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殺し合いの独裁者[ディクタチュール]  作者: 加藤裕也
第5章 : 啀み合いと狂気(フォリィ)
162/299

162.落差

「手遅れ、、かもしれません」


 マーストの一言に、碧斗(あいと)は驚愕し言葉を失った。


「嘘、、だろ、?回復で、、間に合わない、のか?」


「...回復の魔石を使用する事が出来るのは傷や怪我のみです。...動いていない心臓を動かす事は、、出来ません、」


「え、、まさか、、心臓が、、動いて、、いや、脈が、無いのか、?」


 碧斗は、腕の脈を測るマーストに、言い換える必要のない単語を焦りながら言い換え、冷や汗混じりに口にした。

 それにまた、彼も唇を噛んで、悔しそうに頷いた。


「...私が、もう少し前に来ていれば、、助かった可能性もあった、、かもしれません、」


「自分を、、責めるなよ、」


 碧斗が言えた事では無かったが、悔しさから歯を噛み締めるマーストに、考えるよりも前に口に出ていた。


「俺こそ、、もっと、前に、」


「碧斗様、」


 植物に固められた時から、大翔(ひろと)は隣でぐったりとしていた。あの時に、何か出来ていれば。いや、それよりももっと前だ。


「...俺が、、あんな事始めなければ、、水篠(みずしの)さんも捕まるだけで命を狙われる事は無かったかもしれないし、みんなも巻き込んで、、こんな、こんな」


「碧斗様!」


「っ」


 碧斗が瞳孔を開き、絶望に一点を見つめながら、そんな弱音を吐くがしかし。マーストが声を上げ割って入り、ハッと目を見開く。


「碧斗様は間違っていませんでした。間違っていたと感じていたら、私は貴方様のサポートなど行ってはおりません。貴方様なら、碧斗様なら、、やってくれると。全てを収めてくれると。そう信じて、、私は行動を起こしたのです」


「マースト、」


 強く、碧斗を励ます様に、肩を揺すってまだやれると。そう声を上げるマースト。

 それに、碧斗は目の奥が熱くなりながら、彼の名を呟いたが、そののち。

 怪訝な顔で、付け足す。


「貴方は、、一体なんの話をしてるんだ、?」


 冷や汗混じりに、碧斗が零すと、その瞬間。


「っ!」


「どうされました?」


 碧斗の視線の先。僅かに智也(ともや)の姿が見え隠れし、動揺に目を剥いた。それに、目線の先を追って振り返るマーストは、ハッとし立ち上がる。


「マースト。多分智也君の目的は俺だけど、危険だから下がってて」


 碧斗がそう放つと、マーストは「ですが」と呟いたものの、それを押し除けて前に出る。

 すると。


「...チッ、、碧斗、か」


「?」


 何か様子がおかしいと。碧斗は目の色を変える。


「どう、、したんだ、?」


「...目の前に碧斗が居る。しかも、、弱ってるし、その大翔も、亡くなってるんだろ、?」


「お前、、そんな簡単に言うなよ」


 碧斗は、智也が淡々と呟く内容に腹を立てながら威圧感を露わにし返す。だが、対する智也はそれを無視し、遠い目をして続ける。


「殺せんだよ」


「...え、?」


「目の前でぐったりしてる大翔も、碧斗も、そして」


 突然放たれた発言に碧斗が聞き返すと、智也はそう零したのち、付け足した。


修也(しゅうや)も」


「「!」」


 その一言に、碧斗のみならず陰に隠れていたマーストもまた目を見開く。


「ふざけんなっ、、ふざけんなよっ、、本当に終わらす気あんのかよ、、あいつ、本当に、、罰するつもり、あんのかよぉ!」


 智也は、そう一人で声を荒げながら、崩れ落ち地面を何度も殴る。その姿が、異質で。苦しそうで。なんだか碧斗は胸の奥が苦しくなり目を僅かに逸らした。

 だが、それではいけないと。いくら我々を捕らえようとしている人物でも。本質は別にあると。碧斗は、友達だと笑った彼の笑顔が本物であると信じ、口を開いた。


「...智也、、君、、どうしたんだ、?修也君が、居るのか?」


「...うるせぇ」


「え、」


「うるせぇぇよ!」


 智也は息を荒げながら、悔しそうに拳を地に打ち付けた。

 限界の様に、歯嚙みし叫び、啜り泣いていた。


「...」


 その姿に、碧斗は言葉を失った。いや、かける言葉が、見つからなかったのだ。すると、智也の背後から愛梨(あいり)が現れ、彼の背中に手をやった。


「...弱ってるけど、殺るの?」


神崎(かんざき)さん、」


 愛梨の言葉を聞き流す智也の目の前で、碧斗は彼女の名を呟き退く。


「殺らないなら、見つかったらヤバい。私の能力的にも一回距離を取ってーー」


「うるせぇ!」


「「「!」」」


 その場の皆が、その叫びにハッとした。すると、その空気感を察したのか、智也は一度大きく息をしてゆっくりと立ち上がる。


「...悪い。今のは、、俺のせい。八つ当たりだ、、すまない。...そうだな、見つけたからには対抗しないと」


 智也は、未だボーッとした様子で碧斗を見つめ向かう。

 だが、それに気づいた愛梨が割って入る。


「ねぇ、待って。大丈夫?その状態で」


「どの状態だよ!」


「...」


 愛梨の言葉に声を荒げると、お互いがお互いを見つめ、息を零す。

 そうする事数秒。智也は何か覚悟が決まったのか、目つきを変えて碧斗に向き直る。


「...大丈夫?」


「おう。悪いな、、ちょっと気が荒くなったみたいだ。でも、もう大丈夫」


 智也は、そこまで告げると、愛梨に顔だけで振り返り伝える。


「愛梨。頼む、俺が碧斗を相手する。だから、愛梨は円城寺樹音(えんじょうじみきと)や水篠沙耶(さや)の方を頼みたいんだ」


「...」


 愛梨は無言で彼を睨む。どうやら、何か思う節がある様だ。だが、智也は頼むと。有無を言わさぬ形相と言葉で、愛梨を渋々この場から立ち去らせる。

 その際、愛梨は智也を一瞥して、大きなため息を吐いたが、何も言わずこの場を後にした。


「...どういうつもりだ、?」


 碧斗に向かう智也に、その発言の意味を問う。すると、智也は目の前で構える碧斗を通り過ぎーー


 ーー大翔に向かって歩みを進めた。


「っ!?まさか、もう動かないからって卑怯なっ」


「ちげぇよ!」


「っ!」


 智也が声を荒げて碧斗の言葉を止めると同時に、大翔の前にマーストが割って入る。


「やめて下さい。...この方には、手を出させません」


「...お前、使用人だろ?」


「はい。それが、どうかされましたか?」


「...しかも、碧斗の」


「ええ」


 智也の威圧を感じる物言いにも、マーストは負けじと強く返す。


「なんでこいつを守るんだ?勇者様だからか?それだったら、俺もなんだけどね」


「違います。...(たちばな)様は、碧斗様の大切な友人です」


「だったらなんだ?」


「碧斗様は私の、担当の勇者様でも、仕える転生者でもございません。碧斗様は私の」


 そこまで強く言うと、マーストは間を開けて強い相貌と声音で放つ。


「大切な友人です!大切な友人様の友人様は、私にとっても大切な存在です!仲間です!そんな大切な人に、立場は関係ございません!」


「っ!」


「...」


 必死に声を上げて、マーストは彼を大翔から遠ざけようと前に踏み出す。それに、碧斗が目を剥き、智也は睨む様に彼を見つめ大きく息を吐く。以前大翔に告げられた、言葉を思い返しながら。


「そうか」


 表情を曇らせ大翔を見つめる智也。馬鹿で自己中で。あの時も恐らく自身を守るために放った言葉だったのかもしれない。智也を納得させるために、寄り添ったフリをしただけかもしれない。

 だが、それでも彼は馬鹿で。何よりも、真っ直ぐだった。だからこそ、それが自身らの保安のためであろうとも、本音が混じっていたと確信出来るのだ。


「...智也君、」


 ただ大翔を見つめ、思い詰めた様な表情を浮かべる智也を目にし、碧斗は不思議と前に出るマーストを庇おうとも、止めようともしなかった。それは、マーストのその言葉が嬉しかったがために体が動かなかった。というのもあったが、それよりも。

 今の智也がマーストを殺すとは、思えなかったからだ。

 すると、智也は改めて口を開く。


「分かった、悪いようにはしない。だから、大翔を見させてくれ」


「...そんなお言葉を、安易に信じると思われますか、?」


 マーストは怪訝な表情を浮かべ、そう放つがしかし、智也はため息と共に頭に手をやり声を上げた。


「はぁ〜っ!そんな事言ってる場合じゃねーだろ。さっさと退()いてくれ。命の危機なんだろ?」


「...」


「マースト。...退いて、、やってくれないか、?」


 智也の説得にも動こうとしないマーストに、碧斗は表情を曇らせながらもお願いする。すると、それに「し、承知、しました」と。不本意ながらも退くと、智也はしゃがんで大翔の脈を測った。


「...確かに、、死んでるな」


「っ!そんな、そんな事を確認して言うためにっ」


 碧斗はその行動と言葉に、智也に対し詰め寄ろうとした。が、智也は真剣な表情で続ける。


「いつ頃だ?こいつが息を引き取ったのは」


「っ、、そんな事聞いて、どうする、?」


「いいから聞かせてくれ」


 何か考えがあると。智也の事だから何かあるかもしれないと。そう信じていたために、碧斗は現実を淡々と口にするだけの智也に憤りを僅かに感じた。

 だが、これも何かの糸口となるのだろうかと。

 悪用されるとは思えないと判断した碧斗は、憤怒の表情を露わにしながらも記憶にあったそれをぶっきらぼうに口にした。


「俺がこっちに飛ばされた時。数分前には、まだ少し肩が動いてた気がする」


「...息をしてたって事か」


「...これに、何か意味があるのか?」


 耐えきれなくなった碧斗は、少しの怒りと共にそう放つ。と、智也は立ち上がると、マーストに向き直る。


「...とりあえず、貴方は帰った方がいい。ここは戦場のど真ん中だからな」


 自身を立ち去らせようとしていると。そう感じたマーストは頑なにそれを拒否したものの、それは碧斗の願いでもあったため、自身から直接交渉し、彼にはこの場から離れてもらった。


「...よし。それで、何か思いついたのか?それとも、一対一で、、か?」


 この場から立ち去るマーストを見届けたのち、碧斗はそう切り出した。すると、智也は確認を含めて呟き、始める。


「とりま、数分前にはまだ息があったって事でいいかな?」


「俺が質問したんだが、、まあいいか。ああ、彼の能力は力。智也君も知ってると思うが、その能力は体全ての機能の向上。つまり、筋力だけじゃ無くて体内の細胞に至るまでも強化されるって事だ。だから、普通ならば即死であっても、この状態のまま生き長らえた可能性は高いな、」


 それのせいで、更に苦しむ結果となったが、と。

 碧斗は歯嚙みし目を逸らしたが、そんな彼に向かって智也は手を胸の前に、手の甲をこちらに向けた状態で。まるで手術をする様な手つきをして振り返ると、真剣な様子で放った。


「なら、なんとかなるかもしれない」


「は、?」


 突然の言葉に、碧斗は威圧を込め聞き返す。


ーなんとかなる?もう大翔君には息が無いんだぞ、?それなのに、、何がー


「っ」


 碧斗はそう脳内で呟いたのち、何かを察して目を剥く。すると、どうやら予想は当たっていた様で、智也は手から電気を放ちながら手を擦り、碧斗に告げた。


「今から蘇生作業を行う。俺自身が、除細動器になってやるよ」


             ☆


「ぐふぉ、」


 壁に打ち付けられてぐったりとする美里(みさと)は、その声と共に口から血を吐き出した。


「はぁ、はぁ」


「まだそういう目をしてくれるのね。私、そういう顔をしてくれる子の方が好きだわぁ」


 フフフと。上品に笑いながら美里に近づく美弥子(みやこ)。そんな彼女を前に、美里は食いしばって立ち上がる。


伊賀橋(いがはし)君達は、、何やってるの、?早くしてくれないと、正直限界ー


 薄れた意識の中、美里はいつまでも迎えの来ない碧斗達に文句を垂れた。

 あれから数十分。美弥子の水圧で吹き飛ばされ、圧力を高めた集中噴射で体の至る所を掠って小さな穴を空けられていた。既に、限界だった。

 作戦では、美里が美弥子を止め、その間に碧斗と樹音が大翔の回収と乱入者の排除。一定の時間が過ぎれば、智樹(ともき)は勝手に部屋に戻ると予想されるため、それまでお互いただ耐え続ける。

 それが、最後の作戦であった。筈なのだが、いつまで経っても終わる気配が無い。

 確かに、この作戦には考えられてない点が目立っていた。智樹が部屋に戻ったとして、乱入して来ていた人が、今度は対立する存在となるのでは無いかという不安と、智樹が戻らなかった際のリカバリー方法。その全てが、この作戦には欠けていた。


「クッ」


「いいわぁ、その辛いのに相手に悟られない様に意地を張ってる表情、、素敵だわ」


 うっとりと美里を見つめながら、攻撃を続ける。

 長時間の激戦故に、反射神経は衰え、動きも鈍っていた。そのため、美里は無抵抗に攻撃を受け続ける。

 が、その時。


相原(あいはら)様」


「っ」


 突如、通路の奥から、マーストの声が響く。

 それに、とうとう時間が来たかと、安堵しかけたが、しかし。


「少し。いえ、とても予想外の事が起きました」


「え」


 美里は、美弥子に地下室の存在を知られまいと、小さく返す。

 すると、マーストは返事はいりませんと前置きすると、先程碧斗達の方で起こった出来事。大翔の状態や碧斗の様子、智也の事や、そして何かを受けたであろう沙耶の事も。全てを伝えた。

 すると、それを耳にした美里はふと中庭の奥。美弥子に悟られまいと視線を向けない様にしてきた三棟へと視線を向ける。

 と、そこには、沙耶の姿と、智樹の姿。それぞれがあった。


「っ!」


 思わず美里は目を剥く。

 それは、智樹と沙耶が近寄り、何やら催眠の様なものを受けているから。では無く、智樹が沙耶に与える様に手に持ったその植物。

 草から、大きな花弁をした、長い花が地上に向かって垂れ下がっている、薄くて黄色い可愛らしい花。

 その見た目は、間違い無いと。美里は眉間にシワを寄せ呟いた。


「...エンジェル、、トランペット、」


「おやぁ?駄目ですよ。よそ見しちゃっ!」


「ぐふぁっ!」


 美里はその隙を突かれ、美弥子の攻撃を受ける。

 それに、ハッとし駆けつけようとしたマーストだったが、来ては駄目だと。美里は僅かに彼を一瞥し目で告げる。すると。


「向こうが気になります?」


「...そりゃあ、ね」


 対する美弥子が、中庭の方へと視線を向けていた美里にそう見下す様に問い、乾いた笑みを返す。

 どうやら、これはマーストにあの植物の事を話し、伝えに行ってもらわないといけないと。そう目つきを変えたものの、どうやって彼女を撒こうかと。辺りを見渡し思考を巡らせる。

 と、その瞬間。


「またよそ見ですかぁ?そんな事ばかりしているとーーっ!?」


「「!?」」


 中庭で、轟音が鳴り響き王城内に駆け巡る。


「嘘、」


 そこには、その音の正体であるもの。そう、中庭の中央に、巨大な岩が建っていた。


「はははっ、そうだっ!もっと、君はもう少し素直になった方がいい!」


 智樹が笑い、その岩に向けて歓声の声を上げた。その正体は恐らく沙耶だろう。姿自体は見えなかったが、少なくとも普段の沙耶では無い事は理解出来た。

 と、それに注視している中、美里はハッと目を見開く。観察しなければならない現場ではあるが、こんな事をしている場合では無いと。

 そう思うと共に、隣でそれに目を向ける美弥子を確認して、美里は今しか無いと。突如ーー


 ーー地下室へと走り出した。


「っ!」


 それに気づき、追いかけようとする美弥子だったが、次の瞬間。


「くっ!?」


 廊下の奥。暗くてよく見えなかったその先から、目を塞ぎたくなるほどの光が辺りを覆う。

 それに目を眩ました美弥子は、数秒間目を瞬かせて前を向いた時には既に、美里の姿は無かった。

 彼女も、同じ学生だった転生者である。確かに、智樹と平然と話すその(さま)は、異様ではあったものの、彼までの異質さは感じなかった。

 それ故に、美里は向こうに視線を向けるだろうと。そう確信したのだ。


「はぁ、はぁ、、あ、ありがとう、ございます」


「いえ、ご無事で何よりです」


 息を切らし地下室へ到達した美里は、逃走の際に光の魔石で援護をしてくれたマーストに感謝を口にした。

 すると、直ぐに美里は意識を変えて、足を踏み出す。


「とりあえず今は時間がない。伊賀橋君のところへ、行きましょう」


 真剣な表情で振り返り促す美里に、マーストは同じく力強くも微笑んで頷くのだった。


          ☆


「ぐはっ!はぁ!はっ、はぁ!」


「...どうして、、助けてくれるんだ?」


 目の前で荒い息を零す智也に、碧斗は小さく切り出した。


「あ、、あ?いや、、大将には碧斗の捕獲意外の命令は受けてない。...つまり、碧斗意外の奴は助けても問題無いって事だろ」


 先程まではそんな様子には見えなかったと。碧斗は言葉にはせずに首を傾げたが、直後。


「って、大将に言うわけにもいかねーよなぁ」


 智也は自虐的に笑いながら立ち上がった。


「大翔は奇跡的に心肺が回復した。今魔石を使えば間に合う」


「あ、ありがとう、、いや、それよりも」


「俺は、もう行くよ。長く居ると問題視されるからな。俺に下された命令は碧斗の監視。ここで殺す事はしなくていい。...愛梨には、それなりの理由をつけて回避するよ」


 淡々と続けて去ろうとする智也に、碧斗は声を上げる。


「ま、待ってくれ。どういう事だ、?さっきから、、いや、ずっとおかしいぞ、?結局、どっちなんだ、?智也君は」


「どっち、、か。どうだろうね。俺は、みんなに嘘ついても、結局自分には嘘つきたくねーよなぁ」


 遠い目をして宙を見上げ、全く答えになっていない回答を放つ智也に、碧斗は表情を曇らせる。

 きっと、智也は何か重いものを背負っているのだろうと。大将という存在が、何故そこまで大きく、自分の気持ちがごちゃごちゃになる様な環境となってしまったのか。それに関しては何一つとして理解できなかったが、不思議とそれに関して問い正そうとはしなかった。だがきっと、訊いても教えてはくれないだろう。

 碧斗はそう察して、目つきを変え、そんな分かった様な言葉を口にした。


「...どんな環境でも、自分を、自分自身を忘れない様に自身と話をし続けよう、、お互い」


「そうだな。いつか碧斗も、分かる日が来るのかもな」


 それに、歯嚙みしていたのは分かっていた。きっと、今の碧斗には理解出来ない事が絡んでいるのだろう。だからこそ、もっとこの世界の事を。この争いの根幹を。知らなくてはならないと。

 (しん)の言う様に、もっと知らなくてはならないと。そのためにもこんなところでは死ねないと。

 それを思いながら、碧斗は改めて、あえて智也に感謝を放った。


「ありがとう」


            ☆


 廊下を、音を響かせながら走る。

 カツカツと、一定のリズムを刻み、前へ前へと。地下の通路を、一刻も早く向かおうとただ一心に進む。

 すると。


「「「っ!」」」


 曲がり角。美里と碧斗は鉢合わせ、驚きに後退る。


「あ、相原さん!」


「い、伊賀橋君っ」


「碧斗様、ご無事だったのですね、」


 それぞれが、目を丸くし見回す。そんなマーストの安堵の言葉に、碧斗は「ああ」と優しく返すと、それどころでは無いと。皆に先程の出来事を告げる。


「助けて、、下さったのですか、?」


「そ、それよりも、それが本当なら早く回復しないとじゃない?」


 マーストが智也の行動に神妙な表情を浮かべると、美里が割って入る。そう。力のない碧斗は、大翔を運べる筈も無く、先程の場所に横になったままなのだ。

 その美里の提案に、一同が頷くと、皆で大翔の元へと向かった。


「これで、、治療は完了しました。...少し、かかると思いますが、」


「ああ、ありがとう。十分だ」


 あれから数分後。大翔に回復を施した一同は、彼を地下室へと運び、安堵した。

 すると、そんな大翔の姿を見つめながら、美里は目を細め、顎に手をやり口を開いた。


「ねぇ、水篠ちゃんのあれ、、見た、?」


「え?あ、ああ」


 美里の唐突な質問に頷き返すと、彼女は更に続けた。


「多分、水篠ちゃんがああなった理由はあれ、エンジェルトランペット。その中にあるスコポラミンって成分が、精神に影響を与えるの。実際に、それを精製して犯罪に使用した事例がある」


「エンジェル、、トランペット、?それって、植物の事、?」


「そう。多分、あいつは植物を生成する時、成分も変えられた筈だから、あの中のスコポラミンの量も調整出来たみたいね、」


 美里は、そうバツが悪そうに目を逸らす。その反応で、おおよその予想はついたが、碧斗は怖くも恐る恐る問う。


「それは、、治らないのか、?」


「治らない事はないだろうけど、精神的なものだから、」


「少なくとも回復の魔石では行えません。...かなりの時間を要するでしょうね、」


 皆に続いて、マーストも表情を曇らせ呟く。それに、その場の一同には沈黙が訪れたものの、こうしている間にも樹音と沙耶は苦しんでいるのだ、と。

 碧斗は思い立った。


「こんな先の見えない事に悩んでても仕方ない。とりあえず、上で確認しよう。そうしたら、何か、、何か新たな発見があるかもしれない」


 自信はなさげだったが、行動しなければ始まらないのは事実である。そのため、マーストは強く頷き碧斗と共に足を踏み出したが、その瞬間。


「ねぇ。ちょっと待って」


「え、?」


 美里が、突然碧斗を呼び止める。

 すると、少し考える素振りをしたのち、悶々と一人頷いて顔を上げる。


「私に、、考えがあるの」


「えっ、それって、」


「残念だけど、水篠ちゃんの回復に関しては思い浮かばなかった、、でも、あいつを倒す方法なら」


 美里はそこまで皆に伝えると、碧斗に詰め寄り、作戦を耳打ちする。先程の事もあり、しっかりとした作戦無しに攻めるのは嫌だという事なのだろう。

 が、その内容を耳にした瞬間。


「っ!そ、そんな事したらっ」


 それに、碧斗は大きく動揺し美里を見つめる。その様子に首を傾げるマーストを他所に、美里は目つきを変えて頷いた。


「大丈夫。...このくらいしないと、、きっとあいつには勝てない」


 美里の力強い言葉に、碧斗は「で、でも、そしたら相原さんが、」と、冷や汗を流して震えた手を握りしめたが。少し悩んだのち、顔を上げて同じく美里に詰め寄った。


「分かった。でも、俺にも考えがある。少し、それを聞いて、その上で考えてくれないかな、?」


「っ」


 それに目を剥く美里に、碧斗はその作戦概要を返す様に。同じく耳打ちするのだった。


             ☆


 美里に作戦を言い終わった碧斗は、一度皆と別行動をする事を決め、静かに地上へと足を進めた。


「クッ、うおっ」


 碧斗は、地上に続く重たい扉を持ち上げ、地下室から顔を出す。

 が、その先。


 その地上に広がっていた光景はーー


「な、、なんだよ、、これ、」


 王城を超える程巨大な、人の胸から上の形をした岩の集合体が中庭に聳え立つ、地獄絵図だった。

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