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殺し合いの独裁者[ディクタチュール]  作者: 加藤裕也
第4章 : 履き違えの仲違い(コンフィリ)
120/300

120.起死回生

 今回はTwitterの方で報告致しました通り。


 先週投稿しました、120話「回生」に、「起死」を付け足し、1話分の内容を後付けする形で投稿いたしました事を、こちらでも報告致します。

 暴風の中、それによる耳鳴りに、(しん)の言葉は上手く聞き取れなかったが、"それ"だけは綺麗に聞き取れた。


 『嵐』と。


「クッ!こ、、こんな事もっ、、出来るのかっ、!」


 打ち付ける大量の雨に、目を開ける事すら困難になりながら、碧斗(あいと)は口から出ているかすら分からない言葉を呟いた。こんな状況だ。普通に戦えるわけがない。


ーこんなの、、作戦とか関係無いじゃないかー


 歯嚙みして、進を薄目で睨む。いや、ただの「怪物」を、睨んだ。


 ただでさえ戦うのが困難な身体で彼に挑もうとしているのにも関わらず、こんな無傷な碧斗でさえ立っていられない中での戦闘なんて、不可能だ。と、碧斗は皆に視線を戻す。


 が


「っ!」


「こ、この中でっ、さっきの作戦はいけるか!?」


「たっ、多分っ!建物を経由して、壁を利用すればっ」


「僕が、、能力で極力雨風を防ぐよ!だからっ、その間にっ」


 皆は、まだ前を向いていた。それどころか、目を、輝かせていた。この状況でも尚、彼に歯向かう事を、選んでいるのだ。その光景に、唖然とする碧斗。

 そこに、もう既に尊敬なんてものは無かった。そこにあったのは、恐怖と呆れ。見えきった未来に、未だ挑もうとする一同は、異常としか言えなかった。


「なんでだよ」


「「え?」」「あ?」


「なんでそこまでするんだよ!?おかしいだろ!?馬鹿なのか!?こんなの見せつけられたら、、普通戦う事なんて選ばない。この場から逃げるか、この世界から逃げるのが普通だろ!それなのに、」


 碧斗の叫びに、その意味が分からないと言うように皆は首を捻る。と、対する大翔(ひろと)は鼻で笑って告げる。


「ハッ、まだそんな事言ってんのか。だからもうその話はしただろ?俺らは逃げたくないんだ。それにーー」


 大翔はそこまで言うと、1度こちらを見下ろす進に向かってガンを飛ばしたのち、碧斗にまたもや振り返る。


「お前の言った、今のこれを見せつけられたら戦えないっての。多分あいつも同じで、力を見せつけて絶望を与えようとしてんだと思うぞ。それなら、それが分かってんのに、相手の思い通りに動くわけにはいかねぇだろ」


「大翔君の言う通りだよ。相手の思惑に乗るわけにはいかない。ここで絶望してても、佐久間(さくま)君の思う壺になっちゃう」


 右前に居る大翔と、左前に居る樹音(みきと)との2人に諭される碧斗。だったが、今の碧斗はそれでも引き下がらない程、取り乱していた。


「それでもいいだろ!どうしてそこで変な意地を張ってるんだ!未だに進に勝とうとしてるのか!?あんな、、既に人でもないやつに勝てるビジョンを見出してるのか!?それなら無意味もいいとこだ。どうしてわからないんだ!いや、、どうして分かってるのに、続けるんだ、、どうしてだよ、、なんでなんだよ、みんな、、もう限界なのに、、やめてくれよ、、もう、無理しないでくれよ、」


 2人に対して否定的な反論を口にしていた筈が、だんだんと声から力強さは消え去り、碧斗は膝に手をついて俯いた。もう、目の前で苦しむ姿を見たくなかった。大切な、人達だから。ただ、それだけだったのに。と、碧斗は歯嚙みすると同時に、自分の無力さに目をギュッと瞑る。


 そんな彼の姿に、大翔と樹音はやれやれと少し困った様子で小さく笑うと、2人で顔を見合わせたのち、自分なりの想いを口にする。


「悪いな、碧斗。お前の気持ちも分からんでは無い。もう無駄なのは、、お前の言った通り、4人ともとっくに気がついてる」


「なら、、なんでだよ、、分かってくれよ、」


 大翔の優しい声音に、更に碧斗は目に涙を溜めながら、声を枯らして呟く。と


「でもよ」


 大翔の優しくも力強い否定の接続語に、碧斗は反射的に顔を上げる。


「なんつーか。その、たとえ無謀でも、勝てねぇって分かってても、、体の限界がきても。いけるなら、ギリギリまで足掻きてぇんだ」


「なん、、で、」


 そこまで放ったのち、進の方向へと体の向きを変えた大翔の背中を、碧斗は見つめながら聞き返す。

 それに、大翔は背を向けた状態で口角を上げ、答える。


「あ?なんでってそりゃあ。なるべく、生きていてぇからだ」


「っ」


「そうそう。僕だって、出来ることなら生きていたいから。もう少し、この世界に居たいし、まだ僕らのやれる事。全然出来てないから」


 大翔に続いて樹音もまた、碧斗に対して背を向けたままその理由を告げる。その2人の回答に硬直し、目を見開く碧斗に、進の"次の行動"を見逃さないと、ずっと彼に視線を送り、こちらには一瞥すらしなかった美里(みさと)は、前を向いた状態で2人の発言に、重たい口を開け付け足す。


「分かっった?そうっ、簡単に私達は、逃げるために死を選ぶことはしないっ、て事」


「...」


 そう放った、雨風に煽られる美里の背中は、その言葉も相まってか、どこか輝いて見えた。すると、それを告げ終わったがために、進への攻撃を始めようと足を踏み出す美里を横目に、大翔は少しこちらに顔を向ける。


「まっ、なんつーか。その、色々思う事はあるし、嫌な事も。お前らの事とか、正直まだ認められねぇ事もあるけどよ。でも、それ全部含めて、この世界での事、1つも忘れたくねぇんだ」


「...っ!」


 そう放つ大翔の顔は横顔しか見えず、更には嵐によりよく見えなかったものの、どこか、笑っているように見えた。


ーそんなの、、そんなの俺だってそうだ。忘れたくは無い。ここで初めて出会った人達、初めて自分の事を曝け出せた大切な人達、その人達と共にした大切な時間。全て、出来る事なら忘れたく無い。どれもこれもが大切で、俺を少し成長させてくれた出来事と言葉。全部、、それを全部覚えていたい。でも、、もうー


 大翔の発言に俯き、どうする事も出来ない絶望的な現状と無力な自分にそう嘆く。


 と、そんな碧斗を差し置いて、美里達一同は、長時間に渡る会話に苛立ちを覚えて、声を上げる進に対し、それに答えるように足を踏み出す。

 進の言葉は嵐によりこちらに届く事は無かったが、それが逆に有利な状況だと、美里は確認するべく皆に問う。


「あいつの声っ!聞こえる!?」


「いや、聞こえねぇな!」


「う、うん!僕もっ、よく、聞こえない!」


 皆の同意見により、確信へと変わった美里の考えに、目の色を変えてそれを放つ。


「なら、それはあっちからも私達の声が聞こえてないって事。それならっ、逆に、有利かもっ!」


 美里はそう呟いたのち、堂々と皆に作戦を声を上げて告げると、一同はそれと同時にそれぞれの方向へと走り出した。


 そんな、強大な力を前に、勝てる筈もない作戦を何度も捏ねて向かう、3人の後ろ姿を眺めながら、碧斗は暴風雨に耐えられなくなったからか、はたまた心理的なものか。ゆっくりと地に腰を下ろした。

 どうしてそこまでするのだろうか。今まで、幾度と無く皆からはその理由を伝えられてきた筈だというのに。自分とはかけ離れているからか、碧斗が納得する事は出来なかった。忘れたく無い。確かにその通りである。碧斗も少し前、皆と海へと向かう途中に考えていた事である。だが、それは果たして死ぬより辛い現状に、居続けられる理由になるだろうか、と。


 碧斗には、それが分からなかった。その理由を口にする皆は輝いて見えたが、それが本当に正解なのかと。碧斗は首を傾げた。


 と、その瞬間。


 ブオッ!という音と共に。更に嵐の勢いが増す。更に天候を悪化させる事が出来るのは予想外だったのか、作戦を立て向かった3人は(いと)も容易く弾き返されて地や家の塀、壁に激突する。


「「ごはっ!」」「グフっ!」


「っ!」


 思わず顔を背け、口元を手で覆った。いつも一緒に居る人達が、先程力の込もった言葉をかけてくれた人達が、ボロボロの体を更に痛めつけられ、それでも尚必死に立ち上がろうとしているのだ。


 そんなの、拷問でしか無かった。


 目の前でそれを見せつけられている現実が。苦痛でしか無かった。と、それと同時。


「グッ!」


 進の強めた嵐の勢いはさらに増し、距離を取っている碧斗ですら、体制を維持するのが困難な状態に陥った。


「おいおいっ!クッ、ハッ!お前らもう終わりっ!かっ!ブフッ、ツッ、ハァー。それじゃ、フィナーレといきますかっ!」


 雨風により視界が妨げられ、打ち付ける雨に声を発するのが難しくなりながらも、進は笑顔を作って余裕を見せる。

 その様子に、碧斗は少し目を細めて彼を見据えると、何かすべき事があるのでは無いかと辺りを見渡し、沙耶(さや)の方へと視線を向ける。


ーそうだ、、水篠(みずしの)さんっ。マズい、、早く移動させないとー


 そう心中で呟き、沙耶の元へと駆けつけた碧斗は、彼女の姿をマジマジと見つめる。


 そこに力無く倒れていた沙耶は、荒れた天気により数メートル後ろへと下がってはいたものの、大きく吹き飛ばされた痕跡及び、目立った傷は見当たらず、碧斗はホッと胸を撫で下ろす。だが、安心出来る状態でも無いのだと、碧斗は慌てて辺りに逃げ込める場所を探す。


 今現在の沙耶の状況を見るに、あまり体を動かすのは控えた方が良い様に見えるが、そんな事は言っていられないと。動かした事で少し傷が悪化するよりも、この場に止まる方がよっぽど危険だと碧斗は考え、沙耶を隣の家に。手をガッチリと持ち上げて、足をするびくかたちで運ぶ。


「...ごめん、こんな運び方しか出来なくて、、こんな事しか出来なくて、、ごめん。期待していた事が、、してあげられ無くて」


 返事の無い沙耶に対して、碧斗は独り言のように呟いたのち、彼女をゆっくりと部屋の中で降ろす。


「何一つとして、してあげられなくて、ほんとに、、ごめん」


 目を強く瞑り、俯いてそれだけを放ったのち、碧斗は少し微笑んでいるように見える、沙耶の息を確かめて、部屋を後にした。


 そう、別の大切な人の元へ、体が反射的に向かったのだ。何も、出来ない身であるというのに。


 それが、分かっているというのに。


 吹き荒れる暴風に抗いながら、碧斗は懸命に足を踏み出し、皆の元へと一歩ずつ近づく。


「っ!」


 と、碧斗が顔を上げたその時。


「クッ、ふ、ふぅ」


「ん、んんっ!んーー!」


「ふぅ、フーーッ!」


 更に強まる暴風雨の中。地に這いつくばる皆が、震えながらゆっくりと立ち上がった。


ーやめろー


 ここまでボロボロになろうとも、進を国民の居る方向へと向かわせはしないと、未だ諦める事なく立ち向かおうとしているのだ。


ーやめろー


 言うことを聞かない身体を、必死に動かし、進に攻撃を仕掛けるがしかし。元から最強である進の能力を前に、現在の状態である一同が及ぶ筈も無く、またもや弾かれては壁や地面に叩きつけられる。


「「「ごはっ!?」」」


ーやめてくれー


 同じく地に倒れる皆は、またもや同じ行動。立ち上がっては、先程同様、進に力の限りを尽くし、立ち向かった。だが、繰り返す毎に、こちら側の体力のみが大きく擦り減り、最初の攻撃の時とは比較にならない程、簡単に皆は弾き返される。


ー頼むー


 すると、また同じく繰り返し。何度も。

 何度も何度も何度も何度も何度も。倒れては立ち上がり、向かっては返され、叩きつけられては血を吐き出す。


ーやめてくれ、ー


 こんな状況である。もう既に、作戦なんてものを考える事の出来る冷静さ及び、知能を持ち合わせた人物など、この場には居なかった。


「はぁ、、はぁ、まだだぁっ!こんのやろォォォォォォォッ!」


「はぁ、はっ、はぁ、まっ、まだっ、まだ負けられないのっ!私達はっ!まだっ、はぁ、死にたくなんてっ、無いの!」


「まだ、は、はぁ、僕なら、僕には、、まだっ、やるべき事が、、出来る事がっ、あるはずだからっ!」


「チッ、まだかよ。マジでしぶといな。そろそろ尊敬を通り越しそうだぞ」


「ふぅ、ふぅ!ふぅ!ふっ!」


 薄れた意識の中、必死に言葉を繋ぎ、己の意志を口にする一同と、それに呆れとも取れる表情で見下ろす進の言動を、僅かに耳にしながら、碧斗は歯を食いしばって荒い息を漏らした。



 と、次の瞬間。



「やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーー!」


「「「「!」」」」


 碧斗は思わず、叫んでいた。この嵐の中、皆の耳に届く程強く、喉を枯らす程の声量で。


「頼む、、お願いだ、やめてくれ、、もう、、やめてくれ、、みんな、、もう戦うのをやめてくれ、、進、もう、、楽にしてあげてくれ、、もう、、終わりにしてくれよ、」


 先程とは対照的に、皆の視線を受けながら、声を掠めて地に崩れ落ちる。


「碧斗、」


「碧斗君」


「....はぁ、」


「碧斗、情けねぇなぁ。まあ、でも、どうせみんな殺すんだ。安心して見てな。それと、最後はお前だからな」


 碧斗の言葉は、掠れていたのにも関わらず、この暴風の中でも一同の耳に届いたようで、大翔と樹音は表情を曇らせ、美里はやれやれと息を吐く。対する進は、高まる感情を押さえ付けるかの如く笑顔を作り、邪悪に笑った。


「俺のせいだ、、俺のせいなんだ、、俺がもっと早く、"あの時"に、進に寄り添っていれば、、もっとちゃんと話を聞いてあげれば。全部、俺の、、俺のせいなんだ。お願いだ、、もうこれ以上、俺のせいで誰かが苦しむところは見たくないんだ、」


 碧斗が地に向かって顔を埋めたまま、歯を食いしばってそう漏らす。それに、美里は憤りを露わにしながら、口を開く。だが


「あんたねぇ!それってーー」


「おい、相原(あいはら)。言いたい事は分かるがよ、今はやめとこうぜ。碧斗にもあれだし、俺らも無駄な体力使うわけにもいかねぇ」


 美里が胸の内を曝け出して、怒声を上げるよりも前に、大翔がそう割って入る。


「はぁ、、そうね」


 それに、美里は息を吐いた。


「よっしゃっ!行くか」


 すると、気持ちを切り替えてと言わんばかりに大翔は、声を上げると同時に立ち上がると、樹音が不安そうに問う。


「碧斗君、、ああ言ってるけど、いいの、?」


「ん?ああ、いいんだよ」


 大翔の放ったそれは、たった一言の短い返しでしかなかったが、樹音はそこに隠された彼の思いを汲み取り、目つきを変えて頷いた。


「そっか、、分かった。...そうだよね」


 一同は気持ちの整理がついたのか、一度大きく深呼吸をすると、美里の


「行くよ」


 という小さな呟きと共に、進に向かってまたもや攻撃を仕掛けようと、一同は駆け出した。


 が、刹那


「ヤメロォぉぉぉぉーーーーーっ!」


 またもやその大声を放つと同時に、今度は暴風によって掻きかき消される事の無いほど大量の煙を、碧斗は一気に放出した。


「「「「!」」」」


「おいおい、、しつこいぞ碧斗ぉ!」


「何すんの!?」


「おい、碧斗」


「みんな!この隙に、、逃げてくれ!頼む」


 濃い煙の中、碧斗は見え無い事を理解していながらも、頭を下げて乞う。その情け無い言い分に、美里はとうとう沸点を超える。


「っ!あんたいい加減にしてよ!いつまで自分の要望を押し付けたら気が済むの!?」


 今までよりも強く。グラムの家に住む事になった頃のように、今までとは全く違った声音で声を荒げる。

 それに、碧斗は思わず引き下がり、冷や汗を流す。が、更にエスカレートするよりも前に、大翔が美里を止める。


「いや、、でもここは碧斗の言うとおり。一旦引いた方がいいかもしれねぇぞ。このまま作戦も無いんじゃ、、無理だろ」


「...チッ、」


 大翔の最もな発言に、美里は負に落ちない様子で舌打ちをする。と


「そう、だね。折角碧斗君が作ってくれた隙だし、体力的にも、一回逃げた方がいいかもね」


 大翔と樹音の考えが一致した事により、渋々美里も退く事を余儀無くされる。


 だったが


「お前らぁ!もう逃すかぁぁぁぁぁーーーっ!」


 またもや進から距離を取ろうとする一同に、今度は彼が怒りを爆発させ、怒声を上げる。


 と、同時。


「きゃっ!?」「ぐっ!」「いぃっ!?」


 進を中心としてーー




 巨大な竜巻(トルネード)が舞い上がった。


「!」


 それにより、勿論碧斗の放った煙は掻き消される。


ークソッ、これじゃ、隙を作った意味がー


 それを目の当たりにし、碧斗は歯嚙みする。

 すると、その時。竜巻により吹き飛ばされた美里と樹音を、力を込めて耐えながら受け止めた大翔は、2人を抱えたまま。


「お前らっ!逃げろぉぉぉぉーーっ!」


 左足を踏み出し、それを軸にして一回転しながら、腕に抱えた2人を思いっきりーー



ーー碧斗の居る方向。即ち後方に、投げた。


「えええぇぇぇぇぇっ!」「きゃゃゃーーーーーーっ!」


「碧斗!ちゃんと受け止めろよ!」


「えっ!?」


 突然の行動と自身に託された重要な役割に、碧斗は間の抜けた声を漏らす。


 だったが、直ぐに事を理解し、碧斗目つきを変える。


ーいけるか、、?人2人。1人を持ち上げる事すら出来ない人間が、威力が増してるこの状況で、、止められるのか、?ー


 自分に向かってくる2人を見据えながら、不安が碧斗を襲う。だが、嘆くわけにはいかないのだ。受け止めなければ、2人は死んでしまうんだと、碧斗は覚悟を決め、足に力を込めて構える。が


「くぅぅっ!うぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!」


 全力を込めて、2人を抱えるように受け止めたものの、案の定碧斗の体共々、大きく吹き飛ばされる。


「クッ!さ、させないっ!」


 と、このままだと碧斗が、勢いに2人の体重が加わった強大な力に押し潰されると予想した樹音は。慌てて2人を止める彼の背後に、巨大な刃のみを壁のように出現させ、2人は碧斗を避けるように左右に移動してそれに激突する。


「「「ぐはっ!」」」


 それによる多少の害はあったものの、最悪の状況は避けられたと、安堵する樹音。だったが、直ぐに目の前で進の風圧に耐えながらも懸命に向かう、大翔に目をやり起き上がる。


「駄目だっ、大翔君!1人で勝てるわけないよ!」


「クソッ!でも、これ以外ねーじゃねぇかよ!お前ら3人やられるより、俺1人脱落した方がマシだろ!」


 進の気を引くためか、戦闘態勢に入る大翔が、樹音の言葉に背を向けたまま告げると、美里も立ち上がって碧斗に指差しながら、反論を口にする。


「はぁ、こいつだったらそうかもしれないけど、あんたが抜けたら普通に厳しいの!分からない!?」


 美里のその発言に、何も言い返す事が出来ない碧斗は、口を噤んで縮こまる。それに、誰を指差したかは不明だったものの、大翔は察したのか、鼻で笑って放つ。


「ハッ、そいつは残念だったな。厳しくても、精々頑張れ、よっ!」


 と、それを言い残し、大翔は進に向かって跳躍する。が、直ぐに竜巻に呑まれ、その勢いは加速し、更に速度を増して吹き飛ばされる。


「ぐはっ!?」


「「大翔君!」」「っ!?」


 すると、逆にそれが運良く進から距離を取り、碧斗達の居る方向へと吹き飛ばされた大翔は、これがチャンスだと言わんばかりに、急いで建物に逃げ込もうと立ち上がる。

 がしかし、今の進には、その僅かな隙すら許されなかった。


「させるか」


「がはっ!」


 進が軽く手を流すと、その方向に暴風が流れ、家の入り口へと向かう大翔の視界は歪み、次の瞬間には大きな衝撃と共に全身に激痛が走った。


「「「!」」」


「や、やっぱ進の視界を奪うか隙を作るかしないと、彼のテリトリー(トルネード)を抜け出すのは不可能だ、」


「...」


 碧斗の絶望を露わにして放った呟きに、美里はどうする事も出来ないと言わんばかりに唇を噛む。

 が、対する樹音は、ハッと顔を上げ


「なら、」


 とだけ声を漏らす。すると、瞬間。


 樹音は咄嗟にナイフを生成し、それを竜巻に向かって投げた。


 それも、百何本という数を。


「「「「!」」」」


「ガハッ」


「樹音君!?」「あんたっ!」


 進を含め、その場の皆が彼の奇行に目を剥く。それは、碧斗と美里もだったが、それよりもと。それと同時に、能力の多用により崩れ落ちる樹音に駆け寄った。


「ど、どうしてこんな、」


 倒れ込む樹音を抱えながら、碧斗はそう零すと、竜巻の方向へ目を向けた美里は「見て、」と指を指して促す。


「え、、っ!」


 美里の言われたまま、碧斗も顔を上げるとそこには。樹音の生成し放った大量のナイフが、竜巻に飲まれ、まるでイワシの群勢の如く進の周りを渦巻いていた。


「おめっ、クソッ!なんだよこれ!」


「こ、、この隙に、」


「っ!そ、そういうことか」


 声を荒げる進を差し置いて伝える樹音。それ故に、碧斗と美里は瞬時に理解する。

 進に隙を作る事は出来ない。かと言って、碧斗の煙により視界を奪う事もままならない。ならば、と。竜巻の中心に進が居ることを逆手に取り、登山用ナイフの様な軽量のものを放つことによって、気流に乗せ、彼の視界を物理的に奪う壁を、自らが作り出したのだ。


 それならばこの一瞬しかチャンスは無いと、2人は立ち上がるがしかし。迷わず大翔に向かう美里の背中に、碧斗は手を伸ばし名を呼ぶ。


「っ!あ、相原さんっ」


「あいつは私が運ぶから。あんたじゃ頼りないし、あそこ危ないから」


 その呼び声に、美里はこちらを一瞥してそう残す。それを受けた碧斗は、1度「いや、でも」と足を踏み出したが、直ぐに"今自分に出来る事"を再確認し、樹音を近くの家の中へ運び込んだ。



「く、うっ、なんだ、こ、これは、?」


 美里が大翔を揺さぶると同時。大翔は荒い息で重たい腰を起こし、薄目でそれを目の当たりにした。


「今あいつに隙を作ってくれてる。だから、今のうちに隠れて。ほら、、肩貸すから、」


「...お前、」


 壁に横たわる大翔に、しゃがんで肩を差し出す美里は、それを伝えたのち


「逃げるのが得策って言ったのは、、あんたでしょ?」


 と、付け足す。それに大翔は小さく笑って、嫌々ながらに美里の肩に手を乗せると、片足を引きずりながら、碧斗達の向かった家へと足を踏み出した。


 だが、美里と大翔が足並みを揃え、何歩か進んだ。その時ーー


「いだっ、!?」


 思わぬ激痛が足から全身に渡り、美里は反射的に声を上げると体制を崩した。そう、「あの時」の、腿の傷が一連の出来事により更に開き、悪化した結果だった。


「おまっ、大丈夫かよ、?」


「はぁ、、は、だ、大丈夫、、私の事気にしてる暇あったら自分の事考えなよ、」


 大翔が倒れ込む美里を支えて放つ問いに、そう返すがしかし、その声にはいつものような気迫は無く、弱々しいものだった。


「碧斗に任せた方が良かったんじゃねーか?あいつ、、まだ大して傷負ってねーだろ」


 大翔が向かう先に視線を向けたまま息を吐く。が


「...いや、、ここ、竜巻に凄く近いし、あいつ1人で、もしもの時に対応出来るとは思えない。能力的にも、、内面的にも、、だから、、危険な目には、」


 美里の、その目を逸らしながら小さく放つ返しに、大翔は「そうか」とだけ答えると


ーこれじゃ、どっちが肩貸してんのか分かんねぇなー


 と心中で呟いて、2人で足を踏み出した。


            ☆


「「はぁ、はぁ、」」


「大翔君!大丈夫か!?」


 少し後から家に向かってきた大翔と美里に、樹音を室内に安静に寝かせた碧斗は、慌てて駆け寄る。


「はぁ、はぁ、、ぎ、、ギリギリだったな、、って、お!」


 碧斗と美里が、彼の両手それぞれを抱えて、大翔を家の中にまで運ぶと、部屋の中に黒髪でセミロングの彼女の姿を見つけて、目を見開く。


「沙耶、、ここに居たのか、」


「偶然、、では無さそうね」


 大翔に続いて、美里も沙耶の姿を視界に収め、息を吐く。その発言に、図星だったのか碧斗は頭を掻いて少し視線を逸らすと、大翔が仕切り直す様に口角を上げる。


「にしても、、ギリギリセーフだったな。みんな、、とりあえず無事で良かった。沙耶の方は、、ちと危ねぇかもしれねぇが、、まだ、息はあんだろ、?」


 大翔の恐る恐る口にする疑問に、碧斗も冷や汗を流しながら、「まだ、ね」と自信なさげに返す。

 と、今度は碧斗達の背後でずっと倒れていた樹音が、気合いで起き上がる。


「水を、差すようで、、悪い、けど、、でも、、長くは持ちそうに無い、、よ、なるべく早めに、、作戦、、考えないと」


「樹音、お前、あんま無理すんな」


「でも、その通りだと思う。早く、、何か手を打たないと、」


 この有様で、尚戦おうとする樹音に、大翔は心配そうに言うと、美里も現在の状況を改めて見直し、髪をいじる。


 そんな皆の姿と対応に、碧斗は俯いたまま、唸るように吐き捨てた。


「まだ、、やるのか」


「「え?」」「あ?」


「まだそんな無意味な事、、足掻き続けるのか?そんなの無理だって分かってるだろ。相手はもう人じゃ無い、勝てるわけが無いんだ。今、やっと僅かな時間が出来たんだ、この隙に、みんなでこの世界から逃げーー」


「いい加減にして!」


「「「っ!」」」


 碧斗の、いつまで経っても変わらない意見に、美里は最後まで聞くことが出来ずに声を荒げる。


「何度言ったら分かんの!?ここで引き下がってどうにかなるわけないじゃん!街への被害を最小限に抑えるために今考えてんでしょ!?」


「それは分かってる!でも、、街の人達の事は、たとえ俺たちがこの世界から離脱したとしても、王城側が黙ってるわけがない。国王達もそうだし、転生者達も戦いを欲してる人達だ。きっと、、誰かが進の相手をして止めてくれる。俺たちもここまでやったんだ、、もう十分な功績なんじゃないのか!?俺らはやれる事はやったんだ、進をここまで追い詰めた。今俺らがこの世界に残ったとしても、きっと勝てやしない。後は、その人達に任せてーー」


「そんなの、本当になると思う?」


「...え、」


 碧斗の理屈を遮って、美里は怒りと呆れの両方を見せながら続ける。


「王城には距離があるわけだし、私達が消えて直ぐに対策するとは思えないでしょ?このままあいつが住宅地の方へ行ったら、必ず犠牲が出るに決まってるじゃん。王城も、きっと犠牲者が出て、初めて視野に入れるだろうし、誰か王城に伝えに行くわけでもないのに、犠牲者が出る前に対策なんてしてくれるわけない。街の人だって、魔物を倒してると思い込んでるんだから、誰かが王城に報告してくれるなんて考えられない。ここで逃げたら、王城にもその情報が行き渡らずに、国ごと消滅するよ?そうやって誰かに任せて、傷つくのが嫌だからって逃げるのいい加減にしたら?ほんと、、見てて腹立つから。前から言ってるけど、逃げるなら1人で勝手にやって」


 美里はそこまで言うと、溜まりに溜まった鬱憤を吐き出せたのか、はたまた我に帰ったのかは不明だが


「はぁ、もう言い合ってても時間の無駄。とりあえず、対策考えないと」


 と口にして、大翔と樹音の方向へと向きを変えた。そんな彼女の発したそれは、どれもこれも正論であり、碧斗には光って見えた。だからこそ、苦しまないで終わって欲しいのだ、と。

 圧倒された碧斗は尚、震える拳を握りしめ、震える唇を無理矢理正して対抗する。


「でも、、お願いだ、もう戦うのはやめてくれ。その体を見れば分かるだろ、、みんな、、もう瀕死の状態なんだ。相手は人じゃ無い。無謀にも程がーー」


「違う、、よ、」


 またもや美里に反論されると思っていた碧斗は、それとは異なる声音が放たれたことに目を丸くする。


「「「「っ!」」」」


 碧斗だけでは無い。その場に居た皆が、驚愕によりその声が放たれた方向へと、顔を向ける。


 そう、既に力尽き、意識が無いであろうと予想していた沙耶本人が、まるでずっと意識だけはあったかの如くタイミングで、弱々しくもしっかりと口にした。


「沙耶!?」「沙耶ちゃん駄目だよ!」「水篠さん、」


 沙耶の身を案じる皆を余所に、掠れた声でありながら、力強い否定に表情を曇らせる碧斗。そんな彼に。いや、寧ろ碧斗しか視界に入れていないであろう沙耶は、弱々しい息を漏らしながら続けた。


「佐久間君は、、佐久間君だよ、?人じゃ無いなんて、、そんな事無い、、佐久間君は、今も変わらず、、私達の、大切な、、ケホッケホッ」


「っ!」


 沙耶のその一言に、碧斗はハッと目を剥く。


「おいおい、無理すんなよ」


「起き上がっちゃ駄目だ、沙耶ちゃん」


「いやお前もだろ」


「いやいや大翔君もだよね!?」


 そんな沙耶に駆け寄る一同の姿をぼんやりと眺めながら、碧斗はやっと理解する。

 そうだ、相手は神なんかじゃ無いのだと。同じ転生者であり同年代。そして、何よりも。


ー相手は、、大切な存在(しん)なんだー


 やっと理解した。

 既に忘れていた。

 彼に恐怖し、畏怖を覚え、慄き、恐れていたがために、1番重要な事を見失っていたのだ。


ーそう、だよな、、相手はそんなヤバいやつじゃ無い、、進は進だ。進がこうなったのも俺のせいだし、俺が決着をつけなきゃいけない。そうだ。彼が、俺にとって本当に大切な存在ならー


 そこまで考えて、碧斗は目つきを変える。碧斗の運命は最初から決まっていたのだ。逃げたい気持ちも勿論あった。が、"最初"に、決めていた事だったが故に、碧斗は使命とも取れるそれに、責任を負うべきだと、深く目を瞑った。


ーああ、、街の人を助けるだの、みんなを守るだの色々考えて、思っては嘆いてたけど、、1番救わなきゃいけないのは、進の方だよなー


 そう、まずは進を、守らなくてはならなかったのだ。


『本気で向き合わせてもらうよ』


 彼に放った、今となれば無責任なその発言が、碧斗の脳内で響き渡る。


「お、おい、このままじゃまた、沙耶の奴無理しちまうぞ。時間もねぇし、、早く作戦考えられねーのかっ!?」


「あぁっ!もう!鬱陶しいんだよ。今考えてんでしょ!?あんたはいっつもそう、ほんと、なんも思い浮かばないくせして、気の散ることしないでよ!」


「はぁ!?よく言うぜ。案すら出せてねぇのに」


「だからっ!今考えてるって言ってるでしょ!?」


 急かす大翔に、美里は髪をいじりながら唇を噛んで、座りながら縮こまる。そんな険悪な状況の中ーー




 バチンッ!と。



「「「「え、」」」」


 ーー突如一室に響き渡ったその音に、沙耶を含めた皆が驚き、目を向ける。


「あんた、、何、やってんの、?」


 全員の視線の先。そこには、自身の頰を、両手で思いっきり叩いた痕跡の見られる顔と仕草で、強く目を瞑っている碧斗の姿があった。

 それに対し、皆が引いている中、美里も同じく若干引き気味に、その意図を問う。


 と、碧斗は目を瞑ったままーー




 ニヤリと、口角を上げた。




「「「「っ!」」」」


ー自分でも、、やっぱ痛いな。でも、、ー


 碧斗はそう口の中で呟くと同時、ヒリヒリと痛む頰の右側を、右手でそっと撫でた。そう、"あの時"殴られた、あの場所を。


ーあれよりは、痛く無いー


 あれは相手からされたからなのかもしれない。だが、美里によるあの時のビンタは、ただ手を打ち付ける事以上の痛みと、何より重みがあったのだ。

 忘れてはいけないと。あの時の痛みを、皆の憤りを。そして、自分に課された使命を。


 それを考えながら、思わず口元が綻ぶ。


「あ、碧斗君、?」


「どうした、お前、、ほんとにおかしくなったのか?」


「い、伊賀橋(いがはし)、、君、?」


「ふふふ」


 1人で小さく笑う碧斗に、心配すら感じる視線を向ける皆の中、美里は息を吐いて、僅かに笑った。


「はぁ、どうやら、もう大丈夫みたいね」


「「「え?」」」


 皆が状況を理解出来ずにいると、碧斗は美里の言葉に応えるべく、勢いよく立ち上がって、笑みを見せた。


「ああ、もう、大丈夫だ!」


「「「!」」」


 碧斗の、その"いつもの"表情に、一同は目を見開く。


「フッ、碧斗、お前、、やっとかよぉ、!」


「随分と待たせたな、すまなかった」


 皆から期待の目を向けられながら、碧斗は申し訳なさそうに、だがどこか自信に満ち溢れた表情で、そう放つと、改めて全員に向き直った。


「みんなごめん。長く、、俺は、無責任な事を言ってた。ほんと、、申し訳無い、、許しを乞うことはしない。これが終わったら、こてんぱんにしごきまくってくれて構わない。だが、これだけは言わせてくれ。俺に、、こんな不甲斐ない俺に、、気づかせてくれてありがとう」


 それに小さく微笑み、「こてんぱんて」と吹き出す皆を見渡しながら、碧斗はそこまで言ったのち、目つきを変えて、今度は力強く放った。


「今は時間が無い。これが"最後の作戦"だ。みんな、、こんな俺だけど、聞いてくれるか?」


 碧斗の今までとは似つかない強気な発言に、皆は優しく息を吐く。確かに頼り無い事には変わりはない。先程までの怒りが消えたとも言えない。だが、これだけは分かった。


 もう、さっきまでの彼とは、違うのだと。


「ハッ!ここまで来たらやるっきゃねーだろ」


「はぁ、、どうせ何も出来ないしね」


「僕は、まだ出来る事があるなら、やるよ」


「私、、もっ、」


「あなたは駄目!」「沙耶はやめとけ!」「沙耶ちゃんは駄目だよ!」


「っ!...む、むぅ、」


 起き上がろうとする沙耶に、3人は同時に否定の声を上げると、それを受けた沙耶は唇を尖らせる。

 そのやりとりを薄ら笑って見つめたのち、申し訳なさげに、だがどこか優しく、しかしハリを感じる声音で、碧斗は口に出した。


「ついて来てなんて、言えない。ただ、、こんな俺だけど、、一緒に来てくれ」


一呼吸置いて口にしたそれに、皆は同じく息を吐いて、やれやれと頷くのだった。


            ☆


「どこだ、、あいつら」


 先程よりも、更に大きさ、威力共に増し、進は感情を高ぶらせていた。

 家を巻き込みながら近づくその様子を、遠くから伺いながら、碧斗は「頼む」と、最終確認のため皆に視線を向けて頷く。


 対する皆は、どこか賛成とは言えない様な表情ではあったが、仕方がないと腹を括った様子で、渋々頷いた。


「みんな、、ありがとう」


 巨大な竜巻を纏って進む、進から約200メートル程先。隠れる事はせずに、進の居る通りの真ん中に、碧斗達は路地裏を使って先回りしていた。


「さぁ、、その時は来た。最終決戦と行くか!」


 一同に感謝を告げた碧斗は、腕を回してそう意気込むと、進の、いや、竜巻の方向へと体を向ける。


「碧斗、」


「碧斗君、」


「伊賀橋君、」


「無理、、しないで、」


 4人全員が心配の眼差しを向ける中、碧斗はあえて強気に笑って、背中を向けたまま、こちらに顔だけを振り返らせて放った。


「ああ、まかせろ!無理しないで、進を受け入れてみせる!」


 ニッと歯を見せて笑うと、碧斗は真剣な面持ちへと変えて、正面に視線を戻す。


「みんな、、頼んだぞ」


「う、うん、」「ああ」「うん、」


「...ぜっ、絶対だからね!」


 全員が表情を曇らせて答えたのち、沙耶は涙ながらに、そう約束を口にした。


「ああ。必ず、絶対だ!」


 こちらからは碧斗の背しか捉えられなかったが、彼が笑みを浮かべている事は容易に想像出来た。

 だが、だからこそ心配なのだ。やはりどうしても、不安は拭えなかった。だが、こうするしかないのだ、と。運命を受け入れるかの如く、皆は歯嚙みして覚悟を決める。


 すると、同時。


「よし、そろそろ行くぞ!」


「「「「了解!」」」」


 碧斗の合図と共に皆は後ろへ振り返りーー





ーー全速力で走り出した。




ーごめん、、伊賀橋君、ー


ー碧斗、、死ぬなよ!ー


ー碧斗君、、絶対、、だよー


「クッ」


 皆が心中で思う中、美里だけは耐えきれず、走りながら振り返る。


 そこには、暴風を受け、髪と服を靡かせながら、ゆっくり。一歩一歩、力強く確実に。巨大な渦に向かう碧斗の、頼り無いけど今は縋りたくなる、そんな背中があった。





『時間も無いから難しい作戦は無しだ。みんなにしてもらう事はただ1つ。とにかく、自分自身を守って、ただ進から逃げる。それが、みんなの作戦だ』


『『『『...え?』』』』


『そのままの意味だ。みんなは、俺の合図と同時に、街の方へと逃げてくれ』


『おいおい、、冗談だろ?んなの、前と変わんねぇじゃねーか!?』


『あんた、、まだ自分を犠牲にとか思ってるわけ、?』


『...いや、そんなわけ無いだろ。これは、お願いでも、頼みでも、願望でも無い。立派な作戦なんだ』


『さ、、作戦って言っても、、碧斗君が犠牲になるっていうのは同じなんでしょ、?』


『そ、、そんなの、駄目だよっ!』


『フ、、だから作戦だって言っただろ?とにかく自分の命だけを守る事に専念する。体力的に厳しい人が多いから、肩を貸しあったり、助け合いながら、なるべく進から距離を取るんだ。だけど、あくまでもみんなの目標は自身の命を守る事。それを、、絶対に失敗してはいけない』


『でもっ!その間、、伊賀橋君が囮になるって事でしょ、?』


『...心配してくれてありがとう。でも、言った筈だ。これは作戦だと。それに、進を守る、受け入れるとも言った。だから、もう囮だとか犠牲にだとか、そんな事をするつもりは無い』


『でも、、あんた1人でどうにかなるわけ、』


『いや、大丈夫だ。俺が策も無しに戦える程強くないのは、みんなが1番分かってる筈だ。まあ、確かに一か八かの賭けではあるが、、やるしか無いんだ。俺が、、ずっと逃げて来た分。その分、俺がやらなきゃいけないんだ』


『だからって、』


『身体を見れば分かるだろ。この中で1番ダメージが少ない。いや、寧ろ無傷に近いのは俺だ。だから、、俺よりも重傷なみんなが、そんなに心配する必要は無い。大丈夫だ、いつも弱気で、逃げる事を考えてしまう俺が自信持って言ってるんだ。逆に、安心してくれ』


『『...』』


『で、でも、』


『分かった。でも、絶対に勝てないと分かったら逃げるんだよ』


円城寺(えんじょうじ)君!?』『樹音!』


『..ありがとう。それと、なるべく、、逃げる時は後ろを見ないでくれ。後、止まるのも、体力がキツくなるまでは控えてくれ。わがままな作戦ですまない。だが、絶対に追いつかれるなんて事には、なってはいけないんだ。だからみんな、、頼む』





ーごめん、、約束、、破っちゃったみたい。でも、、あんな弱々しいあんたが覚悟決めて立てた作戦。絶対に、、私のせいで失敗になんてさせないー


 1度碧斗の方へと振り返ってしまった美里は、そう心中で謝罪を述べたのち、覚悟を決める。と


ー絶対、、絶対だからねー


 美里は拳を握りしめ、目を強く瞑り、そう願って走り出したのだった。


            ☆


「どこだぁっ!?どこだっ!どこだどこだどこだぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!潰す。潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰すっ!」


「おい!一体誰を探してるんだ!?俺は、、ここに居るぞ!」


「あ、?」


 周りが見えていない様子で、辺りの建物を大規模に巻き込みながら声を荒げる進に、ギリギリまで近づいた碧斗は、そう声を上げた。


 すると


「いた。碧斗、、もう逃すか、、俺は、壊す。お前を、、お前らを、、俺が、俺らしくいれるように、っ!」


 荒れた呼吸で放つ進の声を、暴風によって遠く、小さいものではあったが、しっかりと耳にした碧斗は、強気に胸を張って、あえてそう放った。



「フッ、何言ってるのかさっぱりだが、俺がお前を終わらせる。もう、容赦はしない。既にお前にとっての遊びは終わった。だから、俺もそうさせて貰う。進の言葉を借りるなら、ここからは文字通り、"殺す気で"いかせてもらおう」



 進に聞こえるようにそう告げたのち、少し間を開け呼吸を整えーー





「これがっ!俺の作戦だ!」



 と、左手を(くう)を切るように振って、そう続けたのだった。

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