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殺し合いの独裁者[ディクタチュール]  作者: 加藤裕也
第6章 : こびり付いた悪夢(コシュマール)
184/300

184.親密

 翌日。ありがたい事に快晴の空が広がる朝となった。

 シェルビをエスコートする形でグラムの家を出た一同。その中で、相変わらず碧斗(あいと)の寝起きは変わらず最悪であった。いや、それ以上に。いつも以上に(やつ)れている様子である。昨日の事を考えると、それはそうなのだが。


「...大丈夫、?伊賀橋(いがはし)君、」


「え、?あ、ああ。なんとか、な、」


 昨日の話を受け、朝の寝起きが悪い理由にも"それ"が関わっている事が分かった皆は心配の色を見せ、沙耶(さや)は小さく声をかけた。


「...」


 なんとか。そんな言葉で答えた碧斗の顔色は、やはり優れていなかった。それを乗り越え、能力を操れるようになったのは事実ではあるが、心の傷は、やはりどれ程強く振る舞おうとも深いのだ。


「お待たせしましたわ!」


 バンッと。馬車の扉を開けて現れたシェルビは、元気にそう言い放った。碧斗達は王城の方々から狙われている身である。故に、王城があり、グラムの家や大通りのあるあの街を案内するのは危険だと判断し、隣街にまで足を運んだ一同は、普段朝の機嫌が悪い碧斗と同じく皆憤りを見せていた。

 その日の朝。シェルビと共にグラムの家を出た直後、歩くのは嫌だとほざいた、いや、仰った彼女は馬車を用意させ"一人"で乗って移動した。


「丁度、あの街はグラムから案内されていて既に退屈でしたの。初めての場所を見られるのは興奮しますわ!」


「おい」


 微笑みを浮かべるシェルビに、大翔(ひろと)はいつもと同様歯嚙みしながら話しかける。が。


「...」


「おい!」


 その本人であるシェルビは周りを見渡しており、その声に反応する事は無かった。


「おいって言ってるだろ!シェルビ!お前、まずは今日集まってくれた事に感謝を口にしたらどう、、だぁぉ!?」


 大翔が言い終わるよりも前に、同じく馬車から降り立った執事の様な人物が手から炎を出し、彼の頰を掠らせる。


「な、なんだよいきなり!?」


「おいおいって、、先程からわたくしを呼んでいらしたの?全く、わたくしが誰だか、お忘れになっていまして?」


「...ハッ、、そんな、偉いのかよ、皇女は」


「少なくとも、この国どころか、この世界の住民ではないあなた方よりは偉いですわ」


 息を吐きながらシェルビが放つと、その執事のような方に戦闘体勢を改めるよう促し、歩き出す。


「本日はこの方達に案内してもらいますわ。レイブンは下がっていてくださいまし」


「お、お言葉ですが、、この方達を信用して良いものか、」


「悪い方達ではありませんわ。わたくしが保証します」


 シェルビの説得により、渋々納得した執事は、一度皆を見つめたのち、少し距離を置いて待機をした。


「それでは、まずはどこに連れて行って下さるの?」


 改めて笑顔を浮かべて皆に向き直ったシェルビの、その一言に。案内どころか、この街に来た事すらない皆は冷や汗を流した。


            ☆


 ぎこちない足取りで、皆は街を歩く。大きな建物を見つけては、見て受けた感想と予想で、適当な情報を口にした。また、お食事処を見つけては、説明よりも食した方が早いと促し食事をしてもらった。

 そんなその場しのぎでしかない方法で案内をする中、先頭を歩く樹音(みきと)の背を見つめながら、碧斗は覚悟を決め口を開いた。


「あ、あの、、シェルビさん、?」


「様をつけなさい」


「あ、ああっ、すみませんっ!シェルビ様」


 碧斗が直ぐに言い換えると、シェルビはそれで良いというように頷き、「それで?どうしましたの?」と聞き直した。


「あの、、シェルビ様の国から見て、俺達の居る国は、、どう、ですか、?」


 曖昧な言い方になってしまったものの、なんとか口に出す事ができたと。碧斗は言い終わりと共に安堵した。

 そう。我々の国は、他の国からどういう見え方をされているのか。それが、聞きたかったのだ。その価値観の違いや、噂などから、何かこの世界に関する謎を解き明かすことが出来る鍵があるのでは無いかと。

 すると、シェルビは少し悩んだのち、率直な感想を告げた。


「正直、あまり興味はありませんわ」


「えっ!?」


 その答えに、碧斗のみならず、背後で聞いていた美里(みさと)もまた、目を丸くした。


「恐らく、他の王国もそうだと思われますわ。魔物が出るくせに戦力がなさ過ぎる国として有名ですから」


「以前も、おっしゃってましたけど、、それは、この国の人達に力が無いという事ですか、?それで俺達が召喚されたという、」


「それもそうですわ。この国は、元々あまり関わりを持たない国でしたの。というか、他が関わる事をしないというのが正しいかもしれませんわね。それが、助かったと思う国も多くあったと思いますわ」


 シェルビは、樹音について行きながら遠い目をして語る。それに碧斗は疑問をそのまま口にする。


「それは、別世界の住人を召喚させなければいけない程戦力が無い国であると、我々の国が広く認知されていたからですか?」


「ん?いえ、それは無いですわ」


「「え?」」


 ずっとそれを耳にしていた美里が、とうとう我慢出来なくなり声を漏らす。それにシェルビと碧斗が驚く中、真剣な表情で次の言葉を待つ美里。


「ま、まず、わたくしはグラムに助けられあの王国に入国しましたわ。ですが、そこでグラムから話を聞いたり、あなた方と出会わなければ、この王国が召喚魔法で戦力を生み出している事を、まず知りませんでしたわ」


「あ、え!?じ、じゃあ、、俺達がその事を話したのって、、まずかった、、って事ですか?」


 碧斗が美里と顔を見合わせたのち、シェルビに顔を戻し話すと、彼女はまたもや首を振ってクスッと笑う。


「それで国王に攻め入ろうとも、口外しようとも思いませんわ。こんな大きなお話。ここで使ってしまうには勿体ないですもの。何か大きく、成し遂げなればならない交換条件がある場合に取っておいた方が、何かと都合が良いんですわ」


 笑みを浮かべるシェルビだったが、今例として出した二つよりもよっぽど大きな出来事になってしまいそうなそれに、碧斗と美里は震えた。やはり、この様に活発で、傍若無人な人物であろうとも、皇女は皇女なのだ。この様な貿易の心得も、基礎程度は、いや、少しは理解している部分があるのだろう。

 碧斗は別の意味で安心しながらまたもや口にする。ならば、どうしてこの国と関わりを持ちたくない国が増えたのだろうかと。そんな純粋な疑問を放つよりも前にーー


「おおっ!凄いっ、、凄いですよ!こちらです、シェルビ様!」


 樹音がいつも以上にテンションを上げて皆に促す。その様子は、どう見てもこの場所を知らなかった人のものだったが、シェルビに悟られまいと碧斗が空気を読んで同じく駆け足で向かう。

 すると。


「おおっ、、こ、これは凄いな、」


 そこには、見渡す限りの草原と、途中から花畑が広がっていた。どれもこれも美しい花が咲いており、全体が色鮮やかなそれは、まさに花畑という単語が最も似つかわしいものであった。

 こんな異世界や観光地でしか見られない場所に、碧斗もまた初見である反応を溢した。


「皆様方、もしかしてここは初めてですの?」


「え?あ、あー、、そ、そうですね。俺達も、まだこの世界に来てから日が浅いので」


 碧斗は、これ以上嘘はつけないとシェルビに正直に話した。それに頷いたシェルビは花畑に足を踏み出し放った。


「それでは、皆様で少し遊んで行きましょうか。お上品にお花を摘むのも、たまにはしなければなりませんわ」


「っ!はいっ!」


 花畑でどう遊ぶのか疑問に思う碧斗と大翔、樹音を差し置いて、沙耶は元気に、シェルビに続いて足を踏み出したのだった。


            ☆


 花を摘んで遊ぶ沙耶とシェルビは、どこかお上品な女子会の様で、何をすれば良いのか見当もつかない男性陣はどこか距離を感じた。

 こんな光景は、恐らく童話でしか見ないだろう。せっかくだから目に焼き付けておこう、と。何をするでも無く、美しい皇女様と、可愛らしい少女のはしゃぐ姿を見つめるだけでも、十分だろう。内心で碧斗はそう思った。

 と、対する美里は、植物が好きであるがために、花を摘み取るという行為が許せないらしく、それを遠目で見据えながら爪を噛んだ。

 そんな一同の姿を眺めたのち、碧斗は少し周りを探索しようと、その場を後にしたのだった。


「...」


 そんな中、彼の行動を目で追っていた美里もまた、目の色を変えた。

 この辺りには何があるだろうか。以前マーストから話を聞いていたフィウーメ・スポルコという場所が存在するかもしれないと、近場で地図の様なものは無いかと看板を探した。だが、それと同時に、碧斗は胸騒ぎを覚える。

 本当に、こんな事していていいのだろうかと。


「...」


 街の中、一人拳を握りしめる。本当はこんな事をしている場合では無いのだ。未だ過去とは完全に向き合えておらず、マーストの話も皆に話せず仕舞いだった。

 そう考えると同時、背後から浅く息を吐いて彼女が口を開く。


「...何勝手に行動してんの?あんた、弱いのに」


「っ!...相原(あいはら)さん、、ご、ごめん」


 声をかけたのが美里であると認識したと共に、どこか安心した様な表情を浮かべながら、碧斗は放つ。


「な、なんだか、、あの頃みたいだね」


「あの頃?」


「あの、、森の中で俺が魔獣に襲われた時」


「あー、あったね」


 碧斗が街を見つめながら呟くと、美里は小さくクスリと笑う。


「あの時は、あんた本当に弱かった」


「なっ、し、仕方ない、でしょ!大して、あの時は能力の練習も出来なかったんだから」


 冗談めかして笑う彼女に、碧斗は必死にツッコむ。

 あの時を引き合いに出すと共に、それを思い返す。と、目の前の美里が、なんだか別人に見えた。こんな笑い方をする人だっただろうか。あの時のぶっきらぼうな物言いと、雰囲気は分からない。未だに無言の時は話しかけづらいのは事実である。

 だが、こうして話すと、それが嘘のように。ただの一人の、可愛らしく、愛おしい。カッコいいけど、どこか弱くて、脆い。そんな女の子のように、感じるのだ。

 そんな事を考えると、対する美里もまた思い返したのか、笑ったのち、小さく。


「本当、、今は強くなったよ、」


 と零した。その一言に、碧斗は努力が認められた気がして。目の奥が突然熱くなったものの、恥ずかしさから聞こえないフリを装った。

 と、珍しく美里の方から、声をかける。


「...伊賀橋君。なんか、辛そうだったけど、大丈夫?やっぱり、まだあの時の事引きずってるわけ?」


 恐らく、先程拳を握りしめていたそれを見ていたのだろう。その問いに、安心させるためにも優しく首を横に振った。


「違う。...その、それは、こんな事してて、いいのかなって、思って」


「あー、、まあ、それはそうね。早くこの争いを終わらせなきゃいけないわけだし」


 美里の答えに碧斗は無言で頷くと、更に付け足した。


「それに、、なんだか申し訳ないんだ」


「申し訳ない、?」


「そう。(しん)将太(しょうた)君、祐之介(ゆうのすけ)君。犠牲になってしまった人達。...俺、母さんの事もそうだけど、やっぱり俺のせいで亡くなってしまったのに、こうして無意味な時間を過ごしてると、罪悪感を感じるんだ。もっと、この間に、出来る事があるだろって。この争いを終わらせるために必死にしがみつけって。何度も思ってる」


「...」


 碧斗が俯き気味に放つ中、美里はそれを無言で聞き入れたのちため息を吐く。


「別に、伊賀橋君のせいじゃ無いでしょ。あんたは、一生懸命みんなを助けようとしてた。佐久間(さくま)進君の事なんて、誰よりも必死にね。見てた私が保証する。だから、誰もあんたのせいじゃ、」


「ありがとう。...でも、智樹(ともき)君に言われて気づいたんだ」


「...え、?」


 今の美里になら、全てを打ち明けられる気がした。いつも冷たい言い方でありながらも背中を押してくれる。そんな彼女にだからこそ、苦しくても口に出せ無かった蟠りを、碧斗は包み隠さずに告げた。


「俺が水篠(みずしの)さんを助けたから、話が大きくなって、、俺がマーストや相原さんも、、巻き込んで。更には関係のないグラムさんにも。そして、、挙げ句の果てには大切な友人である進まで、っ」


 歯嚙みして思い返す碧斗に、美里は深く息を吐くと、空に目をやり口を開いた。


「はぁ、、ほんと。その通り」


「...だよ、な、」


「あんた、弱いのに助けるような真似して、それで私がどれだけ心配してたか分かってる?」


「えっ」


 美里の言葉に、思わず声が漏れる。


「心配、、してくれてたの、?」


 碧斗のその質問に、呆れたようにため息を吐くと、美里は続けた。


「もしかして分かんないの?...あれ程、あんた達が隠れられる場所見つけて住めるようにして、食材まで運んでたのに」


「そ、、そう、だよね、」


 美里の発言によりあの時の事を思い出した碧斗は、バツが悪そうに目を逸らす。が、対する美里は「だけど」と呟くと、告げた。


「伊賀橋君のした事は、間違ってないと思う」


「...え、」


「確かに、伊賀橋君が動かなかったら、こんな事にならなかった可能性もある。...でも、あの殺人者が人を殺すのは避けられないし、そこにあんたは関係ない。そして、水篠ちゃんが庇うのも避けられないし、それを見逃したら彼女が犠牲になってた可能性も否めない」


 美里はそこまで前置きすると、深呼吸をしたのち、碧斗の目の奥を見据えていつもより優しく。だがいつもより強く告げる。


「あんたがそういう行動をした事によって悪化してしまった物事があるのは否定出来ないけど、伊賀橋君がそれをしてくれたお陰で、助かったものがあるのも、また事実なの」


「そ、、そんな、そんな事、あるわけない、」


「あるよ」


 自信無さげに碧斗が掠れた声で呟く中、美里はそう即答し、彼に近づく。と。


「私は、あんたのその行動のお陰で、こうして変われた(救われた)から」


「っ!」


 真剣に伝えると共に、碧斗が目を見開く。

 そんな彼に、美里は「だから、それだけは覚えておいて」と付け足し、踵を返す。


「きっと、そういう感情は拭いきれないと思う。私だって、これで本当に良かったかなんて分からない。人間っていうのは、どうやっても後悔してしまう生き物だから」


 美里の背中を見据えながら、碧斗がそれを聞き入れたのち、彼女は少し進んだ先で振り返り放つ。


「でも、こうして伊賀橋君の事をちゃんと見て、理解して、話すようになったのは、あんたがみんなを守ろうと行動して、努力したから。その行動が本当に良かったかとか疑心暗鬼になるのも十分分かるけど、伊賀橋君が頑張って手に入れた、今の環境と私達みんなの関係。それを含めて、全部悪かっただなんて、思って欲しくないから。不安になるのも分かるけど、私は胸を張って、欲しいかな」


 いつものような自分勝手な事だと分かっていながらも、いつものような言い方では無く、マイルドな言い方であった。

 きっと、美里も何度も後悔しているからこそ、その気持ちが分かるのだろう。彼女の過去を考えると尚更だ。だが、だからこそ、そんな美里がそう言い換えてくれるのが嬉しくて。頼もしくて。背中を押された気がした。

 そんな彼女の言葉を噛み締めながら、何かが溢れそうになる心と瞳を抑えながら碧斗は微笑み返した。


「ありがとう。俺の行動で、一つでも良いことがあったなら、こうしてウジウジ考えてるなんて逆に悪いよね」


 そう。行動をして何を失ったかを意識し、後ろ向きになるなら、行動して何を得たのかを理解し、胸を張った方がいいと。美里の言葉をそのまま、前向きに受け止め碧斗は頷く。と、そののち、それのお返しだと言うように、彼もまた口を開いた。


「俺も、相原さんのお陰で何度も助かってる。ほんと、相原さんが居てくれて良かった。相原さんじゃなきゃ、きっと俺は、今みたいに成長出来てなかったから」


「っ」


 今まで自身を必要とされた経験が無かった美里は、碧斗のその言葉に何を言うでもなくそっぽを向いた。


 だが、そこから覗く彼女の耳は、いつもよりほんの僅かに赤くなっていた。

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