174.許可
美里と忘れられない会話を交わし、シェルビがグラムの家に現れたのち、碧斗は寝床に着くと直ぐに眠りにつく事が出来た。どうやら、想像以上に身体に負担がかかっていたのだろう。美里との会話によって忘れかけていたが、それまで出来ない煙の能力制御を行っていたのだ。体に負担がかかっていて当然だろう。
故に。
「おい、碧斗。起きろ」
「ん、く、」
そうやって起こさないで欲しい。昨日は皆が体を張って、命を削って戦っていた。大翔に関しては一度心肺が停止しているのだ。それだというのに、こうやって起こしてくるのだから気分が悪い。
大変だった者が起こすなんて状況、それよりも軽傷な碧斗が起きないわけにもいかないでは無いか、と。
もう少し休んでいていいんだぞと、大翔に言ってやりたいと胸中で思いながら、碧斗はあくびで目を潤したのち、ゆっくりと瞼を開く。
「おお、やっと起きた。何やってんだよ。さっさと起きろ」
「え?」
「え、じゃない。早くしないと追い出されるぞ」
「追い、、出されるって、、っ!」
碧斗はハッと、思い出した様に目を剥く。
「なんだよ忘れてんのかよ、、あんな大事な事」
「ご、ごめんっ!...って!いや、元はと言えば大翔君のせいだよな!?」
そう。昨夜、シェルビの機嫌を損ね、家を追い出されそうになっていたのだ。その後なんとかグラムが話をしてくれた様で、明日の朝。即ち、現在詳しい話をすると共に交渉を行うという事になった様だ。
これはマズいと。碧斗は冷や汗をかく。
「皇女様って、、遅れたら、もう駄目だよな、?」
「ああ。十分前には少なくとも揃ってねぇと駄目っぽいぞ。はぁ、、どこの集団面接だよ全く、」
愚痴を零しながら、大翔は頭に手をやり支度をする碧斗を待つ。そんな独り言の様な言葉を聞き入れながら、碧斗は周りを見渡し放つ。
「あれ?樹音君は?」
「もう行ってるぞ。他のみんなもだ。来てねぇのはお前だけ」
「なっ!?そ、それを早く言ってくれ!」
「つっただろ、さっき」
そんな会話を交わしたのち、碧斗は慌ててドアを開け、皆が集まっているというリビングに向かう。その道中で、大翔は僅かに微笑み碧斗に耳打ちする。
「おいおいっ、昨日の夜、相原と何話してたんだよ」
「き、昨日の夜って、、き、聞いてたのか、?」
「ああ。俺らが部屋に戻る時、お前だけ遅かっただろ。確認しに行ったら、廊下の真ん中で二人で話してっから気になってな」
なんだ、と。昨夜の庭での会話を聞かれていたと予想した碧斗は、それでは無かったがために息を吐く。
だが、待てよと。思い留まる。正直、どちらを聞かれていても問題だ、と。
「あっ、あぁ〜、いや、それはっ、、今は、いいだろ?」
「ん?なんだよ。なんか言いづれぇ事なのか?別に俺は口がかてぇから、安心しろ。...つーかもしかして、なんか進んだ話してたのか?」
「そうじゃ、、無いけど」
何故か、話したくは無かった。あの時の見た事の無い彼女の笑顔を。会話を。声音を。自分以外の人に伝えたく無くて。
「くぅ!青春だな!」
「だからそういうのじゃ無いって!」
碧斗はそんな思いを馳せながら、リビングに到達し、恐る恐る入室する。が、しかし。
「す、すみま、、って、あれ?シェ、シェルビさん、、いやっ、様は、?」
碧斗は、見慣れたメンバーのみがリビングの椅子に座る光景を前に、驚いた様に声を漏らした。
すると、沙耶は無言で首を振り、美里は怒りを感じている様子で腕を組み、そんな中で樹音が状況を説明する。
「その、シェルビさんは、まだ、寝てるみたいで、」
「えっ、でも、大翔君の話だと、集合時間はとっくに過ぎてーー」
「ああ、そうだ。だからタチが悪いんだよ。こっちは早起きさせられてるっつーのによ」
「悪いのぉ、お主ら。じゃが、この家があるのも、この家が少し広めに出来ているのも、シェルビのお陰なんじゃ。じゃから、あまり怒らないで欲しい、」
「ああ!僕らはっ、全然」
申し訳なさげに放つグラムに、樹音は慌てて否定しようとするがしかし、そこに美里が割って入る。
「全然?正直、少し腹立ってるでしょ?」
「うっ」
どうやら図星だった様だ。樹音はギクリと肩を震わせ声を漏らす。樹音の、そんな正直な感想は聞きたくはなかったのだが。それに対し、碧斗はなら起こさなくても良かったのにと内心で愚痴を漏らしながら頭を掻いた。だが正直、そんな事を言える状態では無いのだが。
すると、そんな会話を行いながら碧斗が一度身支度を整えるため席を外し、数分後に戻ったのち、更に十分程の時間が経過した瞬間。突如、奥からシェルビが現れた。その姿は、髪の至るところに水滴が付いており、タオルを巻いていた。
「あれ?今日は何かございまして?...えーっと、昨日に転生者の方々がいらっしゃる事を聞きましてですわ、、そして、そして〜、」
力みながら記憶を辿ると、シェルビは昨夜のそれに辿り着いたのか、あっと目を見開く。
「思い出しましたわ!詳しいお話を本日お聞きすると伝えていましたわ!」
ーいや覚えて無かったのかよ。てか風呂入ってたのかよ!ー
大翔が拳を握りしめて震える。それに、周りの皆が抑える様に宥めると、シェルビはそのまま廊下に向かう。
「あ、あれ?どこへ、」
「ん?お化粧直しですわ。お風呂上がりに軽く行いましたが、しっかりとはしていなくてよ」
「あ、ああ、は、はい」
ーいや先に来いよー
美里が眉間にシワを寄せ僅かに立ち上がる。それに、周りの皆が抑える様に宥めると、その場にはシェルビが化粧直しをする音のみが響いた。
「す、すまんのぉ、」
「い、いえいえ、」
「ほんっとうにわがままな野郎だ!」
樹音が張り付いた笑みで返す中、隠そうともせずに大翔が足を組む。と、そののち。
「わがままはどちらですの!?」
「うわぁおっ!び、びっくりした」
「は、早いですね」
「聞き捨てならない言葉が聞こえ帰ってきましたの。貴方、自分の立場を分かってらっしゃいますの?」
大翔の背後に現れたシェルビに、皆は驚愕し僅かに退く。すると、どこか怒りを露わにしながらシェルビは口にした。
「いいですこと?まず、ここはあなた方の家ではないですわ。グラムに"わたくしが"差し上げた家ですの。転生者だか勇者様だかは知りませんが、それを理由に家を独占しないでくださいます?」
「ど、どの口が言ってるんだ、」
「ん?何か意見がございまして?」
「ああっ!いや、それは、その、」
シェルビの言葉に、碧斗が思わず口走ると、慌てて言葉を濁す。
「わたくしに対して失礼だと言うのであればあなた方も失礼です。勝手に家に上がり込んで、住まわせていただいているのにも関わらずなんて態度ですこと?」
「ま、まあまあ、それは儂が伝えておらんかったのが良くなかった事じゃし、」
腰に手を当て叱る様に放つシェルビに、グラムが宥める中、沈黙を貫いていた美里が口を開く。
「この家に住まわせていただいている事には感謝していますし、罪悪感を感じてます。貴方の事を知らずにご無礼な態度をとってしまった事もお詫びします。ですが、お願いです。私達には、この家しか無いんです。今までもグラムさんのお手伝いを行ってきました。それを、これからも続け、、いや、強化し精進するので、どうか、この家に居させて、もらえませんか、?」
「...相原さん、」
席から立ち上がり、震えながらも頭を下げる美里に、一同は彼女の名を呟き見つめる。恐らく、憤りは感じたままだろう。だが、どこかに納得出来る部分があったのも事実だったのだ。
するとそののち、その返事はと。皆はシェルビに視線を動かす。
と。
「それですわ」
「「「「「え?」」」」」
「最初からそう言えばいいんですわ!やっとちゃんとした人が来てくれたみたいですわね!気に入りましたわ!家においておくことを許可しますわ!」
シェルビは、先程とは打って変わって胸を張り、軽快に笑った。
「あ、ありがとうございます、」
それに感謝を告げる美里も、どこか引き気味であった。
「ほら、どうしまして?あなた方も」
「「「「えっ」」」」
どうやら、全員にその様な律儀な謝罪とお願いを要求しているのだろう。シェルビは何かを求める様な視線でこちらを見つめた。
「あ、あのっ、えと、、昨日はすみませんでした。夜、遅くでしたし、、ご迷惑をおかけしたと思います。その、グ、グラムさんに、お世話になっています!えと、グラムさんにっ、この家をプレゼントしてくださりありがとうございます!そのお陰で、私達はとても助かりました。これからは、グラムさんとシェルビさんの、両方のお手伝いっ、頑張ります!」
最初に美里に続いたのは、この席で一言も発していなかった沙耶であった。初対面の相手には人見知りな彼女が、成長したなと碧斗はしみじみ感じほっこりとする。
すると。
「なんだか最初は心配になっちゃう子でしたが、しっかりとしていていい子じゃありませんこと!気に入りましたわ!ここで暮らす事を許可しますわ!」
「あ、ありがとうございます!」
またもやシェルビに気に入られた様で、そんな有り難きお言葉をいただいた沙耶は感謝を笑顔で放つ。
と、その光景に碧斗はハッとする。ほっこりとしている暇はないと。人見知りが激しい沙耶よりも、更に碧斗は人見知りが激しいのだ。
何を話せば良いのかを考えている内に、樹音が謝辞の様なものを述べ受け入れられている。
このままではマズいと。碧斗は焦りながら、震えた口で定まっていない言葉を放った。
☆
「まあ、なんだか変なところがありましたが、熱意は伝わりましたわ!貴方も許可しますわ!」
「あ、ありがとうございます」
頭を下げ、ホッと胸を撫で下ろす。これ程までの緊張。恐らく、面接等では心臓が停止する恐れがあるな、と。碧斗は胸中で呟く。これでは最初に大翔が例えで言っていた集団面接そのままでは無いかと。苦笑いを浮かべながら。
すると、大翔がシェルビに感謝の言葉を伝える中、皆はグラムに耳打ちする。
「その、シェルビさんって、、こう言ってはなんですけど、チョロいんですか、?」
「うむ。その通りじゃ」
さらっと。樹音の問いにグラムは呟き頷く。それに碧斗を含め皆は冷や汗混じりに引き攣った笑みを浮かべた。
「そ、そうだったんですね」
ーなんだか身構えていたのが馬鹿らしく感じてしまうなー
そう拍子抜けしたように息を吐く碧斗だったものの、それを踏まえた上でシェルビを見ると、なんだかとても可愛く思えた。勿論、その子供心の残った性格の話である。いや、見た目も皇女なだけあり相当美しく可愛らしいのだが。
「何キモい目で見てんの?」
「ああっ!?いや、改めて考えると、皇女様なんだよなって」
「何それ。でも、そんな偉大な人がグラムさんと面識があるなんて意外よね」
確かに美里の言う通りであると。何故かいつも以上に不機嫌な美里の言葉に、碧斗は頷く。大翔を住まわせてくれたグラムは実は隣国の皇女を助けた事があり、その方と繋がりがあるなんて。奇跡としか言いようが無いだろう。だが、それと同時に碧斗は思う。
そんな、困った人を助ける性格だったからこそ、皇女とも知り合いになり、大翔もまた住まわせてもらい、続いて我々も世話になっているのだと。
ー凄いな、グラムさんはー
碧斗は、詳しい話を一切してくれないグラムを見据え、彼の事を何一つとして知らない事を改めて感じる。と、その瞬間の出来事であった。
「駄目。ダメですわ」
「なっ」
「「「「えっ」」」」
突如シェルビが呟き、思わず皆は声を漏らす。
それは、どうやら大翔に向かって言っている様子だった。
「ぜんっぜん敬意が表れておりませんわ!もう一度、言い直してくださいまし」
「は、はぁ!?いつまでこんな茶番繰り返させんだよ!?もういいだろ!?ハッ、ほんと、いつまでもわがままな奴だ」
「なっ!?なんて無礼なお方です事っ!?もういいですわ。貴方は出て行ってくださいまし!」
「「なっ!」」「「「「えっ!?」」」」
その場の全員が、目を剥く。いや、耳を疑う。どうやら、シェルビが気に入った者しかこの家には居続けることが出来ない様だ。残念ながら、大翔はそれに選ばれなかったという事である。
「じ、じゃあなぁ、、ひ、大翔君が居なくなると寂しくなるぜ、」
「おいテメェ!?勝手に話進めんじゃねぇ!」
「それでしたらもう用はないですわ。皆さんで朝食にしましょう」
「おい!お前はさっさと終わらすんじゃねぇ!」
碧斗のわざとらしいそれと、シェルビの促しに声を上げるツッコミを入れると、大翔は歯嚙みした。このまま、終わってしまうのか、と。それは嫌だと。その場の全員が思っていた事であろう。だが、シェルビ相手に、大きな口は出せなかった。
この家から何まで、全てを提供してくれているのはグラムだと思っていたが、元を辿ればシェルビという存在がいたのだから。
だが、突如。その沈黙を破る様に、グラムがシェルビに声を上げた。
「シェルビ」
「どうかしまして?」
「...ヒロトが、、酷い言い方をしたのは分かっとる。じゃが、、いつもこやつはこんな感じなんじゃ。...でも、いざという時は頼りになって、、とっても仲間想いな、いい奴なんじゃよ」
「いざという時って、、普段は頼りになんねぇみたいじゃねーか、」
グラムが、シェルビの前で屈んで下から目線を送り放つ。それを、ただ無言でシェルビが聞き入れる中、大翔は目を逸らし呟いた。それに皆が静かにするよう、視線を向けると、続いて。
「私からもお願いします」
「っ!...相原、」
誰よりも先に声を上げ頭を下げたのは、美里だった。
「こいつ、正直一言一言腹立つし、意地っ張りで、上から目線で、乱暴な奴だと思う」
「おいっ!お前、もしかしてここで愚痴を言おうとしてーー」
「でも、話は聞いてくれる人なんです」
「話?」
声を上げる大翔を遮って美里が放つと、シェルビは目を細める。
「そうです。割り切るところは割り切ってくれるし、脳筋なら脳筋なりに、どうすればいいかとか、ちゃんと考えようとはしてるんです」
「おま、、それ褒めてんのか?」
頭を下げたまま放つ美里に、大翔は冷や汗混じりにジト目を向ける。すると、それに続いて沙耶もシェルビの目の前にパタパタと現れると、同じく頭を下げる。
「私からもお願いします!悪い人じゃ無いんですっ。私達は、そういうところも含めて受け止め合って、そうやって進んできたんです!だから、、その、お願いします!一緒に、居たいんです!」
「僕からもお願いします」
沙耶に続いて樹音もまた駆けつけると、頭を下げてお願いをする。その光景に、居ても立っても居られなくなった碧斗もまた、頭を下げた。
その一同の様子に、シェルビは目を丸くし悩んだ。
すると、その後少しの間を開けたのち、彼女は息を吐いた。
「...仲間からの信頼は厚い様ですわね。はぁ、仕方がありませんわ。皆様に免じて今回は良しとしますけど、もしまた無礼な態度をとったら許しませんわ」
ビシッと。音がなるほど勢いよく大翔を指差しシェルビは口にする。それに、大翔は動揺を見せたがしかし、目の前で頭を下げる皆に目をやり息を吐くと、彼もまた頭を下げ感謝を述べた。
「あ、ありがとう、、ございます、」
「それと、あなた方ももし少しでもわたくしの機嫌を損ねる様なまねをしたら追い出しますわ!一度認められたからって調子に乗らないことですわ!」
それを一同に促すと、皆もまた感謝と共に頷く。そんな様子にシェルビはふふんと自信げに鼻を鳴らし胸を張ると、踵を返し化粧直しへと向かう。が、途中で立ち止まり、今尚頭を下げ続けている皆に向かって放つ。
「...それと、貴方。...えーと、ミズシノサヤ、とおっしゃいましたか、」
「は、はい!」
突如名を呼ばれた事に焦りを見せたものの、沙耶は顔を上げシェルビを見据える。と。
「貴方、さっきはちゃんと話せていましたわ。貴方があそこまで真剣に、きちんと言葉にする程、皆様は誰も欠けてはいけないチームですのね」
ほんのり微笑んで付け足すシェルビに、一度目を見開き聞き入れたのち、沙耶は笑顔で頷いた。
「はいっ!素敵で、大切なっ、私の居場所です!」
沙耶の言葉を背中で受け止めると、シェルビはその場を後にした。そんな彼女の後ろ姿を見据えながら、大翔が息を吐くとグラムが寄る。
「良かったの、、出て行く事にならんで」
「...ふん、、正直、シェルビとかいうやつの方が出ていって欲しいくらいなんだがな、」
「何を言っとるか。今度は追い出されるぞ?」
「ケッ、気をつけるよ」
突然現れては自分中心の言葉を並べたシェルビを、大翔は嫌がっているのが見てとれた。以前の美里との関係を考えると、当然の反応だろう。だが、その中にも垣間見える素直さに、グラムは思わず微笑んだ。
そんな中、美里はふと碧斗に耳打ちする。
「こんな事になって忘れてたけど、、王城で、何か手掛かりになる様なものはあった?」
美里が忘れていたと言わんばかりの様子で聞き、それを同じ様な反応で受ける碧斗は、首を振った。そののち、他の皆に促すため一同を集めて続けた。
「大翔君。そういえば、ルークさんの事は?」
「ああ、、それなんだが、」
大翔の、なんだか言いづらそうに切り出す様子に、皆は首を傾げたが、語り出した事実に耳を傾けたのだった。
それから数分後、皆がそれぞれあの場で見たもの。起こった事、感じた事を話し合い、情報共有を行なった。
結局、頼みの綱であったルークは真実を語る前に亡くなってしまい、隠していた物も分からなかった様だ。
「...結局、王城に探索しに行った意味無かったって事ね」
あれ程までの事を行っておきながら、何の進展もしなかった事に表情を曇らせ、呟く美里だったがしかし。いや、と。碧斗は割って入る。
「そうでも無いんだ」
「「「え?」」」「は?」
目つきを変えて呟いた碧斗に、その場の皆は聞き返す。碧斗は、智樹との戦闘時に王城へと侵入した事を失敗どころか、寧ろ大きな功績であると考えていた。それが。
「実はあの時ーー」
「ちょっと待て」
「「「「えっ!?」」」」
碧斗がそれの説明をしようとした直後、大翔が声を上げそれを阻止する。
一体どうしたのだろうかと、一同は怪訝な表情で大翔が見据える方向に視線を移動させる。
と、そこには。リビングの奥。廊下を挟んで向こう側の部屋が、既に太陽が昇っている時間だというのにーー
ーー異様に暗いのだ。
「な、、何、?」
沙耶が、震えながら小さく呟く。それに合わせて一同もまた、目を細め見つめる。
「なんだろ、、あれ、?」
その異質な空間に、樹音は怪訝な表情で呟いた。それに続いて、大翔が痺れを切らして足を踏み出す。
と、その瞬間。
「待て。何か居る」
碧斗が止める様に呟き、皆は驚愕する。
そう。異様な程暗かったが故に気づかなかったが、そこには確かに、大きな何かが存在していた。
「へっ!?」
「きゃっ!?な、何、?お、お化け、?」
「こ、こんな早朝に出るの?」
美里が聞いたことのない様な声で驚き、沙耶が震えて隣の樹音の背に隠れる。そして、冷や汗を流す碧斗が、ゆっくりと足を踏み出した。その時。
「遅くない?」
「「「「「!」」」」」
何者かの。聞いた事の無い声が聞こえ、皆は眉間に皺を寄せる。
「ゆ、幽霊さん、?」
「いや、違う。あれは」
震えた声で放つ沙耶に、大翔が目つきを変え返す。
すると、その暗闇の中からゆっくりと。一人の"人間"が現れる。
「こ、こっち、来るよ」
「やっ、やめてっ!」
声を上げる樹音と沙耶とは対照的に、美里と碧斗はそれで察し、大翔と同時に口にする。
「「「転生者だ」」」
「「!」」
その言葉と同時に全身が露わになり、皆は身構える。
その一行の前には、赤の混じったポニーテールの女子が、立っていた。その女子の姿が現れたと同時に、沙耶は突如、彼女を睨みつけたのだった。
☆
「おいおいおいおいっ!なんなんだよあれは!」
崩れた王城の屋上。赤い髪と瞳の目立つ男子は、そんな愚痴を零すと同時に地面を蹴った。
「また失敗したのか?お前、なんかキャラ変わってると思うんだが」
「は?なんだよ。お前こそ、こんなとこにわざわざ来る様なやつじゃねぇだろ」
赤い髪の彼。Sの言葉を遮って淡々と告げたのは、声のトーンの上げ下げが一切見受けられない声音で話す、黒髪ストレートの男子であった。
「いや、ただどうしてるかなと」
「はぁ、お前も、人の事気になったりするんだな。...いつも、なんか一人の世界に入ってるだろ」
息を吐き放つSに、尚も死んだ様な瞳で、張りのない声で続けた。
「まあ、そうかもしれないな。今も、本当は気になってる事があるから、それをどうするか考える時間潰しに歩ってるだけだったんだが」
「ハッ、、そんな事だろうと思ったよ。何だよ、その気になってる事って」
「鍵のかかった引き出しがあってな。それを、どうするか考えてるだけだ。能力で開けようにも、どんな影響が出るか分からないから考えてる段階だ」
「なんだよ、影響って」
鼻で笑いながら怒りを見せるSに、その男子は何事も無かったかの様に口にする。
「それで、お前はどうなんだ?」
「無視かよ。...はぁ、また、折れたよ。あいつも。ちょっと期待してたんだけどな。今までで一番素質があった奴だったのに。あんな奴らに、また気を許しやがって。...はぁ、もう、いい」
「?」
「俺が、直接行く。少し、面白い事を思いついたからな」
そう改めるようにして口にしたSは、"イタズラを思いついた子供の様"に、ニヤリと微笑み崩壊した王城を霞んだ瞳で見下ろした。




