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殺し合いの独裁者[ディクタチュール]  作者: 加藤裕也
第5章 : 啀み合いと狂気(フォリィ)
163/301

163.葛藤

「なんだ、、これ」


 碧斗(あいと)は、見た事もない巨人の様にそこにある岩の塊に、目を剥き冷や汗をかき、思わず手が震えた。


ーこれが、水篠(みずしの)さんの、、なのか、?ー


 確かに、彼女の能力は強大で、底の見えない未知の能力だった。だが、これ程までだったのかと、碧斗は凶変した彼女の能力に目つきを変えた。


ー当の本人はどこだ、?ー


 碧斗は恐れながらも、ゆっくりと中庭へと進む。

 すると、その瞬間。


「ぐはっ!」


「っ!?樹音(みきと)君!?」


 碧斗の隣の壁に、突如として遠くから飛ばされた樹音が叩きつけられる。


「だ、大丈夫か!?」


 碧斗は、慌てて彼の元へ駆けつけ僅かに持ち上げる。


「あ、碧斗君、」


「と、とりあえず大きな傷は無さそうだな、、良かった、」


 そう安堵した直後、碧斗の背後で。

 樹音が飛んできた先で、その巨大な岩が動く。それはまるで、本物の巨人が目の前に迫っているかの様に。


「なっ!?う、動くのか!?」


「碧斗、、くっ、沙耶(さや)ちゃんは、、もう、いつもの沙耶ちゃんじゃ、無いみたいなんだ、」


 震えた体と声で、そう放ちながら剣を杖にして立ち上がる樹音。それに、碧斗は「ああ。事情も聞いてきた」と短く返したのち。


「あ、あんまり動かない方が、」


 と、心配を露わにした。それに、大丈夫だというように樹音が真剣な表情で首を振ると、そのまま続ける。


「多分、、海山(みやま)君のせいだ。証拠とか根拠とかは無いけど、、あの様子なら、絶対」


 普段、明確な情報や確信が無い場合、敵意をあまり見せない人物だ。そんな樹音が、こうして歯嚙みし、苛立ちを見せて剣を構える姿に、智樹(ともき)の残虐さが見て取れた。

 そんな樹音の様子を眺めたのち、碧斗は巨大なそれに向かう彼の後ろ姿に、改めてそう切り出した。


「それも分かってる。証拠や根拠も、、ある」


「っ!」


 目を見開き振り返る樹音に、碧斗は口を開こうとした、その時。


「っ!危ない!」


「っ!」


 目の前から、巨大な人型の岩による拳が向かい、それを既のところで避ける。


「どうやら、話はさせてくれ無さそうだねっ!」


 樹音は、跳躍した力を利用し、そのままこちらに打ち込んだ拳に乗る。それに見惚れながら、碧斗は自身の出来る事をと、岩の周りを走りながら、煙を撒く。

 岩相手に通用するかは不明だったが、どこかから沙耶が操っていると信じて。


「水篠さんがこうなったのは、海山智樹が能力で生成した植物。確か、トランペット何ちゃらって名前だった気がするが、それのせいらしいんだ!」


「えっ!?植物で、、って、一体!?」


 樹音と碧斗はそれぞれ腕の上と陸上の別行動で、その岩に間合いを詰めながら大声で会話を口にする。


「どうやら、その中の成分が人体の精神に影響を与えるらしい。それは、マースト曰く回復の魔石ではどうする事も出来ないみたいなんだ!」


 碧斗は、煙を放出し続けながらゆっくりと動く岩に警戒し告げる。が、しかし。


「え、それじゃあーーぶっ!?」


「!?」


 樹音が腕の上で跳躍し、剣を構えて答えようとした次の瞬間。

 その巨人の様な岩に殴られ、またもや王城の壁へと吹き飛ばされ叩きつけられる。


「がはっ!」


「樹音君っ!」


 碧斗は突如煙の放出と走るのを止め、彼の方向へと振り返る。すると、今度は碧斗を狙って上から振りかぶり、手で叩きつけようとする。


「グッ!?」


 それに、反射的に反応して避けながら、碧斗は冷や汗を流す。


ーマズいな、、岩に対抗出来る程の力なんて、、大翔(ひろと)君の力の能力くらいのものじゃないか、?ー


 碧斗は避ける事しか出来ない中、自身への不甲斐なさと沙耶の強さ、一人でも欠けてはいけない我々の友達(なかま)大切(つよ)さを再認識した。


「碧斗、君っ!それだったら、沙耶ちゃんを助ける事は出来ないって事?」


 一人で岩から逃げる碧斗に、樹音はそう声を上げる。それに、バツが悪そうにしながらも、正直に頷く。


「ここからは、心の問題だ、、水篠さんが、どうするかに賭かってるんだ」


「そんな、」


 我々は何も出来ない事を悟り、二人は歯嚙みする。

 そんな一同が相手をする岩の裏。三棟から中庭に向かう二人の反対である二棟から、美里(みさと)が顔を出す。


ーよし、ここまでは問題なさそうね、、作戦通りに出来てー


「あらあらぁ〜、どちらへ行くおつもりで?」


「っ!?」


 僅かに微笑み、岩の裏で見守る智樹に近づこうとした直後、美里のその更に背後から、一人の女性の声が近づく。


「あんた、」


 そこに居たのは、美弥子(みやこ)の姿であった。


「流石にしつこいんじゃ無い?」


「ふふふ、先に逃げたのは貴方の方では?」


 上品に微笑む彼女から、僅かに負の感情が見て取れた。どうやら、彼女は強く美里に執着しているようだ。先程の件で、気に入られてしまったのだろうか。

 そう美里は冷や汗を流しながら、内心「またか」と呆れすらも感じながら美弥子に炎を放つ。だが。


「あら?もう打つ手が無いわけじゃ無いでしょう?」


 美弥子は今更そんな攻撃が通用するかと、きょとんとした様子で軽々と美里の炎を鎮火させる。


「あんた、相当私の事が好きみたいね」


「ふふふ、鈍感では無いみたいね。寧ろ敏感、?どっちも可愛いわ。壊しちゃいたい」


 短い、会話と取れない程の言葉を交わしながら、攻撃も同じく躱わす二人。

 美里は、こんな事をしている場合では無いと、中庭の方へ定期的に目をやっていたために、それによって多数の傷を負わされていた。


「ふっ、ふぅ、あんたの相手してる暇無いんだけど」


「まだそんな顔ができるのね、、素敵だわ」


 うっとりとした様子で美里を見つめる美弥子は、そこまで言ったのち少し間を開け目つきを変える。


「...でも、少し目を逸らし過ぎかしら。そんなに向こうが気になる?」


「だから、あんたに構ってる暇無いの。目を逸らしてるのもそのせい。私にはやる事がーーっ!?」


「お」


 美里が威圧感を露わにしながらそう告げる中、それを遮る様にして巨大な茎が二人の間を横切る。


「...はぁ」


「そこで何してるの?楽しそうだね」


 それを伝った先。放った張本人である智樹がこちらを見つめ微笑んでいた。

 その光景に、美里はバレてしまった事に大きく息を吐く。すると。


「そう、楽しい事してるの。だから邪魔しないで欲しいのだけれど」


「ははは。酷いなぁ、俺は除け者かい?こんなに凄い進化が行われてるのに、二人は自分達の世界に行っちゃって、、冷めてるなぁ」


 美弥子もまた、薄い笑顔で放つと、智樹も張り付いた笑みで返す。

 恐らく、進化とは沙耶の事であろう。彼にとって沙耶は、特別だったのだろうか。


ー水篠ちゃんだけに精神攻撃を行って、見事覚醒させた。...これは、偶然、?元々、水篠ちゃんがこうなる人だと理解していた様にも思える行動だったけど、、もしそうなら一体どこから、?ー


 美里は、智樹を観察しながら、沙耶を狙った意図を探ろうと試みる。がしかし。


「っ!」


「私との戦いのはずでは?」


 中庭の彼に目を向けていた美里を現実に引き戻させるかの様に、美弥子が水圧を集中させた、水分によるカッターの如し攻撃を放つ。

 それに、ハッと目の隅で確認し理解すると、美里は既のところでそれを避けた。


「はぁ、はぁ、別に、元々あんたとやり合うつもりは無かったけど、」


 ため息混じりに口にする美里に、美弥子は構わず攻撃を仕掛ける。だが、そんな彼女に対して。


「っ」


 邪魔する様に、智樹の茎が割って入る。


「近くでやり合うなら俺も混ぜてくれないかな?正直それ、おもしろくないよ」


 自身が除け者にされていると、智樹は苛立ちを感じながら攻撃を割って入れる。その行動に、どうやら美弥子も僅かに怒りを感じている様に見えた。海山智樹の相手は飽きてしまったらしい。美弥子にとっていじめがいの無い人間には興味がない様だ。

 それが確信に変わったその時。

 美里はほんのりと笑みを浮かべる。


「...あんた、どうすんの?このままだと、私を甚振(いたぶ)るのが難しくなるけど」


 そうやって、美里は試す様に美弥子に目をやりながら、智樹の攻撃を避けて放つ。それに、少し悩み息を吐いたのち、美弥子は柔らかく微笑んで返す。


「それじゃあ、、移動をした方が良さそうね」


「私は移動しないけど。だってみんなが向こうで戦ってるのに、私がこの場を動くわけにはいかない。っていうか、動くつもりないから」


 提案を否定し、美里はぶっきらぼうに放つ。それに、美弥子は「あらあら」とまたもや薄気味悪い笑みを浮かべる。


「ちょっと、避けてるだけじゃつまらないじゃん。さっきみたいにやってよ」


 そんな二人に向かって声を上げる智樹の言葉を聞き流し、美里は小さく口にした。


「私に、考えがあるの」


「私に作戦?」


 鼻で笑いながら、美弥子はそのままを聞き返したのち、クスッと笑って付け足す。


「ふふふ。面白いわね、貴方にとっては害でしかない私にかける提案があるなんて」


「私達の目的はこいつを止める事。それが終わったら、私達を狙う人は居なくなる。その時になったら、相手してあげるから。今はやめにしない?」


「随分と上からね。でも、その態度もいいわ。これからの事を考えるとゾクゾクする」


 美弥子は美里のその時の姿を想像し身体を震わせる。そんな彼女を無視し、美里は続ける。


「どうするの?このままでも、こいつが私達のところに割って入ってたら、あんたの言う私への楽しみが減ると思うんだけど。もしこいつに私が殺されちゃったら、あんたもおもしろくないんじゃない?場所移動も飲むつもりは無いし、全てを終わらせた後に会った方がいいと思うんだけど」


 美里の挑発を含んだ発言に、美弥子は悩む。

 確かにこの状況を考えると妥当な判断ではある。更に、先程までの美里の様子を考えると、この場での戦闘は沙耶達の戦闘を気にしてしまうあまり、集中出来ない状態での交戦となるだろう。故に、美弥子は確信する。それくらいならば、と。

 そう、思ったが次の瞬間。


「ふふ、でも、お断りよ」


「えっ」


 美里の頭が真っ白になる。まさか、ここまでの交渉で断られるとは考えていなかったのだ。


「だって、貴方達が勝てる確率は確定では無いんでしょう?なら、私の知らないところで勝手に苦しまれる可能性もあるわけだから」


 美弥子はそこまで告げると、軽く息を吐いたのち振り返って伝える。


「それは勿体ないでしょ?」


「っ」


 彼女の言う拒む理由に、美里はハッとし理解する。そうか、ならばと。美里は脳内で何かに気づいた、それと共に。


「...へぇ〜、いいんだ」


「ん〜?それはどういうおつもりで?」


 態度や声音を変えて笑う美里に、美弥子もまた目の色を変える。すると。


「全てが終わった後は、私も随分とボロボロだと思うんだけど、、その時の方が楽しめるんじゃ無い?」


「っ」


 そう、美弥子。彼女は、痛めつけるのが好きなのでは無く、美里の様な強気な人間を屈服させる事で快感を得る類の者であった。故に、美里はあえてそう言い換えを行った。


「本当に勿体ないのは、どっち?」


 美里の言葉に、口を噤み悩んだのち脳内で想像をする。智樹との交戦の後の、彼女の姿。そして、そこに美弥子が現れた事による絶望と、それ故に言う通りにするしか無い美里の姿。

 そう思うと共に、少し息を荒げながら美弥子は賛同した。


「分かったわ。ただし、死にそうになったら私が入る。それで文句は無しよ」


 智樹に勝てない場合の可能性。その時は、勝てない絶望と無力な自身に対しての嘆きを零す美里の前に美弥子が現れ、彼女を頼るしかない状況を作り上げる。そのための、提案であった。

 彼女の放ったこの提案は、どちらにせよ美弥子の手の平の上で踊らされる形となるが、今は仕方がないと。美里は少し答えを渋ったのち、軽くため息を吐いて頷く。


「分かった。これで、恨みっこなしね」


 真剣な表情で了承を口にする美里に、美弥子は同じく微笑むと、それと同時に。


「それじゃあ、またその時ね」


 それだけを置いて、彼女はその場を後にした。


「ん?一体何処に?」


 その行動に、智樹はそう手を前に出して零すものの、それを遮る様に。美里は彼の視線の前に立ち塞がり、手に炎を宿す。


「急用を思い出したみたい。あんたは、私達が楽しませてあげるから」


「うーん、相原(あいはら)さんのはもういいんだけど、、まあ、水篠沙耶さんが本当の自分に辿り着くまで暇だし、時間潰しによろしく」


 智樹は、美里の攻撃パターンが一定化している事に対し僅かに残念そうに肩を落としていたものの、気を改めて彼女に向かう。

 が、その時。


「は?誰が私だけって言った?」


「ん」


 美里が口角を上げてそう強く放つと、次の瞬間。

 智樹の背後で動く、沙耶の岩の向こう側から、樹音が跳躍して現れ剣を構えるとーー


「だっ!」


「んんっ?」


 ーーその剣の刃が突然伸び、樹音が空中で降下している中、彼の剣は智樹の頰を掠った。


「...新しいのだね」


 少し感慨深そうに智樹は目を見開いてぼやいた。と思われた、そののち。


「でも一発目で当たらないんじゃーー」


「一発目で、俺が仕留めると思うか!?」


「な」


 智樹が言い終わるより前に、巨大な岩の横から現れたその人物が放つ。

 そう、その人物は伊賀橋(いがはし)碧斗であった。


「何故、」


「喰らえっ!」


 目を瞬かせる智樹を他所に、碧斗は彼に煙を放出する。

 と。突如背後から、音が漏れる。


ーそうか、樹音君は囮。本当の攻撃はー


 智樹はそれを確信したと同時に振り返る。

 するとその先には、眼前にまで迫る美里の姿があった。


「おもしろい。でも、駄目だね」


「クッ」


 手に炎を纏った状態で近づく美里に、智樹は地面の植物を伸ばし、蔓を彼女の足に巻き付け固定する。

 それに驚いた美里は、その蔓を燃やす行動を起こすのにロスが発生する。その時間を利用し、美里がそれを燃やし自由になったその時には既に。


「ごはっ!?」


 智樹に蹴られていた。


「がはっ」


「相原さん!」


「はは」


 それにより地面に叩きつけられる彼女は空気を吐き出し、名を叫ぶ碧斗。

 その一連の流れと光景に、智樹が渇いた笑みを浮かべる、が。


「なっ」


 海山智樹。彼の腹に、一本の刀が突き刺さっていた。


「長さを自由に変えれる。これは、君の植物から学んだ事だよ。僕の方が、応用は上手かったかな?」


「樹音君」


 冷や汗混じりに笑う樹音に、皮肉を込めた笑みで名を返す。がしかし、智樹はいとも簡単にそれを引き抜くと、改めて向き直る。


「ふぅ、、それよりも伊賀橋碧斗。何故君がここに?」


「はっ、なんでその傷で平気なのかを、先に聞かせてもらっても?」


「言ったでしょ?俺は自分の体で試してるって。樹音君の今回の攻撃にも、殺害の意は無さそうな様子だった。だから、無理に避ける事はしなかったんだ。どうせ急所は刺せないよ」


 碧斗の引きつった笑みで問うた疑問に、智樹もまた樹音を煽る様な表情で答える。すると、刃の長さを元に戻す樹音を一瞥した後、智樹はふと口を開く。


「さて、それじゃあ碧斗君はどうやって抜け出した?あの場所から。...俺も返した。正直に言ってくれないかな?」


「正直、あそこから抜け出すのは不可能に近かった。だから、俺が抜け出せたのは奇跡であり、強いて言うなら抜け出せた方法は」


 と、碧斗は前置きをすると、少し間を開け


「根性だ」


 そう返した。それに、フッと鼻で笑った後、智樹は呆れた様に続けた。


「まあ、教えてくれないならそれでいいけど」


「そう思うなら、それでいいよ」


 その言葉に、碧斗もまた同じ様に返す。すると、それと同時に。


「っ」


 碧斗は足を踏み出し、智樹へ向かった。

 が、しかしーー


「ごふっ」


「「っ!」」


 ーー智樹に向かうよりも前に、碧斗は背後の巨人の様な形の岩に、強く殴られた。


「伊賀橋君っ!」「碧斗君っ」


「おお!いいね、人を無境も無く殴れる様になったか」


 大きく吹き飛び、一棟の壁に叩きつけられる碧斗を目にした二人が名を叫ぶと、智樹は沙耶に向かって笑みを浮かべた。


「っ!沙耶ちゃん!?」


「くっ、う、うあああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ」


 樹音が名を放つと、沙耶の声であろう甲高い叫びが、この場一帯に響き渡る。


「み、水篠ちゃん、、」


「なんだか苦しそうだなぁ。それじゃあまだ駄目だよ。苦しいと感じるのはまだ人を愛しているからだ。無になりなよ。無に」


「お前っ!」


 ため息を吐く智樹に、樹音は耐えきれなくなり彼を睨んで剣を構える、が。


「うわぁっ!」


「えっ!?」


 沙耶の叫びと共に、樹音の左右に岩が生え腕を捕まえる様に変形し、手枷の如く固定される。

 その後、巨大な人型の岩が地面を殴ると、そんな身動きの取れない樹音に向かって殴った位置から尖った岩の山が突き出ては向かう。


「っ!さ、沙耶ちゃん!?」


 このまま一列に生え続けたら、いずれ樹音の体を貫く事態になるであろう。故に、樹音は必死に体を動かし、抜け出そうと奮闘するものの、固定された岩は硬く、抜け出す事は不可能に近かった。


「クッ、さ、沙耶ちゃん!」


 それに冷や汗を流して思考を巡らせたのち、他に方法は無いと、樹音は自身の手を傷つける事前提で剣を空中に生成し、岩を斬りつけた。


「うっ、、くっ、ああっ!」


 樹音は、目の前に迫る尖った岩の軌道から既のところで外れると、血が噴き出す手を押さえて息を吐いた。


「はぁ、はぁ、、あぶな、、かった」


 岩を斬り離す事が可能な程の刃。腕が斬り落とされなかった事を安堵するべきだろうかと、樹音は自虐的な笑みを浮かべた。が、その直後。


「グッ」


円城寺(えんじょうじ)君!?」


 避けた事による安堵も束の間、樹音の目の前から岩が生えて、今度は彼の首を固定する。


「ガッ、、ハッ!」


「水篠ちゃん!やめて!」


 背後の美里が、能力が炎であるが故に声を上げる事しか出来ない中、樹音の首に巻きついた岩は、どんどんと狭まっていく。


「ガッ、ガハッ、グッ」


 樹音は薄れる意識の中、懸命に刃を(ノコギリ)の様な形状へと変化させて、岩を斬り離そうと無造作に押し引きを繰り返す。

 と。


「ガハッ!ハッ」


「円城寺君っ」


 意識が途切れるまで後僅かという時点で、樹音は岩の切り離しに成功する。その後、その場で崩れ落ちる樹音に駆けつける美里。

 そんな一連の行動を、一棟の碧斗は倒れながら見据える。


ーやはり、、駄目か、、でも、大体予想通りだなー


 碧斗はそう目を細める。

 智樹はこの一連の行動内で動く事は無かった。恐らく、沙耶の手を汚させるのが目的であろう。だが、それを逆手に取れば今は彼による攻撃が無いとも取れる。即ち、碧斗が今行わなくてはならない事は。


 碧斗は目つきを変えてゆっくりと、時間をかけて立ち上がると、またゆっくりと壁を伝い歩き始める。

 一方の美里は、倒れ込む樹音を庇う様に前に出るも、炎で熱しても岩は砕けないと嘆く。更に、岩を破壊する程のものと考えると、沙耶を傷つけてしまうのが現状である。


「クッ」


「まだ水篠沙耶さんが大切みたいだね」


「当たり前でしょ。あんたみたいに、割り切れないの。まだ戻れる可能性があるなら、私はそれに賭けるから。もし、私が死んだとしても」


 助言者の如く、隣で割って入る智樹に美里が苛立ちを見せながら放つと、今度は彼女に拳が近づく。


「んっ」


 それを避け、岩に回り込む。だが、反対の腕で今度は肘打ちが向かい、美里は僅かに掠るのみで跳躍し避けたものの、地面からまたもや岩の突起が生えバランスを崩す。

 そんな美里を空中で岩を伸ばして足を掴むと、それが更に伸び人型の岩の、頭のような部分の前に持っていく。


「やっ、、やだっ、やめっ、、ん、っ!」


 美里は、持ち上げられる中そんな弱々しい声を漏らすがしかし、頭部に目をやったその瞬間、目を見開く。

 が、それと共に彼女もまた大きく振りかぶり、二棟の三階に投げ飛ばされる。


「あい、はらさんっ!」


「はは、手加減してるから、、ごふぁっ」


「っ!」


 その光景に笑みを浮かべる智樹が言い終わるよりも前に、岩に殴られ吹き飛ぶ。


「あ、ああ」


 それに、樹音は次は自分だというように、顔から血の気が引いていく。と、そんな彼に躊躇などなく。


「ごはっ!」


 智樹へ放ったのとは反対の手で殴り、地面を擦りながら数メートル先に飛ばされる。

 すると、それによりぐったりと倒れ込む樹音に、続けて右手を構える。


「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 と、そののち、沙耶の声と同時に拳が放たれ、それが岩だと思い出させる様に腕が岩となり樹音に伸びる。


「クッ」


 それには既に策なんてものは無いと、剣では巨大な岩には勝てないがために樹音は覚悟を決め目を強く瞑る。

 そんな彼に腕から伸びた岩は向かう。


 が、その瞬間。


「くぅ」


「...え?」


 目を瞑っていた樹音は、いつまで経っても岩が直撃しない事に疑問を感じ、目を開く。と、そこには。

 樹音の真後ろに存在していた地下と繋がる扉を開けながら"大翔"が、ドアを開く手とは対照の手で岩を拳で止めていた。


「大翔君!?」


「はぁ、はっよ、よう、、また、せたな」


「駄目だよっ、大翔君!安静にしてないと!」


「出来っかよ、、安静に、なんて、、よ、みんなが、、死にそうに、なりながら、、頑張って、んのに」


 いや貴方が一番死にそうですと言うように、樹音は冷や汗を流したものの、大翔が必要である事は事実であるがために、口を噤んだ。


「で、?沙耶が、、どうしてこうなった?」


「海山君のせいだよ。魔石でも、治せないらしい。精神的なものだからって」


「クソッ、、俺らでも目ぇ、覚まして、くれねーの、かよ」


 大翔が歯嚙みしてそう呟くと、岩の拳が遠のいていく。

 やはり、沙耶は戻らないのだろうか。何度も、声をかけようとも、叫ぼうとも、碧斗や美里、樹音の声では、沙耶は苦しそうに叫ぶのみであった。

 戦っているのだろう。恐らく、彼女の中の彼女と。

 そんな彼女に力を貸せるほど、我々の声は強くないのだ。短くも長い時間を共にして来たがために、皆は酷く心の奥がモヤモヤとした。大翔が拳を握りしめるのも無理はないと、樹音も同じ気持ちであった。

 だが、そんな樹音は意識を変えて、目の前の大翔に、僅かに攻撃が収まっているこの瞬間しかないという様に、小さく耳打ちする。


「実は、碧斗君が言ってた、、いや、みんなで考えた策があるんだ。さっき碧斗君が飛ばされた場所を遠目で見たら、もう居なかった。つまり、その仮説は確定して、実行となったんだ」


「ど、どういう、、事だ、?」


 大翔が掠れた声で聞き返すと、樹音は真剣な表情で"それ"を告げた。


          ☆


「ハッ!俺を殺すんじゃねぇのかよ」


「チッ、逃げやがって、、情け無いぞ」


「逃げないと、お前の能力相手は不利すぎんだろ」


 王城の裏。修也(しゅうや)は、近づく涼太(りょうた)から逃げながら、そう挑発的に笑った。

 すると、それに追い打ちをかける様に。誘導させる様に奈帆(なほ)が空中から追撃を行う。


「ほーらっ!相手は一人じゃ無いんだよ〜っ!逃げなきゃ逃げなきゃ!」


「翼は羽根を飛ばす事も出来る、、ほんと便利だな」


 挑発を含めた言葉に、尚も表情を変えずに返す修也。それに対し、奈帆は口を尖らせた。


「ふーん、つまんないのっ!」


 奈帆がそうぼやくと、羽根の量を増やし修也を追い詰める。それを避けながら距離を取る事数分、修也が跳躍して後退った、その時。


「残念、もうそこは、俺のテリトリーだ」


「っ!?」


 背後に。涼太が近づいていた。


「なーー」


 それに、修也は振り返りながら珍しく目を剥く。

 と、それを全て。


 ぶっ壊す様に。


「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「「「っ!?」」」


 背後の王城を破壊しながら、王城を超える大きさを誇る巨人の様な見た目をした岩の塊が。

 その奇声と共に目の前に現れた。


「...水、篠、、?」

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