131. 懇請
「「「「「っ!」」」」」
進がこちらに手を向ける。
すると、それと同時。皆には大きな圧力が放たれ、約数十メートル先に吹き飛ばされる。
「クッ、」「キャッ」「うぅっ」「いっ」「ガハッ」
5人は一斉に、地に叩きつけられ空気を吐き出す。
「おいおい、どういうつもりだ?」
進の目の前の修也は、ニヤリと笑って頭を掻く。
すると、その奇行に驚愕の表情を浮かべ、碧斗は慌てて起き上がると、叩きつけられた痛みすら忘れて進の元へと足を速める。
「どういう事だよ!?進!」
「...」
「俺らの事、信用してくれたんじゃーーゴハッ!」
碧斗が、そう感情を露わにしながら声を上げて向かう途中で、何か壁にぶつかったような衝撃と共に尻餅をつく。
「な、、なんだよ、、なんなんだよこれ!?」
碧斗はこの「見えない壁」に向かって、声を荒げながら拳を振るう。
「なんだよ!おい!進!どういうつもりだよ!?なんだよこれ!開けろよ!」
何度も何度も。壁を殴りながら掠れた声で叫ぶ碧斗。
その姿を、力無く眺める一同は、彼に言葉をかける事が出来なかった。
「...」
「おい!なんとかっ、、言えよ、!進!」
碧斗の必死な声かけに、歯嚙みし、拳を握りしめ、我慢出来なくなった進は、とうとう重い口を開いた。
「...いやぁ、悪かったなぁ、碧斗。お前達に、、これ以上負担かけられねぇんだわ」
「負担って、、なんだよ。俺の方が!俺達がどれ程進に助けられたと思ってんだよ!?進が居なきゃ、牢屋で俺と水篠さんは殺されてた!進が居なきゃ、俺は最弱の能力しか得られなかったこの世界で。何処かも分からない恐怖しか無い世界で、頑張ろうとなんて思わなかった!全部、、進のお陰だったんだ、、それなのに、負担とか、そんな事言うなよ!」
「...」
進は、涙を拭いながら、掠れた声を誤魔化すように笑って告げる。
それに碧斗は、否定を返す。
と、それ以上何も放つ事をしない進を見て、碧斗はまたもや見えない何かを殴り続ける。
「クソッ!..クソッ!」
「...」
「開けろっ!壊れろ!」
「止めろよ!」
「っ!」
その姿に、居てもたってもいられなくなった進は、唐突に声を上げる。
「俺の圧力で"外側"に居る奴は跳ね返される。つまり、文字通り"見えない壁"を作ったって事だ。見えない壁は、ドーム型に張ってる。裏からやろうとも変わらない。分かったら、もうそんな事すんのは止めろ」
「そ、、そんな、、そんなの、まるで修也君と戦うための闘技場じゃ無いか」
「...おう。つまり、そういう事だ。桐ヶ谷修也。お前はこの俺のテリトリーからは出れない。勝負がつかない限り、この場からは決して抜け出せない、もう逃げられねぇな。ここで、お前は終わるんだ」
碧斗の言葉に付け足す様に、進は修也に強気に放つ。
その発言に、思わず碧斗は目を剥く。
「そんなのっ!一人で戦おうとしてた最初と変わって無いだろ!?俺らを、、信用してくれるんじゃ無いのかよ!?俺らは、、友達じゃ、無いのかよ、」
「大切な友達に決まってるだろ!」
「っ!」
声を荒げる進に、碧斗はハッとする。
大切だ。
大切な仲間だと思っている。友達だと思っている。それ故に、危険な目には遭わせなくない。戦って欲しく無い。
そうだ、この間まで、自分もそうだったじゃ無いかと。
碧斗は、そんな自分が逆の事を発している事に唇を噛む。そんな言葉で意思がそう簡単に変わらないのは、自分が1番よく知っているでは無いかと。
自分と同じ境遇の人物だというのに、どう切り出せばいいか分からない自分に、碧斗は憤りを感じる。
「...碧斗!」
「っ」
と、突如進は背を向けたまま、碧斗の名を大声で放つ。
「碧斗、水篠ちゃん!俺は、、2人の、みんなの事を信じる。...いや、と言うよりは、俺も同意見だ!」
「さ、、佐久間、君、?そ、それって、」
「桐ヶ谷修也はさっき、俺が何も知らない様な事を言ってた。確かに俺は何も知んないのかもしれないけど、少なくとも修也は何かを知ってると睨んだ。俺は、それでそう確信したんだ。だから、俺は碧斗達の言ってる事が正しいと、みんなを信用する」
「進、、だ、だからって、なんで、進が犠牲になる必要があるんだ。ここでみんなで修也君を大人しくさせて、そこで聞き出したりすればーー」
「駄目なんだよ」
「..え、」
またもや、碧斗の言葉を遮って、進は続ける。
「それじゃ俺の罪は消えない。それでも消えないっつーのにさ、、そしたらまた、碧斗達に負担かけちまう。俺は、最低な事をやったんだ。償わなきゃいけない」
「違う、勘違いするな!あれは、進1人のせいじゃ無い。確かにみんなを苦しめ、傷を負わせたのは事実だ。だけど、みんな生きてる。修也君とは違う。だから、、進も一緒に死ぬ必要なんて無いんだ。...それに、、あんな事が起こったのは、進の気持ちに気付けなかった俺のせいでもある筈だ。だから俺にも償わせてくれ。進1人でなんて、、ズルいだろ、俺にも、ちゃんと、恩返しさせてくれよ、」
長きに渡ってサポートを続けてくれた進の、最後となる様な物言いと風貌に、碧斗は声を枯らして歯嚙みする。だが
「駄目だ、、駄目なんだよ。碧斗が背負うべきじゃ無い、」
「どうしてだよ!?俺達と共に戦いを終わらせるために進む。それが、俺達にとって救済になるんだ!だから、頼むよ、」
「...フッ、、悪いなぁ!...碧斗。俺は、お前と真逆だ」
「え?」
「俺は、能力はクソみたいに強かったけどよ、心は弱過ぎたんだよな、多分。俺は碧斗とは違うんだ。だから、もう逃げる道しか、見つけられなかった。この世界で償おう、戦おうなんて、お前らみたいな強い気持ちで前を向くなんて、、そんなかっこいい事、俺には出来なかったんだ」
「そんな事無い、、俺だって、俺だって進と同じだ!勘違いしてる様だが、俺も同じで、弱いんーー」
「伊賀橋碧斗!」
「!」
いつまでも決着の付かない言い合いに、進は碧斗の話を断ち切って、伝えたかった事を、空を眺めながら。
まるで涙が溢れないようにするかの如く状態で、背を向けたまま力強く碧斗に告げる。
「碧斗!全てを解き明かせ!桐ヶ谷修也の事。彼が何故殺しを始めたのかを全て解き明かせ!碧斗自身が不審に思った、この世界の構造を、解き明かせ!全てを明らかにして、この争いを収め、転生者を、異世界の人達の希望になり、皆を導いてくれ!碧斗は、碧斗達は、ここで終わるべき人達じゃない。これは俺には絶対に出来ない。この世界の事に1番興味を持ち、学ぶ事に積極的で、好奇心を抱き、文字とか本の解読に全力を注いでいた碧斗のような奴にしか出来ない事だ。俺には、絶対に出来ない事なんだ。だから、頼んだぞ。碧斗」
進が発した、課題と取れるそれに、碧斗は冷や汗混じりに目を剥く。
「そんな事っ!俺が出来るわけ無いだろ!?それこそ、進の方がまだ、」
「大丈夫だ、碧斗。お前は、もう1人じゃ無いだろ?みんな居る。相原さん水篠ちゃん、樹音君大翔。そして...俺も」
「そ、そう言うならどうして、、進は、俺達の事を信用してくれたんじゃ無いのか、?」
「ああ、信用したさ。きっと、この争いを終わらせてくれるって信用した。だから俺はこの選択をしたんだ。だから、碧斗も、俺の事を信じてくれ。俺の選択が、正しかったと、証明してくれ」
「それなら、、修也君の行動理由を明らかにして欲しいなら、どうしてここで一緒に戦ってくれないんだ!?直ぐ目の前に、本人が居るのに、」
進の思考に、碧斗は疑問を投げかける。それに、進は表情を曇らせ僅かに下を向く。
「碧斗、本当に修也に勝ったところで真相が明らかになると思うか?きっと、そうなってもこいつは話してくれない。誤って彼を殺してしまう事が、1番の問題だ。それに、きっと真相はそんな単純なものじゃ無い」
「ハッ、そうかもしれねぇけどよぉ。つけ上がるなよ?お前に俺は殺せない」
進の言葉が合っていた様子で、修也はニヤリと微笑む。
「そ、そんな事、なんで分かるんだよ、、それに、それは俺達と一緒に戦わない理由にはならないだろ、?」
「悪い、、これは、俺のわがままなんだ。お前と一緒に戦ったら、きっと俺は逃げて、、いや、逃げたいと思ってしまう。また、目の前の恐怖から。罪の意識から逃れようと、まだ少し一緒に居たいと、、そう思うと、思うんだよな。だから、すまん。わがままな俺を、許して欲しい」
「...どうして」
進の主張に、碧斗はただ唇を噛む。
本当は頷いてあげたかった。頷きたかった。
だが、それよりも尚、進の覚悟に了承出来ないでいた。
確かに、進の気持ちは痛い程よく分かった。結局、進は生き延びても王城の人達から狙われ、我々と同じ境遇になるだろう。
ならば、逃げたいと思うのも無理は無い。何せ、碧斗自身が1週間前はそうだったのだから。だが、もし彼がその道を選んだとしたら。我々には一体何が残るのだろう。
この世界で亡くなれば記憶が消えるが故に、と。
碧斗は胸を抑える。彼がここで終わるのだとすれば
進の気持ちを受け入れるためにぶつかり合った事に、何の意味があったのだろうか。
そう碧斗は険しい表情を浮かべる。
またもや自分勝手な思考かもしれない。だが、あの戦いに全力を注いだ碧斗達は、それを思わずにはいられなかった。
と、その時。
進は答えを発さない一同に後押しをするべく、声を大にして叫ぶ。
「頼んだぞっ、碧斗!みんな!」
ほんの僅かに振り向いて放ったのち、進は小さく付け加えた。
「それと、みんな、、悪い。碧斗を、頼んだ」
そう放つ進の頰には、天候は良好の筈が、水滴が付いていた。その姿に、碧斗は目を離さず向けている。
そんな最中。
「っ!な、なんだ!?」
「いくぞ。碧斗」
背後から。言葉を受けた大翔と樹音が手を掴み、碧斗を進から遠ざけようとする。
「なっ、何すんだよ!?進がっ!進を救わなきゃいけない!みんな、何考えてんだよ!いつもみたいに、助けに行けよ!俺が作戦考えるから、、頼む、頼むよ」
腕を引かれ、足をするびかせながらバタバタと抗う碧斗は、顔をくしゃくしゃにしてそう声を上げた。
そんな彼の姿と、覚悟を決めた進の姿に美里が。皆の姿と修也に、沙耶が。それぞれ寂しそうな表情を見せながら、目を逸らし拳を握りしめる。
どうやらそれは、碧斗を運ぶ2人も同じ様だった。
「駄目だっ!このままじゃ進が!いくら最強の能力でも修也君と2人じゃ厳しい!進を、援護しに行かなきゃ、、っ!離せよ!俺は、行かなきゃ」
「碧斗!もう諦めろ」
大翔が、進の元へ向かおうとする碧斗を必死で押さえながら放つと同時。
樹音は小さく大翔に何かを耳打ちしたのち、美里と共にその場を後にする。
「おい!何処に、、なんでっ!なんで俺は駄目なんだ、、進!駄目だ!そんな事、、この世界で得た事も、沢山あった筈だ!確かに辛い事も多かったかもしれないが、忘れたく無い記憶も、同じく多かった筈だ!だから、思い直してくれよ、、道は一つなんかじゃ無い!一緒に、新たな道をーーっ!」
「「っ!」」
碧斗が大翔に押さえつけられながら必死に放つも虚しく、言い終わるより前に、進による圧力によって沙耶を含めた3人が更に押し出される。
「ガッ!ゴホッ、、」
それにより飛ばされた碧斗は、空気を吐き出しては起き上がり、足を立てた状態で地に座って零した。
「進、、そうか、それが、、お前の答えなのか、」
どこか寂しそうに、失望したような表情で弱々しい笑みを浮かべる。
そんな彼に、進は小さく
「本当に悪い、、碧斗」
と呟いたものの、その場の誰にも届く事は無かった。
と、その時
「えっ」「...?」
「フッ、来たか」
遠くからエンジン音が近づき、次第にその正体が露わになる。
そう、先程大翔が森に置いてきた、自動車のようなものである。
「...っ、」
怪訝な表情を浮かべながらぼやく碧斗を、自動車がこちらに着くや否や、連れ込む。
「なっ!やめろ!進が、、進が!」
「その進はそれを望んでんのかよ!」
「!」
尚も声を上げる碧斗に、大翔はそう声を荒げる。その言葉に、以前の美里の発言が過り、碧斗は思わず押し黙る。
と、その隙にと言わんばかりに、大翔は碧斗を押し込みドアを閉めると、絶望により脱力している沙耶もまた、車に連れ込む。
その後、それを成し遂げたと同時に。
「これでいいんだな、進」
大翔はそう小さく呟いた。
「...」
それに対し、進自体は何も発しなかったものの、その表情はほんのり薄笑っており、答えはそれが物語っていた。
「おいおい、いいのか?行かせちまってよぉ」
「...いいんだよ」
この場を去る一同を見届けながら、修也は問う。それに対し答えた進は、目つきを変えて口角を上げる。
「にしても、優しいんだな修也。俺らがこうして長々話してる間、なんもしてこないなんてさっ」
「フッ、まあなぁ。ただ、分が悪いと思っただけだ。碧斗とかはよくても、他の奴らを合わせて5人相手は、流石に厳しいからな。逆に助かったぜぇ、佐久間進」
進の返答に考える間もなく、直ぐに笑って返す修也。
その姿に僅かな呆れや苛立ちを感じながら、進は小さく
「ハッ、そうかよ、」
と呟いたのち、修也を見据えて手の平を前に出した。
「それで安心したよ。思う存分、戦えそうだ」
そう強がりに見える笑みを浮かべる進に、こちらが優勢だと分からせるかの如く表情で、修也はその言葉をただ受け取ったのだった。




