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殺し合いの独裁者[ディクタチュール]  作者: 加藤裕也
第1章 : 終わりの第一歩(コマンスマン)
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15. 手配犯

 翌朝、碧斗(あいと)は目覚めるといつもと違う天井に戸惑いを見せる。


「そういえばマーストの家に来てたんだったな」


 眠たい目を擦りながら、ソファーから起き上がる。当たり前だが、布団もベッドも無いので、ソファーで一夜を過ごした碧斗。少し腰が痛いのはあったが、「家」で寝れた事に感謝しかない。ふと、リビングを覗くと先に起床していたマーストと沙耶(さや)がテーブルを囲うようにして腰掛けていた。


「あっ、い、伊賀橋(いがはし)君。お、おはよっ!」


「おはようございます。碧斗様」


「お、おお。おはよう。早いなみんな」


 時刻は8時。現実世界の休日ではまだぐっすりの時間帯だ。


「今日は9時からこの街を案内する予定なので、その頃には出られるよう支度をお願いします」


「く、9時!?」


 昨日確かに街の案内を依頼したのは事実だが、時刻を決めていなかった事から午後だと勝手に解釈していた碧斗。


「はい。その時間から営業を開始するお店などは多いので」


 9時に開店する部分は、現世と似たものがあるようだ。


「ま、マジか、」


 朝が苦手な碧斗は、あまり気乗りしなかったが、いつまでもウジウジと小言を言うつもりは無いので、急いで顔を洗いに行く。


「あ、朝飯。俺の事待っててくれたのか」


 ある程度の支度を済ませ、戻って来た碧斗はテーブルの上に朝食が用意されているのを見て罪悪感を感じる。


「はい。全員で食卓を囲むのが食事の基本かと、」


「み、みんなで、食べた方が美味しいよ、?」


 2人の言葉に目の奥が熱くなるのを感じる。現実世界ではありえない様な状況を前に、言葉で言い表せない気持ちになる。


 そんな気持ちを込めて、心の底から無意識に言葉が飛び出る。


「ありがとう。じゃあ、食べようか」



「「「いただきます」」」


 食事は全てマーストの手料理だったようだ。王城と比べると、食材は良いものとは言えなかったが、転生してから食べたもので1番美味しいと感じた。これが(ぞく)に言う、"人の心"というスパイスなのだろうか。


 寝起きの朝に食べやすいようにさっぱりとした野菜が多く、日本と同じように目玉焼きもあった。それが、何の卵から作られたのかは不明だったが、現実世界の卵とは違った美味しさがあった。


 朝飯はあまり食べないタイプの人間であった碧斗だが、健康に配慮した調理法によりすぐに食べ終えた。


「「「ごちそうさまでした」」」


 その場にいる全員が食べ終わり、3人は声を揃えて言った。


「では、残り10分程度で家を出たいと思うので、外出の準備をお願いします」


「10分か、了解」


 沙耶の支度は終わっているようだったので、碧斗待ちだと理解し、窓から差し込む日差しの明かりを受けながら、着替え始めるのだった。


           ☆


「よっしゃ、行くか!」


 午前9時。支度を済ませた碧斗達は光り輝く蒼穹(そうきゅう)の元、足を踏み出した。


「な、なんだか、朝より、元気そうだね?」


「あ、ああ。ま、まあな」


 普段から目覚めが悪い碧斗は、朝の不機嫌さには誰にも負けない自信があった。だから何だという話だが。


「まずはお店を回りましょう。情報収集には、打って付けです」


「おう、だな。昨日は時間的にもウェイトレスとしか話してなかったからな」


 とは言うものの、あの時は寝床を探す事に必死になっていたがゆえに情報を聞き出すという考えは浮かんでいなかった。それを踏まえ、今回はきちんと情報を聞き出さなければいけない。碧斗達には時間がないのだ。こうしている今でも、沙耶を探している連中が彷徨いていると考えると、なるべく外出は控えた方が良いのだが。


ーもしもの場合は、俺だけでー


 これ以上誰かに負担はかけられない。その思いを胸に、碧斗は覚悟を決めるのだった。




「1軒目はこちらになります」


 飲み屋の様な見た目をしているが、この世界のファミレスのような場所らしい。まるでタイムスリップしたかのようなウエスタン風といった雰囲気の店だ。正直、嫌いではない。


「し、失礼します」


 お店なので堂々と入って良いのだが、普段と違う見た目だと(かしこ)まってしまう。内装は居酒屋っぽくなっているが、テーブルに並べられているのはオムライス、カレー、牛(?)丼といった様々なメニューであった。見た目で判断している為、食品の名称は分からなかったが。


「3名様ですか?」


「あ、は、はい」


 案内され、丸いテーブルに3つの椅子が並べられた場所に座る。


「き、来たからには何か頼まないとな、、」


 そう呟き、マーストの方を凝視する碧斗。沙耶も何かに気づいたのか、同じくマーストを見る。その様子に察したのか、納得した表情で笑顔を作る。


「あ、お金ないですよね、」


「ああ。昨日の烏龍茶(ティー)もタダで貰っちゃったしな」


 思い出し、少し罪悪感を感じる碧斗。後で稼いでから行くから待っててくれ。と心の中で決意するのだった。


「では、払える程度であれば私が」


「え!?わ、悪い、ですよ!ま、まだ伊賀橋君はマーストさんの担当だから、、あれですけど、、私は」


 正直、いくら担当であろうと数週間前に出会った人に奢る人はそうはいないだろう。


「大丈夫ですよ。王城で職をもらっている方達は皆、なかなかの収入ですし」


 要するに、王様に(つか)えている人は勝ち組というわけだ。だが、その分相当苦労はするだろうが。


「マーストだけ頼むのは、、いや、良くはないだろうな」


 少し考え、異世界だろうと注文せずに帰るのは、流石に常識知らずというものだと理解する。


 嘆息(たんそく)して、仕方なく碧斗は静かに言う。


「マースト。今日だけはよろしく頼む。後で絶対返すから」


 今は働くどころの話ではないのだが、借りたものは返さなければいけないと感じた碧斗は、返すまでは現実世界に帰れないと思うのだった。


「いえ、大丈夫ですよ。どうされます?」


 色々なものがあったが、どれもこれも高そうだった。この世界の金銭感覚は分からないが、0が多いのは確かで、5桁くらいの物もあった。


 だが、唯一見つけた、その「安そうな物」を頼む事にした。


「じ、じゃあ、これで」


「こちらでよろしいのですか、?」



 と、そこに写っていたのは見慣れた"飲み物"。


 烏龍茶(ティー)だった。


「お、おお!き、昨日飲んだ時に気に入ってな!」


 笑って誤魔化す。


 日本では無料で出される水の役割だが、頼める中で1番安い物はこれしかなかった。


「で、では、5番目の勇者様は?」


「へ!?あ、いや、その!わ、私は、、その」


 声をかけられた沙耶は、動揺しながら手を胸の前で振る。だが、観念した様子で仕方なく呟く。


「じ、じゃあ、その、て、烏龍茶(ティー)で」


ーなんだこれ。おそらく俺がここのバイトやってたらビビるなー


 いや、嘘だ。多分爆笑する。


 仕方なく、飲み物だけを頼む碧斗と沙耶だった。


           ☆


 マーストの前にはパフェが置かれており、その対象の碧斗達にはコップに注がれた透明感のある茶色い飲み物が2つ置かれていた。


 マーストのパフェを羨む様に眺める碧斗。その様子に気づいたのか、苦笑いして、マーストは言う。


「あ、め、召し上がりますか?」


「い、いいのか、?」


「はい」


 半ば強引に言わせたようにも思えたが、朝飯を食べたというのにデザートを求める腹に逆らう事は出来なかった。


「じ、じゃあ、一口」


 別に碧斗も鬼ではない。"一口"と言ってほとんど食べる奴がいるかも知れない(碧斗は友達がいないので確信はない)が、流石に奢って貰った相手の食事を貰うほど、堕ちてはいない。


 本当に「一口」を貰い、口に運ぶ。


「うまっ!美味いな異世界飯!」


 ほんのりと冷たく、サッパリとした心地良さにも関わらず、甘く、優しい味が広がる。夏には甘いアイスなどは食欲が湧かないが、このパフェは甘さに比例した爽やかさがある。是非夏にも食べてみたい美味しさだ。


「うめぇ」


 と、脳内で食レポをしていると、沙耶がこちらを羨ましそうに見ているのに気がつき、バツが悪そうに顔を背ける。


 その様子に気づき、すかさずマーストが言う。


「5番目の勇者様、ミズシノ様とおっしゃいましたか。こちら、一口いかがでしょう?」


「え!?いや、私は、その、、い、いただいて、良いんですか、、?」


「はい」


「じ、じゃあ」


 と言うと、そこにあったスプーンを持った。


ーま、まさか!?俺と、か、間接キッッー


「あ、こちらに新しいスプーンがございますよ」


「あ、ありがとうございますっ」


ーくそっ!余計なことすんなマーストぉ!ー


 心で叫んぶ碧斗。すると、そのスプーンで「一口」すくい、口に運ぶ。


「〜〜〜〜ッッ!!美味しいぃ〜!」


 今まで大人しくしていた沙耶の珍しいはしゃぎ(よう)に、すこし見惚れてしまう。


「それは良かったです」


 マーストも優しい笑みでそう言った。


 とても和む。


 先程まで沙耶を少しでも「そういう目」で見ていた自分が恥ずかしくなる。


「じ、じゃあ。そろそろ本題にいくか」


 その気持ちを切り替えるべく、碧斗はそう言い、話し合いを始めるのだった。


           ☆


「あいつどこ行ったんだ?」


「さあ?悪人の考える事は分からんな」


 碧斗が出て行った後、残された者たちは帰りを待っていた。


「見つけたら即追放しないとな、殺人鬼も、その"共犯"も」


 いや、待ってなどいなかった。


 修也(しゅうや)を見失った人達は口を揃えて行方を探るべく、自分の持つ情報を話し合っていた。


「あいつらを見つけて懲らしめてやれ。修也とその共犯の水篠(みずしの)とか言う奴、それとそいつを庇った伊賀橋とか言ってた奴もだ」


 修也だけでなく、碧斗達も目をつけられている今の状況に、後ろの方で静かに聞いていた美里(みさと)が唇を噛んだ。


「弱いくせに、、何してんの、」


 静かに呟かれた美里の言葉は、誰に届くわけでもなく、消えていった。

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