176.記憶
「て、低周波音、、だと、?」
大翔が眉間に皺を寄せ放つ。
目の前で一同を戦闘不能にしながら、ただ見つめる彼女の名は大井川三久。能力は「音」である。その音の能力を応用し、耳には聞こえない低周波の音で我々に攻撃を行なっているのだ。耳では拾いきれないが、確かに体には伝わり、人体に悪影響を及ぼす波長。
症状は、現在の碧斗達の様な頭痛や吐き気。既に立つ事も出来なくなってきている我々は、手の打ちようが無い。
「えーっと、、なんだか、このまま運べそうだけど、、私が運ぶのは無理だな。...誰か他の能力者来てくれないかな、」
抵抗すら出来ない我々を見つめ、三久はそうぼやいた。だが、そんな簡単にはいかないと。大翔は立ち上がり拳を振り上げ跳躍した。
「てめぇ!勝った気でいるんじゃねーぞ!?」
「うわ、危な」
「ぐあっ!?」
大翔の拳が頰を掠ると、三久は反射的に後退る。だが、何かをされたのか、対する大翔は触れられてすらいないにも関わらず、崩れ落ちる。
「てめぇ、」
「近づくと危ないよ。この音波は私から発せられてる。つまり私に近づけば近づくほどその力も大きくなる」
「っ!」
地面に拳を叩きつける大翔に放ったその言葉に、碧斗は目を剥く。そうか、と。
音の能力は目に見えないだけで、場所を指定してその人にだけ影響を与える事は出来ないのだと理解する。即ち、碧斗の様に場所やその人物周辺に煙を発生させる事が出来るわけではなく、あくまで自身から相手に放つかたちでしか攻撃出来ない事を意味しているという事だ。それを考えると、先程の理穂の事も納得できた。
理穂は、我々の中で一番奥にいたのだ。一同は彼女について行ってここまで来たのだから、理穂が先頭になるのは必然である。故に、我々の背後から現れた三久からすれば理穂は一番奥に居た事になるのだ。
だからこそ、音波の範囲を狭める事で理穂だけを解放する事が出来た。という事だろう。
ならば逆に考えてみれば、と。碧斗は目つきを変える。
ー遠距離攻撃なら対抗策は存在するなー
そう。その音波が届かない位置から攻撃すればいいのだと。碧斗は美里に視線を送る。それを受けた美里もまた、気づいた様子だったがしかし、碧斗同様現状ではここから抜け出す事は不可能だと、歯嚙みする。となれば、現在唯一彼女へ向かって行った大翔だけが頼りなのだが。
「クッ、ソッ!」
大翔は気づかないどころか、目の前の三久に更に向かおうと腹這いで進む。
それを止めるべく、碧斗が必死で声を上げようとした。その時だったーー
「大翔君!下がるんだ!」
「「「!」」」
樹音が突如剣を生成し、それを杖代わりにして立ち上がろうとしながら、大翔にそう声を上げた。
その姿に、碧斗はハッとする。樹音の能力は好きな場所に生成し、好きな場所に動かす事が出来る完全遠距離型の能力である。故に、彼ならばここから抜け出さずとも、後退りながら攻撃が行えるのではないか、と。そう碧斗は考え、作戦を立てようとした。が、しかし。
「っ!」
その杖代わりにした剣が、一瞬にして砕け散ったのだ。
「何、?」
碧斗は思わず眉を顰める。樹音の能力は刃。能力で生成されたそれは、簡単には壊れることがない。実際に、樹音の話によると壁に剣を突き刺した状態で登っても折れなかったと言うのだ。
ーそれを、、音波だけで壊したっていうのか、?ー
碧斗が怪訝な表情を浮かべる。これでは、樹音のナイフで遠距離攻撃を行っても意味がないでは無いか、と。
それを考えている内に、どんどんと身体の負担は大きくなり、考える事すら辛いほど、頭が割れそうにズキンと痛んだ。
このままでは攻撃すら出来ずに気絶し、言っていた通り王城へ連行されてしまうと。拳を握り、必死に辺りを見渡す碧斗。だが、何か活用出来そうなものは見つからなかった。
ークソッー
思わず心中で叫び地面を殴った。が、その矢先。
「おらっ!」
「わっ」
三久の目の前。能力による威力が最も高いであろう場所に居るのにも関わらず、大翔は死に物狂いで拳を三久に打ち込む。
それは、呆気なくも小さな声を漏らすのみで躱されてしまった。が、しかし。
「「「「っ!」」」」
一瞬、僅かに能力が途切れたのが感じ取れた。ものの二、三秒程度だったのだが、頭痛が弱まった瞬間、碧斗は今だと。そう声を上げた。
「水篠さん!岩で俺らを吹き飛ばしてくれ!大井川さんとは反対方向に!」
「えっ、なんーー」
「いいから!」
碧斗の叫びと同時に、訳が分からず首を傾げた沙耶だったが、その必死の言葉に、反射的に碧斗達の前に岩を生やしてはそこから更に岩を生やし、皆を押し出す形で吹き飛ばす。
「クッ」「うわっ」「うっ」
それによって吹き飛ばされた碧斗、樹音、美里は"音波の届かない場所"から沙耶に声を上げる。
「ありがとう!水篠さん!」
「あれ?」
そんな皆の様子に、三久は首を傾げる。気づくのも時間の問題だろう。先程の理穂を解放した時を考えると、能力の反映範囲を自身で理解している可能性が高いのだ。故に、それに対策させるより前に、我々でダメージを与えなければならないのだ、と。
それを思ったのち、タイミングよく沙耶の岩が砕け散る。
「あ、あれっ、、なんっ、で」
沙耶はそれを見て、声を漏らす。その様子から、碧斗は察する。恐らく、沙耶の意思で破壊したわけではないのだ。更には今までの様に何か圧力を防ぐために生やしたわけでは無いため、沙耶も力を込めていなかったのだろう。
だが、それを配慮したとしても、その光景には思わず驚愕を見せた。どうやらあれ程大きな岩でさえも、音波の力で破壊する事が出来る様だ。
「クソッ!ならこれはどうだ!」
碧斗は能力反映範囲が目で見て分かる場合を考え、申し訳程度に煙を出す。だが、それが合図だったと言わんばかりに、美里はそれと共に炎の塊をいくつか放つ。
どうだと言わんばかりに碧斗は三久に目をやる。が、しかし。
「何っ!?」「!?」
碧斗と美里は同時に目を見開く。炎が三久に到達しようとしたその時。
その炎はだんだんと小さくなり、遂にはーー
ーー消滅した。
「クッ」
美里は歯嚙みする。そう、音波は空気の振動なのだ。それを利用し、炎を圧力で飛ばしたと考えるのが妥当であろう。既に、現世にも音で炎を消す方法は実現されている。
「クソッ!」
薄まった煙からそれを見据えた一同は、それに拳を握りしめたがしかし、そんな暇は無いと。樹音は大量のナイフを空中に生成し三久に放つ。
「喰らえっ!サーチダガー」
樹音は小さくその技名の様なものを呟き、攻撃を続けるものの、やはりナイフの刃もまた、音波によって破壊されてしまう。
「っ!」
「なるほどね、音波の届かない遠くから狙う事に専念したんだ。でも、意味ないよ」
「「「くあっ!?」」」
三久が淡々と告げると、音波の範囲を広げ、皆全員に届く程の威力を放つ。その衝撃及び再び襲う頭痛に、三人はたまらず体から力が抜ける様な形で崩れ落ちる。
更に、それだけでは無く、手前の大翔や沙耶もまた、範囲を広げたために強くなった音波に呻き声を上げた。
「うあ、、ああ!ああああ!」
「うぐっ!?ぐぅぅぅぅぅ」
美里と沙耶が、叫び声を上げる。樹音と大翔は、それに歯を食いしばり、ただただ力を込め耐える。そんな中、碧斗は考える。どうすればこんな地獄から解放出来るだろうか、と。
考えれば考えるほど頭痛は強くなり、頭に留まらず、脊髄を経由し全身に激痛が伝う。苦しい。ずんずんと鈍痛が割って入る。
「はぁっ、はぁっ!」
息を荒げ、頭を押さえながら、碧斗は三久を睨みつける。
この状況、勝ち目がないのだ。
美里の能力も音波で消されてしまう。樹音の刃や沙耶の岩も破壊されてしまう。大翔に至っては近距離戦が行えないが故に、既に戦力喪失していた。これは既に、我々にはこの場から逃げる選択肢しか存在しない事を碧斗は理解するがしかし。それすらも行えない状況である。
体を動かしたらマズい。いや、頭を少し動かしただけで大きな目眩が起こり、そのまま意識を失うだろう。そのため、余計な行動すら許されない状況である。
こんな絶望の中、唯一。
唯一三久に攻撃が行える可能性のある存在が、この場に居る。
「伊賀橋君、」
その人物の名を、美里は弱々しく呟き目を向ける。煙の能力者。伊賀橋碧斗である。
この場で能力を起動し、三久の周りに有害な煙を発生させれば、彼女を止めることが可能である。仕留める事は不可能でも、能力を止める瞬間くらいは作る事が出来る筈だ、と。恐らく、美里も考えている事は同じなのだ。そのため、碧斗はそう察して目つきを変える。
ーこの間は、、出来なかった、、でもー
智樹との戦闘の際には頭痛が起こり行えなかったもの。グラムの家の裏で行った際も、全身が震え、頭に激痛が走り、成し遂げられなかったものである。
だが、この土壇場ではどうだろう。今まで、ピンチの際に奇跡を起こしてきた我々だからこそ、ここでも出来ると信じ、碧斗は手を三久に向ける。
ー奇跡よ、おこれっ!ー
碧斗はそう強く願い、有害な物質による煙を、放った。
が、瞬間。
「がっ!?あっ!」
「えっ!?碧斗君!?」
「伊賀、橋、、君」
視界が歪み、手が震え、衝撃の様な激痛が碧斗を襲う。
「ぐあっ!?あ、ああああああああっ!うっ、、うぶっ!?」
「あ、碧斗君、」
碧斗は瞬間。もの凄い頭痛から吐き気に変わり、留めることは出来ずにその場に胃の中のものを戻す。
「え、、何、」
どうやら、三久がそれを見て引いている様子だ。誰のせいでこうなっているというのだろうか。そんな事を思うことが出来ないくらいの碧斗は、力無く倒れ込み目を瞑る。
頭を地に着けても、それが治ることは無かった。が、次の瞬間。
「う、うぅ!なんか頭痛い、」
「私もだよ、、なんだろ、これ」
「なんかここら辺に居ると痛くなるぞ?」
どうやら、街の人々にもこれが伝わった様だ。人通りが少ないわけでも多いわけでもないこの道だったからこそ起こった奇跡である。ここを選んだ理穂に感謝しなくてはと。碧斗は不本意ながらも僅かに微笑む。
と、それに「あ」と小さく零すと、三久は能力を慌てて解除する。
彼女の目的は国王から直接告げられた、我々を捕えるという命令であり、国民に被害を出すというのは言わずもがなタブーである。故に、それが恐れられる現状に、碧斗は今しか無いと。震える体と唇で弱々しく声を上げる。
「今だ、、行くぞ、」
「クソッ!し、しゃあねぇな。一旦帰るぞ!お前ら!」
大翔はそれに腑に落ちない表情を浮かべながらも、それを理解し沙耶と美里を持ち上げ、跳躍する形でこの場から逃れた。
対する樹音もまた、動くことができない碧斗をおんぶし、共に逃げたのだった。
「...あ、、逃げられた。クソッ、、最悪」
もう少しだったのにと思いながら呟く三久は、更に入り組んだ路地裏に逃げ込んだ、我々一同を見つめて足を進めたのだった。
☆
「はぁ、、はぁ、」
大翔と樹音は、息を荒げて頭を押さえながら、グラムの家に入るや否や倒れ込む。
「な、、なんとか、、逃げ切った、かな」
「どっ、どうしたんじゃ!?またそんな状態になって!?」
またもや大きな外傷は無かったものの、ぐったりとしたその一行の姿に、不安げに詰め寄るグラム。すると、背後で椅子に座るシェルビが息を吐き呟く。
「どうしたんですの?だらしないですわね」
「チッ」
その傲慢な態度に大翔がまた舌打ちを零すと、グラムが朝食が出来上がった事を促す。
「ど、どうするかの?朝食は作ったが、」
「す、すみません、、今は食べられる状態じゃ、、ないかも、、です」
樹音が頭を押さえながらそう零すと、グラムはそうか、と。不安の色を見せる。
「はぁ。食べ物を粗末にするんじゃありませんこと?グラムがせっかく作ってくれたというのに」
「そ、そうですよね、、少ししたら温め直していただきます。それまで少し、、横になっていても、いいですか?」
樹音の意識が段々と薄れる中、最後の力を振り絞ってグラムに促すと、それに勿論だと頷く。その返事を聞いた直後。
気が緩んだ一同は、その場で目を閉じ倒れた。
「お、おいっ!?おい!大丈夫か!?」
薄らと、グラムの必死の声が聞こえる。それに罪悪感を覚えながらも、どこか安心感も感じる碧斗達であった。
☆
その日はその後。先に目覚めた大翔と樹音は食事を摂り、夕方に起きた美里と沙耶は食欲が無く、夜に少しの夜食を口にしただけであった。そんな中、碧斗は能力使用の副作用もあり、夜に一人目を覚ます結果となった。
「お、おお、、アイトか!?心配しとったんじゃぞ?」
皆が寝静まる中、唯一グラムは起きていた様で、碧斗の姿にホッと胸を撫で下ろした。
「す、すみません、、また、、こんな形で、、それに、服まで、縫い直してもらってしまって、」
弱々しく呟く碧斗に、グラムは笑って返す。
「大丈夫じゃよ。みんな疲れておったんじゃ。逆にあそこでミサトに任せる方がおかしいってもんじゃ。後、食事の事は気にせんで良い。具合が悪い時は、無理に食べんのも大事じゃからな」
「...」
ニカっと笑い告げたのち、「アイトはどうする?食べるかの?」と促すグラムに、拳を握りしめ口を開く。
「...その、そうじゃ無くて、ですね。その、どうしてそこまで俺たちの事を信用してくれてるんですか?」
「およ?信用、、とな?」
「...どうして、、こんな状態で帰ってくる事の多い俺たちに、毎回何も聞かずに家に置いてくれるんですか?正直、、シェルビさんの方が正しいですよ」
碧斗は表情を曇らせ、バツが悪そうに呟く。その様子をただ黙って聞いていたグラムは、少し考えたのち、碧斗を手招きして対面に座らせ、一言口にする。
「実は、、前にこの家にも王城の騎士達が来たんじゃよ」
「...え、?」
☆
グラムとの話をしたのち、少し外の空気を吸いたいと告げ、裏庭に足を踏み出した碧斗は、ため息を吐きながら自身の手を見つめた。
『実はこの家にも王城の騎士達が来たんじゃよ。そこで話されたんじゃ。王城の勇者達にも話し、皆でアイト達を捜しとるって』
『えっ』
『恐らく、国王に刃向かったんじゃ。...きっと死刑にでもされるんじゃろう。だからこそ、、いつも死ぬ気で戦っとるんじゃろ?』
全てを見透かされている感覚であった。
グラムに全てを話したあの日から、更に様々な事が起き、心配させてきた。だからこそ、また皆で集まり、今度はシェルビも含め話さなくてはいけないと考えていた。
シェルビにそれを話したら、きっと監獄にでも入れられてしまうだろう。また敵を増やしてしまう結果となってしまうかもしれない。だが、こうして何も話さず、素性を隠したまま家に居続ける事は、碧斗には苦し過ぎた。
「...はぁ、」
思わずため息を零す。
グラムとの話と、自身の不甲斐なさに。あの時、三久に向かってその煙を発生させる事が出来れば、勝てた可能性があるのだ。それが、唯一の策であった。
碧斗の能力ならば、理論的には行えるものである。
「なんでだよ、」
思わず愚痴が零れる。
自身の汚れた手を、綺麗に全体を露わにした月に翳しながら、今までを思い返す。
碧斗一人では何も出来ない。
自分だけが解決出来るという土壇場でも、何も成し得なかった。どうしてだろうか。
そこまで自身は弱いのか。
そんな事を思い自己嫌悪に陥る碧斗は、強く地面を蹴った。
が、その時であった。
「っ!?」
背後から、ゆっくりと足音が聞こえる。
カサッカサッといった、グラムの庭に生えた草の上を歩く音だ。
即ち、すぐそこに居る。
ー誰だ、?ー
家の誰かだろうか。はたまた三久がまたもや現れたのだろうか。だが、こんな夜中に王城を抜け出せるとは考えづらい。ならば。
碧斗がそこまで考えた矢先。
その人物の姿が露わになる。
「君が、伊賀橋碧斗だね」
「?」
思わず首を傾げる。
目の前には、天然パーマの様に毛先が乱れる赤髪の、それに合った赤黒い双眸をした男子が立っていた。だが、どこか異様な雰囲気を感じ、重苦しい空気がその場に流れる。その姿に、どこかで会った様な感覚になり、碧斗は目を剥く。
どこかで見た事がある。どこだっただろうか。
ーこの感覚、、どこかでー
碧斗が思考を巡らせた、その直後。
「あっ、あの時、能力使って無かった、」
碧斗は思い出したと言わんばかりに手を叩き、その人物を見据える。あの時、皆が王城の庭で能力を使用する中、二人組でそれを見ているだけだった人物の片方であると。碧斗は久しぶりと声をかける。
それに少し拳を握りしめたその人物は、直ぐにニヤリと微笑み頷く。
「ああ。よく知ってるね」
「そういう貴方も、俺の名前知ってたでしょ?」
「あはは、君は今や有名人だよ」
乾いた笑みで、その人物は告げたのち、口を開く。
「実は、君に用があって来たんだ」
「お、、俺に、?」
もしや、捕まえに来たとか言い出さないだろうなと。碧斗は冷や汗混じりに身構える。
能力使用を一度もしていない人物。何が飛び出すか分からないが故に、普段よりも体が強張る。
「そう。ちょっと、言いたい事があってね」
「そ、、その前に、貴方は誰ですか、?名前、教えてもらいたいんですけど、」
後で皆が起きた際、この話をしなければならない。せめて名を把握しておかなければと。碧斗はそう切り出す。今までの碧斗では出来なかった事だと、自身でも成長を感じる。
すると、その人物はそうだったねと呟くと、碧斗に近づき、耳元まで顔を近づける。
「うえっ!?なっ、なんだ!?」
それに驚く碧斗を他所に、その男子は耳打ちで告げた。
「俺の名前はS。Sって書いてシグマだ」
「!?」
時が止まった様に衝撃が走る。
反射的に身の危険を感じ、碧斗は数メートル先にまで退く。
それを目撃し、ニヤけるS。
なんと言った。この人物は。この人物こそが、皆が口を揃えて放った黒幕。Sなのか、と。
本能的に全身が震え、彼の目を見つめる。
「S...貴方が、」
碧斗の問いに、Sは微笑み頷く。能力を明かさずに、陰から人を操っていた張本人。その人物を前に、碧斗は睨みつける様に、突如目つきを変える。
「怖いなぁ。そんな目しないでくれよ」
「お前が、、お前がっ!お前が進も!将太君も!全てを奪ったのか!?」
「別に、二人は殺してないよ。勝手に死んでっただーー」
「お前の所為だろ!?」
軽く放つSに、進を始めとした皆を思い返しながら碧斗は声を荒げる。
「お前のせいで苦しんだんだ。苦しくて、辛くて。それで、進はあんな選択をするしか無かった。...お前に会ってなければ、、俺らが救えたのに、」
「ハッ、救えた?面白い事言うね。誰も助けられないくせに」
「っ!?てめぇ!ふざけんな!」
碧斗は歯嚙みし、Sの胸ぐらを掴んで引き寄せる。
「おおっ、いいのかな?俺はまだ能力を明かしてないのに、そんなに近づいて。冷静で頭が切れる君らしく無いよ。伊賀橋碧斗君」
「うるさい!お前は絶対に許さない!人の弱味を餌にして、好き勝手しやがって!」
更に声を荒げる碧斗に、Sは手を払って胸ぐらを掴んでいた手を離させる。
「いいじゃん別に。死んだら記憶消えるんだし。まず、過去に囚われてそれを乗り越えられない方が悪いよ」
「お前、っ!どれだけ人を馬鹿にすれば気が済むんだ!?」
見下す様に見つめるSに、碧斗は拳を握りしめて足を踏み出す。
と、その瞬間。
Sはニヤリと笑い、改めてそう切り出した。
「それよりも、君に用があるんだ。...と言うか、言いたい事があってね」
「なんだよ。話逸らす気か?」
「はは、こんな話をしてても時間の無駄だ。正直俺も暇じゃないからね」
Sのその態度に、碧斗は更に憤りを感じながら睨みつける。すると、Sがそれを言い始めるよりも前に、碧斗は放つ。
「その用ってやつ。まさか、今度は俺の弱味に漬け込む気か?」
「はははっ、いやぁ、そうじゃない。ただの確認だ」
俺にそんなネタは無いぞと言う様に強く放つ碧斗。だったが、それとは違うとSは首を振り、一歩近づいてーー
ーーそれを告げた。
「君さ。...伊賀橋碧斗じゃ、無いよね?」
「...え、?」
その一言を聞いた瞬間。碧斗の額からは異常な程の大量の冷や汗が噴き出し、視界が歪んだ。
「君が煙の能力を使いこなせない理由。気づかせてやるよ」




