巻き込み、今がある。全てを始めたくせして自分では何も出来ない臆病者。そんな人にはなりたくない。


 だから、戦わなきゃいけない。変わりに戦ってきてくれた人達の為に、怖いとか、傷付けたくないとか言っていられない。


「だから、私、戦う。守ってみせる!」


 力強くそう声を上げると、数メートル先にまで近づいた邪悪に笑う男子の顔を見据える。碧斗はその様子を見てため息をつき、苦笑いで言う。


「逃げろって言っても無駄みたいだな、分かった。一緒に戦おう、水篠(みずしの)さん」


 少し頬を赤く染め、頷く沙耶。だが、すぐに顔つきを変え、神経を集中させる。


「ほー!まさか2人とも居たなんて驚きだ。これは収穫のあるいい場所だったみたいだなっ!」


 そう言い、飛びかかろうとした瞬間


「駄目っ!」


 沙耶の言葉と共に地面からは岩が生える。


「なっに!?」


 勢い余って突進してきたその男子は、岩に衝突し目を白黒させる。


「く、くそっ、隣の女子は岩だったか、これは油断したぜ」


 その能力の強大さを目の当たりにし、驚く碧斗。この能力はかなり強い能力に分類されるのではないだろうか。そんな事を考えていると、その男子は静かに呟く。


「岩の能力は外の方が有利という訳か」


 だが、と付け足して自信げに言う。


「外で有利になるのは俺の方だぜ?お嬢ちゃん」


 そう言うと、爪を伸ばし変形を始めた。


「まずい。あいつの能力は"爪"なんだ。爪を変形させて好きな形にする事が出来る」


「え、そうなの!?」


 碧斗が能力の情報をいい終わるよりも前に爪はあっという間に長く太いものに変わっていた。形はシャベルのように曲がり、大きく伸びている。するとふと、靴を脱ぎ足を見せる。


「どうだ?足の爪も変形させる事が出来るんだぜ?」


 その足を見た瞬間、碧斗は何かを察する。そこには小指の爪が2等分され、まるで指が6本あるように変形している。


「まさか、その形状は」


 冷や汗混じりに碧斗は呟く。


「ど、どうしたの、?」


 理解が追い付かずに首を傾げる沙耶。あのシャベルの様な手の爪と、ふんばれる様に変形した足の爪。碧斗の様子に、理解した事を悟ったその男子は大声で叫ぶ。まるで答え合わせをするかのように。


「そう!これは土に潜るための爪だ!」


 そう言うと、勢いよく地中を掘り始め、あっという間に姿を消した。


「え!?潜っちゃっ、た、?」


「ああ。やはりか、あの爪は土竜をモチーフとして作られたんだろう」


「も、もぐら?」


「そう。土竜は前を掘るための面積の広い、シャベルやスコップ型の前爪と、それを踏ん張って進む為に鋭く尖った爪と、それを支える6本目の爪が存在する後ろ爪がある。前足にも本当は親指が1本多いのだが、爪を手前に曲げる事でそれをカバーしているのだろう。人間の身体では深く潜る事は出来ないが、地中を素早く"移動する"手段であるなら有効的だ。つまり」


 そこまで言うと、碧斗は後ろを向き身構える。その瞬間を狙ったかのように飛び出し、爪を鋭いものに変形させ飛びかかる。


「危ない!」


 急いで岩を作る。だが、


「残念だったな!岩だろうと削り取ってやる」


 回転をしながら勢いをつけて岩に突っ込む。セリ矢のように変形した爪を立て、岩を少しずつ削る。


「ど、どうしよう、このままじゃ時間の問題、」


「ま、まずいな、」


 そう。沙耶も攻撃重視な能力ではないがゆえに、時間稼ぎしか出来ないのだ。ディフェンダーとして扱われる事の方が多いであろう能力である。このまま岩を出し続けると、おそらく沙耶の体力の問題があるのだろう。スポーツマンの男子と、内気な女の子。どちらが先に力尽きるかは一目瞭然である。何か策を考えなければいけない、この人を倒す事が出来る方法を。


ーくそっ、なんでこんなにも俺は無力なんだ!?ー


 怒りと劣等感が碧斗を襲う。目の前に居る1人の人さえ守る事が出来ないのだろうか。


ー何か考えろ、何か、方法があるはずだー


「だめっ、、もう、抑えられなっ、!」


 全力を出して創り出したであろう巨大な岩にヒビが入り、砕けそうになる。今から走り出しても遅いだろうし、現に走る体力が残ってはいないだろう。


「くそっ!仕方ない」


 碧斗はそう呟くと、煙を出す。多少の時間稼ぎにはなるだろうが、せめて1分程が限度だろう。その数秒間で安全策を考える。


「伊賀橋君っ、前が見えない、、」


 そう。この攻撃の1番の問題は、「自分達も視界が狭まれる」という点である。


ーん?待てよ、周りが見えない、、か、ならー


 碧斗は何か案が浮かんだのか、悪戯を思いついた子供のように笑みを作る。


「おっとぉ、碧斗君の煙かぁ、時間稼ぎのつもりか?」


 声色から、その男子の笑っている表情(かお)が鮮明に思い込める。見つからないように静かにしゃがむ碧斗は、隣に同じくしゃがんでいる沙耶に耳打ちする。


「体力、少しならいける?」


「う、うん、、ちょっとだけだったら、」


 よし。と、それで充分だというように頷く。


「じゃあ、周りの小ちゃい石を操る事は出来る?」


「え?う、うん。そのくらいなら、全然大丈夫、かな、?」


 いまいち理解していない様だが、それで良いのだ。と、無理に大きな物を作らなくていい。小さい攻撃を連続ですれば良いのだ。


「じゃあ、俺が更に煙を出して濃くする。その時に周りにある石をあいつに向けて飛ばして」


「え!?で、でも、相手の位置が分からないよ、?」


「大丈夫、安心して。きっとあいつは俺の攻撃にまた声を上げる。その時に、"音"で場所を認知すれば、」


 丁度その時、煙が薄れてきたのでタイミングを見計らい更に濃い煙を放出する。


「ちっ!また煙か、って事はまだ近くにいるって事だよなぁ」


 碧斗の言った通りに、相手が声を漏らす。それを聞き逃さなかった沙耶は周りの小さい石を勢い良くその男に向けて飛ばす。


「そこっ!」


「ん?今声がして、ごはぁ!?」


 その瞬間、言葉と共に石が横腹に直撃する。沙耶の優しさのため、肉を抉る程の威力はなかったが、小さい石でもスピードが加わると物凄い兵器にもなり得るという事だ。


「おまっ、まさ、がはっ!?」


 7、8個の石の内、命中したのは3個とぼちぼちではあったものの、確実に相手にダメージを与えた。


「はぁ、はぁ。てめぇ」


 少しずつ煙が薄れる。目の前にスポーツ万能そうな見た目の男子が現れる。その男子に碧斗と沙耶はゆっくりと近づく。


「危なかったな、でも、俺たちの方が少し上手だったみたいだな。まあ、ほぼ俺何もしてないけど」


 自虐的(じぎゃくてき)に笑う碧斗に、沙耶が少し食い気味で責めよる。


「そ、そんな事ないよっ!伊賀橋君のアイデア無かったら、私負けてたもん、」


 全力で碧斗をフォローしてくれる沙耶に、顔が熱くなるのを感じた。それを慌てて誤魔化し「そ、そうかな、ありがとう」と呟いた。


「ちっ、いい気になるなよ、ちと油断してただけだ」


 そう言うと、その男子はゆっくりと立ち上がる。


「なっ!?」


「ど、どうしよ、起き上がっちゃった」


 相当なダメージだった筈なのだが。この人は強い精神力を持っている様だ、これがスポーツマンの意志の強さというものだろうか。自分とは真逆の世界の人間である。


「だいぶ舐めてたみたいだ、俺は。お前達の強さを認めて次は本気で相手してやるよ」


 その燃え盛る瞳には、スポーツを競い合っているような力強さがあった。この人は、人を殺すというよりは、競い合う事を楽しんでいる様だ。そんな自信に満ち溢れた姿を前に、碧斗は少し後退り、冷や汗をかきながら身構えるのだった。

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