178.鬱
「えっ!?嘘っ、大丈夫!?」
裏庭で倒れ込む碧斗の姿を見て、美里は慌てて駆け寄る。
「何があったの!?」
必死に叫び、揺らす。だが、一点を見つめ嗚咽の様なものを漏らすのみで、碧斗はそれに答えることは出来なかった。
「...伊賀、橋君、?」
美里がそれに、異様なものを感じ、険しい表情を浮かべる。すると、その騒ぎを聞いてか、遠くから声が聞こえる。
「ど、どうしたの?相原さん、、だよね?」
「っ!そ、そうっ、だけど。伊賀橋君がっ、大変なの!」
その声の主は樹音であった。どうやら、同じく縁側の様な部分から顔を出して声を上げているらしい。その、美里の普通では無い声音から察したのか、樹音は慌てて庭に出て、角から顔を出す。
すると、同じく倒れ込む碧斗と、それを支える美里の両方を見据え、声を上げる。
「えっ!?どうしたの!?」
「...分からない。でも、とりあえず部屋に運ばないと」
「分かった。任せて」
美里の不安げな言葉に、続けて樹音は自信げに答えると、碧斗を担いで部屋へと運ぶ。
そんな大掛かりな事を行っている内に、一人、また一人と、目を覚ましてリビングに集まる。
「えっ!?ど、どうしたの!?伊賀橋君!?」
「ア、アイト、、大丈夫かの、?具合が悪いのか?」
心配して放つ沙耶とグラムに、話せる状態では無い事。そして、外傷は無いことなど、美里は自身が知る範疇内での情報を簡潔に話した。そして、何者かがこの裏庭に居たという事実も。
「それって、、やっぱり転生者かな?」
「恐らくそう。髪は赤っぽかった。一瞬しか見えなかったけど、」
美里はその人物を追うべきだったかと悩み目を逸らす。だが、その情報だけでも十分だと樹音は微笑む。
「その情報で、まずこの中にいる誰かの犯行では無い事は分かったし、ありがたいよ。それに、碧斗君の方が先だ」
「円城寺君、」
「でも、、伊賀橋君は、、何されたんだろ、」
二人で話す中、沙耶は息を荒げながら頭を抱えて地面で蹲る碧斗を見て呟く。と、次の瞬間。
「はは、、ははは、、ふ、ふんふん、、ふん、、、ふふふ、」
碧斗は突然苦しそうに笑ったのち、何かの鼻歌を始める。
「い、伊賀橋、、君、?」
「...ドビュッシー、、月の光、」
それに怪訝な顔をする沙耶と美里は、それぞれその碧斗の異質な行動に拳を握りしめた。
すると。
「原因よりも先に病人の治療じゃ。儂のベッドを使って良い。早く運ぶのじゃ」
「わっ、分かりました!」
グラムの的確な言葉に樹音は頷き、またもや碧斗を担いでグラムの部屋へと進む。
その後、数分かけて碧斗を寝かせる事に成功した一同は息を吐いた。
「っと、、と、とりあえず。だけど、、碧斗君、、大丈夫かな、?」
樹音が不安げに呟く中、美里と沙耶もまた表情を曇らせる。と、対するグラムは部屋の奥にある引き出しを漁って呟いた。
「多分、この辺に回復の魔石があった気がするんじゃがの」
「魔石ですか?僕も探しますよ」
「おお、、悪いのぉ、」
樹音がそれに駆けつけ作業を手伝う中、美里は碧斗の隣まで行き、布団の中で震えながら、未だ月の光を歌い続ける彼を見つめる。
「...伊賀橋君、、あんた、何を言われたわけ、?」
「ふ、ふんふん、、ふん、、ふふふ、ふ、」
未だ無気力に歌い続ける碧斗に、美里は怪訝な表情を浮かべる。
「話せないくらい、、ひどい事なの?なんなの?どうして逃げようとするわけ?話す事から逃げないでよ。一人で抱えて、勝手に苦しまないでよ。...誰かに話す事くらいからは、逃げないでよ。あんたが私達の事を心配する様に、私達だって、あんたを心配なの。...あんた一人の苦痛だと思い込まないで。そんなの、、話した私が馬鹿みたいじゃん、」
美里は、始めこそ力強く放っていたものの、だんだんと声量を小さくしていきながら掠れた声で話す。
「美里ちゃん、」
だが、それに反応したのは、隣の沙耶だけであった。その現状に、美里は彼の鼻歌を聴きながら歯嚙みし目を逸らした。
が、するとその瞬間。
「もう!うるっさいですわね!今の時刻をご理解していなくて!?」
隣のベッドから起き上がり、声を上げるシェルビに、皆は息を飲んだ。
「ああ、そうじゃ。居たんじゃった」
「勝手に居ない事にしないでもらえまして!?グラム。貴方そこまで老化が進んでますの!?」
グラムがその場の皆の言葉を代弁して放つと、シェルビは声を荒げて対抗する。すると、隣に居た美里がふと口を開く。
「そ、その、伊賀橋君が、大変なんです。すみません。グラムさんの許可はいただいています。どうか、この部屋で看病させてはいただけないでしょうか、?」
「嫌ですわ。別に、他の部屋を使えばーー」
「お願いします!伊賀橋君のピンチなんです!」
「...」
声を遮る様にして上げた、沙耶の言葉にシェルビは僅かに考える素振りを見せたのち、浅く息を吐いて続ける。
「はぁ、、分かりましたわ。ですが、うるさくしたら招致しませんから!睡眠の邪魔をされては、お肌に毒ですの。きちんと寝ることで、この美貌は保たれておりましてよ」
「あっ、ありがとう、、ございます!」「ありがとうございます」
長々と語る中、二人は合わせて頭を下げる。と、それに「ちゃんと聞いてまして!?」と声を上げたのち、ため息混じりにまあ、いいですわと零す。と。
「それで?何があったんですの?」
シェルビはベッドから抜け出し、碧斗の方へと向かう。その様子に、美里と沙耶は目を見開く。
「その、、裏庭で、倒れてて、」
そんな中、沙耶は小さくそう答えると、シェルビはふーんと声を漏らして顔を近づけた。すると、対する樹音が魔石を見つけた様で、声を上げる。
「見つけたました!これですよね!?」
「おお!そうじゃそうじゃ。医療箱に入れておいた筈なんじゃがなぁ、物忘れが酷くて、、助かったわい」
微笑むグラムに、いえいえと手を振り微笑む樹音だったが、それにシェルビが割って入る。
「グラム。何でもかんでも治癒魔法で片付けるのは良くないですわ。まずは相手の状態を確認して、何が原因かを定めてから行わないと、治癒魔法も意味がなくてよ?」
シェルビが告げると、グラムは悪かったと言うように頭に手をやり苦笑する。その一連の行動を、ポカンと皆は見つめたのち、美里は現世での薬と同じで、効くものと効かないもの。つまり、それに合った魔法というものが存在するのかと、脳内で呟く。
とその間、対するシェルビは碧斗の隣で高さを合わせて小さく口にする。
「どこか、悪いんですの、?」
「...」
その様子に、思わず美里と沙耶は見合わせ微笑んだ。
「ふふ。睡眠は、美貌を作り上げるから、ね、」
美里は誰にも聞こえない様な声量で、いつよりも優しく、彼女の優しさに瞳を潤ませて呟いた。
☆
シェルビの軽い診察ののち、碧斗のそれは精神的なものだと発覚した。
「ほら、やっぱり回復の魔石を使わなくて正解でしたわ。精神的なものには作用しないですもの」
「精神的、」
美里は眉を顰めそう呟く。大体の予想はしていたものの、これでハッキリしたと。
以前の三久との戦闘時、碧斗は能力多用のため気を失った。それが、何かに関係するのだろうか、と。美里は何かを察して顎に手をやった。そんな中、対する樹音は沙耶に耳打ちする。
「シェルビさん、こういう事も出来るんだね、」
「う、うん、、皇女って聞くと、そういうイメージ無かった、かも、」
「そうじゃな。じゃがな、シェルビの母は元々医師もやっとったんじゃよ。まあ、王室内での話じゃけども」
「そう、だったんですね」
二人の会話に割って入ったグラムは、そう放ったのち、小さく「そんな母に、憧れとったんじゃ」と、遠い目をして呟いた。
そんな様子を皆は眺めている中、先程まで呻き声を上げ苦しんでいた碧斗が、疲れたのか目を深く閉じ、部屋には静寂が訪れた。
「...伊賀橋君、」
「今は寝てますわ。起きた時の状態にもよりますけど、話はそれからですわね」
「シェルビさん、ありがとうございました。睡眠中だったのに、こんな、」
樹音がすかさず駆け寄り頭を下げると、シェルビはベッドに戻ろうと数歩進んだのち、振り返ってニヤリと自信げに微笑んだ。
「ありがとうござい"ました"ではありませんわ。今からが、始まりでしてよ?ま、それでもいいですわ。それならちゃんと、毎回礼を言ってくださいまし!」
そんな優しさ溢れる返しに、樹音は思わず口元が綻びながら「はい!」と、元気に返した。
「それでは、アイトが起きるまで私は寝ますわ」
それに続いて、シェルビはベッドに入るとそう付け足す。が、その矢先。
「おいどうした!?起きたら周りに誰も居ないから心配したぞ!」
「もうタイミングサイテーですわ!」
その瞬間、大翔がドアを開けそう声を上げた。それに皆が頭を押さえる中、シェルビは声を荒げてベッドから飛び起きた。
「あ?知るかよ勝手に俺抜きで話進めて」
「おっそいのが悪いんですわ!こっちはピンチでしたのに!」
「あ?ピンチって、何が、?」
大翔はシェルビの言葉に怪訝な顔をしながら、ゆっくりと碧斗の方へと視線を向ける。
「...なんで碧斗がここで寝てんだ?」
「はぁ」
その反応に、美里はため息を吐きながら、これまでの話を大まかに説明する。音がした裏庭に行ったら、丁度何者かが去る現場であった事。そこに碧斗が倒れていて、運んだのち診断を行なって精神的なものだと発覚したこと。そこまで話すと、大翔は目をピクリと動かし、目つきを変えて放った。
「何者かがってとこが気がかりだな。...そいつに、なんか特徴は無かったのか?」
「あ、それ、僕も気になってた。いくら大井川さんとの交戦で疲れてても、こうはならないだろうし、それなら、その場に居た人が怪しいかなって」
どうやら、樹音も同じ考察をしていた様だと、美里は視線を向ける。すると、答えるよりも前に続けて、グラムが口を開く。
「ああ、その、実はお主らが寝ている時に、アイトが目覚めての。その時に会ったんじゃが、そんな感じは全くしておらんかった。恐らく、その後からさっきの間の時間に、何かあったんじゃろう」
グラムはそう予想をし口にする。それによって、確信になったと。グラムの話に目を見開く一同の中、美里は頷き口を開く。
「なら、やっぱりその可能性が高いかも、、裏庭に居たのは赤い髪が目立つ男性だった。その人が転生者だとすると、伊賀橋君をこうさせるのが作戦だったっていう可能性も、」
「何、?赤い髪だったのか?」
美里が考える素振りをしながら放つ中、大翔はその人物の特徴を耳にした途端、その話に割って入る。そんな彼に首を傾げながらも、美里は頷く。
すると。
「それは、、多分、あいつかもしれねぇな。俺も同じ目に遭った、、きっと、それをしたのは、Sだ」
「「「!」」」
美里と沙耶、樹音が、他の皆を差し置いて驚愕の色を見せる。外見の特徴に反応した大翔は、既に本人と接触しているのだ。見た目に関しては間違いないだろう。それを踏まえた上で考えると、辻褄が合う点がいくつも見られた。
大翔は以前、一人の際に話を持ちかけられたと言っていた。また、進や将太の件を考えると、相手の弱みに漬け込んで引き摺り込む様な人物である事が窺える。即ち。
「今度は、、碧斗君が、ターゲットにされた、、ってこと?」
樹音の呟きに、皆は表情を曇らせる。そんな中、誰よりも拳を握りしめ碧斗を見つめる美里は、唇を噛んだ。
あの夜、美里は全てを話した。それを聞いた碧斗は、自身の過去には何も無いと言い、美里と比べてちっぽけな人生だと話していた。だが、今はどうだろうか。
Sに何をされたかは不明だが、精神的なものである以上何か碧斗を蝕む記憶があり、それを引き合いに出されたと考えるのが一般的だろう。
ーあいつは確かに弱いけど、、ここまでになる理由は、きっと別にある、、あの短時間でこうなる理由。それは、、きっとー
恐らく彼の過去にあるのだと。
そう思うと、美里は悔しかった。
あの日、あの夜。自身の事を話したというのに、碧斗は結局何も話してはくれなかったという事だ。と、樹音が考える美里の横を通り、表情を曇らせ口にする。
「でも、、Sだって分かっても、碧斗君がなんでこうなったのか分からないと、、何も、」
「そう、だよね。今の伊賀橋君に回復は効かないもん、、その原因を見つけなきゃ、、もしかすると、ずっとこのままの可能性だって、」
沙耶もまた俯き、声を震わせ放つ。今知りたい原因はそっちでは無いと。そんな事を皆が呟くと、ふと、美里は何かを決心した様に目つきを変えた。
「別に、それが要らない情報ってわけでも無いわ。Sが主犯なら話は早い。直接、Sのところに行って問い詰めればいいだけだから」
美里はそう強く放つと、そのまま碧斗にまたもや視線を落としてそう付け足す。
「本人が、言うつもりが無いならね」
目を深く瞑る碧斗に、声を低くして放つ美里。それに、皆は無言のまま同じく碧斗に目をやった。すると、息を吐いて大翔が割って入る。
「でもよ、Sなんてどこに居るか分かんねぇだろ。そんな簡単に言うなよ」
「は?なんでそんな喧嘩腰なわけ?あんたのフォローも入っての言葉だったんだけど?」
「んなもん要らねぇよ。つーか、Sの居場所が分かってたら、もうとっくにみんなでぶっとばしに行ってただろ」
「だから、それを今から探すんでしょ?大して捜そうともしてなかったくせに、全部捜しても居なかったみたいな反応するのやめてもらえる?」
「はぁっ!?こんのっ」
怒りに震える大翔に、美里が冷静に「何か言った?」と告げると、皆に向き直って続けようと口を開いた。
「まずは、そいつの居場所を探す。この間の騒動の中、あいつは現れなかった。つまり、普段は王城に居ない可能性が高い」
そこまで放つと、「だから」と付け足しそれを伝えようとした。
ーーが、その瞬間。
「うっ!?クッ!?」
「がっ!?」「うっ!?」「やっ!?」
「なっ、なんですの!?こ、これはっ!?」
突如、強い頭痛が一同を襲い、その中でシェルビが声を上げる。
この感覚、どこかで。いや、ついこの間に感じたものだ。
「くおぉっ!あ、頭が割れそうじゃあ!儂の頭が割れたら、卵になってしまうわい、」
「そんなハゲギャグは今はいりませんわ!な、なんとかできませんの!?」
グラムが崩れ落ちながら弱々しくそれを呟くと、聞き逃さなかったシェルビが割って入る。だが、対する皆は、目つきを変えて見合わせた。
そう、この感覚。あの、大井川三久の、音の能力だ。
「い、行こうっ、、みんな、」
「そ、そうだねっ!と、とめっ、ないと!」
「耐え切れねぇ、、さっさと見つけて、ぶっとばさねぇと、」
樹音がゆっくり立ち上がり零すと、沙耶もまた立ち上がり、大翔は放って部屋を後にした。
それに、美里は罠の様なそれを感じたが、このままでは耐え切れないのは同じだったため、そのまま外に飛び出した。
「クッ!さ、更に強くなるな、」
「い、、一体何処にっ」
「この強さ、、近くに、居るはずっ」
だんだんとそれが強大になっていく中、美里はそう予想し皆と同じく走り出す。どんどんと頭痛は大きくなっていく。だが、それを逆に捉えれば、三久の発信機になっていると。
あえて頭痛が強くなる方向へと向かって、一行は足を速めた。
「っ!」
すると、遠くに。街に入り、少し栄えている道の真ん中で歩く三久の姿があった。
「あいつっ!」
「待ってっ、、気づかれる前に攻撃した方がいいよ」
「でも、音波で全部壊されちゃうんでしょ?なら、遠距離で攻撃しても、あまり意味が無いんじゃ、」
沙耶が目を逸らし、小さくぼやく。それに、樹音が表情を曇らせたが、その瞬間。
「なら、、俺がっ、行くしかねぇな!」
大翔は頭を左手で押さえながら右手を構えて、三久に跳躍し殴りにかかった。
だが。
「おっと」
「ぐあっ!?」
大翔に気づいた三久がそう零すと同時に、彼はまるで見えない何かに押し返される様な形で反対方向へと、軽く吹き飛ばされる。
「大翔君!」「「橘君っ!」」
「なんだっ、、今、のっ」
大翔はそれに、目を丸くして問う。それに、答え合わせの様に、三久は微笑み振り返った。
「やっと、、来てくれた。...音は、空気の振動。つまり、それを調整すれば、圧力を生み出す事も可能なの」
「ハッ、、なんでも、ありじゃねーかっ、」
地面に倒れ込みながら笑う大翔に、三久は案外頑張るなと目を開いたのち、その後ろの皆に視線を移動させ口を開いた。
「君達は、この場一帯にこの音を広めればやって来るって信じてたよ。何よりも、この頭痛を、他の国民の人達に与えたく無いからって、直ぐに外に出てくると思ってたからね」
「!」
全てを見透かされている様な気がした。
そうだ、三久は我々の場所など分からず放浪していたのだ。故に、その期間を耐えれば、通り過ぎてその音は止んだ筈なのだ。それを、グラムやシェルビを含めた異世界の人々に与えたくはないという思いだけで、反射的に外に出てしまったのだ。
即ちーー
「しかも、そっちから来たって事は、君達は少なくとも街から孤立した場所。尚且つ王城側に身を潜めてるって事、だね」
「「「「!」」」」
ーー全て、彼女の手の平の上で踊らされていたということである。




