17. 侵入
時刻は午後2時半。王城へと帰ってきた碧斗達は門の前で立ち尽くしていた。胸に手を当て、深呼吸をして言う。
「水篠さんは戻ってて。危険を冒すのは俺だけで充分だ」
心臓が飛び跳ねるかの様に鳴り止まない。それはそうだ。間違えば確実に殺されてしまうであろう場所に、自ら足を運ぶなんて相当な度胸がないと出来ないだろう。王城の中には碧斗達を狙う者が多くいるだろう、何度も呼吸を整えてはその繰り返し。たった一歩がとてつもなく重いものに感じた。
「ううん、私も行くよ!元はと言えば私のせいだし、私がいれば、せめて伊賀橋君だけでも助けてくれるかもだし、」
強く意志を表現した沙耶だったが、その声は震え、体も立っていられない程に恐怖で震えているのがわかる。
「いや、俺だけで大丈夫だ。よし、行くか」
そう意を決して言った矢先、マーストが割って入る。
「よし、行くか。は、これで4回目ですが、」
「う、うるせっ!めちゃくちゃ緊張するだろ!」
と言ったものの、これは緊張とも恐怖とも違い、中に入ってはいけないという威圧感に圧倒されているのだ。強いて言えば畏怖のようなものだろう。そんな様子を見てマーストは首を傾げる。
「何故そこまで緊張を、?我々が入ることの出来る裏口から入れば、勇者様方とは別の通路から国王様の元へ行けますが」
「それを早く言え!」「は、早く言ってくださいよ!」
同時に叫んだ2人の声に少し怯みながらも「これは、申し訳ございませんでした」と苦笑いで答えるマースト。
「で、でも、良かった、、本当に私達がその通りを使って良いんですか、?」
「はい。わたくしの権限を使えば」
沙耶が恐る恐る聞くと、マーストは笑って言った。
「ありがとうございます!ほんと、色々お世話になりっぱなしで、、ごめんなさい、」
「そ、そんな畏まらないでください!これはわたくし自身がしている事ですので大丈夫ですよ」
「まあ、だから遠慮しちゃうんだけどな、、でも、本当に助かる。ありがとうマースト」
沙耶とマーストの会話に碧斗は付け足すように言う。その碧斗の笑顔にマーストも笑う。
「よし!そうと決まれば裏口行くぞ」
「「はい!」」
沙耶とマーストは声を揃えてそう決意を表す。その言葉と共に、3人は裏口へと向かった。
☆
[こちらはお使いになる事は出来ません。]
裏口に貼られた1枚の貼り紙を見て唖然とする2人。
「なん、、だと、」
なんのことか分からずに首を傾げる沙耶に碧斗は気づき、ハッと何かを思い出した様に向き返った。
ーそういえば字読めなかったなー
異世界の貼り紙なので、勿論異国語である。沙耶に何が書いてあるかを説明し、改めてため息をつく碧斗。
「ど、どうしよう、」と沙耶。
「困りましたね、こちらの通路が通行止めとなっているとは予想外でした」
恐らく碧斗達の侵入を防ぐべくなされた対策なのだろう。物事はそう簡単にはいかないのである。碧斗の人生はそう出来ているのだろう、そう内心で呟き仕方ないといった様子で別の通路からの侵入を考える。が、
「ダメですね。この通路以外に安全な侵入口はございません」
「な、何!?」
「う、嘘、、でしょ、」
マーストの静かな言葉に、驚きのあまり大声で動揺する碧斗と沙耶。
「じゃあ一体どうすればいいっつーんだよ、」
やはり、危険だとしても正面から入るしか手はないのだろうか。だが、入った時の情景が頭に浮かぶ、目の前には他の転生者が集まっており、こちらを睨んでいる。恐怖で後退りしたその時、一斉にこちらに向かって攻撃をしてくる。そんな最悪な光景を想像して、またもや手足が震え始める。その時、
「これはただ単に動揺させるだけの作戦かもしれません」
マーストはそう言うと、貼ってあった紙を剥がし、丸めて懐にしまう。
「なんと大胆な、」
碧斗の言葉をよそに、遠慮もなしにドアを開ける。中は薄暗く、外からの光が無ければ道が見えない程だった。昼にやって来たのが正解だったと言うところだろうか。
「やはり、通行止めになっているわけではなさそうですね。この奥に我々、係員の待機場があります」
「なるほど。そこに修也君の担当者が居るかもって事だな」
静かに、言われた部屋に向かう。だが、その時
「伊賀橋碧斗君。だね?」
後ろから声をかけられ動きを止める碧斗達。その声には聞き覚えがある、その声の方にゆっくりと振り向く。
「わざわざそちら側から足を運んでくださるとは」
外からの光に照らされ、全体像が写し出される。そこに立っていたのは国王だった。
「今、ここは大変な惨事が起こっています。事を始めたのはあなた方では無いことは理解しています、ですから帰って来てもらえますか?」
本当ならそこで国王について行っただろう。だが、マーストが「いけません。」といった表情で見つめてくる。ここで国王の元に行けば碧斗は助かる。そう思い、一歩国王に近づく。
ついて行こう。
そうすれば助かる。
だが、水篠さんはどうなる?
知るか、ここで逃げたら一緒に死ぬぞ。
それだが、逃げたら水篠さんは、、
いや、自分の命も大切だ。
それでも、、
追い詰められた碧斗は、考えに考える。苦悶ののち、碧斗は1つの結論に辿り着く。その結果を皆に伝えるかのように大声でそれを叫ぶ。
「みんな、逃げるぞ!!」
その言葉と共に碧斗は煙を放出した。この通路くらい簡単に覆い尽くせる程の量を。その行動を目の当たりにしたマーストは笑って
「流石碧斗様」
と呟くと後ろを振り向き、走り出す。
「この先の突き当たりを右に行くと、階段があります。2階に行って、真っ直ぐ進むと非常階段があるのでそこから出ましょう。残念ですが、13人目の勇者様の事は今回は後回しになります」
「あ、ああ!今はそれどころじゃ無いしな。てか、走りながらよくそんな冷静に話せるなおい!」
体育の成績だけはよろしくなかった碧斗は、階段に着いた時点で息が上がっていた。
「だ、大丈夫、?」
「あ、ああ。なんとか、」
幼い見た目の沙耶でさえ疲れた様子を見せていないのに対して、碧斗は山でも登って来たかのような様子である。
ーほんと、能力使ってると忘れるが、体力は変わらないんだったー
そう。そこが転生者の辛いところであり、キツいところである。体力や身体能力は現世の体からそのまま受け継がれるため、能力は使えても超人になっているわけではないのだ。
少しすると、階段を登ってくる音が聞こえ始める。
「ま、まずい。そろそろ来るな」
「行けそうですか?碧斗様」
マーストの問いに無言で頷き、走り始める。非常階段まで50メートルほどの真っ直ぐな道を走る。すると、
「いました!14人目の勇者様です」
国王に支えている騎士が碧斗の姿を確認すると、こちらに走ってくる。
「ま、まずいっ!」
「ど、どうしよ、」
「く、くそっ!」
騎士の走りは凄まじく、簡単に追いつかれるほどの速さだった。流石騎士と言ったところだろうか。すぐそこまで迫ってくる姿に、反射的に煙を放出する。
「はぁ、はぁ、よし、今のうちに逃げるぞ」
「う、うん!」
煙に驚いている隙に走り出す碧斗達。未だ能力を完全に制御する事が出来ていない碧斗は、能力を使うと体力を消耗するため、走っている最中の能力使用は随分と身体に負担がかかるのだ。
息を切らしながら、非常口を開けて階段を駆け下りる。
「よ、よし。追ってこないな、、撒いたって事、、か、?」
「かな、?」
「はい。非常階段は騎士が入ることの出来ない禁止エリアです。緊急時以外は」
「お、おい!今がその緊急時なんじゃないのか!?」
話しながら裏口の方に走り、出口を目指す。出口までおよそ20メートルにまで近づいた時。
「おっとぉ、伊賀橋君じゃーん」
「「なっ!?」」
王城の3階。バルコニーから覗く人達の影に目をやる3人。そこには数人の人が集まっていた。
もちろん、転生者である。
「嘘だろ、、こんなところで、」
「ど、どうしよ、」
「大丈夫だ。能力は持ち合わせているが、身体能力は人間のままだ。つまり、あそこからは飛び降りて来られない」
隣で震え始める沙耶の姿を見て、碧斗は自分に言い聞かせるかのように呟く。だが、
「甘いねぇ!伊賀橋くぅーん!」
上に居る誰かがそう言うと、突然白く尖った何かがこちらに素早く飛んできた。その異常なまでの速度のせいで、何が飛んできたかも分からなかった。
「なっ、なんだ!?」
突然の事に頭が真っ白になる。足がすくみ、身動きが取れずに立ち尽くす。その物体がすぐ目の前に迫った時、
「ダメぇ!!」
突如、碧斗の前に巨大な「岩」が地面から現れた。その様子に気づき、上の転生者達が残念そうに言った。
「はぁ、もう1人は岩かよ、ぶっ殺せると思ったのによ」
碧斗も一瞬何が起こったか分からなかったが、すぐに状況を察して、驚く様に沙耶を見る。
ーい、いつも静かだから忘れてたが、水篠さんも同じ能力者だったなー
そう考えると先程の国王から追われそうになっていた時にも岩で道を塞いで欲しかった気もするが、助けてもらってそんな事を思うわけにはいかない。ほぼ初めて沙耶の能力を間近で見た碧斗は能力の強さを改めて感じた。
「今のうちです。碧斗様」
色々な思考を巡らせているなか、後ろからマーストが裏口を指差して言う。
「お、おう」
短くそう返すと、碧斗達は裏口に向かうのだった。
「チッ、クソー。もう少しだったんだけどなぁ」
「次はぶっ飛ばす!」
「"煙"ともう1人は"岩"だと分かった。次の作戦が立てれそうだ」
王城の3階。意地の悪い笑みで作戦という名の「殺人者とその共犯者」の処刑方法を考える転生者達。その後ろで見てる事しか出来なかった美里は胸が締め付けられる思いだった。
それは転生者達の援護ではなく、碧斗達の手助けをしてあげられなかった事に歯嚙みする。胸のざわつきが治らない。今まで感じたことのない程の感情に少し息が荒くなるのを感じる。どうしてここまで気にしてしまうのかは分からなかった。ふと、先程の碧斗の姿を思い浮かべ、無意識に心で思った事を静かに呟く。
「最低、」
☆
「はぁ、、なんの進展もなかったな」
時刻は午後6時半。異世界での時間の進み方は日本の夏の日の長さに似ている。6時を過ぎているというのに、夕日が街を照らし、綺麗なオレンジ色の夕景を写し出している。
先程の広場に戻り、力なくもたれかかる碧斗達。
「で、でもっ、この世界の施設は少しは分かった、、よね?」
励ますように元気に言おうとしたが、今の現状を思ったのか小声になっていく沙耶。
「事が冷めるまで王城には行けませんね。と言うより外に出ることも出来るかどうか、」
先程の件で完全に指名手配犯のような扱いになってしまった碧斗は、これから情報を得ることすら難しくなったこの状況を悟り、ぐったりと項垂れる。
「これからどうしような、、」
自傷気味な苦笑いで呟く。その場に居る皆が絶望していたその時、唐突に背後から声をかけられる。
「君、伊賀橋君、伊賀橋碧斗君。だよね?目をつけられてる、」
柔らかい声音で話しかけられた碧斗は自然と振り向き、「あ、ああ。そうだけど、」と返した。
「あ、いや、君を狙おうと思ってる訳じゃないんだ」
優しそうな声のせいで警戒心を持たずに返事してしまった事に一瞬焦る碧斗だったが、その様子から悪意は無さそうなので安堵する。
そこに居たのは金髪が目立つ、1人の男子だった。首には綺麗なネックレスをつけており、浅い緑のカーディガンを羽織った、黒いTシャツに、よく似合っている。異世界の気温はおよそ日本の夏とさほど変わらない26度あたりなのだが、その男子のカーディガンは長袖であった。
「え、えと、その目をつけられている男の俺に一体何のよう?」
冷や汗混じりに聞き返す碧斗。それにその男子は真っ直ぐ目を見て言う。
「僕も力になれる事は無いかな?」
「え?お、俺たちを信用してくれるのか、?」
その男子の言葉に碧斗は驚き、沙耶は目を見開く。マーストはただ黙って話を聞いていた。そんな驚きを隠せない碧斗の顔を更に強い意志を持った眼差しで見据え、力強く宣言するように言う。
「僕はこの戦いを終わらせたい。正直、どちらが正しいとかはよく分からないけど、君たちは争いを終わらせようとしてくれると思ったんだ」
「いいのか?俺たちはお前を裏切ったりするかも知れないんだぞ?」
冷ややかな声で碧斗は忠告する。だが
「大丈夫だよ。本当にこの争いを止めようと考えてる人に出会えるのなら、僕は何度だって騙される覚悟はある」
その力強い言葉に、圧倒される碧斗。これほどまでに性格がイケメンだとは考えていなかった碧斗達は呆然としていたが、すぐに笑みを浮かべて受け入れる。
「なら、助けてほしい事がある」
その言葉に表情を明るくしたその男子は、笑って言う。
「うん。出来る事は限られてるかも知れないけど、これからよろしく。伊賀橋君」
絶望に直面した時に突如訪れた光に、手を伸ばすように碧斗は新たな道を歩み始めるのだった。




