118.強力
カラカラと瓦礫が落ちる中、空き家に吹き飛ばされた進は、俯いたままゆっくりと立ち上がった。
「クソッ、なんで、、どうしてそこまでして抗う。何が、一体何がお前らをそこまで奮い立たせてるんだ。俺を嘲笑ってんのか?ふざけんなよ。俺は強い。お前らよりも、何十倍も。俺はお前らよりも強い、はずなのにっ」
俯いたまま歯噛みして呟く進は、そう吐き捨てたのち
「負けるわけにはいかないんだっ!」
そう叫び、思いっきり地面を踏み込んで蹴ると、空気圧を利用して速度を速め、何やら2人で会話する大翔と樹音の元に向かう。
「っ!来たよっ」
「おう」
それを視界に収めた2人もまた、そう短く会話を交わしたのち、足を踏み出す。
と、次の瞬間
「っ」
目の前に集中して向かう進に、無数のナイフが放たれる。だが、そんなものが今更通用するかと、軽々と全てを避けきってみせる進。
だったが
「何っ!?」
背後から響いた、ガキンッという音に反応し、進は空中で勢いを落とす事なく振り返る。
彼の背後。突如地面から現れた岩の数々が、先程向かってきたナイフを弾いた事により、反射を利用して後ろから進を狙う。これは、ナイフの角度と岩の場所。質感と種類が調和し合ったが故に為し得た攻撃。即ち、樹音と沙耶の心が通じ合ったからこその追撃だった。
ーチッ、やるな。でも、さっきの石の追尾に比べたらチョロいもんだー
そう進はその現状に鼻を鳴らして、飛躍する事によりそれを避ける。がしかし。
「オラァ!」
「っ、ごはぁっ!?」
浮き上がった進の体を、それよりも上空へ屋根を経由して跳躍した大翔が、重力を利用し肘打ちをする。
「クッ」
それに驚愕の表情を見せた進だったが、軽やかな身のこなしにより足で着地をすると、そこから更に狙いを定める大翔から逃げるように、またもや飛躍をする。
ー避けられたかー
着地隙を狙い拳を入れた大翔は、地面を殴った状態のまま項垂れる。
と、思ったがーー
「フッ」
「!?」
大翔の様子を確認するべく振り返った進の視線の先には、こちらを見据え小さく口角を上げる彼が映し出され、思わず目を剥く。
すると、刹那
「終わりだ」
声のトーンを落とし、短く呟かれたその方向へ。そう、それは今現在も尚向かっている、樹音の居た方向。そちらから声が発せられた事により、進は大翔に向いていた体の向きを、変える。
「っ」
屋根に登って落下してきたのだろう。進の目の前で、樹音は空中に出現した「剣」に足を着いて、こちらに向かって剣を構えた。
それと、同時に。
「くらいやがれぇっ!」
対する背後の大翔もまた、高く跳躍すると、彼の足に合わせて。空中にタイミングよく剣が現れ、大翔は進に顔を向けたままそれに足を着きーー
2人は同時に、それを蹴る。
「「らぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!」」
「っ!」
『それくらい、僕達は本気なんだよ』
2人の攻撃により、進の脳内には先程の言葉が過る。
ーそれくらい、、本気なのか、?ここまで戦う理由が、背負っているものが、お前らにあるって言うのか?ー
両サイドから挟み撃ちにされた進は、樹音の方向に向かっていた事もあり、動揺から反応が遅れる。
だが、そんな僅かな対応の遅れがなんだというのだ。そう進は瞬間的に、樹音に向かうために自身に対し与えた圧力を抑え、その行動と同時に
ー俺だって、、全て賭けてんだよ!ー
声を上げた。
「そんなもんかぁ!?お前らの本気はぁぁぁっ!?」
「「っ!」」
すると、その瞬間。"全方向"に強い空気圧を放ち、進に迫る2人は抵抗虚しく跳ね返される。それに、進は笑みを浮かべて自分の方が強いという事を再認識する。
が、するとそれが、まるで予想通りだと言わんばかりに、その状況を視界に収めた美里は、動揺すら見せずに「手に握っていた4つの"石"」を、進のいる方向へ思いっきり投げる。
と、投げられた石を沙耶が操作し、進の真上と真下に、挟むようにして固定する。すると更にそれを変形させ、彼を覆うような屋根と床を沙耶は作り上げた。
まるで、進の逃走を阻むように。
ーあ?なんだこれ、?水篠ちゃんの攻撃なら、ここから俺を包み込んだり、閉じ込めたりするはず、、もう体力の限界がきて、ここまでしか出来なかったのか?ー
その、既に動く事もなく、変形する事もない。ただただ進の真上と真下に、平たい円盤のような形で固定されているそれに、進は逆に頭を悩ませる。が、そこまで考えて、進はある事に気がつく。
ーいや、ちょっと待て。さっき相原さんが投げた石の数は4つだったはず。だとしたら、、残りの2つは、?ー
そう脳内で、誰に言うでも無く問いた進は、上下に固定された石に向けていた視線をーー
ーー目の前に吹き飛ばした、樹音の方へと移す。
「っ!」
やはり、と。進は驚愕を露わにしながら目の前の「それ」に目を剥く。
そこには、先程同様。樹音が空中に現れた足場に足を着いて、威力を逆方向へ放つために力んでいる姿が映っていた。ただし、その足場としているそれは以前の様な「剣」では無く、「岩」であると。
それにより、ようやっと進は事の意味を理解する。
先程の天井と床のような石の壁。それは、進を逃がさないようにするための"最小限"の鳥籠であると。
そう、それに今更気づいたところで、既に大した移動は出来ないだろう。それ故に、上下に壁を隔てる程度で、それで十分なのだ。と、進の心理的観点からも考察し、沙耶の負担を"最小限"に抑えた確実な方法を、美里は生み出したのだ。
それを理解した時には、時すでに遅し。眼前の樹音と同様に、背後で岩を足場とした大翔が、またもや同時にそれを蹴って、こちらに向かう。だが、そんな事をしても結果は同じだと。進は学ばない2人の動きに笑って、圧力で弾き返そうとする。
と、刹那。進の目の前、約数メートルという距離に差し掛かったその瞬間。樹音の剣の刃と、大翔の拳にーー
ーー炎が宿る
「っ!?」
「「オラァァァァァァァァァァァァーーーーッ!」」
既に限界を超えている体に、全ての力を入れるべく、2人はそう叫んだ。
「な、うそだーー」
それに「嘘だろ」と言いかけたその時。既に放ってしまっていた空気圧によって
大規模な爆発が起こる。遠くでそれを、手を前に出して見守る美里でさえ、吹き飛ばされそうになる程、とても大規模な。
「クッ、いっっっ!」
だが、地に力無く倒れ込む沙耶の目の前で、壁となるかの如く佇む美里は、その圧力により開く腿の傷に激痛のあまり唸りながらも、それと同時に。
ほんの僅かに、口角を上げる。
作戦、成功だと。
進を追い詰めるには、予想外を起こす事。それが必須になるものだった。故に、1度しかチャンスは訪れない。それを理解した時、美里の脳内には以前に起こした「進の攻撃」である、"大翔を両方の圧力により切断しようとしたそれ"が浮かび上がった。
だが、それを実行するためには、接近戦を得意とする2人の人間が必要不可欠だったのだ。そのため、大翔が動く事のできる今しかないと、美里は腹を括ってそう作戦を促した。
両サイドから進を狙うための、2人の人物。石を使って進の行き場を無くし、その2人の足場を作り上げる人物。そして、2人の攻撃に破壊力を与える人物。その4人が揃う事により、彼の空気圧によって爆破を生み出し、両側の破裂によって進を、爆発という圧力によって押し潰す事が出来たのだ。
だが、と美里は歯嚙みする。なるべく彼を殺す事はしたくは無かった。たとえ強大な力を持っていようとも、既に普段の進では無かったとしても、彼を殺してしまう事には変わりはない。
そう美里は、爆風に耐えながら拳を握る。だが、もう既に手加減というものをしていたら、彼を止める事なんて出来ないのだ。恐らく、沙耶や樹音。そして、勿論碧斗も。彼を殺す程の意思で攻撃をする事は不可能だろう。そのため、美里は今作戦に協力した3人に、わざと詳しい説明を省いたのだ。自身を、自身だけを、悪者に出来るようにするために。
すると、樹音はその作戦で起こった爆破により、地面に何度も打ち付けられながら、数メートル進み、家の壁に激突して倒れ込む。対する大翔も、樹音とは違って、地に掠るように転んで吹き飛ぶ事は無かったが、勢いを落とす事なく直接壁に激突する。
あれ程の爆発を間近で受けたのだ。致命傷を負っているだろう。死ぬ覚悟で向かうと口では言っていたが、死んでしまうわけにはいかない。
ー早くっ、治療しないと、、っ!ー
それを見兼ねた美里は、背後の沙耶も含め、皆を直ちに治癒するために運ぼうと向かう。だが、足を踏み出したその時、全身に激痛が走り、その場で思わず崩れ落ちる。それにより美里は、改めて自分の体に視線を落とし
理解する。
ーっ!う、、う、そ、ー
恐らく、大規模な爆発の中、瓦礫や破片も飛んできていたのだろう。それと爆風の圧力によって、足を始めとした全身に、深い傷が刻み込まれていた。更にはそれだけで無く、以前回復を怠った太腿に受けた傷が、更に開いていた。
と、深い傷の数々を認知した途端、全身の痛みが悪化する。
「うっ、うぅっ!クゥッ!」
涙目になりながら、どうする事も出来ない痛みに、力を入れて堪える。
ーだ、駄目、、こんな事してる場合じゃ、、早く、ー
動かない体を懸命に揺らしながら、皆の元へ少しずつ向かう。そんな、美里だったが
「え、」
意識が朦朧とし、視界が狭まっていたために、気づかなかった。
2人を助けるべく、無理矢理体を起こしたその時。今まで見る事のなかった空中に、視線が動く。一瞬、僅かな時間だった。それなのにも関わらず、その「人物」に、美里は瞬時に気づき、絶句した。
「なん、、で、」
「はぁーーーーーーーーーーーー。おいおいおいおい。危うく死ぬところだったじゃん。あぶねーなぁ」
大きなため息と共に視界に現れた男子。見間違える筈が無い。そこには、赤茶色の髪をした人物。佐久間進が、浮遊していた。
「なんで、?なんで生きてるわけ!?あれで、、生き残れるわけ無いっ!ガふッ」
美里は信じ難い光景に、思わず声を荒げて血を吐き出す。
「なんでって、それはこっちの台詞だ」
そう声のトーンを落として返したのち、進は力無く睨みつけるような視線を送る美里の目の奥を見据え、放つ。
「もういい、手加減するのはやめた。全部、お前らのせいだ。全員、全て、全て全て全てっ!皆殺しだよ」
進は取り乱した様子でそう声を上げると、手を広げる。
と、瞬間
「っ!な、何っ」
ブオッという音と共に、体が持っていかれる程の爆風が。美里だけで無く、その場一帯を襲う。この暴風は、空気圧によるものでは無く、生暖かい、天然の風のように感じる。その現象を受けた美里は、ハッと目を見開き、彼があの攻撃から逃げ延びた理由を理解する。
圧力を高める事による脱出は、樹音と大翔に宿る炎を爆発させかねない。そう、それ故に、進は寧ろ逆に圧力では無く、今度は"気圧"をーー
ーー下げたのだ
即ち、気圧が大きく下げられたがために、大きな低気圧が発生し、風が巻き起こったという事だ。風は高気圧から低気圧へと流れていく。つまり、それが意味する事は
と、そこまで考えたのち、そんな美里の様子に結論に辿り着いた事を読み取った進は、狂気的な笑顔を浮かべ、告げる。
「フッ、分かったみたいだな。そう!俺の能力、"空気圧"はっ」
そう放ったのち、手の平を天に掲げる。と、彼の上空に暗雲が垂れ込め、薄暗くなってきた空を更に暗い漆黒へと変化させて、進は続ける。
「物にかかる圧力を空気圧で操り、天候を気圧で操る。即ちこれはこの世界を統べる力であり、それを扱う俺こそが」
「神だ」
その短く吐かれた言葉に、美里は何を思うでも無く理解する。
勝てる相手では無いと。
いや、勝とうとしていた事が、死なせてしまう事に罪悪感を感じ、対等に分かり合おうとしていた事こそが、根本から間違いであったのだと。
そう体に暴風を受けながら、真っ黒な空を背に浮遊する進を見上げる美里のその様は、まるで
本当に神を相手にしているかのようだった。




