182.宣言
「はっ、はぁ、みんなっ、、っ!?」
走り出した碧斗は、皆を探し出すため街の方へと足を進める。
意識が無かったがために行方が分からなかったものの、その道中で突如頭痛が襲い、理解する。
皆は、三久と戦っているのだと。
ならば一刻も早く向かわなくてはと、碧斗は冷や汗を流す。三久は能力の反映範囲を調整する事が出来る。故に、一同に攻撃を与えられる距離でしか、能力展開はしない筈である。無駄な体力消耗になってしまうからだ。
以前の戦闘時、三久はほぼ無敵の状態であった。皆の攻撃は接近戦や、遠距離だとしても到達する前に破壊出来てしまうものばかりで、それを行う体力を残しておくためにも、広範囲に音を広げる必要は無いのだ。
故に、察する。三久に、近いという事を。それを理解し、足を進める碧斗。
だったが。
「クッ!?う、うぅ!?」
頭を押さえ、思わず崩れ落ちる。
ーここで、、こんなにキツイのかよー
心中でそう愚痴を零し、歯嚙みする。
彼女の姿は見受けられない。予想通り、裏道に入って行けば行くほど、この音波は強くなっていく様だ。だが、いくら進んでも、一向に三久は現れ無かった。
「く、、クソッ、、も、げんか、いっ」
限界が訪れた碧斗は、そのまま倒れそうになったものの、次の瞬間。
「ん、、な、なんだ、?」
突如。割れるほど痛かった頭痛は、何事も無かったかの様に収まる。
ーなんだ、、何があった、?ただ、距離を取っただけか、それとも三久をみんなが止めてくれたのか、、それ、ともー
一瞬、碧斗は悪い予想をする。
能力を、意図的に終了した。というものである。だが、三久が自ら攻撃を止めるというのは、"全てが終わった時"以外、あり得ないのだ。
即ち。
「み、みんなが、、もう、」
悲惨な状況の光景が脳を埋め尽くしながら、碧斗は崩れ落ちる。が、それと同時に。
「っ!」
数メートル先に、皆の姿がぼんやりと映り、碧斗はハッとしたのち笑顔を浮かべる。
「よ、良かったっ、、みんな、無事でーーっ!?」
近づいて理解する。それは、普段とはかけ離れた雰囲気であるという事を。
皆は、声を上げた事により碧斗を視界に収めたものの、直ぐに目を逸らし「知らないフリ」をし続ける。その様子によって、碧斗は察知する。
三久に、人質に取られているという事を。
「クッ」
それに、拳を握りしめるが、刹那。だんだんとこちらに向かってくる一行の背後に、三久らしき女性が、更にもう一人の女性を連れて歩いているのが見て取れた。
と、共に碧斗は人質に取られているのは皆ではないと。目つきを変える。
ーまさか、、あの人を人質に取られてて、王城に向かわされてるのか、?ー
以前、三久は国王から話を受けたことを言っていた。即ち、皆を王城に連れて来させる。それが目的だという事だろう。
故に、彼女一人では到底運ぶことの出来ない一同を、自分の足で向かわせるために能力を解除する必要があった。そして更に、それを確実なるものにするため、人質まで取ったのだ。
「チッ」
考えるよりも前に舌打ちが溢れる。
指名手配をされている我々を捕まえるために、まるで犯罪者と同じ行動をして成し遂げようとするなんて。と、碧斗は険しい表情を浮かべた。以前に、碧斗達もまた美里の治療のためにこの様な事をしたのだが。
そんな事を考えていた、その矢先。
「さっきから、何こそこそ隠れてるの?」
「っ!?」
「きゃっ!?」「うっ!?」「なっ!?」「くっ!?」
三久が小さく呟いたその後、先程の強い音波を同じく放つ。それによって倒れ込んだ一同の中、路地裏の陰にいた碧斗に近寄り、見下ろした状態で口を開く。
「隠れてたって駄目。私の能力は"音"。僅かな振動も、感知できる」
「伊賀橋君っ!?」
その現状に、美里は名を叫ぶ。あの後どうなったのか、受け入れられたのか、碧斗に聞きたい事は山ほどあった。だが、碧斗が今この場に居るという事実が、それを乗り越えたのを察せるには十分のものであっただろう。
それと同時に、それを言うタイミングでは無いと、一同は逃げてくれと言うように視線を送った。
が、対する碧斗も、三久が近づいたが故に逃げられる状態では無いのだ。と、苦笑を浮かべ返す。
「は、はは、、神崎さんと、同じだな」
碧斗は、力無く笑みを浮かべ告げる。
「神崎さん、、ああ。あの人、、確かに、あの人って耳がいいらしいね。私は知らないけど」
どうやら、彼女の聴力が長けている点は、共通認識のようだ。それを再確認しながら、三久は「だが」と、否定を口にする。
「でも私はそれとは違う。音の能力は音を発する能力。でも、一番は音波。つまり空気中の振動を司る能力。ただ単に音といっても、聴力がいいのと、音の認識能力がいいのでは大きく異なる」
それはそれで、まるで進のようであると。碧斗は既に声すら出す事が困難であるがために、小さな笑みだけで返す。
その様子に、皆は安堵と同時に危機を察知した。
碧斗のそれは、いつも通りであり、"あれ"を乗り越えた後である事は理解できる。そのため、僅かに胸を撫で下ろしたがしかし。それならば、現在碧斗が音の能力で捕えられてしまっているのはマズいのでは無いかと。一同は拳を握りしめる。
ーここで炎を彼女に纏わせる事も出来るけど、音の能力の大きさが分からない今、加減が難しいわね。少しでも間違えば、伊賀橋君に被害が出る可能性もあるー
その中で美里が、三久の後ろ姿を捉えながらゆっくりと手を前に出したものの、彼女の目の前に碧斗が居る事を確認し表情を曇らせる。
「じゃあ、これで指名手配犯が全員揃ったところだし、王城に向かってもらう」
三久はそう零すと、踵を返して先程の、人質にされていたであろう女性の元へと歩みを進める。それに、今だと。
美里が目つきを変えて手に力を集中させた。
ーーが、それよりも前に。
「俺がっ、みんなみたいに簡単に扱えると思うなよ!」
「っ」
瞬間、碧斗はこの声すら出せない、音波を受ける状況の中でそう声を上げてみせる。すると、その直後に。
「なに?」
三久の周り。いや、彼女の顔周りに、濃い煙が浮き上がり始める。
「はぁ、クッ、うっ、うぅ!うっ!」
それと共に、碧斗は唸る様な声を零して頭を押さえる。
それを見つめる美里達は不安そうな表情を浮かべた。がしかし、その矢先。
「ぐふっ!?」
突如、口から空気を吹き出し、首元に手を添えたのはーー
ーー碧斗では無く、三久の方であった。
「「「「っ!」」」」
その光景に、皆は気づく。
三久の周りに現れたその煙が、有害なものであるという事を。
と、同時に。
ー伊賀橋君、ー
美里は、思わず口元を緩ませる。
彼は、打ち勝ったのだ。あの、恐怖から。
碧斗は、自身の過去を皆に話す事はしなかった。だからこそ、あの時に裏庭で倒れていた理由も、能力の応用をする際に倒れる理由も、それぞれ第三者の言葉やただの体力不足だと感じてしまったのだ。
だが、それが同じ理由で起こったものだったとするなら、どうだろうか。
そう、美里は察していたのだ。だからこそ、それを話してくれなかった碧斗に怒りを感じ、悔しいと感じていたのだ。
だが、それと共に。
碧斗のその攻撃に、何よりも安堵と喜びを感じた。
「ごはっ、ごふっ、なんっ、でっ、これっ、、がはっ」
「うっ」
きっとあの日の母と重ねていたのだろう。碧斗は苦しむ三久の姿に、口元を手で覆って目を逸らした。
普段の煙の能力でも、思わず咳き込んでしまうような濃いものを生成した事があった。だが、それとは似ても似つかない、苦しそうな表情。空気を求めてジタバタと体を動かす姿に、碧斗はまたもや頭を押さえ歯嚙みした。
ー頼むっ、早くっ!早くしてくれっー
碧斗は煙を出し続けながらそう願う。このまま、ただ苦しむ姿は見たくはないと。
「クッ、うっ、うう、」
すると、とうとう三久も限界がきたのか、能力を解除する。それによって頭痛が治った碧斗は、それを合図に煙を消し去ると、その矢先。
「樹音君!大翔君!頼むっ!」
そう声を上げる。と、それに続いて。
「うんっ!了解!」
「ああ!任せろ!」
樹音と大翔は飛び上がり、呼吸を整える三久へと向かう。
「おらっ!」
「っ」
先に三久に攻撃を放ったのは、大翔の方であった。彼は、彼女に殴りを入れたものの、その環境下で三久はそれを避けてみせる。が、それが本命ではないと。
大翔が殴り抜けた先。背後から、樹音が二本の剣を真上に投げ、もう一本を生成して峰打ちする。
「グッ」
その息の合った攻撃に、流石の三久もそれを喰らい倒れ込む。それを見据えた、瞬間。
樹音の元に、先程真上に投げた剣が舞い降り、それを両手で掴むと、それをそのまま三久の服を貫通させる形で突き刺す。
いつもの流れである。だが、彼女にとっては初めてだったがために、隙を突く事に成功した様だ。
「しゃっ!これでっ、なんとかなったな」
「はぁ、はぁ、、そう、だね」
大翔と樹音が、その姿に安堵する。それに続いて、沙耶と美里、碧斗もまた息を吐く。
が、刹那。
「こんなの、意味ない」
「「「「「!」」」」」
三久が倒れながらそう呟くと、続けて音波を放つ。
「クッ!な、バカなっ」
故に、一同は崩れ落ち、三久の服を突き刺した剣は、粉々に砕け散った。
「ま、まさか、、まだこんな力がっ」
「はぁ、はぁ、、折角、いいとこまでいったのに」
三久はゆらりと立ち上がりながら、そう息を吐く。彼女の音波の能力は、強大なものである。そのため、それに使用する体力も膨大になると予想されるのだが、どうやら三久の体力は計り知れないものの様だ。
「クッ」
気乗りはしなかった。こんな事をして、また苦しむだけだと。碧斗はそう胸をざわつかせながら思う。だが、この状況。また、するしかないと、目つきを変える。
彼女を止められるのは、自分しかいないと。
そう確信していたからだ。
「いいとこは、、こっちの台詞だ!」
「クッ!?」
頭を押さえながら、碧斗はまたもや三久の周りに煙を放出する。勿論、人体に有害なものを、である。
「ぐはっ、けほっ、かはっ」
三久は覚悟していた様だ。故に、最初こそは息を止めていたものの、直ぐに体内の酸素は底を尽き、思わず咳き込む。
ドクンと。碧斗の胸は音を立てる。見てはいられなかった。
いくら我々を貶めようとした人物だろうと、相手は国王から命令されただけの、我々と変わらない高校生なのだから。
「ふぅー」
眉間にシワを寄せながら、碧斗は深く息を吐く。
頭痛が、治らないのだ。三久の能力によるものも勿論あるのだが、それ以上に。
彼女の苦しむ姿が、脳裏にこびり付いたあれを刺激した。
「かっ、かはっ」
だが、対する三久は未だに能力を解除しようとはしなかった。意地でも逃がさない。そんな強い意思も見てとれたが、その姿は今にも逃げ出したそうであった。
「クッ」「うぅ」「早くっ、しろっ」
美里と沙耶、大翔がそれぞれ口にする。一同、皆同じ気持ちだっただろう。そんな中、碧斗は一度息を大きく吐くと、真剣な眼差しで口を開いた。
「相原さん、、ありがとう」
「えっ」
突然口から飛び出したのは、そんな、彼女に対する感謝の言葉であった。
「あの時、俺が倒れ込んでる時。俺を勇気づけるために、怒ってくれた、でしょ?」
「あ、、あれは、、怒ったっていうか、」
美里もまた弱々しくではあるものの、碧斗の言葉に小さく返す。すると、碧斗は優しく微笑みながら一度頷き続ける。
「分かってる。でも、それに感謝してるのは変わらない」
「「伊賀橋君、」」
美里と、隣の沙耶もまた彼を見つめ名を呟く。あの状況の中。碧斗はきちんと、皆の声を聞き入れていたのだと。
「一番大切だけど、、一番勇気のいる、誰かに打ち明けるという力。に、逃げてばかりの、俺でも、それだけは逃げずに向き合わなきゃって。そう、思えたんだ。本当に、ありがとう」
苦しみを堪えながら、碧斗はゆっくりと美里に視線を合わせて告げる。それに、美里はハッと目を見開いた。
「あ、相原、さんは、、本当に強いよ。俺に、全部話してくれて、ありがとう」
「そ、そんな事、」
美里がその言葉に目を逸らす中。皆は彼女に視線を向ける。全部を話した。とは、一体何の事だろうかと。そんな疑問を浮かべる中、碧斗は力強く、皆それぞれに目をやって放つ。
「俺も、、みんなに何があったか話す。いくら乗り越えたからって、、言っておかなきゃ、いけない気がするんだ。だから、みんなも、俺に、話してくれないかな、?」
「えっ」「あ、?」「碧斗君、」
沙耶と大翔、樹音は、それぞれ顔を上げて言葉を漏らす。そんな皆に目を合わせながら、碧斗は一人一人に伝えた。
「大翔君の事は、、前にグラムさんから聞いたけど、ちゃんと、大翔君の言葉で、聞いてみたいんだ。...そして、樹音君も。前に全部話してくれたけど、この間の岩倉君の事とか、まだ少し気になる事があるから。樹音君は何が原因でああなったかは分からないって言ってたけど、岩倉君と知り合いなのは事実だ。だから、、それを、教えて欲しい」
碧斗は、彼らにそう口にしたのち、最後にと。沙耶に向かって口にする。
「そして、、水篠さん。貴方の事も、教えてほしい。この間の事、、俺は、俺らは、、何も分かってあげられていなかった。だから、、教えて欲しい。水篠さんがどうして修也君を意識し始めたのか、どうしてそこまで真面目な人なのに、、そんな環境にあったのか、気になる事は、色々あるんだ」
「へっ」
碧斗の、"修也を意識した"という言葉に、沙耶は顔を赤らめる。その姿に、碧斗はフッと。優しく笑って付け足す。
「恥ずかしいかもしれない。言い辛いかもしれない。俺も、言えなかった。だから、直ぐに言えなくてもいい。全部言わなくてもいい。だから、水篠さんも、大翔君も言った様に、ゆっくりでいいんだ。きっと、みんなの事を、みんなの口から全部聞けた時、本当の、深い絆で結ばれた、仲間になれると思うから」
碧斗は息切れをしながらも、そこまでを言い切りはははと笑う。すると、それに大翔もまた笑みを浮かべ口にする。
「ハッ、随分とっ、小っ恥ずかしい事を平然と言うんだな」
「なっ、そ、それは、」
「多分、ちょっと中二病ってやつなんじゃ無いかな」
「み、樹音君!?」
大翔と樹音は、それぞれ頭を抱えながら立ち上がる。その言葉に、碧斗は声を上げると、対する美里も呼吸を整え口にした。
「わ、、分かった、、私も、話す、から。みんなに、」
「っ!」
「だから、、あんたのこと。伊賀橋君の事、教えて」
少し、複雑だった。やはり心のどこかで、何故か美里のあの日の話を、他の誰かに知られたくないという思いがあったからだ。だが。
「でも、、そうか、そうだな。俺の大切は、俺をこうして仲間にしてくれた、みんなだ。それは変わらない」
美里の覚悟を決めた顔に、碧斗は微笑んで頷く。皆が皆大切で、全員が大好きだ。巽である事を忘れ、平穏に生きながらも、一人で居続けた碧斗。そんな碧斗を、そんな碧斗でも、この世界に居続けてもいいと思えたのは、あの日の母の言葉にあった大切が、ここに出来たからだ。
だから、その大切全てが、お互いに大切であって欲しいと思った。そのために、皆が皆、信じ合わなくてはいけないのだ。
その第一歩が。自らの行動だと。そう確信して、それを気づかせてくれた美里の目を改めて見つめ放った。
「ああ。俺が、なんで能力を使いこなせなかったのか、どうして倒れたのか。全部、心配させちゃった分、全部を話す。そして」
碧斗はそこまでを告げると、目の前で息を荒げる三久に向けて力強い眼差しで。そして、僅かに口角を上げて、三久に。いや、三久を通して我々を狙った国王に直接話す様に、宣言を口にした。
「絶対にこの争いを収め、俺らが白である事を証明する」




