117. 不抜
「そう、決めたから」
そう言い放つ樹音の目線の先。進は破壊した岩の破片から逃げるために、地から足を離し、宙に逃げ出した。
だが、直ぐにそれを追うように、破片は軌道を変えて彼に向かう。そう、これは沙耶が意識的に操作する追尾弾なのだ。進は身体に当たりそうなその石を、何度も空気圧で破壊するがしかし。それにより破壊され粉砕された石もまた、大きさを変えて尚も彼を追尾する。それも、壊す度に数を増やして、だ。
1つの石を破壊すると、いくつかの破片に砕け、その破片が大きさを変えて弾となる。それ故に、これを続ける事が、寧ろ自分の首を絞める行為であると、進は理解する。
それ故に、進は破壊する事を諦めて石の追尾から逃げ切る事に専念しようと、空気圧で宙を舞いながら、体を捻ってそれを避ける。だが、それでも尚、変わらず、更に速度を速め、進にその破片の数々は追尾し続けた。
「チッ、めんどくせぇな」
進はそう零すと、石の間をぬって「本体」である沙耶に向かう。が、今度は進む先に石が集まり岩となり、彼の前に立ち塞がる。
「クソッ」
破片から逃げようと速度を増していたが故に、止まる事が出来ずに、その岩を壊す事を余儀無くされる。と、それにより砕けた破片が、同じく進に向かう。
そう、幾度と石の間を狙って抜け出そうとも、追尾から逃げ切ろうと滑空しようとも、彼女の動かす破片から逃げ切る事は出来ないのだ。
それを理解させるかの如く、進の行く先にはどこに逃げようとも"新たな石"が先回りしていた。
「なんだよこれっ」
思わず嘆きの声が漏れる進に、更に拍車をかけるように。石の速度は増し、とうとう進の頰に傷をつける。
「クッ」
それにより生まれた一瞬の「動かない時間」。攻めるのは今しか無いと、沙耶は進の周りで彼を狙っていた石の数々を繋げ、閉じ込める形で卵型に変形させる。
「み、みんなっ、今のうちにーーんんんっっ!?」
隙を作り上げ、とどめを皆に促す沙耶だったが。それを言い終わるより前に、進はその岩を破裂させて、地に足を着かずに速度を早めて沙耶に向かう。向こうも、今しか無いと察知したのだろう。だが、こちらも同じく、簡単に攻撃を受ける事は出来ないと、沙耶は自身と進の間に壁を隔てる。
が、それすらも無駄だと。進は目の前に突如現れた巨大な壁にすら動じずに、体を回転させて足を向けると、壁を蹴って状態を起こすかたちで岩を飛び越える。と、その後、その上から沙耶に向かって急降下をーー
する、よりも前に。まるでそれが分かっていたかの様に。寧ろ、それを待っていたかの様に、その岩の上に進が現れた瞬間、その岩の上端が伸びて、進を吹き飛ばす。
それにより数メートル宙に身を投げ出された進は、直ぐに状態を立て直そうとするが、その時には既に、彼の周りに無数の石が浮遊していた。
「チッ、逃げられないってわけね、、やるねっ、、水篠ちゃんっ!」
「う、うぅ、んんー!んんっ、んんーー!」
苛立ちの中で、僅かに微笑みを見せる進とは対照的に、沙耶は手を前に出した状態で体をガクガクと震わせながら必死に彼を見つめる。すると、対する樹音は、美里に向き直ってしゃがみ込む。
「大丈夫?相原さん」
「は、え、う、うん、、私は大丈夫だけど、、それよりも、もっと気にかける相手がいるでしょ?あいつも、さっき凄い攻撃を受けてたし、あの人も、凄く危ない状況、、だし、こっちも加勢した方がいいんじゃない?」
美里は僅かに憤りを感じながら、数メートル先に倒れる大翔に視線を向けて、樹音に促したのち、続けて沙耶に目線を移動させて告げる。
「大翔君は、大丈夫。彼は無事だよ。それより、大翔君を今動かしたら逆に悪化しかねない。沙耶ちゃんの方は、、そうだね。それは、、確かに最もな意見だし、、出来れば僕もそうしたい。沙耶ちゃんを、これ以上苦しませるわけにはいかないから」
美里の言葉に、視線を逸らして唇を噛む樹音。そんなハッキリとしない姿に、美里は更に苛立ちを感じながら、トゲのある物言いで返す。
「ならすればいいでしょ?何が駄目なわけ?」
隣で苦しんでいる人がいるというのに。瀕死の状態の人間がいるというのに。その人とは違う人を気にかけるなんて、そんな事をする時間があるなら戦えと、口には出さなかったが、美里は樹音を睨む。
と、樹音は少し言いづらそうに視線を泳がせながら、小さく口を開く。
「そういうわけにもいかないんだ。このまま戦っても、きっと今の僕じゃ絶対に勝てない。だから、相原さんの、みんなの力が必要なんだ」
「え?」
意外な返答に、美里は声を漏らす。勝てるはずがないのは、ここにいる誰もが理解している事だろう。それ故に、戦えるまで戦って、力尽きるまでの時間でどうにかして彼を止める。そんな、負ける事が前提であるかのような負け試合を、我々は計画していたのだが。
対する樹音は、目つきを変える。それは碧斗の真似事でしか無いのかもしれないが、この平行線の戦いに、少しでも風向きを変えるきっかけが無くてはいけないのだと。樹音は、そう言いたいのである。
即ち、彼はまだ諦めていないのだ。そんな彼の姿勢に、美里は1度少し目を大きくすると、ため息を吐いてゆっくり立ち上がる。
「はぁ。分かった、私待ちって事ね。じゃあ私は何すればいいわけ?早く言って。たとえ自分の体が犠牲になるとしても、どうせここで死んじゃうならやるしか無いでしょ。それに、苦しんでる姿見たくないっていうのは、私も一緒だから。早く」
立ち上がり、前に出る美里の背中を見つめながら、樹音はハッと目を見開くと、優しく微笑んだのち、真剣な表情でーー
「そう言ってくれてありがとう。そしたら、僕のーー」
そう、告げようとした。その時だった
「ガハッ」
「「!」」
背後から、大きく吐血する声が響き、2人は慌てて振り返る。
「だっ、大丈夫!?沙耶ちゃん!沙耶ちゃ、、っ!」
樹音は、その場で崩れ落ち、荒い呼吸で咳き込む沙耶に直ぐに駆け寄る。と、彼女の手を見て、樹音は冷や汗を流しながら目を剥く。
そう、沙耶の手に、ヒビのようなものが入っていたのだ。冬場に現れるようなそれとは異なり、手先から始まって、腕へと。侵食するようなかたちでヒビが広がっている。
まるで、手が岩になったように。
「な、、何、、これ、」
沙耶と同じく呼吸を荒げて、その現実に冷や汗を流す樹音の背後から、覗き込む様にして美里が声を漏らす。と、それを耳にした樹音は、高鳴る鼓動と、震える手を押し殺すべく、1度大きく深呼吸をして、美里に振り返る。
「これは、、多分、能力の使い過ぎ、、だと思う」
「え、」
その一言に、美里は力無く口から零す。
「使い過ぎ、というよりかは、なんていうか、、無理のし過ぎ。みたいな感じかな。自分の力よりも上回る能力を使うと、こういう、副作用みたいのがおこるんだ。能力を扱っていた人間が、気づいたら逆に能力に侵食されちゃう。自分の身体と相談して戦わないと、こうなるんだ」
「そ、それって、あ、、あんたも、、なったの、?」
その、まるで経験したような口振りに、美里は恐る恐る問う。すると、案の定樹音は頷き、少し視線を落として続けた。
「う、うん。その、竹内君と戦った時に、少しね」
「え、それって、」
樹音の返事に、美里は「あの時」の事だと察し、小さく呟く。すると、聞こえていたのか、樹音はまたもや頷く。
「竹内君と戦ったあの日。彼から受けたダメージがほとんどだったかもだけど、僕があの場で倒れた大きな理由は、、多分、その能力の使い過ぎにあったんだと思う。幸い、僕は生きてるし、大した影響も、今のところは無いけど、、人によってとか、能力によって。能力の使用量によってとか、それぞれ体に現れる異変っていうのは変わってくるんだと思う」
あの戦いで、そんな事があったのかと。美里は初めて聞くそれに、目を見開く。すると、それと同時に。
「なら、早く私達が戦わないとまずいんじゃないの!?うかうかしてたら、、その影響でっ、死んじゃうかもしれないんじゃないの!?」
息を荒げてしゃがみ込んでいるのに尚、進を追い詰め続ける石の数々を一瞥したのち、樹音と沙耶を交互に見ながら声を荒げる美里。
すると、そんな必死な形相の彼女を目の当たりにした樹音は、曇らせていた表情から一転。真剣な表情へと変えると、彼女の目の奥を見据え、樹音はこう切り出した。
「そうだよね、急ごう。じゃあ相原さん、一つ、協力してほしい」
☆
「チッ、クソッ、いつまで続くんだよこれ。だるいな」
いつまでも終わることのない石の追撃に、痺れを切らして進は浮遊しながら不満を垂れた。何処に逃げようとも追ってくる追尾型の石と、前に先回りしてくる石。更には、彼の行手を阻む岩の壁すらも存在していた。
それは、進をもう逃すまいとする、沙耶の強い意志の現れでもあった。もう既に、限界を超えているであろう沙耶が、未だにその力を緩める事無く、進を追い込んでいるのだ。
ー死ぬ気か?能力の多用以前に、こんな数の石を操れるわけ無い。それを、自身の体を顧みずに無理矢理続けてんだ。もつ筈が無いー
そう、もつ筈が無い。
ーーはずなのに
「なんでなんだよっ、クソッ!」
目の前に現れた石を避け切れずに、破壊すると同時に進はそう叫ぶ。すると、その石は破裂し同じく破片となり、それが大きさを変え、自身に向かう。その変わらない光景に舌打ちをしようとしたーー
その時
「なんでだと思う」
「っ!」
進の背後に、跳躍した樹音が小声で呟く。
ークソッ、石から逃げる中で、ここまで地上に近付いてたのかー
自分とした事が、石から逃げ切る事に集中し過ぎて、周りの状況を把握出来ていなかった、と。進は改めて自身に呆れる。
すると、それと同時に。1つの可能性が頭を過ぎる。まさか、それを分かって、わざと誘導したのでは、と。今までの石の追尾はそれをするための、ただの手段の1つでしか無かったのでは無いか、と。それを思うと同時に、嫌な予感が進の脳を覆い尽くす。
すると、瞬間
「命懸けるくらい。こっちは本気なんだよ」
先程の問いかけの答えを樹音が口にすると、彼は手に握る剣を大きく振り、進を斬りつけに入る。が、しかし。今更そんな攻撃が通用するかと、進は軽々と石の攻撃からもすり抜け、避け切る。
ーハッ、なんだよ。結局これじゃんか。これのためにこんな大それた事やってたのか?ほんと、馬鹿なんじゃないのか?ー
これ程までの追撃の結果に、進は拍子抜けしながら地に足を着く。まるで、その攻撃を受け、冷静さを取り戻したかのように。
だが
「っ」
その時、空中で振り上げた樹音の剣がーー
炎に覆い尽くされる。
「!?」
刹那、それを認知した時には既に、その刃が顔を掠る程の距離にまで迫っていた。
「チッ」
それに、余裕の無い舌打ちを零した次の瞬間。大規模な爆発が起こる。
「「グッ!」」
目の前に迫った刃。空気圧で跳ね返そうにも距離が足りなく、既のところで肌に触れてしまう。そのため、進は"逃げる"という選択肢を余儀無くされる。それには圧力変動を要するが故に、爆発が起こる。
それにより、進だけで無く樹音も吹き飛ばされる。
ーハッ、馬鹿か。お前も吹き飛んだら意味ねーだろ。吹き飛んだ隙を逆に利用させて貰うぞー
内心でほくそ笑む進は、能力を用いて、吹き飛ばされた威力を樹音の方向へ向かう力へと変更させようとする。が
「がはっ!」
それ以前に、進の背後に突如岩が現れ、それに激突する。
それと同時に、吹き飛ばされた樹音は空中で回転して、それに合わせたかのように彼の足元に現れた岩に、空中で足を着くとそれを思いっきり蹴る。
「っ!?」
「剣でするよりっ!こっちの方がやりやすいやっ!」
先程進がしようとしていたそれを、樹音がやってのける。またもや自身に近づく、炎を纏う剣から逃げるべく、進は背後の岩を破壊し脱出を試みる。がしかし。今度は破壊された岩の破片の方が、進に向かって攻撃を仕掛ける。
「クソッ!めんどくせぇぇぇっ!」
余裕の無くなってきた進はそう叫ぶと、大きな圧力を全方向に放ち、石のみならず、迫る樹音すらも弾き返す。
だが、1度で諦める訳がないと、吹き飛んだ樹音はまたもや空中で回転し、それに合わせて地面から宙に飛び出した石を蹴ると、同じく進に向かう。
「クソがっ!」
それを繰り返す事数回。石の追撃も数が増え、進の余裕の無さが目立ってきていた。だが、それと同時に。
ーこのままじゃ平行線、、いや、先にあいつが力尽きて欲しいところだけど、多分、先に破れるのはこっちー
変わる事のない現状と、一向に減り続ける樹音と沙耶の体力に、美里は頭を悩ませる。何か無いだろうか、と。彼を追い詰める、彼を捉える一撃必殺は無いものだろうかと。
冷や汗が頰を伝い、力強く歯噛みし、髪をいじる。
すると
「っ!」
先程の攻撃を思い出し、美里はハッと目を見開く。
ーこれだったら、いくらあいつでも、、いや、でも、、1人じゃこれはー
浮かんだ1つの希望が、今の我々では実行出来ない事を悟り、唇を噛んで樹音に視線を戻す。と
「グハッ!」
「流石にうぜぇから」
「っ!」
とうとう怒りが沸点を越えた進は、石の襲撃を避けて、樹音の腹に拳を入れる。それによって吹き飛ばされた事により、流石の樹音も対抗する事が出来ずに地面に叩きつけられる。
マズい、と。美里の脳内にその一文が浮かぶ。このままでは、大翔と同じ道を辿る事になる。また、あんなものを見たくは無いと、美里は必死に炎を放つ。
だが、進は地上に足を着き、倒れ込む樹音にゆっくりと向かいながら、右手だけを美里の方に向け、放たれた炎を到達する前に掻き消す。
「っ」
その現状に、美里は険しい表情で絶望を露わにする事しか出来なかった。
ーーと、次の瞬間だった。
「させる、、かっ!」
何者かが、進の横腹に拳を入れた。
「グフッ!?」
「「「っ!?」」」
それを受けた進、目撃した美里。だけで無く、地に這いつくばりながら力を込める樹音と沙耶も、その光景に目を疑い、息を飲んだ。
そこには、歯を血が出るほど食いしばりながら、ガクガクと震えた足で立って進を殴る、"大翔"の姿があった。
その皆が予想外であろう状況に、進は為す術なく、威力に身を任せて吹き飛ばされる。
「ひ、、大翔、君、?」
「え、、橘君、、」
樹音と沙耶が、不安と心配から、怪訝な顔でそう名を呟いた。
すると、それに大翔は振り返り、無理矢理笑顔を作って放った。
「はぁ、こんなんで、、はぁ、死ぬわけないだろ、」
そうは口にするものの、大翔の呼吸は荒れ、今にも息が途絶えそうな様子だった。早く魔石で回復しなければ、手遅れになるかもしれないと、美里の手が震える。
その瞬間、美里に先程の作戦が脳を過る。回復をするためには進を倒す必要がある。そのためには、と。美里は樹音と大翔に駆け寄り口を開く。
「...大丈夫?」
「あ、?ああ。大丈夫そうに見えるかよ」
「まぁ、駄目そうね」
「ぼ、僕は、、まだ戦える、から、、大翔君は回復するまで下がってーー」
「んな事出来るかよ。俺も、ギリギリまで戦うって決めてんだ。お前も、もう限界近ぇんだろ?」
大翔に図星を突かれ、樹音は視線を逸らす。それに、大翔はほらみろと言わんばかりに鼻で笑うと、美里が割って入る。
「話してるとこ悪いけど、あいつがこっちに戻って来るのも時間の問題だから、少し話があるの」
「あ?なんだよ」
「ど、どうしたの?相原さん」
不思議そうに見つめる2人と、背中に向けられた沙耶の視線を受けながら、美里はそう提案を口にした。
「私に、軽い作戦があるの。多分、理屈上ではいけるんだけど、あいつに理屈は通用しないから、正直確証は無いし、、自分達の体力を削るだけになるかもしれないけど、どうする、?」
恐る恐る放たれたその究極の選択に、大翔は「は?」言うように頭を掻き、樹音が考える素振りをする。と、2、3秒考えたのち、樹音は覚悟が決まったのか、頷く。
「うん。どうせやらなくても負けるかもしれないわけだし、、相原さんの作戦に、賭けさせて」
そう答え、真っ正面から向けられた樹音の視線に、美里もまた表情を変えて。
今度は美里がそう答えた。
「ありがとう。じゃあ、、ついてきて」
そう放つ美里の表情は、先程の樹音のような。まだ諦めていない、それだった。




