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殺し合いの独裁者[ディクタチュール]  作者: 加藤裕也
第5章 : 啀み合いと狂気(フォリィ)
156/301

156. 想定外

「なんて、、言いました、?」


 聞き間違いであると。

 そう思いたかった提案に、智也(ともや)は動揺混じりに訊き返す。対する涼太(りょうた)は、少し苛立ちを見せながらも答える。


「あ?聞こえてなかったか?どっちかがどっちかに勝った時。それは戦闘後なため戦う体力は大幅に減少しているだろう。それまで見張って、その時がきたら教えろ。俺はそう、お前に銘じたんだ」


 何度も言わせるなと、そんな威圧感を露わにしながら、涼太は頭に手をやり放った。

 そんな態度に、思わず体に力が入ったのを感じた。


「...俺が、、ですか?」


 小さく、独り言の様な声量で呟くと、それを聴き逃さなかった涼太は智也に近づき問う。


「出来ないって。そう言いたいのか?」


 眼前に顔を持ってきての発言に、智也は一瞬動揺を見せたものの、歯軋りして首を横に振った。


「ならいい。頼んだぞ」


 その態度に、涼太は真顔のまま頷いたのち、踵を返す。と、直ぐさま彼は上を向き、少し声を張り上げる。


「おい!愛梨(あいり)、もういい。奈帆(なほ)と一緒に撤退しろ!」


「...」


 聴覚の優れた愛梨に伝達する涼太を前に、命令を受けた智也は彼の背中に向かって、目を細めて口を開いた。


「...大将は、、貴方は。その間どうするんですか?」


「...少し休んでくる。少しして、まだその時が来てなかったら合流するよ」


 背を向けたまま、涼太は軽々しくそう放った。それに、とうとう抑えきれなくなり、智也は足を踏み出し声を上げる。


「ふざけないでくださいよ」


「は?」


「俺達が、今までどれくらい大変な思いして、、どれだけ傷を負ってきたか、、奈帆は接戦で翼を焼かれてる、愛梨だって茎の攻撃を受けてる。...そして、将太(しょうた)だって、、それに、俺もっ」


「何が言いたい?」


 智也の必死な声かけを遮る様に、涼太は声を低くし一言で訊き返す。それに、少し間を開け深呼吸をしたのち、智也は真剣な表情で放った。


「...それなのに、貴方はその一回で撤退ですか」


「何?」


「惚けないでくださいよ。本気を出したら、智樹くらい貴方の能力で一瞬で勝てた筈です。それなのに、、なんで」


 掠れた声へと変化していく智也に、涼太は尚も前を向いたまま口にする。


「俺の能力を、こんなところで(おおやけ)にするわけにはいかないからな。だから、そのための作戦じゃないか。俺が能力を明かさずに待機。勝負がついたら俺が能力を使い、一瞬にして全員を取り押さえる。どうだ?合理的で、効率がいい」


「っ」


 智也は気づくと息を飲み込み、目を見開いていた。

 大翔(ひろと)のあの説得。きっと、我々と同じ境遇だったのだろう。同じ状態で無くとも、それに近い感情を秘めていたのだろう。それなのにも関わらず、彼は笑って智也に話した。

 そうだ。と、智也は拳を握りしめる。


ー最初から、あいつらが、、羨ましかったんだー


 それを思うと同時に、智也は感情を表へ剥き出しにしていた。


「ふざけんなよ!やれ処罰を下す者だとか、救済だとか、正義のヒーローぶった事言いまくってるくせに。結局自分の事しか考えてねぇんじゃねーか」


「おい」


 殴り掛かろうとする智也が言い終わると共に、被せるように涼太は低く唸る。


「口の利き方に気を付けろよ。異論があるならいいぞ、好きにしろ」


「っ!...クッ、」


 それに智也は拳を握りしめ、悔しさから唇を噛んだ。そんな彼に涼太は歩みを進めながら、それだけを残した。


「無いんだったら見張りやっとけ。他の奴らにも伝えておけよ」


 また何も言えなかったと。智也は俯き歯嚙みする。

 だが、こうしては居られないと、受けた使命を全うするかの如く、智也は急いで碧斗(あいと)達を見張れる場所へと向かうため向きを変える。が、その瞬間。


「なるほど。見張ればいいのねぇ」


「確かに、効率はいい」


「っ!...お前ら、聞いてたのか」


 廊下を歩く智也の目の前から近づく、見慣れた二人が声を放つ。


「こっちには愛梨ちゃんが居るんだよ?聞こえない筈無いじゃん。この距離でさ」


 奈帆はそう伝えたのち、「ね〜」と続けて愛梨に抱きついた。それに、僅かに面倒くさそうに目を背けながらも、ほんのり頬を赤らめる愛梨。

 そんないつもと変わらない二人に、智也は表情を曇らせ呟く。


「...聞いてた、、って事は、今のもか?」


 その問いに、二人は無言で頷く。


「にしてもよく大将に反発する気になったねぇ。いつもだったら、そんな事しないでしょ?」


「...今回のは、、流石に許せなかったんだよ」


 首を傾げる奈帆に、智也は拳を握り締めて唸る。


「なるほどね〜。じゃあ、どうするの?その命令」


 まるで、受ける?受けない?と問うように、奈帆は首を傾げ覗き込む。

 だが、やるべき事はやるべき事だと割り切り、智也は目つきを変える。


「上がどんな奴でも、与えられた職務を全うするのが日本人ってもんじゃね?だから、行くぞ。俺も少し気になる事あるしねっ」


「お、戻ったかな?」


 智也は、その言葉こそいつもの口調であったものの、声を低くしてそれを放ち、愛梨と奈帆をかき分けてその職務へと向かったのだった。


            ☆


 これに直面したほとんどの人間が光を見失うであろう現状の中、沙耶(さや)や大翔、樹音(みきと)は何度も攻撃を続ける。

 為す術は無かったが、打つ手はある。

 まだやれる筈だと。樹音がナイフを大量に放ちながら茎を処理し、沙耶が岩を生やして茎を切り裂き、石の破片で攻撃を行う。そして、それによって思考を分散させた智樹(ともき)に、大翔が接近戦で追い詰める。

 その様な構図で、何度も向かうがしかし。

 一向に攻撃が通る気配は無く、寧ろ我々にダメージが増えていく。そんな姿を見据えながら、碧斗は隣の美里(みさと)に耳打ちをし終わり、口を開く。


「どう?いけそうかな?」


「いけるかって言うより。やるしか無いでしょっ!」


 美里はそう掛け声の様に返すと、いい終わりと同時に地面を蹴って智樹を大きく囲む様な軌道で走り始める。そんな彼女の後ろ姿に、碧斗はほんのりと笑みを浮かべると、「よし」と。

 自身もやらなくてはと足を踏み出す。


「グッ!?」


「げばっ!?」


 茎を押さえていた樹音にも限界が来た様で、とうとう脚に突き刺さり持ち上げられる。

 それと同時に、大翔もまた智樹の腕から氷柱の様な形状で生えた植物に突き刺され、血反吐を吐き出す。


「がっ!」「ぐっ!?」


「っ!駄目っ!」


 その後、同じタイミングで放り投げられ、それを沙耶が岩を生やしてはそれぞれを包み込む形で受け止める。


「がはっ、、はぁ、さ、サンキュ、助かったわ、」


「はぁ、はっ、あ、ありがとう、、沙耶ちゃん」


 それに対しお互いが感謝を述べる中、沙耶はいやいやと笑顔を浮かべようとする。が、その瞬間。


「っ!」


 沙耶の背後に、四本の茎が現れる。


「「「何っ!?」」」


 思わず、碧斗と樹音、大翔は同時に声を漏らす。

 だが、大丈夫だと。碧斗はそう理解して改めて振り返り、大翔や樹音にも同じく数本の茎で突き刺そうとする智樹に向かってーー


 ーー煙を放出した。


「おらっ!」


 そんな碧斗の掛け声と同時。沙耶を取り巻いていた茎が、一瞬にして焼き払われる。


「えっ!?」


 驚きに目を丸くする沙耶の背後に。恐らく、相当な力を消費したであろう美里が、瞬時に現れる。


「っ!」


 その僅かな一瞬。

 美里に何かを耳打ちされた沙耶は、目を見開く。と、対する大翔は、碧斗の作った隙を逃してはいけないと。

 跳躍して智樹を殴りつけるものの、彼は煙内でありながら、薄らと大翔の姿を認知したのか、茎を生やしてそれを防ぐ。

 だが、大翔が二、三打撃を繰り出した直後。重力により、跳躍によって智樹の目の前に居た大翔は、下へとズレる。

 するとその先。大翔の背後から、大量の石の破片が智樹に向かっていた。

 既に大翔の攻撃を防いでいたが故に、目の前には茎が常備されていたものの、石が突き刺さると同時に。

 その破片には美里による炎が纏い、爆破を起こした。


「っ」


 触れたと同時に行う。これが、彼の隙を突く方法であった。

 それによって現在防いでいた樹木は焼き払われ、智樹の戦力に僅かな不利が生じる。

 その、一瞬の隙に。今度は碧斗が樹音の背後に回り込み、耳元でそれを告げる。


「え」


 それに、一時は驚いた表情を浮かべたものの、直ぐに目つきを変えて了承する。と、それを行なっている内に、石の攻撃はそれだけに留まらず、続けて上空から先程よりも大きな岩が落下する。


「これがっ!」


「隕石っ」


 沙耶と美里が、それに気づき上を見上げる智樹に口々に放つ。

 それに少し笑みを見せると、茎で防ぎながらもそれを浴びたいという意思が働いたのか、"急所とならなそうな部分"に調整しながら攻撃を受ける智樹。

 その異様な光景に、沙耶は退き冷や汗を流した。


「ど、どうしよう、効いてなさそう、だよ?」


 動揺を見せながら美里に耳打ちする沙耶を他所に。

 美里はーー


 ーー智樹に向かって指を鳴らす。


「あんたをここで終わらす。前面ファイア!」


 美里の放った少し格好のつかない技名とは対照的に。放つと同時に、中庭の一棟よりの一面が突如。

 大きく燃え上がる。


「えっ!?えぇ!?」


 突然の事に慌てる沙耶。

 焦るのは当たり前である。なぜなら、彼女には。沙耶には「作戦内の彼女の行う事」以上の事は、何も教えていなかったからだ。

 そんな沙耶を差し置いて、智樹を囲む様に、更に炎のカーテンを作る。


「んんんんんんんんんん!」


 美里は、歯嚙みしながら能力を作動させた。皆、限界が近いのだ。沙耶にはいつも能力面で無理をさせてしまっている。樹音は体力面で無理をさせている。ならば、自身も限界を越えなければと、美里は半ば強引に、気合いのみで彼を追い詰める。


「美里ちゃん!無理しないで!」


「クッ!うぅ!あんっ、たにっ!言われたく、無いっ!」


 隣で心配を口にする沙耶に対し、美里は力みながら口を開く。すると共に、その炎のカーテンは智樹を包んだまま、だんだんと狭まっていく。

 そう、そのまま彼を火炙りにしようというのだ。美里は、碧斗の僅かな時間で伝えたこの作戦に、一度は否定しかけた。

 いくら相手が罪の無い人間を殺めた凶悪犯だからと言って。いや、そんな凶悪犯だからこそ、ここで、こんなところで殺すわけにはいかないと思っていたのだ。

 彼にとって死は救済であり、快感である。そんなの、最後まで智樹の思う壺では無いかと。美里は悔しさを感じて唇を噛んだ。

 だが、もう既に他の方法は残されていないのだ。今見逃せば、更に良くない事が起こると。それだけは確信していた。

 そのため美里は、それを行いながらも沙耶に提案する。


水篠(みずしの)ちゃん!お願いっ!最後にっ、、お願い!」


「え、うん!な、何?」


 必死な形相で口にする美里に、心配とやる気を込めて、沙耶は覗き込む。

 するとその問いに、美里は少し間を開け、目つきを変えて。あくまで視線の向きは智樹の方向を向いたまま、低く付け足した。


「全方向でお願い。思う存分、出来るだけ、岩の破片を放って!私も、全力を出す」


「えっ、」


 沙耶は、二つを同時に思った事だろう。

 それでは智樹が死んでしまうのでは無いかという不安と、美里の一言への疑問を。

 そう、彼女の「私も」という一言。

 それは即ち。


「もしかして、美里ちゃん、、その岩全部に火、つけるの、?」


 恐る恐る、当たって欲しくは無い予想を口にする。だが。

 案の定、美里はその言葉に力強く頷いた。


「っ!だ、駄目だよ!中庭もやってて、この火の幕にも力を使ってるんだよ?そんなの、美里ちゃんがもたないよ!」


「ここで!」


「っ!」


 沙耶の必死の叫びに、美里も同じく声を荒げて遮った。


「ここでこいつを止めなかったらっ!もう引き返せなくなる!」


「っ」


「これ以上っ!無関係な人を、亡くしたくないの!」


 美里は、我々の身体よりも大切なものがあると訴えかける様に、声を上げて放つ。

 そんな、既に体力を消耗しているのにも関わらず、更に体力を削る様な声で訴える美里に、沙耶も目つきを変えて頷いた。


「...うん!分かった。絶対、止めるよ!」


 沙耶はそう意気込む様に放つと、美里の隣で手を前に出した。するとそののち、小さく


「美里ちゃんは、死なせない」


 と強い意志で零して大量の岩を智樹を囲む様全方向に出現させ、一斉に彼に放った。


「クッ!ぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」


「んんんんんんんんんんんっ!」


 二人は全ての力を込めて、次から次へと岩を彼に向かわせてはそれに炎を宿らせる。それを何度も、何度も何度も繰り返した。

 すると、それを数分行った末、とうとう。

炎のカーテンの方が、智樹に到達し彼を押し潰した。


「っ!?ど、どう?」


「はぁ、はっ、はぁ、はぁぁっ」


 息を切らす美里の手先。指先は僅かに、火傷を負った様に真っ赤になっていた。対する、腕から肩にかけてヒビ割れを発生させていた沙耶は、真相の結果に目を凝らした。

 と、瞬間。

 炎のカーテンが消滅し、煙の中からゆっくりと現れた光景、それは。

 何事も無かったかの様に立ち尽くす、智樹の姿であった。恐らく、樹木の中に自身を覆って隠していたのだろう。

 だが、それがほんの一瞬映ったその時。


「終わりだっ!」


「「えっ」」


 美里達の前に突如現れた樹音が、その掛け声と共に、巨大な剣を勢いをつけてそんな彼に思いっきり投げこんだ。

 と、刹那。碧斗が大きく息を吸って、大声でそれを叫ぶ。


相原(あいはら)さん!この剣に炎を纏わせて!」


「えっ!?」


「早く!」


 碧斗の形相に、瞬時にその事の重大さを理解した美里は、その剣に炎を纏わせる。


「っ」


 と、その剣は炎のカーテンにより、ギリギリまで視界を奪われていた智樹に向かい、それ故に彼はーー


 樹音の剣を受ける。

 だが。


「やった!?」


「いや、ちょっとズレてる」


 腹目掛けて放った剣は、またもや智樹の左腕を削るのみで、急所には大きく外れていた。


「クソッ、、あ、相原さん、燃え移らせられる?」


 それに、思わず唇を噛む樹音は美里にそう要求を促す。


「やっ、やってみる」


 その促しに、美里は冷や汗混じりに頷くと、剣によって智樹に移った炎を更に拡大させる。


「クッ!ぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」


 幾ら沙耶の石への点火や、炎のカーテンが消えたからといって、中庭に放たれた炎の海は、以前よりも大きく燃え盛っているのだ。

 このままでは、美里の身体が保たないと。沙耶は顔色を悪くして彼女の顔を覗き込む。

 それは、碧斗もそうであった。だが、もう少し頑張ってくれと胸中で祈りながら、智樹の居る一棟。では無く、あえて距離を取る様に四棟側に向かう碧斗。

 と、それと同時に、碧斗はまたもや声を上げる。


「大翔君!お願いだっ!」


「おうっ、、よ!」


「っ!」


 その言葉がトリガーであるかの様に、長らく姿の見えなかった大翔が、智樹の背後に。一棟の屋上を突き破って現れる。すると、次の瞬間。

 智樹が彼の存在に気付いた時には既に。

 屋上から蹴り落とされていた。


「えぇ」


 変な声を漏らしながら、智樹は落下する。その下は中庭。既に炎の海である。

 故に、もうその場に植物を生やす事は出来ない。更に、智樹の身体には炎が纏い、勢いを増している。

 その光景に。その場の皆は思っただろう。


 勝った、と。


 勝機を確信した一同に、現実を見せる様に。

 絶望を与える様に。

 次の瞬間、"一棟の下"の地面から、館を突き破って巨大な茎が現れる。


「何っ!?」「「えっ!?」」「嘘っ!?」


 その異様な光景に一転、皆が驚愕を見せた。その矢先、その茎は智樹自身に巻きついて、反対方向である、四棟側に投げ飛ばした。


「チッ、マジかよ」


「ゴハァッ!」


 四棟の屋上に激突した智樹は、幸せそうな表情を浮かべた。

 炎に侵食されていない場所から茎を生やし、更にそれを巨大にする事で炎が纏っている自身を掴んでも直ぐに燃え尽きない様に調整したのだ。

 それにより難を逃れた智樹は、未だ炎を纏いながらゆっくりと立ち上がる。

 それに、その場の全員が息を潜め敗北を思い知った。だがーー


「フッ」


 たった一人。

 その場で碧斗のみが、笑みを浮かべて智樹に足を早め向かう。


「これで、終いだ」


「「「「っ!?」」」」


 全員に作戦を告げた。だが、その作戦はそれぞれ。全員が違うものを碧斗に告げられていたのだ。

 美里には、炎の海を作って幕を智樹に迫らせる。更に、とどめとして石を放って欲しいと、沙耶に伝えてくれ。そう碧斗は、彼女に告げていた。

 また、樹音にはそれで目眩しをして隙が出来た海山(みやま)智樹に、姿を確認次第直ぐに剣を投げ込んでくれと、伝えていた。

 そして最後に、その間の時間を使って、大翔には彼の背後を、城の中を経由してとってくれと。そう告げていた。

 だが、それでも。

 本当の、真の目的である作戦は、誰にも告げていなかった。即ち。

 碧斗は、その場全員を、欺いたのだ。

 智樹の隙を作るには、皆も騙すしか無いのだ。碧斗という、一人では何も出来ない人間が最後にとどめを刺す。それこそが、一番の予想外であり、一番油断をするものだろう。

 碧斗はその極地にたどり着き、この作戦(けつだん)を選択した。

 そして、碧斗による本当の作戦のフィナーレは。

 ずっと前から用意していた、碧斗の奥の手。煙の能力の応用であった。

 そう、(しん)の攻撃方法。

 空気圧の変動によって物質を変化させていたあの方法である。圧力で美里の炎を利用し爆発させていたなどの方法を、碧斗はこちらも利用出来ないかと考えを改めた。

 煙の能力は最弱であり、目眩ししか出来ないと考えていた。だが、それは思い込みである。

 能力に、限界は無い。進の様に、応用に応用を重ねれば、別な事が可能となるのだ。

 樹音は刃の能力者であるがために、剣の"刃"の種類を変更する事が可能であった。即ち煙の能力もまた。

 煙の種類を変える事が可能なのでは無いかと。

 そう。煙という、目眩しのみしか行えない最弱の能力を。

 違う使い方で、能力者の平均程度にまで汎用性を高める事が可能となるこの作戦。これが出来る保証は無ければ、実験を行わなければならない様な代物である。

 だが、それが何だと言うのだろうか。今までだって、一度たりとも練習を重ね、線密に作戦を練ったものを行った事は無いのだ。いつも当てずっぽうで、行き当たりばったりな、運のみに賭けたものばかりだ。

 なら、やってやろうじゃないかと。

 碧斗はイメージして、煙の成分を変化させる。煙の概念は広いのだ。

 これを、碧斗の最弱の煙をーー


 ーー不完全燃焼により発生する、一酸化炭素の、有毒な煙へと変化させる。

 そんな有害物質を、智樹の周辺に出現させトドメを刺そうとした。

 が。

 刹那。


「「「「「!?」」」」」


 その場の全員。智樹も含めた、全員である。

 目を見開き、それに驚愕の色を見せた。

 煙を放とうとしていた碧斗の頰に、一滴。

 水滴が落ち、伝った。

 その違和感に、皆は顔を上に上げる。と。

 空中にある「それ」を目にし、その場は凍りついた。


「は、?」


 碧斗の間の抜けた漏らしと共に。


 次の瞬間、中庭一帯に大雨が降り注いだ。


「あらあら、楽しそうな事してるわねぇ。私も混ぜて」


 水浸しになる一同を。二棟の三階から見下ろすその人は、口元を緩ませた。

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