127. 心頼
バタバタと、音を立てながら慌てて二階の一室に向かう。
そう、他でもない。1週間半あまりの長期間、沙耶が寝込んでいた、部屋にである。
「はぁはぁ、、み、水篠さん!お、、起きた、んだって?はぁはぁ、」
無事だった事に安堵した碧斗は、そんな彼女の姿を直ぐに見たいと思うがために、どうやら部屋のドアを勢い良く開けてしまった様だ。
そのため目の前の、布団の上で座る沙耶は、目を丸くして驚いている様だった。
「あ、ご、ごめん」
その様子に思わず謝罪の言葉を漏らすと、沙耶は目を見開き表情を明るくする。
「伊賀橋君っ!だ、大丈夫だったんだね!」
ニコッと笑顔を浮かべる沙耶に、顔が熱くなるのを僅かに感じながら、碧斗は苦笑する。
「そ、、それはこっちの台詞だったんだけど、、水篠さんの方が、大丈夫?」
「うん!私は大丈夫だよ!」
「いや大丈夫じゃ無いだろ」
碧斗の質問にも、変わらず笑顔で答える沙耶だったが、ため息混じりに大翔は割って入る。
それにより、ようやく周りを見渡し、碧斗は理解する。
「あ、居たのか」
「いや居たぞ最初から!」「居たよ!」
沙耶の安否に気を取られ、部屋に大翔と樹音が居た事に今更気づく。
「そんな事言って、、橘君も平気じゃ無いのに、」
大翔の言葉に返すように、碧斗とのやりとりを見届けたのち、沙耶は表情を曇らせ呟く。それに、碧斗は付け足すように大翔を一瞥して告げる。
「確かに、大翔君も昨日までは意識無かったもんな」
「あ、うん。私もさっき聞いた、、橘君も、みんなも、辛いはずなのに、」
恐らく、沙耶は皆無理しているのだから、自身も当然だと言いたいのだろう。対する碧斗は、その発言に「いや、俺は全然大丈夫なのだが、」と小さく呟くと、ふと大翔が耳打ちする。
「こう言ってるが、沙耶のやつ。さっき話してもほとんど上の空で、聞こえてるのか分かんねぇ感じだったんだ。それに、指先にまだヒビが見える。完治したわけじゃねぇみてーだな」
「っ、そう、だったのか、」
沙耶には聞かれまいと、大翔と碧斗は彼女に背を向け、それに配慮した樹音が話題を振ってくれている中、そう小声で会話を交わした。
どうやら、沙耶の容態はあまり良いとは言えない様子だった。
と、そんな事を考えている最中ーー
「普通に聞こえてるから」
「「なっ!」」
小声で話していたはずの会話に、何者かが割って入る。
後からやって来て開かれたドアの前で息を吐く、美里だ。
我々にしか聞こえない秘密の会話は、どうやら丸聞こえだったようだ。すると、樹音との会話が終わったからか、そんな3人を沙耶は見つめ、疑問を投げかける。
「な、なんだか、その、長かったみたいだけど、、もしかして何か、あったの、?」
沙耶は聞いていい事なのかを探りながら、美里が碧斗を呼びに、部屋を出てから長時間が経っていた事に対し不安の意を見せる。と、それに碧斗は思い出したように「ああ」と声を上げる。
「そうそう。水篠さんが起きた時より少し前、、いや、丁度くらいかな、、とりあえず、同じタイミングで、進も意識を取り戻したんだ」
「「「っ!」」」
碧斗が笑みを浮かべて、軽く発した言葉に、その場の3人が同時に目を剥く。
「あいつ、目ぇ、覚めたのか」
「...」
その事実に、怪訝な表情で受け止める大翔と樹音。が、対する沙耶は目を輝かせて喜びを露わにする。
「よ、良かったぁ。そ、それで、、体とか、大丈夫なの、?」
沙耶の対応に、美里を含めた全員の反応が僅かに遅れる。
いくら以前に命を助けられた恩があろうとも、いくら仲の良い友人であったとしても。沙耶を、自身をここまで苦しめた張本人である。安堵はするかもしれないが、樹音や大翔と同じ反応になるのが一般的だろう。
その、沙耶の予想外の反応に、碧斗は動揺を見せながらも頷く。
「とりあえず、今はまだ寝室で寝かせてあげてるけど、目立った傷もないし、話もちゃんと出来てた。恐らく、治癒魔法は成功したんだと思う。...でも、心の方がね」
碧斗は、包み隠さずに本当の現状を、沙耶に説明する。
「そ、そっか、あんな事したんだもんね。佐久間君なら、自分を責めないはず無いよ、」
表情を曇らせて、僅かに視線を落としながら沙耶はそう呟いた。
するとそののち、何かに思い立ったかのように目つきを変えて、改めて碧斗に向き直る。
「その、、寝室って、グラムさんの部屋、?」
グラムの部屋。というのは恐らく、彼が普段寝ている部屋を指しているのだろう。
それを読み取った碧斗は、「ああ、そうだけど」と、頷いて短く返す。
その返事を受けた沙耶は、「よし」と。一度力を込めるように力強く頷くと、ゆっくり立ち上がろうとする。
「「えっ!?」」「「はっ!?」」
碧斗と樹音、美里と大翔が、それぞれ驚きの声を漏らす。
「ち、ちょっと!沙耶ちゃん!駄目だよ、まだ安静にしてないと。あの戦いで、、沙耶ちゃんの体は本当に危険な状態になってるんだから」
そんな彼女に、慌てて駆け寄り止める樹音。それに、沙耶は少し不満げに口を尖らせる。
「でも、、もう治ったもん、」
「全然治ってねぇだろ」
そんな2人に、大翔がツッコむように割って入ると、碧斗が口を開く。
「も、もしかして進のところに、行こうと思ったのか?」
どうやら碧斗の予想は的中したようで、沙耶は無言で頷くと
「グ、グラムさんの、部屋は、、書斎に行く時に見てるから、、場所、分かると思って」
と呟く。
「...だから、確認したのか」
それに碧斗は少し微笑みながら息を吐くと、今度は美里が割って入る。
「別に、殴らせてあげてもいいんじゃない?確かに体が危ないのは分かるけど、それくらいなら」
「ううん」
「え?」
やれやれと、美里が皆に沙耶の意思を尊重するよう促した、それの途中で頭を横に振る。
「ち、違うの、、佐久間君、多分凄く自分を責めてると思うから、、そんな事無いよって。私は大丈夫だって事、、知らせてあげたくて、」
俯き気味に話す沙耶に、皆はまたもや驚きの色を見せる。沙耶の発言には、彼女の思想には、毎回驚かされる。
それ程、相手を思いやる気持ちが強いのだ。だが、今はそれが寧ろ、彼にとっては辛いだろう。
進の心情を読み取った碧斗は、少し息を吐いて沙耶に伝える。
「いや、それでも今進のところに行くのは、やめておこう。確かに進は、あんな事をした自分を責めてた。でも、そんな時に優しい言葉をかけられて、報われるとは限らないんだ。寧ろ、思いっきり殴られて、怒られて、暴言や苦言を吐き捨てられる方が、少し心が軽くなる事もあるんだよ。俺も、、この間そうだったから」
そう、碧斗も同じだったのだ。
大切な存在だと口で放っているくせに、そんな人達に死を促していた自身に。不甲斐ない自分を責めていた時に、今の進と同じ思いをしていたが故に、碧斗は理解出来たのだ。
彼の、どこにやっていいか分からない思いを。
そんな思いを、碧斗の口を通じて理解した沙耶は、少し負に落ちない様子で俯いたのち、「う、うん」と小さく頷いて、とぼとぼと布団へと戻っていった。
と、そんな彼女を見つめながら、碧斗は眉間にシワを寄せる。
沙耶の発言は、確かに進を思いやる気持ちの現れだった。だが、それは果たして本当に優しいのだろうか。友達をあんな目に遭わせた進を、本当に優しい人間ならば、許せるのだろうか。
彼女は修也の事と言い、痛みや苦しみを軽視している点がある。修也にも、進にも、同じく自身との関係性というものがあったとしても、思いやる相手を間違っているのでは無いだろうか。
少し、そんな事が脳を過りながらも、沙耶に告げた事を振り返り、碧斗は心中で呟いた。
ーこれで、、良かったん、だよなー
今ここで彼と接触する事を否定した事に、そう疑問に感じながら、碧斗もまた、表情を曇らせて寝室の方向に振り返るのだった。
☆
「おい!入るぞ」
「待って大翔君!そんな強引に...あーっと、えと、入ってもいいかな?」
碧斗が部屋を後にしたのち、僅か数十分後。進の居る寝室にはノックの音が響く。
「...いいよ」
答えるべきか考えていたのだろうか。数秒のズレを見せて、進は返事を返す。
「どうだ?調子は」
それを受けた大翔と樹音が、深刻でありながらもどこか優しい顔で、そう部屋へと足を踏み入れた。
「まあ、、体調自体悪くはないけど、、というか、悪くないからタチ悪いんだよな」
2人の問いに目を逸らし、小さい声音で返す進。そんな彼に、大翔は息を吐く。
「そうか。俺も、少し気に食わねぇ。死にかけてるのを治療するなら別にいいけどよ。完治するまでやるのは、俺もよくわかんねぇ。本人の前で言うのはアレだけどよ、俺は認められねぇ」
「ひ、大翔君、」
そう放って目つきを変える大翔に、唇を噛む進。
「碧斗から聞いたぞ。第三者がどーのこーのって。なんか理由あってやった事なのか知らねーけど、みんなを苦しめたのは事実だ」
頭を掻きながら、うろ覚えである言葉を濁しながら放つ。
「...第三者って言ってもそんな大そうな事言われたわけじゃないし。碧斗にも言ったけど、第三者は別に何もしてない。ただ、心の奥の俺を引き出させただけだ。君が1番何を伝えに来たのかは分からないけど、つまり、、今回のことは、全て俺の秘められた思想にあるって事、、になるんだよな。だから、、だからさ、」
またもや唇を噛み、進は拳を握りしめる。それを、大翔と樹音は次の言葉を待つ様に無言で見つめる。
するとそんな中、進はゆっくりと顔を上げ2人と目を合わせる。
「な、、なんだよ、」
大翔がそう声を漏らした後、進は真剣な表情で放つ。
「2人に、お願いがある。俺と、然程面識は無いし、あんな事をした最低な人間だけど、お願いだ」
と、進はそう前置きし、声を僅かに張って続けた。
「碧斗を、頼む」
☆
あれからというもの、沙耶の安否を確認するべく、体調を彼女自身に聞いたり、魔法石で体内環境の分析を行った。
その際、沙耶のヒビの状態を確認するべく、彼女の服を脱がせようとした大翔は、悪気はなかったようだが、美里にこんがりと焼かれていた。比喩では無く、文字通りだ。そして勿論、碧斗と樹音もだ。
するとどうやら、沙耶の体にはヒビが残っており、能力の侵食は続いているようだったが、不思議と体調に問題は無いようだった。
数時間後に帰ってきたグラムに現状を話したところ、どうやら彼にも分からないようで、日が落ちた今でも真相は分からずじまいである。すると、そんな中
「...よし!まあ、いい時間だしのぉ。長く寝ていたサヤはお腹も空いとるだろうし、まずは夕飯にするとしようかの」
いつまでも答えの出ない事に頭を悩ませる一同の中、それを終わらせるように声を上げたグラムは、そう言うと、台所へと足を進めた。
「そ、それも、そうだな。とりあえず、今は考えても分からない。水篠さんの体は良好みたいだし、今無理に考えなきゃ駄目って訳でも、ないんじゃないかな」
碧斗は、台所の前に置かれたテーブルを囲んで座る3人に、そう告げる。
いつまでも進まない状況に、皆も考えは一致しているようで、揃って同意の反応を見せる。それを確認した碧斗は、改めて「よし」と放つと、席を立つ。
「とりあえず、俺は進を呼んでくる。少し、、気持ちを整える時間はあったと思うし、そろそろ、こっちに来れると、、思うが、」
進の体の傷は、ほぼ完治していた。
即ち、こちらに戻って来られるかどうかは、彼の意思に甘えるしか無いのだが、と。碧斗は、自信なさげにそう言い出すと、続いて美里も立ち上がる。
「そうね。私も、水篠ちゃんを呼びに行ってくる。いつまでも寝かせてるのも、逆に心の面で悪化しそうだしね」
そんな2人に、残りの樹音と大翔は短く返し、それぞれ夕食の時間である事を伝えに足を運んだ。
コンコンと、ドアをノックする。相変わらず、返事はない。
「入るぞ」
そう短く前置きし、碧斗は寝室のドアをゆっくりと開ける。
が
「え、」
目を疑った。
そう、部屋に置かれた手前のベッドの上に。いや、それ以前に部屋のどこにもーー
ーー進の姿が、見当たらないのだ。
「なっ!?」
何処に隠れているのかと、慌てて部屋の中を物色するものの、進は愚か、人が隠れられそうな物も見当たらない。
クローゼット、ベッドの下、机の下。部屋に置いてある、最低限人が入れそうなものを順に捜すが、一向に見つかる気配が無かった。
故に、碧斗は理解し、無意識にそう口にしたのだった。
「嘘だろ、、進が、、消えた、?」
☆
「はっ、はぁ、あ、あいつがいなくなったって、、ほんと!?」
リビングに待機していた樹音と大翔に状況を伝えたのち、3人で家の中を捜索している最中の碧斗に、美里は現状を聞きつけ、足早に駆けつけ問う。
それに、碧斗は険しい表情のまま、無言で頷く。
「ほんと、、なんなの、」
それを受け、唇を噛み拳を握りしめる美里は、そう悔しさから呟くと、仕切り直すように息を吐く。
「とりあえず、まずは捜すのが先ね」
それを放つと、美里は「よし」と小さく掛け声を漏らし、奥の部屋へと足を進める。
そんな美里の後ろ姿を見つめながら、碧斗は歯嚙みする。どうして、進の側に居てあげなかったのだろうかと。
今はそっとしておこう。
今優しくしても苦しいだけだと、そんな一見最もで優しい言葉に見える発言を繰り返し、進から。いや、進の不安定な感情から、逃げていたのだ。
向き合うと誓ったはずだというのに。何も、変わってないでは無いか、と。
ーなんで、、なんで進から離れたんだ!?ー
無意味な叫びを、自身に向かって何度も口の中で上げる。もっと、彼に寄り添うべきだった。
こうなったのも、進がみんなを傷つける様な行為をした元凶も、他でもない。碧斗、自身のせいだ。
「クソッ!なんで、、なんで、こんな、」
声にならない叫びを、歯軋りして呻く。と、その時。
そんな苦しみに悶える碧斗に対して、廊下の奥から大翔が駆け足で現れる。
「碧斗!やべぇぞ。裏口が、、空いてた」
「なっ!?」
「「え、」」
その異変に、碧斗だけで無く大翔の声を耳にした、樹音と美里も声を漏らす。
「マズい、、外に行ったら見つけ出せなくなる!それに進は王城の人からマークされてる筈だ!早く見つけ出さないと」
「だな。樹音!行けるか?」
「うん!」
碧斗が冷や汗を流しながら口にすると、瞬時に大翔と樹音は会話を交わし、裏口から家を後にする。
その去り際、樹音は
「転生者がいるかもしれないから、外は直ぐに逃げられる僕らに任せて。碧斗君と相原さんは、家をお願い!」
とだけ残して、足を踏み出した。
そんな2人を、未だ見つめたまま、碧斗は歯嚙みする。
そう、自分のせいだというのに、自身は何も出来ないのだ。そんな自己嫌悪と無力さに、碧斗は思わず頭を押さえ、歯を食いしばった。
何から何まで自分のせいなのに、自身では何もやっていないでは無いかと。
すると、そんな事を考えている碧斗を、現実に引き戻すかの様に、美里がふと疑問を投げかける。
「伊賀橋君。あんた、あいつから何か聞いてないの?行きそうな場所とか、、私達が寝室を出てから結構経ってるし、円城寺君と橘君の2人でがむしゃらに捜しても、既に見つけるのは難しいと思うんだけど、」
美里は不安げに、碧斗に詰め寄る。
その通りだ。何か、場所を絞れる情報が無ければ、見つけるのは至難の技だ。
そう考えた碧斗は、またもや頭を押さえ、それらしき発言を探そうと、進との会話を振り返る。
進が起きてから、僅か10分程度の中で話された衝撃の数々。それを一つずつ思い出し、脳内で整理する。
そうだ、進は、我々と行動を共にする事も、敵対する事も、転生者に馴染むことすらも、望んでいなかったのだ。
それを思うと同時、碧斗は何かに気づき、目を見開く。
「っ、そうか、っ!」
「え、ちょっと!?」
思わず呟いた次の瞬間、碧斗は突如、慌てて裏口から家を後にする。
すると、息を切らしながら足を早め、倉庫の横に立て掛けられた梯子を掴み、裏口前の柵に架ける。
そう、進は罪悪感を感じていた。もう、何も起こしたく無かった。これ以上、理想を演じたくは無かった。
そして何より。
『俺が、、率先しなきゃ、、代わりにならなきゃいけないんだ。償わなきゃ、、償わなきゃ、償わなきゃいけない。俺は、ここに居てはいけないんだ、』
全てを償わなきゃいけないと。そう、使命感を持っていたのだ。
「はぁ、はぁ、あっ!ちょっ!ちょっ、っと、2人ともっ!樹音君!っと!ひろ、とっ!君!待ってくれ!」
「え?」
「おいおい、碧斗は家で待ってろってーー」
「分かったんだ!進の、、居場所が!」
「「「!?」」」
大翔と樹音のみならず、背後で、碧斗の奇行を引き気味で見つめていた美里もまた、彼の発言に目を剥く。
「ちょっと、、それってどこなの、?」
恐る恐る、だが力強く。一刻の猶予も無いと言わんばかりの形相で美里は問う。
それに、碧斗は呼吸を整えながら、俯いて呟く。
「あいつは、、全てを終わらそうとしてるんだ」
「え、」
「おい、答えになってねぇだろ!一体進は何処にいるんだよ!?」
それに声を漏らす美里と、ただ怪訝な顔をする樹音。
そんな中で、大翔は痺れを切らして割って入ると、碧斗は呼吸を整え終わったのか、一度大きく息を吐くと、ゆっくり顔を上げて告げる。
「進は、街を一望できる場所にいる」




