16. 案内
「聞きにいくか」
自分で言ってしまった事であり、自業自得なのだが転生者とすらまともに話せない碧斗が見ず知らずの異世界人、しかもお客。に話し出せる訳がなく、気絶したかのように立ち尽くす。
「い、伊賀橋君、?無理しなくて大丈夫、だよ?」
そうは言ってくれたものの、碧斗よりも沙耶の方が話すことが出来ないだろうし、だからといってここまでお世話になったマーストにこれ以上負担をかけるわけにもいかなかった。つまり、自分が話さなければならないのだ。と
そう決意を固めた碧斗。だったが、1人で珈琲のようなものを飲んでいる男性に話しかけようと試みるも、目の前まで行って回れ右をする。
結局戻って来てしまった。
「お帰りなさいませ」
「おう、、」
マーストが笑いを堪えて言った。対する沙耶は少し笑いそうになっているものの、心配そうな顔で碧斗を見つめる。すると、
「えっ!?もしかして、あなた方は、ゆ、勇者様!?」
3人程で集まって食事をしていた人達の1人が驚いたように言う。内心助かったと安堵する碧斗。"話しかける"事は出来ないが、"話しかけられれば話す"事は出来る。
ただ単に人の空間に入っていくのが苦手なだけであり、話すこと自体に苦手意識があるわけではないのだ。
「はい。こちらは14人目の勇者、伊賀橋碧斗様。そして、こちらは5人目の勇者の水篠様でごさいます」
「お、おお、なんか王族になった気分だ」
「あ、いや、ど、どうも、です、」
そんな堂々と紹介するものだから、注目を浴びる碧斗達。沙耶は恥ずかしそうに俯いた。
「な、なんでこんなところに居るのですか?」
「こんなとことはなんだ!この店がそこそこ名が知れた場所になったと言う事だろう!」
1人の男性が言うと、奥にいたこの店のシェフらしき人が現れた。
「実はこの世界の事を知りたくて、」
店全体の人が見ているこの瞬間を利用して、全体に質問をする事にした。
「この世界?どういう事だ?」
「おそらく勇者様は転生されたと聞いたから、ここの事がわからないのでは、?」
「でも、だからってこの店に?」
店の中がざわめき始める。住民の理解が追いついていないようだった。そこに助け舟を出すべく、マーストが割って入る。
「勇者様は転生されたので、この世界の事を理解せずにいます。簡単な事でも良いので、自分の持っている情報を話してくれるとありがたいです」
「そしたら、貴方が説明すれば良いじゃんか」
「確かに、こんな住民に聞くよりよっぽど知識持ってそうだけど」
その場の人達が口々にそう言う。だが、とマースト。
「私もその気持ちは十分にございますが、国王様に仕えている私共は、最低限のみの解説をと命じておられます。ですので、皆様方のご協力が必要なのです」
「な、なんか、難しい事言っててよく分からなかったが、街の説明だけでも違うのか?」
先程の男性が言う。その言葉に表情を明るくし、碧斗が答える。
「あ、はい!少しの情報でも良いので、お願いします!」
その知ろうとする心持ちと、初めて職場に配属された時の様な謙虚な姿にその場の人は笑って応じる。
「おう!任せろ。この辺は俺の庭みたいなもんだからな」
「お前だけの庭じゃねーぞー」
なんだか賑やかな人達に囲まれてしまっていたが、この世界の事を教えてくれるとのことだったので笑顔で対応する碧斗達だった。
☆
「で、ここがギルドハウスだ」
9時に家を出た筈だったが、今では昼を超え、1時になっていた。情報提供がいつの間にかツアーのようなものに変更されていた。
「な、なんだ?ギルドって、」
「な、なんか、、ゲーム、?とかで、聞いた事あるような、」
ー最近のゲームはそんな言葉が使われているのかー
知っているゲーム単語はBダッシュくらいしかない碧斗は、専門的な言葉には疎いのだった。
「まあ、今の俺たちには関係なさそうな場所だな」
そう言って碧斗は嘆息した。
「施設の案内はこれで最後となります」
横からマーストが言う。
「そうか、にしても随分と小さい街だな。あ、別に悪い意味じゃないからな!?」
少し失礼な事を口走ってしまい、慌てて修正する碧斗。
3時間程かかったものの、1日もかからずに街の施設を回る事が出来たという事はそれほど大きい街とは言えない場所だった。
「確かに小さいが、必要なもんは全部揃ってるぜ!小さい街なだけに魔物も来にくいしな!」
「なるほど。だから、この安全地帯に王城を建てたのか」
どうりで王城があるのにも関わらず小さい訳だ。
それからと言うもの、この世界の通貨や、仕事、歴史などを教えてもらったが、情報と言うほどの話は出てこなかった。
だが、生きていく上での必要な事は大体理解し、お金の単位も理解する事が出来たので、収穫が無かったわけでもない。
それでも、と碧斗。
「修也君がなんであんな風になったのか分からないな」
肝心な話は何も解決していないのだ。
「そうですね、、この世界の異変が原因では無いのではないですか?」
ツアーを終え、広場で西日を浴びながらじゃれ合う子供達をぼーっと眺めながらベンチに座る3人。
「うーん。まあ、そうかもな、、でも何かしらあったとしか思えないんだがな」
碧斗には1つの疑問が浮かび始める。
ー本当に、最初から俺らを殺そうとしていたのか?ー
最初は修也も一緒に訓練などをしていたのだ。確かに能力の制御の為や、能力把握のためだと言われたらそうかも知れないが、しかし、それでも思考が読めないのだ。初めて碧斗と会話した時には「死なないように頑張れよ」と言っていたのだ。元から殺害しようと考えていたのならそんな事言うだろうか。
後は、本当に狂人だとしか思えない。
そんな訝しい点を振り払い、新たな案を練る。
「マーストは何も知らないんだよな?」
「はい。誠に申し訳ございませんが、私は碧斗様の事しか話されていないので、、お役に立てずにすみません」
「ああ!いや、全然。責めようとした訳じゃないんだ。ただ確認で、」
慌てて碧斗が訂正すると、隣に座っていた沙耶も同じ様に慌てて手を振った。すると、碧斗には1つの考えが浮かぶ。
「そういえば、、修也君にもお付きの人がいるんだよな、?」
「はい。転生者には全員に1人ずついますが」
突然の質問に首を傾げるマーストと沙耶。その言葉を聞いた碧斗は少し不気味な笑みを作る。まるで子供が悪戯を思いついた時のように。
「じゃあ、その人のところに行こう。何か分かるかもしれない」
「なっ、なるほどっ。マーストさんみたいに担当の人の事は色々知ってるかも、だもんね!」
沙耶の顔がぱあっと明るくなる。その通りだ、マーストは碧斗の考えや行動に至るまで全てを想像出来るほどに相手を理解している。あの気持ち悪い程の的確な考えが全ての付き添い人共通ならば、あるいは。
修也の行き先、行動、思考などを考察出来るのではないだろうかと。
「流石です、碧斗様。頭が冴えますね」
マーストも考えに気づいたように優しく微笑む。そんな笑顔に碧斗も笑いかけ、王城に向き返り、真剣な眼差しを送る。
「早速行くぞ。1日はまだまだあるからな」
そう誰に言うでもなく呟くと、2人を連れて修也のお付きの人が居るであろう王城に足を運ぶ碧斗達だった。
☆
その頃王城では、碧斗達の逃亡により危機的状況に陥っていた。
「失礼します。国王様」
兵士が3人ほどで王室に入る。
「おそらく"あの件"だろう?」
国王はポツリと言った。兵士達も察したのか、バツが悪そうに俯き、頷く。その様子を見て国王はため息混じりに言葉を吐いた。
「まさか、転生者同士で争い始めるとは、、魔王を倒す為に多くの者を転生させたのが裏目に出たか、」
国王は窓の外を眺めながら、遠い目をして言う。その背後で兵士がすかさず割って入る。
「止めさせましょうか」
「いや、相手は転生者だ。我々が束になって敵う相手だとは思えん」
それに、と付け加え「勇者様を"こちら側"が傷つけるわけにはいかない」と唸るように言った。
「そう、、ですよね、」
静かに王室に声が響く。すると、国王は仕方ないといった様子でぼやくように言った。
「様子を見ましょう。この争いが終わる時まで」
到底この戦いが終わる気はしないが、国王から何かを言っても現状が覆るとは思えなかった。随分と問題児が集まってしまった様だ。不吉な予感を感じながら、国王は対策を考えるのであった。それが無駄だと分かっていながら。
「では、私達は監視をして参ります」
「不審な者や、"あの勇者様"が来たら報告頼むぞ」
「「「はい」」」
そう言うと、3人の兵士は部屋を出て行く。その姿を見届けながら、国王は静かに呟いた。
「だが、どうして同年代の若者達が集まったのだろうか」
☆
目につかない路地裏を歩く1人の男がいる。昼間だというのに薄暗く、姿を隠すには良い場所だ。
「何しようとしてんの?」
人から隠れる為この場所を選び、歩ってきたのだが、見当違いだった様だ。聴き慣れたその声に渋々男は足を止める。
「なんだよ。理穂」
「質問したのこっちなんだけど?修也」
修也の言葉に冷静な声色で呟く赤色で、結んだ髪が目立つ女子、理穂は言った。
「はぁ。よくこの場所が分かったな。超能力者か」
「あんたの考える事くらい察しがつくわ。人目のつかない路地裏を選ぶなんて、、逆に見つけて欲しかったみたいだけど?」
「んなわけないだろ。てか、勝手になんでも知ってる風に言うなよ」
修也がそう小さく言うと、それよりも小さく理穂が
「何ヶ月も一緒にいればわかるよ」
と呟いた。
「まあ、なんでもいいけどよ。邪魔だけはすんなよ。お前はあそこら辺の平和ボケした連中とは違うとは思うけどよ、それでもついて来るんじゃねーぞ」
「はぁ、何聞いても無駄みたいね。じゃあ私の方から1つだけ」
理穂が言った言葉にずっと前を向いていた修也が振り返る。
「なんだ」
「水篠さんがあんたのこと庇ってる。そのせいでみんなに狙われてるみたいだけど」
「なっ」
一瞬驚愕の色を見せたが、すぐに取り繕うように舌打ちをする。
「それと、その水篠さんを守るために、伊賀橋碧斗とか言うモヤっぽい奴もあんたを庇ってる」
「は!?あの最弱がか、?」
今度は驚きを隠せない様子の修也。そんな彼に尚も理穂は責めよる。
「そう。今はあの2人がターゲットになってる。狙われてるのはあんただけじゃ無いって事だけは覚えといて」
最後にそう言うと、暗闇の中に消えていった理穂。それと同時に今まで薄暗かった路地裏が少し明るくなる。その環境の変化の意味に気が付いたかの様にため息混じりに修也は独り言を言う。
「そういえば、あいつの能力は"闇"だったな」
今まで陰っている通りだと思っていたこの暗さは理穂の能力だったのだと悟り、力を抜く。冷静を装いつつも、自分以外に目をつけられている事実に動揺する修也。
ーこれからどうするか、、だなー
そんな感情を抑える様に不気味な笑みで路地裏の奥に消えていくのだった。




