18. 希望
「これからよろしく。伊賀橋君」
手を差し伸べ笑った彼は、絶望に打ちひしがれていた碧斗達に新たな希望の光をくれた張本人であり、見慣れない服装をしていたが転生者である事には変わりなかった。
この世界にネックレスは無いことから現実世界から持ってきた物だろう。
「ああ。その、えと、名前はなんて、」
「あ、ご、ごめんなさい!伊賀橋君にばっかり話しちゃって、、僕の名前は円城寺樹音。みきとは樹木の樹に、音って書いて"樹音"!」
丁寧な自己紹介に沙耶は小さく言う。
「なんだか、、珍しい名前だね、、えんじょうじ、、なんか凄い、、」
「確かにな、その漢字だとみきとって呼ばれにくいよな。"じゅね"とか"じゅのん"とか読まれるよな」
「うん、最初名前だけ見るとみんな女子だと思われちゃうんだよね、」
興味深そうに話す沙耶と碧斗に苦笑いで返す樹音。
「それと、その、後ろの可愛らしい女の子は、、名前は?」
可愛らしいという言葉に顔を赤らめる沙耶。対する碧斗は勘違いしているのではないかと冷や汗をかく。まさかこの人も沙耶を低年齢だと誤解しているのではないかと。
「あ、そのっ、その、私は、水、篠、沙耶です、」
碧斗と話している事により、少しは人見知りが解消されたかと思っていたが、やはり初対面だと上手く話せないようだ。まあ、碧斗もそうなのだが。
「水篠ちゃんか!よろしくね」
と、そう樹音は明るく返した。その笑顔に嘘は無いようで、碧斗達を助けようと思ってくれてるのは本当なのだろう。
「後、後ろにいる方は、?」
「あ、わたくしですか?」
突然話を振られ、少し驚く様に返すマースト。その場にいるのだから名前を聞かれるのは当たり前な気はするが、マーストにとって今まで名前を聞かれた事は無いようで驚いたようだ。
「わたくしはマーストと申します」
マーストは短くそう返すと、樹音はハッとし、すぐに笑顔を作る。
「マーストさんですね!まさか異世界の方だとは、出会えて光栄です」
マーストは、言葉の意味を理解出来ずに首を傾ける。それはそうだ、異世界人に会えたところで何かあるわけでも無いだろうし、おそらく出会えて光栄なのは、転生者に会えた異世界人の方だろう。
だが、城に篭っていたら出会えなかったわけで。城から踏み出さなければ自分の使用人としか異世界人とは会えなかっただろう。碧斗はなんとなくだが樹音の考えを理解し、話を進める。
「じゃあ、その円城寺君にお願いがある」
本題に入るように目つきを変えて樹音の目の奥を見つめる。それに応えて樹音も力強く頷く。
「まず、城の中はどんな感じだった?俺たちが入ってから、やっぱ警戒、、されてるよな、」
それを聞き、バツが悪そうに小さく頷く樹音。
「あれから更に警備が厳重になってる。多分ここに居たら時間の問題かも、」
「だよな、、クソー、外にも出れねぇのか、」
外に出れないのならまだマシだが、マーストの家に居座っている事がバレるのも時間の問題だろう。そうしたら、碧斗や沙耶だけでなくマーストまで被害を受けることになるかもしれない。
ーそれだけは、避けなければー
ここまでしてもらったマーストにこれ以上負担を与える事は絶対に出来ない。その為には早くみんなの誤解を解かなければいけない。
碧斗は少し悩んだのち、樹音の言葉で我に戻される。
「伊賀橋君や、水篠ちゃんはどうして桐ヶ谷君を庇ってるの?正直、争いは終わらせたいけど、全ての元凶で人を殺めた彼を、僕は許せないよ」
少し声色を変えて低く言う。その考えに頷きたくなる碧斗だが、それを堪えてこう切り出す。
「とりあえずマーストの家に行くか。家に向かってる時に詳しく話す」
☆
「そっか、それで桐ヶ谷君を信用してるんだね」
市場を歩きながら長々と修也を庇う理由を樹音に話した碧斗達は、理解してくれた様子を見て安堵する。庇っているのは沙耶なだけに、理由を述べていたのは沙耶だったのだが、それだからか随分と時間がかかった気がする。
「俺も現世で縁があったわけじゃないから詳しい事は知らないけどな、でも水篠さんがこう言ってるんだからそうなのかな、と思って」
碧斗は曖昧にそう答えた。そう、本当は碧斗も完全に修也を信じているわけではない。あくまで「沙耶を信じている」だけで「修也を信じている」わけではないのだ。だからこそ、力強く信じてくれとは言い難いのだが。
「でも、もう王城には戻れないし、探す当てが無くなっちゃたね、」
悲しそうに呟く。ため息混じりに碧斗も呟く。
「王城の人達にも声かけてきたのか?」
「うん。みんなは戦うべきじゃないって、相手は転生者じゃなくて魔王でしょ?って言ったんだけどね、」
脳裏に皆が睨む様子が映し出される。「は?」「何言ってんだ、先にそれを始めたのは向こうじゃないか」と、次々と浴びせられた罵声は、どう考えても正論であり、返す言葉が見つからない。みんなに修也と一緒になって欲しくないと声を上げたが、誰の心も動かす事が出来なかった。
戦う事は間違っている。それだけは確かだが、樹音も殺人犯に肩入れする事に躊躇していたのだ。だが、戦う事が間違っていると考えているのが、殺人犯を庇っている人達なら、、と。
碧斗も樹音も、本当の正義はどれなのか分からずにいた。だが、碧斗は差し伸べられたものに縋るように、樹音はおそらくこれが正しいと信じた自分自身の自信を頼りに。それぞれが持っている考えは違くても、「目的」が同じなのであれば共闘出来ると信じて。
「でも、伊賀橋君となら終わらせられる気がする。この戦いを」
根拠はないが、きっと。と、自分に言い聞かせるかのように樹音は言う。対する碧斗も、自分1人では出来なくてもこの4人と一緒ならと、頷く。
「ありがとう。俺達を信じてくれて、絶対に終わらそう。この地獄みたいな事態を」
修也への気持ちを述べても尚、力を貸してくれると言う樹音に感謝と決意を向ける。すると、沙耶が泣きそうになっているのに気がつく。
「あ、え!?いや、ごめん!」
「えっ、え!?ぼ、僕なんか言っちゃったかな、?」
慌てふためく2人にマーストは優しく言う。
「きっと、嬉しいのですよ」
その言葉に、あの時に交わした沙耶との会話を思い出す碧斗。そうだ、1番不安で迷惑をかけてしまっていると自分を責めているのは他でもない、この水篠沙耶なのだ。
碧斗は何を言うでもなく、そっと頭を撫でようとしたが、女子の頭など触れるわけもなく
「大丈夫だ。俺達は水篠さんの味方だ」と、呟いたのだった。
☆
沙耶が泣き止むのを待ち、話しながらの帰宅となったので随分と時間をかけて歩いた感覚に陥る。だが、なんとか家に辿り着く事が出来た。
「ただいまー」
「お帰りなさいませ。碧斗様」
「た、ただいま、、」
「お、お邪魔します」
碧斗、マースト、沙耶、樹音が順に家に入る。その時、何かに気付いたかのようにマーストは振り向く。
「そういえば、4人分の食材は持ち合わせていませんでしたね」
その言葉にハッとする3人。思えば、朝食もごく普通に摂っていたが、食費は全てマーストからの出費なのだと気づく。それと同時に罪悪感が碧斗達を襲う。
「では、買い物に行きましーー」
「いやっ!僕はいいです!まだ僕は王城に戻れますし」
マーストの言葉をかき消すように言う樹音。それに続いて沙耶も
「わ、私も、、いらない、です」
「いや、水篠さんは王城にも、外にも出れないんだからダメでしょ!」
碧斗がそうつっこむと、沙耶は「うう、確かにそうですけど、」と呟き、俯いた。
「大丈夫ですよ。王様に支えている人の収入を信じてください」
「いやいや、信じるとかの問題じゃないだろ!」
どうにかして負担をかけさせない方法を考えるが、マーストが料理を提供してくれないと空腹で餓死しかねないのも事実なわけで。1週間ほどならまだしも、ずっと食事をしないのは生死に関わる。だからこそ、何もフォローのしようもないのだ。
「じ、じゃあ、お言葉に甘えて、、でも、絶対最後には全額返すからな!」
借りたものは返さなくてはいけない。この世界の通貨を貸してもらうのならば、この世界で働き、返さなければならない。と、覚悟を決めそう言う。今は働ける環境ではないとしても、全て事が収まったらクエストでもなんでもして稼ごう。
その気持ちが伝わったのか否や、マーストは微笑んで
「大丈夫ですと言いたいところですがそうしないと気が済まない様なので、お待ちしております。返されるのを」
と冗談めかして笑った。すると
「あ、僕のはいいですからね?」
と樹音が付け加えるが、すぐにマーストに否定され結局4人で食卓を囲むことになった。
「では、わたくしは買い物に行ってくるので、留守番をお願いします」
マーストはそう言うと、ドアを開けようとする。その瞬間、樹音が声を上げる。
「あのっ、その、僕も行っていいですか?」
ずっと王城に居たのだから、外の世界を堪能したい気持ちがあってもおかしくはないだろう。樹音は警戒されているわけでは無いので外出は問題ないと判断し、碧斗は笑って声をかける。
「行ってこい。家は俺達に任せとけって」
その言葉にぱあっと表情を明るくした樹音は、マーストも異議は無かったので2人で家を後にした。
ふと、気づく。
ーち、ちょっと待て、なんかノリで行ってこいとか言っちゃったけど、この状況ー
変な汗が流れる。この空間、1人暮らしにしては部屋が3つほどあり、大きめな家ではあるが、それでも2人で居ると少し狭い。いや、今狭いと思い込んでいるだけかもしれないが。
また、2人きりになってしまった。今回は今までとは違って一つ屋根の下であり、時間も8時頃で窓の外は夜景が広がる。唾を飲み、呼吸を整える。この状況はまずい、健全な男子高校には刺激が強いのではないだろうか。正直、セクシーな何かを見せられるよりも、実際に「いい感じのムード」が出来上がっている空間にいる方が碧斗には刺激が強いと感じるのだ。
2人きりの空間、無言で顔を赤らめる2人。気づくと手が近づいており、指先が触れる。
「あっ、ごめん」
「ごっ、ごめんなさい」
顔を真っ赤にして、同時に言う。反射的に背けた顔を沙耶の方向に戻す、すると向こうもこちらに顔を向けているのが分かった。ドキドキが止まらなくなり、とうとう抑えられなくなった碧斗は沙耶を押し倒す。
「へっ!?」
驚いた様子ではあるが、嬉しそうな表情も読み取れる。その顔に心を奪われ、抱きしめるように碧斗も布団に潜る。そのまま首に顔を近づけ、首を伝うようにキスをする。耳にまで到達すると、耳を軽く甘噛みする。
「はぁんっ!?」
突然の出来事に甘い声を上げる沙耶。耳まで真っ赤になっているのが分かる。
「す、するの、、?」
小さく、だが嫌がっていない様子で聞くその姿にドキドキしながら碧斗は頷く。
「は、恥ずかしい、から、その、でんきーひゃっ!?」
言い終わるよりも早く可愛らしいワンピースを脱がす。すると、白色の美しいランジェリーが現れる。見た目とは違って大胆である。そこに顔をうずめーー
「って!いやいやいやいや!」
目を覚ました碧斗は大声と共に起き上がった。どうやら夢だった様だ、夢で良かった。現実だったら自ら王城に飛び込みたくなるレベルである。
すると、突然の大声にビクッと肩を震わせる沙耶。怯えながらも不思議そうに碧斗の顔を覗く。
「ど、どうしたの、?」
きっと勇気を出して聞いてくれたのだろう。だが、今はその行動が危ないのだ。碧斗の頭の中がぐるぐると回るように何も考えられなくなる。鼓動が聞こえてしまうのではないかというほどに胸が音を鳴らす。
「大丈夫、?顔、赤いよ?」
少しずつ怖がりながらも近づいてくる沙耶にこれ以上近づくと夢が現実になり得る可能性があると考えた碧斗は突然立ち上がった。
「ち、ちょっとトイレ行ってくる」
その様子に釈然としない表情をしながら「う、うん」と小さく頷いた。
「はぁ、危なかった」
あれ以上は確実に放送コード的にアウトである。自分が想像していた事を現実に起こさないで済んだことに安堵しながら、玄関前を通り、トイレへ向かう。すると、
「あれ?」
どこかがおかしい。玄関前、足を止めて不思議な点を探す。何処とは分からないが、何処かがおかしい。
ドアに近づく碧斗。
「や、やっぱそうだよな、」
"それ"が現実であると確信し、驚愕する。
そのドアには「鍵がかかっていなかった」のだ。
マーストは必ず鍵を閉める慎重な性格であり、今の状況なら尚更鍵をかけるだろう。かけ忘れを考えてみたが、マースト達を見送る時に確実にかけたであろう記憶がある。だとしたら、これは一体。
その理由を教えるかのように背後に何かの気配を感じる。怖くて振り向けない碧斗、脚がすくみ、上手いように動かせない。すると、背後の人が近づき耳元で呟く。
「碧斗君、みーっけ」




