126. 自然体
「シグ、、マ、?」
何を思うでも無く、碧斗はそう放たれた名を口にしていた。その尋常では無い様子に、何かを察した進は、同じく目の色を変える。
「だ、、誰か知ってたのか、?」
恐る恐る問う進に、碧斗は無言で頷き、分析を始める。
Sとは、以前大翔が話していた人物である。彼は、大翔に嘘の情報を促し、食い違いを起こさせ、この荒れた現状を更に悪化させたのだ。
それを思い出した瞬間、何かが脳内で繋がった気がした。Sは恐らくこの争い合いを好んでいるのだ。それ故に、更に悪化させて自分好みにしようと、まるでゲーム感覚で人をコントロールしていると予想出来る。
大翔と進の行動を見ると、俄然納得がいった。恐らく、進も同じくそのSと名乗る人物に弱い部分を刺激され、言葉巧みに操られ、抑えられなくなった時にこのような暴行を行なったのだろう。と、そこまで考えると同時に、碧斗はふと思う。
誰にも見せない弱い部分を持ち合わせ、突然それが爆発した様に黒い部分を表に出した人物が、他にも居たではないか、と。
ーまさか、、竹内君も、、そうだったのか、?ー
以前から行方不明だという点から、第三者の手が加えられた事を想定してはいたが、それがそのSという人物によってのものなら、全てが繋がる。
大翔が失敗したが故に将太。
それすらも失敗に終わったがために今度は進と。
心の奥深くに闇を抱えた人物を見つけては、その人物を追い詰め、彼は駒にしていたのだ。将太の行方不明だった期間は、恐らく彼に思想を植え付けられている時間だったのかもしれない。
ー許せないー
それを考えた瞬間、思わず歯嚙みしその力を強める。人の苦しむ事を好み、自らは手を汚さず、卑劣な手を使って殺人的思想の持ち主を増やし、それぞれに争わせて、当の本人は高みの見物をする。
想像するだけで、怒りが湧き上がった。
それを思うと同時、碧斗は感情を極力抑えながら、身を乗り出し問う。
「進!そのSって奴はどんな奴だったんだ!?見た目はどんな感じで、、その、どうしてそんな名前にしたとか、、何か、聞いてないか!?」
そう、Sと直接接触し、その記憶を持ち合わせている進に、詳しい話を聞き出す事さえ出来れば、全てが解決するかもしれないのだ。
大翔に聞いたSはどこの誰で、どんな目的があるのか。更に、それを知る事でSを止める事が出来るだけで無く、修也の行動理由にも結び付くかもしれないと。
碧斗は目の前の進が、この戦いの鍵を握っている事を悟り、目つきを変える。すると、対する進は暗い表情のまま、少し考えて返す。
「えーと、、まず彼は俺たちと同じく転生者で能力持ちだった。ま、まぁ、その能力を見せる事は無かったんだけど、、Sの外見は、多分碧斗も見た事あると思うーー」
「伊賀橋君、水篠ちゃんが目を覚ましたんだけど、誰かと話してーーっ!」
進がSの事を話し始めようとした丁度その時、寝室のドアが開かれる。それと同時、扉を開けた張本人である美里は、目を見開き力強く寝室に足を踏み入れる。
「あ、相原さん、」
「っ、相原さん、、ごめん。俺、みんなに酷いことをーーごはっ!」
ズンズンと進に足を進め、彼が頭を下げようとした瞬間。
美里は進の溝落ち目掛けて拳を入れる。
「かはっ!かっ!」
「あ、相原さん!何やってーー」
「馬鹿なの!?あんた、、あんた何やったか分かってるわけ!?あんたのせいで、、あんたのせいでっ、どれだけみんなが苦しんだか、、伊賀橋君が、、どれだけ悩んだか、、分かってんの!?」
「っ!あ、、相原、、さん、」
涙目になりながら進に声を荒げる美里に、碧斗は彼女に目を向け小さく名を呟く。
「ご、、ごめん、、本当に、ごめん」
腹を抑えて、蹲りながら進はそう呻く。それを、歯を食いしばって見つめながら、呼吸を整えた美里は、碧斗に視線を移す。
「勝手に入って来てごめんなさい。ノックしようとしたら、声が聞こえたから」
「いや、、それはいいけど、」
タイミングは悪かった。
正直碧斗は、そう心中で呟いたが、放った言葉は紛れもなく本心だった。
すると、「それよりも」と、碧斗は心配そうな目線を進に向ける。
「いいんだ碧斗。俺は、、こうされるべきだ。相原さん、、もっと、怒ってくれて構わない。殴ってくれて構わない」
「...あんた、、なんであんな事したの、、あんたは、良い意味でも悪い意味でも、馬鹿みたいだったのに」
ーその言い方はなかなか酷くないか!?ー
美里の容赦の無い物言いに、碧斗は脳内でツッコむ。それを受けた進は、俯いたまま肩を揺らしたのち、顔を上げる。
「俺は、、もう、辞めたかったんだ、、演じるのを。ずっと浮いてた自分を変えようと始めた、みんなの望む俺になる努力を。でも、そう思った時、俺は何者なのか分からなくなった。俺は俺を、、既に忘れてたんだ」
「それで、?あんな事したわけ、?」
美里は握る拳を震わせながら、そう声のトーンを落として呟く。それに、進はバツが悪そうに頷く。
と
「いや、そうじゃ無いんだ相原さん。これは、、第三者によってのものなんだよ!な、なっ?進」
碧斗は慌てて割って入り、先程の進の話から結論付けた、今回の暴行の1番の理由を放ってみせる。
が、進は無言で頭を横に振り、口を開く。
「いや、俺が、、今回の事をしたのは、、紛れも無くその理由だよ。彼のせいもあるかもしれないけど、、彼は俺が、俺の本心に気がつくよう誘導しただけ。それだけじゃこんな事にはならない。つまり俺の心が弱かったから、そのせいだったんだ。だから、理由は演じる事に疲れた、、全て俺のせいだよ」
「...進、」
遠い目をして放つ進に、美里はワナワナと震えて声を上げる。
「そんなの、理由にならないでしょ」
「え、」
「そんな状況で変わろうとしたのは、凄く勇気がいる事だと思うし、私は、正直凄いと思う。そうやって努力して変わろうとするのは、、私には無理だから、、でも。無理に演じて自分隠して抑えて、その結果こうやって爆発して、後に引けない罪を犯すくらいだったら、最初っから隠そうとなんてしなければ良かったでしょ?」
ぶっきらぼうでありながらも情のこもった声と発言を、進に放つ。
「そんなの、自分のやった事を正当化する為に理由付けてるだけに過ぎないから。私には、あんたの事なんて分からないけど、どんなに貴方自身の事を無碍にしたり馬鹿にする人が居ようとも、あんたがどんなに世間体とズレていようと、貴方は貴方だから。そうやって自分を見失ったなら、誰かの理想を演じるんじゃ無くて。少しだけ、ほんのちょっぴりでいいから、、少しでも理想の自分に近づける様な、自分自身が思う理想の自分を演じなよ。あんたは、、まだ間に合うと思うから」
「相原さん」
「.....強ぇな、、」
「は?」
美里の力強い熱意を感じる言葉に、進は掠れた声で言葉にする。
「碧斗も、相原さんも、水篠ちゃんも、樹音も、大翔も、やっぱみんな強ぇわ、、俺なんかよりずっと強ぇ、、俺なんかと比になんねぇよ」
ーそんな奴らを、、倒そうとしてたのか俺、、ハッ、勝てるわけねーのに、、分かってた、目に見えてたのになー
俯く進は、そう口にすると同時に、心で付け足した。
それを、碧斗は表情を曇らせて見つめる。何か声をかけてあげた方がいいのだろう。だが、その言葉が、今の碧斗には思い浮かばなかった。
今はそっとしておいた方がいい。
そんな便利な言葉で、碧斗は無力な自分を隠す様にこの場を離れようとした、その時。
「...はぁ。私達は別に強くない。伊賀橋君に関しては能力も根性も弱いし」
「なっ!?そ、それは、、そう、その通り、ではあるが」
美里の直球な言葉に、碧斗はツッコミを入れようとしたものの、彼女の言葉が最もだと理解し、押し黙る。
「そんな事無いだろ、?こうやって、こんなゴミみたいな奴に親身になってくれてるのにか?」
進が今にも崩れそうな表情で、2人を見つめながらそこまで言うと同時、碧斗は僅かにそれに反応して目をピクッと、反射的に動かす。
そんな碧斗の事は露知らず、進はそのまま続ける。
「あんな事した俺を許して、そうやって希望を与えようとしてくれてる。そんなの、、強い以外に何があるんだ」
「はぁ」
進の意見を一通り聞き終わった美里は、一度大きなため息を吐いたのち、「あのねぇ」と切り出す。
「強い弱いで人は決まらないし、私達は弱いから。でも、弱い人も弱いなりにみんな集まって、頑張って崩れそうなお互い支え合ってんの。...いつまでも過去から抜け出せない怒りっぽい奴、一度裏切った事に罪悪感感じてる奴、この争い全ての元凶だと自覚して背負ってる奴。...そして、能力も弱くて、何も出来ないと誤解してる奴」
「!」
「みんなはそれぞれ支え合ってんの。弱いとこ見つめて、、認め合って。そんな素敵な場所なの。ここは」
そう放つ美里の目は、そんな力強い説得とは裏腹に、なんだか凄く寂しそうだった。
まるでそれを、第三者として認識しているかの様な、遠くから見ている様な目。
それを受けて、進は少し口角を上げ「やっぱ違ぇわ」と呟くと、足を畳んで頭を埋める。
「...進」
「はぁ。ここからはあんた次第だから。でも、とりあえずみんなに頭下げる事が先ね。そして、1人ずつ殴られる事」
「容赦無いな!?」
息を吐いて淡々と告げる美里に、碧斗がそう放つと、彼女は
「あそこまでの事やったんだからそれくらいは当然」
と呟く。
「でも、とりあえず進はまだ体的にも厳しいだろうから、今は少し寝かせてあげた方がいいんじゃないかな?...それよりも、何か言いに来たんじゃ、?」
碧斗の提案に、少し負に落ちない表情を一瞬見せたが、直ぐにそう促されアッと、思い出した様に目を開く。
「そうそう。水篠ちゃんが起きたの」
「っ!ほ、ほんと!?」
嬉しい報告をしているとは思えない声で放たれたものの、それを受けた碧斗は表情を明るくし、安堵の息を吐く。
「よかったぁ〜〜。ずっと起きなかったからっ、、でも、ほんとに良かった、」
大きく息を吐きながら膝に手をつく碧斗を、少し薄ら笑いながら美里は見つめ、安堵とは違った息の吐き方をして提案する。
「はぁ。とりあえず行ってきたら?顔。見たいでしょ?」
「そ、そうだね。わ、悪いな、進。水篠さんの様子を見たら直ぐ戻ってくるから。その後、さっきの話の続き、頼むぞ」
そう笑って、浮かない面持ちの進に告げると、美里に一緒に来てくれと促す。
ただでさえ、こんな大惨事を起こした進には憤りを感じているのだ。それを、感情が表に出易い美里と、2人きりにしては問題だと想定したための行動である。
それに、またもや渋々同意した美里と碧斗の2人は、寝室の出入り口のドアノブに手をかけると、進の方へと振り返る。
「それじゃあ、また後で来るから」と、そう言いかけたその時。蹲ったまま、僅かに見える瞳で碧斗を見据えた状態で、進が小さくそう語る。
「俺が、、率先しなきゃ、、代わりにならなきゃいけないんだ。償わなきゃ、、償わなきゃ、償わなきゃいけない。俺は、こんな、、ここに居てはいけないんだ、」
自暴自棄に陥っている進に、唇を噛んだのち、碧斗は首を振って優しく話す。
「そんな事は無い。俺達だって、元々は居場所が無い放浪者だったんだ。進を必要とし、友達だと。仲間だと思ってくれる人が居る。そういう人が居るなら、居場所があるといってもいいんじゃないか?少なくとも俺は、進を大切な友達だと思ってる。居場所っていうのは、必ずしも住むことの出来る場所や物体である必要は無いんだ」
そう伝えて微笑みを見せたのち、碧斗は「それじゃあ、少しだけ待ってて」と付け足し、2人で部屋を後にしたのだった。
その後、僅かに視線を逸らし、またもや顔を埋めて蹲った進を、誰も知る事は無かった。




