122. 自己理解
雷雨を前にし、碧斗は言葉を失う。まだ、あれ以上のものを隠していたのか、と。
作戦に失敗した碧斗は、そんな絶望に、地に寝そべったまま彼を見据え、顔をくしゃくしゃにして敗北に歯嚙みした。
が、それは全て。
作戦通りである。
ーはぁ、、演技も大変だなー
そんな絶望を見せる碧斗の心情は、正に真逆と言える程のものだった。
そう、作戦は、失敗なんてしていないのだ。寧ろ、続行。
全てが、作戦通りの展開であると。表情が綻びそうになる顔を、悔しさからのものであるかの様に腕で隠しながら、碧斗は思考を巡らせていた。
ーにしても、何が慈悲なんて与えないだ。元から、そんなもの無いだろ。はぁ、ここからどうするか。作戦的にはもう少しなんだが、、体が保つかどうかだなー
上手く受け身をとったつもりが、こんな経験をしたことの無い運動音痴な碧斗が、威力や痛みを軽減出来るはずも無く、痛いのがどこかすら忘れる程の激痛が、碧斗の全身を襲う。
「はぁ、はぁ、クソッ!ごはっ!?」
体が痺れて言うことを聞かない。打ち所が悪かっただろうか。次の行動に移らなくてはと、必死に状態を起こそうとするものの、やはり打撲をした体は、動かす事が困難になっていた。
ーやばいな、、でも、このままだと直ぐに殺される、、何か、、時間は稼げないかー
そんな事を思いながら、彼の気を引けそうなものを探す。恐らく、今ここで煙を放出しても無駄だろう。寧ろ、現在の体力的に、煙を放出するのは、更に自身を苦しめる結果となる可能性の方が高い。
ならばと。碧斗は演技を続けた。
「クッソッ!クソッ!なんで、、なんでだよっ」
「悪いな、碧斗。でもな、俺がここまで大きくなったのも、お前のお陰なんだ。お前が俺を更に駆り立て、上へと力を上げてくれた。お前のお陰で。いや、お前のせいで、だ」
現状が受け入れられない碧斗を目の当たりにした進は、皮肉を込めた言葉を呟き、ニヤリと微笑む。
だが、そこまで告げたのにも関わらず、彼は直ぐにとどめを刺そうとはしなかった。
理由は、明白である。それを確認した碧斗は、予想が確実であると確信を持ち、ゆっくりと起き上がった。なるべく、彼に余裕を取り戻させる猶予を与えるわけにはいかないのだ。
そう力強く脳内で呟き、震える足を必死に地面につけ、膝に手を当て、力を込め体を起こす。
「ごはっ!」
どこか、体の臓器が潰されている状態なのだろう。体を大きく動かす度に、噤む口を突いて、液体が溢れる。
苦しかった。
直ぐに倒れたかった。
本当であれば、既に倒れ、諦めていた事だろう。
だが
皆が繋いだ進の攻略戦。進を救出するための舞台を作ってくれた皆の想いは、決して無下には出来なかった。これまで皆が受けた苦しみ、痛みに比べれば、大した事は無いと。皆がこの激痛に耐え、戦い続けたのだと。
それを思えば、"最後の数分間"なんて、耐え切れると。
弱音を吐いているわけにはいかないと。強く自身に言い聞かせた。
「はぁ、はぁ」
口元には溢れた血が付着し、膝をついた手と足は小刻みに震え、息も絶え絶えだったが
碧斗は、倒れる事なく、進を見据えて立ち上がっていた。
故に、進は目を剥く。それはそうだ。こんなの、碧斗は耐えられるはずが無いのだから。
「碧斗っ、お前、」
「進、言っただろ、お前を殺す気でいかせてもらうって」
「!」
碧斗の、弱々しい体からは予想も出来ない、力強い形相と声音で放たれた言葉に。進は歯嚙みして、驚愕の表情を露わにした。
ーとりあえず、一瞬の隙をついて剣を取りにいかないとなー
その発言とは裏腹に、碧斗は内心。不安を感じながら、進の様子を伺う。
"条件"は揃っている。後は、「彼」の到着に合わせて、時間稼ぎが出来るか。作戦を成功させるまでに体が保つかどうか。その2つの難関への不安が、碧斗を襲った。
「ふぅ〜」
立ち止まっている時間は無い。既に、この状況に目を丸くする進も、我に帰ろうとしている最中である。故に、今しかないと。碧斗は「よし」と心中で覚悟を決めると、剣に向かって足を踏み出す。
が
「グッ!?」
一歩足を踏み出した瞬間、碧斗の体に電流の如く、激痛が走る。
ークソッ!?ここしか、、もうこれしかチャンスが無いのに、今しかないんだ!ー
それにより思わず崩れ落ちた碧斗は、足を擦りながら必死に剣へと向かう。
「..何言ってんだ。この状況で、、ちょっと夢見すぎなんじゃねーか!?」
「ぐはっ!」
地に突き刺さる剣に、後僅か1メートル程度の距離に達したその時。進は碧斗がゆっくりと、唯一の攻撃手段である剣に近づく様を目の当たりにし、既のところで我に帰って、圧力で引き返させる。
「ク、、くそぉぉぉ!」
碧斗はまたもや、数十メートル先に薄らと剣が見える位置にまで返され、嘆く。がしかし。ここまでの戦いを、何も出来ずに見ていたからこそ、皆の思いも理解していた碧斗は、まだ諦めるわけにはいかないと。
地を這いながら、暴風に負けじとゆっくりと、着実に前へと進む。
「はぁ、はぁ、、も、う、、少しっ、!」
歯を食い縛りながら這う様子を眺めていた進は、碧斗とは思えぬその異常なまでの執着心に、冷や汗を流しながらも、冷静を装い笑う。
「無様だな、碧斗。お前は剣が無ければ攻撃手段が無いんだ。つまり、それに辿り着けなくすれば、俺に勝つ事は不可能となるわけだ。散々大口叩いて結果がこれ、、フッ。いい気味だ。ほんと、無様だ、、哀れだよっ!碧斗ぉ!」
進はそう声を上げて、必死に進む碧斗を嘲笑うかの様に、またもや圧力で吹き飛ばす。
「がはっ!」
必死になって進んだ道は、最も簡単に押し戻される。その状況に、碧斗には既に、諦めの感情が生まれ始めていたーー
わけも無く。寧ろ、笑みを浮かべた。
「ああ、そうすると思ったよ。進ッ!」
「...は、?」
暴風の中、屈んだ状態で小さく起き上がった碧斗は、進にそれを告げた。その瞬間
まるでそれを見計らったかの様なタイミングで、地に突き刺さっていた剣がーー
圧力及び暴風により、引き抜かれる。
「!」
そこで進は、ようやく気がついた様だ。自身が、碧斗を逆に助けてしまった事を、否。
碧斗に、それを読まれ、利用された、という事を。
地面と別離した剣は、風により地を滑りながら、碧斗の居る方向へとスルスルと流れていく。それはそうだ。風向きは、"一点に集中"されているのだから。
そう脳内で呟き、それを進に告げるかの如く、笑顔を浮かべる。
「無様はお前の方だったな。利用されて、俺の手の上で踊らされて。フッ、進も俺みたいに、相手を上手く扱えればいいんだが、剣も扱えないお前には、厳しいだろうな」
またもや心底煽る様に。碧斗はニヤリと返す。
それに目を見開き、逆上する進は
「っ!!調子のんじゃねぇーぞっ!碧斗ぉぉぉぉぉ!」
と、叫んだ。次の瞬間。
「!」
目の前に、目を覆いたくなるほどの光が現れ、反射的に碧斗は後退る。
ー...危なかったー
反射的に体が動いていなかったら、自身が攻撃を食らった事すら気が付かずに死ぬところだった。
と、碧斗は冷や汗を流し「それ」を見つめながら、高まる鼓動を抑えるかの如く胸を押さえる。すると、その直後。
碧斗と進の居る場所一帯に、雷鳴が鳴り響く。
そう、何が起こったかも分からない程に高速で放たれた攻撃。碧斗の見つめる先には、地に雷が落ちたと見られる、真っ黒な跡が残っていた。
「クソッ!」
「ほら、逃げろよ碧斗!まっ、逃げても俺が空気圧で碧斗を吹き飛ばせば、簡単に雷が落ちる場所に誘導出来るがな」
息を荒げながらも、碧斗を脅す様な言い草で言い放つ。だが、その通りである。
そう碧斗は歯嚙みしながらも理解し、動かす毎に痛みの増す体を必死に動かして、進から距離を取ろうと逆側に走り出す。
「はぁ、はぁ、、!」
おぼつかない足取りではあるが、命の危機を感じた碧斗は、確かに足を早める。が
「うわっ!?」
一瞬。僅か1秒にも満たない数値の世界である。碧斗の視界が真っ白に染まり、慌てて後ろを振り返り剣を向けようとする。
だが、意図せずに体が行ったその行為を正す様にして、碧斗は剣を持ち上げた反動を使い、自身の体を左側に投げ出す。
「クッ!」
ーあ、、危なかった、、攻撃と同じ要領で、剣で防ぐところだったー
確かに進の攻撃ではあるが、それは紛れもない電撃である。故に、剣で防いでは、それを伝い碧斗に電流を運ぶ役割をしてしまい、自分を守る行動が、逆に自身を殺す様な行動になってしまうところだったのだ。
そう碧斗は大きく息を吐き、"次の攻撃"が来るよりも前に、剣を杖代わりにして立ち上がる。
と、碧斗は直ぐに路地裏に向かって足を早め、一時的に進の視界から外れる。
「フッ、残念だよ碧斗。弱い男だな。逃げても無駄なのが、まだ分からないのか?」
碧斗の苦し紛れの行動に嘲笑して、進は軽く宙を浮遊しながら、逃げたその方向へ向かう。
が、隠れたであろう建物の裏へと向かうために、進がその家に近づいた。
刹那
「おらっ!」
「!」
碧斗は、その家の屋根から姿を現しーー
そこから跳躍し、進に思いっきり剣を振った。
「なっ!?」
それに、進はヒヤリと。額から汗が噴き出し、目を見開いた。だがしかし。碧斗の自らの危険を顧みない作戦もまた、進の能力によって受け流される。
「クソッ!がはっ!」
そう、即ち建物の裏に置かれた薪や要らなくなった家具などの山を使い、進と目線を合わせるがために屋根へと登ったのだ。
それを、既のところで攻撃を避けられてしまった碧斗は、進による能力の力もあってか、勢いよく地面に叩きつけられる。
「ふぅー、ふぅ!ふざけんなよっ、お前は最弱だろ!?作戦が無くなったら何も出来ない。計画が無かったら絶望して、逃げようとする、臆病者だろ!?それならさっさと、、大人しく俺に殺されろッ!」
抗っている事に、進は憤りを感じているのだろうかと。碧斗は、分からないフリをして見せた。
内心で、小さく微笑みながら。
だが、その碧斗の対応にいちいち反応しているわけにもいかないと、まるでそう告げる様にして、目の前に雷が落ちる。
「!」
雷というものは、直接的な攻撃のみならず、それによって生まれる閃光に視界が妨げられる点も、厄介なのだ。
慌てて目を瞑った碧斗は、次も来るのでは無いかと、体の向く方向へ、逃げる様に足を進める。
雷を避けながらまたもや屋根へと登り、雷を避けながら屋根から屋根へと移動。そして、進の隙をついては攻撃を行うため跳躍する。
だが、それを幾度と無く繰り返そうとも、進に攻撃が通る事は、決してなかった。
しかし、それにより余裕を無くしているのは、碧斗では無く、進の方だった。
すると、それを続ける内に。それは起こった。
「っ!マズいっ!?」
瞬間。碧斗の目の前が真っ白になり、とうとう雷が避けられない位置へと落ちた。
感情は無かった。
恐らく、本来であれば、こうなる前に「それ」を実行しておけば良かったと、自身を責めるところだろう。だが、そんな事を思う時間があるはずも無く、碧斗は運命を受け入れるしか出来なかった。
寧ろ、そんな事を考える猶予すら与えられなかった。
はず、だった。
「っ!」
が、閃光が碧斗を始めとした、この場一帯を襲った次の瞬間。
碧斗の眼前には、敷き詰められた岩が、ただ映し出されていた。
「なっ」
進がそれに、目を剥いた。
刹那、碧斗の居た場所。及び岩の塊が生まれた場所の真後ろである、家の屋根の上。そこから飛び出す様にして、沙耶が現れた。
「伊賀橋君っ!絶対って、、言ったでしょ!」
ーっ!この声、、水篠さん、!?ー
「み、水篠ちゃん、、余計な事しないでよ。俺と碧斗の、一騎討ちなんだからさ」
苛立ちを見せながら、進は沙耶を睨んで声を漏らす。
すると、突如目の前に炎が現れ、進は慌てて空中で退く。
「はぁ、はぁ、、雨だと、、やっぱり直ぐ消えちゃうみたいね、」
「相原さん」
その炎を生み出した張本人が、今度は沙耶の居る屋根とは逆の家の屋根から現れ、進は更に声のトーンを落として、憤怒の表情を浮かべる。
「あんた!...あんたは、確かに弱いかもしれないけど、1人で何も出来ないわけじゃないから。勘違いしないで。あんたの出来ない事をカバーするために私達は居るの。私達には、あんたみたいな作戦が思いつかないから、一緒に戦ってるの。だから、、私達の事、駒だとか、絶対に思わないで。あんたがあいつに言ったのと一緒。もっと、私達の事、頼って!」
ー...っ!あ、、相原さん、、あいつ、っていうのは、、まさか、樹音君の事、かなー
「チッ、また邪魔を」
進が静かに怒り、そちらに注意が向いた。その一瞬に。
「オラァ!」
「!」
美里の方向へと振り返った進の背後。即ち、沙耶の居る屋根と同じ位置から。大翔が跳躍し、進に殴りを入れる。
「お前ぇぇっ!」
碧斗の時と同じく。それを軽々と交わす事に成功した進だったが、それなのにも関わらず、更に余裕の無い表情で、彼に怒りをぶつける。
「おい碧斗!お前、信じろとか頼れとか言うくせに、自分の時は真逆で信用できねーじゃねぇかよ!誰かに頼ってもらいたいなら、信じてもらいたいなら、自分が仲間に頼んねぇと駄目だろ!」
ーっ、、ひ、大翔君、ー
岩に囲まれ、目には見えなかったが、確かに理解できた。美里の、痛みを我慢し、不甲斐ない碧斗に呆れを見せながらも、優しく厳しい表情で告げる姿が。大翔の、ボロボロになりながらも、必死で食らいつき、矛盾する碧斗に苛立ちを覚えながらも、心のどこかでは信じてると言わんばかりの表情で伝える姿が。
そして
「伊賀橋君!全てを始めちゃったのは私だから。...私を信じて、手を差し伸べてくれた、伊賀橋君に円城寺君。相原さんに橘君。そして、ここには居ないけど、マーストさんとグラムさんも!そんな、私のわがままを受け入れて、助けてくれた大切な人を助けるのは、私の役目だから!だから、その、私のっ、私の役目を奪わないでっ!伊賀橋君は、1人じゃ無いから!」
ー水篠さん、、そうか、俺は、ー
ほんの少しの気持ちだった。転生されてきた事による、ヒーロー気取りの、ちょっとした正義感だった。そう、勘違いしていたのだ。
やっと分かった。転生をして、ヒーローになりたかった訳では無かったのだ。この戦いを始めた、全ての元凶である人物に苛立ちながらも、その人物の肩を持つ沙耶を助けた理由。それは、他でもない。
誰かに、本当の意味で必要とされるような、皆を救い、慕われる、そんな正義の存在に。心の何処かで、憧れていたからだったのだ。
どちらが正義かなんて分からなかったが、傷つけるわけにはいかないと。沙耶を傷つけたら、彼女も、彼女に怪我を負わせた人も、辛い思いをしてしまう。それが、無意識に、碧斗の体を動かしたのだ。
ただ、それだけだった。それによって自分がどんな立場に置かれるかなんて、どんな苦しい出来事が待ってるかなんて、想像すらしていなかった。
だが、それでもと。今は確信が持てる。
そう碧斗は笑みを浮かべて、口を開く。
「水篠さん。岩、大丈夫だよ、俺はもう大丈夫だから。ありがとう」
碧斗の声を聞き、少し悩んだ沙耶は小さく頷くと、彼を包んでいた岩を砕いて、地に返す。
それにより崩れた岩の後ろから、ニッと笑って、凛々しい目つきで進を見つめる、碧斗がゆっくり露わになる。
修也を間接的に助ける事。沙耶を信じ、守る事。この選択は果たして合っていたのだろうか。追われてばかりの生活。逃げてばかりで隠れてばかりで。苦しい事の方が多いのが、正直な現状である。でも
ー今の俺の方が、、少し自分が好きになれる気がするー
皆の声を聞いて結論に辿り着き、碧斗は微笑む。その姿に、何を言うでも無く歯噛みする進に対して、碧斗はそう口にした。
「確かに、お前の力は俺達5人が束になっても勝てないくらいに強い。お前の方が強いのは、既に確定されている」
碧斗は、目を深く瞑りながら、宙で表情を歪ます進に対し。そこまで告げたのち、目を見開いてそう続けるのだった。
「でも、お前は決して俺には"勝てない"。絶対に、な」
笑顔を崩さず。いや、先程よりも、より一層何か吹っ切れた様に、砕けた表情で放つ碧斗の、そんな姿に。
対照的に進は、表情を大きく崩した。




