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殺し合いの独裁者[ディクタチュール]  作者: 加藤裕也
第6章 : こびり付いた悪夢(コシュマール)
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179.素顔

「信じてたよ。そうやって、私を止めるために出てくるって」


 微笑んで放つ三久(みく)に、一同は目つきを変える。その疲れた様子で息を零す三久に、美里(みさと)はそれを察した。


「まさか、、確証は無かった、、ってわけ、?」


「そうだね。貴方達の居場所なんて、分かるわけ無い。だから、ただ能力の範囲を広めて、歩き回ってたの。そうすれば、私という害が現れた事の証明になって、みんなはそれに釣られて寄ってくるって、信じてたから」


「クッ」


 美里は思わず歯嚙みする。それは、皆も同じだっただろう。彼女のその言葉と、僅かに漏らす息が意味するそれを悔いた。


「私達が、動かなければ、、勝手に終わってた、ってわけね」


 そう。三久は、その広範囲に広げた能力の多用によって、体力が減っているのだ。ならば、その状態のまま歩かせ続けていれば、何もせずともそれが終わっていたという事である。

 それに気づいた一同に、既に手遅れだと。皆の姿が露わになったがために能力適用範囲を絞った三久は、見下す様に放った。


「気づいても、もう遅いよ。ここに来て、私の目に入る場所に居る時点で、もう対抗手段は無い。早く降参して。こっちも早く王城に連行したいから」


 その言葉に拳を握りしめるその場の皆を目にし、三久は突如ハッとし顔を背けた。


「い、、今のってちょっと言い過ぎたかな、?いくら相手が指名手配犯だったとしても、私が命令出来る立場じゃ無いよね」


 冷や汗混じりにぶつぶつと、不安げに零す三久。それに、今がチャンスだと樹音(みきと)はナイフを生成しては飛ばし、一方の大翔(ひろと)は起き上がる。

 だが。


「おっと」


 そのナイフは以前と同様、音波によって三久に到達するよりも前に砕け、大翔もまた拳を構え走り出したものの、一歩二歩進んだ先で倒れ込んだ。

 と、それを目撃した美里は、声を振り絞って沙耶(さや)にそう促した。


(みず)(しの)ちゃん!行ける!?」


「うん!任せてっ!」


 美里の掠れた声に、同じく掠れてはいたものの強く返した沙耶は、次の瞬間ーー


「っ!」


 三久の目の前から岩を突き出させ、直接攻撃を狙う。

 以前は遠くに生やしたがために直ぐに崩れてしまったが、目の前ならばどうだと。破壊されるよりも前に彼女に到達してしまえば問題無いだろうと、美里は三久を睨みつけた。

 がしかし、三久はそれを既のところで避けると、すぅっと大きく息を吸い、そのまま空気を大きく口から出す。


「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」


「クッ、な、何っ!?」「きゃっ!?」


 突如三久から、悲鳴とも取れるが言葉として認識出来ない、耳を覆いたくなる程の高音が飛び出し、目の前に差し迫った岩はいとも容易く砕け散った。と、それに対し一同もまた、腕で頭を覆う形で崩れ落ちた。


「ふぅ、、今のはいい考えだけど、私は私で普通に動けるから、この空間の中でのその攻撃方法は効率悪いよ。それに」


 三久はそこまで告げたのち、間を開けて更に微笑み、付け足した。


「君達は、絶対に一撃で殺しには来ないから。...いや、まず殺そうとはしてこない。だから、もしその一撃を受けたとしても、死ぬわけじゃ無いし、その一撃だけを覚悟していれば、私が避けて能力を適用させるまでの時間が必然的に出来るの」


「「「「っ!」」」」


 またもや、彼女の手の平の上で踊らされていた様だ。先程の国民を助けたいと思う気持ちと同様、我々が絶対に人を殺さないという気持ちを逆手に取られているのだ。

 即ち、三久はこのままの我々では、一生勝てないと。そう言っているのだ。


「ほんと、、能力と同じで凄い性格してるわね」


 掠れた声で、皆に聞こえない程の声量で、美里は皮肉を込めた言葉を放つ。と、それに首を傾げる三久に視線を向けたのち、目を逸らして悔しそうに唇を噛む。


「今は、、それどころじゃ無いっていうのに、」


 どうしてこんな最悪が重なってしまったのだろうか。あの時まで、碧斗(あいと)は普通だったというのに。いや、我々は碧斗の普通を知っていたのだろうか。そう美里は、その音波を浴びながら顔を伏せる。

 碧斗とは、現世からの付き合いだ。そんな事を皆には言っているものの、現世では大した話はしてこなかったのだ。寧ろ、碧斗の方が美里の事を見ていたくらいだ。それが、とても悔しかった。

 あの日能力多用で倒れてしまった事。どうしても能力応用が出来ない理由。こうして、何者かによって精神を壊されてしまったその実情。どれもこれもが知り得ない事ばかりで、それが自身のことを隠さずに語った相手だからこそ、悔しかったのだ。

 そして、このまま何も知る事無く、力尽きるのだ。


「...ほんと、、さいっ、あく、」


 美里は瞳に涙を浮かべながら、彼の姿を思い起こし目を瞑ったのだった。


            ☆


 深い暗闇。底の無い苦しみから、まるで手が出て脚を掴み、引き摺り込む様に碧斗を飲み込んでいく。苦しい。

 "それ"を思い出すと、ズキンと。頭の奥が痛んだ。これは、"あの時"の感覚と同じである。

 そう。能力を応用しようとした時の感覚である。

 人生が狂った運命の日。大切な母は、煙による一酸化炭素中毒で他界した。それが、自身に煙の能力が与えられた本当の理由だったのかと。碧斗は皮肉のこもった笑みを浮かべる。S(シグマ)の放った「能力を使いこなせない理由」というものは、恐らくこれが関係している事だろう。

 元々、碧斗は能力を使いこなす事に手こずっていた。皆が能力の訓練を行う中、彼だけは上手く使いこなせず、誰よりも時間を使って、知識を絞り、努力を続けた。それによって、人並みに能力を使いこなせる様になったのだ。

 それは今まで、碧斗の運動能力の低さや、体力の無さが原因だとばかり考えていたが、本当の理由は、もっと奥深くに存在していたのだろう。転生してからというもの、朝の目覚めが悪い日ばかりであった。それもまた、煙という能力を手に入れてしまったが故の身体の拒否反応だろう。

 能力の応用に関してもそうである。煙の成分を変化させて有害なものにする事で、目眩しだけの能力を、殺傷性のある攻撃能力へと変更させようとしたそれも、大切な存在を有害な煙で亡くした事実によって、行えなかったのだろう。

 全てに気づいたその時、碧斗を待っていたのは達成感でも、胸のモヤモヤが晴れた清々しいそれでも無かった。ただ、空虚な感覚と、底の無い苦しみ。それだけだった。

 今の碧斗は伊賀橋(いがはし)碧斗で、(たつみ)碧斗では無い。ならば、そんな過去は関係ないではないか。自分自身に何度もそう突きつけた。今まで、伊賀橋碧斗として生きて、そんな大切な事を忘れていても、何の支障も無かったではないかと。ならばそれを気にする必要は無い。自分にそう告げた。それは、分かっていたのだ。

 それでも、やはりこの胸の奥が締め付けられ、激しく襲う吐き気や頭痛が消える事は無かった。

 鮮明に浮かび上がるあの光景。炎の中で口を開く母の姿。そして、酷い扱いを受けていた母の記憶。毎日のように響く鈍い音と、声を殺した悲鳴。ボロボロの顔で、目を潤ませ抱きしめる母の姿。

 その温もりが、温かくて、優しくて。

 だからこそーー


「がはっ!はぁ!はぁぁぁっ!ああぁぁぁぁっ!」


「っ!起きましたわっ」


「はぁ!はっ!やめろっ!やめてくれぇぇっ!もう、そんな事っ」


 頭にこびり付いて離れない。


『ゴミはゴミ箱にって、教わったんだ!』


 そんな事言うなよ、いくら無知だろうと、ゴミはお前だ。


『...う、うふふ、よく出来たね〜、偉い偉い!』


 そんな事を言うな。そんなゴミを褒めるな。そんな悲しそうな顔で、頭を、撫でないでくれ。


「ああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!」


「だ、大丈夫かの、?」


「みんなは待っていられませんわ!今ここで治療を行います」


「ち、治療って言っても、、治癒魔法は、通じんのじゃろ?」


 突如声を上げたと思われた瞬間、脚をバタバタとさせ、まるで何かに取り憑かれたかの如く体を痙攣させる碧斗。その様子に、シェルビは目つきを変えて彼に駆け寄ると、疑問を投げたグラムに真剣な表情で告げた。


「治療は、魔石による回復の事だけではございませんわ」


 シェルビはそれだけを放つと、まるでこれがその治療であると言うように、碧斗に向き直り口を開く。


「どうしましたの?苦しく、貴方に纏わりつくそれを、そのまま口に出してくださいまし」


「ああっ!がぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!」


「お、おい、シェルビ、、あまり突然、」


「いいんですの。これで、こうして"それ"と向き合せなければ意味がありませんわ」


 ベッドのシーツをギュッと掴み、歯軋りする碧斗を横目に、シェルビはそう放つと、そのまま続ける。


「優しい言葉でそれから遠ざけるのは、ただの逃げですわ。...別に、その逃げ自体は悪い事だとは思いませんわ。でも、それから逃げて、それでもこうしてまた苦しくなってしまっているのですから、きっとちゃんと向き合わないとその苦しみは終わりませんわ」


 シェルビの言葉に、グラムは目を開く。逃げは、一時的な逃げでしか無い。それで忘れられるのであれば、それもまた選択の一つだが、きっと心のどこかでずっとそれを抱え続けるのだろう。それも、第三者から少し突かれただけで崩れてしまう程、深く。

 ならば、それと向き合って乗り越えなくては意味は無いのだと。彼女はそう言っているのだ。

 その意味を理解し、グラムは「そうか」と零して微笑む。

 とは言うものの、碧斗は未だ苦しそうに体を震わせていた。


「やめろ、、そんな事、言うな、、そんな最低な事、、ゴミが、、それを、口にするなっ!やめろ!やめろぉぉぉぉっ!」


「う、うぅ、、確かに、シェルビの言いたい事も分かるが、これは流石にのぉ、」


「...色んな単語が出てきましたわ、、この中に鍵が隠れているかもしれないですわ」


 一度は頷いたグラムだったが、碧斗の反応を見るうちにバツが悪そうに目を逸らし始め、恐る恐る放つ。と、対するシェルビは顎に手をやりノリノリの様子でそう呟く。

 それに、グラムはジト目を向ける中、彼女はその単語を口に出す。


「やめろ、とは、なんの事ですの?」


「あ、ああっ!あああ!」


「話せない、って言うんですわね?」


「ああ!ああああっ!」


「分かりましたわ。じゃあ、質問を変えますわ。そんな事を言うな。とは、一体何の事ですの?」


「あ、ああ!あああっ!ああ!」


 シェルビは、その反応を覚える様に見つめ、碧斗に質問を投げかけ続ける。この何処かに、彼の闇を覗くヒントが隠れていると信じていたからだ。


「それじゃあ、ゴミとは、なんの事ですの?」


「あ、、、ああああぉぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!」


「「っ」」


 突如声を荒げて暴れ出す碧斗に、二人は後退りながら同時に目を見開く。


「これ、ですわね」


 その後、シェルビは真剣な面持ちで確信した様に、そう零した。


          ☆


「やっと、大人しくなった」


 倒れ込む一同の前で、三久が浅く息を吐く。と、その瞬間。


「うぅっ!」


 一度途切れた意識を取り戻し、歯嚙みしながら美里は、自分の目を覚ますためにも、怒りに任せて地面を殴った。


「なんっで、、こんな、時にっ」


 まだ捕まるわけにはいかない。三久の相手をしている場合では無いと。美里は呟くがしかし。相手は国王からの命令によって、一刻も早く連行しようと考えているのだ。

 そのため、三久は戸惑いすら見せずに、音波を放った状態のまま近づく。


「クッ!」


 それによって、一同の頭痛が更に強まる。


「嫌、、だっ、」


 一歩、また一歩と、近づく三久に、無意識に美里は口にする。このまま連れて行かれてしまうのだろうか。何も成し得ないまま、誰も救えぬまま、ここまで、頑張ってきたというのに。

 せめて、この世界での事は覚えたまま戻りたかったと、そう美里は歯嚙みする。

 情け無い自身に憤りを感じる。本当に、何も出来ないのだろうか。

 そんな事を悩んでいる最中、どんどんと三久が迫る。

 が、その瞬間。


「「っ!」」


 突如、彼女の目の前に、またもや岩の突起が生える。


「はぁ、また、」


 それに対し、何度行っても同じだと。三久は声を漏らしたが、しかしーー


「え」


「「「!」」」


 ーーそれは何の躊躇もせずに、勢いよく生える。


「グッ!?」


 人を傷つける事に躊躇する者達。そう決めつけていたが故に、三久はそれに驚愕した。いや、それに驚きを露わにしたのは、一同も同じなのだが。

 ただ、一人を除いて。


「ごめんね、大井川(おおいがわ)さん」


 先が尖っては居なかったが故に、三久は大きく吹き飛ぶだけで済んだものの、大翔の様に超人的な肉体を持ち合わせているわけでは無いため、大きな痛手であろう。

 それと同時に、彼女との距離が出来たがために能力が弱まり、沙耶は立ち上がって真っ正面から見据えた。


「...でも、みんなを狙う人には容赦しない。これが、、"本当"の私、だから」


 地面に激突し負傷した三久を見下ろしながら、沙耶は小さくもしっかりとそれを告げる。その様子に、眉を顰める三久や美里とは対照的に、大翔はニッと。歯を見せ微笑んだのだった。

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