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殺し合いの独裁者[ディクタチュール]  作者: 加藤裕也
第5章 : 啀み合いと狂気(フォリィ)
159/300

159.邂逅

 音がうるさい。

 少し篭った音だ。鈍い、何かを叩く様な。そんな、衝撃を含んだ音。

 うるさい。

 横たわる自身の耳に、衝撃が地面を伝ってダイレクトに伝わる。

 ゆっくりと目を開けようとすると、そこに広がっていたのは、夕日のオレンジ。

 なんの変哲もない天井が、目の先にはただ存在していたーー



「があああああぁぁぁぁぁっ!?!?」


碧斗(あいと)君っ!どうしっ、、ごはっ!」


 蹲り、もがく碧斗に自身の傷を忘れ、樹音(みきと)はそう声を上げた。


「はぁっ!はぁぁぁっ」


「...え?」


 歯を食い縛り、何かを堪える碧斗を前にした智樹(ともき)は、純粋な疑問を感じ首を傾げた。


「あれで終わりじゃ無いよね?君達なら、もう少し更に凝った事してくると思ったんだけど」


 どうやら、頭に疑問符ばかりが浮かんでいたのは、樹音だけでは無かった様だ。そう呟く智樹は勿論、その奥で目を丸くする美弥子(みやこ)もまた、それは予想外だった様だ。

 それはそうだ。

 その場に居る誰も、彼には何も手を加えていないのだから。


「っ!あ、あいつ、、何やって、、っ!」


 それを遠くから見据えた美里(みさと)は、沙耶(さや)の回復を行いながらギリッと歯嚙みした。


「はぁっ、はぁ、はぁ」


 先程よりも、少し荒々しい呼吸が収まり始めた碧斗だったが、ゆっくりと立ち上がろうとする彼に、智樹は斬り裂かれた左腕を植物でつけ直しながら口を開いた。


「どういうつもり?多分、碧斗君は煙を有害なものに変化させて俺に吸わせる気だったんでしょ?...それを、待ってたのに」


 少し残念そうに、智樹は目を逸らした。

 それに、こちらの思惑を既に察知していた事を理解した碧斗は、思う。

 やはりか、と。

 彼は、既に碧斗が何かを切り札として残しているのを分かっていると。大前提として考えていた。だが、それを理解していても、智樹はその攻撃を"わざと"喰らうだろう。

 それを考えての、作戦だったのだ。

 二重に考え構築された最初で最後の作戦。それが、自分の手によって、失敗に終わったのだ。


「クソッ」


 思わず怒りと悔しさを感じ、地面の土を抉るように強く手を地に置いたまま握りしめた。すると。


「もう無いなら下がって」


「「っ!」」


 智樹は、美弥子との戦闘に集中したいのだろう。先程までは我々が標的であり、部外者である街の人や王城の人は速やかに排除されていた。

 ならば、今はどうだろう。標的が美弥子へと移った今、その部外者はーー


 ーー我々の方だ。


「つまんない。邪魔」


「碧斗君逃げーー」


「クッ」


 樹音はそれを理解し碧斗にそう促す。だが、それを受け入れるわけにはいかないと、自身のせいで引き起こされたそれに、樹音を犠牲にさせるわけにはいかないと。碧斗はそれを無視して立ち上がる。

 すると同じく、それを遠くで見ていた美里もまた、立ち上がり割って入ろうと試みるがしかし。

 距離が遠過ぎると。そう思った時には既に、樹音に向かってその真下から数本、彼を突き刺すために茎が生え始めていた。その間およそ、一秒にも満たない速度。

 間に合わないと。我々を絶望させるのには十分過ぎるものだった。

 が、その矢先。


「おうらっよっ!」


「ブッ」


 二棟から、それに負けない速度で現れた"大翔(ひろと)"は、智樹の顔面を殴り、吹き飛ばす。


「大丈夫か?碧斗、樹音」


「「大翔君、」」


 薄れた意識の中、音速で現れた救世主の名を、掠れた声で呟いた。


「樹音。とりあえずお前は逃げろ。その体じゃもたない」


「っ!...でも」


「いいから行け!」


 少し声を大きくして返した大翔は、そののち「でけー声出させんな」と低く呟くと、それを目の当たりにした美弥子が割って入る。


「おやぁ?まだ足りなかったかしら?また戻ってくるなんて、物好きね」


「ハッ!お前の趣味は否定しねーが、周りを巻き込んで強要させると嫌われるぜ?」


 先程二人で戦闘を行なっていたからか、お互いの反応は、どこか馴染みのある間柄の様だった。

 そんな二人を差し置いて、言われた通りに足を引きずりながら、大翔が現れた二棟の方へと足を進める樹音。

 恐らく、碧斗も大翔と同じ事を言っていた筈だろう。確かに大翔の事が心配ではあるが、それよりも彼の方が深傷である。

 故に碧斗は樹音の援護、及び、作戦を促した方がいいだろう。だが、今の碧斗にはそれが出来なかった。

 先程のここぞという場面での失態による自身を責める気持ちや、不甲斐なさを感じていたからでもあるが、それよりも。

 体が、未だ動かないのだ。

 まるで何か鈍器で殴られたかの様なビリビリと伝う頭痛と全体に広がる鈍痛。脳に与えられたその激痛が、脊髄にまで達し、体が麻痺した様に動かない。

 やはり、今の自分には早かったのだろうか。あの作戦は。(しん)が全てを賭けて行なっていた能力の応用は、碧斗にはまだ早かったのだろうか。そもそも、煙の能力なんかでそんな事が。いや、碧斗なんかに、出来るのだろうか。そんな大それた事を。

 そう思うと。そして、あと少しで勝てた局面であったのも何度も思い返すと。碧斗は悔しさから強く歯を噛み締め自身への憤りを露わにした。

 と、その瞬間。


「大丈夫?」


「あ、、相原(あいはら)、さん」


 その様子を遠くで確認していた美里は、ずっと動かない碧斗を心配し、樹音を助けようと立ち上がった時のまま、駆けつけてくれた様だ。

 すると、立て続けにこちらに詰め寄り、立たせようと碧斗の肩を掴む。

 どうやら、既に碧斗の状態は察している様だ。


「ご、ごめん、、俺が、、あんなに自信持って言ってたのに、」


「今そんな事いいから。謝るなら次の作戦考えて。まだ負けてない。私達の中で誰もまだ死んで無い。次で取り返すって言葉は甘えな気がして好きじゃ無いけど、まだ次が出来る状態だから」


「相原さん、」


 美里はそれを力強く訴えながら、碧斗の腕を持ち上げて肩にかける。


「どう?歩けそう?」


「あ、ああ。ありがとう、相原さん」


 弱々しく感謝を告げる碧斗に、美里は一度自信げに微笑んで鼻を鳴らすと、今の内にと言わんばかりに近かった三棟へと、身を隠すため足を進める。と。


「おやおや?何処に逃げるつもり〜?」


「...」


「はぁ、無視なんて酷いわぁ。貴方も、あの人みたいに素直になればいいのに」


 必死に足を進める美里に対して、大翔を水圧で吹き飛ばし美弥子がニヤケながら声をかける。

 すると、美里はそれがうるさいと言うかの如く形相で歯を食いしばると、足を三棟に向けたまま、彼女に振り返る。


「あんたなんかに、素直になれるわけ無いでしょ?あんたの悪趣味には付き合わないから」


 そう強気で敵対を表した美里に、美弥子は震えながら頬を赤らめる。


「いいわぁ〜。そういう強がりで意地っ張りな子、好きよ。...しかも、そういう人に限って突くと弱いのよねぇ。ふふ、想像するだけで良いわぁ」


 息を荒げて頬に手をやり、一人悶える彼女を横目に、美里は三棟へと到達し足を踏み入れる。

 が。


「あーあ。思い出すなぁ、こんな事されたら、現世での事。これのお陰でもあるからいいけど、流石に飽きたなぁ」


 智樹が叩きつけられた三棟の四階の床で、仰向けになりながら呟くと、瞬間。


「きゃっ!?」


「なっ」


 三棟全ての階層を貫いて、その長く、鋭いトゲのある白い茎が、行手を遮るが如く大量に生える。


「こ、、これは、?」


「...ヒマラヤン・ブラックベリー。見れば分かると思うけど、触れたらひとたまりもない」


美里に寄り添う碧斗は、植物の詳細を彼女に問う。それに、美里は目を細めて告げたのち、沙耶の安否を確認するべく背伸びする。


「んぅ、!...とりあえず、水篠(みずしの)ちゃんは無事みたい、」


「良かった、」


「でも、いつ追撃が来るか分からないし、急いで回収したいん、、だけど」


 恐らく、美里もまた体力の限界が近いのだろう。智樹への決定打となる攻撃以外で、能力の多用は控えたいと。そう思っている事だろう。故に、二人して思考を巡らす。これの突破口を探すために。


 が、刹那。


「ごはぁっ!?」


「っ!?」


 茎の隙間を縫い、碧斗の背に一本の矢が突き刺さる。それに驚愕した美里は、反射的に碧斗を抱き締める様な形で支える。と。


「っ!...あんた」


 パチッと。碧斗の体を伝い、静電気の様な小さな衝撃が美里の手先を襲う。

 それ故に、美里は理解する。これは、愛梨(あいり)による矢の攻撃と、それに宿した電気を碧斗に流す事で成立する戦略。

 そう、パニッシュメントの攻撃であると。

 すると、その答え合わせの如く、美里の前に、ゆっくりと智也(ともや)が現れ口を開く。


「悪いな。邪魔して」


「なんなの、?どういうつもり?前は逃げて、さっきは助けて、そして今は殺そうとしてる。一体何が目的なの?」


「目的?目的なんて一つしかない。俺は、そんなにデカい存在じゃないんでね。大将の命令を受けて行動する。それまでだ」


 智也は、深く息を吐きながらそれを言うと、間を開けて続ける。


「ずっと、大将含め俺達は碧斗達を捕まえる機会を伺ってたんだ。さっきまでは海山(みやま)智樹とお前達の一騎打ちだったからな。決着が付いた後に行くつもりだったんだけど」


「とんだ卑怯者ね」


「なんとでも言えばいいよ。でも、状況が変わった。そこに秋山(あきやま)美弥子という存在が現れ、三つ巴の状態になった。そこで、逃走を図ろうとした碧斗達を引き止めるために回復をやった。どれもこれも、元から目標は変わってない」


「あくまで、、私達の。...いや、伊賀橋(いがはし)君の回収が目的みたいね。それと同時に、私達の殺害」


 荒い息を漏らす碧斗を支えながら、美里は智也に意図を確認する。と、それを受けた智也は、ほんのりと笑みを浮かべて返した。


「酷い言いようだな。ただ、一番碧斗君を回収しやすそうなタイミングが今だっただけなんだよね。だから、大将は今命令したんだ」


 いつもの張り付いたニヤケ面で真相を告げたのち、突如目つきを変え、碧斗と会話をする時の様な表情と声音で小さく放った。


「だから、邪魔しないでよ」


 すると、それが呟かれたと共にーー


「っ!?」


 三棟全体が、愛梨の能力によって大きく爆破した。


            ☆


「はっ、はっ!なんとか、、着いた」


 二棟の内部に到着した樹音もまた、酷い出血及び傷を負っていた。

 それ故に、回復の魔石を皆に託した彼は、一人で別の魔法石を探しに足を引きずり歩みを進めていた。


「はぁっ、はぁっ、早く、、戻らなきゃ」


 大翔との戦闘によってだろう。破壊されていない壁を伝い歩く樹音の耳に、壁一枚を隔てて轟音と衝撃が響く。

 それが鳴る度に、樹音は胸の奥が締め付けられ、安否の不安から手が震えた。

 だが今はそれどころでは無い。自分の身を考えなくてはと、意識を変えるものの、焦りだけが彼を襲った。すると、その時。


「よしっ、、やっとっ、、一棟だ、っ!」


 樹音は、先程碧斗達とやって来た一棟へと足を踏み入れたのち、皆で確認した魔石の倉庫の様なあの部屋を見つけ安堵する。

 どうやら、美弥子の水害や智樹による茎の影響を奇跡的に避けられていた様だ。


「良かった、、とりあえず、あそこに回復の魔石もあった筈、」


 以前碧斗達で侵入した際に回復の魔石があった事を確認していた樹音は、引きずる足を僅かに速めて向かった。

 が、その瞬間。


「ようやく見つけたぞ。円城寺(えんじょうじ)樹音」


「っ!?」


 一人の、爽やかな声でありながら、酷く怒りを感じる声音が廊下に響く。それに驚愕し肩を震わせ、樹音は恐る恐る振り返る。

 と、そこにはーー


「久しぶりだね、樹音君。倉庫で会った時以来かな」


 センター分けで、白に近い金髪の男子。それに負けず劣らずの白い肌をした、「風」の能力者。

 ーーあの時。現在の彼の言った通り、沙耶と二人でいた際に、倉庫に現れた人物だった。


「い、、岩倉(いわくら)君、」


 彼の名は、岩倉拓矢(いわくらたくや)

 樹音とは中学時代からの知り合いである。


「...この世界に来て君と再会した時はびっくりしたよ」


「ま、前も言ったけど、、何の話?」


「とぼけないでよ。そうやって、何も覚えてないって顔して、、いや、、本当に覚えてないのか」


「え、」


「加害者は覚えてないものだもんな!」


 拳を握りしめ、拓矢はそう唸るように叫ぶ。だが、樹音もまた嘘は言っていないのだ。

 ただ拓矢の反応は、樹音が記憶のない部分で彼を傷つけてしまったという事実を理解するには、十分過ぎるものだった。


「ご、ごめん、、話をさせて、、言い訳はしない。岩倉君の言う通りだよ。...覚えてないんだ。少し、話をーー」


「もういい。お前はいっつも他の人と一緒に居るから俺は避けてきたけど、一対一なら気にしなくていいよね」


「えっ」


「この騒ぎだ。ここでやっても大した被害はもう出ない」


 樹音の言葉を遮り、拓矢はそう目つきを変えると、瞬間。


「円城寺樹音。お前を、思い出すまで痛めつける。俺の苦しみを味わえ」


「っ!?」


 恨みを込めた言葉と共に、人が吹き飛ぶ程の暴風が樹音を襲った。


            ☆


「クッ、、はっ、!い、伊賀橋君、!?」


「あ、相原、さん、っ!」


 カラカラと。崩れる程では無かったが、大きく破損した王城の天井からは破片が落ちる。

 愛梨による爆破は、ここまで大きな爆発にならない筈である。

 即ち既に、幾つもの矢を三棟内に刺しておいたのだろう。それが一斉に爆発したと予想できる。


「どう?起きれそう?」


「あ、ああ。なんとか、」


 天井が崩れて落ちた訳では無いものの、爆発を近くで受けた二人は、地に倒れ込みながらお互いの安否を確認した。

 が、そんな隙を与えぬという様に。


「そこで大人しくしてろ」


「「クッ!?」」


 起き上がろうと奮闘する碧斗と美里に、智也は電撃を放った。


ーこの状況でこれはやばい、っ!あいつは伊賀橋君の回収に来ただけで私はどうでもいい。だから、今この茎が動く中で動けなくさせられると、っー


 美里は脳内でそう考え、冷や汗を流す。

 彼、智也は、碧斗の回収に拘っていた。恐らく、それは大将。つまり涼太(りょうた)による指示によってのものなのが予想出来る。涼太が碧斗に拘る理由は分からないが。

 そして、我々が今倒れ込むこの三棟には、上の智樹が操る茎や植物が蠢いているのだ。そんな中で倒れていたら、ひとたまりも無いだろう。即ち自身だけがここで殺される可能性が高いと。美里はそう考察し、慌てて碧斗に振り向いた。


「クッ」


 どうやら、碧斗もそれに気づいた様だ。目を細め、険しい表情で美里に視線を返す。

 どうする。

 美里は早まる鼓動を抑えて必死に冷静を装った。だが、そんな事はお構い無しと。無慈悲にも智也はこちらに向かう。

 どうやら覚悟するしかないと。美里は大きく息をし、目を瞑った。がしかし。


「絶対終わらせない」


「っ!」


 碧斗の一声が、真っ暗な空間で覚悟を決め、この世界に別れを告げようとしていた美里に光として割って入った。

 それにハッと意識を戻し目を見開くと、その場一帯にはーー


 ーー大量の煙が放出されていた。


「だ、大丈夫なの?」


「う、うん。なんでかは分からないが、、やっぱり目眩がするのはあの新技をしようとした時だけみたいだ」


「そ、そう、」


 辺りが白く。黒く染まる中、美里は不安げに碧斗に詰め寄ったが、その返事に動揺を見せながら目を逸らした。


「この場に及んでもそれか。碧斗。もう、諦めろ。碧斗のスクワットは全落ちだ」


 僅かな呆れを見せながら、智也は頭に手をやる。が。


「どう、、かなっ!?」


「ブッ!?」


 碧斗が起き上がりながらそう掛け声の如く上げると、刹那。

 智也の体に、ヒマラヤン・ブラックベリーの茎が掠る。


「があああああああああぁぁぁぁっ!」


 あの見た目だ。あれが肌に掠ればどれ程の激痛が与えられるか。想像しただけでも体が硬直する。

 それを予想しながら、碧斗は智也に対し謝罪を脳内で告げると、歯を食いしばって目を逸らし、立ち上がる。


「え?」


 美里が怪訝に振り返る。


「あんた、、起きれるわけ、?」


「なん、とか、ね。ほとんど意地だ。...と、言いたいところだけど、多分相原さんよりも場所が良くて、ちゃんと電気が伝わらなかったんだろう」


「な、なるほどね」


 美里は少し拍子抜けした様に息を吐くと、それどころでは無いと。今度は碧斗が美里に詰める。


「それはとりあえずもうどうでもいい!相原さん、今の内に早く逃げるよ!」


「へっ!?あ、う、うぅ、ん」


 碧斗は、先程の恩返しだと言う様に。先程とは逆に碧斗が美里を支えて起き上がらせる。

 それに、美里は触れた感覚と、触られた事に対して声を漏らしたものの、直ぐに目つきを戻して震える体を必死に起き上がらせる。

 が、その時。


「っ!あ、危ないっ!?」


 目の前から茎が近づく事に気づき、碧斗は反射的に美里の頭を下げさせる。


「いっ、、あ、ありがとう」


「い、痛かった!?ごめん」


「別に、、それは、いいけど」


 慌てる碧斗に対し、美里は支えられる側となった事で距離の近さに気づき、目を逸らす。

 と、その矢先。


「ねぇ、もう終わらせていい?面倒くさいから」


「ごはっ、、い、いっ、、ぞ!」


「やった!じゃあ、お疲れ〜ッ!」


「「っ!?」」


 突如、上空から声が聞こえ、碧斗と美里は冷や汗混じりに上を見上げる。

 この声は、よく聞く声だ。

 薄れ始めた煙の間から覗くその人物。その位置や服装、髪色。間違いない。


 清宮奈帆(せいみやなほ)だ。


「マズっ!?」


「バイバーイッ!」


 反射的に叫ぶと同時。大きく広げた翼から、その場全体に、大量の羽根を放った。

 それに諦めを感じながら、碧斗は美里だけは助けるとその範囲の外に突き飛ばそうとする。と、その時。

 煙が薄れ露わになったその先。先程まで沙耶が倒れていた筈の場所に、彼女が居ない事に気づき険しい表情を浮かべる。

 みんなだけは。助かって欲しかったのにと。

 そんな負の想像しか出来ずに、絶望に顔を歪めたまま、碧斗はその大量の羽根を、その身で受けたのだった。


            ☆


「クッ、、う、うう」


 頭が痛い。世界が歪む。

 だが、不思議だ。痛みは煙の能力によるものと同じく内側からのみであり、羽根を受けた筈だというのに体への直接的な痛みは存在していなかった。

 それに違和感を感じたと共に、遠くから羽根がこちらに向かう。さっきまで眼前に迫っていた筈だというのに。見間違いだったのだろうか。そんな事を考えている内に、同じく目の前。

 肌に触れるまで一秒ともかからない程の距離に、羽根は近づいた。


「う、、う、うわぁぁぁぁっ!」


「...」


「...て、」


 羽根に打たれた筈だ。

 その筈だというのに、目を反射的に開けたその先は。

 とある一室であった。

 橙色の、暖色の電気に照らされた、木材に見える壁。石が敷き詰められた様な地面と、奥には鉄で出来た檻が見える。

 それはまるで中世の牢獄の様であった。

 打たれた筈の自分がこんな場所に居る事にも驚いたが、目の前でジト目を向ける美里に驚愕した。


「えっ、、あ、その、どこだ、ここ?」


「...うっさい。あんた、普通に起きれないわけ?」


「仕方ないだろ、、こんな、意味分かんないし」


「やっぱり、、伊賀橋君、気失ったんだ」


 呆れに息を吐きながらも、どこか愛おしく小さく笑って、美里は放つ。

 意味が分からない。

 更に、分からなくなった。

 疑問符を頭に浮かべる碧斗の反応に、美里は察したのか一度息を吐くと、一呼吸空けて短く伝える。


「...後ろ」


「え?」


 どうやら自身はベッドの上に居た様だ。これは、囚人用だろうか。いや、今は関係ないだろう。碧斗はベッドの上で体の向きを変えると、背後にはーー


「お久しぶりでございます」


「っ!」


 予想外の人物に目を剥く。

 恐怖で無い感情で、手が震え唇が震え、目の奥が熱くなる。


「あ、ああ」


 涙が出そうになる瞳を、一度擦ったのち、深く息を吐いてそう微笑んで返す。


「久しぶり」


「お待ちしておりました。碧斗様」

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