168.智樹
『きっと、度重なる回復で、回復の魔石による魔力は尽きてると思う。だから、俺は少し無理をしても、魔力を自分で作り出す事が出来る魔術師を連れてこようと思うんだ』
碧斗の真剣な一言が、表情、声として鮮明に脳裏に現れる。と、共に。
「...ん?」
美里は突如、ゆっくりと目を開いた。
「っ!だ、大丈夫!?」
碧斗は恐る恐る近寄りながら、小さく歓声を口にした。
「え、?」
「良かったぁぁぁ〜」
意識を取り戻した美里の目の前で、碧斗は大きく嘆息し安堵した。
「え?」
意味が理解出来ていない美里は、目を見開き、周りでこちらを見据える大翔、碧斗、樹音の姿に声を漏らした。すると。
「...もう、大丈夫みたいだな」
「...あ、ありがとう、ございました」
碧斗の隣で、美里に手を置いていた見慣れない男性が呟き、それに不器用に碧斗は返した。
「...も、もしかして、貴方が、」
「元、魔術師です」
なるほど、と。美里は頷く。
そう。作戦は、成功したのだ。
「ありがとうございます、」
美里は、嬉しくも申し訳なさげにそう呟いた。
「ごめん。僕が、岩に一緒に入れば良かったのに、」
「...別に、謝る必要無いから。安心して、結果的にはこうして成功したわけだし、円城寺君が気にする必要ない」
同じく申し訳なさそうに俯く樹音に、美里は淡々と返す。と、そののち、ハッと美里は周りを見渡す。
「み、水篠ちゃんは!?」
「大丈夫だよ。ほら」
慌てて探す美里に、樹音は優しく放ち退く。すると、そんな樹音の背後に、大翔の隣で倒れ込む沙耶の姿があった。
「さっき相原と同じく回復してたところだ。傷自体は治ってっから、後は目が覚めるのを待つだけだな」
「そ、、そっか、」
大翔が沙耶を見ながらそう呟くと、美里は安堵した様に胸を撫で下ろした。
「...すみません。無理に連れてくる様な真似をしてしまって」
「...まあ、した事は認められないが、、友人のピンチだ。そう必死になるのも分からなくは無い。俺があの場に居て助かったな」
その魔術師は、硬い表情と淡々とした声音とは対照的に、優しい言葉を返す。それに、碧斗は感謝を述べたのち、その男性は続けて放つ。
「だが、違法な行動をした事に変わりは無い。こうして俺が許しても、他の人からは処罰を受けるレベルだ。止めないから、早めにこの場を去った方が良い」
「っ!そ、そう、ですね」
淡々と指摘するその男性に、碧斗が慌てて返すと、美里と、その隣で倒れる沙耶を運ぼうと皆で詰め寄る。が、その瞬間。
「はっ!ははっ!最高だっ!最高だったよ!」
「「「「!?」」」」
聞き慣れたその声が放たれ、その場の皆はハッとし振り返る。
「な、なんで、」
そこには、海山智樹が火傷を負いボロボロになりながらも、地を這って笑い声を上げる姿があった。
その光景に、碧斗を始めとした皆は怪訝な表情を浮かべる。
「これでも、駄目なのかよ、」
「いや、そうでもない」
歯嚙みする大翔に、碧斗は小さく返して首を振る。
「...あの傷だ。もう大きな動きは出来ないだろう。歩くのが、やっとだよ」
「はは、俺は本当に、、恵まれてるなぁ、ははっ!良かった、、まだ、死ななくてっ!良かった」
今までの快感を得た時の歓声とは対照的に、本当に喜んでいる様子であった。
それは、死を逃れて、更に快感を得る事が出来るからだろうか。はたまた、死に直面し、この世界での人生の終わりを自覚したのだろうか。
はたまた。
ー両方、かもなー
碧斗は崩れそうな笑顔の智樹を見つめながら、そう脳内で呟く。すると。
「どうする?このままにしとくのもなんだろ。あそこまで死者を出したんだ。俺がこの手でーー」
「いや。その必要は無さそうだ」
大翔が腕を鳴らして智樹に近づこうとすると同時に、遠くから複数人の足音がこちらに迫り、碧斗は返す。
恐らく、騎士の方々だろう。我々を含めた今回の騒動関係者を、確保しようと向かってきたのだ。
「でも、いいのかよ。俺は、、許せねぇぞ」
それでも、と。大翔は拳を握りしめた。
碧斗もまた、同じ気持ちであった。無関係の人を何人も殺め、王城の破壊によっても数人の死者を出した。こんな凶悪人、見過ごせる筈も無い。だが、だからこそ、と。
樹音は大翔の肩に手をやり、碧斗もまた振り返って告げた。
「大丈夫だ。それ程までの悪事を行なったんだ。国王も黙ってはいない。俺ら転生者内での争いならまだしも、今回は国民の命まで奪われている。だからこそ、彼にはそれ相応の処罰が下される筈だ」
碧斗は、まるでここで殺してしまうよりも、その方が彼には良いと言うように、智樹を睨みながら告げた。
すると、そんな中。それを崩壊した王城の中から遠目で確認していた智也が、目を細める。
「どうだ、?終わったっぽいが」
「うん。なんか、王城の人に後は任せるみたいだね」
智也が隣で耳を澄ます愛梨に聞くと、王城からは数千メートルもある先の会話を薄らと聞き入れる。
「つまり、自分達はこのまま逃げる作戦かぁ。...やっぱ、碧斗はそこまで考えてたんだな」
感慨深そうに、智也は宙を見る。
碧斗の作戦である、海山智樹の撃退方法。更には、その後の対応や、数名居た別の敵への対応。それを全て、その一つの作戦で終息させたのだ。
驚愕や尊敬。寧ろ感動すら感じながら、智也は彼を思い浮かべた。
だが、と。
智也は突如目つきを変えた。
ー俺は、それくらい碧斗のその考え方を観察してたんだ。俺を、そう簡単に欺ける筈無いだろー
盲点だったなと、胸中で碧斗を煽る様に放つ。
そう、パニッシュメントのメンバーは、奈帆一人では無い。今の皆は既に戦える状態では無い。そこに、その一帯に。
智也は巨大な稲妻を落とそうと力を込め始める。
そんな智也の姿を見ながら、隣の愛梨はふと口を開く。
「じゃあ、、殺る?」
「ああ。稲妻の後、確実に頼む」
「分かった」
そんな短い会話を交わしたのち、智也は稲妻を確実に当てるために近づこうと、王城から外に足を踏み出す。
が、その瞬間。
「ちょっと待て」
「「!?」」
突如、背後から声が聞こえたと思われたその時。智也の頭の後ろに、冷たい金属が突きつけられた。
「!」「っ!?」
それを認知した愛梨は目を開き、何かを理解した智也は更に冷や汗を流し驚愕した。頭に添えられた、それは。
他でも無い、銃であった。
「...こんなもの、どうして、こんなところに、?」
「オープンボルトのサブマシンガン。近距離で撃ったらひとたまりも無いよ」
「クッ」
「あー、あまり下手な事すると、君も危ないからね?別に、動かなければ君達を襲うつもりはないから安心して」
淡々と放つその人物を、愛梨は身を乗り出し凝視する。その人物は、七三分けで、眼鏡をかけた男子であった。
「お前は、確か、一条裕翔」
「おおっ、よく覚えてるね。転生した時に一度話しただけなのに」
智也の反応に、裕翔は驚いた様に目を丸くした。すると、対する、手を頭の上に挙げて留まる智也は、その体勢のまま口を開く。
「...裕翔、君には関係無い筈だ。どうして俺らを止める?」
「いやぁ、ちょっとあの人達を殺されちゃうのはこっちとしても避けたくてね」
「...避けたい、、何か、あるのか、?」
「はは。それを言ったらおしまいだよ。とにかく、この辺で終わりにしてほしいって意味合いで来たんだけど、どうかな?」
裕翔の発言に、智也は一度悩む。が、しかし。歯嚙みしたのち、智也は首を横に振る。
「...悪い。でも、ここで、やめるわけにはいかないんだ」
表情を曇らせ訴えると、裕翔は息を吐いた。
「それじゃあ、ここで君を殺さなきゃいけなくなっちゃうんだけど、本当にいいの?」
「っ」
裕翔の一言に、愛梨は弓を生成して構える。が、対する智也はそれを止め、裕翔に振り返った。
「...俺だって、本当は殺したくなんて無いんだ。でも、大将の命令だ。無視する事なんて出来ない」
智也は、正直にそう告げる。
と、それに少し困った様に頭を掻いたのち、ほんのりと微笑んで裕翔は続けた。
「その大将って人は、そんなに強いの?」
「...ああ。能力、、もそうだが、それよりも、地位、というか。立場が、と言うべきか、」
「そうか。随分と服従させられているみたいだな」
「っ!お前、何も知らないくせにそんなーーっ」
憤りに任せ足を踏み出し、裕翔に詰め寄る智也だったがしかし。眼前に銃を突きつけられ押し黙る。
と、思われたが。
「はっ!こんなので脅しになるかよ。どうせ、本物じゃないんだろ?本物が、この世界にあるわけーー」
バンッと。智也の声を遮って、空中に手に持ったサブマシンガンを撃ってみせる。
「っ!」
「...本物がここには無い?勝手な妄想で行動するのは、自分の首を絞める結果になると思うよ。もう少し考えて行動しな?」
「クッ」
そのまま銃口を智也に向けて告げると、彼は歯嚙みする。対する愛梨もまた、裕翔を睨みながら僅かに足の向きを変えた。と、その少しの沈黙ののち、智也は口を開いた。
「...殺してほしく無い。なら、本人に言えばいいだろ。大内涼太の命令なんだ。今は、修也を追うって言って別行動してる」
手を挙げながらも、智也はそう切り出す。だが、対する裕翔はそれを聞いて納得したのか、軽く息を吐くと続ける。
「あー、なるほど。なら、もう大丈夫。その必要は無いよ」
「あ?それってどういうーー」
「っ!」
智也が言いかけた矢先、愛梨が突如として目を見開き反応を見せる。
「ど、どうした、?」
「...大将が、、遠くで、聞こえる」
愛梨は、怪訝な表情を浮かべながら、智也に向き直って告げる。
「...もう、いいって。そのまま、撤退しろって」
「えっ」
愛梨と同様、智也もまた、その突然の切り替えに眉を潜めた。と、その反応を見据えながら、裕翔は割って入る。
「分かった?もう、既にそっちには手を打ってたって事」
「「っ!」」
即ち、ここに来るよりも前に、涼太にこの事を伝えていた。そう言いたいのだろうか。それを伝えるだけであればまだしも、涼太はそれを認めるだろうか。
その異様な現状に、智也は疑問を感じながらも、愛梨の聴覚を信じる。
と、二人のその様子から、それの理解をした事を読み取った裕翔は、手を振りその場から立ち去ろうとする。
「じゃっ、そういうことだから。ボスからもそう言われたし、もう伊賀橋碧斗達を狙う必要がなくなったでしょ?だから、頼んだよ。今日はもう遅いし、早く戻って寝ることだね」
がしかし。彼の残したそんな言葉を聞き流し、思い立った智也は裕翔に駆け寄る。
「ちょっ、ちょい待ってくれよ」
「え?」
すると次の瞬間、智也は裕翔を呼び止める様にしそれを放った。
「裕翔、、だったよな?どうして、碧斗達を殺すのは弊害なんだ?裕翔にとっても困るって、、一体、?何か理由があるのか?」
「...」
智也の問いに、裕翔はしばらくの間沈黙を貫いていたがしかし。直ぐに振り返り返す。
「それを君に教える義理はない。ただ、諸事情あって生かしておいて欲しいだけだよ」
そう一言で返したのち「もう、いいかな」と呟く裕翔。だが、聞きたかった事はそれだけではないと。智也は更に、問う。
「君は、この争いをどう思う?」
「どう、とは?」
「終わらせたいと、思ってる?」
「...うーん、どうだろ。正直、どっちでもいいんだよね。でも、碧斗達に被害が出るのは避けられるし、争いが無い方が、どっちかで言うといいかな」
裕翔は、愛梨を僅かに一瞥し、そう返す。それに目を細めて反応を見せた愛梨の手前で、その言葉を聞き入れた智也は。
一度ごくんと生唾を飲んだのち、裕翔に詰め寄り耳打ちした。
「...なら、協力。しないか、?」
☆
「はぁ、はぁ」
遠くから足音が近づく。既に、タイムリミットは迫ってきていた。
慌てて気を失っている沙耶を担ぐ大翔と、美里の肩を持ち上げる樹音。それを見届けたのち、碧斗がルートを確認しようとする。と、その時。
「また、新たな快感をくれるのを待ってるよ」
それを遮る様に、智樹は地を這いながら笑みを浮かべた。
そんな変わらず微笑む智樹に、大翔は歯嚙みして殴り込もうと足を踏み出す。
「クソッ、てめぇっ」
がしかし。それを止める様にして、碧斗は大翔の前に手を出して行先を塞いだのち、智樹を見下す様にして告げる。
「...残念だったな。このままお前は騎士の方に捕まって、死刑だ」
「え?...はは、何、言ってるんだ?」
冷徹な声音と表情で告げられたそれに、智樹は珍しくも冷や汗混じりに苦笑を浮かべる。
「だから。お前はここで終わりだって言ってるんだ」
「は、はは、し、しけい、?しけい、か、何で殺されるのかな、?おもしろいのだといいな、」
「ただの斬首だよ。痛みも苦しみも一瞬の僅かしか感じない。気づいた時には既に終わってる、それだ」
碧斗は、この世界の法律も、処罰方法も知らなかったが、あえて知っている様に虚言を口にする。
それを放つ碧斗に、一瞥する一同だったが、そんな皆の視線が戻る程に智樹は声を上げる。
「あ、?ああ?嘘だっ、嘘っ、ああ、あああああっ!嫌だっ!こんな、こんな終わり方っ!まだ、この世界でやるべき事があったのにぃ!」
突如頭を抱え、智樹はそう口にした。取り乱す智樹を見つめたのち、碧斗は皆に移動を促すと、そのまま美里と沙耶を運んでグラムの家へと戻ろうとする。
が。
「いやだぁ!いやだ!もうあの生活に戻りたくないぃ!」
「っ!」
突如、彼を横切る樹音の足を掴み、声を荒げる智樹。それに、皆は怪訝そうに見つめるのみだったものの、樹音はふと聞き返す。
「...あの、生活?」
「あぅ、、頼むよっ、もう、殴られるのは御免なんだ」
「殴、られるだと?」
弱々しく放つ智樹の発言に、大翔はぴくりと目を動かし振り返ったのちズカズカと足を進める。
「殴られるのが御免!?おい。どういう事だ?あんなに殺されそうになる事を欲しがってただろ!?」
弱者の演技を止めろというように、大翔は智樹の胸ぐらを掴む。がしかし。対する智樹はそれにも動じず、語り始めた。
「落ち着いてよ。俺、学校でいっつも殴られてたんだ」
「...!」
その一言に、碧斗と美里、樹音は僅かに目の色を変える。
「ずっとだ、、高校行ったらなくなると思ってた。でも、甘かったんだ。同じ中学のやつがそこにも居て、高校にも、居場所が無くなった」
「...それって、」
樹音は、ふと口を開いてそう呟いていた。それを一度の頷きで答えると、智樹はそのまま続けた。
「耐える日々だったよ。教師は当てにならない。楽しんでるって言ってたんだ。遊んでるだけだって。親にも相談した。でも、俺の親は共働きで、親身にもなってくれなくて、みんな口を揃えて向こうは悪気がない。遊んでるだけ。楽しんでるだけだって言ってた」
「...」
「ははっ、おかしいよな。でも、、そう思うしか無かったんだ。...俺の家は、厳しくてね。親父から朝に吐き捨てる様に言われた事を、その日のうちにやっておかないと部屋に閉じ込められるんだ。朝の眠気で意識が薄い時に言われてもだ。...その閉じ込められる部屋は通称お仕置き部屋で、そこは狭くて暗いんだ。今でも、震えるよ」
少し口角を上げてただ呟く智樹に、皆は表情を曇らせ聞き入れる。
「だから、誰にも相談出来なくて、、相談してもそう言い切られて、そう、思うようになった。そう思わないと、また怒られるし、そう思ってた方が、まだ、自分を俯瞰視出来て、楽だったから」
張り付いた笑みで笑いながら、智樹はそこまで放ったのち顔を上げる。
「それで、痛みをおもしろいと感じる様になった。おもしろい事は大好きだ!大っ嫌いな真っ暗な世界に、刺激という光が現れるんだから。たまらないよ。もっと、おもしろいを、感じたかった。現実世界では、同じ様な痛みしか無くて、飽きてきて、、あの世界では俺は弱いから。この世界みたいなおもしろい事をされても直ぐ力尽きちゃうから」
だから、この世界に居続けたいと。智樹は、そう口にしたのち、首を僅かに傾げる。
「これって、、そんなに悪い事、なのかな?」
それに、大翔は拳を握りしめ、樹音は目を逸らし、碧斗は歯を食いしばった。皆が皆。その一言に憤りと共に、何と返せば良いか分からない。そんな、どうする事も出来ない感情に悩んだ。すると、そんな中。
突如、樹音に運ばれていた美里が割って入る。
「いや。悪い事でしょ」
「「「「「!」」」」」
沈黙の中で突如放たれたそれに、その場の皆は目を見開く。
「わ、、悪い、事?」
「そう。正直、辛い環境だった事は分かるし、それを受け入れるしかない状態だったのも分かる。でも、それによって自分以外の。罪のない人に危害を加える。そんな最悪な事に繋げるのは、あんたが悪いでしょ」
「おもしろい、だろ、?俺は、その痛みがおもしろかった。だから、みんなも、救済になってくれると、、思った。だから、そんなに怒る事じゃーー」
「意味分かんない。それ、あんたの意見じゃないでしょ?」
「!」
冷や汗混じりに弁明する智樹に、美里は遮る様に放つ。皆を代表する様に、美里もまた怒りを声音に乗せて大きく露わにしていた。
「痛みがおもしろいのは、あんたの意見じゃ無い。あんたの親や学校のやつらが押し付けた概念でしょ?そして、環境によって納得してしまっただけの感情。そんなの、他の人が一緒なわけないでしょ?第一、あんたも最初はそうじゃ無かったんだから」
美里はただ力強く。弱った体からは想像も出来ない、普段通りの彼女は声を上げ続けた。
「あんたのその状況。苦しいだろうし、誰にも打ち明けられない事も多いと思う。あんたの言う通り、周りの人も大人も、大して私達みたいな何にもない子供に親身になってくれるわけないし、屈服しちゃうのは、話を聞き入れちゃうのは、仕方のない事だと思う。私も同じ状況だったらそうだと思う。多分、ここに居る人達も」
美里はそこまで言うと、周りの皆の顔を見回す。すると、一同もまた目を逸らし頷く。
と、そんな姿を見たのち、美里は一周して智樹に視線を戻すと、目つきを変えて告げる。
「でも、でもね。その暴力を受け入れるしか無くても、屈服するしか無くても、自分の心は屈服しちゃいけないと思う。そんな状態に逆らえずに、受け入れちゃうのは仕方のない事。こんな、まだ成人でもない私達が対抗なんて出来っこないもの。でも、そんな環境を受け入れちゃ駄目だと思う。ずっと苦しくても、これが間違ってるって。自分の中の本当の気持ちを持ち続けて、こんな環境今すぐにでも抜け出してやるって。そういう強い思いでいないと、きっと、耐えきれない」
美里は少し寂しそうな表情を僅かに浮かべたのち、智樹を見据え強く頷く。と、それに対し表情を曇らせて、智樹は呟いた。
「...でも、、もう、手遅れだよ。俺は、ここまで歪んでしまった。前の感覚なんて思い出せない。普通なんて、俺には分からない」
「まだ間に合うでしょ」
「え、?」
自虐的に笑う智樹に、美里は真剣な相貌で割って入る。
「あんたは、この世界の使い方を間違ってる。ここは、あんたのその歪んだ欲望を、痛みという快感を満たしてくれる場所なんかじゃ無いの。ここは、あんたが救われる場所」
「救われる、?だと?」
「ええ。この世界には、あんたをいじめる奴らもいなければ、自身の都合を押し付ける親も居ない。ここでは、あんたの事を話して、それを受け入れて、辛かったねって、一緒に悲しんでくれる人がいっぱいいるの!」
冷静に話しながらも、段々と美里は声を上げ、力を強める。それは、まるでそんな優しい人達を酷い目に遭わせた智樹に対する憤りを表している様に。
「こんな、こんな最低な私でさえ、こうやって受け入れてくれる人達が居るの。だから、あんただって自分の事を、もっと勇気出して話していいの。誰も、あんたを蔑んだりなんかしない。...それなのに、、それなのにっ、あんたはそんな大切な人を大勢傷つけたの!何も分かってない。あんたの独りよがりな思いのせいで!」
怒りを感じながらも、智樹に必要なものを、言葉で与える美里。それに、智樹は少しの間下を向き歯嚙みすると。
その瞬間。
「居たぞ!」
「「「「「っ!」」」」」
王城の方向から、一人の騎士の声が上がり、その場の皆は目を見開く。
すると、それに諦めを感じながら、智樹は弱々しく笑う。
「...はは、、もっと、もっと前に、、それを聞きたかったな」
「...」
確かに、その通りだと。皆は口を開く事が出来なかった。もっと早く。彼に話をしていれば。話を聞いていれば、こんな事にはならなかったかもしれない。その悔しさや不甲斐なさに、一同は拳を握りしめた。
と、先程声を上げた騎士が、碧斗達。では無く、その手前の智樹を取り押さえる。
「「なっ」」
それに、思わず声を漏らす智樹と、それを目撃した碧斗は目の色を変えた。
ーやはり、王城の破壊や国民の殺害。容疑が重いのは、海山君の方みたいだ。俺らは二の次、、って事だなー
内心、僅かに助かったという感情もありながら、碧斗は智樹の様子に唇を噛む。
「...俺は、、もう戻れないんだ。まだ間に合うって言っても、俺はもう戻れないところまで来てたんだ」
苦しそうに放つ智樹に、またもや答えたのは、美里だった。
「...うん。あんたは取り返しのつかない事をした。だから、ちゃんと処罰は受けなきゃいけない。多分、それは死刑かもしれない」
「...」
智樹は、それに無言のまま歯を食いしばる。が、美里は「でも」と、続けた。
「この世界では戻れなくても、向こうではまだやり直せるでしょ?」
「!」
「だって、向こうのあんたは何もしてないもん。転生者に殺された場合、この世界の記憶が消される。じゃあ、逆を言えば、異世界の人達に殺されたら、記憶はどうなるんだろう」
「っ!そ、それって」
美里の可能性の話に、碧斗は目を剥く。すると、美里は碧斗を一瞥して頷くと、智樹に向き直り付け足す。
「大丈夫。私達も絶対、転生者なんかに殺されないから。私達は全員、同じ地球の、日本の住人でしょ?それに、あんたは水篠ちゃんと同じ学校だし。...だから、絶対」
絶対向こうでまた会えると。美里は微笑んでみせる。それに、智樹は目の奥が熱くなり、口を開こうとした。だがその時。
「おい、待て待て待てっ!早くそいつをとっ捕まえろ!」
「早くしろ!でないと手遅れになる!」
どんどんと、騎士達が大勢で智樹に向かい、その背後で。
智樹の植物から逃れた国王が、体に巻き付いた茎を引きちぎりながら声を上げた。
「マズいよっ!早く逃げないと」
「ああ!あの人数じゃ、今の俺達じゃ敵わねぇな」
樹音と大翔が避難しようと促す中、何か言いたげな美里に碧斗は仕方がないと頷く。すると、騎士の群勢がこちらに到達しようとした、その時ーー
「させるかぁぁぁぁっ!」
ーー智樹は最後の力を振り絞って、辺りに巨大な樹木を生やした。




