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殺し合いの独裁者[ディクタチュール]  作者: 加藤裕也
第6章 : こびり付いた悪夢(コシュマール)
180/301

180.忘却

 目を覚ますと、懐かしい一軒家にいた碧斗(あいと)

 ここは何処だろうか。

 記憶にこびり付いて剥がれないそれが、忘れようとボヤをかける。小さい窓から差し込む日差しはオレンジ色で、壁にかかっている時計の針は6時15分を指していた。この時間帯だというのに日が沈んでいないと考えると、季節は夏だろうか。薄れた意識の中、呆然と部屋を見渡しながら思考を巡らせる。

 しばらくして、部屋が燃えている事に気がついた。どうして気がつかなかったのだろう。ここまで激しく燃え盛り、視界が妨げられるほどの煙が出ているというのに。

 すると、その奥で薄らと、人が立っているのが見えた。


「どうしたの?」


 無意識に碧斗は、その人物に声をかけた。その人は顔を上げ、笑顔を作った。


「ううん、大丈夫」


「そっか」


 と、何故か納得する。すると、その人は碧斗に、今にも泣き崩れそうな顔で呟く。


「ねぇ、碧斗。もし、もしね」


「え、?」


「これから辛い事があって、もう消えちゃいたいとか、自分が嫌になる事ってあると思うんだ。だけど、碧斗は凄い子だから。きっと上手くいくよ。辛い思いをして、何も見えなくなっても、先を見たらきっと道は出来上がっていくと思うから。だからーー」


 その後を言う前に、目の前の女性が煙の中へと姿を消していく。顔は思い出せないが、胸の奥が締め付けられる。この感情は一体なんだろう。そんな事を考えながらその女性の後ろ姿を見つめる。と、次の瞬間。


「後、最後に1つだけ」


「っ!」


 その人物が、突如碧斗に振り返り告げる。それによって、その人物の顔が、鮮明なものへと変化していく。

 そうだ、こんな顔をしていた。

 碧斗はその安心感を覚える顔を見据えながらそう脳内で呟くと、その人物は一瞬にして炎に飲まれた。


            ☆


「貴方を止める。私はもう、容赦しないから!」


 沙耶(さや)はそう宣言する様に声を上げ、三久(みく)の目の前に岩を躊躇せず生やして攻撃を続ける。

 だが、それもまたパターンを読まれ始め、三久は最初こそ擦り傷を負っていたものの、だんだんと岩が巨大であるのにも関わらずその全てを避け切ってみせた。


「びっくりしたけど、勢いだけ」


「ならっ!」


 三久が息を吐いて放つと、続けて沙耶が声を上げ、空中に出現させた石の数々を追撃の如く、地面から生やす岩と併用して突きつける。が、しかし。


「無駄だよ」


 三久がそれを前に小さく呟いた、その矢先。


「キャウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!」


「「「「!?」」」」


 またもや超音波の様なものを口から放ち、地面から突き出た岩や三久に向かう大量の石を全て破壊する。


「なっ、、くぅ!?」


 それによって、その音波を直接受けた沙耶もまた倒れ込む。

 それは沙耶のみならず、皆も同じだった様だ。

 沙耶の攻撃によって弱まっていた音波の隙を突いて、起き上がろうとしていた一同は、またもや地に崩れ落ちた。


「無駄だって言ったでしょ?私はこれでもまだ限界じゃない。だから、水篠(みずしの)沙耶さん。貴方がどれ程近距離で攻撃出来て、相手を殺める事に戸惑いを感じなくなっていようと関係ないの。それもまた、一瞬にして破壊出来るから」


「うぅ、」


 悔しそうに声を零す沙耶とは対照的に、美里(みさと)はその発言から更に上がある事を知り絶望を見せる。これでは、勝ち目なんて無いでは無いかと。

 沙耶の近距離による岩すら砕く音波。樹音(みきと)のナイフなんて届く筈も無いだろう。また、大翔(ひろと)も同じく近づく事が出来ない。

 その中で一番可能性が感じられる美里の炎だが、大きな炎を生み出せる体力は、この音波によって掻き消されていた。


ー私が、、やらなきゃ、ー


 美里は必死に彼女を見据え力を込める。

 沙耶が死ぬ気で、殺す気で本気を出したのだ。この極限状態で相手の安否を考えてはいられないだろう。故に、美里は三久の体に炎を灯し、直接引火させようとしたが、しかし。


「うっ!クッ、、ぐほぁっ!?」


 口からは、赤黒い液体が吹き出る。死を覚悟した智樹(ともき)との接戦から、僅か数日しか経っていない現状である。いくら魔術師から直接治癒魔法を受けたからと言って、身体の負担は計り知れないだろう。そのため、美里はその場で蹲った。


「ね?無駄だって、言ったでしょ?みんな何も出来なくなった事だし、そろそろ王城に連行させてもらーー」


「待て、」


「!」


 三久が淡々と呟く中、割って入る形で大翔が口を挟み、彼女の脚をーー


 ーー掴んだ。


「い、いつの間に、」


「ハッ!ゆっくりだが、、ずっと近づいてたぜっ」


 そう微笑む大翔は、この一連の間、倒れ込む姿を見せながらもゆっくりと。じりじりと彼女に近づいて行っていたのだ。

 それは三久の目に入っていた筈なのだが、その動きに警戒するものではないと判断していたが故に、近づいている事に注意を向けていなかったのだろう。

 だが。


「でも、警戒する相手じゃ無いのは変わらない。ここまで必死に寄って来ても、更に苦痛が悪化するだけだよ」


「...ハッ!そう言っていられるのも、、今のうちかもしれないぜ、?」


 三久の言う様に、近づけばそれ以上の苦痛が襲うだろう。だが、その中でも大翔は、あえてニッと笑い強く放った。


「はぁ、、もう降参してよ。分かると思うけど、威力を強めたんだよ?つまり、能力が更に大きくなって、ここに居る人達だけじゃ無くて、街にも広がってるって事。それが、どういうことか分かるよね?」


「「「「!」」」」


 即ち、能力の拡大故に街への被害も大きくなっているということである。このまま抵抗をし続けると、何の罪もない国民が苦しむ結果となる、と。三久はそう言っているのだ。


「クッ」


 それ故に卑怯な奴だと、大翔が歯嚙みし目を逸らす。これ以上続ける事で被害が拡大してしまう事を悟った大翔は、そのまま手を離す。

 それに、一同は目を疑ったものの、恐らくあの状態から起き上がるのも一苦労なのだろう。三久への攻撃が時間のかかるものだと察したがために、彼はその選択をしたのだ。

 大翔の腑に落ちない様子に、それを察した美里もまた、この現状に唇を噛んだ。


「うん、それでいいよ」


 その引き下がった姿に、三久は息を吐き零すと、少しの間ののちハッと顔を背ける。


「い、今のちょっと調子乗り過ぎだったかな、?今までも変なスイッチ入ってたし、なんか変な事言ってたかも、、き、嫌われてないかな、?いくら指名手配犯相手でもそんな風に思われたくない、」


 独り言にしては少し大きめに不安を口にする三久だったものの、彼女の放つ音波の方が大きかったため、皆の耳には届いていない様子であった。

 すると、そののち改める様にして軽く咳き込むと、三久は皆を見て悩む。


「うーん、、じゃあ、王城に連行したい、、とこだけど、この状況じゃ歩いて来てもらうのは無理そうだし、能力の解除もするつもりはない」


 一度、「能力の解除」という単語に一同は目の色を変えたものの、直ぐにその策の却下を耳にし息を吐く。

 すると、三久は顎に手をやり少し悩んだのち、ぼやく様に口を開く。


「なら、私が運ぶしか無くなっちゃうかな。でも、私だけで運べる気はしない、、それなら」


 三久は、考えをまとめる様に呟きながらウロウロと歩くと、またもやハッとし不安げな表情を浮かべる。


「でも、誰かに頼んで嫌がられないかな、?王城の人達も城の復旧作業で特に忙しい時期だし、、転生者の人達も我が強い人が多いしなぁ、」


 どうやら、音波で身動きの取れない状態にした後、どうやって王城にまで運ぶかを考えていなかった様だ。少し抜けている点が、彼女にはあるのだろう。そこは、愛梨(あいり)とは違った部分である。

 そう脳を過ぎる中、美里はそんな事を考えている場合では無いと目を強く瞑ったのち、痛みがほんの僅かに弱くなったその時、目を見開き三久を見据える。

 このまま誰か助っ人を探すのであれば、確実に距離が出来、隙が生まれる筈だと、その可能性に賭けて美里はゆっくりと体を起こす。

 が、しかし。


「あ、そうだ」


 三久が何かに気づいた様に声を上げると、更に能力を強め、範囲を拡大させる。


「ぐあっ!?」「ぐぅ!?」「がっ」「何っ!?」


 それによって更に苦痛を訴える一同。

 だが、それは関係ないという様に、皆を無視して彼女は耳を澄ませる。と、その瞬間。


「あ、苦しがってる人が、もう一人、居る?」


 小さく呟くと、その場を離れてその人物の元へと向かう。それに、今だと。皆は立ち上がろうとしたが、しかし。


「クッ!?」


「なんっ、だよ!これっ、、更に、強まってんじゃねーかっ!」


「クッ!遠く離れるのと同時に、同じ速度で範囲を広げてるんだっ」


 逃がさないという様に、能力の威力を強くする三久に、皆は頭を押さえて崩れ落ちる。ならばどうするべきだろうか。隙の見られない現状に、頭を悩ませる一同。

 すると、その矢先。


「見つかった。...良かったぁ、、これで、なんとかなりそう」


「「「「っ!」」」」


 奥の角から現れた三久は安心した様な表情をしていたが、その隣にはーー


 ーーその街の住人であろう女性が、頭を押さえていない手を引っ張られ、一緒に現れた。


「ま、まさか、」


 その光景だけで、嫌な予感を感じた美里は呟く。

 と、それに三久はその通りだと一度微笑むと、直ぐに真顔になり皆を見下ろして告げた。


「一度能力を解除するから、私と一緒に王城へ行って。もし少しでも抵抗しようとしたら、この人を殺す」


「「「「「っ!?」」」」」


 淡々と告げられたそれに、人質にされた女性含めて全員が、目を剥き体を硬直させた。


            ☆


「ああ、、ああ」


 あれからと言うもの、シェルビの放つ「ゴミ」という単語にのみ反応し、それ以外には呻き声を上げるだけになっていた碧斗は、ベッドの上で頭を抱えた。


「う、うぅ、、ああ!」


「...アイトは、、直らんのか、?」


「分かりませんわ。でも、分からないのであれば可能性を信じるべきですわ。応援する身が、一番初めに挫けてどうするんですの?」


「そ、、それも、そうじゃな」


 グラムが弱気になってしまうのにも頷けた。あれから一時間以上が経ったものの、一向に回復の兆しが見て取れないのである。


「あ、ああ!あああああっ!」


 更にはこの様に、言葉すら話せない状態だ。彼の雨雲を取り除こうにも、それを把握する余地すら存在しない。

 現在分かっているのが寝言の如く呟かれた「やめてくれ」や「言うな」、そして「ゴミ」という言葉に対しての執着心。手がかりは少なくとも存在しているが、それがどういうものなのか。それを確認する術が、現在は無いのだ。


「貴方、過去に、何があったんですの、?」


「ああっ!ああ!ああぁぁぁっ!」


 どんな質問をしても、この有様である。それに表情を曇らせるシェルビであったが、対する碧斗本人も、悔しさから拳をベッドに何度も放った。


「う、うぅっ!うがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 バタバタと体を揺すりながら叫ぶ。消したくても消えないあの悪夢。消したいはずなのに消してはいけないあの人の顔。その二つが、碧斗の周りを漂い追い詰めていた。

 毎日の鈍い音も、母の苦しむ声も、父の怒鳴り声も。全て、忘れてはいけないのだ。(たつみ)碧斗であった事を忘れて、伊賀橋(いがはし)碧斗として過ごす事は、彼にとって本当は、大切なそれから逃げているだけなのだろう。

 幸い、母が父に暴行を受けている現場を目撃した事は無い。ただ奥の部屋から響くそれと、その部屋に入ってはいけないという概念が、脳裏にこびり付いていた。

 だが、それが碧斗なのだ。巽か伊賀橋かなんてものは関係無い。それを含めて、今があるのだから。それから逃げてはいけないのだと、碧斗は頭では理解していた。

 シェルビの言葉が、ぼんやりと耳に入って来る。グラムの声もだ。


『優しい言葉でそれから遠ざけるのはただの逃げ』


 シェルビの言うそれには、内心碧斗も同意であった。きっとこのままではずっと、一生それに苦しめられるだろう。だからこそ、それを乗り越えなくてはならないのだ。

 だが。


「があああああああああああっ!」


 呻き声の様な叫びを布団の中で上げては体を縮こませる。

 頭ではそれを理解しており、碧斗もまた賛成であった。だが、体は言う事を聞いてはくれなかった。

 シェルビに返そうにも言葉が出てこない。目を覚まし起き上がりたかったものの、それすらも行えない。胸の奥がキリキリと痛み、手足は意図せず震え、目からは何故か大量の涙が溢れた。


「う、うぅ、、ううぅぅぅぅぅぅっ!」


 過去の事や、その事実。それを理解しても尚立ち直れない自身の弱さに、碧斗は歯嚙みし悔しさから拳を握りしめた。

 それと同時に、碧斗には一つの「方法」が浮かぶ。

 苦しかった。立ち直ろうにも、言葉すら発せられない現状では不可能に近かった。

 ふとそれを思い出そうとするたびに脳が痛み、体が震える。

 そう。こんな事になるくらいならと。


ーそうだ、、俺の記憶を、消して貰えば良いんだー


 碧斗は未だ呻き声を上げながら、脳内でそう考える。根本の記憶を消す事は決して出来ない。だが、それを思い出してしまったという事実を、無かった事にすれば良いのだ。巽碧斗をもう一度忘れ、伊賀橋である自身を信じ、あの記憶をまた孤立させる。そうすれば、何事も無く元の生活に戻れるでは無いかと。

 そう碧斗は確信する。

 故に、碧斗は震えた足で立ち上がり、おぼつかない足取りのまま部屋を後にしようとベッドを抜け出した。


「っ!?と、突然どうしましたの!?」


「お、おいっ、アイト、、大丈夫なのか、?」


 その光景に、シェルビとグラムは声をかける。薄らと聞こえてはいたものの、碧斗はその目的を果たす事に集中していた。

 だが、それでも尚平然とはかけ離れた様子で、地を這う碧斗に、グラムは止めに入る。


「ア、アイト、、何をしようとしてるかは分からんが、無理はいけない。今はまだ、横になってーー」


「クッ、うっ、離してっ、ください、」


 グラムの声を遮る様に、掠れた声で割って入ると、それに二人は目を見開いた。と、次の瞬間。

 碧斗は鋭い目つきでグラムを見据え、呼吸を整えたのち告げた。


「俺は、、誰かに、殺されに、行くんだ、っ」

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