173.管理者
「これは一体どういうことですの!?」
美里がドアを開けようとした瞬間。それを実行に移すよりも前に、目の前には薄い白寄りの金髪から、黄色寄りの金髪にグラデーションされた髪の目立つ、美しい碧眼で目元がクッキリとした、いかにも上級貴族の様な格好をした女性がドアを乱暴に開けて現れた。
「...へ?」
「え、?」「は、?」
その女性を始めとし、美里と碧斗。その場の皆が驚き、呆気に取られた様な様子で声を漏らした。
「ど、どういう、ことですの、?」
目の前の女性は、ワインレッドのドレスを身に纏っており、どう見ても庶民の家に居ないであろう風貌をしていた。
「あの、、あ、貴方は、?」
「それはわたくしが聞きたいですわ!」
美里が小さく聞くと、その女性は声を上げる。どうやら、皆現在の状況が分かっていない様子であった。
すると、答え合わせかの様に、部屋の奥からグラムが現れる。
「...す、すまんのぉ、、シェルビ、、それとアイトとアイハラも」
「グラムさん、、この方は、一体、?」
「シェ、、シェルビ、?」
グラムに状況説明を促す碧斗は、彼の目の前にまで歩みを進め身を乗り出し、隣の美里は、放たれたその女性の名であろうそれを呟いた。
「アイトとアイハラ?この方達の事ですの?」
「あ、ああ、そうなんじゃが、、ちょっとまずは話を聞いてくれんかの、?」
「この方達は一体なんですの!?早く教えてくださいまし!」
ーな、なんか、グラムさんが可哀想になってきたなー
慌てて話すグラムの言葉を無視し、ただ疑問を口にするシェルビと呼ばれた人物との掛け合いを目にし、碧斗は同情の眼差しを送った。
すると、何やら納得がいかない様子で声を上げ続けるシェルビを押さえるようにしながら、グラムは碧斗に振り返って話を進めた。
「わ、悪いのぉ、騒がしくなってしもうて、」
「そ、それは全然いいんですけど、、この方は、?」
「この人は隣の国の皇女。シェルビじゃ」
「「お、皇女、?」」
碧斗と美里は、その肩書きの大きさに驚愕し、互いに顔を見つめ合って目を見開く。すると、対するシェルビは胸を張り、美しいストレートロングの髪をさらっと流して放つ。
「おっほん!その通りですわ!まさかわたくしを知らないとは思わなくて、失礼しましたわ。わたくしはフローリア王国の皇女。シェルビ・キャンベルですわ!...それで、?この方達はなんなんですの、?」
胸を張って自己紹介をしたのち、それとは打って変わって小さくグラムに耳打ちする。その一連の姿を見て、碧斗は何かを察したのか、あっと声を漏らして口にする。
「も、もしかして、この方が命の恩人っていう、?」
「っ」
碧斗が呟くと、隣の美里もまた思い出した様子で目を見開く。以前、グラムが話していた、自身を大きく変えたという人物。それが、この方なのでは無いだろうかと。そう察したがしかし、グラムは首を横に振った。
「あぁ、、それは違うお方じゃよ。この方は元々、国が狙われた時に匿ってくれと家に来たのが始まりだったんじゃ」
「べ、別人、なんですか」
「今の私達みたいにですか?」
碧斗が意外そうに口にする中、美里もまた別の事を問う。
「そうじゃ。フローリア王国は紛争地域じゃったんじゃよ。だから、フローリア王国に近く、ギリギリ目をつけられない隣国である儂の家に逃げ込んで来たんじゃ。ちなみに、その時の家は国境付近にあったもんでの」
「そうなんですね。それで、引っ越しをした後も、こうしてたまに顔を出している形ですか」
「そうじゃそうじゃ!話が早くて助かるのぉ!」
「そうじゃ、じゃ無いですわ!まずわたくしに説明をしてくださいまし!わたくしは皇女ですわよ!?」
「あ、ああ、、すまんかったのぉ、シェルビ、、後で好きなレプトゼリーを買ってきてやるから落ち着いてくれ、」
「...レプトゼリー、、どっかで、」
グラムが慌てて話す中、碧斗は苦笑を浮かべ美里を一瞥する。と、一方の二人は、現在の状況を話した様で、シェルビが寄って来る。
それに背筋を伸ばしながら、碧斗は慌てて口を開く。
「しょ、紹介が遅れてすみませんでしたっ!俺っ、いや、私、伊賀橋碧斗と申しますっ!よ、よろしくお願い申し上げます!」
「ちょ、、ちょっと、そんなにかしこまらなくても、」
丁寧な自己紹介を繰り出す碧斗に、美里は焦りながら小さく耳打ちした。すると、碧斗もまた美里に近づき、耳打ちを返す。
「いや皇女なんだよ?態度が悪かったら追放されそうじゃないか?」
「それ今更?もう既に何回ここの国王に迷惑かけてると思ってんの?」
「あ、確かに」
二人で小さくそう交わしたのち、美里は一度浅い息を吐いてシェルビを見据える。
「グラムさんのお宅に、現在住まわせてもらってます。相原美里です」
そう放ち頭を下げる美里に、シェルビは名前の違いに一度は首を傾げたものの、直ぐに口角を上げて告げる。
「状況は理解しましたわ。あなた方、転生された勇者でしたのね。あなた方も、わたくしと同じ。さぞ過酷な状況下に置かれていたのでしょう。遠慮する事は無いですわ!存分にゆっくりしてお行き!」
「お、おい、、ここは儂のうちじゃぞ?」
「別によろしくてよ?グラムだって、結局はそうするおつもりでしたでしょう?」
「わ、儂が、勝手に言われるのはよろしくないんじゃが?」
ーなんだか、ここに来る人達は、まるでここを自分の家みたいに扱う人が多いなー
碧斗がジト目を向けながら、苦労が絶えなそうなグラムに同情の言葉を口の中で呟いた。すると、その矢先。
「ん?あぁ、、なんだ、?こんな遅くに、うっせぇぞ、」
「何か、あったの?」
廊下から、グラムの寝室の前で集まる皆に、目を擦りながら眠そうな表情で放つ大翔と、怪訝な表情で口にする樹音が現れた。
「あ、ああ、みんな、起きて、、いや、起きるよな普通、」
「ごめんなさい。うるさくしちゃって」
その様子に対し申し訳なさげに放つ二人を横目に、樹音と大翔は眠気を忘れ目を見開いた。
「だ、、誰だおめぇ!?」
「しっ、失礼だよ大翔君!」
「あ、、これは、その、」
驚愕に目を剥く二人に、碧斗が言葉を濁す中、背後のシェルビはプルプルと震えたのち、声を荒げた。
「ほっ、本当にその通りですわ!?なんて無礼な方なんですの!?」
「だぁかーらっ!お前は誰ーー」
「こ、この人は隣の国の皇女なんだ、」
「はぁ?」「え?」
大翔の声を遮る様に、碧斗は慌てて耳打ちする。と。
「はははっ、こいつが?面白い冗談だな。そんなわけねーだろ?第一、なんでそんな皇女なんて存在がここに居んだよ?どうせなりすましとかなんだ、、ろ、?」
大翔が笑ってそう声を上げながらシェルビに向き直ると。目の前の彼女は更に顔を赤くし震えていた。
と、それに危険を察した一同は、焦りながら大翔に詰め寄る。
「ちっ、ちがっ!この人は本当に!」
「以前グラムさんの家に逃げ込んだ時に出会って」
「儂が匿った時に出会って、そのお礼にこの家をいただいたんじゃ」
「...は、?」
碧斗と美里、グラムが、一斉にそう大翔に放つと、当の本人は首を傾げる。それがピタリと止んだのち、その場には沈黙が訪れた。と、そんな中、大翔は首を傾げたまま碧斗達に顔を向ける。
「...こいつが、皇女?」
「この方!だ!」
「...本当に?」
「本当だ!」
大翔が疑問符を浮かべる中、碧斗は声を上げ強く伝える。その異様さから、樹音もそれを信じた様で、大翔に耳打ちする。
「ど、どうやら本当っぽいよ、、それだったら、本当にさっきの言い方はマズいよ、」
「あぁ?お前信じんのかよ?だからお前はーー」
「分かりましたわ」
「「「「「えっ?」」」」」
大翔の言葉を遮り、改める様に放ったシェルビは、それに驚く皆に向かってドレスの肩甲骨辺りにあたる場所を強調させて告げる。
「これですわ」
「「「「え?」」」」
「これが証拠ですわ!」
そこにはシルバーででき、マークが彫られた、いかにも高級そうなバッジが付けられていた。
「...それは、王室の者のみが付けているものじゃよ、」
「って、、て事は、、マジで、?」
グラムが表情を曇らせ放つと、大翔は冷や汗混じりに振り返る。それに、皆は呆れた様に頷くと、次の瞬間。
「すみませんっした!」
大翔は絵に描いたように土下座を繰り出した。
「そ、そんな凄いや、、いやっ、凄い方だったとは知らずっ」
「ふんっ。賑やかになって悪くないと思っておりましたが、不快ですわ!」
「なっ、なぁっ!?」
大翔が絶望した様に声を上げる。そう。即ち、シェルビが我々に嫌悪を抱いた瞬間、この家から立ち去らなくてはならなくなるという事である。故に、碧斗達もまた、慌ててシェルビの前でしゃがみ込む。
「す、すみませんでしたっ!その、我々は転生して来た身であり、そんなお方とはつゆ知らず、」
「すみません。こいつは私が追い出しておきますので、」
「おい相原!何勝手にーー」
「は?あんたのせいでみんな出て行く事になったら最悪でしょ?ここは元凶に出て行ってもらうのが正解」
「おまっ!元はと言えば俺が居たからこの家に」
大翔と美里が言い合う中、シェルビにゆっくりと近づき、グラムは小さく耳打ちした。
「そ、そのぉ、なんじゃ、、この人達は別に悪い奴らじゃないんじゃ、、じゃから、頼む。この家に居させてやってはくれないか、?」
「はぁ。なんでそこまでするんですの?というかまず、あなた方は転生者で勇者なのでしょう?なら、何故王城で暮らしていないんですの?転生させたのは恐らく国王であるはずですし、ならば部屋が用意されている筈ですわ」
グラムの言葉に、シェルビは息を吐いて皆に向き直る。すると、それに一同は目を逸らし、碧斗のみが口を開く。
「あ、そ、それを話すと、長く、なるんですけども、」
「それなら結構ですわ」
「「「「「えぇっ!?」」」」」
即答であった。碧斗が放ったその瞬間、シェルビはため息を吐いて踵を返した。これは、相当マズいのでは無いだろうか。そう思い、碧斗が立ち上がろうとした、その瞬間。
「今日はもう遅いですし、明日にゆっくり聞きますわ。ふぁぁ〜、、今日は疲れてましてよ」
シェルビがそう呟き、碧斗はホッと胸を撫で下ろす。
ーな、なんだ、、ただ疲れてるだけだったのか、、なら、明日に幾らでも挽回の余地はあるなー
碧斗がそんな事を考えていると、その後、シェルビはふと振り返って皆を見つめる。
「とりあえず、これでもういいですわね?もう一度説明なんて事になったら許しませんわ」
「あ、ああ!も、もう大丈夫です!」
「は、はい!僕らも、もう十分理解したのでっ!」
不機嫌そうに放つシェルビに、碧斗と樹音が慌てて放つ。が、その矢先。
「ふぇ、、ど、どちら様、ですか、?」
「「「「「!?」」」」」
背後には、寝起きの沙耶が居た。
「め、、目が覚めちゃって、、起きたらみんな居なくて、、それで、」
「あ、ああ、」
沙耶が目を擦りながら話す中、一同は終わった、と。力無く項垂れた。その様子に、沙耶は不思議に思い首を傾げたがしかし。碧斗達の背後から、何か嫌なオーラを感じる。
「う、あ、」
それに、冷や汗をかいてゆっくりと振り返ると、そこにはーー
「「「「!」」」」
案の定、怒りに震えるシェルビの姿があった。今回に限っては、沙耶を恨みたい。いや、決して誰も悪くは無いのだが。
「もういいですわ!全員出て行ってくださいまし!」
「あっ!ああ!シェッ、シェルビィ!」
シェルビはそう叫ぶと、力強くグラムの寝室のドアを閉めた。それにグラムは慌てて声をかけようとするものの、時すでに遅し。シェルビは、もう誰にも手に負えない様だ。
「す、すまんのぉ、、シェルビはこういうところがあっての」
「い、いえ、、僕らも、十分悪いですよ。...そ、それで、、出て行った方が、いい、ですよね、?」
グラムが頭に手をやり謝ると、樹音は恐る恐る問う。それにグラムは首を一度横に振ると、優しく微笑む。
「ああ見えても根はいい人なんじゃ。恐らく明日には冷静に話を聞いてくれる筈じゃよ。じゃから、今日はとりあえず疲れとるじゃろうし、みんな寝て来て良いぞ。明日に、ゆっくり話そうじゃないか」
「グ、、グラムさん、」
グラムの優しい言葉に、皆もまた優しい表情を浮かべると、樹音が頭を下げる。
「ありがとうごさいまーー」
「なっ!?誰ですの!?わたくしのベッドで勝手に寝たのは!?」
「あ、」
樹音の声を遮り、ドアの向こうからシェルビの声が響いた。それに、心当たりのある碧斗と樹音は、目を見開く。
まさか、と。
「あぁ、、やっぱりバレてしまったか、、勘が鋭いやつじゃ、」
「あ、あの、そ、それって、」
「ん?あ、ああ、あれじゃよ。儂のベッドの隣、サイドランプを挟んで隣にあったじゃろ?あれは、シェルビを助けた際にお礼として作ってもらったこの家に、遊びに来たいと言って追加したものなんじゃ。つまりシェルビ専用として作ったものでの。...やはりああいう性格じゃろ?じゃから、他の人に寝られるのは嫌じゃと話を聞かなくての」
「どういう性格ですって!?」
「あっ、ああ!な、なんでもないんじゃ!そ、そのベッドはなぁシェルビ。話を聞いてくれ」
ドアを僅かに開けて声を上げるシェルビに、訂正するためグラムが話を始めながら部屋へと入る。その光景を見ながら、碧斗は理解する。
普段、グラムの隣のベッドを使わせない様にしていたのはそのためか、と。進が寝ていた時からは随分と時が経っている感覚だが、どうやら何かしら痕跡が残っていたのだろう。
シェルビの荒げる声が、ドア越しに伝わる。これは、明日の話し合いに自信が無くなってきたな。
碧斗はそんな不安を感じながらも、限界を迎えていた体を休めるため、一同に寝室に戻るよう促すのだった。
☆
「はぁ」
部屋へと戻る最中、どっと疲れが身体を襲い碧斗は息を吐く。その姿に、美里は少しの間見つめたのち、小さく口にする。
「大丈夫?疲れてるだろうから、早く寝なよ?」
心配そうに放つ美里に、女性陣と男性陣の部屋を分ける廊下で立ち止まると、碧斗は微笑み放つ。
「はは、相原さんの方が重症だったでしょ?俺も、さっき言ったように頑張らなきゃいけないんだから、これくらい耐えられなきゃ」
「はぁ、それとこれとは話が別でしょ。その頑張りのために、まずは体を休めて」
「ありがとう」
美里の、碧斗を思っての言葉に、胸の奥が熱くなりながら、感謝を告げる。その言葉は、いつもの「ありがとう」よりも、何か違う感情が含まれている様に感じた。
それを美里もまた感じ取ったのか、彼女も同じく、いつもとは少し違った表情でそれを放つ。
「じゃ、また、明日」
「っ、、あっ、相原さん」
「え?」
その表情と言葉に、碧斗は思わず彼女を引き留め、優しく口にする。
「...ありがとう、俺に、話してくれて。...その、、もう、眠れそう?」
そんな碧斗の問いに、少しの間考える素振りをしたものの、フッと口角を上げて笑顔で応えた。
「お陰様で。...いつもよりちょっとだけ、良い夢が見られるかも」
「...良かった、」
美里のその大人な笑顔に碧斗は見惚れながら、そんな、心からの言葉を放ち別れたのだった。




